icon fsr

文献詳細

雑誌文献

公衆衛生87巻9号

2023年09月発行

文献概要

連載 ヒトとモノからみる公衆衛生史・4

感染症サーベイランス小史・1—母親たちの運動が流行予測への道を拓いた

著者: 横田陽子1

所属機関: 1立命館大学衣笠総合研究機構 生存学研究所

ページ範囲:P.941 - P.944

文献購入ページに移動
はじめに
 今号から3回にわたり、日本における感染症サーベイランスの制度化経緯を検討する。ここでいうサーベイランスとは、厚生労働省が実施する、感染症法に基づく「感染症発生動向調査」と、予防接種法に基づく「感染症流行予測調査」を指す1)2)
 各回では制度化過程の画期となる事柄を取り上げ、(1)流行予測調査の始まり、(2)現在の発生動向調査に至る端緒、(3)発生動向調査を構成する検査情報体制の整備、について検討する。
 明治期以来、伝染病の数の把握は伝染病予防法(1897年成立・施行)に規定され、当初の対象疾患は8種類であったが変遷を経て、1960年時点で厚生省が報告を求めていた伝染病は、法定伝染病11種、指定伝染病1種、届出伝染病14種、性病4種に結核と「らい」の計32種あった3)。感染症発生の3大要因として感染源、感染経路、宿主感受性があるが、明治以来行われてきたのは、主に発生時に感染源を把握することが中心であった。これに対し流行予測調査は、平常時から宿主の感受性について調べておくものだ。
 日本では、1961年に社会から強い圧力を受けたポリオワクチン問題への対処を契機に、感染症サーベイランスの端緒が開かれ、流行予測調査が始まった。以下、社会、行政、専門家の動きに注目してその経緯を検討する4)*1
 ポリオ*2とは、ポリオウイルスの感染で生じる四肢の急性弛緩性麻痺をいい、感染しても90〜95%は不顕性感染、4〜8%は風邪様症状、典型的麻痺型を示すのは感染者の約0.1%にすぎない5)。ワクチンによる予防が可能で、不活化ワクチンと弱毒生ワクチンがあり、ソーク株を用いた不活化ワクチンは1950年代から各国で使用されていた。一方生ワクチンは3者が開発していたが、セービン株を用いて1959年までにソ連で行われた大規模野外実験でその安全性・有効性が確認され、以後広く用いられるようになった6)7)

参考文献

1)厚生労働省:感染症発生動向調査とは. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115283.html(2023年6月22日閲覧)
2)厚生労働省健康局結核感染症課:令和4年度感染症流行予測調査実施要領. https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/yosoku/AnnReport/2022/2022-99.pdf(2023年6月22日閲覧)
3)厚生労働省:厚生白書(昭和35年度版)第7章公衆衛生と環境改善.30頁,1960年1月10日 https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/(2023年6月22日閲覧,以下に挙げる過去の厚生白書も同サイトに掲載)
4)久保全雄:ポリオに抗して —— 日本からポリオを駆逐した母親たちの記録.久保全雄,1983
5)感染症情報センター:急性灰白髄炎(ポリオ・小児麻痺). http://idsc.nih.go.jp/disease/polio/yobou.html(2023年6月22日閲覧)
6)Murdin AD, et al: Inactivated poliovirus vaccine: past and present experience. Vaccine 14: 736-746, 1996
7)Baicus A: History of polio vaccination. World J of Virol 1: 108-114, 2012
8)青山胤通,他:青山博士臨牀講義 第2輯.200-205頁,実験医報社,1916
9)厚生省:厚生白書(昭和36年度版)第7章公衆衛生.36頁,1962年1月20日
10)厚生省医務局(編):医制百年史.518頁,ぎょうせい,1976
11)志毛ただ子:日本における急性灰白髄炎の流行.統計的疫学雑誌 2: 22-29, 1958
12)平山宗宏,他:ポリオ根絶の頃.臨床とウイルス 9: 153-165, 1981
13)厚生省:厚生白書(昭和34年度版)2国民の健康.35頁,1960年1月10日
14)厚生省五十年史編集委員会(編):厚生省五十年史 記述篇.1070-1971頁,厚生問題研究会,1988
15)西沢いづみ:ポリオ生ワクチン獲得運動に見いだされる社会的な意義.生存学研究センター報告 10: 83-112, 2009
16)久保全雄:ポリオに抗して —— 日本からポリオを駆逐した母親たちの記録.117頁,久保全雄,1983
17)厚生省:急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策要綱について.1960年8月30日 https://www.digital.archives.go.jp/img/1365158(2023年6月22日閲覧)
18)川喜田愛郎:『ウイルス学の進歩のために』の討議会所感.日本医事新報 1914: 28-33, 1960
19)弱毒生ポリオウイルスワクチン研究協議会:ポリオ生ワクチン研究報告〔第1〕.6頁,1962
20)多ケ谷勇:ポリオ予防接種について.順天堂医学 17: 31-36, 1971
21)山崎修道(編):感染症予防必携.562-563頁,日本公衆衛生協会,1999
22)日本放送協会社会部(編):小児マヒを追って—NHKポリオ班の記録.202-203頁,婦人画報社,1961
23)朝日新聞:小児マヒ防止 厚生省が非常措置.1961年6月22日,1頁
24)朝日新聞:都内の生ワクチン投与始まる.1961年6月29日夕刊,7頁
25)弱毒生ポリオウイルスワクチン研究協議会:海外ポリオ対策研究調査団報告.まえがき,1-3,37,77頁,1961
26)染谷四郎,他:これからの伝染病予防はどうあるべきか(座談会).公衆衛生 32: 232-240, 1968
27)弱毒生ポリオウイルスワクチン研究協議会:海外ポリオ対策研究調査団報告.68-69頁,1961
28)弱毒生ポリオウイルスワクチン研究協議会:ポリオ生ワクチン研究報告〔第4〕.78頁,1964
29)伊田八洲雄:伝染病流行予測事業(総説).日本公衆衛生雑誌 16: 3-9, 1969
30)厚生省公衆衛生局保健情報課,他:昭和49年度伝染病流行予測調査報告書(要約).臨床とウイルス 5: 75-92, 1977
31)児玉威,他:公衆衛生とサーベイランス.公衆衛生 33: 432-437, 1969
32)乗木秀夫:感染症情報組織.感染症学雑誌 46: 383-385, 1972
33)山崎修道,他(編):感染症予防必携 第2版.470頁,日本公衆衛生協会,2005

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1170

印刷版ISSN:0368-5187

雑誌購入ページに移動
icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら