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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生9巻3号

1951年03月発行

雑誌目次

グラビヤ

WHOのインドにおける活動

ページ範囲:P.152 - P.152

主張

豫防接種の徹底

著者: 岡田貫一

ページ範囲:P.153 - P.154

1)豫防接種を受けることが法律をもつて義務ずけられてから既に2年になるが,豫防接種は果して徹底して實施されたゞろうか。接種の施行責任者は一般には市町村長で,保健所長は指示と監督をするのが立前であるが,東京都内にあつては保健所長が實施の責任者で,衞生局長の命を受け自ら計晝を樹で注射の實際にも當らねばならない。ての點東京の保健所長は他府縣に比べて責任が重いわけであるが,東京の場合を例にとつて豫防接種の成績はどうであつたゞろうか。又どんなところに問題があるか考えてみたい。
2)てれまで私共が大がかりに實施した豫防接種は種痘,腸パラ,ヂフテリア,結核の4種類だが,その經驗からすると種痘が一番成績が良く該當者の9割,次いで腸パラとヂフテリアが7割,結核はぐつと惡く4割に達しない。該當者のうち學校,工場等の集團生活者,或いは保健所で監督している業者の家族等は殆ど100%に近い成績だが,それを除いた一般民衆の接種は甚だ難かしく,隣組や衞生組合のない今日,一般を如何に豫防接種に驅りたてるかは人知れぬ苦心を要する所で,全體を通じ8割實施出來たら先す徹底したと見てよいのでなかろうか。

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ヴイルス病の豫防と治療

著者: 宮川米次

ページ範囲:P.155 - P.161

緒言
 最近の研究はヴイルス病の種類の如何にも多いことを瞭らかにしたし,これがますます多くなることを示して居る。動植物界を通じて400種以上にも及び,それが人間界に於ても極めて重要なものとなり,細菌性傳染病のそれにまさるとも,劣ることのない重要さを占めてきた。今までは超顯微鏡的のもので,見えないものとして,片付けてきたが,電子顯微鏡によつて,判然と正體をつかむことが出來るようになつた。ただ光學的光線によるか,電子的電力によつて見るかの差あるのみである,前者ば主として肉眼で見るが,後者はもつぱら寫眞像として見るの差はある,勿論後者と雖も肉眼で見えないことはない。今日電子顯微鏡の力を借りると,ヴイルスのあらゆるものが,判然と見ることが出來るようになつた,1mμ前後のものが,明視することが出るようになつた,或はそれ以下のものでも,判然とすることは疑を容れる餘地がない。彼のフアージの如きが,或は酵素と言い,或はヴイルスといい,判然としなかつたのが,電子顯微鏡の力によつて精子形のもので立派にヴイルスの一種であり,それが當該細菌に食い込んでいつて終にこれを溶解し盡すことも,鏡下に於て明視することが出來るに至つた。かかる點はペニモシリンが,當該細菌に甥する態度とはかなり相違があつて,まことに面白い,然しかかることが判然とした今日は,再びフアージを治療界に使用するというように企てられるのではないかと思われてならない。

公衆衞生の旅

著者: 齊藤潔

ページ範囲:P.162 - P.164

 滯來80日間の旅行で,アメリカの公衆衞生の最近の事情を見聞する機會を得たのでこゝに報告する。こちらで雜誌や書物で見たり,多くのアメリカ人に逢つて聞いたりしたが,百聞は一見にしかずという古い諺を,こんなに現實に經驗したことはない。それというのも,ある廣い國で,各州は殆んど獨立國であるから,どの分野でもこれがアメリカ式であるというものをつかむことはむずかし。アメリカについて見るものも,聞くことも,いづれも正しいのだが,どれも全體のほんの部分に過ぎないことがある。そこでこゝに報告する筆者の見聞も,現實に見たもの,聞いたことを中心として,できるだけ誤りなくお傳えし,その判斷は讀者緒賢におまかせすることにする。
 筆者は2昔前に,ボストシ市のハーバード大學で公衆衞生學を學び,1920年代のアメリカの公衆衞生に接したことがある。當時を振り返つて見ると,20世紀の第1の4半紀に於て成し遂げた急性傳染病や結核などの疾病予防事業の成果,環境衞生や食品衞生の改善,乳幼兒死亡率の低減など赫々たる業績をまのあたり見聞した。又,當時漸く起りつゝあつた衛生學の補習教育,專門教育並に專門技術者の養成については身をもつて體驗した。

集團檢診の技術

著者: 鈴木邦夫

ページ範囲:P.165 - P.166

 集團檢診のように,多人數をなるべく短い時間内で取扱おうとするためには,集檢の體系を如何にその集團にあてはめるか,またどう動かすかということが,集檢の結果に大きな影響を及ぼすのである。從つてこうした組織,運營をも技術の中に含めて考えて然るべきであるが,ここでは狹義の技術,いわゆる手技についてのみ述べる。

ウイリアム・クロフオード・ゴーガス

著者: 石橋長英

ページ範囲:P.187 - P.189

 いやしくも豫防醫學を語り公衆衞生を論ずる程のものはゴーガスの輝やしき業績を忘れることが出來ないであろう。以下ラムバート及びグツドウイソのメヂカル・りーダース中かちゴーガスに關する一部分を紹介したいと思う。
 豫防醫學と衞生施設についての組織的な努力が最も輝やかしい成果をあげた實例はパナマ運河の建設工事であつた。この事業の完成の基礎は1898年の米西戰爭の後にキユーバ島を占領したアメリカ陸軍の軍醫達によつて置かれたものである。當時ハヴアナは世界中で最も不健康な都會の一であつた。それは一つには黄熱病が廣範團にわたつて發生しているためであり,又一つには腸チフスの流行のためであつた。この都市の衞生状態は實に言語道斷なものであつて道路は鋪装されていないし,ぬかるみの水溜りは到る處にあり動物の死骸は路上に幾日も放置された儘であつた。主婦達はごみを往來の上に投げすてるので諸所に塵芥の山が築かれていた。

國内・海外ニュース

ページ範囲:P.194 - P.195

第10通常國會提出豫定法律案
 1月25日再開された第10通常國會に,厚生省から提出を豫定されている法律案は大體次のようなものである。
1.結核豫防法案
 社會保障の一つとして結核對策を強化し,その豫防ぼく滅を圖るため,從前の結核豫防法の全面的な改正を行う。

公衆衞生と社會

ページ範囲:P.198 - P.199

新聞より抄出
子どもの虫齒豫防に弗素
 ◇アメリカでは弗素による虫齒豫防方法がさかんに議論されている。ある州では1945年に水道に弗素を混入したら子どもの虫齒が他の州くにらべて半分以上もすくなくなつた。そこで去年は6つの州,36ヵ所で弗素を水道に入れて虫齒豫防に力コブを入れている。
 アメリカの實驗によれば,飲料水中の弗素含有量が増加すると虫齒は急激に少くなり,0.0001%で平均3本の虫齒が減り,それ以上弗素をふやしてもあまり效果がないこと,弗素含有量が多すぎると齒が斑状となり,より度を越すと齒がボロボロにかけるが,0.00015%で15%の斑状齒,0.0003%入れると,ほとんど全部(95%)の齒が斑状となることが明かになつている。

人事消息

ページ範囲:P.189 - P.189

 ◇三木行治氏厚生省公衆衛生・豫防兩局合併後の初代局長として敏腕をなるわれた氏は來る4月下旬行われる郷里岡山縣知事選擧に立候補のため局長を辭任された。氏は昭和4年岡山醫大卒業後保險院簡保管理課長を振出しに遞信・厚生兩省の幹部として活躍された人で氏の縣知事當選を祈つてやまない。
 ◇山口 正義氏 厚生省公衆衞生局環境衞生部長の氏は三木局長が辭任されたので後任局長に就任。現在の環境衞生部長は兼任されるひ氏は長崎縣の人,昭和5年東大腎學部を卒業後衞生學教室に入り研究し後内科に轉じ厚生省創設と共に厚生省勞働局監督課技師となり,終戰後豫防局に轉じ防疫課長を經て現職についた人で昭和12年8月東大で學位を授與されている。

海外文献

ツベルクリン非特異反應の地域差,他

著者: 川村

ページ範囲:P.167 - P.168

 米國ではツベルクリン皮内反應は,先ず,0.0001mgP.P.D.で檢査し,陰性の者は更に0.005mgを使つて再檢査し,判定する事が廣く行われている。
 看護婦生徒約1萬名をこの方法で檢査し,出身地別にみると第2回檢査の陽性率には,第1回檢査の陽性率と無關係の地域差が認められた。既ち少量のP.P.D.を用いる第1回の反應は明らかに,結核感染の分布を示す所の特異的な反應と考えられるが,濃厚液を用いる第2回檢査で陽性になる者は,北部西部の諸州では第1回の陽性率の高低に關係なく,常に24%前後の値を示すのに對し,Mississippi deltaを中心とする南部諸州では高く,殊にLouisianaの農村では72%に達する。

研究報告

結核の素質に關する研究

著者: 川村達 ,   重松逸造

ページ範囲:P.169 - P.171

學童のBCG接種後12カ月迄のツ反應の強さと兩親の胸部X線檢査による結核性所見との關係
 緒言:著者の1人川村は,ツベルクリン(以下ツと略記)反應の強さが持つ意味に對し2,3の檢討を加えた結果,母子のBCG接種後のツ反應の強さには強い相似性があり(相關係數0.5前後),更に母親が自然感染者である時は,その子のBCG接種後2ヶ月のツ反應が強く出る母親程ツ反應も強く且つ胸部X線檢査による結核性所見が輕微若しくは良好な傾向にあることを見出して,素質による結核に對する抵抗性を豫防醫學的にも問題として取り上げるべきことを示した。1)2)3)4)
 以上の研究で對象となつた1年未満の乳兒と1年乃至2年前後迄の幼兒では,夫々母親との關係において特に差異を認めなかつたこれども2),更に年長兒の場合にこの様な反應性かどうなるかと云う年令的關係や,母親以外の親族(父,同胞等)との關係が興味ある研究課題となつて來た譯である。

東北地方に於ける乳幼兒死亡の今次大戰による影響

著者: 宇留野勝正

ページ範囲:P.171 - P.172

 まえがき:全日本の乳幼兒死亡の今次大戰末期の統計は殘念乍ら不明である。2〜3の外國の統計をみると英米佛伊中,英國は1941年度,佛國は1945年度伊太利は1941年度に乳兒死亡率は最近の最高を示した。しかし米國の乳兒死亡率のみは今次大戰によつては全然影響されずに減少をつづけて來たようである。日本に於いても大戰末期は相當の社會状勢の變化があつた筈であるから乳幼兒死亡もかなり影響をうけたであろう事は想像に難くない。しかし戰災その他の事清の爲その資料が不完全であつて正確な調査は不可能ではあるが,戰災を被らなかつた市町村の資料を基として推定すればある程度その變化を明らかにする事が出來るのではなかろうか。
 本調査は東北6縣(靑森,秋田,山形,福島,宮城,岩手)の1423市町村に依頼して1940年より1949年迄の10ヵ年間の乳幼兒の死亡に就いて調査しためであるが,この1423市町村中完全な資料を提供されたのは725市町村(50.9%)であつた。既ち次項以下に述べる出生率,死産率及乳兒の粗死亡率,幼兒の死亡率はこの725市町村の資料によつたのである。しかし又その外に特に1945年度に乳幼兒の死亡の著しく増加した38町村及び戰時中日本母子愛育會の指定愛育村であつた町村69町村の兩群に於いては乳兒の粗死亡率のみならず,訂正死亡率更に乳幼兒の死因も調査してみた。しかしこれは都合により1943年より1946年迄に限つた。

菓子類の汚染度調査報告

著者: 長嶋次男 ,   土平一義 ,   中村龍夫

ページ範囲:P.173 - P.175

1.緒言
 終戰後約5年にして社會が徐々にその機能を回復し初めると共に戰前と同じ樣な菓子が色々と吾々の眼前に並べられ初めた。その製造過程を時々瞥見したり聞いたりする者にとつては衛生學的見地から深い關心を持たずにはいられないと思う。又近來公衆衞生が重視され出しているのに食品の衞生學的基準が未だ確立されていないがこれもしつかりした基準をたてなければならぬ。然るに菓子を細菌學的に檢査した成績はあまりみられず殊に最近確立された檢査方法によつたものは全く見られないと言つてよい。そういう見地からでも菓子の細菌學的檢査は意義が認められると思う。吾々はたまたま菓子類の細菌學的汚染度調査を行つて2,3の知見を得たので茲に報告したいと思う。

ゴム工場に於けるベンツオール中毒測定及びソルベントナフサの毒作用

著者: 高崎浩一朗 ,   内藤哲夫 ,   吉原林

ページ範囲:P.175 - P.176

 ベンツオールの直接定量はかなり面倒なものであるが,體内に吸收されたベンツオールは石炭酸類に酸化された後その大部分は硫酸と結合し尿中に排泄される故,間接に尿中有機硫酸量を測つてもその吸收度は測られるわけで,事實應用せられるに至つている。既ちJcrdi(1)等(1939)はベンツオールに接した事のない50例に就いて尿中有機硫酸の排泄量を測定した所,總硫酸中の有機硫酸正常量の上限界は20%と考えるべきだと云う結論に達した。又籠山氏(2)(昭14)が行つた實驗によると對照としてベンツオールの無い工場の33名に就いて檢査した所では何れも20%以下であつたと報告されている。Yant(3)等(1936)がベンツオール使用工場の男女工員60名に就き檢査した所,63.3%に於て陽性者(尿中有機硫酸の總硫酸に對する%が20%以上の者)を出したと云う。又Jordi(1)等は凹版印刷及時計工場に於て女工員を調べ,この工場の間には大きな差異のある事を認め,危險な濃度のベンツオールに暴されていても20%以下の事もあり得ると云い,又塗料使用工場の20名中12名が正常,3名が15〜20%(臨界値),5名がわずがに上昇していたと云う。又籠山氏(2)が塗装を行う者160名に就いてこれをFlin法により測定した所,陽性者38名(2375%)であつたと云う。

統計の頁

社會保障の基礎的資料

著者: 吉田秀夫

ページ範囲:P.177 - P.182

 周知のように昨年10月16日勸告された社會保障制度は總説と補則にはさまれ5編6章8節の尨大なもので,その骨子は社會保險,國家扶助,公衆衛生及び醫療,社會福祉であり,とれを運營する機構と財政といつた風に分れてある。これらのうちから基礎的調査資料というものを撰び出すということも容易なことではないし,さらにかかる制度案をつくるために參考にしたあらゆる現行制度の現状状分析から,勸告に伴う財源計算の基礎となつた幾多の條件,推計したその計算など全部集録すれば數百頁の尨大な資料となるものである。從つて本稿は社會保險公衆衞生及び醫療にしぼつていかなる構想と資料で勸告をうらづけたかを若干批判的に説明することにした。その大部分は公表されたものである。

醫藥隨想

戰後齒科と醫科との關係を眺めて—往時を顧みつゝ

著者: 金森虎男

ページ範囲:P.185 - P.185

 私が醫科を出てから,直ぐに齒科の專攻を始めたのは大正6年の1月であつた。そして大正8年6月には内務省から齒科專門標榜の許可を受けたが,爾來今日まで多年努力して來たのは醫學との連結であった心算である。戰爭當時軍醫が足らぬというので,それに便剩して,手つ取り早く醫者にするには齒科醫に限ると主張して當局を動かした。齒科軍醫の運動にも同志と共に活動した。また日本醫學會の分科會にも力を盡した。就中第11回日本醫學會(昭和17年)の時は齒科分科會長として幹旋したが,その時は殆んど全部の齒科學會(當時18あつた)が參加して呉れた事は最も嬉しい思ひ出である。
 愈々戰爭が終つた。少數らしいが齒科醫師諸君のうちには,私共醫者から齒の專門をするものは,異人だといつて白眼視する人も出來たようである。殊に獨乙に留學した私のような者は,丸で敵のように見る人さえ現れて來たよらである。醫者から齒をやるものは齒科の學校へ這入つて出直して來いという譯で齒科專門標榜醫というものは罷りならぬという事にもなつか。それに對應するといふ譯でもあるまいが,齒科醫學專門學校を卒業したものは,餘裕があれば醫科の3年生に遍入させて貰えたものも,今は御免だというように成つた。先例が有るではないかといつて頼んで見ても,それは戰爭中の話だといつて何處でも取り上げない。又齒科醫は死亡診斷書を書いては成らぬといふ嚴命が出た。何だか,醫科と,齒科とは,段々離れるような氣がする。

意欲の發動と衞生教育

著者: 松岡脩吉

ページ範囲:P.186 - P.186

 身体運動のために筋を活動させるのは,運動神經であるけれども,これはもちろん神經系の欲求に從つているのではない。ある状態における個体が身体運動を要求し,その實現が神經系を介して行われるだけのことである。活動に必要な糖の貯えが少くなつできたからこそ,神經系がはたらいて運動を起し,食物を求めこれをとり入れさすのである。公衆による公衆のための衞生實踐である公衆衞生も,これと全く同形なものとして考えてはいけないだろうか。
 近代め公衆衞生活動は,いくたの科學の成果を基にした技術實踐であり,衛生技術者の行動を中心とするひろい有機的な活動ではあるが,この活動の背景には公衆の意欲がはたらいている。併しこの意欲は意識された形においてゞなく,單に滿されざる缺乏の状態として現われていることも多いであろう。この滿されざる状態をはつきり意識にのぼらせることは,衞生に關する調査研究とそれによる衞生教育の分擔する業務と考えられる。

疫學總論・5

第5講 感受性と免疫

著者: 野邊地慶三

ページ範囲:P.190 - P.192

Ⅰ.感受性の示標
 個体は或る傳染病原体に對する感受性Susceptibility),またはその逆の抵抗力或は免疫をもつてるか否かによつて,その病原体の感染をうけたとき,發病したり或はこれを免がれたりするものであるが,集團が或る傳染病の侵襲を受けたときに起る流行の大小は集團のその病原体に對する集團免疫(Herd lmmunity)の強弱に司配されるものである。それ故に個体が傳染病に罹患する危險度,ならびに集團に傳染病流行の起る傾向如何を豫知するために,個体及び集團の感受性の有無を知り或はその度を測る示標が必要なのである。そしてこの示標によりある傳染病に對する集團の感受性或は免疫の高低を測れば,これによつて集團におけるその傳染病の通疫(Epidemization Durchseuchung)の度が知られるのである。感受性の示標には普通次ぎのようなものが用いられておる。

公衆衞生學教室めぐり・4

—靑葉球下に新設された—東北大學醫學部公衆衞生學教室

ページ範囲:P.183 - P.184

 東北の首都仙臺の驛に下りると凡そ前世紀の遺物と見まがうばかりの古ぼけた市電が動いている。その市電にゆられて約15分,北四番丁の一角に東北大學醫學部がある。病院と基礎教室の間の通用門をくぐつてつき當りの小高い丘の上に赤瓦の瀟洒な1階建ての建物に「公衆衞生學教室」の看板がかかつている。當今の世の中では新設の講座に與えられたうぶ衣にしては誠に贅澤な位のもの。
 從來工學部や農學部では教授級の人事に關して民間會社や官應と大學との交流は珍らしい事ではなかつたようだが,こと,醫學部に關しては殆ど異例的なことといわねばなるまい。ここの公衆衞生學教室主任教授となつた瀨木三雄博士はその異例的存在の1人である。尤も瀨木教授の云われるには醫學が現實を無視して超越した理論構成のみをもつて許されるならともかく,現實の場に立脚して人間の幸福を求めるための科學であるならば,殊に公衆衞生學のような人間社會の健康と能率の増進を直接對象とするような畑なら,學内學外の人事交流を異例とする觀念こそ是正さるべきだとのお説であるが,久しく象牙の塔として存こしていた大學がようやく批判されつつある現在誠に尤もな事と云わねばなるまい。

保健所だより・4

中野保健所

ページ範囲:P.193 - P.193

 人類は,歴史の曙以來,より良い生活を求めて,西へ移つていつたといわれる。東京でも,その中心は,西へ動いている。かつて,新市域の入口であつた中野區も,今では,日本の文化人と自負する中央沿線族—インテリ部落の玄關となつて,人口2〜3萬を數えている。この氣品をもつた南北に長い22平方粁の地域が中野保健所の舞台である。
 中野驛から15分,灰色のいかめしい區役所,裁判所などの近くに,道路に面して,廣く芝生を植えこんだ前庭の奥に,薄桃色に化粧塗りした保健所がある。500坪の敷地に,240坪の建物である。岡田所長の「保健所は文化施設なのですから,明るさと文化の香りをもたせたい」想いが,ここにも,みごとにあらわれている。

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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