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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科10巻2号

1956年02月発行

雑誌目次

特集 第9回臨床眼科学会号 シンポジウム--トラコーマ

細菌の混合感染を認め難い急性トラコーマの存在について

著者: 青木平八

ページ範囲:P.111 - P.115

〔1〕まえがき
 先に三井助教授がWHO国際トラコーマ(以下トと略す)専門委員として渡欧し,次いで1954年3月Nataf氏の来朝を見たが,この度新たに中村教授が同委員としてジユネーブを訪れた結果,WHO国際ト委員会の有力なる委員が,「日本における急性トの研究は不充分である。日本における急性トは細菌又はワイラスの混合感染によるものであろう」という意見を述べたことを知り,私は真に遺憾に堪えない次第である。果してわが国における急性トは,細菌またはワイラスの混合感染によるものであろうか。そしてわが国のトは混合感染なしには急性症状をもつて発病し得ないのであろうか。私は20余年前からの実験観察の一端を報告すると共に,この問題について卑見を述べ,諸賢の御批判を仰ぎたいと思う。
 なお本稿においては,一般的にトの発病は急性であるか否かという問題は別として,急性結膜炎の症状をもつて発病する急性トと,細菌の混合感染との関係を検討せんとするものであることを附言しておく。

トラコーマと濾胞

著者: 国友曻 ,   堀信夫

ページ範囲:P.116 - P.124

 トラコーマの診断には,プ氏小体,乳頭,濾胞又は顆粒,結膜混濁,瘢痕及びパンヌスが重要視されているが本日は濾胞を取りあげてトラコーマとの関聯について考究してみたいと思う。
 元来,濾胞と云う名称は結膜の或種の変化に対して,肉眼的立場から与えられたものであるから,我々の眼に写つた像が似てさえおれば,無差別的にどれもこれも濾胞と呼ばれて来た嫌いがある。

トラコーマの疫学とその予防対策への応用

著者: 中島章 ,   大竹卓一郎

ページ範囲:P.124 - P.131

1.序
 トラコーマ(以下トと略)の疫学については,古来多くの研究がなされて居り,最近でも多くの業績がある。最近抗生物質やズルフアミン等がトの治療に応用される様になつて,トの治療法は著しく進歩した。それに伴つて失明の原因として,膿漏眼,角膜軟化症と共に重要な地位を占めていたトも1),失明原因としての重要性を失いつつあると云はれる様になつた。実際,ペニシリンの出現を境として,膿漏眼による失明は殆んど根絶されつつあるかに見える2)。従つてトについても同様の事を期待するのも無理ではないであろう。しかし膿漏眼による失明の減少にはペニシリンの不した効果が絶大なものであるにしても,それと同時に,性病予防対策やクレーデ氏法等一連の予防注も大きく寄与していた事を認めねばならないであろう。又,膿漏眼は急性に起り,周囲の人々に見逃される事は少く,発病すれば殆んど必ず医療を受ける(特に失明の恐れある重症の場合)と考えてよい事は,ペニシリン療法の効果を一層確実なものにしているであろう。
 トはこの様な点で火分膿漏眼とは異つた事情にあると老えなければならない。トは経過の長い伝染病であり,その末期に起る種々の合併症によつて失明が起るのが常であつて,多くの点で結核と対比して考えられるものである。

学校保健に於けるトラコーマ集団治療の検討

著者: 鴻忠義

ページ範囲:P.132 - P.143

まえがき
 学校保健に於いては結核予防,齲歯予防,或いは蛔虫駆除等が取り上げられて居り,結核にはマントウ氏反応,BCG注射,間接撮影,齲歯予防には弗化水素の塗布,蛔虫駆除には新らしい駆虫剤の投与等が夫々活溌に行われて居るが,眼科領域に於いて学校保健の対象となるものには近視とトラコーマ(以下トと略記)があり,両者はその双壁である。近視に関しては,吾国の学生生徒に罹患が極めて多いので,嘗て文部省が官立大学に依頼して5カ年計画で本格的の調査に乗り出し,其の成果が期待されて居たが,今次大戦が拡大した為調査が中絶したことは寔に遺憾であつた。一方トは非文明病であり,且つ伝染病であるので,戦前もその対策には大なる努力が払われて居り,罹患率も逐年減少を示して居たが,戦争末期及び戦後の非衞生環境の為に罹患率は再び上昇を示した。而して戦後の民生が漸く落ち付くと直にその対策が叫ばれるに至つた。
 吾国の最近の学校ト対策は輓近の化学療法の発展に伴い,専ら集団治療の形式で行われて居るが私は数年来学徒のト集団治療に携つて多少の経験を得たので,此の機会に諸外国に於ける学校とト対策及び集団治療等も参考に述べて,二,三の検討を試みた。

プロワツエク氏小体竝に類似顆粒に就いて

著者: 盛直之

ページ範囲:P.144 - P.149

 急性トラコーマ乃至封入体性結膜炎に於いてプロワツエク氏小体(以下プ氏小体と略す)は診断的価値を有する。即ち結膜上皮擦過標本にプ氏小体を証明して始めて急性トラコーマ乃至封入体性結膜炎の診断が確定する。然し乍らプ氏小体陽性であるから直ちに急性トラコーマと診断する事は勿論不可であつて,慢性期トラコーマに細菌性結膜炎が併発して急性炎症々状を呈する場合が少なくない。従つて特に急性結膜炎の診断に際しては臨床症状及び細菌学的検査と共に結膜上皮擦過標本の検索が極めて重要である。
 著者はプ氏小体の生体学的,形態学的研究を行い,特に組織化学的検索による類似顆粒との鑑別,急性トラコーマの潜伏期に於けるプ氏小体,発病初期に於ける網状封入体等に就いて種々の知見を得たので報告する。

日本に於けるトラコーマ家庭内感染成立要因に就いて

著者: 香川勘右衞門 ,   許秋木

ページ範囲:P.149 - P.164

1.緒言
 伝染性疾患の予防並びに治療を行う場合,常に其の伝染経路を考慮しなくてはならない。トラコーマ(以下Tr.と略)は伝染性眼疾患のうちでも最も高率に見受ける疾患で,且日本の三大国民病の一つとして数えられて居り,古くから此の対策は種々行われて,特に治療に就いては色々な方法が考案実施されたが,その殆んどは疫学的考慮を払わずに行われて来た。従つて程度の差こそあれ再発,再感染するのが常であつて,充分に治療効果を挙げて居ない現状である。急性伝染病はその発生に備え,現在予防が治療に先行して居るがTr.の様な特に経過が長い慢性伝染性疾患こそは急性伝染性疾患より以上にその予防を重視すべきで,此の為には系統的な疫学的研究に基いた感染因子の検索,追求が行われなければならない。
 戦後日本に起つた社会情勢の変化はあらゆる分野に影響して著るしくその様相を変え,戦前との比較を困難にした。医学領域も此の影響を被つて居るが,特に疫学はその研究対象が社会科学的要素に富む為,戦前の研究結果をそのまゝ今日に応用する事は困難となつている。上述の様な多くの理由に加えてTr.予防は国家的見地から緊急を要する現状であるので,戦後のTr.について疫学的研究を試み,先づ濃厚感染地区住民及び都市の学童について疫学的研究と実験を重ね,Tr.感染源の追求と感染因子の分析を行つて見た。

トラコーマの臨床経過に基いたトラコーマ分類法の一私案

著者: 上野弘

ページ範囲:P.165 - P.169

 今日尚其本態の捕捉せられていないトラコーマ(以下トと略す)に対する見方に,人夫々の所説の相違のあることは当然である。従来,各研究者のト診断,分類等がまちまちである結果,トの綜合的な観察は殆んど全く不可能と言つていい。個々の学者が夫々の立場からトを追及することも間違いではないが,他の多くの業績を自らの視野において比較検討し得ないのであって,斯る研究の在り方の大いなる間隙である。ト研究の系統性と言う点から,トの分類法の統一が切望せられる。此気運は独り日本のみならず,欧米にも認められるのであつて,即ち1952年提案せられたWHOト委員会の分類法が其国際的気運を物語つている。
 トに関する現在の知識の質と量からすると,恒久的な1本の分類法の設立は到底望み得られないが,立場を異にする総ての人々が等しく採用し得る暫定的分類法の設定は,必ずしも不可能ではない。対立する諸学派間に生じ易い排他主義を禁じ,今後現われる研究成果の吸收,消化に依つて改訂補足するの純科学的広量の上に設けられなければならない。他方一般眼科医としても,多少の不足不満を押えても,規定せられる分類法を活用するだけの度量が必要である。此為には,統一的分類法の内容が,可及的合理的,実用的でなければならない。

一般討論

ページ範囲:P.170 - P.175

第1席 頻回感染トラコーマの観察 青木平八
〔質問〕1.金田利平
 W.H.O.でTr.は常に,慢性に発病すると,決定したが青木氏は此の説を認めるか,認めずして接種実験の結果からTr.は常々急性に発病すると主張せられか,三井氏のTr.急性発病説はとるにたりぬものと,WHO世界Tr.專門委員会で決定されたがそれを認めるか認めないか。

一般講演

(1)「アドレノクロマソーン」の血液房水柵に及ぼす影響について

著者: 野村なつみ

ページ範囲:P.177 - P.182

緒言
 偶角鏡の発現以来,緑内障の本態に関する研究が盛んに行われる様になり,それに伴い血液房水柵の問題も注目される様になつてきた。従つて其報告も多く,欧米に於いてはMaurice,Kenneth,Ehrlich,Kinsey,Hugo,Amsler,Huber等,我国に於いては赤木,梶ヶ谷,稲用,黒瀨,日隅松浦氏等の報告が見られる。
 一方「アドレノクロマゾーン」は,1937年Green& Richerによつて初めて見出され,1943年Bra-connier等によつて安定化されて,臨床的に使用可能となつたもので,主として止血効果の面に於いて重要性が認められてきたものである。本剤に関する本邦に於ける現在迄の報告を見ると,蛭間小沢氏等の藥理学的研究の他は,主として臨床的に毛細血管の透過性が論じられたものである。又本剤は一面,脳下垂体前葉を刺戟して,ACTHの分泌を促進し,間接的に副腎皮質から「コルチコイド」の分泌を促すと述べたVidal & Ribas(1952)の報告があるが,吾人にとり興味のある事と云わねばならない。此様な作用を持つ「アドレノクロマゾーン」は血液房水柵の透過性を抑制する事は想像される処であり,之れが検索は,房水循環に対する「ダイアモツクス」等の態度と共に興味のある事と考えられる。

(2)コンタクトレンズの実際(其の五)—装用時間と遠隔成績

著者: 曲谷久雄

ページ範囲:P.182 - P.186

緒言
 わが教室でコンタクトレンズを処方し,製作した患者は昭和30年7月末日迄に総数309名575眼に達する。この内大多数をしめる261名495眼は日本人であるが,44名72眼はアメリカ人,残りの4名8眼が中国人である。コンタクトレンズ領域に於ける外国人の眼数が割合に多いのは,コンタクトレンズが海外では相当普及されている事からみても当然であろう。これ等の患者のうち昭和28年9月迄に処方した患者89名160眼についてはすでに発表(臨眼47巻12号65頁)したから,この度はそれ以後の患者176名333眼について調査した。

(3)流涙に関する臨床的研究—第2報シルメル氏法の余の変法

著者: 伊藤達彦

ページ範囲:P.186 - P.189

緒言
 余はさきに正常眼の涙液分泌量を知るために,Schirmer氏法,即ち濾紙を使用して反射的刺戟により一定短時間内に出る涙液量又は一定量の涙液が分泌されるに要する時間を測定する方法を正常人眼240眼について測定を行い,その成績を報告したが,この方法では眼瞼運動による流涙度の変動,涙道の影響を除くことが出来なかつた。そこで今回は前法を改良して確実性を深めるために前法と同じ条件の下に開瞼器を使用し,瞬目運動並びに涙道の吸引作用を制止した上使用濾紙も前回と全く同質同条件のものを用いて,その湿潤度を測定し,前法の成績と比較検討し,尚対照として開瞼器装用前に1%コカイン水1滴を点眼し,1分後本法を施行する方法をも併せ行つたので,これらについての成績を報告する。

(4)不等像視と眼屈折度との関係

著者: 保坂明郞

ページ範囲:P.189 - P.191

 屈折異常眼,特に左右の屈折度の異る例では正視眼に比して,不等像視の頻度が多いと期待される。Ogle等は乱視眼を矯正した時の,不等像の量並びに軸と乱視度および乱視軸との関係を検討し大多数において理論値と一致することを示した。私は乱視を含めた眼屈折系と不等像視との関係を統計的に検討した。
 乱視軸も不等像の軸も0-180°にわたつて存在し,あらゆる子午線での比較は複雑なばかりか却つて問題を困難にするので,この場合水平子午線と垂直子午線のみに限定して検討を行つた。このため先ず基礎となる正視眼の不等像視を知つて後に,屈折異常眼の裸眼視時の不等像,次いで眼鏡矯正時の不等像を調査し,この間の変化を研究した。

(5)眼疾患とトキソプラスミン皮内反応

著者: 大村博 ,   柏木昭二

ページ範囲:P.191 - P.196

 トキソプラスマ症(「ト」症と略す)は1908年Nicolle,Manceux及びSplendoreによつて始めて発見された原虫Toxoplasma gbndiiを病原体とする疾病で,哺乳類殊に囓歯類及び鳥類に広く自然感染が行われている事が分つて来た。我国に於ては平戸(1939)が狸,浜田(1951)が犬に本症を認めた外,余り報告は見られない。
 人間に就てはWolf,Cowen and Paige (1939)によつて始めて証明され,それ以来「ト」症と思われる症例が報告された。1948年Frenkelは本原虫から抗原を作り皮内反応を行う事により,本症の診断的応用に就て述べ,我国に於ては,香川,常松氏等が始めて1952年以来SabinよりRH株の分与をうけ研究を行い発表している。最近氏等は皮内反応に就て其の成績を発表して居るが,我共も少数例ではあるが眼疾患患者に使用して見たので此処に中間報告する次第である。

(6)「ポリ・ビニール・アルコール」「ポリ・ビニール・フオルマール・スポンジ」「ポリ・ビニール・スポンジ」の眼科整形手術への応用

著者: 清水真 ,   山本由記雄

ページ範囲:P.196 - P.198

〔Ⅰ〕緒言
 「ポリ・ビニール・アルコール」は白色の粒末であるが,「ホルマリン」処理による縮合物は小なる無数の気胞を含んだ固形物である。水には溶解しないが,水分を含ませると,軟い弾力性のブヨブヨした海綿様の物体となる(「ポリ・ビニール・フオルマール・スポンジ」或は「ポリ・ビニール・スポンジ」)。此の際体積は少しく膨隆する。眼科の整形手術に応用する場合,固形の合成樹脂よりも,此の軟い弾力性海綿様の「ポリ・ビニール」(以下略称)の方が具合の良い場合が多いのではないかと考え,1〜2使用してみたので,茲に報告する。既にアメリカでは眼窩内に挿入した症例が見られる。

(7)網膜中心動脈脈波に関する研究—その1健康者について

著者: 植村操 ,   川嶋菊夫 ,   下山順司 ,   宇津見義治 ,   石川仁 ,   天羽栄作 ,   林正雄 ,   植村恭夫 ,   宮下忠男 ,   桐淵光智 ,   羽飼昭 ,   須賀純之助 ,   宗保人

ページ範囲:P.199 - P.206

第1章緒言
 高血圧,動脈硬化症などの循環器障碍に関する問題は従来より数多く論議せられ,網膜中心動脈血圧測定がその診断治療予後判定の上に重きをなして来た。
 然るにその測定方法として,測定の簡易化及び測定者の主観の僅小化を目標として,先きに著者等が電気眼底血圧計を発表して以来,電気眼底血圧計が一般に利用されるに至つた。而して描写された脈波は動物実験によつて網膜中心動脈に由来するものである事が判明した。従つてこの脈波を解析する事により,従来の如く検眼鏡を用いないで,網膜中心動脈の状態を知る事が出来る筈である。然し之には角膜及び鞏膜の年令による弾性率の相違の問題がある訳であるが,一応網膜中心動脈の状態を現わしているものと解釈して,健康者を年令層に分け,その各年令層間に於ける脈波成分の相違と,網膜中心動脈血圧との関係を知る事が出来たので之を発表する。

(8)急性単核細胞白血病による眼窩腫瘍の剖検例

著者: 三村昭平

ページ範囲:P.206 - P.211

 白血病による眼症状に関してはかなりの報告をみるが,緑色腫ならざる白血病により一側眼窩内腫瘍を形成初発症状として眼球突出を来たした例は本邦に於いてはその報告をみない様に思う。私は最近その1例を経験し剖検する機会を得たので報告する。

(9)クラーレの眼輪筋に及ぼす影響のEMGによる観察

著者: 百々隆夫

ページ範囲:P.211 - P.215

 現在,白内障の弁状摘出に当つて,嚢内摘出を常套手段とするべきであることは当然である。この嚢内摘出を行うにあたつて,第1の危険が硝子体の脱出である。昨年D.B.Kirby等が集つての白内障手術のシンポジウム1)に於いて,この第1の危険などを考慮して,嚢内摘出術にはクラーレによるアキネジアが不可欠のものであることを決定している。
 アキネジアの目的にクラーレを使用すると手術操作を容易にし,手術効果をたかめることは既に昨年私が報告2)したところである。以後,私は約100眼の弁状摘出にクラーレを使用しているのであるが,その間投与量に関して多少の疑義を生じた。即,過投与は全身的な危険に迄は到らなくても,嚢内摘出の際,嚢の把握及び摘出の過程に幾分困難を感じる場合があるからである。従つて筋の張力の微細な変化を時間的に追求し,アキネジアの発生状態及び回復状態を観察する目的で,眼輪筋の張力の変化をEMGにより観察した。

(10)異物性Phlyctenoid.(第I報)

著者: 小原博亨 ,   阿久津澄義

ページ範囲:P.216 - P.218

1.緒言
 私共が臨牀上Phlyctaenと診断する例の中には仮性phlyctaen,又はphlyctaenoidが含まれている場合がある。此等が臨牀上全くphlyctaenと鑑別出来ない場合があるからである。此の仮性phlyctaen又はphlyctaenoidは勿論,phlyctaenの組織学的構築に関しては数多くの報告があるが異物巨態細胞が出現して,然かも臨牀上全くphl-yctaenと考えられる症例に関しては未だ明らかな報告を聞かない。私は其の一例に遭遇したので報告する。

(11)プレシオノプシーに就いて

著者: 小口武久

ページ範囲:P.219 - P.220

 注視した物体が夫れ自体は全く静止しているにも拘わらず,眼前より遠方へ遠ざかつて行く様に見える現象はHeilbronner (1904)のポロプシー(Porropsie)で,これに対し注視した物体が逆に急に眼前に近附いて来る様に見える現象を私はプレシオノプシーと名づけ,第4回関東甲信越磐越眼科集談会(1951)で発表した。其の後私は更に本症の2例を経験し,多少の新知見を得たので,薮に報告して見度いと思う。

(12)緑内障早期診断—特に傾斜試験に就て(第2報)

著者: 魵沢甲造

ページ範囲:P.221 - P.228

第5項 緑内障術後両傾差
 前回迄の報告に於て,頭部低位20度傾斜に於ける非緑内障眼両眼圧差,即ち両傾差は常に4mmHg.を出ない事より,如何なる生理的負荷に対しても,両眼圧は何等かの中枢性機能に依り,調整支配さるゝものと推定し,是を無手術原発性緑内障45例に試みた処(第1図再掲)殆んど5mmHg以上の圧差を示し,而も慢性鬱血性緑内障(以下慢鬱緑と略)に強度,単純緑内障(以下単純緑と略)は軽度にて正常に近く,急性鬱血性緑内障(以下急鬱緑と略)は慢鬱緑と同型にて,正常値或は強弱不定の値を示した。
 此処に述べる術後両傾差は本試験の目的である処の早期診断として,稍蛇足に陥る結果を懼るゝものであるが前報に於て各病型毎に特異の経過,或は数値が示された以上,術後の経過に於ても何等かの特色ある変化を見るものと,此処に補足した次第である。

(13)眼圧測定値より見たocular rigidity

著者: 景山万里子

ページ範囲:P.228 - P.234

 眼圧計の測定結果は,眼内圧と眼球壁硬性ocu-lar rigidity (以下O.R.と略称)との二つの要素の影響によつて決定されるものである。SchiotzはこのO.R.を考慮して,open manometerによる実験を含めて,1925年に眼圧計の読みからミリメートル水銀柱への換算表を改訂したが,未だ臨床的にO.R.を測定,応用する迄には至らなかつた。J.S.Friedenwaldは1948年にopen manom-eter及びclosed manometerによる測定と,眼圧計をのせた時の眼球内容の排除液量の測定とを行い,これを数学的に解析し,更に500の正常眼を2種の眼圧計重錘(5.5grと10gr及び7.5grと15.0grの組み合わせ)で測定し,この読みの組み合わせによる臨床的データーに実験的データーを綜合して,相当正確に人眼の正常O.R.を算出した。この結果正常眼内圧は,Schiotzによつて示された換算表の値より稍々低いものとなり,1954年アメリカ眼耳鼻学会,眼圧計規正委員会ではこのO.R.を精密に考慮したFriedenwaldの1954年発表の改訂換算表が採用される事になつた。又W.M.Graptも1950年に電気トノメーターによつて同様の実験を試み,Friedenwaldと全く同じ結果を発表している。眼圧を測定する場合O.R.の異常によつて,示される眼圧計の値はかなり違つて来る場合がある。

(14)未検定トノメーターによる眼球被膜の"硬さ"の測定に就て

著者: 須田経宇 ,   切通良昭

ページ範囲:P.235 - P.237

 角膜又は鞏膜上にトノメーターを乗せて眼圧を測定する場合,トノメーターの指針pointerの示す値は眼内圧の値ばかりではなく,眼球被膜(角膜及び鞏膜)の"硬さ"rigidityにも強く影響される。同一の眼内圧でも眼球被膜の"硬さ"が弱ければ,トノメーターの示す眼圧値はその"硬さ"の強いものよりも低いことは当然である。何となれば,例えばトノメーターを角膜上に乗せた場含,"硬さ"が低い程可動桿plungerが深く食い込むので,換言すれば角膜は余計陥凹するので指針の示す目盛は数の多い方へと傾く,従つて眼圧は低い値を示すことになる。
 以上によりトノメトリーの際は眼球被膜の"硬さ"を常に考慮しなければならぬのであるが,さてその"硬さ"を測定する方法は一般には眼球被膜の一部を切除して,その伸展性や弾力性を色々の方法で検査して行つているのであるが,眼球被膜の一部を切除することは,臨床的には行うことは出来ない。ところが,Friedenwald(1937)はトノメーターの錘りloadの目方を換えて測定することによりその眼球の被膜の"硬さ"を測定することを考え出した。

(15)眼のRigidityと屈折度との関係に就いて

著者: 本多英夫 ,   小島芳子

ページ範囲:P.237 - P.241

緒論
 Friedenwald氏に依れば,ocular rigidity (Rと略す)とは,眼球容積が外圧に依つて変化する際に,眼球の示す抵抗であると定義されている。今Rの概念を眼圧測定値に加えると眼圧tensionと眼内圧intra ocularpressureとの正しい関係が得られると謂われる4)5)。この概念及び具体的な人間の眼に於ける推定法は,氏に依つて確立せられ,氏はR係数が50歳迄は年齢の増加につれて増加し,高度近視では減少する事を示した2)。此れは既にDoesschate氏に依つて紹介せられ1),我が国では今井氏がこの問題を近視に結びつけ,矢張り近視度の増加と共にR-係数は小さくなる事を示した12)。若しも此等の結果が正しいならば,現在問題となつている学校近視の論争に一つの資料を提供するかも知れない。
 処がR係数は5.5g,7.5g,10.0gの重錘で眼圧を測定し,そのmmHgの値の差から求められるが,一般に眼軸の長いと云われる近視眼が,その逆の遠視眼に比し眼圧が高いと云う事は問題にされた事はない様で,眼圧は屈折度とは関係ないものと考えられる。然し同様に眼圧測定値から計算されるR係数の場合のみ,屈折に対する影響が現われて来ると云う理由は何処にあるだろうか。

(16)全身(汎)適応症候群から見た緑内障(続報)

著者: 池田一三

ページ範囲:P.241 - P.244

 私1)は一昨年の本学会の席上で,全身(汎)適応症候群General Adaptation Syndrome (G-A-S)から見た緑内障についての私共の考えを述べたが,その後本問題に関する知見の進歩に伴い,再び同じ題目の下に考察を行うこととした。

(18)学童トラコーマの検診から見たトの発病問題に就て—特に細隙灯による検査の必要を論ず

著者: 鈴木宜民 ,   高野俊男

ページ範囲:P.244 - P.249

緒言
 三井氏等の唱導する総べてのトラコーマが急性に発病すると云う学説は正に虚構ではないか。鈴木はこの点を明らかにしたい為めに,一昨年来学童の検診成績から,トは大部分無自覚,慢性に発病するのである事を再三主張して来た1)2)3)。吾々の教室では鈴木のこの主張を更に確認すべく,その後も学童トを対象にその経過を観察中であるが以下今日迄に得た成績の中から,1,2気付いた処を報告しておきたいと思う。最近の臨眼10号誌上に中村教授はW.H.O.国際トラコーマ専門委員会の報告を詳細に述べておるが,その中で日本のト急性発病説に関しては彼の地で徹底的に批判されて来た事を告白しておるが,一昨年来の鈴木の学会に於ける発表を伝へて頂けなかつたようで心から残念に感ずる処であるが,その意味をも含めて,ここにトの急性発病説に,正面から反対して来た吾々の立場を更に明確にしておきたいと思う。

(19)乳幼児トラコーマの研究(第2報)—急性に発病した結膜炎症に就て

著者: 松永努

ページ範囲:P.250 - P.254

Ⅰ緒言
 著者等は国友教授指導の下に,第1報に於いて,東京都下K町の出生後間もない健康乳幼児102名を,1年6ヵ月間継続検診し,其の間に発生した結膜の炎衝性疾患の観察成績に就て述べた。即ちト罹患率約12%の農村に於いて,生後間もない健康乳幼児102名の中96名(94%)が,観察期間中に結膜炎に罹患し.2重感染を含めた罹患回数は,108回であつた。
 其の108回の感染例を急性発病型,亜急性発病型及び慢性発病型に分類すれば,夫々17例,76例及び15例であつた事は,第1報に述べた通りである。

(20)子宮トラコーマはあるのか

著者: 大石省三

ページ範囲:P.255 - P.255

 重症トラコーマ患者を含む200例の主として妊婦の子宮頸管部を病理組織学的に追求し,プロワツェック氏小体の検出と従来報告されている子宮トラコーマ組織像の有無をしらべ,前回1000例の泌尿生殖器塗抹標本の成績を報告したのを参照して,次の如く主張した。
 1)子宮頸管部の中で腟部の重層扁平上皮細胞と頸部の単層円柱上皮細胞の移行部の直下には屡々岡村—三井が報告した如き濾胞様所見を認めるので,直ちにこれを以て子宮トラコーマの病理像とすることは出来ない。

(21)ミルク中毒乳幼児の眼変性について

著者: 衣笠治兵衞

ページ範囲:P.256 - P.256

 眼科領域に於て,砒素竝びにその化合物の中毒による諸種眼疾患に就ては,従来多くの報告が為されているが,その多くは成人に関するもので,今夏発生を見た様な,多くの而もその患者の殆んどが乳幼児であるが如き報告は,未だ記載されていない様に思われる。幸いにも私は,その眼症状特に眼底の変化を,検眼鏡的に探索する機会に惠まれたので,その結果をこゝに報告しようと思う。
 症例総数は160人,その中男子87,女子73人で,男の方が稍多い。これを年齢別にすると,9ヵ月以上12ヵ月未満の者が最も多い。之等の患者費貧血,皮膚の色素沈着,肝臓肥大を主とした全身症状の軽重によつて分類すると,軽症が一番多く,中等症,疑似症,重症の順になる。

(22)砒素中毒患者に見られたる眼症状に就いて

著者: 赤木五郞 ,   奥田観士 ,   西村勝彦 ,   山本彰

ページ範囲:P.257 - P.263

1.緒言
 本年6月より8月にかけて,主として関西地方に発生した粉乳による乳児の慢性砒素中毒事件は,医学史上空然の不祥事であつて,公衆衞生学的にも,育児指導上にも幾多の反省す可き問題を提供したが,当時我々は多数の慢性砒素中毒乳児の眼部を検診し,又不幸にして死亡した3症例の視器を剖検する機会を得たので茲に其の成績を報告して大方の大批判を仰ぎ度いと思う。

(23)砒素中毒症の眼症状(第1報)/(23)砒素中毒症の眼症状(第2報)

著者: 堀内徹也 ,   山岸陸男 ,   岩垣正典 ,   百瀨皓 ,   畠山昭三 ,   阿部圭助

ページ範囲:P.263 - P.272

 砒素慢性中毒症は,皮革,レザー,壁紙商,ペイント製造所,殺虫剤の製造又は撒布を行う人々等に時々見受けられ,又古くは梅毒等の治療の目的で砒素剤を不注意に用いた事により起つた。今回,森永製MF印ドライミルクの中に,亜砒酸ソーダが混入した為,西日本を中心として,多数の乳幼児優性砒素中毒症を見るに到つた。
 砒素中毒症の眼症状については,我が国に於ては未だ報告が見当らず,小松氏の実験的研究があるのみで,諸外国に於ても,その報告は少い。

(24)強度遠視眼の網膜剥離—標本供覧

著者: 別所富夫

ページ範囲:P.272 - P.273

 私は最近,先天性純性小眼球である強度遠視眼に網膜剥離が合併した1症例を得た。
 患者は51歳,男,農夫である。家族歴,既往歴,共に特記すべき事はない。初診は昭和30年6月27日で,視力,右=眼前手動,(眼鏡不応)左=0.1(0.2×12D)左眼の検影値は+14Dである。

(25)鞏膜切除短縮術による網膜剥離の治療成績

著者: 百々次夫

ページ範囲:P.273 - P.276

 網膜剥離に対する鞏膜切除短縮術が,比較的多くの人々によつて検討され出したのは,1950年以後であるが,我国ではこれについての発表がまだ極めて少い。私もこの術式に手をつけてから2年に満たないのであるが,現在までに得た成績についてひとまず報告する。

(26)フカラ手術と網膜剥離

著者: 田川博継 ,   時田宏 ,   斎藤昌淳

ページ範囲:P.277 - P.283

Ⅰ.緒言
 古来フカラ手術(高度近視眼に対する水晶体除去手術を総称する事とする)後の網膜剥離(以下剥離と略称)の発生に関して,両者の関係の有無に就いて激しく論争されて来たが,未だ明快なる説明がなされて居ない。関係有りとするもの,無しとするもの,何れも誤りであると考えられるので,この点を中心として論述し,諸腎の御批判を仰ぐ次第である。

(27)網膜色素線条の1剖検例

著者: 仁田正雄 ,   青木豊 ,   郭漢謀 ,   田島幸男

ページ範囲:P.283 - P.287

 網膜色素線条(Angioid Streaks)は1889年Doyneが初めて報告し,1892年Knappが命名して以来その臨床例は欧米,本邦共に屡々報告されているが,正確な本症であつて眼球を病理組織学的に検索し得たものは今迄僅かにBock及びHagedoornの2例に過ぎない。私共が本邦初例として此処に報告するものは生前典型的な中等度の網膜色素線条と診断し皮膚には仮性黄色腫を認めたが,全身血管系には著しい臨床所見を示さなかつた若い女性の眼球,皮膚,血管系を剖検した例である。

(28)網膜色素変性症の暗順応機能—頸腺摘出の効果

著者: 市川宏 ,   長屋幸郎 ,   末野三八子

ページ範囲:P.287 - P.291

緒言
 網膜色素変性症が網膜の神経上皮のprimaryheredodegenerative diseaseであるということは既に殆んど疑う余地がない。しかも今日未だ本症に対する確かな治療法も予防法も見出されていない。又,本症の暗順応機能についても幾多の解明されねばならない点が考えられる。私共は頸腺摘出術を施行したもののうち,比較的詳しく暗順応機能の検索を行つた本症の4例についてここに報告し諸先輩の御批判を戴きたいと考える。

(29) Methionineの視覚生理学的研究—第1報 Methionineの網膜色素移動に及ぼす影響に就いて/(29) Methionineの視覚生理学的研究—第2報 Methionineの人眼暗順応に及ぼす影響に就いて

著者: 小山田和夫

ページ範囲:P.293 - P.300

I.緒言
 網膜の色素移動に関する研究は,1877年,Boll,Kuehne,Calvi氏等の報告以来甚だ多く,魚類,両棲類等の網膜に於いて,暗順応状態の時には,フスチン顆粒が收縮し,明順応状態では,外境界膜に向つて伸張する事が先ず知られたが,その他藥物学的刺戟,更には種々の神経刺戟,自律神経,内分泌との関係等に就いて,種々の研究が行われて来た。最近飯沼,山地氏等は,網膜の色素移動が視床下部の統御の下にあり,且つ視紅の再生と密接な関係を有する事を明かにした。
 Methionineの視紅再生に及ぼす影響に就いては第4報に於いて詳述するが,細谷氏等に依つて,dl-Methionineが視紅再生を促進する事が発見され,玉井氏が之を追試確認し,飯沼,山地氏等は,l-Methionineにも視紅再生促進作用のある事を実証している。一方Methionineの網膜色素移動に及ぼす影響に就いては,未だ何等の文献も見当らない状態である。私はl-Methionineの網膜色素移動に及ぼす影響を,時間的に追及したので,結果を次に報告する。

(30)ゴニオトミーについて

著者: バルカン ,   井上正澄

ページ範囲:P.300 - P.303

1.隅角切開の目的
 先天緑内障では濾過すべき隅角は発達した異常トラベクルム(線維柱)によつて閉塞されている。ゴニオトミー即ち隅角切開の目的はこの閉塞を取除く事にあつてコンタクトグラスを用い,直接眼で見乍ら手術を行う。

(31)白内障摘出手術後の合併症

著者: ランデガー ,   井上正澄

ページ範囲:P.303 - P.306

 本日の学会でお話出来る事を光栄に存じます。白内障摘出手術を行つた後に患者が手術室を去つてから起る可能性のある合併症についてお話致します。

(32)カーボワツクスに依る抗生物質点眼液に就て

著者: 八束米吉

ページ範囲:P.307 - P.310

 ペニシリンに始まる抗生物質の出現は,眼科の治療藥に一大変革をもたらした。これには眼科では局所投与が容易な場合が多いと云うことがあつかつて力がある。所がこの局所投与の大部分を占める点眼藥に就て幾多の問題が残つている。例えば内服用カプセルの型のものやクロラムフエニコール結晶が水に難溶であること,又,水に溶け易いものでもその大部分が不安定であること等である。この為め,現在では多く軟膏が用いられているが,これにも,家庭での使用が六ヵ敷しいこと,視力障碍が強いこと,製法が面倒なこと(普通の方法で比較的均等なものを得るには数時間を要する),油性軟膏であるために涙液に触れる部分だけが有効に働くこと等の諸欠点を有する。是等の欠点のいくつかを除く意味で,田野,荻原,杉浦等の諸氏によつて油性点眼藥が試みられているが,これとても油性であるための欠点は免れ得ない。
 著者は最近,Polyethylenglycolを使つて,稍々満足出来る抗生物質の点眼液を作り得たので諸氏の批判をまちたい。

(33)ロイコマイシンの眼内移行その他

著者: 近藤有文

ページ範囲:P.311 - P.314

1.緒論
 私は先に抗生物質の眼内移行に関する実験的研究の一端として,ペニシリンの眼内移行について発表したが,この度は新抗生物質ロイコマイシン(以下LM)の眼内移行その他について実験を行つたので報告する。
 LMは秦氏が新放線菌Streptomyces Kitasa-toensis Hataから得た邦製の抗生物質で,性状はErythromycin,Carbomycinに類似しており,その抗菌スペクトルは主として嫌気性菌を含めたグラム陽性菌,グラム陰性菌の一部,スピロヘーク,リケッチア,大型ビールスに及んでいる。

(34)オーレオマイシン油性点眼藥の臨床効果について

著者: 田野良雄

ページ範囲:P.315 - P.317

 和和26年著者1)はサラダ油を基剤として各種抗生物質の油性点眼剤を作り,治療上実用し得ることを発表した。其後油性点眼剤に就ては萩原—杉浦,井上—中之,池田氏等の研究報告がある。当初油性点眼剤には懸濁せる抗生物質が沈澱し易い欠点があつたが,井上—中之4),萩原—杉浦氏5)等は基剤油にモノステアリン酸アルミニユームを加えて,此の欠点を除いた。オーレオマイシン油性点眼剤が比較的長期間(33日以上)安定なることは井上—中之氏3)が報告した。其の臨床効果に就ては,著者1)及萩原—杉浦氏2)は充分の効果ある事を認めて居るが,青木氏6)等は藥剤の結膜嚢内滞留時間に関する実験結果から油剤は「結膜嚢内滞留時間が予想以上に短いので,急性結膜炎のような場合は別としても,長期間を要するトラ治療剤としては一般に不適当と思われる」と反対意見を述べた。然し桐沢氏7)等の研究によれば,結膜嚢内滞留時間は水溶液<油剤<軟膏であつて青木氏等の成績とは異る。最近池田氏8)等は60名のトラコーマ学童に対し1%テラマイシン油性点眼藥を1日2〜3回点眼治療し,44名のトラコーマ学童に対する1%テラマイシン軟膏1日2回点入による治療成績と比較し,ほとんど変らず,むしろ優つた成績を示したと報告した。

(36)鼻涙管口の観察

著者: 栗林保人

ページ範囲:P.317 - P.323

 鼻涙管は多くの場合長卵円形の裂孔に依つて,下鼻道の外側壁で下鼻甲介の下方に開く。此の開口を上方から「ハスネル」氏涙襞が被つているので,鼻腔より鼻涙管口の検査は不可能の様に老えられるが,現在治療として「レヂレチユーブ」挿入術,消息子療法の際に「チユーブ」或は消息子が下鼻道に発見出来ることから,鼻涙管口の観察も不可能でないと考えた。
 臨床的にも鼻涙管疾患に対して挿入する消息子が鼻涙管口及び「ハスネル」氏涙襞に障碍を与えるが,又導涙機転に対してどの様に涙液が流出するか知ろうとした。此の様な目的で私は鼻涙管鏡(仮称)を試作し,57例中31例に於て鼻涙管口を観察したので報告する。

(37)多発性骨髄腫の一例

著者: 小池勉

ページ範囲:P.323 - P.326

緒言
 多発性骨髄腫は骨疾患である関係からか,整形外科方面では観察され報告されているが,眼科的方面ではMullerがAxenpheldの教科書に,簡単に触れて居り,Duke-Elderは眼窩疾患で述べて居り,A.Handousaが一例報告している。然し就れも眼窩の所見を主として居り,眼窩や,頭蓋底に来る腫瘍による眼障碍に就いては,簡単に述べているだけであつて,斯様な場合は如何様にして視力障碍が来るか,又は眼球自体が本疾患により侵されるのものであるか否かと云う事を,臨床的並に組織的に検した.報告は少い様である。幸に私共は本症の一例に遭遇して臨床的に観察すると共に,死の直後眼球を摘出し組織的に検査したので茲に述べる。

(38) Electrooculography (EOG)による斜視診断

著者: 広石恂

ページ範囲:P.326 - P.326

 共働性斜視の手術的療法に際して,先づ第一の問題は侵襲筋の決定であり,第二はその手術量の量定である。多くの人々は注視野や輻輳開散等の測定に頼つて侵襲筋を決めているが,その根拠は極めて曖昧である。夫等の人々の手術量が大変な分散値を示す事実が,その根拠の薄弱さを如実に物語つている。
 外眼筋の筋力の大小を云々する場合,眼球運動の限界値を規準にするよりも,その運動過程に於ける加速度の大いさを規準にする方がより確かな手段である。何となれば,注視野は牽引筋のみに規正されるものではなく,拮抗筋や,特にCheck ligalnentが大きな役割を演じているからである。換言すれば静力学的検査法よりも運動力学的検査法の方が筋の力を知る上に優れている。後者が私のEOG検査の根本理念である。

(39)共働性内斜視に対する手術効果について—(斜視研究5)

著者: 中川順一 ,   鈴木昭治

ページ範囲:P.327 - P.331

 昨年度の外斜視2)に引続き内斜視に対する手術効果をここに報告する。内斜視は外斜視と較べるとその手術効果は個々の症例により著しく変動する。条件は甚だ複雑であつてこれを如何にとりまとめるか色々問題を生ずる。単に1mm当りの矯正度を器械的に算出することはこの場合意義があまりない様にも思われる。然しながら外斜視に対する内斜視という一群を考え,これに対して術式と術者を一定にした場合(術式の相違と術者の巧拙の条件を除外した場合)手術効果が如何にあるかこの研究は研究の第一歩として強ち無意味とは云い得ないであろう。これにより内斜視と外斜視との相違を把握することが可能になるのみならず,内斜視の手術効果を支配する種々の因子を分析する端緒にもなると思われる。著者は"何mm後転或いは切除すれば何度の斜視が矯正出来る"といつた素朴的器械論には無論賛成出来ないものであるが,全般を見渡す意味に於いて無選択症例67例の手術成績を述べたいと思う。この成績は種種の角度から再検討を要するもので,これについては後報したいと思う。
 手術ゝ式は外斜視の場合と同様である。

(40) Behcet氏症候群及びその類似疾患に於けるVitamin B2代謝について

著者: 江口甲一郞 ,   加藤格 ,   氏原弘

ページ範囲:P.333 - P.338

〔1〕序論
 Behcet氏症候群は1937年既にBehcetよつて記載されたが,その後久しく我が国に於ける斯界の注目を浴びるには至らなかつた。然るに近年眼科学に於ては昭和27年鹿野氏1)の紹介以来,又内科学,皮膚科学,耳鼻咽喉科学,口腔外科学等の各分野でも.注目を集めるに至り,漸く世の脚光を浴びるようになつた。然し乍ら,その臨床像はBehcetが既に記載した主要症状と,これと一連のものとしてFranceschetti-Varerio氏症候群,Stevens-Johnson氏症候群,Reiter氏病,Lipsch-utz氏急性陰門潰瘍,Neumann氏アフトージス,Ectodermose erosive pluriorificielle,再発性前房蓄膿性虹彩炎,慢性再発性アフトージス等の臨床像が比較検討されているに過ぎず,本症候群の根本的な臨床像の把握は尚今後の問題として残されている。更に又本症候群の原因及び本態に就いては種々の説が唱えられてはいるが尚全く不明である。我々は本症候群の原因及び本態を追求する為に種々検討を加えているが,此の度び本症候群患者及びその類似疾患々者のVB2代謝につき検討し興味ある結果を得たので報告する。

(41)ピリドキシン欠乏と眼症状

著者: 入野田公穂 ,   三上久

ページ範囲:P.339 - P.342

 1934年Gyorgy1)は白鼠のペラグラ様皮膚炎を治癒する因子の存在を証明し,之れをビタミンB6を命名した。爾来幾多の欠乏実験が行われたが,眼科領域ではその欠乏症状は現在尚明らかにされて居らず,僅かにBowles2)等が白鼠に就いて欠乏食を与えて角膜血管新生を生ぜしめた報告があるのみである。それで私共はピリドキシン欠乏に因る眼疾患に関する研究に志し先ず白鼠にピリドキシン欠乏実験を試み,その眼症状に就いて観察し,又一方臨床的にビタミンB6欠乏に関連性があると云われて居る眼角部瞼炎患者の尿中ピリドキシンを定量し,その一端を知り得たので茲に予報として報告する。

(42)高血圧症に対する唾液腺ホルモン(パロチン)の影響—2年半の成績—その眼症状に対する検討

著者: 土方文生 ,   木村正

ページ範囲:P.343 - P.350

緒言
 緒方知三郎名誉教授及其門下により研究されつつある唾液腺内分泌説,及その所産である唾液腺ホルモンが間葉性組織と密接な関係を有すると云う事実は,同教授他各位により発表せられた所で,明かである。更に,同教授は動脈硬化症をも,間葉異栄養(Mesenchymodystrophie)として説明せんと試み,それによる高血圧の発生,更に二次的に起る動脈壁の変化の追加等を考えられ,かゝる見地から高血圧症に対する同ホルモンの影響の追究を企図せられた。斯くて我々は,特に全国有数の高血圧,及脳溢血の淫浸地に住む関係上次に述べる特定地に於る特殊の選択患者に就き,計画的且つ継続的にパロチンの注射を行い,内科・耳鼻科・歯科と共にその綜合的なる研究を行う機会を与えられたのであつて,その詳細に就ては,既に綜合臨牀第2巻10号及11号に中間報告として一部発表済であるが,更に近く第二報を発表の予定である。併乍ら,眼科的に更に詳しく検討するも意義なしとしないので,茲に報告したい。
 若干既発表分と重複の傾向があるが,簡単に検診地,検査対象及研究方法等につき再録すると次の様になる。

(43)藥剤点滴静注の眼科的応用

著者: 今泉亀撤 ,   二宮以敬 ,   高橋喜久雄 ,   森寛志

ページ範囲:P.350 - P.355

Ⅰ.緒言
 藥剤を身体に作用せしめるに当つて,内服,貼布,注射等その用法に種々工夫がこらされているが,或藥物の有効一定濃度を血中に一定時間保つためには,長時間点滴静注法が最も望ましい。
 近時SylyeのStressの概念的展開と共に,諸種疾患の成因に関して,間脳一下垂体系が重要なる役割を果していることが知られ,疾患治療にあたつて,間脳—下垂体—副腎皮質系のホルモンであるACTH,Cortisone及びHydrocortisoneが脚光を浴びて登場している。事実之等藥剤の投与により,或は病症の軽減乃至治癒を,或は病期の短縮をみていることは,文献上枚挙に逞ない程である。

(44)交感神経遮断剤の実験的角膜創傷治癒に及ぼす影響(第1篇)/(44)交感神経遮断剤の腺疾患に対する治療的応用(第2篇)

著者: 酒谷信一 ,   梶川一平

ページ範囲:P.355 - P.361

緒言
 イミダリン系の交感神経遮断剤の局所的使用により,小動脈,毛細血管の拡張を来し,血液循環が促される事が知られ,眼科臨床にも用いられて有効な報告がみられるが,吾女は動物実験により,角膜創傷の治癒について臨床的或は組織学的に検索し,本剤応用の有効性を裏付ける結果を得た。

(45)星状神経節遮断の網膜血管径に及ぼす影響

著者: 井上研二 ,   中静隆

ページ範囲:P.363 - P.366

 星状神経節のノボカイン遮断術は,脳血行障碍に基く頭蓋内病的状態の積局的療法として,欧米に於ては一般に広く臨床に応用され,その効果はほゞ確認されるところで,近時我国に於ても脳神経科方面に時々報告が見られる。
 眼科領域に於ても種々の疾患に用いられ,その効果が論ぜられている。Scott (1951)は脳血栓に由来すると思われる同名半盲に応用して劇的効果の見られた例を報告しているし,Coston (1951)は網膜動脈エンボリーで視力の改善と網膜動静脈に於ける著明の拡大,塞栓の末梢えの移動とを認めた例を記載している。然しKennedy,McGannon (1952)等は,網膜色素変性症の14例に本法を施行して何等の客観的改善はなく,自覚的改善はあつても視力,視野に改善の見られたもののないことから,純心理的影響に過ぎず,本症治療として本法は無価値と信ずると述べている。吾国に於ても河本郁雄(昭28)は球後視神経炎,調節不全麻痺,良性高血圧性網膜出血,色素性綱膜炎及びバセドー氏病に於ける眼球突出等に有効の事を,尚,八木睦夫(昭28)は網膜色素変性症に本法と0.1%Procain生理的食塩水溶液1000c.c.の静脈注射併用により,視力に飛躍的改善を見られたものを記載する等多少の報告がある。

(46)眼瞼に観られた前癌状態?に就て—第1報 マイボーム腺の態度

著者: 高安晃 ,   松田禎純 ,   田代正盛

ページ範囲:P.366 - P.371

 眼部癌の内,眼瞼に発生する癌は眼瞼皮膚とか瞼板の様なマイボーム腺(以後マ腺と略称)特にマ腺の如き或は其他の皮膚腺の如き腺細胞集団の多い場所に発生するものが臨牀上比較的多い。従つて或るものは麦粒腫の如く,或るものは霰粒腫の如く発育して来るものがあつて注意深く観察すればよいが時には切開によつて再発,増殖を来す傾向を示し初めて癌腫であつたと云う事が知られる場合がある。一方之に反して眼瞼結膜に発生する癌症例の報告は極めて少く,吾が眼科領域では現在まで僅に7例報告されたに過ぎない。従つて今迄の多数の報告例は何れも眼瞼癌と称するもので殆んどすべてが腫瘍としての形を完備している。最近私共は瞼結膜面に発生した極めて浅い潰瘍から興味ある所見を得てその経過を観察中眼瞼縁に極めて小さいポリープ様の隆起の発生を見たので,之等病的の部分を瞼板の一部と共に健康部も附けて切除した。これが組織学的検索において癌化の初期と思われる種々な興味ある所見をマ腺に於て観察し得たのでこゝに報告して諸賢の御批判を仰ぐ次第である。

(47)偏癱を合併した頭蓋咽頭腫の一例

著者: 小早川春信 ,   宍田幸子

ページ範囲:P.372 - P.376

 著者等は脳下垂体腫瘍と診断した偏癱を合併せる患者の臨床経過を5ヵ月間観察し死後剖見の結果巨大な嚢腫化せる頭蓋咽頭腫を発見した興味ある例を経験したので報告する。
 症例:43歳女子,初診昭和29年11月2日。

(48)自記眼精疲労計の試作並びにその応用

著者: 萩野鉚太郞 ,   鈴村昭弘

ページ範囲:P.376 - P.380

 近来眼精疲労患者の増加の傾向が注意されているが,その本態についてはなお未解決の点が少なくない。戦後Aniseikoniaが論ぜられる様になり,之が眼精疲労とも関係あることはわかつたが,然しaniseikoniaそれ自身がなお研究途上にある状態で,これのみで眼精疲労の機序を解明することは出来ない。従来の研究で論ぜられている調節と輻輳はやはり,眼精疲労の本態と深い因果関係にあることは疑のないところである。但しそれが第1義的な因子であるか或は第2義的なものかは,それぞれの場合で決められる問題である。
 Otero (1951)は,視機能を営む上に,調節状態が如何に影響するかを研究したが,かように調節作用は,視機能に関係し,更にそれが眼精疲労ともつながるものである。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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