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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科2巻5号

1948年10月発行

雑誌目次

Ⅰ綜説

ペニシリンと眼疾患に就て

著者: 長谷川俊明

ページ範囲:P.185 - P.192

 ペニシリンの適應症Penicillinの作用は菌の種類で異る。葡萄状球菌,蓮鎖状球菌,肺炎双球菌,腦脊髓膜炎菌,淋菌,紡錘状菌,放線状菌,脾脱疽菌及黴毒スピロヘータ,黄疸出血性スピロヘータ等が今日迄知られた主なる敏感の病原體である。
 Penicillin無效の感染症はグラム陰性桿菌(インフルヱンザ菌,緑膿菌,肺炎桿菌,大腸菌,赤痢菌,腸チフス菌,パラチフス菌)感染症,結核,軟性下疳等である。P.の適應症は大體ズルフォンアミドのそれと一致するが,黴毒其他のスピロヘータ病,紡錘状菌感染には,S.劑は無効でP.のみが有效であり,インフルヱンザ菌,肺炎桿菌感染,軟性下疳等にはS.劑のみ有効でP.は無效である。

Ⅱ臨牀實驗

再び皮膚變状を證明しない網膜色素線條症の1例について

著者: 池田一三 ,   石川定芳

ページ範囲:P.193 - P.194

緒言
 先に池田1)は田上,野木と共に,定型的彈力纖維性假性黄色腫(P.X.E.)患者に見られた網膜色素線條(P.S.)を伴わぬ脈絡膜硝子疣の2例と併せてP.X.E.を證明しないP.S.の1例について報告したが,私共は近頃再び後昔の1例を顴察する機會に惠まれたから,次に簡單に補遺を試みることゝした。

硝子體の物理化學的研究(第二報)硝子體液の金ゾル反應(前編)

著者: 山本修

ページ範囲:P.195 - P.198

緒言
 前報1)において硝子體は甚だ不安定なgelでin vitroにおいては直ちにその液相を分離して離漿現象をあらわす。in vivoにおいて同樣な現象が促進されるのが臨床的に所謂硝子體液化と呼ばれるものであると述べた。しからばこれらの變化は何によつて起るのであらうか。
 その場合先づ考えられるのは,硝子體液中の溶質の水和,荷電その他の物理化學的性状の變化である。從つて,これらのいくつかの性質の綜合された保護膠質能も硝子體液中の蛋白質の變性によつてその際變化を示すものと思われる。著者は硝子體液中の保護膠質能の消長を見るため金ゾル反應,(金ゾ反應と略記)高田荒氏反應(稀釋法),乳香反應(Emanuel氏原法)を選んだ。

調節學説の誤謬に關する醫學的常識的考察(第二回報告)

著者: 田川精三郞

ページ範囲:P.198 - P.201

第一章 緒言
 吾々は事實日常遠方,近方と全く相反する方向の物を隨意に積極的に見もし,之に調節もしているものを,而も吾々の眼には從來の所謂調節機即ち田川の所謂近方調節機能丈が具備せられて,之に對抗する遠方調節機能なるものは具備せられてないと云う如何にも消極的なヘルムホルツの調節學説が一般に普及せられているが爲に,世上殊に本邦の如きは實に文化の進歩に逆行して近視眼が多發し,或は視力減弱遠視眼も相當に多く,或はその發生は自然であるかのように信ぜられている所謂老視眼なども起つたのだと云うことは,特に既報のように醫學的常識では勿論,一般常識を以てするも容易に考察出來る問題だと信ずるけれども,抑々田川が最初其の大問題に著眼し得た主なる動機の一つは既にその大要については,拙著「予の所謂遠近調節力と近視老視等の撲滅策指針,昭和十七年六月印刷本邦斯界の權威者並に常識特に豐なる一部の方々へ謹呈批判を乞ふたもの」中に論述したように,實に斯界の權威,菅沼,Iwanoff,及びHeine諸氏の毛樣筋の解剖生理に關する研究業績を再檢討したことにあるので,之を世に紹介することも決して徒爾でないことを信じ本論文を報告し諸賢の批判を乞はんと欲する所以である。

色の對比と視力との關係に關する分析的研究

著者: 馬詰讓

ページ範囲:P.201 - P.203

第3編 色の明度對比と視力との關係
緒言
 色の明度對比は,色の對比現象を考究する上に重要な一因子であつて,Helmholtz廣田並に濱崎氏等によれば,「視力は主として視標色と地色との明度の差に左右される。」と謂ふ。
 然し乍ら,色の明度對比と視力との間に如何なる關係があるかに就ては,未だ何等報告されてゐない。唯無彩色の場合に於ての明度對比と視力との關係に就ては,Aubert.Luckiesh平澤氏等の研究がある。

三叉神經第一枝の障碍を伴へる片眼瞳孔強直症の一例

著者: 原田保治

ページ範囲:P.204 - P.205

緒言
 瞳孔強直症の病竈部位及原因の追究は,之迄極めて困難な問題とされて來たが,著者も片眼瞳孔強直症の根源を探究中,同側の眼部帶状ヘルペスの跡並に,三叉神經第一枝の障碍を發見し兩者の間に相關々係ありと考へられたので,極めて珍らしく興味深い一例として文献追加をしたい。

眼筋麻痺性偏頭痛(Charcot)の一例,特に其の臨床症状に關する知見補遺

著者: 鈴木宜民

ページ範囲:P.205 - P.211

緒言
 眼筋麻痺性偏頭痛に關し最初に發表したのはGubler (1860)で,Flatauによれば1914年迄に97例有りと,余は102氏による130例を文献に見る事が出來た。此の中吾が國發表の分は鹽谷氏(明治44年)以降教室の橫地氏(昭和15年迄)12氏13例なり,然して上記東西に於ける報告は主として本疾患の本態,病名等に關する議論に重點が置かれ,臨床症状の經過に關し詳述したものは少い。余は今回定型的なCharcotの云ふ眼筋麻痺性偏頭痛と診斷し得る一例を經驗したので今回は紙數の制限も有るので,共の要點に就いて丈け述べる。

縮瞳藥カルピノールの作用と其の効果の増強に就て

著者: 高木義博 ,   山地良一

ページ範囲:P.211 - P.214

 新薬カルピノール(田邊製藥)は,其の藥名をカルパミノイルコリンクロリツド(以下カと略記する)と稱し,藥理作用に就ては既にH.Kreitmsir (Arch.f.exper.Path.164,346(1932) H.Nöll (Arch.f.exper.Path.167,158(1932)等により明かにされ,又K.Vel-hagen (K.M.f.A 90,512-513(1933),A.f.A.107,319-344(1933),K.M.f.A.92,472-483(1934,)及び庄司,桐澤,山森(東京醫學會雜誌第58巻第12號,745頁(1944,)によつて,人眼緑内障の治療に用ひて,卓效あることが報告された。
 さて現在ピロカルピン,エゼリンの如き縮瞳藥の原料輸入杜絶の折柄,さきに杉山氏(昭和18年,綜眼407頁)は,其の代用藥としてアレコリンの作用を實驗せられたが,私共は,更に別種の代用藥たる,田邊製藥提供のカルピノールを,入手するを得たので,先づ之が人眼に對する縮瞳並に滅壓作用を,前記アレコリンと比較實驗した。偶々其の實驗中,カルピノールの作用を,驚異的に増強し得ることを知つたので,取敢へず之を報告し,大方の追試を乞ふ次第である。

Ⅲ臨牀講義

血液循環から見た眼と全身との關係

著者: 宇山安夫

ページ範囲:P.215 - P.218

 眼が全身の他の臓器と密接な關係を持つて居つて,腦内臓などの疾病の早期發見に有力な手掛りを提共することは,既に諸君の知らるゝ如くである。それと申すのも,全身の諸器官の病變が,直接眼に傅播Per continuitatemしてそこに同じ病變を作ることも勿論稀ではないが多くの場合は,全身の諸臓器の病變が,眼に遠くから且つ早期に反映するからで,共反映した眼の病變を捕捉することによつて,他臓器に於ける病變の母地と,共性質を早く發見することが出來るからである。
 それには眼と全身との連鎖が極めて親密であることが,主な原因をなしてゐるのであるが,一方又全身に起る病變の影響を受け入れる側にある眼の感受性が,高度に發達して居つて,僅かな病變の影響をもよく之に反應して,眼に一定の變化を表はし,且つ其反應は極めて微々たる程度のものであつても,既に自覺的に,視力色神光神などの機能的變化として或は,他覺的に種々な精密な光學器械に因つて,直接眼を以て詳しく顴察し得るといふことが,一層兩者の關係を親密化して居ると謂へやう。

Ⅳ私の研究

調節時間短縮に關する研究

著者: 大熊廣和

ページ範囲:P.219 - P.221

第一編 晝間視に於ける調節時間短縮に關する研究
 文献 ピンホール(針孔板,以下ピと略記)による調節時間短縮の文獻なし。

Ⅴ私の經驗

先天無虹彩眼に於ける白内障手術に就て

著者: 靑木平八

ページ範囲:P.222 - P.223

 先天無虹彩の合併症の中で白内障は最も屡々認められるものであるが,此の白内障手術の結果は區々であつて諸家によつて色々な意見が發表されて居る。私は先頃本症の1例に手術を試み好結果を得たので少しく申述べ度いと思ふ。

Ⅵ外文抄録

Archives of Ophthalmology April 1946(1946年4月)/Archives of Ophthalmology Volum.35, Number 6.Juse, 1946.

ページ範囲:P.224 - P.226

6)梅毒性葡萄膜炎(ペニシリン療法を含む各種療法の成績及び診斷並びにHerxheimer反應について)
 Joseph V. Klauder, M. D. and George J, Dublin, M. D.
 梅毒性葡萄膜炎此處に梅毒を原因とする眼病のHerxheimer反應に就いて述べて見たい。
 562例の葡萄膜炎中梅毒性は59例105%でその中22例は先天性37例は後天梅毒であつた。(Guyton及,Woods)Herxheimer反應はスピロヘータを殺す藥品の初回投藥後に起る梅毒疾患の惡化状態であると言へる。即ち梅毒性炎症が強ければ強い程殺スピロヘータ劑が強力なればなる程且その分量が多く,投與の方法が直接的であればある程(筋肉内又は血管内)He—rxheimer反應は著明で,この反應は梅毒の第二期發疹時に砒素劑の大量血管内注射後最も良く現はれる。砒素劑及びペニシリン療法後のHerxheimer反應について述べ且この反應は診斷の一助となることが分り大して有害でないことも明白である。自分の體驗した72例の梅毒性葡萄膜炎患者は21歳から63歳迄で42例は男性30例は女性黑人が50名(中28名は男性)白人が22名(中14例は男性)であつて72例中55例は片眼性,17例は兩眼を患ひ,15例は結節性葡萄膜炎の形である。

Ⅶ温故知新

熊谷直樹先生の近況

著者: 三國政吉

ページ範囲:P.227 - P.227

 「麒麟も老ゆれば騾馬に如かず」とよく申されて居ましたが,先生益々矍鑠として,も一度若返つてやつて見たいことが山程あると言つて居ります。
 最近頼まれた患者を自宅で診たり,門下生に頼まれて手術をして歩かれたりして居られます。大正5年愛知醫専教授になられ,大正8年8月,慶大に移られた。菅沼教授の後に名古屋から來られ,昭和20年3月停年制のために御退職されるまで,教職にあること實に30年の長年に亙ります。

感想

著者: 盛新之助

ページ範囲:P.228 - P.229

 私は昭和18年3月に京都大學を停年制によりて退官し以來,郷里徳島縣名西郡高川村市樂に引込んでおります。退官以後も他の官職に就職の勸誘も受けましたが私は辭退しました。之は私の宅に100歳近い老祖母が私の歸郷を待つて居つた事と私自身が官職と縁を切り,所謂野人として眞に晴耕雨讀の身となり餘生も農耕に專念したい希望に基いたものであります。
 私の農耕は僅か2反半計りの狹ひ土地でありますが之も私は自分で耕作して居ります。最初は中々百姓の事も明りませぬ故村中の人々によく尋ねよいと云ふ事は何でも行ひ充分手入をなし出來る丈け増産に努力致しました今日では相當な成績を擧げて,食糧には事を缺ぐ樣な事はありません。中々百姓仕事も面白い物です。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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