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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科51巻11号

1997年10月発行

雑誌目次

特集 オキュラーサーフェスToday 巻頭言

いまオキュラーサーフェスが面白い

著者: 大野重昭

ページ範囲:P.6 - P.7

1.はじめに
 学問,研究の世界にも時代の流れによって,はやり,すたりがあることは否めない。眼科の世界でも19世紀末から20世紀前半の眼感染症の全盛時代から,新たな眼生理学,眼病理学の研究へと移行し,この領域で臨床に直結した大きな進展がみられた。日本の眼科の歴史を詳細に記載した『日本眼科学会百周年記念誌』全7巻を見れば,この間の変遷の様子は一目瞭然である。
 結膜や角膜,涙液層といった眼表面の生理,病理を個別にみるのではなく,全体としてとらえようという,いわゆる「オキュラーサーフェス」の概念が提唱されたのは1970年代後半のことである。それまでは必ずしも眼科の主流を占めていなかったこの領域は,近年,他の医学生物学の進歩と相まって著明な発展をとげ,いまや眼科における最もホットな話題がいっぱいの若々しい学問研究領域となっている。この勢いは来世紀になってもしばらくは衰えそうにない。
 いまオキュラーサーフェスが面白い。

Ⅰ 難治性角膜疾患と新しい治療法

角膜上皮疾患の分類と病名の新しい概念

著者: 熊谷直樹 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.9 - P.12

 角膜は眼球の光学系の重要な役目を果たしており,映像を網膜上に結像させるためには角膜上皮表面,角膜内皮表面が平滑であることが必要であるが,屈折度の大きく異なる空気との接触面である上皮側が光学的にはより重要である。また,角膜上皮は眼球の最表層に位置しており,健常な角膜上皮の存在は病原微生物の感染から眼球を保護し,角膜実質の恒常性を維持するためにも重要である。
 細胞生物学や分子生物学の進歩により,角膜上皮疾患の病態が細胞レベル,分子レベルで明らかになってきている。しかしながら,角膜上皮疾患の診断や,治療のためには未だ組織レベルでの観察に頼らざるを得ないのが実状である。病態の理解の進歩と,現実の臨床診療にはギャップがあるが,臨床所見を病態生理と結びつけた理解が重要である。

角膜ヘルペスと類縁疾患

著者: 井上幸次

ページ範囲:P.13 - P.15

 角膜ヘルペスはアシクロビル(Acyclovir:ACV)の登場以来,その重症度が減少したため,ともすれば,すでに克服された過去の病気であるとの誤解が生まれている。しかし,角膜ヘルペスは角膜の上皮・実質・内皮のいずれをも冒すため,すべての角膜疾患において,鑑別の対象になるといっても過言ではない。そして,角膜ヘルペスを的確に鑑別診断できなければ,新しい診断機器や治療薬がいくらあっても角膜疾患の正確な診断・治療はできない。そこで,本項目ではまず,オキュラーサーフェスの感染として重要な上皮型角膜ヘルペスとその類縁疾患との鑑別を簡単に述べ,次に最近のこの分野でのトピックを紹介した後,最後に新しい治療法の可能性として,新たに検討されている抗ウイルス薬に言及したい。

アルカリ外傷・熱傷

著者: 福田昌彦

ページ範囲:P.17 - P.19

 角結膜の化学腐蝕や熱傷は,日常臨床上しばしば遭遇する疾患である。多くのものは軽症で視力予後も良好であるが,ある一定以上の強さの障害の場合,予後は非常に悪く,最悪の場合は失明の危険性もある,近年,角膜上皮障害の新しい治療薬としてヒアルロン酸,フィプロネクチン,表皮成長因子(EGF)が使用されるようになってきた。また,オキュラーサーフェスが広範に障害された疾患に対し,眼表面を外科的に再構築する角膜上皮形成術(KEP),角膜輪部移植,羊膜移植などが行われるようになってきた。重症の角膜化学腐蝕や熱傷においても上記の内科的な治療と外科的な治療を組み合わせることにより,予後の向上が期待される。
 角膜化学腐蝕や熱傷はその原因,受傷範囲,薬品や熱との反応時間により予後が大きく左右される。患者は多くの場合,救急で運び込まれることが多い。急性期には重症と思えなくても経過とともにどんどん悪化することもあるので,急性期の所見を正確に把握し,適切な処置を行い,患者や家族に対し治療方法や予後についての十分な説明が必要である。

角結膜瘢痕性疾患

著者: 田川義継

ページ範囲:P.21 - P.24

 角膜結膜疾患の中で,皮膚疾患や粘膜疾患に伴ってまたは眼局所単独に,強い瘢痕性病変をきたす一群の疾患がある。ここで述べるStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,偽眼類天疱瘡やその類縁疾患で,いずれの疾患もその多くは難治性で予後不良であり,最終的には失明に至る場合もあり,我々眼科医を悩ませる疾患の1つである。この小論では,それらの疾患の臨床像・診断・病態および治療法について述べる。

感染性角膜潰瘍(1)—真菌性角膜潰瘍

著者: 内藤毅

ページ範囲:P.25 - P.27

1.概要
 オキュラーサーフェスに存在する微生物は,我々を取り巻く環境に大きく左右されることは言うまでもない。真菌に関しても当然のことであり,角膜真菌症の原因となる真菌の菌種も環境により変化しつつあることが予測される。井上1)は角膜真菌症の変遷に関して次の3期に分類している。第1期(田園型稀有疾患),第2期(都市型医原性疾患),第3期(都市型に新しい田園型の累加)の3期である。
 第1期は1950年以前であり,角膜真菌症は極めて稀な疾患であり,朽ち木による眼外傷が角膜真菌症の最大の誘因であった。
 第2期は1950年以後であり,ステロイド点眼薬の使用とともに急増し,ステロイド点眼薬による医原性のもので,ステロイド薬の使用が誘因となった日和見感染と考えられた。
 第3期は1970年以後で,Fusarium感染が突如として増加した。この原因として三井2)は農業の近代化に起因して1970年以降,地球規模で耕作土壌のFusarium汚染が進行し,空気中の菌量も莫大なものとなり,これが角膜感染の機会を誘発したのであろうと述べている。第2期のものは医原性であったから,医師がステロイド薬の使用に注意するようになってから頻度が漸減したが,第3期では急増したものがますます増加している。これは急速に進行する環境汚染が主な原因であるから増加にブレーキをかけることは困難であり,治療法の改善が最も重要で,当面の我々の急務であろうと述べている。

感染性角膜潰瘍(2)—細菌性,アカントアメーバ

著者: 中川尚

ページ範囲:P.29 - P.32

1.細菌性角膜潰瘍
 細菌性角膜潰瘍は治癒しても視力に影響を残すことが多い。また,適切な治療を行っても病変が進行して角膜穿孔を起こしたり,眼内炎に移行して失明することがあるため,きわめて緊急性の高い疾患である。

非感染性角膜潰瘍

著者: 岡本茂樹

ページ範囲:P.34 - P.37

 非感染性角膜潰瘍は,モーレン潰瘍に代表される周辺部角膜潰瘍と春季カタルなどの重症アレルギー性結膜疾患に伴うshield ulcerとに分けられる。周辺部角膜潰瘍では,輪部結膜および輪部血管を介した免疫反応が主役であり,対するshieldulcerでは,眼瞼結膜乳頭から産生される炎症産物が角膜障害の主要な病因と考えられている。
 本稿では,これら二つの非感染性角膜潰瘍の診断,病態,および治療方針について解説する。

薬剤性角膜上皮障害

著者: 俊野敦子

ページ範囲:P.38 - P.40

 薬剤性角膜上皮障害とは,主として点眼薬角膜投与に起因して生じる角膜上皮障害の総称である。この10年,点眼薬の数は飛躍的に増加した。これにより,多くの眼疾患の治療が効率よく行われるようになってきたが,その反面で,濫用による弊害,すなわち角膜上皮障害が目立ってきた。この項では,薬剤性角膜上皮障害の臨床について,そのエッセンスを紹介したい。

難治性翼状片の治療—瞼球癒着を伴った再発性翼状片

著者: 真島行彦

ページ範囲:P.41 - P.44

1.善翼状片は第1回目の手術が重要である
 以前は翼状片術後に再発が多かったが,その後種々の手術法が報告され,最近では初回手術後の再発は少なくなってきている。現在,翼状片切除および結膜弁移植(有茎または遊離)が一般的な術式と思われる1)。手術のシェーマを図1に示す。翼状片である結膜下の増殖組織は結膜上皮とできるだけ剥離し,切除する(図1A)。この時強膜露出部が大きくなるので,結膜弁移植を行う(図1B)。結膜弁移植は有茎または遊離があるが,前者のほうが簡便で,より侵襲が少ないと思われる。障害された輪部には正常な結膜が接するようにする。術後の再発は早いと1〜2か月で生じてきていることを考えると,術中および術後の手術侵襲をできるだけ少なくすることが重要である。単純切除だけや単純切除および結膜断端縫合法では,結膜上皮下の増殖性組織が再発しやすい1,2)。また,強膜を大きく露出すると,炎症の消退が遅くなる。したがって,露出強膜部は正常な結膜で被うことが重要である。また,翼状片組織は角膜侵入部の先端付近でボウマン膜を越え癒着しているが,その他の部位では癒着していないことも多いので,できるだけ実質には障害を加えないように切除する,翼状片部位での輪部構造は破壊されているが,術後の上皮化は周囲の角膜上皮から3〜4日で終了する,この方法で,慶應義塾大学眼科での再発は数%である。

糖尿病角膜症

著者: 細谷比左志

ページ範囲:P.45 - P.48

 糖尿病患者の角膜に何らかの異常がみられるということは,すでに前世紀から報告があったが,臨床的に問題にされることは従来少なかった。しかし,1970年代後半ごろより増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術が盛んに行われ,それに伴い術後の難治性角膜上皮障害1)が報告されるようになり,注目されるようになった。また,重症の糖尿病患者では,硝子体手術後ばかりではなく,白内障術後や光凝固術後に点状表層角膜症を生じ,なかなか治癒しないといったことも日常臨床でよく経験する。こうした例では,たいてい角膜知覚は低下しており,角膜知覚低下がこうした病態に深く関与していることを推測させる。また糖尿病患者では,角膜上皮だけでなく,内皮細胞にも形態および機能の異常がみられることが指摘されている。本稿では,こうした糖尿病患者にみられる種々の角膜の異常,重症のものから軽症のもの,あるいは前臨床的変化も含めて概観し,その病態と治療法について述べる。

円錐角膜—コンタクトレンズ治療

著者: 伏見典子

ページ範囲:P.49 - P.52

 円錐角膜の発生頻度について欧米では,10万人に4人と記載されているが(System ofOphthalmology:Duke-Elder),本邦における金井ら1)(1985)の報告によれば男性は8,000人に1人,女性は20,000人に1人と,比較的日本人に多い疾患である。また,近年では角膜形状解析装置の発達により初期の円錐角膜の診断が可能となり,さらに頻度は高くなっていると考えられ,我々が日常の診療で遭遇する疾患の1つとなっている。
 進行した円錐角膜には角膜移植が必要となるが,そこに至るまでの大多数の症例については,視力矯正法としてのコンタクトレンズ(CL)の役割は極めて重要である、CLの装用は良好な矯正視力を得る確実な手段の1つであるのみならず円錐角膜の進行を予防し,さらに角膜形状を扁平化させる効果がある(図1)。円錐角膜に対する最適のCL装用を行う上で留意する点について以下,述べてみたい。

フィブロネクチン,表皮成長因子(EGF)など

著者: 三島弘

ページ範囲:P.53 - P.56

 角膜上皮を構成する角膜上皮細胞の細胞活性は活発で,角膜上皮が損傷を受けたときには損傷部周囲の角膜上皮細胞が移動することによって,上皮欠損部は速やかに再被覆される。このことから,多くの場合,角膜上皮欠損は閉瞼や感染予防を行い欠損部が自然に治癒することを観察するだけで十分であった。しかし,糖尿病合併例や角膜ヘルペス後,三叉神経麻痺眼に生じた角膜上皮欠損では,今までのような消極的な治療法では上皮欠損が遷延化し,角膜潰瘍などの重篤な病態に進行することがしばしば生じる。近年,細胞生物学の発達によって細胞外マトリックス(コラーゲン,ラミニン,フィブロネクチンなど)やサイトカイン(成長因子,インターロイキンなど)が角膜上皮細胞の細胞活性を制御していることが明らかとなってきた(図1)。その結果,従来の治療法では難治であった遷延性角膜上皮欠損などの症例に対して,角膜上皮細胞の細胞活性を調節することで積極的に上皮欠損の治癒を促進しようという新しい治療法が開発されつつある。この項では,現在実用になりつつある治療法の原理と実際について概説したい。

眼アレルギーに伴う角膜病変と新しい治療法

著者: 深川和己

ページ範囲:P.57 - P.62

 1.アレルギー性疾患は増加している? 世界中の先進国でアレルギー性疾患が増加している。特に若年層のアレルギー性眼疾患の罹患率は増加の一途をたどっている。アレルギー性疾患は遺伝的なアトピー素因と環境因子が相まって発症すると考えられる。アトピー性素因を決定する遺伝子は第11染色体長腕部13に存在する高親和性IgE受容体β鎖(FcεRIβ)遺伝子である1,2)といわれているが,大気汚染・室内環境の悪化・食生活の変化・ライフスタイルの変化とストレスの増加・寄生虫の減少などの環境の変化によって,アレルギー性疾患が増加してきたと考えられる。
 以前は患者数も少なく,軽症例が多かったため,眼科領域ではマイナーな疾患とのイメージがあったようである。近年,患者数の増加のみならず,アトピー性疾患を合併して角膜障害による視力低下をきたすような重症例も増加し,眼科医の病態の理解に基づく適切な治療が必要とされている。そこで,本稿では春季カタル,アトピー性角結膜炎を含めたアレルギー性結膜炎の病態と角膜障害発生の機序,そして治療について述べる。

Ⅱ ドライアイとオキュラーサーフェス

ドライアイの病態と診断のすすめ方

著者: 山田昌和

ページ範囲:P.64 - P.67

1.定義と概念
 ドライアイという病名は眼科医の中だけでなく,広く人口に膾灸するようになったが,その定義というと曖昧な部分が残っている。ドライアイという概念を涙液減少症と捉えるか,乾性角結膜炎と捉えるかによって,定義や疾患概念が異なってくるからである。涙液減少症は「涙液に量的または質的な異常があり角結膜障害の有無を問わない」,乾性角結膜炎は「涙液の量的または質的な異常による角結膜上皮障害」という疾患概念である。この場合,涙液減少症は乾性角結膜炎を含み,潜在性(サブクリニカル)なものや間欠性のものをも包括した幅広い概念ということになる(図1)。潜在性あるいは間欠性という意味は,普段は無症状であるが,手術などの侵襲やVDT作業,コンタクトレンズ装用などの負荷が加わったときに症状が表に出てくるということである。個人的には,ドライアイ=涙液減少症とするのは範囲が広くなりすぎるきらいがあるので,疾患概念としてはドライアイ=乾性角結膜炎と考えておいたほうが良いと考えている。ただし,実際の日常診療では,その背景にある涙液減少症という概念を考慮に入れてドライアイの診断にあたる必要があると思われる。

環境とドライアイ—VDT症候群とドライアイ

著者: 佐藤直樹

ページ範囲:P.68 - P.70

 オキュラーサーフェスは眼と外界の接するところであり,外界すなわち環境の影響を最初に受けるところである。外界からの刺激には光,湿度,外力,異物,微生物などがあるが,広い意味では視覚情報などもその一つである。オキュラーサーフェスは涙液や瞬目を組み合わせてこれらの刺激をうまくやわらげている。しかし,近代人はオフィスや家庭への電子機器の導人,自動車の運転などますます眼を酷使するようになってきて,涙液や瞬目などのバランスを崩し,オキュラーサーフェスにさまざまな障害が生じるようになってきている。今回はこれらの障害のメカニズム,およびその対策について示した。

ドライアイの病因論—シェーグレン症候群を中心に

著者: 吉野健一

ページ範囲:P.71 - P.75

 角膜,結膜,涙液の相互関係を包括的にとらえ,疾患の病態形成をより深く究明するうえで「オキュラーサーフェス」という概念は非常に合理的である。たとえばその例としてドライアイの重篤なタイプであるシェーグレン症候群の場合,その特有な病態は角結膜細胞の脱落,バリア機能の低下,ムチン発現の減少,扁平上皮化生などの角結膜病変として観察される。しかしその背景には涙液の異常があり,病態の形成には「角結膜」と「涙液」の相互作用を考えると理解しやすい。この涙液は涙腺で産生され分泌されるため,ドライアイの病態は従来のオキュラーサーフェスの概念に加え涙腺も考慮に入れ「角結膜」—「涙液」—「涙腺」の相互作用として考えるとその病態は一層理解しやすくなると思われる。涙腺も含めたオキュラーサーフェス構成成分の相互作用を包括的に理解することにより,病態形成の原因と結果をより明確にすることが可能となり,これはより合理的な治療法の究明につながるものと考える。

ドライアイの治療法の進歩

著者: 弓狩純子

ページ範囲:P.76 - P.79

 涙液は,涙腺から分泌され,瞬目により角結膜表面を潤し涙点から排出される。また,開瞼時は湿度や風速など環境の影響を受け,眼表面から絶えず蒸発している。ドライアイは,涙液の量的,質的な異常により角結膜に障害をきたす疾患である。従来,その治療は,人工涙液の点眼など眼表面の乾燥防止を目的とした対症療法が主体であった。しかし,ドライアイの診断法の向上や社会生活の変化によりドライアイは増加し,個々の病態に応じた治療法が必要となってきた。また,Sjögren症候群など重症なドライアイには,いくつかの新しい治療法も試みられている。そこで,本稿では東京女子医科大学眼科ドライアイ外来での治療指針を中心に,最近のドライアイの治療法につき述べる。

オキュラーサーフェスと皮膚

著者: 高村悦子

ページ範囲:P.80 - P.84

 オキュラーサーフェスは,角膜上皮と結膜上皮およびそれらの表面を覆う涙液膜によって構成されている。オキュラーサーフェスも皮膚も体表面を覆い,外界の物質から体内の器官を保護するという働きがあるのと同時に,病原体やアレルゲンなど,環境要因の影響を最も受けやすいところに位置している点がどちらにも共通している。
 一方,相違点としては,皮膚が最表層に角質を有する角化する扁平上皮であるのに対し,オキュラーサーフェスを構成する角膜と結膜は正常では角化しない扁平上皮ということがあげられる。また,眼表面は涙液に覆われており,涙液が粘膜への水分を供給しているが,皮膚では,最表層の角質の中にある自由水が皮膚の潤いを保つ機構に一役買っている。このように,皮膚とオキュラーサーフェスには,構造上にも類似点があり,両者を比較することはオキュラーサーフェス疾患の病態解明,診断,治療の助けとなる上可能性がある。

オキュラーサーフェスの外科的再建法

著者: 坪田一男

ページ範囲:P.86 - P.89

 オキュラーサーフェスの外科的再建が眼科の臨床に応用されるようになってきた。従来治療の難しかった化学外傷やスチーブン・ジョンソン症候群に対して角膜移植が行えるようになってきたのである。大きな進歩は角膜上皮のステムセルという概念がきっちりと提唱され,その臨床応用が始まったことである。さらに羊膜移植や自己血清の補充療法など新しい概念が続いている。本稿では角膜上皮のステムセル移植を中心に,基本となるコンセプト,適応,術式について述べる。

オキュラーサーフェスの新しい検査法

著者: 小室青

ページ範囲:P.91 - P.94

 オキュラーサーフェスとは,本来角膜と結膜および輪部の上皮を一つのユニットとして考える概念であったが,涙液層と眼表面上皮が解剖学的・機能的に密接に関連していることが示され,涙液層を含めてオキュラーサーフェスと認識されるようになっている。近年,オキュラーサーフェスの健常性や異常の程度をより臨床的な立場から評価するために,侵襲が少なくかつ再現性の高い検査法が開発されている。
 今回,新しいオキュラーサーフェスの検査法として,スペキュラーテクニックを応用した涙液表面観察法とフルオロフォトメーターを用いた角膜上皮バリアー機能検査とを紹介する。

涙液

著者: 渡辺仁

ページ範囲:P.95 - P.99

 涙液は角結膜上を広がり,光が散乱することなく眼内へ侵入できるように眼表面をスムーズに整えている。また,涙液は角結膜上を防御し,維持する機能をもっている。こうした涙液は眼表面を広がることにより,その役割を発揮するわけであるが,そのメカニズムについてはまだまだ未解明な点が多く,涙液と角膜上皮,結膜上皮との関係にはさまざまな謎がひそんでいる。
 従来より涙液の厚さは約7μmで,最表層より脂質(lipid)層,中間層をなす液(aquous)層,最内層の粘液(mucus)層の3層から構成されていると考えられてきた。しかし,最近では,涙液はこのようにはっきりと3層に分離して存在しているのではなく,特に粘液は角結膜上皮近くで最も密に存在し,上方にいくにつれ,徐々にその濃度が低下する濃度勾配をもって存在しており,従来の考えよりも涙液層の上方にまで広く存在すると考えられるようになってきている(図1)。粘液層の主たる構成成分であるムチン(mucin)は,従来より,結膜上皮内の杯細胞より供給されていることはよく知られている。しかし,最近,眼表面上には結膜の杯細胞由来のものばかりでなく,角膜上皮,結膜上皮もムチンを産生し,眼表面へ供給していることが明らかになった1〜4)。そうしたことより,これまでは涙液は涙液,角結膜は角結膜と分離して考えていたが,生体では2つが密接に関連しており,この2つを併せた形で考えないと本質を見失ってしまう。こうした観点から,ここでは涙液およびそれに関連する角結膜表層上皮について詳述する。

Ⅲ 屈折矯正手術

RKの効果と限界

著者: 橋本行弘 ,   清水公也

ページ範囲:P.101 - P.104

 最近のRKの進歩で注目すべきことは,Lindstromの提唱するminimally invasive RK(Mini-RK)である(図1)。これは切開の外側を8mmまでとすることにより,術後の遠視化や眼球脆弱化の予防を期待している。次に注目すべきことはAssilとCasebeerが提唱するcombinedincision法とそれに伴うダイヤモンドナイフの改良である。これにより切開が短くても必要な手術効果が得られると共に,角膜中央へのナイフの誤刺入がなくなり手術の安全性が高まった。その他にも器具や方法にさまざまな改良が加えられ,手術精度と安全性が徐々に高まってきている。これらを取り入れて当科で行ったMini-RKの手術方法,臨床結果を踏まえ,RKの効果と限界について考察した。対象は1993年より手術を行い3か月以上経過観察可能であった294眼(男性199眼,女性95眼)で,平均年齢は32.0±11.0歳だった。

PRKの最近の進歩

著者: 高橋圭三

ページ範囲:P.105 - P.108

 角膜屈折矯正手術のメインエベンターへの道を確実に歩んでいる感のあるPRK (photorefractivekeratectomy)は日々着実に進歩している。矯正精度の飛躍的向上(表1)1),新しい術式の導入2)による矯正範囲の拡大など,臨床的にますます充実してきている。これらの進歩はひとえに器械の技術革新に負うところが大きい。なぜなら,本術式は少しの人的操作と多くのコンピュータ制御された操作から構成されているからである。本稿ではPRKの進歩を,エキシマレーザー器械の進歩という少し違う視点から解説してみたい。

PRKの合併症

著者: 長谷川利英 ,   下村嘉一

ページ範囲:P.109 - P.112

 エキシマレーザーによる屈折矯正手術においては現在まで多くの成績が報告されている。それらは矯正精度でみると±1D以内に収まるものが70〜80%である。その一方で無視できない合併症もいくつか散見される。また屈折検査,視力検査では判断できない視力の質的変化も無視できない問題である。本稿では現在までに報告されている合併症,筆者らが経験した合併症を整理し,その解決方法を検討してみた。

AKの効果と限界

著者: 吉富文昭

ページ範囲:P.113 - P.116

 乱視矯正角膜切開術astigmatic keratotomy (以下,AK)は(エキシマレーザーが認可されていない)現在,角膜乱視に対する唯一の手術的矯正法であり,とりわけ白内障術後倒乱視(それが医原性であろうが加齢性であろうが)に対しては有効な治療である。しかし,AKは決して万能ではなく,欠陥ないしは限界を有することも明らかとなってきた。それは,角膜乱視の評価を主としてケラトメーターに頼っていた時代には決して気付かれることがなかった角膜表面の変化を,角膜形状解析装置videokeratographyが白日のものとしたからである。後述するように,角膜乱視において我々は線meridian (軸axis)の世界から領域areaの世界へとワープしたといってよい。線は一次元で領域は二次元である。もちろん,二次元の次には三次元が控えているのだが,ここではAKの効果と限界について二次元的に解説を行う。

LASIKの実際

著者: ビッセン宮島弘子

ページ範囲:P.117 - P.120

 LASIKとは,laser-assisted in situ kerato-mileusisの略語で,ケラトームでの角膜層間手術とエキシマレーザーによるPRK (photorefractivekeratectomy)を合わせた手技である。ケラトームで角膜を蓋状に切開してフラップをつくり,その下の実質をエキシマレーザーで切除,再びフラップを戻す方法である。
 この角膜層間手術は,約30年前にBarraquerによってkeratomileusisとして始められた。エキシマレーザーを用いた方法は1990年にSeilerら1),1991年にPallikarisら2),1992年にBuratoら3)が報告,その後,改良された現在の方法での報告もみられる4,5)

新しい屈折矯正手術

著者: 伊藤光登志

ページ範囲:P.121 - P.124

 これまでに数多くの屈折矯正手術が提唱されては消え,またあるものは後にリバイバルして受け入れられるという歴史を繰り返している。新しい屈折矯正手術は,必ずしもそのコンセプトが「新しい」とは限らず,すでに古くから存在するものを現代風にアレンジしたに過ぎない場合もある。本稿では,コンセプトの新旧を問わず,その評価が現在進行中であるいくつかの手術を取り直上げて,若干の解説を加える。

屈折矯正手術後の視機能

著者: 水流忠彦

ページ範囲:P.125 - P.128

 近年欧米を中心に種々の屈折矯正手術が広く行われるようになり,本邦においても同手術に対する関心やニーズが増大してきている。屈折異常の外科的治療法としては,(1)角膜屈折力の外科的矯正,(2)水晶体屈折力の外科的矯正,(3)眼軸長の外科的矯正があるが,本稿では現在主流となっている角膜屈折矯正手術のなかでも,最も広く行われている放射状角膜切開術とエキシマレーザー屈折矯正手術が視機能に及ぼす影響について概説する。

屈折矯正手術後の創傷治癒

著者: 田中俊朗

ページ範囲:P.129 - P.133

 屈折異常の矯正のため透明な角膜に対し手術的(外科的)侵襲を加える屈折矯正手術は,わが国でも盛んに行われつつある。これらの手術の目的は角膜の張力を変化させたり形状を変化させることで角膜の屈折力を変化させ,屈折異常を矯正することである。しかしながら,本来十分な矯正視力を有する症例に対する手術であり屈折矯正手術の後,角膜が混濁し透明性を失うことがあってはならない。角膜切開やexcimer laserによるPRKなどの屈折矯正手術の後の角膜の透明性の確保やそのほかの望ましくない併発症の発生は,これらの手術侵襲に対する角膜の反応,すなわち角膜の創傷治癒に依存する。しかし,角膜の創傷治癒は角膜局所での反応のみならず,涙液・結膜・眼瞼などの影響を強く受ける。したがって,角膜創傷治癒の機序を理解するためには角膜を取り巻く環境,すなわち眼表面の機能を理解することが必須と考えられる。角膜創傷治癒を調節する因子の細胞生物学的知見を応用することが屈折矯正手術後のより良い成績を得るために必須であり,これらの屈折矯正手術の真の発展につながると考えられる。本稿では角膜切開とexcimer laser照射後の角膜の反応と,眼表面との関わりについての創傷治癒過程を概説する。

Ⅳ 角膜移植

眼球保存液

著者: 切通彰

ページ範囲:P.136 - P.137

1.現在の日本における角膜保存の現状
 角膜移植は解剖学的には臓器(organ)移植よりも組織(tissue)移植に近いものであるが,心臓弁,皮膚,骨,腱などのように凍結保存して使川することは一般に不可能であり,あくまでも他の臓器移植と同様な新鮮組織が移植手術成功の鍵となる。そこで限球の摘出から移植手術までの時間は短いほど新鮮な角膜を移植することができることは言うまでもない。しかしながら,医療機関側としては緊急手術となる上,患者サイドにとってはいつ提供されるかわからない角膜のために,長期の待機入院,あるいは緊急入院を強いられることとなる,このため,角膜を安全により長期間保存することが望まれている。
 現在日本では,摘出された眼球をそのまま保存する全眼球保存が一般的であるが,今後は米国で主に実施されている強角膜片保存が普及すると考えられる、その理由の第一は保存期間が約10日と全眼球保存と比較してかなり長く,1週間以内の移植であれば術後成績には何ら問題ないからである。これにより手術予定や患者サイドにも時間的余裕が生まれる。第二の理由としてはアイバンク側の問題である。平成8年度に厚生省より「角膜移植に使用する眼球の安全性確保の向上」という通達が日本眼球銀行協会を通じて各アイバンクに発令された。つまり,アイバンクは角膜移植に使用する眼球の提供者の疾病の有無についてより厳密に情報を収集した上で,眼球を提供することが期待されている。実際にはHIVやHTLV感染およびCruetzfeldt-Jacob病などの疾病を確認することが望ましく,提供者よりの死後採血の実施や,より詳細な主治医への問診が重要となる。眼球摘出時に死後採血されると,その結果の判定には24〜72時間必要であり,現在の全眼球保存では使用不可能となるため,保存期間の長い強角膜片保存が必要となってくる。また同時にアイバンク側も,どの医療機関へ眼球を斡旋するかを時間的余裕をもって決定できることとなる。しかしながら一部の角膜移植術式においては全眼球のほうが容易な場合もあり,今後の検討が必要である。

全層角膜移植術における角膜内皮細胞

著者: 大黒伸行

ページ範囲:P.138 - P.142

 角膜内皮細胞(以下,内皮)はヒトでは増殖能が極めて低いため,1つの内皮が細胞死により脱落するとその周辺の細胞は,脱落により生じた隙間を埋めるため拡大しながら移動することにより創傷治癒を行う。この時,内皮は単独で移動するのではなく,細胞群として移動し,隙間が埋まった時点でエネルギー的に最も安定した六角形細胞に戻ろうとする(boundary shortening theory)。しかしながら,慢性的な内皮への障害により,ある程度以上の細胞脱落が持続して起こると,この内皮の自己修復がついていかないため,細胞密度の減少だけでなく細胞の大小不同(coefficient ofvariation in cell size:CV)の増大や六角形細胞率の減少が認められるようになる。逆に言えば,CVの増大や六角形細胞率の減少を認める場合,内皮障害が持続して存在していることを意味している。図1は白内障手術時の正常および異常創傷治癒過程のシェーマである。これを参考に,以下の全層角膜移植術における内皮の創傷治癒過程について考えてみる。

角膜移植と免疫抑制剤

著者: 高野俊之

ページ範囲:P.143 - P.148

 我々移植医にとって,臓器移植における拒絶反応は避けて通れない問題である。角膜はimmuneprivilegeな状態であるといわれ,かつ用いるドナー角膜は血管が存在せず,抗原性が低いため,他の臓器移植に比べて生着率の成績はよい。しかしながら,ハイリスクな症例,例えば新生血正管を有する角膜移植や再移植例では拒絶反応の発症頻度は増加する。ゆえに角膜移植医にとって拒絶反応に対する免疫抑制は,移植する際,常に考慮しなければならない問題となる。今回,角膜移植での拒絶反応に対する免疫抑制剤について,作用機序および角膜移植での臨床も合わせて解説する。

白内障との同時手術

著者: 小野寺毅

ページ範囲:P.149 - P.151

 角膜移植と有内障との同時手術を考える場合,その手術適応をどのように決定するか,また,どのような術式を選択するかなどが重要である。本稿では,これらの項目を中心にそれぞれの要点について述べてみたい。
 なお,白内障手術を考える場合の眼内レンズ挿入は,患者の術後視機能の面からは,合併症を起こしたなどの特殊な症例を除いては施行されるべきものであり,ここでいう同時手術とは角膜移植術,白内障手術,眼内レンズ挿入術のトリプル手術のこととして述べる。

角膜移植後の視機能

著者: 島﨑潤

ページ範囲:P.152 - P.154

1.角膜移植とQuality of vision
 新生血管侵入などのリスクファクターのない角膜移植は,90%近い透明治癒率をもつ。こういった症例では,単に移植片を透明に保つだけではなく,いかに良好な視機能を獲得するかが大きな問題となる。かつて「角膜移植後の屈折異常は,コンタクトレンズで矯正すればよい」といった対応もとられていたが,移植患者の多くは高齢者であること,レンズのフィッティングが難しいことなどより,「できるだけ裸眼,もしくは眼鏡で十分な視力を得るようにする」ことを角膜移植医は目指すべきと思われる。本稿では,角膜移植後に良好な視機能を獲得するためのポイントを述べる。

Deep lamellar keratoplasty

著者: 杉田潤太郎

ページ範囲:P.156 - P.160

 表層角膜移植は現在も広く用いられる手法であるが,主に治療的な角膜移植として位置付けられている。これは表層角膜移植後の視力回復が,多くの場合不良であることによる。視力不良の原因は,レシピエントの残った実質とドナーとの接合部に形成される瘢痕のためと考えられてきた。この場合の表層角膜移植とは,病的角膜の1/2から3/4の厚みの移植であった。そこで,角膜実質をより深くまで切除する深部表層角膜移植が試みられたが,安定して良好な視力が得られるには至らなかった。
 1986年冨田ら1)の報告によると,病的実質をすべて除去しデスメ膜のみにする深層角膜移植(deep lamellar keratoplasty:DLK)を17眼に行い,かなり良好な術後視力を得たとある。Archila2)やChauら3)は,角膜実質に空気を注入して深層実質切除を行うDLKについて報告しているが,術中に意図的にデスメ膜のみにするまでには至っていなかった。

角膜上皮形成術

著者: 西田幸二

ページ範囲:P.163 - P.167

 角膜上皮形成術(keratoepithelioplasty:KEP)は,1983年にThoft1)によって考案された治療的角膜移植術で,当初は遷延性角膜上皮欠損に対して施行されたものであった。その後,本手術の適応疾患は徐々に拡大し,難治性の角結膜上皮症(ocular surface disease)2),周辺部角膜潰瘍3)に対する最も効果的な治療法となっている。

Ⅴ トピックス—基礎と臨床 炎症・免疫学

角膜移植後拒絶反応とサイトカイン・接着分子

著者: 山上聡

ページ範囲:P.169 - P.171

 移植免疫の分野は,免疫学,分子生物学の発展と相まって急速な進歩を見せている。角膜移植領域においても,ここ数年マウスモデルによる検討が可能となり,免疫学的手法を利用して拒絶反応発生機序の解明が進んでいる,角膜は免疫学的な特異性を有する場所として知られ,他臓器の結果をそのまま当てはめることはできない。
 本稿では角膜移植モデルを利用して明らかになってきているサイトカイン,および細胞接着分子に関する知見を筆者らの現在行っている自験データを交えて概説する。

角膜移植とACAID

著者: 園田靖

ページ範囲:P.172 - P.174

1.ACAIDとは
 アロや異種組織が前房内に投与された後,それらの組織の生存が延長することより,前房はimmune previleged siteとして,免疫学的に寛容な場所と考えられてきた。ACAIDとはanteriorchamber associated immune deviation (前房関連性免疫偏位)の略であり,眼における特殊な免疫機構を示すものとして,1977年にKaplanとStreileinら1)により提唱された。ACAIDの最大の特徴はサプレッサーT細胞による遅延型過敏反応(delayed-type hypersensitivity:DTH)の抑制である。
 通常の免疫反応下でのDTHは次の3相から成る。(1)抗原認識相:ホストのリンパ球(多くはCD4陽性細胞)がマクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞(APC)によって提示された抗原を認識する。(2)刺激相:抗原を認識したリンパ球が自らIL−2などのサイトカインを分泌しながら分化,増殖し,DTHを起こすTリンパ球(以下,TDTH)となる.(3)エフェクター相:分化,増殖したTDTHが同じ抗原刺激を受けた場合,遊走性因子なや種々のサイトカインが分泌され,それにより抗原刺激部位に好中球,単球,リンパ球などが集積し,非特異的な局所の炎症反応を引き起こす。ACAIDでは,抗原認識相にもエフェクター相にも抑制的にサプレッサーT細胞が働き,DTHを抑制に導くとされる。

アレルギー性角結膜疾患とIgEレセプター(FcεRI)

著者: 海老原伸行

ページ範囲:P.175 - P.177

1.FcεRIとは?
 FcεRIは高親和性IgE受容体であり,肥満細胞・好塩基球・ランゲルハンス細胞や一部の好酸球・単球にその発現が認められている。図1が示すように,FcεRIはIgEのFcεドメインと特異的に結合するα鎖とシグナル伝達に関与するβ鎖・2個のγ鎖が細胞膜上で非共有結合した四量体構造を呈する。

オキュラーサーフェスと酸化ストレス

著者: 榛村重人

ページ範囲:P.180 - P.182

 オキュラーサーフェスは文字どおり最表層に存在する組織であり,環境的には非常に特殊な環境に置かれている。皮膚を含めて体内の各臓器は動脈血によって酸素供給されており,酸素分圧が常に一定になるような恒常状態が保たれている。しかし,角膜上皮の酸素供給はほとんど大気中の空気に依存しており,しかも開瞼時と閉瞼時では酸素分圧が100mmHgほど変化する。また,可視光や紫外線にも直接被曝するため,細胞にとっては苛酷な環境であることは容易に想像がつく。

粘膜免疫

粘膜ワクチン

著者: 高橋一郎

ページ範囲:P.184 - P.185

1.人体最大の免疫臓器:粘膜免疫
 微生物感染症の予防において粘膜免疫が重要であることは,呼吸器,消化器,泌尿生殖器,外分泌腺などの臓器を被覆している広大な粘膜を介して,大部分の病原微生物が体内へ侵入してくるからに他ならない。また1兆個にも及ぶリンパ球が消化管に集結しており,粘膜組織は人体最大の免疫臓器でもある(図)。
 ここでは粘膜免疫の特殊性とそれを応用した経粘膜ワクチンの特徴について焦点をあててみていきたい。

粘膜のMALToma

著者: 鈴木純一 ,   佐藤昌明

ページ範囲:P.186 - P.189

1.MALTとは
 結膜はocular surfaceとして角膜とともに外的環境に直接接していて,たえず多様な抗原刺激に曝露されている。このほか,消化管粘膜,気管支(気道)粘膜,皮膚,分泌腺なども外界から多種多様な抗原,たとえば微生物・食餌性タンパク・化学物質などに曝露されている。これらの組織の上皮細胞下にはリンパ球や形質細胞が散在性に分布している。代表的な例では小腸のバイエル板,気管支粘膜下のリンパ装置や扁桃であり,これらは一定の抗原などの刺激によりリンパ球の集合体から胚中心の形成をみるようになり,リンパ節の皮質に相当する役割を果たす。これらの組織はリンパ節のような被膜や輸入リンパ管を持たないが,高内皮細静脈(postcapillary high-endothelialvenule)と呼ばれる血管系が存在している。さらに上皮下の粘膜固有層には形質細胞が存在して抗体産生にはたらき,この部位がリンパ節の髄質に相当すると考えられている。こうした組織は局所に侵入した抗原刺激に反応して生体防御機構の第一線を形成し,主にIgAによる液性免疫を司っている。
 粘膜関連リンパ組織(mucosa-associatedlymphoid tissue:MALT)は,消化管,甲状腺,肺・気管支,唾液腺,結膜などの主に局所免疫を担当する粘膜関連組織のリンパ装置,節外性リンパ組織の総称で,消化管ではパイエル板・虫唾などのGALT (gut-associated lymphoid tissue),肺・気管支ではBALT(bronchus-associatedlymphoid tissue)と呼ばれ,結膜ではCALT(conjunctiva-associated lymphoid tissue)と呼ばれている。

結膜関連リンパ装置(CALT)と濾胞樹状細胞

著者: 庄司純

ページ範囲:P.193 - P.195

 粘膜組織には特有の免疫機構が存在する。この免疫機構は,分泌型IgAとその産生を誘導するリンパ組織である粘膜関連リンパ装置(mucosa-associated lymphoid tissue:MALT)からなる免疫機構であり,局所免疫または粘膜免疫と呼ばれている。分泌型IgAは消化管,気道,眼,乳腺などで分泌されるが,その分泌を司る機構は個々に独立したものではない。たとえば腸管で,ある抗原に対して感作が成立すると,気道や母乳中などに,その抗原に対する特異的IgA抗体が出現することがわかってきた。そこで,全身の粘膜組織は,共通の免疫応答を行う系によって連結していると考えられるようになり,common mucosal immunesystem (CMIS)と呼ばれる概念が登場した。CMISが成立するためには粘膜独自の抗原認識機構が必要であり,その後は抗体産生細胞の分化,分泌型IgAの産生へと展開されていくことになる。
 結膜には,MALTに相当する組織として,結膜関連リンパ装置(conjunctiva-associated lymphoidtissue:CALT)が想定されている1)が,ここでは,CALTにおける抗原認識の過程に関するこれまでの知見を述べる。

微生物学

輪部腫瘍とHPV

著者: 中村裕

ページ範囲:P.198 - P.199

1.輪部腫瘍とHPV
 涙道を含む限表面の扁平上皮腫瘍は良性乳頭腫,異形成病変,上皮内癌,浸潤癌に分類される。婦人科1),泌尿器科2)など,他領域の扁平上皮腫瘍の一部にはヒトパピローマウイルス(以下,HPVと略す)が関与することが明らかになってきた。良性乳頭腫と異形成病変および癌ではHPVのタイプが異なっており,良性乳頭腫ではtype 6および11が,異形成および癌ではtype 16,18,31,33などが関与していることが報告されている3)。一方,眼科領域においても主に海外の研究で同様の結果が得られている4)
 筆者は慶應義塾大学眼科を受診したオキュラーサーフェスおよび涙嚢の扁平上皮腫瘍17例(うち輪部腫瘍は3例)についてHPVの感染を検索した。輪部に生じた腫瘍(図1)と結膜に多発する腫瘍(図2)の前眼部写真を示す。腫瘍が悪性か良性かはもちろん病理組織学的な検索を施行しなければ判断できないが,若年者の結膜に多発する図2のような症例はウイルスが関与する良性乳頭腫の典型例であるとされている。筆者はこれらの症例をまずヘマトキシリン-エオジン染色(H-E染色)で良性,異形性病変,癌に分類し,koilocytosisの有無,免疫組織染色,in situhybridization,PCRの4つの観点からHPVの感染を検索した。図3に典型的な良性乳頭腫,異形成病変,浸潤癌のH-E像を示す。Koilocytosisは従来ウイルス感染例において見られるとされる所見であるが,17例中7例で陽性であった。またウイルス蛋白の存在と局在を判断できる免疫組織学的検索では8例が陽性であり(図4),ウイルスのDNAの存在を確認するin situ hybridizationとPCRではそれぞれ4例,8例が陽性であった(図5)。

バイオフィルムと眼感染症

著者: 亀井裕子

ページ範囲:P.200 - P.202

 近年,難治性細菌感染症の原因として,細菌バイオフィルム形成の関与が注目されている。これまで眼科領域においても,眼内レンズ(以下,IOL)挿入眼に発症した眼内炎に細菌バイオフィルム形成がみられた例が報告され1),またIOL,コンタクトレンズ(以下,CL)などのバイオマテリアルに実験的にバイオフィルムを形成しうることが確認されている2,3)
 本項では細菌バイオフィルムの概念および眼科臨床におけるバイオフィルムの関与について最近の知見を述べる。

アデノウイルス結膜炎の新しい迅速診断法

著者: 内尾英一

ページ範囲:P.204 - P.205

 近年,アデノウイルスは転写機構などの分子生物学的な検討も進み,分子疫学的にも制限酵素切断分析(RFLP)によりさまざまなゲノムタイプやそのサブタイプの存在が示されている。培養細胞を用いたウイルス分離および中和試験による血清型同定は,確定までに2週間ほどの期間を要し,増殖しにくい血清型もある。これに対し,筆者らが開発したPCR-RFLP法は,2〜3日で結果が得られ,主要な結膜炎起炎血清型の鑑別が可能である1)。ただし,この方法は分子生物学的解析の可能な施設での実施に限られ,従来の分離・同定に代わるものではあっても,眼科臨床医が診療の現場で直ちに結果を得られるものではない。本項では,アデノウイルス結膜炎の迅速診断法に関する新しい展開について述べたい。

薬理学

角膜ヘルペスの新しい治療薬C.OXT-G

著者: 塩田洋

ページ範囲:P.206 - P.208

 角膜ヘルペスの治療薬としては,現在本邦ではIDU (点限液ならびに眼軟膏)とアシクロビル(aciclovir:ACV)眼軟膏が市販されている。IDUとACVを比べた場合,細胞毒性,角膜透過性,治療効果の点などにおいてACVのほうが優っている。したがって現在,ACV眼軟膏が角膜ヘルペスの第一選択薬として使用されている。しかしACV眼軟膏は,軟膏であるため点入後しばらく不快感を感じたり,見にくくなるなどの改善すべき点がある。ACVに代わる,水溶性に優れかつ抗ヘルペス作用の強い,新しい薬剤の開発が望まれていた。
 筆者らは,carbocyclic oxetanocin G(C.OXT-G)(図1)がこれらの性質を有することを証明し,本剤が角膜ヘルペスの新しい治療薬になりうることを世界に先がけて実証した1〜4)

オキュラーサーフェスとDDS

著者: 佐野研二

ページ範囲:P.210 - P.211

 薬物供給システム,すなわちドラッグデリバリーシステム(DDS)の中で,オキュラーサーフェスに関連するものには,結膜嚢に固定するタイプと角膜上に固定するタイプの2種類がある。前者はオキュサート®やコラーゲンディスクに代表されるような結膜嚢にフィットするようにデザインされた楕円形,板状の装置であり,後者はコラーゲンシールドや医療用含水性ソフトコンタクトレンズ(SCL)に代表されるコンタクトレンズ(CL)型のものである。前者のオキュサート型のDDSがオキュラーサーフェスの一部分である結膜嚢を装置の固定場所としてだけに利用しているのに対して,後者のCL型のDDSではオキュラーサーフェスのうち角膜を固定場所としているだけではなく,角膜の保護(バンデージ効果)という重要な役割を併せ持つ。ここではオキュラーサーフェスとの相互作用を考える意味から,後者のCL型のDDSを中心に述べる。

分子生物学

角膜の創傷治癒とTGF-β

著者: 加治優一 ,   小幡博人 ,   水流忠彦 ,   山下英俊

ページ範囲:P.212 - P.214

 TGF-β(transforming growth factor-β)は,細胞増殖,遊走,分化の制御や細胞外基質の産生促進作用を持つペプチドであり,創傷治癒過程で重要な働きをしている。本稿では角膜創傷治癒における作用について概説する。
 TGF-βは哺乳類では3種類のisoformがクローニングされている。このTGF-β1〜3は相同性が70%以上あり,類似した構造をとっている。TGF-βは,まず生理活性を持たない潜在型として分泌される。この潜在型のTGF-βは,局所でプラスミンなどの蛋白分解酸素により活性化されて作用を発揮する。

角膜創傷治癒とコラーゲン,マトリックスメタロプロテアーゼとその阻害剤

著者: 松原正男

ページ範囲:P.215 - P.217

 角膜は種々のコラーゲンやプロテオグリカンなどの細胞外基質からできており,角膜が損傷を受けるとその修復のためにこれらの物質の合成と分解がダイナミックに行われる。
 上皮では上皮細胞が接着機構を解消して欠損部を覆うように移動し始め,実質では線維芽細胞が創傷部付近に集まる。変性組織は除去され,新たな細胞外基質が分泌されることによって実質や基底膜が修復される。この過程では正常角膜にはみられないような物質も出現し,組織の再構築が完成するにつれ消えていく。

角膜と細胞外マトリックス

著者: 沢口昭一 ,   福地健郎

ページ範囲:P.219 - P.221

 角膜は生体の中で最も透明性の高い組織の一つであり,この透明性の獲得,維持のために角膜を構成する細胞外マトリックスは,他の結合組織を構成する細胞外マトリックスとはその分子組成がいくぶん異なっている。角膜を構成する細胞外マトリックスの分子種は,大きく分けてコラーゲンとプロテオグリカンである。この項ではさらに近年注目されている細胞接着分子についても,細胞—細胞外マトリックスとの相互関係から,最近の知見を交えて述べる。

神経生理学

角膜の神経と再生

著者: 高野雅彦

ページ範囲:P.222 - P.224

1.角膜の神経支配
 角膜に分布する神経は三叉神経(脳神経V)の第一枝である眼神経(V1)であり,角膜の知覚刺激を鋭敏に伝えている(図1)。角膜上皮の知覚刺激は角膜上皮細胞間の神経終末から上皮下神経叢,実質内の無髄神経線維を通り,角膜輪部の神経叢から主に長後毛様体神経を伝わり鼻毛様体神経,眼神経から三叉神経に達する。また,交感神経線維も毛様体神経節より短毛様体神経を経て角膜輪部に達し,角膜実質内に分布するが交感神経の角膜における役割については未だよくわかっていない。

角膜の神経調節機構

著者: 佐々木かおる

ページ範囲:P.226 - P.228

 我々の身体の組織は,いたるところで神経による調節を受けている。角膜も,そのような組織のひとつである。角膜に分布する神経としては,知覚神経である三叉神経がよく知られている。しかし,交感神経,副交感神経支配については,直接的な証明がされておらず,いまだ統一の見解を得ていないのが現状である。そこで,本章では三叉神経に絞って話を進めることにする。
 この三叉神経が障害を受けた場合に生じる神経麻痺性角膜炎については,これまでに多くの研究が行われており,神経を切断すると,角膜上皮創傷治癒の遅延,上皮細胞間の接着減弱,フルオレセイン透過性亢進などが認められることが報告されている。このような事実から三叉神経は,角膜において単に痛み刺激を伝達するという知覚伝達以外の働きを行っているのではないかと推測がなされてきた。現に,三叉神経の神経伝達物質であるサブスタンスP,CGRPは中枢への流れのみではなく,末梢側すなわち角膜において神経終末から放出されることが確認されており,上記の仮説の裏付けとなっている。

オキュラーサーフェスと私

日眼特別講演とタイトル

著者: 北野周作

ページ範囲:P.16 - P.16

 昭和59(1984)年の日本眼科学会の評議員会で,2年後の特別講演の指名をいただいた。さて何をテーマにすべきか考えている中に,またたく間に6か月が過ぎてしまった。
 「角膜ヘルペス」は昭和47(1972)年の宿題報告で,「角膜の創傷治癒」は昭和53(1978)年の九州眼科学会の特別講演として報告した。この他,涙液,dry eye,アルカリ腐食,水疱性角膜症,コンタクトレンズなど,外眼部に関する研究を通じて,角膜は決して独立しているのではなく,涙液,結膜と共存してはじめてその構造と機能を維持しているのではないか,そして角膜表層の修復に結膜が密接に関与し,結膜が角膜の透明性を左右することもあり得ると考えるようになった。

オキュラーサーフエス:最近の動向

著者: 澤充

ページ範囲:P.20 - P.20

 オキュラーサーフェスは本書でさまざまな角度で捉えられているが,この概念の歴史は決して古いものではない。当然のことながら,多くのオキュラーサーフェス疾患は以前から存在したがocular surface disorderの概念,知識が乏しくその病態は不明であったし,現在も治療法については良法がないものが多い。
 わが国で従来から頻度の高いocular surfacedisorderとしては,瘢痕性トラコーマをあげることができる。しかし私が研修を始めた25年前頃は,瘢痕性トラコーマを外来で経験する機会は少なかった,、これは瘢痕性トラコーマは当時でも高齢者に多く,活動性トラコーマの予後不良の続発症として患者の諦めもあって訴えが弱く,臨床の一隅に押し込められた状態で研究対象から遠い存在になっていたと考えられる。その他のocular surface disordersとしてはStevens-Johnson症候群,Mooren潰瘍,化学火傷が時にみられ,やや頻度の高いものとしてシェーグレン症候群などがあり,これらは全て難治性疾患群とほぼ同義語でくくられていた。

ザルツマン角膜変性症と涙液膜

著者: 内田幸男

ページ範囲:P.28 - P.28

 ザルツマン(Salzmann)角膜変性症1)は角膜のmid-peripheryに好発する結節性の混濁であり,角膜炎の経過後に起こる。欧米では成書に記載され,これに関した論文も散見されるが,わが国では以前はほとんど話題にのぼらなかった。30余年前,私はサンフランシスコに留学中,タイゲソン教授から初めて実際の症例について教えてもらった。帰国後,注意してみると,1〜2個の病変をもった軽症例は結構あることがわかった。治療が必要なほどの例はまれだが,鑑別診断上から無視できない疾患と考えて,拙著『角膜疾患の臨床』(金原出版,1975)中の一項にあげた。
 昭和59(1984)年に教科書的な症例を経験した。10数個の病変が鎖状に連なり,一部は瞳孔領に及んでいた(図)。角膜表層移植を行い,経過は現在も良好である。本例は中川を筆頭著者として連名で発表した2)。組織切片では結節部上皮の菲薄化,基底膜物質の増加と不均一,ボーマン膜の消失,実質膠原線維の増殖と走行の異常などが認められた。

オキュラーサーフェスについて思うこと

著者: 三島済一

ページ範囲:P.33 - P.33

 最近はオキュラーサーフェスという言葉が特別な意味を持って用いられ,新しい研究方法で細かく研究されるようになった。まことに今昔の感に堪えないものがある。ここでは少し昔話を述べて,若い研究者のためになればと思う次第である。
 私は昭和34(1959)年,当時の東京医科歯科大学の大塚任教授の勧めで英国に留学することになり,Sir Stuart Duke-ElderのロンドンのInstitute of Ophthalmologyに行くことになった。この研究所にDr.D.M.Mauriceがいて,私の指導をしてくれることになった。以来,彼とは30数年にわたり深い子弟・交友関係にある。Maurice先生は手紙を寄こし,私がロンドンに着いたら,fluorophotometerを使って角膜の透過性や,前房水の循環を研究したいといって来た。そのつもりでロンドンに着くと,器械はまだ出来てなく,その上英国では動物実験をするのに,内務省から動物ごとの許可証をもらわないと実験が出来ず,許可が出るまでに2〜3か月かかるというのである。こんなに長い間,遊んでいるわけにはいかないので,何かをしなければならなくなった。

オキュラーサーフェスと私

著者: 木下茂

ページ範囲:P.85 - P.85

 オキュラーサーフェス(ocular surface)という概念と言葉は,Richard A Thoftが生み出したものと記憶している。彼は1979年にBostonの出版社Little Brownから,『Ocular Surface』という通称“red book”と呼ばれる本をInternational Ophthal-mology Clinic Seriesの一つとして出版した。
 この中でオキュラーサーフェスの概念をまとめあげ,眼表面を角膜あるいは結膜というように個々にみるのではなく。全体として捉えることを提唱したわけである。その後,この概念は非常に有用なものとして広く使われるようになったが,最近ではこの言葉の使用範囲が拡大しすぎて,概念が混乱しているように感ずることもある。

オキュラーサーフェスとの40年

著者: 林文彦

ページ範囲:P.90 - P.90

1.洗眼の功罪
 我々世代の眼科医としての出発は,トラコーマ患者を洗眼することから始まった。昭和30年代,抗生剤が出回った後も開業医の外来処置として習慣的に続いていたが,それも昭和40年代以降には朱鷺のごとく自然消滅したと思っていた。ところが最近,新旧開業医の世代交代が盛んに行われるようになってくると,昔ながらの洗眼をやるやらないの軋轢を時々耳にするようになったのである。今さら,洗眼,罨法の科学的根拠を云々するつもりはないが,開業医にとってのオキュラーサーフェスには,未だ19世紀の残渣が尾を引いているように思えてならない。

角膜ヘルペスの贈りもの

著者: 大橋裕一

ページ範囲:P.134 - P.134

 オキュラーサーフェス(ocular surface)という言葉が,眼科医の間で常識のように使われるようになったのはごく最近のことである。もしこれを「角結膜上皮」という言葉に置き換えさせていただけるのなら,オキュラーサーフェスというものの存在を実感したのは角膜ヘルペスが全盛の,今から20年も前の話である。ここはアルカリ・酸腐食などをまず頭に浮かべるべきなのかも知れないが,これも角膜感染症をライフワークとしてきた筆者の生い立ちのせいである。どうかご容赦願いたい。
 さて,筆者が入局した頃,角膜ヘルペスは主要失明原因の一つであった。再発を繰り返す実質炎による瘢痕形成が大部分とはいえ,角膜潰瘍から角膜穿孔へと至るケースも1か月に1人を下回らなかったと記憶している。角膜ヘルペスといえば,樹枝状角膜炎,地図状角膜炎,円板状角膜炎などの病型がつとに有名である。しかし,治療中に生じる臨床像は極めて多彩であり,種々の角結膜の異常がそこに含まれる。栄養障害性角膜潰瘍や遷延性角膜上皮欠損などはそうした範疇に属する病態であるが,当時は「メタヘルペス」などとも呼ばれ,角膜ヘルペスの亜型として理解されていたふしもある。角膜ヘルペス患者に奇妙な線状上皮病変が時にみられること,そうした例では角膜周辺部の血管侵入や結膜嚢の短縮,あるいは涙点閉鎖などを伴っていることが多いという感覚を筆者自身も持ってはいたが,まだ駆け出しの眼科医である筆者にとって,これらがオキュラーサーフェスのターンオーバー障害を意味していることを理解するのは少し困難だったようである。

屈折矯正手術

著者: 金井淳

ページ範囲:P.161 - P.161

 オキュラーサーフェスの概念をわが国に定着させたのは,北野周作教授の日眼総会での特別講演1)であり,この言葉を聞く度に北野教授のお顔が浮かぶほど,私にとって先生の御講演は印象深かった。感染などの防御機構としての眼球表面の保護や,防御に眼球表面全体の組織が密接に連携していることが理解できた。
 オキュラーサーフェスは外的要因の影響を直接受けるため,視機能へ直接影響されることがある。特に角膜は眼内への感染防御の最前線に位置していると共に,屈折の最大の因子でもある。角膜への手術的アプローチにより,屈折力を変える屈折矯正手術にはRK・PRK・LASIK・Stromal Inlayなどが挙げられる。エキシマレーザーによる角膜瞳孔領部の凹面状切除術(PRK)は,一時的にも正常なオキュラーサーフェスを破壊している。紫外線領域である193nmの組織への照射は,培養細胞レベルでは核への変異原性が確認されている2)が,in vivo下での細胞への影響は長期の経過観察が行われていない現在,未知である。

亜鉛物語

著者: 眞鍋禮三

ページ範囲:P.178 - P.179

 現役を退いて6年にもなるのに,ある出版社から「薬店向けの広報誌に一般の方からの質問に対する答を書いたので監修して欲しい」と頼まれ,簡単に引き受けてしまったが,その質問は「就寝前に点眼しても害はないか」というもので,その答は「硫酸亜鉛を含有する点眼液以外は,就寝前に点眼しても特に問題はない」というものであった。昔は寝る前には点眼しないようにと言われていたことも記憶に残っていたし,その理由が硫酸亜鉛などの収斂剤にあることも知っていたが,今でも一般用医薬品の中に硫酸亜鉛を含有した点眼液があり,その使用上の注意に「就寝前には点眼しないこと」と記載されていることなど全く知らなかった。
 抗生物質の無かった時代には,硫酸亜鉛はモラックスアクセンフェルド重桿菌の特効薬として,眼科専門医の間ではもちろん,一般用医薬品としても多くの点眼液に使用されていたが,抗生物質が発見されてからは,肝心の重桿菌に対する抗菌作用も必ずしも特効的ではないことが証明され,現在では眼科専門医の間ではもちろん,一般用医薬品からも完全に姿を消してしまったものと思っていた。そこで「今の点眼液には硫酸亜鉛のような収斂剤は含まれていないので,就寝前に点眼しても全く問題ない」と訂正しようとしたところ,「今でも硫酸亜鉛が含まれた点眼液には根強い人気があり,まだまだ市場から消え去るようなものではありません」と忠告され,原案通りの答となった次第である。

道南地域におけるオキュラーサーフェス

著者: 江口甲一郎

ページ範囲:P.183 - P.183

 私が函館に帰ってきた頃(昭和34年)の北海道道南地区は,オキュラーサーフェスに関する疾患が全盛であった。トラコーマが漁村を中心に蔓延し,お年寄りは皆強いトラコーマによる睫毛乱生,眼瞼内反症,結膜の瘢痕,そして角膜パンヌスの持主で,眼球乾燥症のために失明している方が多数おられた。
 私は北海道道南地方の巡回診療を長年定期的に行っているが,いつもその惨状に眉をひそめ,良い治療法もないまま身体障害者手帳の診断書を多数発行して歩いたものであった。各種抗生物質の発達,衛生環境の改善,学校保健の普及に伴いトラコーマは激滅し,今日活動型のトラコーマはみられなくなった。しかしお年寄りの瘢痕による内反,睫毛乱生,乾燥症の治療にはなお多大の努力を強いられているのが道南の現状である。

非ステロイド性点眼とオキュラーサーフェス

著者: 三宅謙作

ページ範囲:P.190 - P.191

 Ambacheがアイリンと呼ばれる物質を発見し,その後,実はこれがprostaglandins(PGs)と同一の物質であったことは有名である。この発見が手術外傷を含む眼外傷の生理にも大きな光を与えたことは周知のことである。
 PGsの生合成抑制剤であるcyclooxygenaseのinhibitorに多くの非ステロイド性製剤が含まれていることがその後明らかになった。非ステロイド性消炎剤の点眼化とその臨床応用は,わが国で初めて白内障術中の縮瞳,および嚢胞様黄斑部浮腫を含む術後炎症の予防のために使われた1〜4)。これらの使用は現在世界中に広がっている。さらにはexcimer laserに対するPRK術後のhazeの予防に対しても有効であるという報告もみられ,その使用はさらに拡大すると思われる。

角膜保存液の開発と電子顕微鏡

著者: 秋谷忍

ページ範囲:P.196 - P.197

 1965年(昭和40年),第69回日本眼科学会総会が熊本大学須田経宇会長主催で行われた。このとき,宿題報告のテーマは角膜移植の研究が選ばれ,3名の先生が研究発表を行った。この中の1人,慶応義塾大学の桑原安治教授は「全層角膜移植のための長時間眼球保存に関する研究」を報告した。この研究は全層角膜移植用に7日間保存可能な保存液の開発を目的として計画され,当時,多数の教室員がこの研究に従事した。研究の基礎になったのは当時の坂上道夫助教授の生化学的研究で,房水をはじめとした各種体液の無機イオンを微量分析法を用いて詳細に解明したものであった。塩類緩衝溶液のみのものを「Ks液」,これにコンドロイチン硫酸またはケラト硫酸を加えたものを「Km液」,さらにビタミンCを加えたものを「K液」と称した。これらの溶液を使用して多くの基礎的研究が行われたが,実験動物としてウサギ角膜はもちろんのこと,当時としては入手困難であったサル角膜を用いて実験が行われた。生化学班と形態学班に分かれ研究が進められたが,生化学班にはこのコラムの執筆者である原 孜先生がおられた。
 私は眼科大学院を終了し,関連病院に出張中であったが,桑原教授の宿題報告が決定した時点で急遽帰局を命じられた。私の大学院での研究テーマは「網膜の電子顕微鏡的研究」であったので電顕の技術は習得していた。保存角膜の微細構造の変化を知ることは保存液の良否を知る上で絶対不可欠の方法であり,光学顕微鏡はもはやこの目的には限界があった。とくに内皮細胞の超微細構造は電顕でなければ知ることは不可能であった。このような意味で私が形態学班の責任者をおおせっかったわけであり,これが研究面での私と角膜とのかかわりあいの最初である。網膜研究の初心者が急に角膜に転向したわけで,いささか戸惑ったが,視覚器を前と後ろから解明することも無駄ではあるまいと考えた。

角膜と私

著者: 西田輝夫

ページ範囲:P.230 - P.231

 角膜疾患治療の究極の目的は,透明性の回復と形状の回復である。抗生物質の開発は細菌性感染症の治療に光明を与えた。角膜ヘルペスも,IDUに引き続きacyclovirの開発により現在では比較的容易に治療できるようになってきた。一方,いったん混濁した角膜の透明性を回復する目的で角膜移植術が行われるようになり,顕微鏡手術の導入,精密な手術器具の改良,繊細な縫合糸の開発,さらに提供角膜の保存法の改善などにより,現在ではほぼ完成された術式と言っても過言ではない。術後の拒絶反応に対しても,ステロイドのみならずcyclosporine Aなどの免疫抑制剤が開発され,より容易に治療を行うことができるようになった。このように角膜疾患の治療にあたって,さまざまな新しい手法を手に入れてきた。
 角膜ジストロフィーや角膜白斑などのように角膜のみに異常を認める症例では,角膜移植術の成績は極めて良好である。しかしながら,病的な結膜を有する症例では,再び混濁が生じたりあるいは移植片の溶解が生じることを経験する。これらの症例では角膜上皮細胞の幹細胞が傷害されているために,角膜上皮欠損の治癒が遅延する。また潤滑剤としての涙液の重要性は古くから認識されていたが,近年では炎症性細胞や炎症性サイトカインの供給経路としての生理的意義が認識されてきた。角膜は血管の無い組織であるが,孤立した器官ではない。上皮細胞は輪部より供給され,種々の生物学的信号を涙液,前房水や輪部血管から受けることで,その透明性や形状が維持されている。このように,角膜,結膜および涙液を一体としたocular surfaceとしてとらえることにより,多くの角膜疾患の病態の理解が深められた。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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