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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科59巻11号

2005年10月発行

雑誌目次

特集 眼科における最新医工学

序文 21世紀は医工学の時代,眼科学は医工学そのもの

著者: 玉井信

ページ範囲:P.9 - P.11

 眼科学は本来その診断と治療に,大変広い分野の生命科学者や物理学者の研究とそれを可能にした工学の技術が融合して発展した医学領域である。その傾向は20世紀最後の四半世紀に開発,普及し眼科学を一変させた「白内障」に対する外科的な治療法に端を発し,硝子体手術,診断機器の開発にみることができる。それらは眼科学の求める診断機器の開発,それによって得られる科学的知識と,それに基づいて視機能を回復させるための外科的装置の開発など科学と工学・技術が融合した成果であったし,その普及には折からのIT技術の普及が大きく貢献した。

 白内障全摘術(囊内摘出術)を「水揚げ」と称して医局を挙げてお祝いしてくれた時代に入局し,眼内手術に入門した筆者にとっては,眼鏡を処方し,患者に不同視とビックリ箱現象を説明し装用訓練をしてからの退院で初めて手術が終了したことになった。当時はそれが当たり前で,白内障手術を受けたお年寄りは一目でわかった。その後の30年間で起きた変化は,折からの高度成長期と重なり,白内障で視力が低下していることを我慢していなくてよくなったことが第一であるが,矯正法も眼鏡からコンタクトレンズに,それも1週間連続装用できるソフトコンタクトに替わり,さらに革命的な「眼内レンズ」とその挿入法が開発され,普及した。眼内レンズの普及にまつわる思い出はさまざまである。当時ヒアルロン酸の開発はまだ途上で,前房を空気で満たし,前房操作で容易に抜けてしまう状況の下に,眼内レンズを挿入するだけでも大変であったが,虹彩切除のスペースで虹彩を挟んで4ループの前後ループを縫合することは容易ではなかった。しかし筆者が初めて挿入させていただいた老人はジョギングや水泳がお好きで,「おかげさまで続けられます」と大変喜ばれたのをよく覚えている。

I.診断機器への応用

OCTの原理と応用

著者: 萩村徳一

ページ範囲:P.14 - P.17

はじめに

 眼底は直接観察できる器官でありながら,その組織断層像を得ることは困難であった。すでに,X線CT,核磁気共鳴CT(nuclear magnetic resonance-CT:以下,NMR-CT),超音波CTなどの医用画像化技術は,臨床で実際に用いられておりその恩恵は多大であるが,これらの技術の空間分解能が0.1~1mm程度であり,網膜の断層像を得るには低解像度である。臨床応用ではさらに高い空間分解能が求められている。光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)は,近赤外光を使用するため人体に対しては無害であり,ミクロンオーダーの解像度をもち,網膜断層検査装置として注目されてきた。OCTの原理は山形大学工学部の丹野直弘教授によって世界で初めて発表され,国内特許がとられた。その後,マサチューセッツ工科大学のグループが眼科用OCTスキャナーとして実用化した。国内の第1号機は1997年4月に,筆者の所属する群馬大学眼科に設置され,その後またたくまに全国に広がった。そして,2002年春には解像度約2倍,走査速度約5倍に改良されたOCT3(stratus OCT)が発表された(表1)。現在,国内では約400台のOCTが稼働している。

 断層像は通常のモードでは疑似カラー表示され,あたかも光学顕微鏡切片を見ているかのようである。しかし,この画像は赤外線を眼内に送り込み,そのエコー情報から構成されたもので,組織切片そのものを見ているわけではない。画像の解釈にはOCTの原理を知る必要がある。ここでは,OCT画像の原理,正常眼所見について述べる。

OCTオフサルモスコープ(SLO-OCT)の原理

著者: 上野登輝夫

ページ範囲:P.18 - P.24

はじめに

 光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)が眼科で使われ始めて数年が経過している。眼底の断層像を非侵襲で得ることのできるこの装置は,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性などの病理の解明に有用な装置として普及し,網膜・脈絡膜疾患診断においては不可欠なものとなった。第1世代のOCTは解像度,操作性,機能面などにおいて改善の余地があったが,第2世代になると測定ポイント数を増やすことで横方向の分解能を上げ,さらに網膜厚,神経線維層厚を自動測定し,緑内障診断を行うことのできるソフトウェアも充実してきている。また,前眼部の断層像を捉える装置も開発されており,OCTの技術応用はますます眼科の診断に不可欠な技術となっている。

 OCTは1990年丹野1)が考案し,続いてHuangら2)によって開発された。これは超音波エコーの分解能の1/10程度の10~20μmと優れたもので,直ちに眼科分野で実用化され,また近年は皮膚診断用や内視鏡に取り付けての消化器・循環器系の診断にも応用され始めている。このOCTによって得られる断層像は1次元走査線上でのもので,網膜の一断面を評価するものである。つまり従来のOCTは2次元情報であり,広いエリアの画像情報を得ることができず,診断するうえでの制限となっていた。これを広い領域の断層像取得,すなわち3次元化のためにはスキャン部位を変えて数十~数百枚の画像を取得し,ボリュームレンダリングなどの技術で再構築する必要があった。これには測定に長い時間を要し,アライメントも煩雑となり,高精度の3次元画像を得るに至っていないのが実状である。

 1998年,Kent大学のPodoleanuら3,4)によって,2次元的にOCT像を取得する方法が考案され,この原理を用いることにより3次元的に網膜を評価,診断する可能性が生まれた。これはガルバノミラーにより測定光を高速に眼底スキャンし,リファレンスミラーの光路とコヒーレンス長内で一致した場合に得られる干渉信号により2次元的にOCT画像を構築するという方式(C-scan)である。さらにリファレンスミラーを光軸方向に移動することで奥行き方向の情報を得,これらから網膜を3次元情報として構築することができる。この方式によれば,従来の網膜断層画像(B-scan)のみならず,眼底の任意の深さごとにtransversal(C-scan)画像を得ることができるため,従来の2次元断層像では撮影できない症例も観察することが可能となり,網膜組織の立体構造の撮影,表示ができるようになる。

 今回筆者らは,Podoleanuらの考案したOCTにスキャニングレーザーオフサルモスコープ(SLO)を組み合わせることで,立体的に網膜診断を可能にするOCTオフサルモスコープを開発した5,6)

OCTの臨床応用

著者: 五味文

ページ範囲:P.26 - P.31

はじめに

 光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)により得られる網膜の断層像は,装置の解像度の向上により,生体であるにもかかわらず光学顕微鏡切片像に近い情報量が得られるようになった。今や網膜疾患,特に黄斑疾患の臨床診断,構造変化と病状経過の把握になくてはならない装置となっている。OCTの原理については別項をご参照いただくこととし,ここではOCT3(Zeiss社)による種々の眼底疾患の測定画像を示す。

OCTオフサルモスコープ(SLO-OCT)の臨床応用

著者: 飯田知弘

ページ範囲:P.32 - P.37

はじめに

 光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)の登場は,われわれ眼科医に大きなインパクトを与えた。OCTは光干渉を利用した網膜断層像撮影装置であり,主に黄斑部と視神経乳頭部の疾患を中心に臨床面での有用性が確認され,網膜硝子体疾患に対する眼底観察には不可欠な検査方法となってきた。

 OCTでは眼底の断面を光学顕微鏡で組織切片をみるかのように観察できる。最近,さらに進歩した装置としてOCTと走査レーザー検眼鏡(scanning laser ophthalmoscope:SLO)を組み合わせたOCT-ophthalmoscope(SLO-OCT)が開発された。SLO-OCTは,従来のOCTで観察できる眼底の垂直方向の断層像(Bスキャン:X-Z面あるいはY-Z面)だけでなく,網膜面に水平な断面像(Cスキャン:X-Y面)も高解像度で得ることのできる新しい装置である(図1)。従来のOCT画像が網膜上1ラインの走査により構築されているのに対し,Cスキャンは網膜上を2次元(X-Y方向)で走査し,さらに奥行き方向(Z方向)にも走査することで異なった層の網膜の断面像を得ることができ(図2),病変を3次元的に解釈することができる1~4)

 これまでBスキャンでのみ観察していた病変も,Cスキャンを併用することで,その大きさ,位置,形状,分布などを正確かつ容易に把握することが可能になる。本装置の原理は別項で論じられるので,本項では臨床応用につき概説する。

GDx VCCの原理と臨床応用

著者: 白柏基宏 ,   八百枝潔

ページ範囲:P.38 - P.45

はじめに

 近年コンピュータ画像解析技術の進歩に伴って,種々の眼底画像解析装置が開発されている。検眼鏡や細隙灯顕微鏡を用いた一般的な眼底検査では,通常検者の主観に基づいて眼底所見を定性的に評価するが,熟練した検者間でも検査結果の不一致が少なくないという問題が指摘されている。一方,眼底画像解析装置の臨床応用により,視神経乳頭あるいは網膜神経線維層を定量的に,より客観的に評価することが可能となっている。走査レーザー検眼鏡は,弱出力レーザー光で眼底を高速に走査して眼底像を得るという眼底画像解析装置である1)。共焦点システムを用いた走査レーザー検眼鏡では,眼底からの反射光を検出する際,検出器の前に小孔があるため,点光源と共役な関係にある焦点の合った像のみを検出し,コントラストの高い鮮明な画像を得ることが可能である(図1)。また,照射光量が少なく,無散瞳での検査が可能な装置も開発されている。

 スキャニングレーザーポラリメータは,生体眼における網膜神経線維層厚を定量的に測定するために開発された共焦点走査レーザー検眼鏡であり1),従来主に緑内障の診断に臨床応用されてきた。スキャニングレーザーポラリメータ(Laser Diagnostic Technologies社製)として,1990年代前半にNerve Fiber Analyzer2~6)が最初に導入されたが,その後ソフトウエアとハードウエアが改良され,GDx Nerve Fiber Analyzer(Nerve Fiber Analyzerの改良型)7),GDx Access(GDx Nerve Fiber Analyzerの普及型)8),GDx VCC(GDx Accessの改良型,現在Carl Zeiss Meditec社製)9~11)が順に導入された。本稿では,スキャニングレーザーポラリメータによる網膜神経線維層厚測定の原理,GDx VCCの概要,緑内障診断におけるGDx VCCの有用性,GDx VCCの利点と限界について述べる。

HRTの原理と臨床応用

著者: 八百枝潔 ,   白柏基宏

ページ範囲:P.47 - P.53

はじめに

 緑内障はその病期の進行の過程において,初期には視神経障害が視野障害に先行して出現するため,疾患の早期発見には視神経乳頭(以下,乳頭)を中心とした眼底所見を的確に判断することが必須である。また,緑内障の経過観察を行ううえでも,眼圧や視野の変化のみならず,眼底の変化を捉えることが重要であることはいうまでもない。しかしながら,乳頭形状には個人差が大きいこと,緑内障性視神経障害が進行しても乳頭には軽微な変化しか生じないことなどから,眼底所見のみから緑内障を診断することや緑内障の進行の有無を判定することは容易ではない。

 近年種々の眼底画像解析装置が臨床導入されており,特に共焦点システムを用いた走査レーザー検眼鏡の使用により,眼底の詳細な観察が可能となっている。Heidelberg Retina Tomograph(HRT,Heidelberg Engineering社)は代表的な共焦点走査レーザー検眼鏡である。HRTでは乳頭陥凹を3次元的に解析し,視神経所見を定量的かつ客観的に評価することが可能であり,現在緑内障診断を中心に臨床応用されている1)。本項ではHRTの測定原理および緑内障診断における臨床応用について述べる。

脳機能画像の眼科への応用

著者: 清澤源弘 ,   鈴木幸久

ページ範囲:P.54 - P.59

脳機能画像

 脳機能を測定するための検査方法として,ポジトロン断層法(positron emission tomography:PET),機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)などがある。PETは放射線を用いて血流,代謝,神経受容体密度などのさまざまな生理的指標を測定することで,fMRIは脳局所活動に伴う血流量などの血液動態変化を磁気共鳴現象から捉えることで,CTやMRIなどによる形態画像では描出できない機能的な変化をみることが可能である。具体的な症例を提示しながら,これらの検査法の臨床的応用について述べる。

PETによる脳ブドウ糖代謝の測定

 脳ブドウ糖代謝の測定には,おもにフッ素-18で標識されたフルオロデオキシグルコース(18F-FDG)が用いられる1)。この物質はブドウ糖と似た化学構造をもっていて,糖代謝が行われる細胞にブドウ糖とともに取り込まれ,細胞内に徐々に蓄積される。この際に脳に取り込まれる18F-FDGとブドウ糖の分子の比率は常に一定なので,組織から放出される放射線をPETで測定することによって脳局所ブドウ糖代謝を測定できる。

角膜トポグラフィ

著者: 富所敦男 ,   大鹿哲郎

ページ範囲:P.61 - P.68

はじめに

 眼球の全屈折力の約2/3は角膜が担っており,眼球屈折系の乱視や収差などの大部分が角膜に由来する。すなわち,角膜形状のわずかな歪みや変化が網膜面での結像状態に大きく影響し,結果として視機能の質に密接に関連している。近年の白内障手術の進歩や屈折矯正手術の隆盛により,より高度な視機能評価が求められるようになり,またコンピュータをはじめとした周辺装置・技術の進歩もあいまって,角膜形状の評価法も大きな進歩を遂げている。

 ここでは,角膜トポグラフィの評価にまつわる理論や技術の進歩について,筆者らもその発展に関与することができた角膜形状のフーリエ解析やゼルニケ多項式による解析を中心に概説する。

波面収差解析

著者: 二宮欣彦 ,   前田直之

ページ範囲:P.70 - P.75

はじめに

 通常の眼鏡は球面・円柱面の屈折異常を矯正するが,眼鏡では矯正できない屈折異常を不正乱視と呼ぶ。波面収差解析では眼球の不正乱視の評価が可能である。本項では,波面収差解析の原理について概説し,現状での不正乱視の矯正への波面収差解析の応用について概説したい。

涙液メニスカスの曲率半径測定法―メニスコメトリー法

著者: 横井則彦 ,   丸山邦夫 ,   杉田二郎

ページ範囲:P.77 - P.83

はじめに

 メニスコメトリー法とは,眼表面の涙液メニスカスの曲率半径を光学的に計測する方法であり,最新のビデオメニスコメトリーシステムでは,非侵襲的に眼表面の涙液貯留量に関するリアルタイムの情報を得ることができるため,涙液動態の評価が可能である。日常臨床において本法は,涙液量の多少を評価できるだけでなく,さまざまな臨床研究への応用が期待しうる。本項では,涙液評価法におけるメニスコメトリー法の位置づけ,これまでの臨床応用,その将来についてまとめてみる。

涙液安定性解析装置―TSAS

著者: 山口昌彦 ,   大橋裕一

ページ範囲:P.84 - P.88

はじめに

 現代におけるドライアイ罹患者は,間歇的な症状を訴える軽症例も含めると1,000万人を超えるといわれている。したがって,現代の眼科医がドライアイを的確に診断することは,日常臨床の必須項目であるといえる。ドライアイの診断方法としては,100年来廃れることのないシルマーテスト,そして綿糸法,フルオレセイン染色によるBUT(tear break up time)の測定,さらには,涙液メニスカスの観察や涙液スペキュラーによる涙液油層1)の観察などがあるが,侵襲性,客観性,利便性の問題においてそれぞれ一長一短である。

 なかでも,フルオレセインBUTの測定は,スリットランプ下で行うことができる非常に簡便な涙液安定性の評価法である。しかし,フルオレセインBUTは,フルオレセイン水溶液を点眼するという侵襲によって,本来の涙液の状態が修飾される可能性があり,また時間測定時にかなり主観的な要素が入りこみやすいのが欠点である。

 このような背景から,筆者らは,より非侵襲的で客観的な涙液安定性の評価法について模索した。そこで目にとまったのが,角膜形状解析装置TMS(Topographic Modeling System:(株)トーメー)である。

実用視力計

著者: 海道美奈子 ,   坪田一男

ページ範囲:P.90 - P.95

概念

 従来の視力検査は自由な瞬目下の,ある一時点での視力を測定するものである。一瞬でも見えればそれが視力となる。しかしこれがどのくらい日常生活での視力を反映しているかは議論されているところである。例えば,高速道路での車の運転で瞬きをせずに走行した場合,あるいは本やテレビ画面などを凝視した場合,見え方が悪くなると感じることがある。このことは,目を継続して使用することにより視力は低下する可能性を示唆している。その原因は瞬目をせずに凝視することにより眼表面が乾き,眼表面の涙液層に乱れが生じるためであり,視力の変化は特にドライアイ患者で著明であると報告されている1,2)。実際にドライアイ患者は正常者に比べて涙液の安定性の変化が大きいという報告3)があり,また後藤ら4)はドライアイ患者を対象に開瞼後10秒後の視力を測定し,従来の視力検査での視力値より低下していることを示している。

 日常生活のなかで継続的に目を使い,目にストレスがかかる状態にあるときの見え方が人が自覚している見え方であり,絶えず変化している視力という概念が実用視力である。目の状態や環境,ストレスの程度により実用視力は影響されると考えられるが,視力表を凝視させ経時的に視力を測定するという方法で実用視力を測定する。実用視力検査は,「検査での視力値は1.0であるが,なんだか見えにくい」など従来の視力検査では判明できないような日常生活での見え方を評価するのに有用であると考えられ,その意義は大きい。

角膜基底膜異常の検出法―生体共焦点顕微鏡を用いた散乱光の測定

著者: 高橋典久 ,   近間泰一郎 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.96 - P.101

はじめに

 日本における糖尿病患者と耐糖能異常者の合計は厚生労働省での糖尿病実態調査(2002年)で1,620万人にも達している。糖尿病は代表的な生活習慣病であり,その生命予後および生活の質(quality of life)を維持するためには糖尿病慢性合併症の管理が重要である。糖尿病網膜症は糖尿病患者の16%に発症すると報告されており1),日本における中途失明原因の第1位となっている2)

 糖尿病網膜症の病因では網膜血管閉塞による網膜虚血が重要であり,その背景には網膜血管内皮細胞自体の脆弱化に加え,血管内皮基底膜の変化に伴う血管の脆弱性が考えられている3)。この基底膜変化は網膜症に限らず,皮膚4),腎臓5)といった全身の毛細血管で確認されている。特に糖尿病患者では眼手術や外傷などのストレス後に角膜上皮障害が発症しやすく,その創傷治癒が遅延するといった糖尿病角膜症(diabetic keratopathy)をしばしば経験する6)。糖尿病角膜症においても上皮基底膜異常が報告されており6~8),筆者らは糖尿病ラットで創傷治癒過程における角膜上皮基底膜を構成する細胞外マトリックスの発現の差を報告した9)

 生体共焦点顕微鏡は角膜を細胞レベルで観察することが可能であり,さまざまな角膜疾患において形態学的な病態解明に貢献している10)。生体共焦点顕微鏡の1つであるConfoScan(R)((株)トーメー)では角膜を細胞レベルで観察するモードと,角膜の構成成分から得られる反射散乱光を検出・記録するモード(Z-Scan)を備えている。Z-Scanで測定される反射散乱光は角膜内の混濁やコラーゲン線維の配列の乱れなどで増加し,上皮基底膜の肥厚や粗そうが存在した場合はその部位での反射散乱光も増加すると考えられる。

 今回筆者らは糖尿病患者の角膜でZ-Scanの検査を行い,角膜上皮基底膜部分の散乱光が糖尿病網膜症の重症度と相関して上昇することを見いだした。本項では,この研究結果および眼科臨床における生体共焦点顕微鏡の可能性について報告する。

II.視機能再生工学 人工視覚

(1)1チップ型人工網膜

著者: 富田浩史 ,   小柳光正 ,   玉井信

ページ範囲:P.106 - P.110

はじめに

 厚生省特定疾患である網膜色素変性症,視神経萎縮,また加齢性黄斑変性症は高齢化社会の進行とともに急増傾向にあるが,有効な治療法は確立されていない。網膜色素変性症は,近年,遺伝子技術の進歩によりさまざまな原因遺伝子の同定が進んでいるにもかかわらず(http://www.sph.uth.tmc.edu/Retnet/home.htm),有効な治療法はない。これらの疾患モデル動物を用いた研究では,塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF),脳由来神経栄養因子(BDNF)などの増殖因子,神経栄養因子の遺伝子導入により,視細胞の変性を抑制できることが確認されている1,2)。このような背景から,筆者らはbFGFやBDNF遺伝子を導入した細胞の移植による治療の可能性を検討してきた。ここでは詳細な結果について省略するが,視細胞変性保護に有効な結果を得3~5),現在はヒトへの応用へ向け倫理委員会にて審議中である。

 しかし,これらの方法は視細胞変性を保護するものであって,視細胞を再生させるものではない。完全に失われた視細胞の機能を再生し,視機能を再建する方法として,ES細胞を用いた視細胞再生6,7)や人工網膜チップの利用などが検討されている。ここでは,特に当研究室で現在,臨床応用へ向け研究中である人工網膜チップを用いた視機能再建について紹介する。

(2)網膜下刺激電極

著者: 太田淳

ページ範囲:P.112 - P.117

はじめに

 網膜下電極デバイスは,通常受光素子と刺激電極を一体化した構造を有しており,網膜下に埋植することで視細胞の代替として機能させ視覚機能の再生を目ざすものである。網膜上電極デバイスに比べて,眼の光学系機能を有効に活用できることや高密度刺激の可能性などが利点として挙げられる。課題は受光素子と刺激電極の集積化や埋植方法などである。

 これまで受光素子としてケイ素(Si)基板内に形成したpn接合による微小フォトダイオード(photodiode:以下,PD)を多数2次元状に配置したMPDA(micro-PD array)が報告されている1,2)。光照射により発生する電流(光電流)により直接網膜細胞を刺激するとしている。PDをいわゆる太陽電池として動作させる(太陽電池モード)ことで,外部からの電力供給は不要となり,MPDAに光が当たるだけで刺激電流が出力される。このようにMPDAは電力不要であるためケーブルなどもなくディスク上のシリコン基板単体を網膜下に埋植するだけでよい。

 しかしながら,この方式では十分な網膜細胞刺激電流値が確保できない課題がある。例えば室内光下で,PDからどれくらいの刺激電流が得られるのかを見積ってみる。Si-PDの感度(単位入力光パワーに対する出力光電流値)は,可視光域では0.6A/W程度である。室内光を500ルクスとするとこれは波長555nm付近でのパワー密度換算で約8×10-8W/cm2となり,直径200μm(≒3×10-4cm2)サイズのPDから出力される光電流は,(0.6A/W)×(7×10-5W/cm2)×(3×10-4cm2)≒13 nAとなる。結像光学系である水晶体を通すと,網膜面での照度は約1/(4F2)に低下する(Fは水晶体のFナンバー)ため,実際の網膜面での照度はさらに1桁程度減少し,光電流値は数nAとなる。

 一方,これまで同様のサイズの網膜上刺激電極で報告されている刺激電流値は数十μA以上であることから,通常環境下において太陽電池モードMPDAでこのような刺激電流を得ることは困難といえる。また効率的な細胞刺激にはパルス刺激が望ましく,また電荷バランスのためには二相性パルスを用いる必要があるが,このような単純なMPDA構造では二相性パルス出力を得ることは困難である。

 したがって十分な刺激電流をしかも二相性パルス形状で得るためには,太陽電池モードのような受動動作ではなく,能動動作をさせる,すなわち電源を供給したパルス出力回路が必要である。筆者らは,網膜細胞刺激に必要な電流量(注入電荷量)を確保でき,かつパルス出力が可能な方式であるパルス周波数変調(PFM:pulse frequency modulation)方式フォトセンサーを人工視覚に適用することを提案している3)

 以下では人工視覚用に開発したPFMフォトセンサーを用いて試作した網膜下刺激チップについて述べる。次にこのPFMフォトセンサーを網膜下刺激電極に適用するための実装技術について述べる。またこの実装技術を用いてカエル遊離網膜を用いたin vitro刺激実験について述べる。最後にPFMフォトセンサーに画像処理機能を内蔵したチップについて述べる。

(3)光電変換色素を使った人工網膜試作品の開発―岡山大学方式の人工網膜

著者: 松尾俊彦

ページ範囲:P.118 - P.122

はじめに

 網膜には,光を細胞膜の電位差に変換する視細胞がある。この視細胞が障害される疾患としては,網膜色素変性症などの先天性疾患と,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性症などの後天性疾患がある。これらの疾患では,視細胞は死滅しているが,網膜の他の神経細胞は残っており,残存神経細胞を電気的に刺激すれば,ある程度の視力が得られる可能性が高い。

 しかし現在,人工内耳はすでに実用化されているが,人工網膜はいまだ開発段階で,アメリカで数人の患者に試験的に使われているにすぎない。また諸外国,日本で他の研究グループが開発を進めている人工網膜は,基本的に光を電流に変換する光ダイオードが使われており,その大きさ,感度,生体適合性,起電力供給の面で問題がある。筆者らは,このような問題を解決するため,光ダイオードの代わりに,光を電位差に変換する光電変換色素という分子を使った人工網膜を開発している。

(4)脈絡膜上-経網膜刺激方式人工視覚システム

著者: 鐘堂健三

ページ範囲:P.124 - P.129

網膜がその機能を失った患者に対して,人工臓器によって視覚を再生させる研究が世界的に活発になっている。わが国においては,厚生労働省と経済産業省の連携のもと,工学サイドでは,NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)による国家プロジェクトが2001年度より5か年計画で実施されており,脈絡膜上-経網膜刺激方式(suprachoroidal-transretinal stimulation:以下,STS)として具現化しつつある。本方式は他方式に比べて,医学的には眼球に対する侵襲が極めて軽微であるという特徴を有するが,工学的には現在の技術レベルに適した方式であり,早期の実用化が期待できる。

 本項では,このSTS方式の人工視覚に用いる工学技術の現状について紹介する。

(5)脈絡膜上-経網膜刺激電極

著者: 神田寛行 ,   不二門尚 ,   田野保雄

ページ範囲:P.130 - P.135

はじめに

 人工網膜は,網膜神経回路への電気刺激によって生じる擬似光覚を利用して視覚機能の一部を代替することを目的としている1,2)。網膜疾患により視細胞が完全に消失し失明に至っても,網膜内層の神経細胞が残存していれば人工網膜の適応となりうる。進行した網膜色素変性症,自己免疫網膜症などが当面対象となるが,研究が進めば加齢黄斑変性などにも適応が拡大すると期待されている。

 人工網膜は1990年代初頭よりアメリカやドイツを中心に欧米諸国から研究が始まった。これまで欧米の研究グループが開発を進めてきた人工網膜は,その網膜刺激方式によって網膜上刺激型と網膜下刺激型の大きく2つに分類できる。網膜上刺激型とは硝子体側から網膜に刺激電極を固定し,網膜へ電流を与える人工網膜である3~9)。網膜下刺激型とは神経網膜と色素上皮の間に電極を埋植し,網膜へ電流を与える人工網膜である10~12)。どのグループも実用化に向けて,それぞれの刺激方式の特徴を生かした人工網膜の開発に日々努力を重ねている。

 わが国においても,人工網膜研究プロジェクトが開始された当初は,網膜下刺激型および網膜上刺激型の2つの方式に関して並行して研究が進められてきたが,より実現性が高い方法として,最近わが国独自の網膜刺激方式(脈絡膜上-経網膜電気刺激方式:STS方式)が考案された。一日でも早い臨床応用を目ざして,STS方式による人工網膜の研究開発が進められている。

(6)人工視覚の実験に用いる動物モデル

著者: 近藤峰生

ページ範囲:P.136 - P.141

はじめに

 新しいタイプの人工視覚が開発されると,それをヒトに近い大きな眼球を有する動物に実際に移植するという実験が必要になる。その場合,単に人工視覚の安全性のみを評価したいのであれば正常な動物に対する移植実験でよい。しかし,失明した動物に再び視覚を獲得させるという,より臨床に近い実験となると,広範囲に視細胞の変性を有する動物モデルが必要になる。

 欧米では自然発症の網膜色素変性イヌやネコの系統が維持されており1~3),また遺伝子改変により網膜色素変性ブタ4)の作製にも成功している。例えば,Humayunらは,彼等の開発した網膜上電極を失明した網膜色素変性イヌに移植し,移植後にVEP(visual evoked potential:視覚誘発電位)が記録できたことを確認している5)。このような実験は実際の臨床に入る前段階の実験として重要なステップといえる。しかしながら,このような視細胞変性の大型動物は貴重であるためにわが国で入手することは困難である。わが国においても網膜色素変性動物の作出,供給システムが必要である。

 本項では,人工視覚の移植実験のために必要と考えられる中~大型動物の視細胞変性モデルの作製について,従来の方法と筆者らの試みについて述べたい。

(7)大脳皮質刺激型電極

著者: 平田雅之 ,   加藤天美 ,   三好智満 ,   澤井元 ,   貴島晴彦 ,   谷直樹 ,   吉峰俊樹

ページ範囲:P.142 - P.146

はじめに

 従来より,後頭葉視覚野を電気的ないし磁気的に刺激するとphosphene(閃光点)やscotoma(暗点)などの誘発視覚が生じることが知られている1,2)。この現象を応用して,後頭葉視覚野に小型多極電極を植え込み,小型CCDカメラなどから得た視覚情報をコンピュータ処理して適切な刺激信号に変換し,電気刺激をすることで人工視覚を得るのが大脳皮質刺激型電極の原理である(図1)。この脳と電子機器との間の信号処理・伝達を有機的に行うシステムは脳-コンピュータインターフェース(brain computer interface:BCI)と呼ばれ,脳機能再建の鍵となる技術の1つとされている3)

 人工視覚の対象疾患としては糖尿病性網膜症,緑内障,網膜色素変性症,加齢黄斑変性症,外傷性視神経損傷,脳腫瘍などが挙げられる。このうち網膜色素変性症や加齢黄斑変性症などの網膜神経節細胞の障害が基本的にない疾患に対しては人工網膜が開発されつつある。これに対して糖尿病性網膜症や緑内障では網膜神経節細胞が障害されるため,網膜レベルでの人工視覚が困難である。このような疾患では視神経より中枢レベルでの人工視覚,特に大脳皮質刺激型電極が有望視されている。組織再生工学的手法で大規模な神経回路の機能を再生するには少なくとも現時点では数多くの問題点があることもあり,この大脳皮質刺激型電極は組織再生工学的手法と並んで人工視覚再建法として期待されている。

 大脳皮質刺激型電極を用いた人工視覚としては,Dobelle4)が後頭葉多極脳表電極と携帯型コンピュータ処理装置を用いて実用的視力を得ることに成功したと報告し,注目された。しかし電気刺激の具体的な方法については明らかにされておらず,依然として確立した技術には至っていない。したがって適切な刺激方法の確立が当面の課題の1つとなっている。

 1980年代以降,視覚情報の脳内処理機構の解明が進み,視覚情報は外側膝状体を経て一次視覚野皮質の第4C層に入力され,神経カラム内で処理されて特定の層へ伝送され,形態,色,運動といった各種の視覚要素に対応した高次視覚野皮質に投射されることが明らかになってきた(図2)。筆者らはこの視覚野皮質の層構造・カラム構造に着目し,視覚野神経カラムを刺激することで色,動き,形をもったより自然な視覚機能再建の可能性があると考えている。現在,至適刺激条件確立のため,一次視覚野電気刺激により周囲視覚野に誘発されるスパイクの性状を動物実験にて調べているので紹介する。

視覚再生医療

(1)網膜再生医療の現状

著者: 高橋政代

ページ範囲:P.147 - P.151

はじめに―研究のきっかけ

 筆者がアメリカに留学した1995年頃は,成体哺乳類(当時はげっ歯類)の脳から取り出した神経幹細胞を未分化のまま培養しようと試みていた時代であった。留学したソーク研究所Gage教授のラボでは,培養によって盛んに増殖する神経由来の丸い小さな細胞が神経幹細胞であるかどうかという議論で盛り上がっていた。Gage教授のミーティングでの言葉が印象的であった。「まずこれが幹細胞であると信じるかどうかだ」と。

 新しい研究を進めていく際は多分に賭けのようなところがある。過去に判明しているさまざまなデータを収集して,仮説を立て,まだ証明されていない部分を明らかにしていく。集めたデータのなかには正しいものばかりではなく正しくない部分もあるし,論文の結果から筆者が気づいていないあるいは隠している考察もありうる。実験結果が示す可能性は直線ではなく面状に広がる。その面は明らかに正しい白い部分と間違いと思われる黒い部分とその間のグレーなゾーンをもつ平面である。それらを総合して白からグレーの面の重なる部分を真理として判断して導き出した自分の仮説をいかに信じるかということである。その飛躍が小さいと最初から結果のわかるおもしろくない研究になるし,飛躍が大きいと危ない仮説となる。飛躍の確かさを読むところが賭けであるが,その仮説を信じる熱意が足りないと実験結果が出ないことになる。一方,仮説を信じ過ぎて固執することは危険で,結果によっては修正できるように仮説の方向性に幅をもたせることも必要である。

 Gage教授の言は幹細胞であると信じて研究を進めてくれということであった。研究室の他のポスドクの結果でおもしろいなと思ったのは,海馬由来の神経幹細胞が嗅球に移植すると海馬には存在しないタイプの神経細胞になって生着することであった1)。この結果と他のラボからのデータを合わせると,この当時,神経幹細胞は中枢神経のどこから採取したものでも同様の性質をもつと思われた。それならば中枢神経である網膜にも応用できるはず,単純にそう考えたことがこの研究のはじまりであった。

 今は当然のことのように思える神経幹細胞の概念も,中枢神経は再生しないという100年の呪縛の下では,その当時理解するのに少し時間を要した。この細胞が幹細胞であるということはどのように証明すればよいのか,幹細胞の条件である自己分裂能や多分化能を有すると証明されたときにはその幹細胞はすでに消滅していること,同様の形態をもつ培養細胞のなかに幹細胞から前駆細胞あるいはもっと分化した細胞までさまざまな段階の細胞が混在していることなど,培養を続けるうちに段々に実感として理解された。

(2)幹細胞治療―臨床応用の問題点とその解決への試み

著者: 井上俊洋 ,   馬渡祐記 ,   福島美紀子 ,   谷原秀信

ページ範囲:P.152 - P.157

はじめに

 再生医療は有効な治療法がない神経変性疾患などの画期的な治療方法になることが期待されている。幹細胞の特質である自己複製能と多分化能という性質を利用して傷害された組織を再構築し失われた機能を取り戻すという目標は,臨床に携わる研究者にとって極めて魅力的である。われわれ眼科医にとって身近な非再生組織である網膜においても近年基礎的な研究が盛んに行われているが,臨床応用の前に解決しておくべき問題点は少なくない(図1)。ここでは網膜における幹細胞移植による治療の問題点を取り上げるとともに,それを解決するための筆者らの試みおよびそこから得られた知見について述べる。

(3)ヒト成体網膜幹細胞の単離および臨床応用への可能性

著者: 井上智之

ページ範囲:P.158 - P.162

はじめに

 筆者らは,ヒト成体網膜幹細胞の増殖・分化を制御する基本的なメカニズムを解明し,それを網膜の再生医療に結びつけることを目的に研究を進めている。

 哺乳動物の神経系の発生では,神経幹細胞が未分化な状態を維持したまま分裂した後,適切なタイミングで神経細胞またはグリア細胞に分化する1)。中枢神経系に属する唯一の感覚器である網膜は,5種類の神経細胞(視細胞,水平細胞,双極細胞,アマクリン細胞,網膜節細胞),ミュラーグリア細胞および網膜色素上皮細胞から構成され,これらは共通の網膜幹細胞から発生する2)。網膜幹細胞はマウスにおいて,胎生10.5日頃に出現してから,自己複製能により成体に至るまで維持されることが知られている3)

 遺伝性変性疾患,加齢性黄斑変性などによる網膜細胞の変性には,有効な治療法は存在しないのが現状である。これらの疾患に対する治療法の開発は次世代に残された大きな課題であり,新しい治療法の開発が望まれている。

 このような背景から神経系幹細胞移植を網膜変性の再生医療として用いる研究が開始され,世界的に注目を集めている。これまでに,大脳由来神経幹細胞を成体眼内に移植すると,移植された眼内ではニューロンへは分化するが,網膜特異的なニューロンへは分化しないことが示されている4)。一方,幼若網膜から得られた網膜前駆細胞を生体内へ移植すると網膜の細胞に分化する5)。このように眼内移植材料としての幹細胞は,網膜の細胞に運命決定を受けている網膜前駆細胞が望ましく,さらに拒絶反応などの問題を考え合わせると自己移植が必要で,成体からの自己網膜幹細胞の単離が望ましい。現在筆者が所属するトロント大学van der Kooy研究室は,神経系を中心にしてさまざまな幹細胞の単離と解析において多くの知見を報告しており,特に網膜研究においては数年前に世界で初めてマウス成体網膜から網膜幹細胞の単離に成功した3)

 最近,筆者らはヒト成体眼からも網膜幹細胞が単離可能であることを示し,その性質を評価した6)ので,本項ではその知見をまとめる。

前眼部の再生工学

(1)眼表面の再生工学

著者: 中村隆宏

ページ範囲:P.163 - P.169

はじめに

 近年,あらゆる場面でよく耳にする「再生医学」とは,傷害され失われた組織・臓器を分裂能力を有した特殊な細胞(幹細胞,前駆細胞など)により修復させようとする学問分野である。その再生には,細胞のみならず,細胞外の環境を適切に整える必要性があり,細胞の足場や増殖因子を用いるといった組織工学技術の応用が必須となる。「再生工学」とは文字どおり,このような再生医学と組織工学という2つの研究領域の融合を意味する。そして,バイオテクノロジーの飛躍的な進歩に支えられた近年の再生工学研究の発展には目を見張るものがあり,特に眼科領域における再生工学の技術開発および臨床応用への進展は,他の臨床医学領域に比べ一歩進んでいるといえる。本項では,眼表面の再生工学の現状と課題について述べる。

(2)自家培養上皮細胞シート移植法

著者: 西田幸二

ページ範囲:P.170 - P.176

はじめに

 眼表面疾患の治療は,眼表面の細胞生物学的研究とともに発展してきた。まず,角膜上皮の幹細胞は角膜の周辺部の輪部に存在することが明らかにされ(図1)1,2),熱傷,アルカリ外傷やStevens-Johnson症候群などのオキュラーサーフェスの疾患は,角膜上皮幹細胞が消失している疾患群と理解されるようになった(図2)3)。したがって,これらの疾患の治療として,角膜上皮幹細胞を供給することが基本と考えられるようになり,アイバンク眼を用いた同種輪部移植が開発された4,5)。しかし,同種輪部移植は同種組織に起因する拒絶反応が問題となり,満足できる長期成績は得られていない。

 このような背景で生まれてきたのが患者自身の上皮細胞を用いた培養角膜上皮移植である3)。筆者らも独自の方法で培養上皮幹細胞移植の開発を進めてきた。このような再生医療を臨床へ応用することにより,拒絶反応やドナー不足などの現代の移植医療の根本的問題を克服することができる(図3)。本項では,筆者らが開発した自家培養上皮細胞シート移植法の基礎研究と臨床応用の一部を紹介する。

(3)角膜内皮の再生医療

著者: 天野史郎 ,   山上聡

ページ範囲:P.178 - P.181

はじめに

 現在,角膜移植の手術適応の約半数は,角膜内皮細胞が障害された水疱性角膜症である。水疱性角膜症に対しては全層角膜移植が広く行われているが,できうるならば障害の根本的な原因となっている角膜内皮細胞だけを移植し,健常な上皮や実質は残すような手術がしたい。これに近い術式として,角膜中央7~8mmの範囲の角膜内皮+後1/4ほどの厚さの角膜実質のみを交換する深層内皮角膜移植が行われるようになってきている。このように,これまでの全層角膜移植術,表層角膜移植術に加えて,深部表層角膜移植,輪部移植,深層内皮角膜移植などの新しい術式が登場してきた。これらの新しい術式に共通するコンセプトは,障害された部分のみを取り替えて,健常な自己の組織はできるだけ残して利用する,という点である。角膜再生医療においても,角膜を上皮,実質,内皮に分けて考え,それぞれの部分を組織工学の技術で作製し,角膜の障害の病態に応じて,各部分を組み合わせて使用するという手法が取られている。角膜パーツ移植と相同のコンセプトである。

 角膜内皮細胞は角膜の透明性を維持する重要な角膜のパーツである。角膜内皮が障害される水疱性角膜症のような症例では,角膜内皮のみを交換できれば理想的な治療となる。さらにこのドナーの角膜内皮細胞を培養・増殖させ数を増やして利用できれば,わが国における角膜ドナー不足の問題を解決する一助になると考えられる。以下に筆者らが取り組んできた培養角膜内皮細胞に関する研究についてご紹介したい。

(4)角膜内皮の再生工学

著者: 山上聡 ,   天野史郎

ページ範囲:P.182 - P.186

はじめに

 角膜移植手術の適応疾患は内眼手術後の水疱性角膜症をはじめ内皮細胞数の減少によるものが多く,移植した角膜の拒絶反応のターゲットもまたほとんどは角膜内皮細胞である。一部で深部実質と内皮細胞層のみを移植する深層角膜内皮細胞移植の報告もなされているが1,2)一般的ではなく,これらの症例に対し全層角膜移植手術が行われている。さらに不幸にも移植片の角膜内皮細胞数が減少し移植片不全の状態となると,また全層角膜移植手術の適応となる。全層角膜移植後は,症例により乱視,遠視,近視などの強度の屈折異常を伴うことも少なくなく,このような場合には角膜は透明治癒していても眼鏡では十分な視力が得られないことになる。また米国を除く世界中で角膜は供給不足の状態であり,わが国でも相当数の角膜を海外アイバンクに依存している。このような背景を踏まえると,1つのドナー角膜の内皮細胞から培養などにより角膜内皮細胞を供給することができ,さらに術後の屈折異常を最小に抑えた内皮細胞の供給法があれば角膜の治療戦略は大きく様変わりするものと予想される。

 現在筆者らはこのような治療法の開発を目ざして研究に取り組んでおり,その成果を紹介する。

(5)角膜内皮の新しい手術

著者: 榛村重人

ページ範囲:P.189 - P.196

はじめに

 角膜内皮細胞は神経堤由来の細胞であり,ヒトでは生後の増殖能は非常に限られている。角膜内皮細胞の極端な減少は,角膜実質と上皮の浮腫をきたす水疱性角膜症となる。従来は角膜内皮を含むドナーを使って,全層角膜移植(penetrating keratoplasty:PKP)を行う以外に治療する手段はなかった。しかし,ドナー角膜に対する拒絶反応や,術後長期にわたる内皮密度の減少によって再手術を要することは少なくない。2回目のPKPは初回に比べて免疫学的に不利であり,拒絶反応の発症率が格段と高くなる。免疫抑制薬が有効であるとする報告もあるが,全身投与による副作用は無視できず,また長期投与による経済的負担も多くなる。

 角膜内皮の再生工学へのアプローチは,基礎,臨床の両面から進められている。臨床的な試みとしては,術式の改善による拒絶反応の回避が挙げられる。PKPが拒絶反応をきたす原因にはドナー上皮由来の抗原が関与しているといわれている。そのため,あらかじめ上皮を除去するなどの工夫もされてきたが,炎症を惹起するなどの欠点もあった。そこで近年注目されるようになったのは,PKPのように全層を移植する方法に替わって登場した,角膜内皮を移植する術式である。現時点では内皮だけを移植する術式の臨床応用は始まっていないが,深部実質を含むドナー組織の移植法は報告されている。しかし,ドナー組織を使う以上は,ドナー不足という問題は解決されない。角膜内皮の再生工学を基礎研究面から開発する動きも活発となっている。研究の柱となっているのは,角膜内皮細胞の供給源としての内皮幹細胞の分離同定と,これらの細胞を移植する際の術式とキャリアの開発である。筆者らは臨床面,研究面の両アプローチから内皮再生に取り組んでおり,本項ではそれらについて簡単に紹介する。

(6)サルを用いた培養角膜内皮シート移植術の開発

著者: 小泉範子

ページ範囲:P.197 - P.201

水疱性角膜症に対する新しい治療法

 角膜内皮細胞はポンプ機能とバリア機能によって角膜実質への水輸送をコントロールし,角膜の透明性の維持に重要な役割を果たす。角膜内皮細胞は非常に増殖能が乏しい細胞であるため,角膜内皮が障害されると,デスメ膜皺襞や角膜浮腫を生じ,さらに内皮機能が低下すると水疱性角膜症となって視力は著しく低下する(図1)。水疱性角膜症にはFuchs角膜内皮ジストロフィなどの角膜変性症によるもののほか,白内障手術や硝子体手術などの内眼手術やアルゴンレーザーによる虹彩切開術によって生じる医原性のものがあり,社会の高齢化や眼科手術件数の増加によって今後もさらに増加することが懸念されている。水疱性角膜症に対する治療は全層角膜移植術(penetrating keratoplasty:PK)が行われているが,PKには角膜全層を切開することによる角膜乱視,創傷治癒の遅延,縫合糸に関連する術後のトラブルなどが伴う。

 同志社大学再生医療研究センターでは,京都府立医科大学の木下茂教授らとともに,水疱性角膜症に対する新しい治療法として再生医療の観点に基づく培養角膜内皮シート移植の開発を行っている。この治療法のコンセプトは,ドナー角膜から採取した少量の角膜内皮細胞をin vitroで培養して増殖させ,コラーゲンシートなどのキャリア上に播種して作製した培養角膜内皮シートを移植するものである(図2)。小さな切開創から,角膜を全層切開することなく培養角膜内皮細胞を前房内に挿入し角膜後面に移植することができれば,術後の乱視や縫合糸によるトラブルを回避できるほか,immunologically privileged site(免疫学的に特異な部位)である前房内に角膜内皮シートを移植することによって,全層角膜移植に比べて拒絶反応のリスクを少なくすることができる可能性がある。また,ドナー角膜の不足が問題となっている日本においては,角膜内皮細胞を培養,増殖させることにより複数の患者に移植することができるため,ドナー角膜が有効に利用でき,より多くの患者に角膜移植の機会を与えることができるメリットがあると考えられる。

(7)眼表面瘢痕性疾患に対する遺伝子治療の可能性

著者: 雑賀司珠也

ページ範囲:P.202 - P.207

はじめに

 近年,眼表面の瘢痕性疾患に対する外科的,再生医療的手法が注目され,本誌でも大きく取り上げられている1~4)。一方,遺伝子治療は悪性腫瘍やある種の血管閉塞性疾患などのいくつかの分野ではすでに臨床使用が開始され,その有効性が報告されている。例えば閉塞性動脈硬化症とビュルガー病でヒト血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)とヒトアンジオポエチン1(Ang1)の組合わせ遺伝子導入や肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor:HGF)遺伝子の筋肉内投与である。米国ではこの種の疾患にVEGF遺伝子導入治療もタフツ大学で行われ,約75%の患者に効果がみられたと報告された。また血管拡張術後の再狭窄を防ぐ目的でNFκBデコイ治療の実施も承認された。しかし眼表面疾患での遺伝子治療は臨床には導入されていない。

 ある遺伝子cDNAの導入が治療効果を発揮することが動物実験で判明した後は,臨床使用に適したベクターにその遺伝子cDNAを搭載し直して臨床応用に至るという道筋をたどると考えられるが,よりよいベクターの開発に眼科医が率先して携わることは容易ではない。本号は,眼科臨床に関連する最新の医工学に関する特集であるので,ベクターの開発にも言及すべきであると思われるが,本項では,本号の他項で扱われる眼表面の瘢痕性疾患を再度取り上げ,それに対するアデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療の可能性に関する筆者らの動物実験結果を中心に記載する。一方,遺伝性角膜ジストロフィも外科的対処に再生医学的手法を併用した治療方法が有効であると考えられるが,遺伝子導入による病態の責任細胞(上皮細胞または実質細胞)の表現系改変による治療は現実性をもつには至っていないと考えられるので割愛する。

III.治療への応用

Wavefront guided LASIK―波面収差解析装置の治療への応用

著者: 相澤大輔 ,   清水公也

ページ範囲:P.212 - P.215

はじめに

 屈折矯正の方法としてこれまで,眼鏡やコンタクトレンズといったデバイスが用いられてきた。これらは可逆的な方法である一方,眼鏡装用においては像の歪みや眼鏡自体の重さ,美容上の問題などがあり,コンタクトレンズ装用においては装用時の異物感,ドライアイ症状,洗浄・保存の煩わしさなどが問題となる。また,コンタクトレンズ装用者の10人に1人は何らかのトラブルを経験しているともいわれている。

 そこで,quality of lifeの観点から外科的手法により屈折矯正する方法が考案されてきた。屈折矯正の歴史は古くRK(radial keratotomy),PRK(photorefractive keratectomy),LASIK(laser in situ keratomileusis)というように改良が行われてきた。LASIKが一般に普及するようになって約10年が経過し,この間マイクロケラトームやエキシマレーザー装置などの手術機器や手術器具,手術手技の改良が行われ,現在では高い安全性が得られるようになった。一方,特に強度近視の矯正においては,術後のコントラスト感度などの視機能の低下が問題とされている1,2)。そこで,さらなるquality of visionをめざしてwavefront-guided LASIKが提唱された3)

眼科用生体材料序論

著者: 筏義人

ページ範囲:P.216 - P.219

はじめに

 細胞と接触して用いる医療材料を生体材料という。コンタクトレンズは典型的な生体材料であるが,同じ目的で用いる眼鏡は生体材料ではない。英語では,生体材料をバイオマテリアル(biomaterial)と呼ぶ。再生コラーゲンとか治療用羊膜のような生体由来材料も生体材料の一種である。

 眼科領域においても生体材料はこれまでに多く用いられ,これからも多く用いられようとしている。この領域においてこれまでに最も多く用いられたのはコンタクトレンズであり,これから用いられようとしているのは再生医療分野である。コンタクトレンズ材料の研究はほぼ完成の域に達しているが,残された問題も少なくない。人工角膜,人工水晶体(IOL),人工硝子体,人工網膜などの人工臓器あるいは組織に対しても,他の人工臓器と同じように活発な研究が進められてきた。

 ところが,興味あることに,心臓血管外科,整形外科,口腔外科などにおける人工臓器(組織)と比較して,眼科領域においては,上記の4つのうち,IOLを除けば,いずれもまだ実用化のレベルに達していない。その理由を以下に述べる。ただし,人工角膜と人工硝子体は別項で詳しく述べられるため,それらの各論には立ち入らず,もっと広い視点から生体材料の問題点について考える。

眼科DDS―(1)網膜硝子体疾患に対する薬物ターゲティング療法の可能性

著者: 安川力 ,   小椋祐一郎

ページ範囲:P.220 - P.228

はじめに

 眼科疾患,特に網膜硝子体,脈絡膜疾患の薬物療法を考える場合,網膜血管関門などの存在による薬物の眼内への移行性の低さがしばしば問題となる1,2)。薬物の全身投与において,網膜,硝子体など標的となる眼内組織で薬物を有効濃度で作用させるためには,しばしば大量投与や頻回投与が必要となる。それでも薬効を得るのは時として困難であり,かつ他の正常組織への副作用が懸念され,しばしば投与中止の原因となる。網膜硝子体,脈絡膜疾患の1例として加齢黄斑変性における脈絡膜新生血管をとってみると,欧米諸国の成人失明の主要原因疾患であることもあり,これまで,全身投与による薬物療法のためにさまざまな薬剤が開発されている。臨床試験である程度の効果が期待されるものの,効果が十分とはいえず,その結果,別の新薬の開発に各製薬会社が精力を注ぎ込んでいる。しかし,製剤において,前述の薬剤の標的組織への移行性,効率についても念頭におくべきではないだろうか。

 薬物開発の経緯は,in vitroにおける血管内皮細胞の増殖,遊走,管腔形成などに対する新しい血管新生阻害薬の抑制効果の評価に次いで,ラットの角膜新生血管モデルなどを利用して,局所投与の系でその効果が試される。次に動物実験レベルでの評価が行われるが,再現性の高い優れたモデルを欠くのが現状の問題点である。最終的に,有意差の出た薬剤が臨床試験で試されるのであるが,インターフェロン(IFN)αやサリドマイドは最終的に有効な結果を得られなかった3,4)。全身投与の系で,仮に,他の正常組織に有害でない投与量や投与頻度で標的組織における薬物有効濃度を保つことが不可能であるとすると,残念ながら結果は同じようなものになると予想される。こういう背景もあり,現在,anecortave acetate,VEGF aptamer,ranibizumabなどの臨床試験中または予定の薬剤は経テノン囊下球後注射または硝子体内注射による治療効果を検討されている5)。しかしながら,経テノン囊下球後注射は比較的患者の負担が少ないとしても,先に確立されているベルテポルフィン(verteporphin)による光線力学療法より効果,副作用などの点で優れた部分がない限り,使用する意義は乏しくなると考えられる。

 薬剤の全身投与の系で,標的組織に対する薬効を向上し,副作用を軽減するための1つの活路として,ドラッグデリバリーシステム(drug delivery system:DDS)の一体系である薬物標的指向化(ターゲティング)の応用がある。薬物ターゲティングとは,薬剤に他の分子を修飾,または光線,電気,磁気などの外部信号を利用し,薬物動態または薬効を空間的,時間的に制御し,標的組織への効率的な薬物送達,薬効獲得を目的とする技術体系である。ベルテポルフィンによる光線力学療法も一種の薬物ターゲティングである。

 薬物ターゲティングは,受動的ターゲティングと能動的ターゲティングに分類される。受動的ターゲティングとは,薬剤に水溶性高分子などを担体(キャリア)として修飾することにより,薬物動態をこれらキャリアの物理化学的特性に従った体内動態に改良することで得られる。一方,能動的ターゲティングは,抗原と抗体の関係のように,標的組織に発現した抗原など特定部位と生物学的親和性を示す分子をキャリアとするか,磁気と磁性体,光線と光感受性物質など,外部信号とそれに反応する物質の組合わせで標的組織をターゲットするなど,より特異的なターゲティングである。

眼科DDS―(2)放出制御

著者: 久納紀之

ページ範囲:P.230 - P.237

はじめに

 網膜硝子体への薬物移行は種々のバリアにより制限されているため,網膜硝子体疾患に対して従来の薬物療法では十分な薬効を得られない。すなわち,点眼液,眼軟膏などの従来の眼科特有の投与法では,後眼部への薬物移行はほとんど期待できない1)。全身投与においても,血液網膜関門により,薬物移行が制限され,薬効を持続させるため長期間の大量投与を余儀なくされ重篤な副作用が懸念される。このような,網膜硝子体疾患に対する薬物療法の問題を解決するために,薬物放出の時間的制御による薬効持続化の研究が精力的に進められている。薬物の硝子体内への頻回投与が必要な疾患では特に望まれるところであり,後天性免疫不全症候群などの免疫機能低下による眼合併症であるサイトメガロウイルス(cytomegalo-virus:以下,CMV)網膜炎に対する治療研究でめざましい発展を遂げた。

 CMV網膜炎に対して,まずガンシクロビル(GCV)やホスカルネットなどの抗CMV薬の内服や静脈内投与が有効であることが報告されたが,時に骨髄抑制や腎障害などの重篤な副作用が問題となる2)。代わって硝子体内へのGCVの直接注入が有効であることが示されたが,硝子体内半減期が短いため有効濃度を長期間維持するためには頻回投与が必要となる3)。このような背景から,投与頻度を減らす目的で,マイクロスフェア4),リポソーム5)などの微粒子キャリアに抗CMV薬を包含させ,1回の硝子体内投与で有効濃度を長期間維持させる試みも検討されているが,微粒子懸濁液により中間透光体としての硝子体を一時的に混濁させること,粒子径によっては容易に網膜上に沈降し,接触した神経網膜に対し長期間薬物を暴露させるリスクも考えられる。

 Ashtonらのグループは,GCVを長期間放出する硝子体内ぶら下げ型の硝子体内インプラントを開発した6)。これは,現在市販されているVitrasert(R)のプロトタイプである。Vitrasert(R)はGCVを5~8か月間安定に放出させることが可能である。また,最近,Vitrasert(R)より小型であるが同様な方法で移植する,非感染性ぶどう膜炎治療薬のフルオシノロンアセトニド含有硝子体内ぶら下げ型インプラント(Retisert(R))が,FDAから承認を受けた。Retisert(R)は30か月以上にわたり安定な薬物放出を達成する。しかしながら,これら硝子体内ぶら下げ型インプラントにおいては,投与時に比較的大きな強膜創をつくる必要があること,またいずれも非分解吸収性材料から構成されており,薬物放出完了後のインプラント除去および再投与時に複雑な手術が必要とされる。

 一方,上記2種の非分解吸収性の硝子体内ぶら下げ型インプラントに対し,生体内分解吸収性高分子であるポリ乳酸(PLA)からなる硝子体内留置インプラント(Posurdex(R))が糖尿病黄斑浮腫を対象にして現在治験が進められている。Posurdex(R)は微小な円柱状インプラントでデキサメタゾンを1か月程度徐放する製剤である。

 理想的な網膜硝子体ドラッグデリバリーシステム(DDS)としては,低侵襲で投与できること,1回の投与で長期間薬効発現有効濃度を維持できること,投与製剤による視機能への影響がないこと,などが挙げられる。

 筆者らは,これまでに網膜硝子体疾患に対するDDSの開発に取り組んできた。まず,硝子体手術時に作製する強膜創を利用し,ここに製剤を留置することを考え,手術時に使用されるチタン製強膜プラグを模倣した,生体内分解吸収性高分子から構成される強膜プラグを考案した。次に,強膜を半創切開し作製した強膜ポケット内に留置する強膜内インプラントを考案した。また,さらに低侵襲製剤とし,網膜剝離手術時に使用される黄斑プロンベに類似した構造を有し,眼外から強膜を介し後眼部網脈絡膜へ薬物を送達させる,上強膜インプラントを考案した。本項においては,筆者らが検討を進めてきたこれら3種の網膜硝子体DDSについて紹介する。

眼科ドラッグデリバリー研究における薬物動態シミュレータの利用

著者: 東條角治

ページ範囲:P.238 - P.245

緑内障,白内障,網膜炎など眼内疾患の薬物療法では,医薬品の有効成分を眼内の標的組織へ効率よく送り込むドラッグデリバリーシステム(DDS)が必要である。100年前Paul Ehrlichによって開かれた“magic bullet(魔法の弾丸)”の医薬品開発は,1世紀を経た今日,デリバリーシステムとしての“magic gun(魔法の銃)”とともに用いられてこそ,その機能を十分発揮できると考えられるようになっている。そしてその研究法も,実験動物使用量の低減や臨床試験の簡便化などのため,従来広く行われてきたin vivoやin vitroの実験ばかりでなく,眼内薬物動態や薬効評価に「仮想実験動物」や「仮想患者」としての計算機シミュレータを有効利用する新しいin silicoアプローチが期待されている。本項では,眼科DDS研究におけるこのような新しい研究手法をまとめた。

はじめに

 点眼直後の薬物は涙液に分配し,結膜,角膜,強膜などの前眼部組織へ急速に分布した後,角膜を透過して房水へ移行する。この際,厚み0.6mmの角膜を透過して房水に達する薬物量は角膜表面に点眼された薬物の1/20程度であり,点眼液のバイオアベイラビリティ(BA)は驚くほど低い1)。水晶体や網膜,硝子体など眼深部組織に薬効成分を送達することはさらに困難である。通常の点眼液で,薬物濃度は点眼液,涙液,角膜,前房水,水晶体と変化するにつれ,おおよそ1/10ずつ低下する(10分の1則)2)。基礎実験で有望な治療薬と期待されながらなかなか実用化されないのは,眼深部標的組織へ薬効成分を効果的に送達できるデリバリーシステムがないからである。例えば,いくつかの薬物について,点眼後の水晶体濃度が点眼液濃度の0.1%程度にしか達しないことが動物実験から明らかにされている2)

 さらに眼内は,房水や硝子体など薬効成分が比較的拡散しやすい部位と,角膜,水晶体,網膜,ブドウ膜など拡散抵抗の大きな組織が混在している異質構造である。薬効成分はこれらの異質な組織を拡散するため,同一組織内ばかりでなく組織間の境界で大きく濃度変化することが予想される。薬効や副作用は標的組織である局所濃度に依存するため,実験的に測定される房水,硝子体や水晶体など組織全体としての平均濃度では,薬物濃度と薬効や副作用との関係(薬動力学/薬力学相関 pharmacokinetics/pharmacodynamics 相関:pK/pD相関)を誤解してしまうことも指摘されている1)

細胞増殖因子の徐放化技術

著者: 田畑泰彦

ページ範囲:P.246 - P.255

生体の再生誘導能力を介した自然な治療法

 現在の先端医療は,これまでに多くの患者の病気を治し命を救ってきたことは事実である。そのなかで,治療に用いる材料,技術あるいは診断技術における工学の貢献は大きい。しかしながら,これらの医工学の歴史は人間の誕生に比べて極めて短く,生体組織,臓器を代替できる科学,技術レベルには至っていない。そのため,生体(医用)材料あるいは人工臓器に完全に依存した再建外科治療においては,その治療効果が一時的で,侵襲が大きく,補助できる機能が単一であるなどの欠点をもっている。一方,人工材料によらず,天然の組織,臓器で治療しようというのが移植治療であるが,この場合にも,移植臓器のドナー不足が深刻であり,それに加えて,移植後の免疫抑制薬の副作用などに問題を抱えている。

 このように,現在の2大先端外科治療の技術,方法論に限界がみえ,体に完全にはなじまない材料あるいは他人の組織,臓器を利用するという治療方法を考え直すべき時期がきている。そこで,新しい治療法として期待されているのが再生誘導治療(=再生医療)である。これは,イモリのしっぽが再生する現象をヒトで誘導し,病気の治療に役立てようとする試みである。小さな傷であれば,放っておいても自然と治療する。あるいは創面が大きく開いたときには,縫合糸で傷を閉じておけば治癒する。これは,体自身が自然に治ろうとする能力をもっているからである。この自然治癒能力を最大限に発揮させ,創口を治し,病気の治療を行うというのが再生医療の発想である。

遺伝子導入による細胞工学と治療への応用

著者: 阿部俊明

ページ範囲:P.256 - P.260

はじめに

 医工学の発達は,医療に革命的な改善をもたらしてきた。皮膚,血管,骨などの代用品としての利用,人工関節,生体組織置換型人工硬膜,自己細胞の増殖の基盤になるスキャロップの提供などはその代表例であり,各領域別に取り上げればきりがない。また神経細胞を例に取り上げれば,ニューロニクスと呼ばれる神経科学と微細加工技術の融合が研究され,個々の神経細胞は特殊に加工された培養プレート上で神経回路網を形成することができ,神経伝達の解析に利用されたりしている。眼科領域では,電気刺激で網膜細胞を刺激し神経細胞としてのシグナルを作り出そうとする人工網膜なども,その代表例といえる。

 さて,本項にある遺伝子導入が“眼科領域の最新の医工学”という内容に関与する形としては,まず遺伝子導入によってもたらされる細胞工学が挙げられる。細胞工学というと,この領域では胚性幹細胞を利用した再生医療を連想されがちであるが,後述するように体細胞を利用した組織修復,あるいは組織の機能維持の足がかりなどにすることにも利用されている。遺伝子を導入された細胞は,導入された遺伝子発現の影響を受け細胞全体が共鳴して反応するために,その細胞が置かれた局所の環境に影響を与え,局所の組織再生にも重要な影響を与えると考えられる。

 ここでは,遺伝子導入した細胞がもたらす効果と,遺伝子工学を利用して作製した細胞が眼疾患の治療に利用できる可能性を紹介する。

遺伝子治療

著者: 忍足俊幸 ,  

ページ範囲:P.261 - P.267

はじめに

 筆者らは損傷や疾患によりダメージを受けた網膜・視神経を再生させ,視路を再構築することを目的に研究を行ってきた1~9)。損傷や虚血などのダメージを受けた網膜神経細胞は多くの場合,アポトーシスを起こして死滅していくことが知られている。しかし,直接のダメージによってアポトーシスが誘導される場合と軸索の変性によって二次的にアポトーシスが誘導される場合があり,慢性疾患である緑内障のモデルにおいてもこの二次的に誘導されるアポトーシスが確認されている10)。ダメージによって誘導されるアポトーシスの進行を神経保護的戦略で人為的にブロックすることは可能ではある。しかし視機能の保護まで考えた場合,軸索を再生させ視路を再構築する治療戦略の確立が重要となってくると考えられる。

 とりわけ高度に発達し成熟した網膜・視神経を再生させるためには,多角的な治療戦略が必要となる。損傷後の神経細胞を生存維持させ,次いで速やかに軸索再生を誘導し,神経ネットワークを再構築して初めて再生に成功したといえるのである11)

 損傷後の神経細胞の救済なくして視路の再構築はありえない。そのためにはまず,ダメージを受けた神経細胞がアポトーシスを起こすメカニズムの解明が第一である。次いでアポトーシス関連因子を標的にした神経保護的戦略で細胞を生存維持させながら軸索再生誘導の環境を整備する。神経ネットワーク再構築はリハビリである程度カバーできるであろうから,そこに至るまでの環境整備が重要と思われる。今回の総説では神経保護・再生治療戦略において有用と思われるいくつかの遺伝子治療について,筆者らの研究成果を交えて紹介したい。

遺伝子導入

著者: 池田康博

ページ範囲:P.268 - P.275

はじめに

 10年以上前の話になりますが,私が眼科医になろうと決心したのは医学部6年生の12月,ちょうど卒業試験が終わった頃でした。漠然と,眼球の移植か人工眼球(近未来を描いた映画に登場するロボットの眼のようなイメージ)の開発をやりたいと。当時,恥ずかしながら眼科学の知識はほとんどゼロ。当然それらの研究状況がどうなっているのかも知りませんでした。当時私の面接を担当された先生方は,夢みたいなことを考えているなと思ったに違いありません。

 私自身も研修医となり眼科学を学習するようになってから,自分のイメージしていたものが現実離れしたものであることを少しずつ認識するようになりました。さて,大学院に行って何を研究しよう? 眼球を取り替えることは難しい。では,もともとある眼の中に何か新しく機能をもつものを入れられないだろうか? たどり着いた答え,眼に入れる新しいものとは,細胞(神経幹細胞)でもなく機械(人工網膜)でもなく,遺伝子だったのです。医局の大先輩である坂本泰二先生(現・鹿児島大学眼科教授)のご活躍を目の当たりにして,遺伝子治療の可能性にどんどんと引き込まれていってしまいました。それから今日に至るまで,眼科領域の疾患に対する遺伝子治療の臨床応用という目標(夢)をもちながら研究を進めています。

IV.生体材料工学

ISO/TC172/SC7/WG7(Ophthalmic Implant)の現状と各国の眼内レンズの規格

著者: 西岡和幸 ,   山中昭夫 ,   砂田力 ,   山口芳司

ページ範囲:P.278 - P.282

はじめに

 日本で初めて眼内レンズの厚生省の認可がなされたのは,1985年5月10日であり,くしくも同日付で眼内レンズの規格を定めた「眼内レンズ承認基準(薬発第489号)」(現在これは廃止され,新たな眼内レンズ承認基準が薬食発第0401036号として2005年4月1日付で厚生労働省から出されている)が発出されている。もともと,眼内レンズについて日本では規格というものが存在せず,作成過程では性能を担保するためのバーチカルスタンダードとしての各種承認基準や,ホリゾンタルスタンダードとしての毒性試験が加味された。その当時,米国には米国規格協会(American National Standards Institute:ANSI)の独自基準があり,ヨーロッパにおいては,各国基準をまとめようという動き,すなわちEN規格の作成の動きがあった。この頃は,世界標準を作成しようという統一的な流れはまだ芽生えていなかったが,流通・経済統合を主眼とした欧州連合体構想が具体的になるにつれ,米国,日本なども含めて,国際標準の必要性が叫ばれるようになり,眼内レンズに関してはISO 11979という規格が制定された1,2)

 本項ではISO/TC172/SC7/WG7の現状,今後のISO規格の見直しの動向について説明するとともに,各国におけるISO規格の導入の動きなどについても述べる。

人工細胞膜構造をもつ新規高機能ソフトコンタクトレンズ材料

著者: 石原一彦 ,   合田達郎

ページ範囲:P.283 - P.289

ソフトコンタクトレンズの素材開発の歴史

 2003年の日本におけるコンタクトレンズ(CL)装用人口は1,371万人,購買人口は1,028万人,その市場規模は2,114億円であった。世界的にみても発展途上国の近代化に伴う近視患者の増加や,見た目やファッションなどの理由から眼鏡よりもCLを選ぶ人の比率は高まっていることがあいまって,CL市場は拡大し続いている。また,CLのなかでも装用感のよいソフトコンタクトレンズ(SCL)を選択する人の割合が,アメリカやヨーロッパを中心に増加しつつある。将来的には,超高齢社会に伴う遠近両用CLに対する需要や,煩雑なレンズケアを必要としない連続装用SCLなどの需要が増加することが予測される。

 CLの歴史はレオナルド・ダ・ビンチ(Leonardo da Vinci)のアイデアに始まり,アクリルガラスとして利用されていたポリメチルメタクリレート(PMMA)の特性が偶然に発見された後,1946年に現在の形のCLが用いられるようになった。図1に簡単にCL材料のポリマー構造について示した。ポリマー側鎖の置換基が変化し,これに伴いCLの特性が多機能となっている。PMMA製のレンズは眼内レンズ(人工水晶体)としても用いられた。その後も快適かつ安全に装用できるレンズの研究開発が盛んに行われた。1970代になると2-ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)をベースとしたポリマーハイドロゲルのSCLが開発され,装用感のよさから特に米国で急激に利用者が増大した。今日では,製造コストを低下させることにより使い捨てレンズが可能となるなど,材料の開発がCLの進歩に大きな影響を与えてきたことがうかがえる。

後発白内障の完全征服を目ざして―ドラッグデリバリー効果

著者: 松島博之

ページ範囲:P.291 - P.299

はじめに

 白内障手術療法の進歩は著しく,小切開無縫合手術が広く行われるだけでなく,バイマニュアルによる極小切開白内障手術,インジェクターおよび眼内レンズの進歩によるさらなる小切開化が試みられている。眼内レンズ自体の機能も向上し,多焦点眼内レンズ,調節眼内レンズ,収差の少ない非球面眼内レンズ,着色眼内レンズなど視機能の向上を目ざしたさまざまな眼内レンズの開発が進んでいる。しかしながら,未だに解決されていない問題点の1つとして後発白内障が挙げられる。後発白内障は白内障手術が始まった早期より問題視されていて,その発生予防や治療にさまざまな研究がなされてきた。Squareエッジの後発白内障抑制効果は日本から発信された優れた研究1,2)で,現在もその成果が新しく作られる眼内レンズに生かされ,後発白内障の発生頻度は明らかに減ってきている3,4)。しかし,残念ながら後発白内障の発生を完全に抑制することはできていない。図1に示すようにさまざまなタイプの水晶体囊の混濁が視機能の低下を生じる。現在も後発白内障の発生率は5年で18.4~38.4%くらいと報告5)されている。

 後発白内障が発生しても,YAGレーザーによる後囊切開術は劇的な効果があり,視機能の改善は著しい。後囊を切開することはたやすいが,混濁した一部の後囊のみが開放している細隙灯所見は決してきれいとはいえないばかりか,眼生理機能にとってもマイナスである。また,後発白内障を伴う網膜硝子体疾患の治療でレーザー光凝固や網膜硝子体手術を行うときに,混濁が治療の邪魔になることもよくある。筆者は,白内障手術直後の水晶体囊と眼内レンズのきれいな関係を永遠に保っていたいと常々思っている。

 近年開発されている眼内レンズは素材こそポリメチルメタクリレート(PMMA),疎水性アクリル,親水性アクリル(ハイドロゲル),シリコーンなどさまざまであるが,最近開発された多くの眼内レンズは後発白内障の抑制を考えてsquareエッジ形状をしている。図2に最近の2種疎水性アクリル眼内レンズのエッジ形状と水晶体後囊の術後混濁変化を示した。VA60CA(HOYA)の後に同一企業からVA60BB(HOYA)が開発され,両眼内レンズともsquareエッジ形状をしているが,眼内レンズ周辺の厚みや光学部と支持部接合部にエッジ形状を設けるなど形状の工夫をすることで,後発白内障の初期現象である後囊混濁度の増加を著しく抑制している6)。しかし,後囊混濁度の増加率は減少しているものの,経時的には確実に混濁度が増加している。したがって,増加する後囊混濁を完全に抑制するにはsquareエッジによる後発白内障抑制効果だけでは限界なのではないだろうか。

人工角膜の臨床

著者: 福田昌彦

ページ範囲:P.300 - P.305

はじめに

 人工角膜(keratoprosthesis)とは,混濁した角膜をポリメチルメタクリレート(PMMA)などの透明な人工物で置き換えようとする方法である。考え方としては200年以上の歴史があり,実際人体に行われたのは1855年Nussbaumが行った石英の移植が最初といわれている。その後,1900年頃まで,いろいろなタイプの人工角膜が生体に移植されたが,そのほとんどすべては脱落した。1950年代に入り角膜移植が普及すると人工角膜への興味はいったん失われたが,今度は角膜移植の不成功例に対する挑戦が盛んに行われるようになった。

 このような状況のなか開発されたものの1つが歯根部利用人工角膜(osteo-odonto-keratoprosthesis:OOKP)である。この方法は1963年にイタリアのStrampelli1)により考案されたもので,患者自身の歯根部を人工角膜の光学部の固定に利用するものである。しかし,その初期の方法は虹彩や水晶体を残す術式であったため視力予後は不良であった。1973年Falcinelli2~5)は,眼表面移植時に虹彩と水晶体,前部硝子体を切除する方法に改良し,良好な結果を得た。改良型OOKPは現在イタリア,オーストリア,ドイツ,イギリスで主に行われており6,7),報告されている症例数は573例,最長の経過観察期間は27年である8)。現在では,改良型OOKPは確実に施行されれば重症のStevens-Johnson症候群などの難治症例においても最も優れた長期の生着と視力予後を示す人工角膜であると国際的に認められている9,10)。2003年6月18日,当教室においてもイギリスのChristopher Liu医師の協力のもと,国内での第1例(Stevens-Johnson症候群,49歳女性)を行い良好な結果を得た(術後2年で矯正視力1.0,視野は約50°)11)。筆者らは現在までOOKPを3例行い,いずれも成功している。ここではその手術の概要を紹介する。

人工角膜研究の現状

著者: 小林尚俊

ページ範囲:P.306 - P.312

はじめに

 角膜疾患による失明の治療には角膜移植が行われており,技術的には確立された治療であるが未だ問題も残されているのが現状である。世界的には,角膜の疾患による失明患者が1,000~1,500万人いることが推定されており,角膜移植用のヒト角膜は不足している。また,免疫拒絶や合併症の併発で,角膜移植不適合となる症例が2割ほど存在するといわれている。角膜上皮疾患に由来する症例に対する新しい医療として,角膜上皮シートの移植1)や角膜輪部の幹細胞移植2)などが始まり良好な成績を収めている。しかし,角膜実質部分に疾患を抱える場合は適応とならず,実質の再生の研究も進められているが,未だ臨床に足る材料は開発されていない。このような症例には,視力回復の手段として人工角膜の適応が選択されることとなる。

 人工角膜の研究開発の歴史は古く,19世紀にさかのぼる。フランス,ドイツ,日本の眼科医の発案とその研究成果として散見され3~5),材料としてはガラスや水晶を用いたものであった。これらの人工角膜は,4~5か月程度の視力回復が報告されているが,感染症などにより失明に至っている。その後,合成高分子であるPMMA(ポリメチルメタクリレート)を素材とした人工角膜が,1944年初めてWunscheらにより試みられ,その後多数の研究者により透明な合成高分子を用いた人工角膜の研究が進められている。近年,再生医療の進歩に伴い,組織工学技術と人工材料を組み合わせたハイブリッド型の人工角膜の研究も始まっている。純粋な再生工学的アプローチに関しては視機能再生工学執筆の諸先生方にお任せし,本項では,生体材料を中心に用いた人工角膜の研究開発の現状と筆者らの研究成果を紹介する。

細胞シート工学・角膜移植・組織工学

著者: 大和雅之 ,   西田幸二

ページ範囲:P.313 - P.321

第一世代型組織工学

 細胞成長因子や細胞を用いて組織構造を再生させる新しい技術である組織工学を中核技術とする再生医療が近年,大きな注目を集めている。骨髄中の造血幹細胞を移植することにより造血系の再生が可能であることは古くから知られていたが,組織としての形態をもたない血液とは異なり,他の組織・臓器では細胞懸濁液の注射だけでは多くの場合で十分な組織再生が期待できず,何らかの方法により培養系で部分的にでも組織構造を再建し,これを移植する新技術に大きな期待が寄せられていた。

 Greenらの研究から,マウス胎児由来の線維芽細胞である3T3細胞に致死量のX線照射を行い,これをフィーダーレイヤーとして用いる共培養により,微量のヒト皮膚表皮細胞から移植に耐えうる重層扁平上皮組織を作製できることが明らかになり1),1980年頃より熱傷や巨大母斑の皮膚治療などで臨床応用が開始された2)。具体的には,微生物由来の蛋白質分解酵素であるディスパーゼ処理により上皮組織を真皮から脱着させ,得られた上皮組織をトリプシン処理によりばらばらにして培養皿に播種する。この方法で,切手大の皮膚片から約1か月でテニスコート大の培養表皮が作製可能である。Genzyme社のEpiCelなど,欧米では病院で患者自身から採取した皮膚小片から表皮細胞を単離し,これを培養して培養表皮とし病院に戻す培養代行サービスが商業化されている。同様の培養代行サービスは軟骨でも商業化されている。

生体吸収性縫合糸

著者: 富畑賢司 ,   鈴木昌和

ページ範囲:P.322 - P.327

はじめに

 縫合糸は現在使用されている医用材料のなかでも,極めて古くから使用されている生体内埋入型の医用材料である。古代エジプト時代には亜麻が縫合糸として使われ,その後は植物の繊維や皮紐,馬毛,木綿なども使われていた。現在も使われている縫合糸としては,腸線(カットグット)が紀元200年頃から使われ,絹糸は紀元1000年頃から使われている。縫合糸としては長い間この2つが主流であった。第二次大戦後の高分子化学の進歩に伴ってさまざまな合成繊維が開発され,医療用縫合糸としても使われてきた。

 縫合糸に求められる性質としては強力が高いこと,組織反応が少ないこと,組織損傷性が小さいことなどのほかにも,結び目や結節部が緩みにくいことなどが挙げられる。また,縫合糸は創傷部の組織が癒合するまでの間,縫合部を保持できる強力が必要であるが,治癒すれば必要でなくなりそのまま放置すれば生体にとって異物となってしまう。体表付近では抜糸することにより取り除くことが可能であるが,消化管の吻合など体内に使用された縫合糸は永久に異物として体内に残ることになる。異物を生体内に残すことは,異物反応や感染を起こす危険性があり好ましくない。このような理由から,最近では生体吸収性素材を用いた縫合糸(吸収性縫合糸)の使用が増加している。

 この30年あまりの間に吸収性縫合糸としていくつかの製品が発売されてきた。ここでは,筆者らが生体吸収性縫合糸を開発してきた経緯を紹介させていただくとともに,最近の生体吸収性縫合糸に関する状況について紹介する。

硝子体内充填物質

著者: 土井素明 ,   宇治幸隆

ページ範囲:P.328 - P.333

はじめに

 硝子体手術の進歩と,それに伴う手術適応の拡大には目をみはるものがあり,硝子体内充填物質の使用は多くの硝子体手術で欠かせないものとなっている。過去長い間,硝子体内充填物質としていろいろな物質が開発され,動物実験あるいはヒトに対する臨床使用を通して,各物質の利点とともに毒性や合併症の検討が行われてきた1~10)。現在,硝子体内充填物質には大きく分けて2通りの使用法がある。1つは,硝子体手術で硝子体を除去した後,網膜を復位させるためにタンポナーデ物質として硝子体腔内に充填される場合で,膨張性ガスやシリコーンオイルなどが用いられている1,2,4~6,10)。もう1つは,巨大裂孔網膜剝離や増殖性網膜症のときに網膜を復位させたり,硝子体腔内に落下した水晶体や人工レンズなどの異物を摘出するために術中のデバイスとして使用される場合で,液体パーフルオロカーボンなどが使用されている4~8)

 理想的な硝子体内充填物質の条件として,透明で眼底の観察が容易であり,眼内で安定し眼圧の上昇がなく,増殖性網膜症や炎症反応を起こしにくく,眼組織に対し毒性をもたず,無菌であり,物質を通してレーザー照射が可能であり,注入や抜去が容易であることなどが挙げられる1~10)が,これらのすべての条件を満たしたうえで,どの部位の網膜にもタンポナーデ効果があり,かつ術中のデバイスとしても使用できる万能の物質は開発されておらず,今後も開発される可能性は少ない。それはタンポナーデ物質として使用するのに適切な物質と,術中のデバイスとして使用されるのに適切な物質の物理化学的性状が異なるからである。そのため,現在は,硝子体術者が各物質の物理化学的性状やそれぞれの物質の長所と欠点を理解したうえで各症例にいちばん適すると考えられる物質を選択し使用している。

 ここでは,臨床の場で使用されている物質や,現在までに硝子体内充填物質として考えられてきた物質を,タンポナーデ物質と術中のデバイスに分け,各物質の物理化学的性状を検討し,それぞれ理想の物質はどういうものか考えてみたい。図1,表1に現在までに硝子体内充填物質として考えられてきた代表的な物質の構造と特性を示した。

V.医療支援技術

Nidek Vision Network(NVN)を用いた遠隔診断システム

著者: 古田実 ,   飯田知弘

ページ範囲:P.340 - P.343

はじめに

 遠隔医療とは,「医療情報(患者の状態・カルテ・病理標本・診療用画像など)を電子的に転送して,遠隔地から診断・指示などの医療行為及び医療に関連した行為を行うこと」(厚生省遠隔医療研究班「総括班最終報告書」1997年3月)である。従来から行われてきた電話や手紙など言葉や文書のみの医療相談は含まれない。遠隔医療の概念には,在宅医療支援・在宅介護なども対象となっており,医師以外に歯科医師や看護師,検査技師,薬剤師などもその範疇に加わることがありうる。遠隔医療の主な目的は,IT技術拡充を背景に,へき地医療の充実や専門医への紹介を効率的に行い,医療の地域格差を解消することである。法的にも徐々に整備されつつあり,遠隔医療のうちで遠隔画像診断および遠隔病理診断は,対面診療を規定する医師法20条に抵触しないことが厚生省通達で再確認された(健政発第1075号:1997年12月24日)。しかし診断できる施設は,臨床研修指定病院とへき地中核病院などに限定されている。

 本項では,遠隔医療のうち,眼科における遠隔診断について紹介するが,残念ながら現在のところ放射線画像診断と病理診断のみが保険点数の算定を,術中迅速病理診断が遠隔診断加算を許されているのみであり,眼科遠隔医療に関しては患者に接する眼科医が介在する必要がある。平成16年度に公的機関によって運営されている眼科遠隔医療プロジェクトは旭川医科大学の取組みを含めて10件(「平成15年度厚生労働省科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業 遠隔医療実施状況の実態調査に関する研究」2004年3月)になっており,法のさらなる整備と画像送信プロトコールが標準化されれば,今後の眼科診療の一部を形成する分野となる可能性が高い。遠隔医療の目的もさまざまであり,専門外医師への救急処置のアドバイス1),糖尿病網膜症のマス・スクリーニング2),患者紹介や診断補助3,4)などが報告されている。

 福島県立医科大学においては,へき地医療の充実は急務であり,今回ニデック社とともにNidek Vision Network(以下:NVN)を共同開発し,福島県内の6つの基幹病院に診断補助のために導入した。本項ではNVNの操作性について述べる。

総合病院での電子カルテ化と眼科部門システム

著者: 東範行

ページ範囲:P.345 - P.353

はじめに

 医療のIT化推進に伴い,電子カルテを導入する病院が増えつつある。ところが,電子カルテは眼科のみの単科病院ないしは診療所で使う分には,独自のデザインをすることができるので問題は少ないが,総合病院の全科共通電子カルテシステム(以下,共通電子カルテ)をそのまま使うことには多くの問題がある。これは,眼科は他科と異なって膨大な種類の自科検査があり,カルテ記載にはスケッチも多いのに対して,通常の共通電子カルテはこれにほとんど対応できないからである。過去に電子カルテを導入した総合病院の眼科では,その対応に非常に苦労しており,日本眼科学会でもIT委員会で電子カルテに対する提言を行っている。

 国立成育医療センターでは,設立にあたりペーパーレス共通電子カルテを導入したが,眼科ではこれでは診療に対応しきれないため,独自の部門システムを構築した。このシステムでほぼ紙カルテと同等の診療を行うことができ,診療データを一元管理できるという利点も生まれた。この方式は,その後電子カルテを導入した総合病院で広く採用されるようになっている。

大学病院での電子カルテを使った緑内障診療

著者: 川瀬和秀

ページ範囲:P.354 - P.359

はじめに

 岐阜大学医学部附属病院は2004年6月1日より旧病院から3km離れた場所に移転し,当初より“インテリジェントホスピタル構想”を実現するために全面的な情報システム化が計画された。そして,紙カルテや検査フィルムなどは一切廃止し,「完全ペーパーレス化に耐えうること」「病院電子カルテとの連携が行われること」そして「開院に絶対間に合うこと」が電子カルテを導入する最低条件として挙げられた。これらの条件を開院1年前に突きつけられたわれわれは,当時電子カルテ化された病院の苦労を聞き絶望状態であった。しかし,医療情報部と病院電子カルテのIBM社および部門システムのニデック社,視野解析ソフトのビーライン社の協力により,開院2週間前にやっと電子カルテのシステムが完成した。その後,紙カルテを参照しながら電子カルテの改良を行い,2005年より目標であった電子カルテのみの運用を行っている。

 一般的な眼科疾患においては,診察期間が短いため電子カルテ化されても病状の把握が比較的可能である。問題といわれていた眼底の図もペンタブレットの使用や紙に描いたものをスキャナーで読み込むことで対応が可能である。しかしながら,今回のテーマである緑内障は診断されると一生治療が必要となる超慢性疾患であり,1人の患者においても眼圧,視野,視神経の所見の経過と各種の点眼治療,レーザー治療,手術治療を組み合わせた複雑な治療の経過を把握する必要がある。この多くのデータをいくつもの次元で閲覧することは電子カルテの最も苦手とする部分である。

 実際に,「病院電子カルテ」においては,他科と共通の仕様となり,SOAPの方式で文章を入力していくため,眼圧の経過や視野の経過を把握することは不可能に近い。「眼科部門システム」においては,眼科専用のテンプレートが用意されるものの,必要な項目はそれぞれのフォルダに分けられて保存されているため,各種データを時系列で一度に閲覧することは不可能である。

 そこで今回は,電子カルテによる診察,NAVIS(Nidek Advanced Vision Information System)による緑内障の診療の実際と当院で導入されたビーライン社の“視野解析ソフト”,さらにNAVISにオプションで追加可能である「緑内障経過観察ソフト」について紹介したい。

眼科向け電子カルテシステム

著者: 小林正彦

ページ範囲:P.360 - P.364

はじめに

 眼科診療では診療フローが他科と異なる,自科検査が多く科内の各所でデータ入力が必要である,高度なスケッチによって所見を記録する必要がある,さらに多種類の画像データを扱うなどの点で,他科にない特殊性を有している。このような診療科固有の事情による要因のため,すでにさまざまな場で議論や検討が行われているとおり,全科向けに開発された電子カルテや診療支援システムがそのまま眼科の診療現場で使っていける状況にはない。

 眼科用電子カルテシステムについての検討や議論の前提として,何のための電子カルテ化なのか,まずはその目標とする課題を踏まえることが必要であろう。そしてその検討のうえで眼科の特質を組み込んでいく必要があると考える。本項ではこの流れに沿い,前半で他科を含めた総合的な電子カルテ化の課題について触れ,後半で眼科固有の課題について考える。

眼科医療支援システム

著者: 林則昌

ページ範囲:P.366 - P.375

診療支援システムの登場

 眼科診療では眼底画像やスリット画像など大量の画像データが発生し,それらを管理するために画像ファイリングシステムが発達してきた。パソコンが一般に広く普及しメモリ搭載量やハードディスク容量といったハードウェア資源が飛躍的に増えたことにより,近年では眼底画像やスリット画像といった特定の画像データだけでなく,視力値などあらゆるデータを管理するシステムとなった。

 一方,カルテなどの電子保存通知1)やグランドデザイン2)の策定を受けて電子カルテ導入が大規模病院を中心に始まったが,それらは全診療科共通のカルテシステムだった。こうしたカルテシステムには利用者が入力項目をある程度自由に作成できるテンプレートが搭載されていたが,入力項目を多量に配置すると起動時間がかかったり異常終了を頻発するなどの問題があり,多種多様な眼科検査の対応は不十分だった。このため画像ファイリングシステムにシェーマ作成,テンプレート,レポートおよび電子カルテ連携といった機能を搭載し,診療支援システム(眼科部門システム)として発展を遂げた(図1)。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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