文献詳細
特集 眼科における最新医工学
III.治療への応用
眼科ドラッグデリバリー研究における薬物動態シミュレータの利用
著者: 東條角治1
所属機関: 1九州工業大学大学院情報工学専攻生命情報工学部門
ページ範囲:P.238 - P.245
文献概要
はじめに
点眼直後の薬物は涙液に分配し,結膜,角膜,強膜などの前眼部組織へ急速に分布した後,角膜を透過して房水へ移行する。この際,厚み0.6mmの角膜を透過して房水に達する薬物量は角膜表面に点眼された薬物の1/20程度であり,点眼液のバイオアベイラビリティ(BA)は驚くほど低い1)。水晶体や網膜,硝子体など眼深部組織に薬効成分を送達することはさらに困難である。通常の点眼液で,薬物濃度は点眼液,涙液,角膜,前房水,水晶体と変化するにつれ,おおよそ1/10ずつ低下する(10分の1則)2)。基礎実験で有望な治療薬と期待されながらなかなか実用化されないのは,眼深部標的組織へ薬効成分を効果的に送達できるデリバリーシステムがないからである。例えば,いくつかの薬物について,点眼後の水晶体濃度が点眼液濃度の0.1%程度にしか達しないことが動物実験から明らかにされている2)。
さらに眼内は,房水や硝子体など薬効成分が比較的拡散しやすい部位と,角膜,水晶体,網膜,ブドウ膜など拡散抵抗の大きな組織が混在している異質構造である。薬効成分はこれらの異質な組織を拡散するため,同一組織内ばかりでなく組織間の境界で大きく濃度変化することが予想される。薬効や副作用は標的組織である局所濃度に依存するため,実験的に測定される房水,硝子体や水晶体など組織全体としての平均濃度では,薬物濃度と薬効や副作用との関係(薬動力学/薬力学相関 pharmacokinetics/pharmacodynamics 相関:pK/pD相関)を誤解してしまうことも指摘されている1)。
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