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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科62巻11号

2008年10月発行

雑誌目次

特集 網膜硝子体診療update

序文

著者: 寺崎浩子

ページ範囲:P.9 - P.10

 今回,増刊号を編集するにあたって,最近の網膜硝子体疾患の診断・治療のめざましい進歩に焦点を当てた。その1つは先進的な科学技術の恩恵によるところが大きい眼科検査法の進歩である。特に,画像診断においては,諸先生のご努力により眼底三次元検査法が思いのほか早く保険収載され(といっても,例えば光干渉断層計の場合,わが国に導入後10年という年月が経過している),さらに一般への普及が見込まれている。一方で,眼底画像検査の精度はさらに向上し,とどまるところをしらない。これにより,網膜硝子体疾患の病態解析の一手法として,層別解析から各細胞レベルの描画へというのも将来の夢ではないところまできている。

 第2には,何といっても最近の抗血管新生薬をはじめとした薬物療法への期待である。これには,失明原因の変貌が背景にあり,進歩する手術療法のなか,surgicalでは及ばない部分に発展をしてきた。近年増加している加齢黄斑変性の治療として2004年にわが国で認可された光線力学療法は本疾患の治療に光明をもたらしたが,その欠点を補うべく適応外投与ながらベバシズマブが多数例で使用され,抗血管新生治療の有効性をわれわれは実感した。今秋,わが国で初めての抗血管新生承認薬ペガプタニブが発売され,今後も近々,新しい抗血管新生薬が世に出ることが期待される。40年も前に抗血管新生というアイデアを腫瘍の治療として初めて提唱し,治療として実現に至らせた Judah Folkmanが,昨年秋のAmerican Academy of Ophthalmologyのkeynote speakerとして“Antiangiogenic ocular therapy”と題して講演され,それから間もない本年1月に逝去された。いかに,新しい治療が現実に至るまでに年月がかかるかを示しているが,われわれはいま,これらの恩恵をいかに臨床に生かしていくかを考える時である。本増刊号では加齢黄斑変性や脈絡膜新生血管について,特に別項目で詳述される。

Ⅰ.検査法update

スペクトラルドメインOCT

著者: 板谷正紀

ページ範囲:P.13 - P.20

はじめに

 眼底用スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domain optical coherence tomograph:SD-OCT)の製品が7社から発売された(国内認可5社)。スペクトラルドメインOCTのパフォーマンスは高く,網膜硝子体疾患の診断および治療に新しく有用な情報をもたらし,網膜硝子体診療がレベルアップすることが期待できる。本項では,OCTの進化という観点で基本事項を説明しスペクトラルドメインOCTの理解を深めながら,将来の展望を考察する。

高侵達光干渉断層計

著者: 安野嘉晃

ページ範囲:P.22 - P.30

はじめに

 1991年の最初のデモンストレーション以来,光干渉断層計(optical coherence tomograph:OCT)は高速化・高感度化への道をたどってきた。この流れのなかで1990年代半ばにフーリエドメインOCT(FD-OCT)が発表され1,2),高感度,三次元でのin vivo眼底トモグラフィ撮影が可能となった。現在では商用の眼底FD-OCT装置が7社から発売されており,実際の臨床現場においても2~3秒という短時間で三次元の眼底断層像の撮影が可能となっている。さらには,現行の商用FD-OCTの10倍以上の速度をもつ超高速FD-OCTデモンストレーションも始まっている3)

 現状,ほぼ同じ方式,性能のOCTが7社から供給されていることからもわかるように,高速・三次元のOCTに対する要求・市場はすでに飽和しつつある。それでは,今後のOCT開発が進む先はどこにあるのだろうか。本項では,従来の速度・感度よりも定量化の難しいもう1つの特性である「OCTの画像侵達」について議論を行いたい。

機能的OCTは可能か

著者: 角田和繁

ページ範囲:P.32 - P.37

機能的イメージングとは

 今日の眼科臨床において,視機能の評価は視力,視野,色覚,中心フリッカ値など主に患者の自覚的検査によってなされている。これらによって示される結果は眼球から大脳視覚中枢までの機能を統合した視機能であり,実際の診断のためには網膜,視神経,大脳皮質など,さらに個々の器官の機能を評価していく必要がある。その評価のために重要なのは,患者の応答によらない他覚的(客観的)な検査法であり,網膜では網膜電図(ERG)がこれに相当する。

 一方,眼科における画像診断技術(イメージング)は近年めざましい進歩をとげてきた。例えば光干渉断層計(optical coherence tomograph:OCT)は,検眼鏡によって捉えることのできない網膜微細構造の観察を可能にするものであり,特に現在主流となりつつあるフーリエドメインOCTを用いると網膜各層を短時間かつ高解像度で評価できる。しかし,OCTによって計測されるのはあくまでも解剖学的構造であり,これによって視細胞をはじめとする網膜の神経活動を捉えることはできない。

Heidelberg Retina Angiographの進歩

著者: 白神千恵子

ページ範囲:P.39 - P.47

はじめに

 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)をはじめとする黄斑疾患や,ぶどう膜炎などの診断において,インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)や,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)検査は欠かせないものである1,2)。特に,AMDは狭義のAMD,ポリープ状脈絡膜血管症や,網膜血管腫状増殖に細分化され,それぞれ治療法や予後が若干異なってくるために,その鑑別に必要な造影検査はさらに詳細な所見を知るための高解像度の画像,細かい動きを捉えることのできる動画,FA,IA同時撮影など,高度な機能が要求される。しかし,眼底撮影装置に求められるのは性能だけでなく,誰にでも撮影技術を習得しやすくきれいな写真を撮ることができるための優れた操作性,場所をとらないコンパクトな設計などである。これらのすべてをほぼ満たしているのがHeidelberg社製の共焦点走査型レーザー検眼鏡(scanning laser ophthalmoscope:SLO)Heidelberg Retina Angiograph(以下,HRA)である。

 初代HRAは1997年に国内の販売が開始され,2005年には改良型のHRA2,2008年にはスペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)と造影検査を同時にできるハイデルベルグスペクトラリス(Spectralis)が発売された。本項では,HRAがどのように改良され,新機能はどのようなものかについて述べる。

自発蛍光で見えるもの

著者: 石龍鉄樹

ページ範囲:P.48 - P.55

はじめに

 生体内には,ビタミンやコラーゲンをはじめとして多くの自発蛍光物質がある。これらは,組織固有の構成要素から出ていることが多く,機能測定や診断の目的で応用が進められている。眼球では,角膜,水晶体,網膜などで自発蛍光がみられることが知られている。

 眼科領域ではフルオレセイン蛍光眼底造影の際に,視神経乳頭ドルーゼンでは色素注入前から蛍光を示すので,眼底に自発蛍光物質が存在することが知られていた1)。またフルオレセイン色素の硝子体腔内への拡散をみる蛍光測定(fluorophotometry)の際には,眼底からの自発蛍光が計測されることがわかっていたが,眼底自発蛍光は微弱であるため臨床応用はされなかった。1990年代に入り高感度,高コントラストの走査レーザー検眼鏡が開発され,臨床でも自発蛍光の観察が可能になった2,3)。最近では,加算平均などの画像処理技術も加わり,より高画質の自発蛍光画像が得られるようになった。臨床症例における眼底自発蛍光の知見も次第に整理されつつあるが,まだ不明な点も残されている。

 本項では,これまでに明らかとなってきた眼底自発蛍光の知見を整理し,解説した。今後の診療に役立てていただきたい。

補償光学

著者: 北口善之 ,   不二門尚

ページ範囲:P.56 - P.62

はじめに

 補償光学(adaptive optics)とは,光線の歪みを計測しながら同時に補正する技術である。

 補償光学は,もともとは天文学分野への応用を目ざして1950年代に提案された概念である。一般的に天体望遠鏡では開口(結像レンズ)が大きいほど鮮明な像が得られる。しかし,実際は大気のゆらぎのため,数メートルの大型鏡を設置しても,10cm程度の小型望遠鏡程度の分解能しか得られない。補償光学技術を用いて大気のゆらぎを補正することで詳細な星の観察が可能になる。

 光の経路における乱れが観察の障害になるという点では眼も同様である。外界から入ってきた光は網膜に到達するまでに,角膜,前房,水晶体,硝子体を通過するが,なかでも角膜や水晶体により大きく屈折する。低次の収差であればレンズを用いて網膜上に像を結ばせることができるのであるが,高次の収差はレンズでは矯正しきれないのでどうしても網膜像がぼけてしまい,網膜の詳細な観察の障害となっていた。

 補償光学眼底カメラ(以下,AOカメラ)では,補償光学の導入により高次収差まで補正が可能であり,水平面で約2μmの水平解像度が実現した。この解像度により,いままで見ることができなかった錐体のモザイク構造が観察可能になる。いままで見えていなかったものが見えるようになることで,網膜の病変について新たな知見が得られる可能性がある。本項では,AOカメラの理論と眼底疾患への応用を述べる。

網膜内因性信号計測装置

著者: 花園元

ページ範囲:P.63 - P.67

はじめに

 眼科における画像診断技術は,近年めざましい進歩を遂げてきた。例えば光干渉断層計(optical coherence tomograph:OCT)は,検眼鏡によって捉えることのできない網膜微細構造の観察を可能にするものであり,網膜疾患の診断,治療に関する従来の常識を一変させるほど臨床応用価値の高いものである。しかし,OCTや走査型レーザー検眼鏡(scanning laser ophthalmoscope:SLO)などの画像診断法は解剖学的構造の把握を目的としており,これによって視細胞をはじめとする網膜の神経活動を捉えることはできない。したがって,網膜機能(神経活動)の他覚的評価のためには,電気生理学的検査である網膜電図(electroretinogram:ERG)がいまでも主要な役割を果たしている。

 筆者らのグループでは,神経活動に伴って組織の光反射率が変化する現象を利用した検査法(内因性信号計測法)1~4)を眼底に応用し,網膜神経活動の非侵襲的イメージングを実験動物において成功させている(網膜内因性信号計測装置functional retinography:FRG)5)

 本項では,網膜内因性信号計測法の測定原理,典型的な測定例と眼底の各部位における信号の違い,およびその信号起源について解説する。

MP-1の有用性

著者: 菅原岳史 ,   中村洋介

ページ範囲:P.69 - P.73

どんな検査か

 MP-1(ニデック社)は眼底直視下の微小視野計(microperimetry)である。網膜感度の検査法の1つであり,黄斑機能を捉える一種の中心視野の感度検査である。加齢黄斑変性に対する光線力学療法(PDT)や薬物療法の飛躍,各種の黄斑疾患への網膜硝子体手術件数の増加,さらには進化し続ける光干渉断層計(optical coherence tomograph:OCT)との併用で,経過観察や治療効果判定にMP-1が使用される場面が急増している。本項では,従来の解説書と趣向を変え,視野としての位置づけを示す。

 図1にMP-1の検査風景を,図2にMP-1の検査結果の部分拡大例を示した。

眼循環検査

著者: 長岡泰司

ページ範囲:P.74 - P.78

はじめに

 糖尿病網膜症や網膜血管閉塞疾患など,眼循環の異常を疑う患者が受診した場合,最初に考える検査は,眼循環の評価法として最も汎用されている蛍光眼底造影であろう。この検査法を用いて,循環時間の遅延,無灌流領域の検出,新生血管の有無など,治療方針を決定するうえで大変有益な情報を得ることができる。この検査法は開発されて半世紀近くになるが,いまでも日常臨床で広く用いられている。

 しかしながら,この蛍光眼底造影にも改善されるべき問題点が存在する。特に,稀ではあるがある一定の確率で引き起こされるショックは時に死亡に至る重篤な副作用であり,アレルギー反応陽性の症例に対しては使えない。また,造影検査である以上侵襲的検査であり,肝障害,腎機能低下など全身状態の悪い症例に対しても施行できない場合がある。

 もう1つの理由としては,蛍光眼底造影検査は「定性的」検査であることが挙げられる。例えば血流の程度を評価する際には,無灌流領域の検出など,蛍光眼底では血流の途絶の有無という大まかな捉え方しかできない。これでは病理学的変化の起こる前の段階で早期に異常を検出できない。例えば糖尿病網膜症を例にとっても,動物実験の結果から網膜症という病理変化が引き起こされる前から網膜血流量が低下(途絶ではない)し,これが網膜虚血,組織低酸素などを介して病態の進展に深く関与していることが明らかとなっている。病理学的変化の起こる前の段階に異常を検出し,適切な介入を行うことで血流低下を是正することができれば,網膜症の発症を未然に防ぐことができるかもしれない。

 糖尿病や動脈硬化は網膜硝子体疾患に深く関与していることは明らかであるが,これらはいわゆる生活習慣病である。病変を早期に検出できれば,生活習慣を変えることでその後の進展を予防できる可能性がある。生活習慣を変えるうえで,血圧や血糖値のように,目安となる数値が眼循環の程度を把握するうえで必要である。21世紀は予防医学の時代といわれて久しいが,医療費抑制の観点からも,予防医学の充実が期待されている。このため,非侵襲的に,かつ「定量的に」,眼循環を評価する方法の確立が期待されている。

多局所網膜電図

著者: 島田佳明

ページ範囲:P.79 - P.85

はじめに

 多局所網膜電図(multifocal electroretiongram,mfERG:以下,多局所ERG)は,理論物理学者Sutter1)が1989年に発明した網膜部位反応マップ(retinal area response mapping)を,網膜電図(electroretinogram:ERG)の一種と見なして用いられるようになった名称である。数百個の網膜の局所領域のERG(局所ERG)が得られ,波形一覧,グループ波形,3Dプロット(図1)が実現した。また記録時間が数分間と短く,臨床検査としての実用性を備え,世界的に流行した。

 多局所ERGの記録,分析機材として,Sutter自身がVERISTM(ベリス:メイヨー(有),愛知)を発売し,最初の製品となった。 VERISTMの定義は“visual evoked response imaging system”とされているが,これが正式名というわけではない。VERISTM自体が商品名である。しかし,VERISTMシステムという呼び方は重複と考えられ,使わない。またベリスを多局所ERGの意味で使うのは現状に合わない。多局所ERGを記録できる後発品が複数販売され,VERISTMよりも普及している国や地域もある。またVERISTMも多局所ERG専用でなく,視覚電気生理検査を総合的に扱う機材に多機能化している(図1はVERISTMの2006年モデル)。「VERISTMによる多局所ERG」のように呼称するのが適切である。

Ⅱ.非観血的治療update

ステロイド剤の作用機序と適応

著者: 園田祥三 ,   坂本泰二

ページ範囲:P.89 - P.95

はじめに

 現在,加齢黄斑変性などの網膜硝子体疾患に対する薬物治療が世界中に広がっているが,その端緒となったのは,ステロイド剤の眼内投与である。それまで,加齢黄斑変性の治療は,網膜レーザー凝固などの限られた方法しかなかったが,薬物投与で一定の治療効果があることがわかり,この治療法は大きく脚光を浴びた。ステロイドに限れば,治療効果が一過性であることや,副作用が避けられないことから,初期ほど広くは用いられていないが1),光線力学療法や網膜光凝固術の補助療法としての新たな可能性も広がっている。ステロイド剤自体が古くから汎用され続けているもので,ある程度の作用機序や副作用がわかっており,今後も使用され続けると思われる。

眼内tPA注入

著者: 上田朋子 ,   瓶井資弘

ページ範囲:P.96 - P.100

はじめに

 組織プラスミノゲン活性化因子(tissue plasminogen activator:tPA)は,血漿蛋白質の一種であるプラスミノゲンを活性化する酵素で,活性化により生じるプラスミンはフィブリンを分解するため,血栓溶解薬として適応が取れている。現在,tPAのフィブリン溶解作用を期待して術後フィブリン析出や黄斑下出血に,血栓溶解による循環動態改善効果を期待して網膜静脈閉塞症などに対し,tPAの硝子体内投与が治療方法の1つとして選択されている。

 以下,各疾患に対するtPAの適応,治療の実際,予後について概説する。

網膜静脈閉塞症に対する内服・点滴療法

著者: 張野正誉

ページ範囲:P.101 - P.107

はじめに

 網膜静脈閉塞症は,日常診療でしばしばみられる眼底出血の代表疾患である。網膜静脈が障害されると,血液が灌流できなくなるために,網膜内に大小さまざまな程度の出血が生じる。視神経内で閉塞すると網膜中心静脈閉塞症(central retinal vein occlusion:CRVO)となり眼底全体に出血が生じる。また動脈静脈交差部で静脈が狭窄もしくは閉塞すると,網膜静脈分枝閉塞症(branch retinal vein occlusion:BRVO)となり,扇形の出血がみられる。

 CRVOは非虚血型と虚血型に大きく分類1)され,前者は網膜内循環に自然回復の可能性を残している状態であるが,回復しても黄斑浮腫による視力低下が問題となる。後者は無灌流領域が10乳頭径大より大きく,レーザー光凝固治療の有効性が唯一のエビデンスとして証明されているが,最終視力は多くの場合不良である2)。BRVOはCRVOに比べて自然回復傾向が強いが,黄斑浮腫が遷延すると視力障害を残す。

 本項では,CRVOの非虚血型に対する内服と点滴治療について述べる。

網膜静脈閉塞に対する抗VEGF療法

著者: 近藤峰生

ページ範囲:P.108 - P.112

はじめに

 網膜静脈閉塞に伴う黄斑浮腫にはさまざまな治療法が提案されており,現時点で決定的といえるものはない1~3)。格子状レーザー光凝固4),ステロイド剤の眼内5)およびテノン囊内注射,硝子体手術,眼内tPA(tissue plasminogen activator)注入,内服療法とさまざまである。最近,これに抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)抗体の眼内注入療法6~8)が加わり,短期的効果に優れていることから,適応外投与でありながらわが国でも広く使用されている。

 本項では網膜静脈閉塞,特に網膜中心静脈分枝閉塞(branch retinal vein occlusion:BRVO)に伴う黄斑浮腫に対するベバシズマブ(アバスチン®)注入療法について,その成績と問題点について述べたい。

糖尿病網膜症とサイトカイン

著者: 船津英陽

ページ範囲:P.113 - P.117

はじめに

 1980年代に発見され,1994年にサイトカインの1つである血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:以下,VEGF)が,糖尿病網膜症(以下,網膜症)の重症度や活動性と密接に関連していることが報告されて以来1),VEGFに関する多数の細胞生物学的および臨床的研究がなされてきた2,3)。その結果,VEGFは網膜症における血管新生および血管透過性亢進を制御する分子カスケードにおいて,最も重要な役割を担うサイトカインの1つであることが明らかになった。

 サイトカイン(cytokine)とは細胞という意味の「サイト」と,作動因子という意味の「カイン」の造語である。細胞が産生する可溶性蛋白で,標的細胞表面の特異的受容体を介して,極微量(10-10~10-12M)で細胞の増殖,分化,機能発現などの生理活性を発揮する。受容体の発現が細胞や組織特異的であることが多いため,標的細胞は限定される。

 サイトカインの産生は多くの場合,厳密な遺伝子発現調節または分泌調節下にコントロールされている。また,サイトカインは産生局所で機能する場合が多く,近傍の細胞に作用するパラクリン,自らの細胞に作用するオートクリンがある。サイトカイン産生細胞,受容体細胞,その結合およびシグナル伝達による機能発現には複雑なネットワークが存在し,互いに機能を相補し,制御することによって生体の恒常性を維持している。すなわち,サイトカインは生理的状態においては生体の恒常性維持のために重要な役割を担っている反面,発現異常などによって病的状態,すなわち網膜症の発症や進展に大きく関与していると考えられる。現在,網膜症の病態に関与するサイトカインとしては,表1のように実に多数のものが報告されており,網膜症に関するサイトカインの役割,意義や位置づけは解明途中にあるといっても過言ではない4)

 近年,増殖網膜症や黄斑浮腫に対する抗VEGF抗体による治療が臨床応用されるようになり,網膜症の病態におけるVEGFの位置づけがだんだんと明らかになってきた。本項においては,多数のサイトカインのなかからVEGFを中心に取り上げ,その特徴と非観血的治療の可能性の観点から論じることとする。

糖尿病黄斑浮腫に対する薬物療法

著者: 澤田浩作

ページ範囲:P.118 - P.123

はじめに

 糖尿病黄斑浮腫(diabetic macular edema:DME)は,糖尿病網膜症の視力にかかわる重要な合併症の1つであり,治療の際にその対応に苦慮することが多い。

 糖尿病黄斑浮腫に対する薬物治療の歴史としては,1980年代から抗血小板療法としてアスピリンなどの抗血小板薬の内服が行われていた。しかし,少なくとも抗血小板療法は糖尿病黄斑浮腫を速やかに抑制する効果はなく,90年代初頭のEarly Treatment Diabetic Retinopathy Study Research Group(ETDRS)の報告では,アスピリンの網膜症進行抑制効果は否定的なものと結論づけられている1)

 その後2000年代初頭には,ステロイド薬であるトリアムシノロンアセトニド(triamcinolone acetonid:以下,トリアムシノロン)の眼局所投与2)が登場した。これは,局所投与という簡便性から広く行われ,一定の効果が得られることがわかってきている。

 また,ごく最近では糖尿病網膜症に深く関与しているとされる血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:以下,VEGF)をターゲットとした,抗VEGF抗体(ベバシズマブ:アバスチン®)の硝子体内投与の有効性が報告され,注目を集めている3)

 本項では,現在まで多数の施設で行ってきたトリアムシノロンの効果をまとめるとともに,トピックスとしてベバシズマブを用いた糖尿病黄斑浮腫の薬物治療に関しても,現在まで明らかになっている知見を述べていく。

レーザー光凝固のトピックス

著者: 志村雅彦

ページ範囲:P.124 - P.131

光凝固は組織破壊である

 網膜はMüller細胞や星状細胞といったグリア細胞が構造骨格を形成し,光受容体,双極細胞,神経節細胞などの神経細胞が極性をもって規則正しく配列することで,体外情報の80%を占めるといわれる知覚の入り口となっている。1億を超える細胞が直径24mmほどの眼球の内面を覆う厚さ300μmくらいの網膜に密集しており,そこでは多くの酸素需要がある。それゆえ網膜には網膜血管と脈絡膜という2つの循環系が存在している。したがって,ひとたび網膜が循環障害を起こした場合は,網膜での血管を新生させて酸素供給を上げるか,組織を選択的に破壊して酸素需要を下げるしかない。いうまでもなく後者こそが網膜光凝固である。

 網膜光凝固は可視光あるいは長波長レーザーの照射によって網膜色素上皮細胞に熱吸収させ,網膜色素上皮,および隣接する光受容体の選択的破壊を目的に施行される。ここで大事なことは「網膜光凝固は組織破壊である」ということだ。

Ⅲ.手術治療update

小切開手術(23ゲージ)

著者: 篠田啓

ページ範囲:P.135 - P.141

はじめに

 1971年にMachemerら1)によって開発された経毛様体扁平部硝子体手術は,長きにわたり3ポートの19~20ゲージ(以下,G)システムにより行われてきた。顕微鏡,周辺機器などの技術開発や病態理解のめざましい発達により,難治性疾患や黄斑疾患などへと適応は広がり,裂孔原性網膜剝離のスタンダード手術の1つとしても用いられるようになった。

 しかし硝子体術者は満足せず,より小さい創で低侵襲の手術という理想を追求し続けた。その結果,白内障手術が切開創の大きな計画的水晶体囊外摘出術(ECCE)から小切開自己閉鎖創による超音波白内障手術(PEA)に移行したように,硝子体手術においてもsmall gauge surgeryが広く行われるようになった。de Juanらは1990年に25ゲージ硝子体手術器具のプロトタイプを作製し2),さらに2002年に経結膜的強膜創にカニューラを設置する25G硝子体手術システムを開発した3,4)

 ゲージが小さければ小さいだけ局所での侵襲は小さくなるが,効率は低下する。例えばカッターの外径が20Gの0.9mmから25Gの0.5mmになったことで,管壁の剛性を保つため内径はより小さくなる。流体の抵抗は内半径の4乗に反比例するため切除効率は悪く手術時間は長くなり,従来のハロゲン光源では十分な照度を得られなくなった。また,眼内器具の先端の剛性低下のため「しなり」が強く操作性が悪い,先端の曲がった器具が使用できないなど,20Gシステムと比較した場合,使用できる眼内器具が制限された。

 この欠点を補い,かつ経結膜無縫合手術を可能とした23Gシステムが2005年にEckardt5)により開発された。23Gシステムはシャフトの剛性が高く(図1,2)6),吸引力も20Gカッターとほぼ同等であるというデータ6)もあり,20Gに近い感覚で手術を行うことができる。以前より硝子体生検や気体網膜復位(pneumatic retinopexy)を外来手術で行う1ポートから2ポートでの経結膜無縫合硝子体手術システム(office-based vitrectomy:OVIT)として,23Gのポータブルカッターを用いた方法7)も報告されており,これを機に近年小切開硝子体手術を行う術者が急速に増えている8~12)

 ここでは,23G硝子体手術の特性およびその長所,短所を確認し,実際の手術手技を解説する。

小切開手術(25ゲージ)

著者: 井上真

ページ範囲:P.143 - P.149

はじめに

 白内障手術で極小切開白内障手術(micro incision cataract surgery:MICS)が広がったように,硝子体手術にも小切開硝子体手術(micro incision vitrectomy surgery:MIVS)がますます広がっている。小切開硝子体手術は1990年にde JuanとHickingbotham1)が25ゲージ(以下,G)硝子体手術器具のプロトタイプを作製し,さらにFujiiとde Juanら2,3)が経結膜的強膜創に設置するカニューラと電動硝子体カッターを用いる25G硝子体手術システム(Millennium TSV25TM)を開発したことで始まった。その後DORC社,アルコン社,NIDEK社などからも25G硝子体手術システムが発売され,さらに2,500 cpm(cut per minute)が可能なMidlab社の硝子体カッターまで発売されており,同社の硝子体カッターは開口部を大きくしただけでなくデューティサイクル(duty cycle)を大幅に改善したため,効率よい硝子体切除が可能となっている(図1)。

 当初は器具の小口径による眼内照明の照度不足が指摘されていたが,キセノン照明器具やシャンデリア照明の普及により20G手術と遜色ない眼内観察が可能になった。25Gの硝子体手術器具は小さい口径であるがゆえ,細部にわたった手術がしやすい。一方で剛性が低いためしなりやすく,厚い増殖組織には対処できない欠点もあった。器具の剛性に関しては徐々に改善され,続いてEckardt4)によって開発された23G硝子体手術とともに硝子体手術の新しい選択肢となっている。23G手術は20G手術の延長であるのに対して25G手術は20G手術とは異なった術式であると認識したほうがよく,本項では25G手術の利点と問題点につき述べる。

小切開時代の20ゲージ手術

著者: 池田恒彦

ページ範囲:P.150 - P.154

はじめに

 2002年にFujiiとde Juanら1,2)によって報告された25ゲージ(以下,G)硝子体手術システム,2005年にEckardt3)によって報告された23G硝子体手術システムは,近年わが国でも急速に普及してきている4,5)。これらの小切開硝子体手術は経結膜的に無縫合で手術が施行でき,手術時間の短縮,術後炎症の軽減など利点がある一方で,眼内増殖性病変を有する重症増殖糖尿病網膜症などでは手術操作に限界があることや,術後眼内炎の頻度が高くなるなどの欠点も指摘されている。長年20Gに慣れてきた筆者は,いまでもなかなか20G手術から脱却できないでいるが,現時点での20G硝子体手術と小切開硝子体手術における各々の利点,欠点を考えてみたい。

非接触式眼内観察法

著者: 木村英也

ページ範囲:P.155 - P.159

広角観察システム

 欧米ではほとんどの術者が,硝子体手術で広角観察システム(wide angle viewing system)を使用している。このシステムは細隙灯顕微鏡で使用する広角観察用のコンタクトレンズを手術に応用したのがきっかけであったが,当時は観察する眼底が倒像であったため,そのままの状態では手術操作は非常に困難であった。1987年にSpitznasら1,2)が手術用顕微鏡に倒像を正立像に変換するSDI(stereoscopic diagonal inverter)と非接触型のBIOM(biocular indirect ophthalmomicroscope)を開発してから広角観察システムが盛んに使用されるようになった。

 広角観察システムには,コンタクトレンズを使用する接触式と,BIOMに代表される前置レンズを使用する非接触式のものがある。観察視野はほぼ同じである。しかし,非接触式は顕微鏡の動きと連動しているが,接触式では顕微鏡のXYが逆で,それにはかなりの慣れが必要である。非接触式であるBIOM/SDIは各社の顕微鏡に設置可能で,世界的に最も使用されているシステムである(図1)。日本でもHoriguchiら3)が眼内照明を使用しない非接触型広角観察システムであるOFFISS(optical fiber-free intravitreal surgery system,TOPCON社)を開発した(図2)。このシステムが現時点で最も広角に眼底を観察できるシステムと考えられ,症例によっては鋸状縁まで観察することができる。ライトファイバーを用いなくても眼底が観察できるので,そのままで双手法の操作が可能である(図3)。残念ながら現時点ではTOPCON社の手術用顕微鏡にしか取り付けられない。Ocular社のOcular Landers Wide Angle Surgical Viewing Systemは,レンズを顕微鏡ではなくベッドの頭部のアームに固定するタイプである(図4)。インバーターの必要がないリインバーティングタイプであるPeyman Wessels Landers広角レンズ(図5)を使用すれば100°の視野が得られる4)

接触型コンタクトレンズを用いた眼内観察

著者: 松代明子 ,   大島佑介

ページ範囲:P.160 - P.164

はじめに

 広角観察システム(wide-angle viewing systemもしくはpanoramic viewing system)は,1990年代に開発されたものであるが1,2),最近の眼内照明系の進歩によって,その有用性が見直されてきている。従来の硝子体手術では,後極部用レンズあるいは周辺部用レンズを操作する部位によって使い分けることが一般的である。つまり,術中は可視範囲以外に,常に見えていない部分が存在している状態であり,術者は可視範囲以外の眼内の状態を推測しながら手術操作を行う必要があった。これに対して,広角観察システムはその名のとおり,眼内の広い範囲を一度に観察することができるため,可視範囲が飛躍的に増大したことで,より安全で快適な手術が可能となった。

 広角観察システムを用いての硝子体手術は,観察部位よってコンタクトレンズを使い分けていた従来の硝子体手術と比較して,手術時間の短縮と手術操作の単純化や安全性の向上がもたらされ,より進化した手術スタイルであるといえる。また,広角観察システムは瞳孔中央部付近で集光する倒像レンズの光学的特性を利用しているため,瞳孔径が多少小さくても比較的に広い眼底観察野を得ることができ,糖尿病患者などの散瞳不良な症例の硝子体手術にはこの広角観察システムが大きな威力を発揮するものである。

眼内照明の進歩

著者: 門之園一明

ページ範囲:P.166 - P.169

はじめに

 近年の硝子体手術の進歩は目覚しい。その進歩の基礎となっているのは,術中の良好な視認性の獲得である。眼内照明の進歩は「よく見える」ことに大きく貢献している。ここでは,眼内照明の進歩ついて,特にその光源と器具の進歩について解説をしてみたい。

内視鏡の進歩

著者: 喜多美穂里

ページ範囲:P.171 - P.175

はじめに

 近年,消化器外科,泌尿器科などの分野では内視鏡手術の普及により,術後の回復・社会復帰が早くなっていることがよく知られている。眼科においても,従来の20G(ゲージ)硝子体手術に加えて,23G,25Gといった経結膜小切開硝子体手術が急速に発展しつつある。単に治すことから,いかに侵襲少なく治すかの時代に移行しているいま,眼内内視鏡が再び注目されている。

 ここでは,眼内内視鏡使用の利点と,その使用の基本手技を中心に解説し,最後に,経結膜小切開硝子体手術でのその有用性について検討する。

新しい眼内組織染色法

著者: 江内田寛

ページ範囲:P.176 - P.181

はじめに

 硝子体手術における近年のエポックの1つに,2000年にKadonosonoら1)やBurkら2)により相次いで報告されたインドシアニングリーン(ICG)による網膜内境界膜(ILM)の術中染色がある。これら各種染色剤を手術補助剤(アジュバント)として用いた術中染色は,元来手術中に見えなかった組織を可視化することで,より確実かつ安全な手術の実施が可能になり,手術成績の向上にも寄与している。近年海外ではこれら術中染色を併用した硝子体手術を総称し“chromovitrectomy”と呼んでいる3)

 本法は有用である反面,いくつかの問題点も存在している。従来より,網膜内境界膜における術中染色には主にインドシアニングリーンとトリパンブルー(TB)4,5)が用いられてきた。しかしながらその後,それらの網膜に対する組織障害や6~8),臨床研究においてもその組織毒性に起因すると考えられる合併症などが相次いで報告された9~11)。したがって,内境界膜,黄斑上膜や硝子体などの十分な染色性を有する安全性の高いアジュバントの開発と臨床応用は,この分野における重要な課題であった。本項ではインドシアニングリーンとトリパンブルーを除き,これまで報告されている開発中のものも含めた各種染色剤について,それぞれの特徴や染色の実際について紹介する。

黄斑浮腫に対する硝子体手術

著者: 白神史雄

ページ範囲:P.182 - P.186

はじめに

 1990年代になって確立された黄斑部手術のなかで黄斑浮腫に対する手術に対しては,過去に何ひとつ無作為抽出臨床比較試験は行われておらず,いまもなお,その適応,術式の選択などにおいて統一された見解に至っていない。また,最近では,トリアムシノロンアセトニド(以下,トリアムシノロン)や抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)抗体などの薬物療法の出現で,手術療法に対する関心は低くなっている。特に,網膜中心静脈閉塞症(central retinal vein occlusion:CRVO)や網膜静脈分枝閉塞症(branch retinal vein occlusion:BRVO)では抗VEGF抗体の硝子体内注入が第一選択と考える方向性にあり,これらの疾患に対する放射状視神経切開(radial optic neurotomy:RON)1)やA/Vシーソトミー2)はほとんど行われていないのが現状である。

 一方,黄斑浮腫のなかで代表的な疾患である糖尿病黄斑浮腫(diabetic macular edema:DME)においては,予想に反して抗VEGF抗体がそれほど有効でなく,硝子体手術の有効性を実感しているわが国では,硝子体手術がいまもなお重要な選択肢である。そこで本項では,糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術を中心に述べる。

抗VEGF薬の術前投与

著者: 澤田修 ,   大路正人

ページ範囲:P.188 - P.192

はじめに

 糖尿病網膜症に対する硝子体手術は,手術顕微鏡や眼内照明,手術機器や器具などの進歩に伴い安全性は向上しているが,依然として増殖硝子体網膜症と並び,最も難易度の高い手術の1つであることは変わりがない。特に手術操作で困難となる最大の要因は術中の出血である。

 増殖糖尿病網膜症においては線維血管増殖膜を伴う場合が少なくなく,増殖膜を除去する必要がある。増殖糖尿病網膜症の増殖膜は新生血管より構成されており,増殖膜を分割(segmentation)や分層(delamination)の手技で除去する際には新生血管も切断するので出血は避けられない。出血した際にはジアテルミーで直接凝固したり,灌流圧を上げたりして止血を図る。止血するまでの間に出た血液は網膜表面を広がって凝血し,薄い膜ができる。出血により視認性が低下し手術操作がやりにくくなり,また出血して薄く広がった凝血の膜を吸引除去あるいは切除する際に,再度出血することがめずらしくなく,再度,出血の吸引除去が必要となる。この繰り返しで手術時間が長くなる。

 この出血の問題が解決されれば糖尿病網膜症に対する手術操作は平易に安全に行えるようになり,手術成績の向上も期待できる。出血の原因となっている新生血管が消退すれば術中の出血が減少することは予想される。網膜光凝固により新生血管の活動性は軽減する1)が,糖尿病網膜症の術前は硝子体出血や網膜前出血や牽引性網膜剝離で網膜光凝固を十分に行うことが難しい。最近,術前に新生血管の活動性を抑制し,術中の出血を軽減する目的で,抗VEGF薬の1つであるベバシズマブ(アバスチン®2,3)が手術補助剤として術前に硝子体内に投与されるようになり,注目を浴びている。

Ⅳ.注目の疾患 1.加齢黄斑変性

疫学の話題

著者: 安田美穂

ページ範囲:P.195 - P.199

はじめに

 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は欧米をはじめとした先進国において成人の失明や視力低下の主原因となっており,近年ますます増加傾向が認められる。AMDに関する疫学はその危険因子を明らかにし発症を予防するのに役立つ。AMDの疫学を知るには一般住民を母集団とした研究(population-based study)が有用である。

 欧米では数多くの一般住民を母集団とした研究(population-based study)によるAMDの有病率や発症率および危険因子に関する報告がある。なかでも,ある程度大きな人口をもち,かつ人口の移動が少ない地区を対象に参加率の高い研究を行っている大規模疫学研究として,米国のFramingham Eye Study1)やオーストラリアのBlue Mountains Eye Study2),オランダのRotterdam Eye Study3),西インド諸島バルバドスのBarbados Eye Study4)などがある。

 わが国においてAMDの疫学研究として一般住民を母集団とした研究(population-based study)が行われているのは,福岡県久山町の一般住民を対象に行われている久山町研究5)がある。久山町研究は福岡市東部に隣接する人口約7,500人の都市近郊型農村地域で行われている追跡研究で,久山町の人口の年齢分布や職業構成および生活様式や疾病構造が全国統計と差異がなく,わが国の平均的な集団を対象とした研究である。1998年からわれわれ九州大学眼科学教室はこの久山町研究に参加し,40歳以上の久山町全住民を対象に前向きな追跡調査を行い,さまざまな眼科疾患の有病率,発症率および危険因子を調査してきた。各国で行われているpopulation-based studyによる大規模疫学研究の結果とわが国で行われている久山町研究の結果を比較検討しながら,AMDの疫学について概説する。

 以下の順でAMDの疫学を理解していくとわかりやすい。

 1)現在どれぐらいの患者がいるのか(AMDの有病率)

 2)どれぐらいの割合で患者が増加しているのか(AMDの発症率)

 3)どのような人がAMDにかかりやすいのか(AMDの危険因子)

病態研究に関するトピックス

著者: 石田晋

ページ範囲:P.200 - P.207

はじめに

 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は,近年かつてない高齢化社会を迎えたわが国においても,欧米並みの深刻な失明原因として認識されるようになった。急速に進行し重篤な視機能障害をきたす滲出型AMDの病態として脈絡膜血管新生(choroidal neovascularization:CNV)は,新規治療の開発を目標に成因解明が研究対象となってきた。その結果,光線力学療法に続いて,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)を分子標的とした抗VEGF薬物療法が確立した。しかしながら,治療効果は十分に満足できるものではなく,さらなる病態理解が求められている。

 近年,CNVの病態メカニズムとして,VEGFを代表とする血管新生関連分子の相互作用が解明されたことに加え,炎症細胞や補体系,さらには組織レニン-アンジオテンシン系の関与といった新しい知見が続々と登場している。これらの知見は,細胞生物学的研究,臨床疫学的研究,分子遺伝学的研究など多方面からの研究アプローチの成果である。これらの新しい知見を統合すると,「AMDは炎症病態である」という考え方につながる。いうまでもなく,AMDの発症メカニズムには遺伝的素因に加え多様な環境要因が関与しているが,誌面の限られた本稿では「炎症」をキーワードに焦点を絞り,AMDにおけるVEGFからレニン-アンジオテンシン系の関与まで最近の病態理解の流れを紹介する。

動物モデル

著者: 平澤学 ,   今村裕

ページ範囲:P.208 - P.210

動物モデルの必要性

 これまで原因不明とされていた加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は,臨床疫学,疾患感受性遺伝子の検索,患者背景の調査などにより,その病態が次第に明らかにされつつある。しかしながらヒトを使った研究は多くの場合,試料の入手や遺伝的背景の不均一性など,解析に困難を伴うことが多い。特に黄斑領域の疾患では,わが国で検体を採取することは現時点で事実上不可能である。もちろん,われわれ臨床医は最終的にヒトの疾患の病態を解明し,治療を開発することを目的としている。そのためには優れた動物モデルの開発が不可欠である。ヒト疾患の病態を模倣する動物モデルを開発することにより,実験的な治療・介入試験を行うことが可能になり,ヒトへの新しい治療の土台をつくることができる。すでにいくつかの動物モデルでヒトに類似した構造物が再現できるようになっている。

 現在,遺伝子改変動物の作製技術は飛躍的に進歩しており,それに伴い,AMDの動物モデルに関しても優れた論文が数多く発表されている。

遺伝子多型

著者: 本田茂

ページ範囲:P.212 - P.216

遺伝子変異と遺伝子多型

 遺伝子変異(mutation)という言葉は現在ではよく理解され,臨床の場でも当たり前のように使用されているが,遺伝子多型(polymorphism)という言葉は耳慣れない方も多いかもしれない。「遺伝子変異とどこが違うのか」とはよく耳にする質問である。「遺伝子変異」とはすべての遺伝子構造(塩基配列)の違いを指し,単一塩基置換,欠失,挿入,遺伝子融合などを含む概念である。一方の「遺伝子多型」とは,最も頻度の高い変異あるいはアリル(対立遺伝子)が99%以下の状態を表す。すなわち,頻度の低い変異・アリルの合計頻度が1%以上ある状態である。

 なぜ1%なのか。世代ごとに絶えず生じる新しい突然変異の多くは自然淘汰によって集団中から除去されることから,その平衡頻度が理論的に計算される。この平衡頻度より高い値が1%という値であり,これを「多型」の基準としているのである。つまり,「遺伝子変異」の一部が「多型」を示すともいえる。遺伝子多型がみられるということは,何らかの機序により集団中でそれらの変異の頻度が上がり,何世代にもわたって維持されてきたことを意味する。

光線力学療法の適応はどう変わるか

著者: 森隆三郎

ページ範囲:P.218 - P.224

はじめに

 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)の中心窩脈絡膜新生血管(choroidal neovasucularization:CNV)に対するベルテポルフィン(ビスダイン®)と689nmのレーザー光の組合せによる光線力学療法(photodynamic therapy:PDT)は,わが国で唯一承認されている治療法であり,承認から4年が経過した。日本より4年以上も前にPDTが承認されている欧米では,視力の改善が期待できる血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth facter:VEGF)阻害薬の硝子体注射が定着してきており,視力の改善が期待できないPDTは治療の第一選択となっていない。今後,日本でも抗VEGF薬の硝子体注射が承認されるが,欧米と同じようにPDTは第一選択の治療とならないのであろうか。白人とわれわれ黄色人種はAMDのタイプが異なる場合がある。ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidal choroidal vasculopathy:PCV)は白人にみられることは少ないが,黒人や黄色人種に多くみられ1),日本人ではAMDの57%にみられるとの報告もある2)。このことは,AMDに対する治療方針が欧米と同じにならない理由になる。

 本項では,現時点での日本人におけるPDTの成績と,その結果からつくられた「日本版眼科PDTガイドライン」3)を紹介し,現時点での適応について述べる。次にPCV,網膜内血管腫状増殖に対するPDTの成績と今後の適応について述べる。PDTによる脈絡膜血管の循環障害による網膜機能の低下4)も指摘されており,治療回数を可能な限り少なくしてPDTの負の影響を減らす目的と治療効果を上げる目的で,PDTの単独療法からトリアムシノロンや抗VEGF薬の硝子体注射との併用療法へと治療方法が変わりつつあるが,この併用療法については他項で触れられるので省略する。

光線力学療法と薬物療法の併用

著者: 石川浩平

ページ範囲:P.225 - P.231

はじめに

 滲出型加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)に伴う脈絡膜新生血管(choroidal neovasucularization:CNV)に対する光線力学療法(photodynamic therapy:PDT)は,欧州においてはオカルトタイプのCNVに対してはプラセボと比較して視力低下抑制効果に有意差がないとのことで適応から除外された。また,あらゆるタイプのCNVに有効とされ,PDTと比較しても治療効果が高いとされる抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)療法1,2)の登場に伴い,欧米ではPDTの行われる機会が減少している。

 一方,わが国でのPDTは最近公表されたガイドラインによると,どの造影タイプに対しても有効性があり,病変がアジアで多いとされるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidal choroidal vasculopathy:PCV)である場合はその有効性がさらに高いとされており3),現在でも重要な位置を占める治療方法である。また,未だわが国では認可された抗VEGF薬はないものの,薬剤による治療も急激な広がりみせている。しかし,これらPDT,抗VEGF療法ともに万能とはいえず,後述するそれぞれの弱点を補う方法として,薬剤を併用したPDTが行われる機会が増加している。本項では,現在わが国での滲出型AMD治療の主流となりつつある薬剤併用PDTについて解説する。

抗VEGF療法

著者: 若林卓 ,   五味文

ページ範囲:P.233 - P.238

はじめに

 血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)は血管新生および血管透過性亢進にかかわる重要な生理活性因子として1980年代に同定され,その後の研究によって加齢黄斑変性における脈絡膜血管新生の病態を推進する中心的な役割を担っていることがわかってきた(詳細は別項を参照)。脈絡膜新生血管モデルにVEGFの発現が確認されていること,さらにはVEGFシグナルの阻害により実験的脈絡膜新生血管が抑制されたという実験結果からもVEGFが脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization:CNV)の発症や活動性に直接関与していることが裏づけられている。

 こうした背景から近年,滲出型加齢黄斑変性に対する新しい薬物治療としてVEGFを標的とした抗VEGF療法が注目されるようになった。VEGFの生理活性を抑制する最も直接的な方法であり,すでに複数の薬剤が臨床使用されその有効性が報告されている。外科的治療や光線力学療法(PDT)に比べ侵襲が少なく今後の加齢黄斑変性に対する中心的治療法になると期待されるが,一方で適応症例の選別,投与のタイミング,反復投与による合併症の可能性など検討すべきことも多い。本項では,代表的な抗VEGF薬剤について,その有効性や問題点について概説する。

ポリープ状脈絡膜血管症の概念と治療

著者: 辻川明孝

ページ範囲:P.239 - P.248

疾患概念

 ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidal choroidal vasculopathy:PCV)はYannuzziによって最初に報告された疾患であり,当初はidiopathic polypoidal choroidal vasculopathy1)と呼ばれていた。その後,multiple recurrent serosanguineous retinal pigment epithelial detachment in black women2),posterior uveal bleeding syndrome3)として報告された疾患と同一の疾患であると考えられるようになり,現在ではPCVと一般に呼ばれている。

 当初は黒人の女性に多く,両眼性,ドルーゼンを伴わないといった特徴が挙げられている4)。乳頭周囲の血管から生じる乳頭型(図1)が多いと報告されていたが,その後,乳頭型だけでなく,黄斑部に発症する黄斑型(図2,3),周辺部に発症する周辺型(図4)のPCVも存在することが報告されてきた5)。黒人以外では,日本人をはじめとしたアジア人に多く認められ,現在では日本人の加齢黄斑変性の約半分を占めると考えられている6)。日本人での特徴としては,男性,黄斑型が多く,片眼性が約9割を占めると報告されている7~9)。また,以前から日本人にはドルーゼンが少ないと考えられてきたが,PCVでもドルーゼンを伴った症例も多いことが報告されている10)

網膜血管腫状増殖の概念と治療

著者: 髙橋寛二

ページ範囲:P.250 - P.261

はじめに

 網膜血管腫状増殖(retinal angiomatous proliferation:RAP)は滲出型加齢黄斑変性の特殊型に分類される黄斑疾患1)で,他病型よりも高齢者に多く,急速な病状進行と高い難治性を示す,比較的新しい疾患概念である。ここでは,最近発表されたRAPの新しい概念も含めて,RAPの疾患概念と治療の現況について述べる。

遺伝子治療

著者: 加地秀

ページ範囲:P.262 - P.269

はじめに

 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は先進諸国における社会的失明の主要な原因の1つである。滲出型AMDの本体は脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization:CNV)の発症であり,新生血管に対する治療を考える場合,その発症メカニズムを分子レベルで理解することが重要である。

 血管新生は,①壁細胞の解離,②細胞外器質の溶解,そして③血管内皮細胞の増殖というプロセスからなるが,①にはアンギオポエチンなどが,②にはマトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metaroprotease:MMP)などが,そして③には血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)などが関与することがわかっている。これらの因子はいずれも治療の対象となりうると考えられる1~4)が,なかでもVEGFの関与は非常に重要で,近年この分子を標的とした「抗VEGF療法」が開発され5~7),大きな治療効果をあげている。

 しかしながらタンパクの局所投与で治療を行う場合,その作用時間の短さが問題となる。そのため,眼内への遺伝子導入により,持続的な治療タンパクの発現が得られるドラッグデリバリーの手段としての遺伝子治療(図1a)が動物CNVモデルを用いて研究されている。先頃,米国で色素上皮由来因子(pigment epithelium-derived factor:PEDF)を発現するアデノウイルスベクター(Ad. PEDF. 11)による遺伝子治療の臨床治験が行われた8)が,近い将来,さらに多くのベクター,治療遺伝子を用いた遺伝子治療の臨床治験が行われていくものと思われる。

 本項ではAMDに対するAd. PEDF. 11の臨床治験の結果を中心としたPEDFによる遺伝子治療,VEGFを標的とした遺伝子治療,そして現在使用されているベクターについて述べる。

2.病的近視と特発性脈絡膜新生血管

強度近視眼の中心窩分離症の病態と分類

著者: 生野恭司

ページ範囲:P.270 - P.273

はじめに

 近視性中心窩分離症(myopic foveoschisis)は1950年代に「強度近視における黄斑円孔のない後極部網膜剝離」として最初に報告された1)。当時は光干渉断層計(optical coherence tomograph:OCT)などの画像診断技術がなく,検眼鏡的に明らかに剝離したものが報告されている。ほかにもこのような症例は多数あったと想像されるが,分離や剝離が軽微であった場合,萎縮が強い強度近視眼では検眼鏡による診断が困難で,詳しい病態は長きにわたり不明であった。

 OCTの出現で,その本態が網膜剝離と分離であること,少なくとも一部の症例は黄斑円孔や黄斑円孔網膜剝離に進行していくことが解明されるようになってきた2)。強度近視に特異的に発症することから,眼軸延長や後部ぶどう腫の形成などが深く関与することは想像に難くないが,OCTによる画像診断で,従来考えられなかった新しい疾患概念が確立されてきた。

近視性脈絡膜新生血管に対する光線力学療法と薬物療法

著者: 大野京子

ページ範囲:P.274 - P.281

はじめに

 近視の頻度には人種差があり,アジア人に多いことが知られている。なかでも強度近視は,眼軸の延長に伴い眼底後極部にさまざまな病変を生じ,視力低下の原因となる。平成17年度の厚生労働省研究班の視覚障害者の原因疾患別調査によると,強度近視は日本での視覚障害原因の第5位である1)。また中国では,強度近視は視覚障害原因の第2位を占めている2)。強度近視眼において視覚障害をきたす病変としては,近視性脈絡膜新生血管(以下,近視性CNV),黄斑分離症,黄斑円孔,強度近視に伴う視神経障害などが挙げられるが,頻度的に最も重要なのが近視性CNVである。

 近視性CNVに対しては,これまであまり有効な治療法がなく,診断されても多くの症例で経過観察されていたのみであったが,近年,近視性CNVに対しても光線力学療法(photodynamic therapy:PDT)3~6)やベバシズマブ(アバスチン®)など新しい治療方法の有効性が報告されている7~9)。そこで本項では,長期間にわたり近視性CNVの自然経過をみてきた筆者らの視点から,近視性CNVに対するPDTおよびベバシズマブを主軸とした薬物治療について概説する。

近視眼底と手術療法

著者: 伊藤逸毅

ページ範囲:P.282 - P.285

はじめに

 手術が適応になる近視性眼底疾患の代表的なものとしては黄斑円孔網膜剝離,やや以前では近視性脈絡膜新生血管が挙げられる。近視性脈絡膜新生血管に対する新生血管抜去術は,ベバシズマブ(アバスチン®)や光線力学療法(photodynamic therapy:PDT)などの新しい治療法が普及したため現在ではほとんど行われなくなった。一方で,近年,光干渉断層計(OCT)を用いることにより,強度近視眼の網膜分離や黄斑剝離が容易に発見されるようになり,新しく手術により治療されるようになってきている1~6)

 中心窩分離症は網膜分離により網膜の形態のみならず機能まで障害されており,症例によっては網膜剝離を起こしそこから黄斑円孔網膜剝離に進行することもある。本項では,この中心窩分離症と網膜剝離の手術治療について概説する。

特発性脈絡膜新生血管

著者: 町田繁樹

ページ範囲:P.286 - P.292

疾患概念

 特発性脈絡膜新生血管(idiopathic choroidal neovasculariztion:ICNV)は,50歳以下の若年者の黄斑部下に生じた脈絡膜新生血管(CNV)で,その原因となる眼局所あるいは全身所見のないものと定義されている1)。最初の報告では,特発性限局性網膜下新生血管と命名されたが,最近は慣習的にICNVと呼ばれることが多い2)。若年者の脈絡膜新生血管の原因としては,変性近視,炎症,網膜色素線状,腫瘍および黄斑ジストロフィが挙げられるが3),このいずれにも該当しないのがICNVである。

3.未熟児網膜症

重症未熟児網膜症の新しい概念

著者: 平岡美依奈

ページ範囲:P.294 - P.297

背景

 未熟児網膜症(retinopathy of prematurity:ROP)は,1942年にTerryにより瘢痕期の症例が後部水晶体線維増殖症(retrolental fibroplasia:RLF)と報告されたのが最初であり,1951年にHeathが未熟児網膜症の名称を提唱した。1953年にはReeseらが活動期および瘢痕期の病期分類を発表し,その後多数の分類が発表された。わが国では1974年の厚生省研究班報告(通称「厚生省分類」)1)において,活動期未熟児網膜症を比較的緩徐な経過をとり自然治癒傾向の強いⅠ型と,未熟性が強く段階的な進行をとらずに急速な経過で網膜剝離を起こす予後不良なⅡ型に大別した。当時からⅡ型は,単にⅠ型の重症型ではなく,別個の病型として扱われてきた。

 しかし,1984年の国際分類2)にはⅡ型の概念は取り入れられず,その代わりに“plus disease”という概念を導入するにとどめた。“Plus disease”とは,周辺部網膜血管の強い怒張,蛇行,虹彩血管の充血,瞳孔強直,透光体混濁に後極部の静脈怒張,動脈蛇行が高度な場合をさすが,これはⅠ型未熟児網膜症が進行してきた場合,Ⅱ型未熟児網膜症ともに共通してみられる所見であり,“plus disease”=Ⅱ型ROPとすることはできないことが永田3),馬嶋4,5)らによって繰り返し強調されてきた。

重症未熟児網膜症に対する抗VEGF抗体併用硝子体手術

著者: 佐藤達彦 ,   日下俊次

ページ範囲:P.298 - P.303

治療法の変遷

 未熟児網膜症(retinopathy of prematurity:ROP)は,未熟な網膜血管を基盤に発症する眼内血管新生病である。大部分の症例は自然寛解するものの,重症例では線維血管増殖を伴い,牽引性網膜剝離を発症して失明に至ることもある。Terry1)による最初の報告以来,半世紀以上経過しているにもかかわらず,未だ病態の詳細なメカニズムは解明されておらず,完全に失明を防止するには至っていない。そればかりか,近年の周産期医療の発達に伴い,より未熟な児でも生存可能となり,今後も症例の増加と重症化が予想される。

 未熟児網膜症に対する治療は,網膜無血管領域に対する光凝固が基本であるが,十分な光凝固を施行しても新生血管の活動性が抑制しきれず,網膜剝離を併発する症例も存在する。これらの症例に対しては,輪状締結術や硝子体手術が行われてきたが,その手術成績は決して満足の得られるものではなかった(図1)2~8)

未熟児網膜症の手術治療―新しい流れ

著者: 伊藤典枝 ,   寺崎浩子

ページ範囲:P.304 - P.308

はじめに

 未熟児網膜症の管理は,発症させないための周産期管理から始まっている。未熟児を扱う施設ならば,眼科医は各施設での母体管理から新生児管理の基準,方針を産婦人科医や新生児科医とよく話し合い,眼科診察の基準や時期,治療の適応などの最新情報も含めてコミュニケーションを絶えずとっておくことが必要である。特に,全身状態が悪く多臓器の外科手術を要する児などでは眼科の初診が遅くなりがちであるので,可能な限り基準を逸脱しないよう働きかけ,また,短時間で児に負担をかけない診察技術も磨かなければならない。

 一方,発症した未熟児網膜症の治療の基本は,時期を逸しない適切な光凝固であることは現在も変わりない。しかし,どんなに光凝固を追加しても進行し,さらなる治療を要する重症な未熟児網膜症が存在する。本項では,光凝固で網膜症を鎮静化することができなかった場合の治療について,これまでの手術治療と,最新の試みを紹介したい。

4.網膜色素変性

遺伝子解析

著者: 中村誠

ページ範囲:P.309 - P.316

はじめに

 網膜色素変性は,夜盲症,視野狭窄,視力低下を主徴とする代表的な遺伝性の網膜変性疾患である。杆体系の機能が錐体系の機能よりも先行して,あるいは重篤に障害される。遺伝形式はさまざまであるが,常染色体劣性遺伝形式が最も多く,X染色体劣性遺伝形式は少ない1)。原因となる遺伝子は多数あり,1990年にDryjaら2)により初めてロドプシンの点変異が報告されて以来,次々と原因遺伝子は同定され続けており,現在では約45種類以上の遺伝子が報告されている1)

遺伝子治療の展望

著者: 村上祐介 ,   宮崎勝徳 ,   池田康博

ページ範囲:P.318 - P.324

はじめに

 網膜色素変性(retinitis pigmentosa:RP)は,進行性の夜盲,視野障害,視力低下を主な症状とする疾患群で,その罹病率は約5,000に1人と頻度が高く,わが国で失明原因の上位を占める重篤な疾患である。これまでにさまざまな治療法が試みられているものの,未だに有効な治療薬は確立されていない。分子生物学の発展により,網膜色素変性の原因として多くの遺伝子異常が明らかとなったことで,その技術を分子病態の解明や遺伝子診断にとどまらず,治療にまで応用しようと考えるのは自然な発想といえよう。本項では,網膜色素変性に対する新しい治療法としての遺伝子治療にどのようなことが期待できるのか,その展望について述べたい。

再生治療と細胞治療

著者: 平見恭彦 ,   高橋政代

ページ範囲:P.325 - P.330

はじめに

 網膜色素変性では,主に網膜視細胞で特異的に発現する遺伝子の変異により神経網膜の変性が起きている。再生・細胞治療の応用について近年研究が進められているものの,現在わが国では未だ実用化には至っていない。ここでは近年この分野で進められてきた研究を紹介し,今後の治療応用への課題について考える。

人工視覚

著者: 坂口裕和

ページ範囲:P.332 - P.335

はじめに

 網膜色素変性は遺伝疾患であり,罹病率が4,000人に1人と,厚生労働省の定める特定疾患のなかでも患者数が多いものの1つである。視覚障害の原因疾患としても第3位を占めている(厚生労働省難治性疾患克服研究事業,網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班平成17年度班会議報告書)。視覚障害原因第1位の緑内障,第2位の糖尿病網膜症に対しては薬物治療,手術治療が開発されており,視力維持,視力回復の可能性があるが,網膜色素変性に対しては現在のところ有効な治療方法は皆無であり,この遺伝疾患では,時間経過とともに視野,視力が障害され,最終的に失明に至る。典型例では,まず,周辺部視細胞の障害に伴い,周辺視野が狭窄し,細胞障害が黄斑部にまで及ぶと,最終的に失明に至る。こういった状況から,進行を予防する方法,治療方法の開発が急務と考えられ,そのための研究が一歩一歩進んではいるが,一朝一夕にはいかないのが実状である。

 人工視覚とは,網膜色素変性などの疾患により,強度の視力低下を生じた症例を対象とし,人工的に視覚を再現しようとするものである。障害された視細胞を治療し,再生あるいは賦活化させて視力を回復させようとするものではないが,現時点ではより現実的な対処方法かもしれない。本項では,人工視覚の実際を述べ,わが国独自の人工視覚システムについて付け加えたい。

チャネルロドプシン

著者: 富田浩史 ,   菅野江里子 ,   玉井信

ページ範囲:P.336 - P.341

はじめに

 網膜に入射した光(映像)情報は,視細胞によって捉えられ,二次ニューロン(双極細胞,水平細胞,アマクリン細胞)の調節を経て,神経節細胞の軸索を通して脳に伝えられる。この機構から,視細胞が何らかの要因で障害されると,そのほかの神経細胞が正常に機能していたとしても,光を受け取ることができなくなる。このような視細胞の変性に起因する失明に対する唯一の視覚再建法として研究されている人工網膜は,残存する網膜の神経細胞を電気的に刺激することにより擬似的な光覚を生み出すというものである。

 残存する網膜を電気的に刺激して光覚が得られるのであれば,残存する細胞に光を受け取る能力を何らかの方法で付け加えることができれば,視覚を回復させることができると考えられる。2000年以降,工学的技術の革新により,人工網膜研究が盛んに行われるようになったが,その一方で,遺伝子工学的技術を用いて残存する細胞に光受容能を与えようという試みもなされてきた。視細胞の光受容能を模倣するために,光受容に関与する視細胞の蛋白質,数種を神経細胞に発現させることで光受容能を与える方法(ChARGe法)1)や電位依存性カリウムチャネルの化学修飾による光受容能賦課(SPARK法)2)などである。しかし,いずれの方法もヒトへの応用となると技術的に難しいと考えられている。

 このような背景のなかで,視覚とは何ら関係のない分野から,視覚のみならず神経科学分野で有用と考えられる1つの蛋白質の機能が報告された。それが「チャネルロドプシン」である3)

 チャネルロドプシンはクラミドモナスがもつ古細菌型ロドプシンである。「クラミドモナス」,聞き慣れない生物であるが,それほど特殊な生物ではなく,田んぼや池などに生息する緑藻綱に属する単細胞生物の一種である。クラミドモナスは,馴染みの深いところでいえばミドリムシのような生物で,鞭毛を2本もち,鞭毛を使って動き回り,光合成を行う。本項ではチャネルロドプシンの特徴的な機能と,筆者らが現在取り組んでいるチャネルロドプシンを用いた視覚再生研究について紹介する。

5.その他

特発性傍中心窩網膜毛細血管拡張症

著者: 飯田知弘

ページ範囲:P.342 - P.347

はじめに

 特発性傍中心窩網膜毛細血管拡張症(idiopathic juxtafoveolar retinal telangiectasis:以下,IJRT)あるいは特発性黄斑部毛細血管拡張症(idiopathic macular telangiectasia)は,日常診療でしばしば遭遇する疾患であるが,その病態に関しては,これまでわが国では十分に理解されてきたとは言い難い。一般に「傍中心窩網膜(黄斑部)毛細血管拡張症」と聞いて,まず頭に浮かぶのは,黄斑部の毛細血管瘤と黄斑浮腫を主病変とする病態ではないだろうか。しかし,この病態はIJRTの一病型にしかすぎない(以下に述べるグループ1に相当)。わが国のテキストなどで記載されている本症は,ほとんどがグループ1に関してのみである。また,網膜静脈閉塞症などときちんと鑑別されないまま,診断と治療が行われていることが少なくないと思われる。

 最近,光干渉断層計(optical coherence tomograph:OCT)などの画像診断法の進歩により,IJRT,特にグループ2Aの病態理解が急速に深まり,本症の疾患概念も再考の時がきていると思われる。本項ではIJRTの疾患概念と分類・病態を概説し,その診断と治療についても述べる。

乳頭ピット黄斑症候群

著者: 平形明人

ページ範囲:P.348 - P.353

はじめに

 視神経乳頭の先天異常に網膜剝離を伴うことがある。視神経乳頭ピット(小窩)もその1つであるが,網膜剝離の発生機序は依然として解明されておらず,治療法も確立していない。しかし,光干渉断層計(OCT)によって,この網膜剝離は,網膜分離様変化を合併していることが明らかになり,病像の程度や治療効果も詳細に検討できるようになってきた。もっとも,この病態は,OCTが登場する以前にLincoffら1)がすでに提唱していたのであるが,OCTによってその詳細が解析できるようになったのである。現在,画像検査の進歩によって,その病態の理解が深まり治療法も変化している。

中心性漿液性脈絡網膜症

著者: 丸子一朗

ページ範囲:P.354 - P.361

はじめに

 中心性漿液性脈絡網膜症(central serous chorioretinopathy:CSC)は黄斑部に漿液性網膜剝離が起こり,視力障害をきたす疾患であり,古くは中心性網膜炎と呼ばれていた。中年男性に好発し,ストレスやタイプAパーソナリティなどとの関係が指摘されているが現在まで原因は特定されていない。ステロイド療法により引き起こされることもある。典型例では黄斑部に境界鮮明な円形の網膜剝離が観察され,網膜色素上皮の血液網膜関門の破綻が証明される。近年のインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)を用いた研究により,この疾患は脈絡膜血管障害が二次的に網膜色素上皮を障害することが本態であり,現在では脈絡膜血管病の1つとして認識されている。

網膜硝子体界面症候群―特発性黄斑前膜

著者: 近本信彦

ページ範囲:P.362 - P.366

はじめに

 網膜硝子体界面症候群は,網膜と硝子体の境界面を病変の場とし,黄斑円孔,偽黄斑円孔,黄斑前膜や硝子体黄斑牽引症候群などが含まれる。網膜の表面はMüller細胞の基底膜である内境界膜によって覆われ,硝子体皮質は内境界膜に接し,境界面を形成している。硝子体皮質は硝子体の最外層であるが,黄斑部では硝子体皮質の前方に液化腔(後部硝子体皮質前ポケット)がある。内境界膜と硝子体皮質の境界部において硝子体が収縮し,牽引することによって網膜硝子体界面症候群が生じる。

 硝子体黄斑牽引症候群は,黄斑部において硝子体皮質が黄斑で癒着し,その周囲で後部硝子体剝離が生じ,中心窩が前後方向に牽引されることによる。不完全な後部硝子体剝離を伴った黄斑前膜の病態と同様であり二次的に黄斑浮腫などをきたすことがある。一方,黄斑前膜(epiretinal membrane of macula:EMM)は,黄斑部を中心に網膜上に残存した硝子体皮質が内境界膜上で細胞増殖と線維性結合組織を形成して肥厚・収縮する疾患であり,特発性と網膜静脈閉塞症,ぶどう膜炎,網膜光凝固や冷凍凝固治療などに引き続き生じる続発性がある(表1)1)。本項では,特発性黄斑前膜について考察する。

Acute zonal occult outer retinopathyの診断と病態

著者: 齋藤航

ページ範囲:P.368 - P.373

はじめに

 Acute zonal occult outer retinopathy(急性帯状潜在性網膜外層症:AZOOR)は視野異常が眼底所見では説明できず網膜外層障害を生じる原因不明の症候群である1~3)。稀な疾患ではないにもかかわらず診断に際し眼科医のなかでも混乱があり,病因に関しても不明な点が多い。本項ではAZOORにおいて現在コンセンサスを得ている診断基準と臨床像を紹介し,病因に関する最新の知見も紹介したい。

黄斑ジストロフィ

著者: 近藤寛之

ページ範囲:P.374 - P.382

はじめに

 黄斑ジストロフィは黄斑部に両眼性,進行性の機能障害を呈する疾患の総称である。疾患の多くは遺伝性と考えられているが,その原因は多様であり,臨床像もさまざまである。黄斑ジストロフィのなかで,はっきりとした臨床像が知られ,疾患概念が定まっているものとしてはStargardt病,X連鎖性若年網膜分離症,卵黄状黄斑ジストロフィ,錐体ジストロフィ,occult macular dystrophyなどがある(表1)。一方,臨床像が非定型的であり,上記のような疾患概念あるいは病態生理に当てはまらないものも多い。このような症例では眼底所見や蛍光眼底造影所見,電気生理学的検査を含む機能検査所見から病態を総合的に捉える必要がある。電気生理学的検査を含む診断には多くの総説が出されているので参照されたい1,2)

 黄斑ジストロフィに関する最近の注目すべき知見としては,眼底自発蛍光や光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)を含む画像診断の進歩が挙げられる。また,遺伝子診断を含む分子生物学的知見から新たな病態が明らかとなってきている。

腫瘍性疾患

著者: 鈴木茂伸

ページ範囲:P.384 - P.390

はじめに

 網膜硝子体診療に関連した腫瘍性疾患の代表は,網膜芽細胞腫,脈絡膜悪性黒色腫,脈絡膜転移癌であろう。転移癌は最近増加傾向にあり,実際に診療する機会も多いと思われる。一方で,原発腫瘍である網膜芽細胞腫,脈絡膜悪性黒色腫は年間発症が数十例と稀な疾患であり,診療の機会は限られると思われる。いずれも患者の生命に直結する重要な疾患であり,直面したときに参考になれば幸いである。

癌関連網膜症

著者: 大黒浩

ページ範囲:P.392 - P.397

はじめに

 一部の悪性腫瘍患者に,中枢神経系への腫瘍の転移や浸潤を伴わず自己免疫機序により中枢神経系の異常を呈するものを悪性腫瘍随伴症候群(paraneoplastic syndrome)と呼んでいる1)(表1)。本症候群の原因は,腫瘍組織に神経組織と共通する抗原が異所性発現することに伴い血清中に自己抗体が産生され,これが中枢神経組織を攻撃することによるとされている。本症候群のうち,網膜が傷害され視覚系に異常をきたすものが癌関連網膜症(cancer-associated retinopathy:CAR)である。

 癌関連網膜症には,上皮由来の悪性腫瘍に随伴する狭義の癌関連網膜症(carcinoma-associated retinopathy)と,若干異なる臨床症状を示す悪性黒色腫関連網膜症(malignant melanoma-associated retinopathy:以下,MAR)の2種類が知られている。これまでに癌関連網膜症(以下,狭義の癌関連網膜症をCARと略記する)は欧米で100例以上の報告があり,わが国でも数十例が報告されている2,3)。MARはさらに稀であり,欧米では10数例の報告があるがわが国では2例の報告にとどまる4,5)

書評

医療経済学で読み解く医療のモンダイ

著者: 山内一信

ページ範囲:P.211 - P.211

 現代の医療界にはさまざまな問題,課題がある。特にその仕組みを社会学的,経済学的,さらには医療機関のマネージメント機能からとらえる視点は良質の医療を行ってゆくための医療提供体制を考えるうえで重要である。このほど,これらの問題をわかりやすく解説した『医療経済学で読み解く医療のモンダイ』(真野俊樹著)が医学書院から発刊された。

 医療経済学の多くの成書は「経済学とは」という解説から大上段に振りかぶり,経済を成立させている需要・供給の問題に触れ,市場経済,統制経済の解説,そして医療は市場経済にはなじまないので統制経済の要素が強いにもかかわらず医療費は増大し続けることを述べ,少子高齢化が進み負債が増大する日本の経済基盤のなかで,どのように良質で効率的医療を達成したらよいのかという流れが一般的である。このような論旨の展開では,まず経済学とは何かという難関に立ち向かうことになる。

コラム 私のこだわり

網膜静脈閉塞症治療について思うこと

著者: 高木均

ページ範囲:P.21 - P.21

 私が網膜静脈閉塞症に深くかかわるようになったのは,1996年に米国留学から帰国し京都大学で網膜循環外来を担当するようになってからです。

 この頃は,糖尿病黄斑浮腫に硝子体手術が有効であることがLewisらにより報告され,硝子体手術が黄斑浮腫の治療法として脚光を浴びておりました。後部硝子体剝離の起こっている症例で網膜静脈閉塞症においても黄斑浮腫の予後がよいことが報告されており,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)や網膜中心静脈閉塞症(CRVO)にも,硝子体手術により後部硝子体剝離を起こすことが治療法として盛んに行われるようになりました。また,黄斑光凝固を行った症例では硝子体手術の成績がよくないという報告があり,光凝固はしないほうがよいというコンセンサスができていったように思います。私も光凝固をせずに硝子体手術だけを行って経過をみておりましたが,学会報告で耳にするほど改善例はみられず,硝子体手術の限界を感じるようになりました。

双眼倒像鏡

著者: 中澤満

ページ範囲:P.31 - P.31

 いまとなってみれば自分自身にとっては至極当然のことであるが,若い眼科医にとってはまだ非常識的なことのようであるので,この機会に双眼倒像鏡での診察の有用性について述べてみたい。

 私がまだ2年目の眼科研修医の頃,大学から非常勤で他の病院へ出張に出かけるにあたって,先輩から「未熟児網膜症だけは見逃さないように」との指導を受けた。未熟児網膜症では網膜血管が鋸状縁まで何乳頭径の部位まで伸展したかが問われるので,当然その部位まで見えなくてはならず,眼球を圧迫して観察せざるを得ない。使い慣れた単眼検眼鏡では両手がふさがるので眼球圧迫ができず,したがって最周辺部までは見えず,さらに新生児でも結構眼球運動が激しいこともあり,自信をもって判断することができない。先輩から「普段から双眼倒像鏡で眼底をみておくとよい」と言われるが,日常外来診療では外来患者の人数の多さにいちいち双眼倒像鏡を着脱しながらでは面倒であり,ついつい単眼倒像鏡に頼ってしまう。そしてそれで困るのは未熟児網膜症の診察となるのである。

「正しく診る」

著者: 三宅養三

ページ範囲:P.86 - P.86

 いまから30年ほど前になるが,筆者はボストンに留学していた。恩師の一人であるCharles Schepens先生は当時63歳くらいの年齢であったが,まだ熱心に診療,手術をこなしておられた。いまから振り返ってみてもSchepens先生の臨床における価値観の大きなものの1つは,「正しく診る」ということではなかったかと思う。双眼倒像鏡(スケペンスコープ),強膜圧迫子,走査レーザー検眼鏡などの開発はこの価値観の産物である。

 彼はスケペンスコープと強膜圧迫子を用いて,眼底を周辺部までていねいに時間をかけて観察するのを常としていた。強膜圧迫子で眼瞼の上から強膜を適当に圧迫しながら眼底を観察するのだが,なぜか患者は痛みを訴えなかった。人はこの検査を触診と呼んでいた。ほんの少しの強膜圧迫による網膜の挙上により,動的に病態を評価するのである。また細隙灯顕微鏡を用いての硝子体の観察も随分時間をかけて行い,この検査を非常に重要視していた。福島県立医科大学から高橋正孝先生が梶浦レンズという福島医大オリジナルの特殊兵器を持参してボストンで硝子体の微細観察を行っていたとき,Schepens先生のこの方法への高い評価は半端なものではなかった。

糖尿病と性格

著者: 緒方奈保子

ページ範囲:P.112 - P.112

 糖尿病網膜症は,2007年度厚生労働省網脈絡膜萎縮研究班の調査でも成人失明の第2位でした。眼科医は多くの糖尿病網膜症の患者さんを診ています。いろいろな患者さんがいますが,ちょっと注意!と思ったことを挙げてみます。

古い治療法を簡単には捨てない

著者: 安藤文隆

ページ範囲:P.132 - P.132

 硝子体手術の進歩で,網膜剝離の治療法もかなり変わってきている。確かに硝子体手術は眼球をあちこちに動かす必要もなく,眼内観察も容易であるため,術者としてはあまりストレスを感じないで手術を行える。しかし,若年者の網膜剝離では,後部硝子体剝離が広範には生じていないことが多く,硝子体手術で処理した場合のほうが,術後増殖性変化を起こすなどして再剝離することが多い。このため,よほどの重症例でない限り強膜内陥術で処理していることに異論はないと思われる。

 これに対して,高度近視眼にみられる黄斑円孔網膜剝離は,特発性黄斑円孔が硝子体手術で閉鎖することがわかってから,硝子体手術が第一選択手術となり,私もそれまで行っていた黄斑プロンベによる黄斑部内陥術はやめて,硝子体手術での治療に変更した。しかし,術後視力が黄斑部内陥術により手術された症例に比べ悪いことに気づき,また以前の方法に戻っていた。その後,硝子体手術では後強膜ぶどう腫のある高度近視眼の黄斑円孔は閉鎖しにくいことがわかり,これに対して黄斑部強膜内陥術では,黄斑円孔部が内陥されていれば硝子体手術や円孔閉鎖術が行われなくても,全例で自然に黄斑円孔は閉鎖していることもわかり(図1),これが術後視力の良・不良の原因であったことが判明した。

後部硝子体剝離は黄斑部から

著者: 安藤伸朗

ページ範囲:P.149 - P.149

 硝子体手術の1つのポイントは,後部硝子体剝離を確実に行うことである。最近は硝子体を可視化させるためにトリアムシノロンを用いるため,かなり確実に行えるようになってきた。一般的には視神経乳頭部から剝離を行うが,この方法ではともすると黄斑部に残存硝子体を残すことになる。そして取り残した黄斑部の硝子体を剝離することは案外難しく,かつ黄斑円孔をつくる危険もある。

 私の後部硝子体剝離法は,黄斑部から行う。まずトリアムシノロンで硝子体を可視化し,硝子体をおおよそ切除した後,再度網膜面上にトリアムシノロンを吹き付ける。多くの場合,黄斑部から視神経乳頭にかけて膜状にトリアムシノロンが広がる。これを網膜から剝離するのだが,視神経乳頭部で硝子体は強固に接着している。それに比べ黄斑部,特に傍中心部では癒着が少なく,バックフラッシュニードルの受動吸引で簡単に剝離することができる(小切開硝子体手術の場合,バックフラッシュニードルは使用困難という声もあるが決してそんなことはない)。黄斑部を起点に360°周辺に向かい硝子体剝離を作製すると(図1),人工的後部硝子体剝離を安全かつ確実に行うことができる。この手法の一番優れているところは,安全・確実であることと,何よりも黄斑部から完全に硝子体を目視しながら剝離できることである。

よいサージカルチーム

著者: 前田利根

ページ範囲:P.159 - P.159

 私のいままでの網膜・硝子体手術で,どこの部分が一番難しかっただろうか。シリコーンオイルを入れるところだろうか。シリコーン眼内レンズが液空気置換中に曇ってきたことだろうか。偽水晶体眼の網膜剝離で後発白内障が邪魔になり周辺部網膜の視認性が悪かったときだろうか。先天白内障術後網膜剝離眼の手術で分厚くなったSoemmering輪にフラグマトームをぶち込んでいるときだろうか。

 いや,一番難しかったのは手の動かない助手と一緒に手術をやったことであろう。術中の強膜圧迫は慣れた助手と一緒でないとやっていられない。バックリングの際,鈎がうまく引けない助手とはやっていられない。数多くの白内障手術をやった後,最後に数件硝子体手術をやる。助手がへばっていたり,慣れていなかったりすると,術者は大変なことになる。手の動かぬ助手を叱ろうものなら,助手の手はますます萎縮して,何も手術が進まなくなる。クライオだったら自分一人でやれるが,周辺部裂孔周囲のレーザーとなるとそうはいかない。そんなとき,同軸照明のレーザープローブは大変助かるが,裂孔周囲の硝子体を切除するときばかりは自分一人でやるのはなかなか難しい。

強膜バックリング手術

著者: 竹内忍

ページ範囲:P.165 - P.165

 硝子体の裂孔部への剝離力は,硝子体の癒着範囲と牽引力に関係するが,周辺部網膜で広範囲に網膜硝子体癒着がある例では,硝子体単独手術では網膜復位が得られないことになる。すなわち,いくら硝子体手術といっても網膜硝子体癒着のある部分の硝子体を完全に切除するのは難しく,まして網膜が剝離した状態では人工的に硝子体剝離を作製するのは至難の技である。したがって,硝子体単独手術では,術直後に網膜復位を確信することができない例が多く存在する。そのような場合,確実な網膜復位のためには硝子体の牽引を相殺し,裂孔をも閉鎖する強膜バックリングが有用である。

 さて,最近では裂孔原性網膜剝離例に硝子体手術を第一選択とする術者が増えているが,手技の容易さと一定程度の高い復位率が得られることより,ある面では当然のことである。一方,その結果であろうか,強膜バックリング手術ができない,ないしは下手な術者が出てきている。バックリング手術に自信がないため,硝子体手術ですべての症例を治療しようとする術者も現れ,若年者で調節力のある透明な水晶体を除去し,眼内レンズを挿入した手術を行っている。その挙句に増殖性硝子体網膜症になって多数回手術が行われ,シリコーンオイル注入眼となってしまう例も少なくない。

黄斑疾患診断用前置レンズ

著者: 湯澤美都子

ページ範囲:P.192 - P.192

 黄斑部を立体的にかつ詳細に観察するためには,前置レンズを用いた細隙灯顕微鏡検査を行う。前置レンズには接触型と非接触型があり,それぞれにいろいろな種類のレンズがある。

 接触型には,眼上にのせるので感染症の媒体となる可能性がある,非接触型に比べて患者さんは不快である,医師は点眼麻酔をしてレンズにスコピソールを滴下する必要があり挿入する手間がかかる,などの欠点がある。また,最近は非接触型の優れたレンズが発売されている。そこで非接触型が重用されており,私も+90Dの非接触型を使う機会が多くなった。しかし,私には接触型のGoldmannタイプの眼底レンズ(0.97倍,米国オキュラー社。AU-800-1N)に強い思い入れがある。

ひらめきと実行力

著者: 秋山英雄

ページ範囲:P.207 - P.207

 偉大な諸先輩に混ざって私のこだわりなるものを述べるのは大変恐縮ですが,大学院生時代の思い出を書かせていただきます。基礎研究と臨床を結びつけて診療を行うことは簡単のようで大変な作業です。大学院生時代,血管の分子生物学,特に転写を中心に研究している内科の研究室に在籍して得られた教訓です。臨床と基礎の分野で既知の事実をまるでパズルを組み合わせるようにして,病態の仮説を作り上げていきます。臨床の先生にいかに興味をもってもらうかが勝負と考えていました。

 大学院の卒業論文は網膜芽細胞腫のcell lineであるY79にall-transレチノイン酸をふりかけて血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)遺伝子発現が誘導されることを証明したものでした。大学院2年生の秋,このテーマをそろそろIOVS(Investigative Ophthalmology and Visual Science)に投稿しようかというときの出来事を思い出します。光刺激が網膜内のall-transレチノイン酸濃度を上昇させるという論文を偶然Pub Medで見つけました。ひょっとするとY79に光刺激をしたらVEGFが誘導されるかもしれないという仮説がひらめきました。その晩,研究指導医の先輩と居酒屋で酒を酌み交わしながら,その話題に触れたところ,先輩は内科医でありながらその仮説に大変興味を示し,実験の細部にわたり話が弾みました。

知的障害者の増殖硝子体網膜症の治療

著者: 田中住美

ページ範囲:P.238 - P.238

 知的障害者の増殖硝子体網膜症(PVR)に積極的に取り組み始めて10年になります。

 知的障害者にみられる重症の増殖硝子体網膜症は,僚眼がすでに眼球瘻に陥っていることが多いだけではなく,治療の対象になる残っている患眼も,1991年の新分類で記載するとPVR Grade C Type 2345ときわめて複雑な病態を呈することが少なくありません。さらに,術後の安静や特定の体位保持は期待できないうえに,数か月以上の過去の時間の経過が予想されるような陳旧性の所見があることから,すでに受診した数軒の眼科医療施設から手術適応がないと診断されて,さらに放置期間が延長されていることも稀ではありません。

網膜疾患と静的自動視野検査

著者: 飯島裕幸

ページ範囲:P.249 - P.249

 網膜疾患診療において,視野計,なかでもHumphrey視野計など静的自動視野計による検査を利用される先生方はまだ少ないのではないでしょうか。糖尿病網膜症でも,網膜静脈分枝閉塞症あるいは加齢黄斑変性症でも,眼底を注意深く観察し,形態学的な検査として2種類の造影検査とOCT検査を行えば,ほとんどの疾患で診断は可能です。またどれだけ見えているかという機能面は,もっぱら視力測定で評価できます。そのようにお考えの先生方が多いと思います。

 私は網膜疾患の専門外来で,ほとんどの場合Humphrey視野計中心10-2または中心30-2検査をオーダーします。それは患者さんの自覚症状である「見にくさ」が,視力測定と眼底観察だけでは,十分には理解できないことをしばしば経験するからです。

弘法筆を選ばず?

著者: 原信哉

ページ範囲:P.273 - P.273

 「弘法筆を選ばず。」非常に聞き慣れたことわざですが,その解釈はさまざま存在します。弘法大師はどんな道具を使ってもそれなりに上手に字を書くことができる,と理解されがちですがほんとうでしょうか。手術に置き換えて考えてみます。

 硝子体手術には非常に多くの器具や器械が必要です。これらは常に進化を続けているため,1年前に購入した器具がまったく使われていないということも珍しくありません。白内障,硝子体手術装置もソフトウェアは日々進化を重ねています。このような速い流れのなかで,その特性を理解し使いこなすにはかなりのエネルギーが必要ですが,それぞれの機能,特性を理解することで手術はより安全となり,また不意の合併症にも対応できるようになります。

手術者用の椅子

著者: 直井信久

ページ範囲:P.297 - P.297

 硝子体手術で私がこだわっているのは何かと問われたが,私はあまりこだわりのない術者ではないかと思う。硝子体術者をあえて分類するとすれば,multifunctionの器具を使用するかどうかで分けられるであろう。私は明らかにそれらを使わないほうに入る。

 私はすべてとはいわないまでも,多くの新発売の器具を試してきた。さまざまなコンタクトレンズ(正立も,倒立も,内部にミラーを組み込んであるものも),コンタクトレンズの支持リング,各種水平剪刀,マニピュレータ(Grieshaber),内視鏡組込レーザープローブ,ライトガイド付剪刀,Tornambe先生のTorpedo等々。そのなかでルーチンの使用器具として生き残ったものはまったくない。そういう意味で私は硝子体手術のミニマリストである。

医は魂をこめたアートである

著者: 大越貴志子

ページ範囲:P.303 - P.303

 「医はアートである」は,日野原重明先生の名言である。網膜硝子体疾患の治療もまさにアートであると思う。

 網膜と硝子体という類まれなる,美しい芸術作品は永遠にこのままであってほしいと願う。しかし,不運にも病魔に冒された場合,われわれ網膜硝子体術者はこれらの臓器にやむなくメスを入れる。皮膚に覆われた臓器の外科手術は,どのような名人が手術をしても,あるいは,修練を積みつつある術者が手術を行っても,臓器手術が終了し,ひとたび皮膚縫合が完了してしまえば手術をした臓器を容易には見ることができない。しかし,網膜硝子体の治療ではそうではない。術者の治療の跡は眼底検査でいとも簡単に,つぶさに観察することができる。ほれぼれとするほど美しく蘇った芸術作品もあるかと思うと,戦火の傷跡をまざまざと見せつけられることもある。

遺伝カウンセリング

著者: 堀田喜裕

ページ範囲:P.317 - P.317

 網膜色素変性を代表疾患とする網膜ジストロフィの患者は,予後に対する関心とともに遺伝についてとても心配している。誤解なく説明するためには,時間がかかるので,一回の診察で済まそうとしないことが重要である。私は,こだわりとして,かならず時間をかけて家族歴を聴取することにしている。家族歴は,カルテの余白に書くのではなく,図1のような特別の用紙を使っている。後に患者や保護者が独自に調査して,詳細な家族歴をくださることもある。以前は,遺伝の話をすると尻込みされることもあったが,最近ではそうでもなくなった。

 家族歴を取ってみると孤発例であることが少なくないことに気がつく。わが国では20世紀の間に急速にいとこ結婚が減少した。常染色体劣性遺伝の疾患の原因遺伝子を検索すると,父方由来と母方由来の遺伝子異常が同一の遺伝子であっても異常の種類が異なることが多い(これをコンパウンドヘテロ接合体と呼ぶ)。これに少子化が重なって,常染色体劣性遺伝形式であっても,みかけは孤発例にみえることが少なくない。

Anterior loop

著者: 岸章治

ページ範囲:P.324 - P.324

 硝子体は均質無構造にみえるが,実は固有の膠原線維の三次元骨格がある。これは生体眼ではほとんど観察できないが,摘出眼の硝子体をフルオレセインで適当に染色するとスリットランプでみることができる。黄斑前方には後部硝子体皮質前ポケットがあり,さまざまの疾患に関係することはよく知られている。硝子体基底部も,フルオレセインで染めるとしっかりした線維構築がある。基底部では硝子体は液化しないし,後部硝子体剝離も起こらない。

 “Anterior loop”とは硝子体基底部と毛様体扁平部を連結する太鼓橋のような硝子体線維である。その記述は,Sebagの著書“The Vitreous”(Springer-Verlag, 1989)に1枚の硝子体の実体顕微鏡写真の説明としてみられるだけである。

手術をしていて思うこと

著者: 小泉閑

ページ範囲:P.330 - P.330

 網膜硝子体手術を専門にしてはや10年以上が経つ。わが国の硝子体手術のパイオニアの先生方の討論を学会で聴き,それを実践して引っ張ってこられた次世代の先生方の手術を間近で見て,網膜硝子体手術に憧れ,この道を志した。硝子体手術を始めた頃もいまも,いつもさまざまな多くの症例を経験したいと思ってはきたが,手術件数が多いことにはこだわりはない。それよりも一例一例にベストをつくせたかどうかが自分のこだわってきた点である。

 研修医の時期を終え,白内障手術を始めた頃,読んだ手術書や習った師から,手術を行うときは,常に自分の親や身内に対して行っていると思いながらするべきだ,と教えられたように記憶している。硝子体手術を始めてからも,そう思いながらいままでやってきた。

結論を急がない

著者: 大出尚郎

ページ範囲:P.347 - P.347

 私の専門は神経眼科と視覚電気生理学である。

 神経眼科外来を訪れる患者さんには「見えない」「かすむ」「痛い」「視野が狭い」など訴えがあるものの,いろいろと検査をしてもらったが異常が認められずに原因不明といった場合がよくある。すでに前医がチェックしていることもあり,私が診たからといってそうそう診断や結論が変わるわけではないと思うが,患者さんの訴えと経過をよく聞き,視力,視野などの自覚的検査所見,対光反応や前眼部,透光体,眼底所見などの他覚的検査所見,OCT,蛍光造影,MRIなどの画像検査,網膜電図,視覚誘発電位といった機能検査を行い異常の有無を確認していく。

広角観察システム

著者: 堀尾直市

ページ範囲:P.373 - P.373

 私が広角観察システム(wide angle viewing system)を使った硝子体手術を本格的に始めたのは,2002年11月に藤田保健衛生大学に着任してからだった。その頃は,接触型レンズを角膜上に置いて手術助手が支える方法であったが,一度に広い範囲が見えるのでとても気に入った。その後,そのシステムを2年ほど使っていたが,非接触型レンズを用いた新しい顕微鏡が開発され,その使いやすさに感動し愛用するようになった。接触型では助手の力量により,眼底の視認性が大きく左右される。慣れていない助手の場合には訓練しなければならない。そのことに,少しずつストレスを感じるようになっていた頃だった。非接触型では,すべて術者がコントロールできるため,助手を訓練する必要がない。また,眼球を自由に動かせるため,手術操作が楽である。いまでは,この広角観察システムなしでは硝子体手術をしたくないほど,私にとって必需品になった。

 2年ほど前から,学会で広角観察システムのインストラクションコースを行っているが,従来の方法から広角観察システムに替えた医師からよく耳にする話がある。それは,「広角観察システムにして網膜全体を見ながら手術をすることに慣れると,従来の方法に戻れない。従来の方法では,見えないところが多く,そこで何が起こっているか不安になる」という話である。従来の方法では視野が狭く,後極部の処理中に生じる網膜周辺部の網膜牽引や裂孔に気づかないことがある。広角観察システムでは,周辺部も後極部と同時に観察できるので,網膜牽引や裂孔にすぐに対応できる。あるいは,網膜裂孔を未然に防ぐことも可能になる。

見えることの不思議

著者: 久瀬真奈美

ページ範囲:P.383 - P.383

 厚生労働省の2006年度「臨床研修に関する調査」によると,後期研修医が診療科を選択する理由の最上位は「学問的に興味があるから」だそうだ。私も医師として社会に出てから早10数年,最近この分野に進むとき「自分が何をしたかったか?」と振り返ることが増えた。基本を確認しないとぐらついてきた,という年齢なのかもしれない。

 思い出してみると,私もその昔どの科に進むかを考えたとき,多くの後期研修医と同じ理由で「眼科」を選択した。人体の仕組みは謎とミラクルに包まれているが,そのなかでも「見える」という神秘的な感覚に魅せられてしまったのだ。ポリクリで細隙灯顕微鏡をのぞいたときに見た虹彩紋理のひだ,光を当てたときにスッと縮まる瞳孔の神秘的な美しさ ― そのときハッとし珍しい蝶々を見つけたような気持ちになったのを,いまでも昨日のことのように思い出すことができる。

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あとがき

ページ範囲:P.398 - P.398

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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