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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科62巻2号

2008年02月発行

雑誌目次

特集 網膜病変の最近の考え方と新しい知見

眼底自発蛍光の臨床応用

著者: 白木邦彦

ページ範囲:P.113 - P.121

はじめに

 眼底自発蛍光は,主に網膜色素上皮中のリポフスチンの発する蛍光の有無および多寡から網膜色素上皮の状態を推測するものである。造影剤であるフルオレセインの発する蛍光を観察する眼底血管造影と異なり,造影剤なしに眼底自体の発する蛍光を観察する。したがって,造影剤に対するショックなどのアレルギー反応には無縁の検査法であり,撮影光による羞明以外被験者に負担のない非侵襲的な検査である。

 従来の眼底カメラでも,乳頭ドルーゼンの発する自発蛍光に関しては,フルオレセイン眼底造影に使用する励起およびバリアフィルターを用いて,撮影フィルムの増感あるいはCCDカメラの感度上昇により観察できた。しかし,眼底後極部の発する自発蛍光は捉えることはできなかった。当初,インドシアニングリーン蛍光造影の臨床導入当時に,Fitzkeらによって開発された共焦点型走査型レーザー検眼鏡(scanning laser ophthalmoscope:以下,SLO)で初めて臨床の場での眼底自発蛍光撮影が可能になった1)。しかし,市販のままでのローデンストック社製SLOでは眼底自発蛍光を捉えることはできなかった。その後,共焦点型走査型レーザー検眼鏡(ハイデルベルグ社製レチナアンジオグラム:HRA)2)の市販により一般臨床の場でも撮影可能となった。最近では,市販には至っていないものの,特殊な励起およびバリアフィルターを挿入することで眼底カメラ(トプコン社製)でも眼底自発蛍光が撮影できるようになってきている3)

Acute zonal occult outer retinopathy(AZOOR)とAZOOR complex

著者: 齋藤航

ページ範囲:P.122 - P.129

はじめに

 Acute zonal occult outer retinopathy(急性帯状潜在性網膜外層症:以下,AZOOR)は,眼底所見では説明できない視野異常が生じ網膜電図(ERG)の異常を示す,原因不明の網膜外層障害を生じる症候群である1,2)。眼底に異常が出現しないことが多いことから,いままで他疾患あるいは異常なしなどと誤診されることもあり,現時点で眼科医の認知度は必ずしも高いとはいえない。また,acute annular outer retinopathy(急性輪状網膜外層症:以下,AAOR)と呼ばれるAZOORの亜型と考えられている疾患があることや3),点状脈絡膜内層症などの疾患はAZOOR complexと呼ばれ,広義のAZOORに含めることが提唱されている1,2,4)。このことがAZOORの理解をより複雑にしている。

 本論文では,AZOORの疾患概念と臨床像を整理し,AZOOR complexを呈する疾患についても述べてみたい。

急性網膜壊死とその類縁疾患

著者: 坂井潤一 ,   臼井嘉彦

ページ範囲:P.130 - P.137

はじめに

 1971年,「網膜動脈周囲炎と網膜剝離を伴う特異な片眼性急性ブドウ膜炎について」というタイトルで本誌に報告された浦山らの論文1)が急性網膜壊死(acute retinal necrosis:ARN)の最初の記載である。その後,わが国のみならず欧米からも同様の症例の報告が相次ぎ,1970年代後半には新たな疾患単位として広く認識されるようになった。1980年代に入って病因検索が一気に進み,単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:以下,HSV)もしくは水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus:以下,VZV)の眼内局所感染であることが判明した2,3)。さらに,1990年代になりPCR法の普及とともに眼内液を用いたウイルス学的検索が進展し,病因診断が可能なぶどう膜炎として確立されるに至った。

 しかし,成人の多くが既感染である普遍的なウイルスでありながら急性網膜壊死がごく一部の健康成人にのみ突発する理由,ウイルスが眼(網膜)に伝播する経路・機序など不明な点も多く,また,視力予後不良となることの多い本症に対するより有効な治療法の確立など21世紀に多くの課題を残した。この7年,前世紀から託された課題を解決する新たな展開はあったのであろうか。本稿ではその点を踏まえて主として2000年以降の業績を検証したい。

家族性滲出性硝子体網膜症

著者: 近藤寛之

ページ範囲:P.138 - P.144

はじめに

 家族性滲出性硝子体網膜症(familial exudative vitreoretinopathy:以下,FEVR)は1969年にCriswickとSchepens1)によって報告された遺伝性網膜疾患である。眼底所見が未熟児網膜症に類似するものの,低体重出生や酸素投与などの既往がないことで知られる。わが国では1976年に大塩と大島2)によって報告され,その後多くの臨床研究により疾患概念が拡大され,診断基準も提唱されるなど,眼科領域で広く知られた遺伝性疾患となっている。特にわが国では若年者の網膜剝離の原因の1つとして注目されている。臨床像は,網膜血管の走行異常が特徴であり,「滲出性」という呼び名もふさわしくない症例のほうが多い。重症度や臨床症状が症例または家系ごとに異なり,症例の多くは自覚的に無症状である。FEVRは最初の報告以来「家族性」と冠されているが,家族性のものだけではなく孤発例も多い。これまで孤発例の遺伝性に関しては不明であった。

 FEVRは遺伝要因の関与で発症すると考えられていたものの,長い間原因遺伝子はつきとめれられず,病態生理や遺伝性など不明な点が多かった。2002年にカナダのRobitailleら3)が常染色体優性遺伝のFEVRの原因遺伝子(FDZ4)を同定し遺伝子診断が可能となった。この知見が突破口となりFEVRの遺伝性や分子機構に関する理解が大きく進展した。疾患についての理解が進むにつれ,FEVRの遺伝性は複雑であること,また,骨粗鬆症偽網膜膠腫症候群(osteoporosis pseudoglioma syndrome:OPPG)やNorrie病などこれまで注目されていなかった類縁疾患がFEVRを理解するうえで重要であることがわかってきている。

連載 日常みる角膜疾患・59

水痘・帯状疱疹ウイルス感染

著者: 川本晃司 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.148 - P.150

症例

 患 者:25歳,女性

 主 訴:右眼窩部痛

 現病歴:2003年10月に頭痛,右眼眼瞼の疼痛が出現した。数日後,近医皮膚科で帯状疱疹と診断された。疼痛が強く,疼痛のコントロール目的で当院麻酔科に入院,翌日当科外来を紹介され受診した。

 既往歴・家族歴:特記事項はない。

 初診時所見:視力は右0.7(1.5×S-2.50D),左0.5(1.5×S-1.50D),眼圧は右13mmHg,左15mmHgであった。三叉神経第1枝領域帯状疱疹に特徴的な皮疹がみられ,眼瞼の腫脹もあった(図1)。皮疹は鼻翼部にもみられた。細隙灯顕微鏡による検査では右眼の下方眼球結膜に結膜下出血と結膜炎がみられたが,右眼角膜上皮欠損や角膜混濁はなかった。前房内には炎症所見がみられた。角膜知覚検査では右眼の知覚低下がみられた。

 以上の所見から水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus:以下,VZV)感染症と診断し,角膜病変はみられなかったが,アシクロビル眼軟膏(1日5回)を開始した。

 治療経過:アシクロビル眼軟膏(1日5回)とともに,皮疹に対してはアシクロビルの全身投与(点滴)を行い,疼痛に対しては当院麻酔科で三叉神経ブロックを行った。皮疹は次第に軽快したためにアシクロビル眼軟膏の点入回数を減じ,後に中止とした。

公開講座・炎症性眼疾患の診療・11

Mooren角膜潰瘍

著者: 竹本裕子 ,   北市伸義 ,   大野重昭

ページ範囲:P.152 - P.155

はじめに

 角膜潰瘍にはさまざまな原因があり,治療方法や予後は大きく異なる。したがって早期に正しく診断し,的確な治療方法を選択することが大切である。一般的に病変部位が角膜中央部に位置するものは感染性であることが多いのに対し,Mooren角膜潰瘍(蚕食性角膜潰瘍)をはじめとする辺縁角膜潰瘍には非感染性のものが多い。

 Mooren角膜潰瘍は角膜輪部に沿って進行する難治性の角膜潰瘍である。穿孔することは比較的少ないものの潰瘍は深く,治癒後も乱視や角膜混濁のために著しい視力障害を生じることがある。その病態は角膜抗原に対する輪部結膜を介した自己免疫反応と考えられている。ステロイド薬による治療を必要とするため,感染性角膜潰瘍を否定することが大切である。

網膜硝子体手術手技・14

増殖糖尿病網膜症(5)前部硝子体線維血管性増殖

著者: 浅見哲 ,   寺崎浩子

ページ範囲:P.156 - P.161

はじめに

 前号では増殖膜処理と止血法を説明した。本号では,増殖糖尿病網膜症の手術を行っていればいずれ遭遇するであろう,術後の硝子体出血の原因である前部硝子体線維血管性増殖の処理法について解説する。

もっと医療コミュニケーション・2

医師は石頭?

著者: 綾木雅彦

ページ範囲:P.166 - P.168

医師アタマ

 医学教育に熱心な尾藤誠司氏(国立病院機構本部医療部研究課臨床研究推進室長)の著書のタイトルに『医師アタマ』(医学書院)というのがあります。医師は自分のスタイルを変えようとしないなど,いろいろな意味があって奥深い表現です。本書については,2007年2月12日発行の『週刊医学界新聞』第2719号に載っていますので,インターネット上でご一読を勧めます。

臨床報告

両眼に発症した海外でのLASIK後の感染性角膜炎の1例

著者: ジェーンファン ,   瀧本峰洋 ,   林英之 ,   内尾英一

ページ範囲:P.179 - P.183

要約 目的:近視に対して行われたLASIK後に発症した両眼の感染性角膜炎の症例の報告。症例:ベトナムに留学中の20歳の日本人女性が両眼の-6Dの近視に対し,現地でLASIKを受けた。その翌日に現地のホテルで水道水で洗顔した。1週間後に両眼の霧視,2週間後に視力低下と疼痛が生じ,その翌日,両眼にフラップ下の洗浄が行われた。日本に帰国し,手術から17日目に当科を受診した。所見と経過:矯正視力は右0.02,左1.5で,右眼に角膜びらんと実質の混濁,左眼に角膜実質下の膿瘍が2か所にあった。抗菌薬,抗真菌薬,抗原虫薬の投与,フラップ下洗浄,フラップ除去を行ったが軽快しなかった。LASIKから約2か月後に行った深層角膜移植で改善し,最終視力として右0.9,左0.8が得られた。経過中に真菌と細菌が検出された。結論:LASIK後の角膜感染症では,角膜上皮が変化しているために病像が修飾され,注意が望まれる。

悪性緑内障が発生した白内障手術後合併症の1例

著者: 橋本浩隆 ,   筑田眞 ,   小原喜隆

ページ範囲:P.185 - P.188

要約 目的:白内障の術後に眼球を擦過し,房水流出による悪性緑内障が起こった症例の報告。症例:78歳男性が左眼に超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を受け,その3週間後に右眼に同様な手術を受けた。左眼には上方強角膜切開,右眼には耳側角膜切開が行われた。手術中の合併症はなく,術後の矯正視力は両眼とも0.7であった。右眼手術から1か月後に,右眼の虹彩と眼内レンズが前方に移動し,浅前房化していた。眼圧は低かった。患者は右眼を強く擦ったことを述べた。1週間後にレーザー虹彩切開術,さらに5週間後に虹彩切除術と前部硝子体切除術を行ったが一時的な改善で,再度浅前房をきたし,白内障手術から3か月後にYAGレーザーによる水晶体前囊切開を行った。前房は深くなり,最終的な治癒が得られた。結論:角膜小切開による白内障手術でも悪性緑内障が生じることがある。高齢者での白内障手術では,患者の理解度に応じた術式を選び適切な術後指導をすることが重要である。

内転時に過剰に上・下偏位したDuane症候群2例の外科的治療

著者: 松永芳径 ,   稲垣有司 ,   溝田淳 ,   田中稔

ページ範囲:P.189 - P.193

要約 目的:内転時に上下の過剰偏位があるDuane症候群2手術例の報告。症例:2例とも女性で,年齢はそれぞれ6歳と42歳,いずれもDuane症候群Ⅲ型である。1例には右眼の内転時に上方偏位があり,下斜筋後転術で上方偏位が軽減した。他の1例には左眼の外斜視と内転時の下方偏位があり,左眼の外直筋と上斜筋を後転した。軽度の過矯正となり,下方偏位が残ったため,内直筋後転術を追加した。第1眼位で正位となり,内転時の下方偏位が軽減した。結論:Duane症候群Ⅲ型で上下偏位がある症例には,患眼の内・外直筋の後転術と斜筋の後転術が奏効することがある。

副鼻腔手術35年後に涙囊部へ伸展拡大した術後性篩骨洞囊胞

著者: 佐藤あゆみ ,   髙岡紀子 ,   五嶋摩理 ,   新妻卓也 ,   松原正男

ページ範囲:P.195 - P.198

要約 目的:副鼻腔手術後に起こった篩骨洞囊胞により鼻涙管通過障害が生じた症例の報告。症例:49歳男性が3か月前からの左眼流涙で受診した。左眼涙囊部に弾性軟の無痛性腫脹があった。CTで眼球を耳上側に圧排する直径2cmの腫瘤があり,眼窩膿瘍が疑われた。腫瘍部の経皮穿刺で排膿が得られた。2か月後に同一部位の腫瘤が再発した。問診で35年前に副鼻腔手術を受けていたことが判明した。耳鼻科で副鼻腔囊胞が篩骨洞囊胞になったことが確認された。内視鏡下で篩骨洞根治術が行われ,治癒が得られた。結論:副鼻腔囊胞が術後に篩骨洞囊胞になり,その晩期併発症として鼻涙管閉塞が生じることがある。

カラー臨床報告

経時的な病巣の移動が観察された眼トキソカラ症の1例

著者: 松山加耶子 ,   垰本慎 ,   西村哲哉 ,   萩原実早子 ,   松村美代

ページ範囲:P.173 - P.178

要約 目的:経時的に病巣が移動し,眼トキソカラ幼虫によると推定された症例の報告。症例:ネコとイヌを飼っている67歳女性が5週間前からの左眼飛蚊症で受診した。所見と経過:矯正視力は左右眼とも1.5であった。左眼の中心窩耳上側に滲出巣があった。血清梅毒反応が陽性,トキソプラズマ抗体は陰性であった。2週間後に病巣が移動し,その跡が萎縮化していた。光干渉断層計(OCT)で病変部に半球形に隆起した高反射層があった。初診から8週間後に病巣はさらに移動したのでレーザー光凝固を行った。その3日後にさらに病巣が移動したので光凝固を追加した。その7か月後に病巣がさらに隆起していたが,6か月後に隆起が減少し,その15か月後に病巣が平坦化していることがOCTで確認された。視力は全経過中良好であり,眼内炎の所見はなかった。結論:所見と経過から本症は眼移行型のトキソカラ幼虫症であると推定される。診断にはOCT検査が有用であった。

べらどんな

画家の眼病

著者:

ページ範囲:P.137 - P.137

 ムンク展が日本に来ている。東京のは1月で終わり,現在は神戸にある兵庫県立美術館で開催されている。

 ムンク(Edvard Munch, 1863-1944)はノルウエーの生まれで,35歳のときパリに行き,2年間滞在した。ちょうどモネ,マネ,ゴガンなど,印象主義の最盛期に相当するが,画家としての本格的な活躍が始まったのは,1892年にミュンヘンに移住してからである。

書評

クリニカルエビデンス・コンサイスissue 16 日本語版

著者: 山口直人

ページ範囲:P.145 - P.145

 このたび『クリニカルエビデンス・コンサイスissue16 日本語版』が医学書院から出版されたことは,わが国で医療に携わる全員にとって大きな喜びである。まずは,ご苦労なさった葛西龍樹教授はじめ翻訳に携わった皆様,出版社のみなさんに謝意を表したい。“Clinical Evidence”は英国医師会出版部(BMJ Publishing Group)が総力を挙げて作り出したEBMバイブルの1つである。その日本語版は葛西教授が中心となっての献身的な努力で2001年に原書第4版の日本語訳が出版され,2002年に第6版,2004年には第9版が出版されたことは周知のとおりだが,その後,諸般の事情で出版が途絶えていたものである。今回,第16版の日本語版が装いも新たに出版されたことは,わが国の医療界にとって大きな福音であるといっても過言ではないであろう。

 “Clinical Evidence”を利用する医師数は世界で100万人を超えているといわれ,現在,7か国語への翻訳が実施されている。多くの国では医師会員や医学生に無償配付するなどの措置がとられており,さらに,世界保健機関の協力によって発展途上国ではオンライン版が無償提供されていると聞く。このように,“Clinical Evidence”は世界中の医療にとって,質向上のドライビングフォースとなっていることは明らかであり,わが国の医師,医療者が日本語で利用できることの意義は計り知れない。

今月の表紙

黄斑低形成

著者: 深尾隆三 ,   水流忠彦

ページ範囲:P.147 - P.147

 症例は11歳男児で,5歳のときに原因不明の視力低下のため紹介され受診した。初診時視力は右0.4(0.5),左1.0(n.c.)で右眼弱視と診断し,弱視に対し左眼遮蔽と眼鏡装用により経過観察となった。右眼視力はその後(0.8)~(1.0)前後で推移したが,6年後に(0.4)に低下したため,改めて眼底を中心に精査を行った。その結果,両眼の眼底において検眼鏡的に中心窩反射および黄斑部輪状反射を認めず,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では中心窩周囲の無血管領域が認められなかった。以上から黄斑低形成と診断した。以前にも多くの報告がなされているが,蛍光眼底造影検査において黄斑部の拡大撮影で無血管領野の消失をわかりやすく示したものがなかった。第60回日本臨床眼科学会で山村が「原因不明の弱視として長期観察された黄斑低形成の1例」として報告した(臨眼61:819-822,2007)。

 眼底カメラはトプコンTRC50IXにMEGAPLUS CAMERA MODEL 1.4iを装着し,画角35°で撮影を行い,黄斑部領域は適正な光量では暗くなるのでストロボ光量を2段階オーバーに設定した。IMAGEnet2000システムに取り込んだ画像を2倍に拡大処理しA4サイズにプリントとした。

やさしい目で きびしい目で・98

読み聞かせ

著者: 富田香

ページ範囲:P.165 - P.165

 小児眼科を専門にしているせいか,いろいろな質問をよく受ける。最近困ってしまった質問は「寝る前の本の読み聞かせ」についてである。「煌々と明るい部屋では寝付けないので,薄暗くして本を読むのだが,目が悪くなるのではないか」「子どもが聞くだけではなくて,一緒に絵本の絵を見るとどうなのか。寝た姿勢で見るので,子どもも目が悪くなるのではないか」などなど。

 子どもが母親や父親に添い寝をしてもらい,安心した状態で楽しいお話を読んでもらう。こんなすばらしい至福のひとときに,安易に水を差してよいのだろうか。しかし,実際には暗いところで,距離も近くで読む形になることが多く,近視系の人にとってはあまりよくなさそうである。「寝転がって本を読まないこと!」なんて,診察ごとに子どもたちに注意しているわけで,「本の読み聞かせ」ならばいいというわけでもない。ああ,こんなときは人に聞かないで,自分で考えて判断して欲しい,と叫びたくなってしまうのである。どう考えても正解はないので,「本のところの明るさは確保して,長い時間にならないように」など,わけのわからない説明をつぶやくしかない。教養もあり素敵なお母様が,幼稚園に通うお子さんが近視と知って涙ぐみ,「寝る前に本を読んであげたのがいけなかったのでしょうか」と言われると何と返事をしてよいのか,こちらが泣きたくなってしまう。

ことば・ことば・ことば

マイフェアレディ

ページ範囲:P.169 - P.169

 外国語に翻訳できない単語が日本語にはあります。古いところでは「もののあはれ」や「わび,さび」,現代ですと「義理」や「情け」がこれに相当するでしょうか。

 英語では,fairがこれと似ています。フランス語にもドイツ語にも翻訳不可能なのです。さらにfair playとなると,日本語にすら翻訳できません。

文庫の窓から

『傷寒論』

著者: 中泉行弘 ,   林尋子 ,   安部郁子

ページ範囲:P.200 - P.202

『三国志』の時代の人,張仲景

 現在『傷寒論』と呼ばれている書物は,張仲景によって成されたものと考えられている。今は失われた『名醫録』という書物には「南陽の人,名は機,仲景は乃ちその字なり。孝廉に挙げられ,官は長沙の太守に至る。始め術を同郡の張伯祖に受く。時人云う,識用精微なることその師に過ぐ。」とあったそうだ。袁紹や曹操らが戦う『三国志』の時代,現在の湖南省にあたる長沙の太守が『傷寒論』の作者である。『傷寒卒病論集』の仲景自序には,建安紀年(196)以来10年も経たぬうちに200余人いた宗族の3分の2が亡くなり,その10のうち7は傷寒が原因で死亡したため,自分は『素問』『九巻』『八十一難』『陰陽大論』『胎臚薬録(たいろやくろく)』『平脈弁証』などを撰用して『傷寒雑病論16巻』を作った,と述べている。

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あとがき

著者: 水流忠彦

ページ範囲:P.216 - P.216

 2月というのは新年が始まって1か月たったと同時に,1か月後には年度末を迎えるという微妙な時期で,先生方には何かとお忙しいことと存じます。少し旧聞に属しますが,昨年2007年の世相を表す漢字として「偽」が選ばれ,揮毫した京都・清水寺の森清範貫主が嘆かれたという記事がありました。確かに「耐震偽装」から始まり,「製造日偽装」「賞味期限偽装」「産地偽装」そして防衛省元次官の「偽証」まで,昨年は一体何がホンモノなのかと暗澹たる気持ちになったものです。しかし医学の世界でも,研究論文の「捏造」騒ぎが相次ぎ,学術雑誌の編集に携わる者として「偽」の問題は決して他人事ではありません。気が早いとお叱りを受けそうですが,今年2008年の世相を表す漢字はどうなるのか,これからが楽しみです。

 昨今政治も経済も医療の世界も混沌とし,あちこちで「制度疲労」あるいは「システム崩壊」の兆しが見えてきているように思います。このような混乱や崩壊をきたしている要因には多くのものがあるでしょうが,その1つに「フラット化」というものを挙げたいと思います。フラット化とは,社会や組織の構造,サービスや情報の入手・提供など社会活動のあらゆる面で,従来あった階層(ヒエラルヒー)や障壁(バリア)が消失していくということです。その結果,さまざまな財や情報が良くも悪くも自由奔放に動き回ることになります。世界の「フラット化」の急速な進展に,インターネットの爆発的な普及と,東西冷戦構造の終息が大きな役割を果たしたことはいうまでもありません。最近のわが国の混迷も,急激に進む社会のフラット化と,それに対応できていない旧制度との軋轢が深層にあるのではないでしょうか。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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