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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科62巻7号

2008年07月発行

雑誌目次

特集 第61回日本臨床眼科学会講演集(5) 原著

ステロイド点眼治療中に樹枝状角膜炎を合併したヘルペス性角膜内皮炎の4例

著者: 木戸さやか ,   杉田直 ,   二神百合 ,   堀江真太郎 ,   佐々木秀次 ,   望月學 ,   清水則夫 ,   森尾友宏

ページ範囲:P.1061 - P.1065

要約 目的:角膜内皮炎の治療中に樹枝状角膜炎が生じた4症例の報告。症例と経過:4症例はすべて男性で,年齢は63~72歳(平均67歳)であった。いずれも片眼発症で,角膜内皮炎と診断された。3例ではステロイド点眼の開始から10日ないし2週間後,1例では8か月後に樹枝状角膜炎が発症した。3例では涙液からHSV-1,1例ではVZV-DNAが検出され,1例では前房水のHSV-1-DNAが陽性であった。全例でアシクロビルの眼軟膏または内服の追加で治癒した。結論:角膜内皮炎が疑われる症例では,ステロイド点眼に加えて抗ヘルペス薬を併用することが望ましい。

皮膚症状を伴わない水痘・帯状疱疹ウイルス前部ぶどう膜炎の3例

著者: 鴨居功樹 ,   杉田直 ,   木戸さやか ,   堀江真太郎 ,   菅本良治 ,   望月學 ,   森浩士 ,   宮永将 ,   宮田和典 ,   清水則夫

ページ範囲:P.1067 - P.1071

要約 目的:皮膚症状と神経症状が経過中に生じなかった水痘・帯状疱疹ウイルスによる前部ぶどう膜炎の3症例を報告する。症例:症例はいずれも女性で,年齢は68,70,82歳であった。いずれも片眼性で,色素性豚脂様角膜後面沈着物,高眼圧,虹彩萎縮,麻痺性散瞳があり,疱疹や三叉神経第1枝の疼痛はなかった。結果:前房水を3例から採取し,定性および定量PCR(polymerase chain reaction)で測定した。水痘・帯状疱疹ウイルスのDNAのみが陽性で,DNA量が高コピー数であった。抗ウイルス療法の併用で炎症は消退したが,虹彩萎縮と麻痺性散瞳はさらに進行した。結論:疱疹や神経症状がなくても,水痘・帯状疱疹ウイルスによる前部ぶどう膜炎が起こることがある。その疑いがあるときには,早期から眼内液のウイルス学的検査と適切な抗ウイルス療法が重要である。

初診から7年後に診断が確定した仮面症候群の1例

著者: 山下美恵 ,   田原昭彦 ,   原田行規 ,   永田竜朗 ,   川添理恵 ,   久保田敏昭

ページ範囲:P.1073 - P.1076

要約 目的:当初から悪性リンパ腫が疑われ,7年後に眼・中枢神経系悪性リンパ腫の診断が初めて確定した症例の報告。症例:67歳の女性が左眼の硝子体混濁で紹介され受診した。矯正視力は右1.2,左0.7で,左眼に軽い前部ぶどう膜炎の所見と網膜下の白色混濁があった。悪性リンパ腫が疑われたが,診断は確定しなかった。4年後に裂孔原性網膜剝離が左眼に発症した。硝子体の細胞診は陰性であった。その2年後に右眼網膜に混濁が生じ,頭部CTで右側頭葉に腫瘤が検出され,生検で悪性リンパ腫の診断が確定した。結論:眼・中枢神経系の悪性リンパ腫では,眼病変が初発してから5年以上経過後に中枢神経に病変が発症することがある。

眼内レンズ光学径と前囊切開創の大きさの差異による水晶体上皮細胞の増殖性

著者: 秦桂子 ,   斉藤伸行 ,   大井彩 ,   松本直 ,   平田香代菜 ,   松橋正和

ページ範囲:P.1077 - P.1081

要約 背景:白内障手術での眼内レンズ挿入後に生じる後囊混濁での細胞増殖には,各種ガングリオシドが関係する。目的:ブタ水晶体に眼内レンズを挿入して培養し,前囊切開の大きさと各種ガングリオシドの量との関係を検索した報告。対象と方法:摘出したブタ眼の水晶体から核と皮質を除去し,光学部径が6mmの眼内レンズを挿入した。前囊切開の大きさは5mmまたは6.5mmとした。水晶体を眼内レンズとともに摘出して培養した。1週と2週後に水晶体上皮からガングリオシドを抽出し,クロマトグラフィで定量した。総計60眼を用い,各群を10眼とした。結果:GM1とGM3は,6.5mm群よりも5mm群で有意に多かった。シアリルルイスXは,5mm群よりも6.5mm群で有意に多かった。結論:前囊切開創が眼内レンズの光学部径よりも大きい6.5mm群では,水晶体上皮の移動と増殖が活発であることを示す実験結果が得られた。

オルソケラトロジー治療の長期観察結果

著者: 前谷悟 ,   曽根隆志

ページ範囲:P.1083 - P.1086

要約 目的:オルソケラトロジー治療を行った症例の長期経過の報告と問題点の指摘である。症例:過去43か月間の期間に近視に対してオルソケラトロジー治療を行い,600日以上の経過を観察できた25例49眼を対象とした。男性28眼,女性21眼で,年齢は8~41歳,平均19歳であった。近視は-3D未満が12眼,-6Dまでが26眼,-9Dまでが11眼であった。結果:49眼すべてで1.0以上の裸眼視力が得られた。治療開始から1年までは効果が持続するが,600日前後から低下し,レンズ交換で改善する傾向があった。結論:近視に対してオルソケラトロジー治療を開始するときには,効果が永続するものではないことをあらかじめ説明する必要がある。

全層角膜移植後の拒絶反応についての検討

著者: 山田直之 ,   田中敦子 ,   原田大輔 ,   川本晃司 ,   森重直行 ,   近間泰一郎 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.1087 - P.1092

要約 目的:全層角膜移植後に発症した拒絶反応の治療成績と関連因子の報告である。対象:2005年までの12年間に全層角膜移植を543例611眼,累計690回行い,拒絶反応が起こった75例79眼,累計93回を診療録に基づいて検索した。年齢は17~91歳(平均57歳)であった。結果:角膜移植から拒絶反応が発症するまでの期間は10~4,287日(平均582±756日,中央値323日)であった。拒絶反応発症から治療開始までの期間は0~44日(平均7.0±8.6日)であった。角膜内皮細胞の密度は,拒絶反応発症前が1,946±961個/mm2,発症後が1,083±499個/mm2であった。拒絶反応が生じてから7日以内に治療を開始した54眼では30眼(56%)で移植片が透明化し,8日以降に開始した17眼では4眼(24%)で透明化した。この2群間には有意差があった。結論:全層角膜移植後の移植片の拒絶反応は,発症後できるだけ早く治療すべきであり,1週間以内であれば透明性が回復する可能性が高い。

外斜視の再発に対する追加手術の検討

著者: 藤野貴啓 ,   初川嘉一 ,   宋由伽 ,   石坂真美 ,   稲山裕美

ページ範囲:P.1093 - P.1097

要約 目的:外斜視の術後に眼位が戻り,最終眼位を良好にする目的で行った追加手術の特徴の報告である。対象と方法:間欠性外斜視に対して,初回手術と2回目の手術として後転と短縮手術を行った16例を対象とした。年齢は初回手術時は4~11歳(平均6歳)で,再手術時は6~13歳(平均9歳)であった。再手術時の眼位は18~35プリズム(Δ)の外斜視であった。結果:1mmあたりの眼位移動量は,初回手術で平均3.2Δ,再手術で平均3.9Δであり,有意差があった。眼位の戻りは,初回手術で31.4Δ,再手術で16.9Δであり,有意差があった。結論:間欠性外斜視の再発に対する前・後転手術では,初回手術のときよりも1mmあたりの眼位移動量が大きく,術後眼位の戻りが小さくなることを考慮して手術量を決めるべきである。

加齢黄斑変性における眼底自発蛍光の走査型レーザー検眼鏡と眼底カメラ型の違い

著者: 河野剛也 ,   山本学 ,   戒田真由美 ,   安宅伸介 ,   埜村裕也 ,   三木紀人 ,   平林倫子 ,   浜口明子 ,   白木邦彦

ページ範囲:P.1099 - P.1102

要約 目的:加齢黄斑変性の自発蛍光の撮影方法による違いを報告する。対象と方法:加齢黄斑変性36眼を対象とした。萎縮型27眼と新生血管を伴う滲出型9眼である。撮影には眼底カメラ(トプコン)と走査型レーザー検眼鏡(ハイデルベルク)を用いた。結果:萎縮型黄斑変性では,10眼で両装置により過蛍光があり,7眼では走査型レーザー検眼鏡のみで記録された。滲出型黄斑変性では7眼で眼底カメラにより境界が不鮮明な輪状の過蛍光があり,光線力学療法後に境界が鮮明化した。結論:萎縮型加齢黄斑変性では,走査型レーザー検眼鏡で過蛍光が明瞭に描出された。眼底カメラでは,新生血管からの滲出性変化と関係する過蛍光を捉えることができた。

超音波白内障手術中に発症し手術続行が困難であった上脈絡膜滲出液貯溜の2例

著者: 金川知子 ,   藤田善史

ページ範囲:P.1103 - P.1106

要約 目的:白内障手術中に上脈絡膜滲出が突発した2症例の報告。症例:75歳男性の右眼と71歳女性の左眼に白内障手術を行った。2例とも全身または眼に格別の問題はなかった。2例とも超音波核乳化吸引を終了し,超音波チップを前房から抜去した直後に前房が消失し,眼圧が上昇した。1例は前房形成が不全のまま眼内レンズを挿入した際に破囊した。他の1例では皮質吸引中に手術を中断し,翌日に残存皮質吸引と眼内レンズを挿入した。2例とも術後に脈絡膜剝離があったが,滲出液はそれぞれ2週間後と3か月後に自然に消失した。結論:上脈絡膜への滲出液貯溜は稀ではあるが重大な白内障手術の術中合併症である。破囊や脈絡膜出血などを回避するために,すみやかに創口を閉鎖し,翌日以降に手術を延期すべきである。

白内障手術を試みた角膜内皮異常のあるAxenfeld-Rieger症候群の1例

著者: 木下平次郎 ,   廣瀬茂樹 ,   鷹見公貴 ,   大野重昭

ページ範囲:P.1107 - P.1112

要約 目的:角膜内皮に異常があるAxenfeld-Rieger症候群の症例に白内障手術を行った報告をする。症例:42歳の女性が両眼の視力低下で受診した。右眼に-17D,左眼に-15Dの近視があり,矯正視力は右0.09,左0.05であった。両眼に虹彩萎縮,白内障,角膜内皮の滴状反射があり,左眼に瞳孔偏位と偽多瞳孔があった。眼軸長は右27mm,左26mmであった。歯牙欠損,低身長,上顎低形成,眼角隔離症があり,Axenfeld-Rieger症候群と診断した。白内障手術の強い希望があり,角膜内皮を保護するため,分散・凝集型粘弾性物質を使うソフトシェル法で水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を行った。術後8か月の現在,矯正視力は右0.9,左0.3で,角膜は透明である。結論:角膜内皮に異常があるAxenfeld-Rieger症候群の症例に,角膜内皮を保護しながら白内障手術を行い,良好な結果が得られた。

黄斑浮腫により発見されたバックル感染の1例

著者: 大坪哲三 ,   荒川明

ページ範囲:P.1113 - P.1115

要約 目的:黄斑浮腫により網膜剝離術後のバックル感染が発見された症例を報告する。症例:74歳の男性が4日前からの左眼痛で受診した。6年前に網膜剝離手術を受けていた。矯正視力は右0.7,左0.6であった。所見:格別の病的所見がなく,ドライアイとして点眼による治療を行った。7か月後に左眼視力が0.2に低下した。3か月後にさらに視力が低下し,蛍光眼底造影で黄斑浮腫に相当する所見が得られた。眼球の強い下転時に球結膜の充血と眼脂があり,バックルが露出していた。バックルの除去と抗菌薬点眼などで視力が0.6に改善した。眼脂からCorynebacterium属の菌が分離された。結果:愁訴が軽微であっても,バックルによる網膜剝離手術の既往があれば,感染の可能性を疑うべきである。

眼窩腫瘍および腫瘍性病変265例の検討

著者: 山田和正 ,   久保田敏信 ,   広瀬浩士

ページ範囲:P.1117 - P.1120

要約 背景:日本での原発性眼窩腫瘍と腫瘍性病変は,欧米よりもリンパ球増殖と炎症性病変が多いとされている。目的:原発性眼窩腫瘍と腫瘍性病変の自検例の報告である。対象と方法:過去6年間に当科を受診した原発性眼窩腫瘍と腫瘍性病変265例を診療録の記載に基づいて解析した。結果:男性119例,女性146例で,悪性腫瘍88例(33%),良性腫瘍177例(67%)であった。男性では悪性腫瘍45例(37%),良性腫瘍74例(63%)であり,女性では悪性腫瘍43例(29%),良性腫瘍103例(71%)であった。リンパ球増殖性病変85例(32%),炎症性病変59例(22%),血管性病変48例(18%),視神経腫瘍5例(2%),その他68例(26%)であった。以上の結果を国内2施設と欧米2施設からの報告と比較すると,日本では欧米よりもリンパ球増殖性病変の頻度が有意に高く,血管性病変と視神経腫瘍が有意に低かった(p<0.01)。結論:眼窩腫瘍と腫瘍性病変の内訳は,日本では欧米よりもリンパ球増殖性病変が多く,視神経腫瘍と血管性病変が少ないと考えられる。

遅発性に腫瘤を形成する眼窩内異物の検討

著者: 高山和子 ,   久保田敏信 ,   廣瀬浩士

ページ範囲:P.1121 - P.1124

要約 目的:眼窩内異物が長期間経過後に腫瘤を形成した2症例を報告する。症例:症例は75歳の男性と80歳の女性で,1例では鉄片と推定される金属片が7か月,他の1例では転倒した際に入った多数の小さな木片が2か月,眼窩内に貯留した。異物の周囲に腫瘤が形成し,手術で異物を摘出し腫瘤は消失した。2例とも原因菌は検出されなかった。病理学的に腫瘤は炎症性肉芽腫であった。結論:眼窩内に長期間残留する異物が炎症性肉芽腫として腫瘤を形成することがある。

放射線治療が奏効したびまん性脈絡膜血管腫の1例

著者: 西内貴史 ,   西野耕司 ,   林暢紹 ,   福島敦樹 ,   上野脩幸

ページ範囲:P.1125 - P.1129

要約 目的:びまん性脈絡膜血管腫に対して放射線治療が奏効した症例の報告である。症例:26歳の男性が右眼の視力低下で受診した。生来顔面の右側に血管腫があり,Sturge-Weber症候群と診断されていたという。所見と経過:矯正視力は右0.5,左1.5であり,右顔面の三叉神経第1枝と第2枝の領域に血管腫があり,右眼の上強膜にも血管腫があった。右眼の眼底には黄斑部から乳頭を囲むように赤色の隆起があり,網膜浮腫と滲出性網膜剝離を伴っていた。脈絡膜血管腫と診断し,1回2Gyの2方向からの放射線外照射を20日間に10回,総量20Gy行った。終了から1か月後の光干渉断層計検査で網膜浮腫と網膜下液は消失し,4か月後には右眼視力が1.0に改善した。以後10か月後の現在まで再発ないし照射による合併症はない。結論:びまん性脈絡膜血管腫に対し,放射線治療が奏効することがある。

結膜涙囊鼻腔吻合術鼻内法

著者: 原吉幸 ,   島千春 ,   田上美和 ,   大西貴子 ,   高岡源 ,   森本壮

ページ範囲:P.1131 - P.1133

要約 目的:結膜経由の涙囊鼻腔吻合術を鼻内法で行った2症例の報告。症例:症例は62歳の女性と59歳の男性で,いずれも片側の涙囊鼻腔吻合術鼻内法後の再閉塞に対し,結膜涙囊鼻腔吻合術を内視鏡を用いる鼻内法で行った。涙丘を切除し,鼻腔内吻合部までVランスで切開し,Jonesチューブを挿入し,長さを調整して縫合・固定した。5日後に鼻腔内に留置したガーゼを抜去し,通水が良好なことを確認して退院した。結論:結膜涙囊鼻腔吻合術は主として鼻外法で行われてきたが,鼻内法を応用すれば顔面を切らずに手術が可能であり,将来が期待される。

周期性要素のある調節性内斜視に外斜視を合併した1例

著者: 松浦美紀子 ,   久瀬真奈美 ,   松原央 ,   築留英之 ,   宇治幸隆

ページ範囲:P.1135 - P.1138

要約 目的:周期性で間欠性の要素がある調節性内斜視が外斜視に移行した症例を報告する。症例:3歳7か月の女児が,初診から2年間は,2~5か月の周期での間欠性内斜視を呈した。右眼に+5.0D,左眼に+6.5Dの遠視があり,眼鏡を装用させた。その3年後から外斜位になる傾向が生じ,さらに4か月後には眼鏡装用中は外斜位,非装用時には内斜位になった。初診から8年後の現在,右眼に+1.25D,左眼に+3.5Dの眼鏡装用で,近方視と遠方視ともに正位を保っている。結論:調節性内斜視は,遠視の減少に伴い外斜視になることがある。

眼窩先端症候群を呈した蝶形骨洞腺癌の1例

著者: 田片将士 ,   栗本拓治 ,   三宅敦子 ,   村田吉弘 ,   岡本紀夫 ,   三村治

ページ範囲:P.1139 - P.1143

要約 目的:眼窩先端症候群を呈した蝶形骨洞腺癌の症例を報告する。症例:62歳の女性が右顔面のしびれと眼痛で近医を受診し,顔面神経痛と診断された。1か月後に右眼視力が急激に低下し,その翌日に当科を受診した。所見と経過:矯正視力は右10cm指数弁,左0.6で,右眼に外転制限と内斜視があった。右眼乳頭に軽度の発赤・腫脹があり,右眼視野が高度に狭窄していた。磁気共鳴画像検査(MRI)で眼窩先端部に巨大な腫瘤があり,病理学的に蝶形骨洞腺癌と診断された。精査により肝転移と骨転移が発見され,当科初診から5か月後に死亡した。結論:原因不明の持続性眼痛では,稀ではあるが副鼻腔または眼窩腫瘍の可能性がある。

アーク溶接の研修作業中に黄斑熱傷を起こした1例

著者: 長岡朋子 ,   河原崎由佳子 ,   松橋正和

ページ範囲:P.1145 - P.1148

要約 目的:アーク溶接中に網膜熱傷が生じた症例を報告する。症例:20歳の男性がアーク溶接の研修作業中に,溶接保護用具を装着しないでアーク光を注視した。その翌朝,視野の中心が白っぽくぼやけることを自覚して来院した。所見:視力は右0.2,左0.3で,両眼の中心窩に類円形の白い混濁があり,両眼に中心暗点があった。2か月後に傍中心視力は回復したが,中心視力は右0.06,左0.05であった。結論:アーク溶接で網膜熱傷が生じた例は,調べた限りでは日本では報告がない。このような事故を防ぐために,アーク溶接では顔面の保護用具の装着を励行するべきである。

網膜剝離手術30年後に発症した血管新生緑内障の1例

著者: 佐藤寛之 ,   内藤毅 ,   秦裕子 ,   松下新梧 ,   竹林優 ,   塩田洋

ページ範囲:P.1149 - P.1152

要約 目的:網膜剝離手術から30年後に血管新生緑内障が発症した症例の報告である。症例:48歳の男性が左眼の眼圧コントロール不良で紹介され受診した。17歳のときに両眼の網膜剝離手術を受け,右眼が失明した。15か月前に左眼の白内障囊内摘出術を受け,0.5の視力になった。所見:矯正視力は右0,左0.1,眼圧は右30mmHg,左6mmHgであった。左眼には虹彩ルベオーシスと隅角全癒着が全周にあった。乳頭には緑内障性視神経萎縮と高い輪状締結術の所見があった。網膜剝離手術後の血管新生緑内障と診断し,複数回の緑内障手術と硝子体手術を行ったが,眼圧が再上昇し,視力が手動弁になった。結論:本症例での血管新生緑内障では,眼底周辺部の網膜剝離の残存,高い強膜内陥,白内障手術などが累加したことが原因となった可能性がある。

加齢黄斑変性に対する光線力学療法の治療経過

著者: 山田達生 ,   星合繁 ,   栗原秀行

ページ範囲:P.1153 - P.1157

要約 目的:中心窩下新生血管を伴う加齢黄斑変性に対する光線力学療法の加療6か月後の成績を報告する。対象と方法:過去26か月の間に光線力学療法を行い,6か月以上の経過を追えた45例49眼を対象とした。男性27眼,女性22眼で,年齢は平均73±10歳であった。1眼には黄斑移動術の既往があった。視力はlogMARで評価した。結果:治療前と比較し,6か月後の時点で,0.2以上の視力改善が23眼(47%),不変が21眼(43%),悪化が5眼(10%)であった。結論:加齢黄斑変性に対する光線力学療法の6か月後の成績は,わが国での他の報告とほぼ同様であった。

糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後に直接の眼科治療によらず黄斑浮腫が変動した2例

著者: 中野早紀子 ,   山本禎子 ,   政金生人 ,   今田恒夫 ,   山下英俊

ページ範囲:P.1159 - P.1166

要約 目的:糖尿病黄斑浮腫に対して硝子体手術が行われたのち,眼科治療とは関係なく,全身因子と関連して両眼の眼底所見が変動した2症例を報告する。症例と経過:症例は53歳の男性と40歳の女性で,前者には増殖糖尿病網膜症とびまん性黄斑浮腫があり,汎網膜光凝固と硝子体手術後も黄斑浮腫が軽減しなかった。糖尿病腎症によるネフローゼが改善し,5か月後に黄斑部網膜厚が減少し,黄斑浮腫が軽減した。後者には15年前から糖尿病があり,増殖網膜症と黄斑浮腫があった。汎網膜光凝固と硝子体手術で黄斑浮腫は軽減しなかった。貧血とヘモグロビン値が上昇するとともに,黄斑浮腫が改善した。結論:これら2症例では汎網膜光凝固と硝子体手術後に存在した黄斑浮腫が全身因子と関連して変動した。糖尿病黄斑浮腫の治療では全身因子の制御も必要である。

連載 今月の話題

多焦点眼内レンズの最近の進歩―多焦点眼内レンズの素材

著者: 茨木信博

ページ範囲:P.1035 - P.1039

 過去の多焦点眼内レンズの欠点であった遠方視の改善,グレアやハローの低減がなされた2種類の多焦点眼内レンズが2007年厚生労働省より承認された。これら多焦点レンズは,単焦点レンズでは必要であった眼鏡装用の機会が減る,実用性の高い眼内レンズである。本稿では,光学的特性を中心にこれらの多焦点レンズを紹介する。

眼科図譜・351

卵黄状黄斑ジストロフィの眼底自発蛍光所見

著者: 今陽子 ,   齋藤昌晃 ,   石龍鉄樹 ,   飯田知弘

ページ範囲:P.1040 - P.1042

緒言

 卵黄状黄斑ジストロフィ(vitelliform macular dystrophy:以下,Best病)はその病期により多彩な臨床像を呈する常染色体優性の遺伝性網膜疾患である。原因遺伝子はVMD2(vitelliform macular dystrophy type 2)であり,その蛋白質産物であるベストロフィンは網膜色素上皮(retinal pigment epitherium:以下,RPE)の基底側形質膜に局在しており,眼球電図(electrooculogram)の所見に関与していると報告されている1)。そのため,眼球電図でのL/D(light peak/dark trouph)比の著しい低下が診断には重要な所見となる。

 Best病の臨床像は5段階で表現され,眼底にほとんど異常を認めない前卵黄期,典型的な卵黄病巣を認める卵黄期,黄色物質が囊胞底に貯留する偽蓄膿期,黄色物質が黄斑部に散乱する炒り卵期を経て,最終的には黄斑が萎縮する萎縮期に分類される。本疾患はRPEの代謝障害により網膜下に黄色沈着物を認め,これはリポフスチンであるといわれている2)

 眼底自発蛍光(fundus autofluorescence)は主にRPE細胞内のリポフスチンに由来しており,非侵襲的にRPEの機能を評価できる。今回,兄弟例にみられたBest病の眼底所見と眼底自発蛍光所見を報告する。

日常みる角膜疾患・64

角膜ジストロフィと遺伝子

著者: 山田直之 ,   近間泰一郎 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.1044 - P.1047

症例

 患者:73歳,女性

 主訴:右眼の眼痛

 現病歴:2005年4月,右眼の眼痛を主訴に当院の一般内科を受診し,精査目的で当科へ紹介され受診となった。

 初診時所見:視力は右0.05(0.1),左0.3(0.4)であった。細隙灯顕微鏡検査にて右眼の角膜にlattice lineを認めたが,左眼の角膜には認められなかった(図1)。右眼は睫毛乱生を認めた。Hessチャートにて右眼は全方向への眼球運動制限を認めた。眼痛と眼球運動障害を伴うことから頭蓋内および眼窩における病変の存在を疑い,CT(computed tomography),MRI(magnetic resonance imaging)検査を施行した。

 経過:MRI検査にて,右海綿静脈洞から眼窩尖端部にかけて炎症性の変化を認め,Tolosa-Hunt症候群と診断した。ステロイドの全身投与にて眼球運動は改善し,眼痛も消失した。一方,角膜病変については格子状角膜ジストロフィを疑い,TGFBI遺伝子について遺伝学的検討を行った。しかしながら,格子状角膜ジストロフィⅠ型をきたすR124C1)変異をはじめTGFBI遺伝子の他の変異も認められなかったので,角膜ジストロフィを否定した(図2)。片眼性であること,家族歴をもたないこと,患眼に睫毛乱生があることなどから,最終的には続発性角膜アミロイドーシスと診断した。

公開講座・炎症性眼疾患の診療・16

バルトネラ感染症(ネコひっかき病)

著者: 有賀俊英 ,   北市伸義 ,   大野重昭

ページ範囲:P.1048 - P.1052

はじめに

 ネコひっかき病は古くから知られていた疾患である。ネコにひっかかれたあと,まず受傷部位の発赤,腫脹,その後所属リンパ節の腫脹,圧痛が出現し,発熱や全身倦怠感などを伴って発症する。多くは自然軽快するため予後良好な疾患と考えられているが,重症例では肝脾腫や脳炎などを生じることがある。またAIDSなどの免疫不全患者に生じた場合には細菌性血管腫症を引き起こし,致死的な経過を示すこともある。眼科的にはParinaud眼腺症(Parinaud oculoglandular syndrome)として知られる濾胞性結膜炎や視神経網膜炎を引き起こす。

 Parinaud眼腺症は,1889年にParinaud1)が初めて報告した発熱と所属リンパ節腫脹を伴う結膜炎である。その後この疾患の原因としてさまざまな病原体が報告されたが,1950年頃からParinaud眼腺症とネコとの接触歴の関連性が指摘されはじめ2,3),1953年にCassadyら4)によりParinaud眼腺症とネコひっかき病との関連が報告された。現在ではParinaud眼腺症のほとんどがネコひっかき病によるものと考えられている。また視神経網膜炎との関連も,1970年のSweeneyら5)による報告以降多くの報告がなされている。

 近年その病原体がBartonella henselaeであることが判明し,血液検査でB. henselaeに対する抗体価を測定できるようになった。その結果,不明熱や原因が特定できなかったリンパ節腫脹のうちいくつかは本症が原因であることがわかり,ネコとの直接接触がなくても本症の発症があり得ることもわかってきている。

網膜硝子体手術手技・19

開放性眼外傷(4)眼球破裂,強角膜穿孔の1次縫合

著者: 浅見哲 ,   寺崎浩子

ページ範囲:P.1054 - P.1059

はじめに

 穿孔(laceration)は,鋭的外力が直接眼球表面に当たり生じたもので,主に前眼部を中心とした強角膜穿孔となることが多いため診断をつけやすい。

 一方,破裂(rupture)は,鈍的外力により眼内圧が上昇し,間接的に眼球壁が裂けるもので,上方の筋付着部から赤道部にかけて輪部に並行に創が生じることが多いため,結膜下の潜在的な創となり,術前に診断をつけるのが困難なこともしばしばある(図1)。結膜出血,前房出血,極端な低眼圧などの所見があれば破裂を積極的に疑い,観血的に確認する必要がある。

 開放性眼外傷は,既に1次縫合されてから硝子体術者のところに紹介されることが多い。1次縫合のできいかんが2次的硝子体手術のやりやすさを左右する場合も多く,1次縫合をしっかり行うことは重要である。

 そこで本稿では,強角膜穿孔,眼球破裂の1次縫合について解説する。

もっと医療コミュニケーション・7

訴えるべきか,訴えざるべきか,それが問題だ―医師の時間と患者の時間にはゾウとネズミより違いがある(医療クロネミクス―私の場合)

著者: 佐藤綾子 ,   綾木雅彦

ページ範囲:P.1170 - P.1172

 このところの医療訴訟の増加は目を見張るものがあります。1996年度の新受付数が575件であるのに対して,2005年度は999件というのが最高裁医事関係訴訟委員会の調べです。患者がお世話になった医師を訴えるなんてよほどの事情があるに違いありません。そう思っていたら,なんと事件は私自身に降ってきました。

 2006年1月30日(月)の午前10時。私はT大学附属病院の外科で鼠径ヘルニアの手術を受けました。年甲斐もなく,その前年末にクラシックバレエのレッスンで張り切りすぎ,左足の片足ジャンプを何百メートルもやったあと,左足がズキズキ痛くなり,股関節が炎症を起こしていることがわかりました。一時的な捻挫状態です。でも仕事があります。左足を引きずりながら右足だけに体重をかけ,たくさんの講演や授業をこなしていました。

今月の表紙

前房内硝子体脱出

著者: 永野幸一 ,   坂本泰二

ページ範囲:P.1053 - P.1053

 症例は77歳,男性である。2006年8月に両眼の白内障手術を目的に当院を紹介され受診した。視力は右0.2(0.7),左0.09(0.6)で,両眼に核硬度Ⅲ程度の白内障を認めた。そのほかに特記すべきことはなかった。同年10月に両眼の白内障手術を施行した。右眼は術中に後囊破損が起こったものの,前部硝子体膜が温存されていたためか硝子体の前房への脱出はなく,眼内レンズをout of the bagに挿入して手術を終了し,同日の術後診察時には問題はなかった。翌日の診察時に硝子体の前房への脱出を認めた。1週間経過観察を行ったが不変のため(写真),前部硝子体切除術を施行した。

 最終観察時(2007年6月),視力は右0.9(1.2),左0.9(1.2)と良好である。

臨床報告

白内障手術後における抗炎症点眼薬使用の角膜厚および角膜体積への影響

著者: 宮井尊史 ,   子島良平 ,   大谷伸一郎 ,   片岡康志 ,   佐々木香る ,   鮫島智一 ,   宮田和典 ,   天野史郎

ページ範囲:P.1183 - P.1187

要約 目的:白内障手術後の抗炎症薬点眼が角膜の厚さと体積に及ぼす影響の報告である。対象と方法:白内障手術を行った32例32眼を対象とした。男性12例,女性20例で,年齢は68.7±8.9歳であった。症例を無作為に3群に分け,それぞれ0.1%ベタメタゾン,0.1%ジクロフェナクナトリウム,および両薬剤の併用を,白内障手術後の1か月間,1日4回点眼させた。角膜の厚さと体積は,角膜形状測定装置Pentacam(R)で測定した。測定箇所は,角膜の中心と上下4方向とした。結果:ベタメタゾン群では,下方を除く4測定部位で角膜の厚さと体積が術前よりも有意に増加した(p<0.05)。ジクロフェナク群と併用群では,角膜の厚さと体積に手術前後で変化がなかった。結論:白内障手術後にベタメタゾン単剤では角膜の厚さと体積の増加がみられたが,ジクロフェナク単剤もしくは併用では増加がみられなかった。

カラー臨床報告

眼付属器リンパ増殖性疾患の長期予後

著者: 小野英樹 ,   吉川洋 ,   川野庸一 ,   石橋達朗

ページ範囲:P.1177 - P.1181

要約 目的:眼付属器に生じたリンパ増殖性疾患の長期転帰の報告である。対象と方法:1990年までの11年間に病理診断を行った眼付属器のリンパ増殖性疾患ステージ1の15例を対象とした。男性12例,女性3例で,年齢は39~76歳(平均52歳)であった。発症部位は,6例が結膜,5例が眼窩,2例が眼瞼,2例が結膜と眼窩であった。切除,薬物投与,放射線照射などが14例に行われ,悪性リンパ腫の1例が化学療法を受けていた。当時のパラフィンブロック包埋切片をHE染色で再診断した。2000年にアンケートを行い,再発の有無などを調査した。結果:再診断で14例が悪性リンパ腫,うち13例がMALTリンパ腫であった。診断から平均14.8年後の調査で,死亡例はなかった。結論:眼付属器のリンパ増殖性疾患では,10年以上後の生命転帰が良好であった。

べらどんな

緑内障と脳脊髄圧

著者:

ページ範囲:P.1092 - P.1092

 学問というものはゆっくり連続的に進歩するのではなく,何年かごとに飛躍的に前進することが多い。眼科学も同じである。

 雑誌“Ophthalmology”の2008年5月号に「これはすごい」と思わせる論文が載っている。巻頭論文で,Duke大学のBerdahlが筆頭著者である。

 ニューヨーク州にMayo Clinicという有名な病院がある。この病院では過去10年間に腰椎穿刺が31,986回行われた。病歴を検索したら,このなかに緑内障患者が28例いた。緑内障がない49例を対照として,両群での髄液圧を比較した。

 髄液圧の正常値は180mm水柱が上限である。これを水銀柱に換算するには13.6で割ればよく,13.2mmHgになる。個人差があるし,しかも側臥位で測るので事情が簡単ではないが,「脳脊髄圧は眼圧よりもやや低い」といえる。

飲水試験

著者:

ページ範囲:P.1138 - P.1138

 水道の水のことを「鉄管ビール」と呼んだりするが,数年前からこれが急に旨くなったことを実感している。

 東京の上水道にはざっと2系統がある。1つは多摩川から供給され,もう1つは荒川を水源としている。住んでいるのは世田谷なので,いつも多摩川の水を飲んでいることになる。なお,第3の系統として善福寺川からの水道があるが,杉並区のごく狭い地域なので,ここでは触れない。

やさしい目で きびしい目で・103

黄金時代

著者: 久保田明子

ページ範囲:P.1169 - P.1169

 金沢医科大学眼科医局を去り5年が経ちますが,最近よく大学病院で働いていたときのことを思い出します。一生足を向けては眠れないほどお世話になった師匠たち,姉妹のような関係の同僚たちと過ごした9年間です。

 思い出はたくさんありますが,中でも一番記憶に残っている出来事は,初めて私が統計絡みの発表をしたときのこと。今でこそ人並み程度にはExcelを使いこなせますが,あの当時の私にはその便利さがまったく理解できず,まさに「豚に真珠」。慣れることがやっとである私の焦る気持ちなどお構いなしに,より意義のある発表をさせようと上司からは新たな指令が容赦なく飛んできます。検定を繰り返す日々が続き,ポスターは未完成状態のまま,とうとう学会前日がやってきました。「病棟の仕事は私たちに任せておけ!」と力強い言葉をかけてくれた同僚たちのおかげで貴重な準備時間を得たものの,いまだゴールが見えない不安から泣きべそをかきながら医局で格闘していた私。そんな時,1人,また1人……と自分の仕事はもちろん,私の病棟業務までこなして疲れているはずの同僚たちが,約束もしていないのに各自ノートパソコンを持ってわらわらと集ってきてくれたのです。「私は何を検定しようか?」「私は?」「とりあえず,お夕飯何か頼まない?」「できているところまでプリントアウトしてくるよ」と,何も言わずにてきぱきと手伝いだしてくれました。また結果を相談するため上司の部屋に行くと,たくさんの仕事を抱えてお忙しいはずなのに,パソコンの画面には私の発表絡みのファイルが開かれていました。

ことば・ことば・ことば

医師

ページ範囲:P.1173 - P.1173

 日本語は便利な言葉だと思っています。もしanemometer,seismometer,areometerと言われても,日本人は勿論ですが,ほとんどのイギリスやアメリカの人はその意味がわからないはずです。それが日本語では風力計,地震計,比重計なので,中学生でも理解できるのです。

 医学用語はもっと大変です。患者として大きな病院に行っても,radiologyあたりならなんとか見当がついても,oncology,stomatology,gastroenterologyになるとまず理解できません。患者本人が,自分がどの科にいくべきかが判断できないのです。

書評

問題解決型救急初期検査

著者: 堀之内秀仁

ページ範囲:P.1181 - P.1181

 数ある検査に関する類書をイメージして本書を手に取った読者は,ちょっとした肩すかしを食らうことになる。

 それは,ページを開き,目次を見たときに既に明らかである。そこには,従来の書籍にありがちな「血算,生化学検査,凝固検査,内分泌代謝検査…」といったありきたりな項目ではなく,患者の訴える主観的データ“以外の”すべての情報に挑むために必要な項目が並んでいる。本書のようなハンディな書籍で,なおかつ「検査」と銘打っていながら,バイタルサインや身体所見に関する記載にこんなにもページを割いたものがかつてあっただろうか?

細隙灯顕微鏡アトラス

著者: 西田輝夫

ページ範囲:P.1189 - P.1189

 細隙灯顕微鏡は,私たち眼科医にとって最も基本的に用いる検査機器です。19世紀には原型が作られています。角膜や前眼部に細隙を通して照射し,反射してきた可視光線を観察するものですが,手に入った画像を頭のなかで3次元的に再構築することで前眼部の画像診断を行うことができます。近年,さまざまな医学・医療の世界で話題になっている画像診断学では,不可視のエネルギー(X線,超音波,NMRなど)を生体に加えてその変化を観察するもので可視化が必須となり,受容器から手に入った情報は高速のコンピュータで処理して初めて私たち医師が観察できる画像が得られます。すべての医学・医療の分野を見渡しても,細隙灯顕微鏡は最も古くから実用化され,今日に至るまで用いられている画像診断機器であるといえましょう。

 細隙灯顕微鏡はスイッチを入れれば何らかの像が見えるものですから,一見特別の訓練を必要としないと思われがちです。しかし,細隙灯顕微鏡の光学系と光源の原理や発展の歴史をよく理解し,倍率のみならずフィルターの使い方,反帰光線の活用や補助レンズの利用などいろいろな技法を駆使することで,角膜や前眼部だけではなく隅角,硝子体や網膜の状態も3次元的に詳細に観察できます。

文庫の窓から

『脈経』

著者: 中泉行弘 ,   林尋子 ,   安部郁子

ページ範囲:P.1190 - P.1193

漢方理論の総合医学書

 漢方の診察では四診といって望診・聞診・問診・切診を行い,それらすべてを結びつけて考え,証を弁(わきま)える。その最後の切診では脈を診るということが診察の中心となる。この診脈についてくわしく述べた古典が『脈経』(『脉經』)であるが,ただ単に脈について述べた本というよりは,脈という切り口で漢方の理論を述べ治療法を伝える総合医学書といえるようだ。

 著者は古くより西晋(魏の出身という説もある),髙平出身の王叔和と言われている。魏の曹操のもと,医薬関係の最高職である太医令を務めた人物で,散逸しかけていた張仲景の医書(今の『傷寒雑病論』や『金匱玉函経』)をまとめたと伝えられていることは,先にご紹介したとおりである。『太平御覧』に引用された『養生論』に「王叔和,性沈静,好著述,考覈遺文,採摭群論,撰成脈経十巻,編次張仲景方論,為三十六巻,大行於世」とあり,医書編纂に情熱を傾けたことがうかがえる。おそらくは自らの地位をフルに利用し,集められるだけの資料を集めてこれらの書物をまとめ上げたにちがいない。

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あとがき

著者: 坂本泰二

ページ範囲:P.1212 - P.1212

 本年5月より,歴史と伝統のある本誌の編集委員を務めさせていただくことになりました。力不足であることは十分に認識しておりますが,本誌の発展のために精一杯努力いたしますので,よろしくお願いいたします。

 さて,先日ある小説家が,医師が「患者様」と呼ぶのは偽善的で良い印象をもてないと書いているのを読みました。小説家はとりわけ言葉に敏感ですので,「患者様」という呼称の裏にある何かに気付かれたのだと思います。その何かについては長くなるので述べませんが,「患者様」と呼ぶようになって,診療が難しくなっている面が出てきたことは否めません。例えば,「患者様」が自己の満足のためにどこまでも要求することを是と考える人は,明らかに増えています。旧来のパターナリズムによる医師と患者の関係に多くの問題があったことは認めますが,医師と患者はどちらかが上位に位置するものではないはずですし,医療には限界があることは理解してもらわなくてはいけません。「患者様」という呼称には,患者側にその点を勘違いさせる作用があるようです。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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