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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科63巻10号

2009年10月発行

雑誌目次

特集 第62回日本臨床眼科学会講演集(8) 原著

動眼神経麻痺で発症した下垂体腫瘍の2例

著者: 野口美麗 ,   瀬川敦 ,   内野泰 ,   西尾正哉 ,   鈴木利根 ,   筑田眞 ,   庄子英一

ページ範囲:P.1599 - P.1603

要約 目的:動眼神経麻痺で発症した下垂体腫瘍2例の報告と検討。症例:症例は53歳女性と60歳男性で,いずれも複視が主訴であった。結果:両症例とも視力は良好で,片眼の動眼神経麻痺があり,1例には罹患側の眼瞼下垂,1例には両耳側半盲があった。磁気共鳴画像検査(MRI)などで下垂体腫瘍が発見され,腫瘍を摘出した。いずれも下垂体腺腫であった。この2症例のMRI所見を,典型的な両耳側半盲で発症した下垂体腫瘍8例と比較した。腫瘍の前後径と高さは後者8例で大きく,左右の幅は前者2例で有意に大きかった。結論:下垂体腫瘍が側方に進展拡大すると海綿静脈洞内で動眼神経を圧迫しやすく,視野異常ではなく複視などの眼球運動障害で発症することがある。

眼Behçet病摘出水晶体囊の組織学的検討

著者: 五嶋摩理 ,   氏原弘 ,   石井康雄 ,   松原正男

ページ範囲:P.1605 - P.1611

要約 目的:Behçet病患者の水晶体囊の免疫組織学的所見の報告。対象と方法:過去に白内障手術を受け,眼内レンズの亜脱臼などで水晶体囊の摘出を受けた3例4眼を対象とした。すべて男性で,年齢は45,50,72歳である。11~24年のBehçet病の罹病歴があり,すべて前・後眼部型であった。摘出組織に免疫染色を行い,病理学的に検索した。結果:すべての水晶体囊,虹彩,球結膜でⅣ型コラーゲンが陽性であった。IL-1の染色態度は,球結膜では陽性であり,水晶体囊と虹彩では弱かった。結論:眼罹患歴があるBehçet病患者の水晶体囊,虹彩,球結膜には,免疫組織学的に炎症による変化があった。

一卵性双生児の斜視の表現型

著者: 北野愛 ,   岡田由香 ,   白井久美 ,   小久保奈津 ,   雑賀司珠也

ページ範囲:P.1613 - P.1615

要約 背景:多胎児での斜視には遺伝の関与があり,表現型が鏡像を呈することがある。目的:斜視の表現型が鏡像を呈した一卵性双生児の報告。症例:31歳の一卵性双生児の姉妹を検索した。両名とも飲酒時に上下複視があり,第二子(妹)は傾眠時と疲労時に上下または水平方向の複視を自覚している。所見:姉妹ともに矯正視力は1.2または1.5で,姉には-2Dと-1.25D,妹には-2Dと-3Dの近視がある。姉は左眼が固視眼,妹は右眼が固視眼である。平常時には姉は外斜位,妹は間欠性外斜視である。飲酒時には両名とも内斜視になり,非固視眼が上転し,立体視が不良になった。結論:一卵性双生児である成人姉妹に斜視または斜位があり,その表現型が鏡像を呈した。

画像検査で診断が困難であった視神経管骨折の1例

著者: 津村朋子 ,   井上千鶴 ,   徳川英樹 ,   西川憲清 ,   坂東勝美 ,   田中康夫 ,   新靖史 ,   森本哲也

ページ範囲:P.1617 - P.1621

要約 目的:画像診断では確認できず,手術で視神経管骨折が発見された症例の報告。症例:33歳男性が自転車で走行中,右から来た自転車と衝突して頭部の右側を打撲し,右眼の視力低下を自覚して受診した。所見:矯正視力は右0.4,左1.5であり,右眼に下半分と上耳側の視野欠損があった。CTなどの画像検査で右中頭蓋窩に血腫,右眼窩底と右頰骨に骨折があり,視神経管骨折は同定されなかった。3日間のステロイドパルス療法を施行したが視力が0.2に低下した。脳神経外科で開頭手術を行い,右視神経管骨折が発見された。2か月後の現在,視野はやや拡大し,視力は0.3で,乳頭の蒼白化がある。結論:頭部外傷に続発した視神経症で,薬物療法によっても視力や視野が悪化するときには,画像診断の裏づけがなくても視神経管骨折がある可能性がある。

神経線維腫症1型に網膜色素変性症を合併した姉弟例

著者: 山添克弥 ,   横田怜二 ,   横山恭典 ,   堀田順子 ,   堀田一樹

ページ範囲:P.1623 - P.1629

要約 目的:神経線維腫症1型と網膜色素変性症が併発した姉弟例の報告。症例:神経線維腫症1型と診断された8歳男児が精査のため受診した。両眼に梨子地眼底があり,蛍光眼底造影で点状の過蛍光を呈した。網膜電図は消失型であり,網膜色素変性症と診断した。9歳の姉も神経線維腫症1型と診断され,両眼にLischの虹彩結節があり,弟と同様な眼底と網膜電図所見を呈し,網膜色素変性症と診断した。ICG蛍光造影で両名の眼底後極部に多数の低蛍光斑があり,脈絡膜循環障害が疑われた。母,母方祖父,母方伯母に神経線維腫症があり,父に網膜色素変性症があった。結論:母方に神経線維腫症,父に網膜色素変性症がある姉弟に神経線維腫症1型と網膜色素変性症が併発した。神経線維腫症が網膜色素変性症の病像を修飾している可能性がある。

眼瞼蜂窩織炎の入院を契機に発見された自己免疫性好中球減少症の1例

著者: 有村夏来 ,   大井彩 ,   小早川信一郎 ,   鈴木佑佳 ,   三井一賢 ,   杤久保哲男

ページ範囲:P.1631 - P.1634

要約 目的:眼瞼蜂窩織炎で入院して発見された自己免疫性好中球減少症の症例の報告。症例:2歳男児が3日前からの左眼の充血と眼瞼腫脹で入院した。満期産で正常分娩であった。所見:体温38.4℃で脈拍170回/分であり,全身に格別の異常所見はなかった。左眼瞼に発赤腫脹があり,眼窩と眼内に異常はなく,眼瞼蜂窩織炎と診断した。白血球2,900/μl,好中球9.0%,CRP 4.9mg/dlであった。経過:セフメタゾールの静注を開始した。第6病日に好中球が0%となった。骨髄穿刺では正常所見であり,第9病日に解熱し,眼瞼腫脹は寛解した。負荷試験で好中球遊走能は正常で,自己免疫性好中球減少症と診断した。好中球数は以後も低値であるが,経過は良好である。結論:小児の蜂窩織炎では,好中球減少が併発する可能性がある。

感受性からみた年代別の眼科領域抗菌薬選択2008

著者: 加茂純子 ,   村松志保 ,   赤澤博美 ,   山本ひろ子

ページ範囲:P.1635 - P.1640

要約 目的:眼科領域での細菌の抗菌薬に対する感受性の報告と,年齢層別の適応。対象と方法:2008年4月までの1年間に198人の結膜炎患者から得られた眼脂を培養同定した。患者の年齢を1歳未満,1~15歳,16~64歳,65歳以上の4群に分けて評価した。結果:総計417株が分離された。コアグラーゼ非産生性ブドウ球菌が30%を占め,バンコマイシン(VCM),セフメノキシム(CMX),モキシフロキサシン(MFLX)に感受性があった。コリネバクテリウムは23%でVCM,CMX,テトラサイクリン(TC)に感受性があった。インフルエンザ菌は7%でエリスロマイシン(EM)とVCM以外のすべての抗生物質に感受性があり,α溶血性連鎖球菌は6%でジベカシン,EM,TC以外のすべてに感受性があった。黄色ブドウ球菌は6%でEM以外のすべてに感受性があった。MRSAは4%を占め,VCM,TC,クロラムフェニコール(CP)のみに感受性があった。結論:TCの眼軟膏が耐性菌の多い高齢者では最も効果があった。VCMとオフロキサシンへの感受性は相互補完的である。点眼の第一選択はCMX,ガチフロキサシン,MFLXである。MRSAにはVCMとCPが有効である。

21年後に再発した原田病の1例

著者: 近藤美鈴 ,   中平麻美 ,   中茎敏明 ,   松下恵理子 ,   西野耕司 ,   福島敦樹

ページ範囲:P.1641 - P.1645

要約 目的:初発から21年後に再発した原田病の症例の報告。症例:33歳女性が7日前からの変視症と霧視で受診した。矯正視力は右0.1,左0.4で,両眼の後極部一帯に多発性漿液性網膜剝離があった。髄液に細胞過多はなかった。後眼部型の原田病と診断し,プレドニゾロン初回量200mgの静注で網膜剝離は消失し,以後の経過は良好であった。再発:21年後の54歳のとき,右眼に霧視を自覚し,7日後に受診した。矯正視力は右0.6,左1.0で,右眼に毛様充血,前房内細胞,Koeppe結節があり,肉芽腫性前部ぶどう膜炎の所見を呈した。両眼とも夕焼け状眼底で,網膜剝離や乳頭発赤はなかった。片眼性の原田病の再発と考え,ステロイド薬の点眼とテノン囊下注を行った。病変は治癒し,以後5か月後の現在まで経過は良好である。結論:いったん治癒した原田病が長期間後に再発することがある。本症例では両眼の後部ぶどう膜炎として発症し,21年後に片眼の前部ぶどう膜炎として再発した。

連載 今月の話題

眼圧測定の問題点―真の眼圧値を求めて

著者: 鈴木克佳 ,   相良健 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.1571 - P.1576

 眼圧検査は,眼科診療の基本検査であり,特に緑内障診療では治療効果を判定する重要な検査である。現在の眼圧測定は角膜を介して行われるため,角膜因子の個体差は生体での眼圧測定に影響を及ぼし,眼圧測定値と「真の眼圧」とが乖離する一因となる。

日常みる角膜疾患・79

角膜真菌症の検査法

著者: 守田裕希子 ,   近間泰一郎 ,   西田輝夫

ページ範囲:P.1578 - P.1581

症例

 患者:13歳,男性

 主訴:右眼痛,両眼そう痒感

 既往歴:アトピー性皮膚炎

 家族歴:特記事項はない。

 現病歴:幼少時からアトピー性皮膚炎と診断されていた。2005年6月,右眼視力障害と両眼そう痒感のため近医を受診し,両眼とも春季カタルの治療を受けていたが,そう痒感の増悪と右眼の角膜上皮欠損拡大を認めたため,精査・加療目的で2006年3月30日に当院を紹介され受診した。抗アレルギー薬,ステロイドで加療を行い,上皮欠損は徐々に縮小していた。9月10日頃から右眼の眼痛が出現し,9月18日から眼脂が出現してきたため,9月21日に再受診した。

 再診時所見:視力は右0.08(矯正不能),左0.7(1.0),眼圧は右10mmHg,左14mmHgであった。右眼は辺縁不整の上皮欠損があり,融解傾向を認めた(図1)。中等度の毛様充血がみられたが,前房内炎症はなかった。角膜上皮擦過物の検鏡ではフェイバーG®染色(グラム染色)でグラム陽性球菌と酵母を含む菌体が確認され(図2),細菌培養検査からはCandida albicansとMSSA(methicillin-susceptible Staphylococcus aureus)が検出された。

 治療経過:検鏡所見からMSSAと酵母菌の混合感染の症例と考え,抗真菌薬と抗菌薬の全身および局所投与を行い,加療を開始した。治療開始から4週間後に感染は鎮静化した。

網膜硝子体手術手技・34

増殖硝子体網膜症(3)

著者: 牛田宏昭 ,   浅見哲 ,   寺崎浩子

ページ範囲:P.1582 - P.1588

はじめに

 前号では,増殖硝子体網膜症の網膜上と網膜下の増殖膜の処理の手術手技について述べた。本号では,前部増殖硝子体網膜症の処理とそれ以降の手技について解説する。

説き語り論文作法・7

図表の常識・非常識

著者: 西田輝夫

ページ範囲:P.1590 - P.1596

伊集院 先輩たちは論文を書くとき,実際は,「方法」とか「結果」あたりから書き始めるんですか。

小古田 僕は最初は,図表からだなあ。図表だけ先に作って,その順序をあれこれ入れ替えて,それを見ながら「結果」を書いていくなあ。

伊集院 思いついたことから,ダラダラと書いていくやり方が,いちばんまずいってことか……。

小古田 だって,論文を読むときがそうだろう。基本的には「考按」と「結果」しか見ないじゃないか。

もっと医療コミュニケーション・22

聞かせる声―「話したつもり」で誤解を生まないために

著者: 佐藤綾子 ,   綾木雅彦

ページ範囲:P.1648 - P.1651

 薬の飲み方や手術の説明について,医師側は「こう言ったつもりです。なのに,それを患者が守っていない」ということを問題にし,一方で患者は「それは聞いておりませんでした」「言われておりませんでした」というふうに,両者の解釈が少しずつ食い違う場合があります。

 医師としては,忙しいなかで必要な説明をしているわけですから,「話したことに関してはしっかり聞いてほしい」と思うのが当然の欲求でしょう。

臨床報告

白内障手術の周術期における結膜囊内常在菌叢―フルオロキノロン点眼薬による減菌化と感受性変化

著者: 宮永将 ,   子島良平 ,   宮井尊史 ,   加賀谷文絵 ,   宮田和典 ,   大橋裕一 ,   浅利誠志

ページ範囲:P.1659 - P.1666

要約 目的:白内障手術前後のフルオロキノロン系抗菌薬の継続点眼による結膜囊内細菌の数と感受性の変化の検討。方法:白内障手術を受けた92例152眼を対象とした。79眼には0.3%ガチフロキサシン点眼薬,73眼には0.5%レボフロキサシン点眼薬を手術の7日前から1日4回点眼し,術後は1日3回点眼した。点眼開始前と手術14日後に下眼瞼結膜囊からの擦過物を培養し,細菌を検査した。結果:点眼前の菌検出率はガチフロキサシン群では89.9%,レボフロキサシン群では82.2%であり,術後はそれぞれ32.9%と31.5%で,両群とも点眼により有意に減少した。レボフロキサシン群では点眼後にガチフロキサシンとレボフロキサシン耐性株が増加し,感受株が減少したが,ガチフロキサシン群では変化がなかった。結論:抗菌薬の継続点眼で菌検出率が減少した。ガチフロキサシンでは耐性誘導が起こりにくかった。

バックル除去に至った原因の検討

著者: 平野彩 ,   石田政弘 ,   竹内忍 ,   富田剛司

ページ範囲:P.1667 - P.1672

要約 目的:網膜剝離または未熟児網膜症に対する強膜陥凹手術後にバックル除去が必要となった理由の報告。対象:過去8年6か月間にバックル除去が行われた88眼を診療録に基づいて検索した。結果:手術からバックル除去までの平均期間は,シリコーンラバー24眼では6年1か月,シリコーンスポンジ13眼では2年11か月,マイラゲル®51眼では12年5か月であった。主な除去原因は,バックルの露出・隆起・偏位と眼球運動障害であり,材料による差はなかった。バックル除去後の合併症として,硝子体内脱出が1例,網膜剝離の再発が2例にあった。結論:マイラゲル®によるバックル手術では,症状が出現したあと早期にバックル除去を必要とする。シリコーン手術でも長期観察が望ましい。

白内障術後に多発性網膜裂孔がみつかったWagner病の1家系

著者: 鈴木香 ,   鈴木幸彦 ,   中澤満

ページ範囲:P.1673 - P.1676

要約 目的:白内障術後に多発性網膜裂孔が発見されたWagner病の1家系の報告。症例:43歳女性が両眼の視力低下で受診した。矯正視力は左右とも0.3で,強い核白内障があった。白内障手術で左右とも1.2の視力を得たが,両眼に赤道変性が多発していることが発見された。17歳の長男に両眼の網膜剝離の既往があり,11歳と13歳の娘に硝子体の液化と赤道変性があった。76歳の母親に強い核白内障があり,手術で右0.6,左0.9の視力を得た。右眼の赤道部に馬蹄形裂孔が多発し,左眼に赤道変性があった。以上より本家系はWagner病であると診断した。結論:比較的若年者で高度な核白内障があるときには,Wagner病の可能性がある。眼底病変の合併が多いことが診断に留意されるべきである。

今月の表紙

ガス白内障

著者: 山本素士 ,   寺崎浩子

ページ範囲:P.1577 - P.1577

 43歳女性。2か月前から左眼変視症を自覚し当科を受診した。初診時視力は右(1.2×-11.75D),左0.02(0.3×-10.50D()cyl-0.50D 110°)の高度近視で,中間透光体に異常を認めなかった。眼軸長は右27.86mm,左28.10mmであった。眼底は左眼に黄斑円孔を認め23ゲージシステムで経結膜硝子体手術を施行,若年齢で高度近視のため白内障手術は施行しなかった。硝子体切除の後インドシアニングリーンを用いて内境界膜を剝離し,25%SF6ガスで全置換を行った。水晶体と硝子体カッターの接触など術中合併症はなかった。術後1日目に,写真に示すように後囊に魚鱗状のガス白内障を認めたが,翌日から漸減し9日目にガス白内障は消失していた。術後黄斑円孔は閉鎖し,術後1か月の視力は左(0.4)であった。

 撮影には術後2日目にTOPCON社SL-D7,Nikon社D300を用いた。設定は,倍率16倍,スリット長10mm,幅5mm,背景照明なし,仰角0°,光軸はシフトしていない。通常の徹照法では撮影が困難であり,スリット光を瞳孔中央に投影することによって左半視野と右半視野で陽と陰の徹照像を得る工夫を試みた。同じ病変における撮影法による違いを1枚の写真に収めている。

べらどんな

1609年

著者:

ページ範囲:P.1588 - P.1588

 近代眼科学は,ヘルムホルツが検眼鏡を発明した1850年に始まった。それまではヒトの眼底を診る手段がなかったのである。

 天文学では,望遠鏡の発明がこれに相当しよう。コペルニクスが地動説を提唱したのは1543年であるが,望遠鏡で天体を観察することで,これを支持する諸事実が次々と明らかになった。

戦争とEKC

著者:

ページ範囲:P.1666 - P.1666

 戦争があると新しい病気が起こったり,大勢の病人が出る。

 日露戦争(1904-05)のときには脚気が流行した。ただし陸軍だけのことである。海軍ではその20年前からこの問題に注目していた。軍医総監の高木兼寛の提案で主食には麦を混ぜ,脚気はほとんどなくなった。陸軍では「脚気は伝染病」という固定観念から,白米に固執したので多数の脚気患者が出ることになった。

書評

白衣のポケットの中―医師のプロフェッショナリズムを考える

著者: 岩﨑榮

ページ範囲:P.1598 - P.1598

 本書は「医師のプロフェッショナリズムを考える」として,医師という職業(プロフェッション)のあり方を問いかけながら,プロフェッショナリズムは日常診療のなかにあることを気づかせる。なぜ自分は医師を続けているのかという自らの問いに答える形で,「医師というプロフェッション」とは何かを明らかにする。それは実証的ともいえる探求に基づいた実に印象深い実践の書となっている。編者の一人尾藤氏は「教条的なことを書いた本ではない」「国民は,立派な教条ではなく,医療専門職の意識と行動の変化を求めているのだ」という。

 本書を手にしたとき,正直言って,『白衣のポケットの中』という表題に,“それって何なの?”と思ったのも事実である。医学概論の論者であり医学教育者でもあった中川米造さんとのかつての白衣論議で,必ずしも白衣に対してはよい思い出がないからでもある。その中川さんは,「古典的にはプロフェッションとよばれる職業は,医師と法律家と聖職者の三つだけであったが,いずれも中身がわからない職業であるうえに,質の悪いサービスを受けると重大な結果を招くおそれのあるものである」といっている。とかくプロフェッショナリズムという言葉からは,ヒポクラテスにまでさかのぼる医療倫理という堅苦しさをイメージさせたからでもある。

やさしい目で きびしい目で・118

私の留学生活

著者: 久保江理

ページ範囲:P.1647 - P.1647

 私は,福井県勝山市で生まれ育ち,大学も福井医科大学(現・福井大学)出身。以前は,実家から通学,通勤していたが,初めての一人暮らしは米国マサチューセッツ州ボストンだった。帰国後もう8年になる。

 大学院時代からアメリカのNIHに留学の話は出ていたので,いずれ留学するものとぼんやり考えていたある日,突然,ハーバードの水晶体研究所が,早急にポスドクを探しているので行くようにと教授に言われた。確か,4月に福岡であった日本眼科学会の,会場を移動するシャトルバス内でのこと。それから,その年のARVOでインタビューののち採用決定となり,9月にはボストンに到着していた。

ことば・ことば・ことば

おまけのd

ページ範囲:P.1655 - P.1655

 毎年7月にはフランス各地を一周する自転車競技Tour de Franceがあります。出発地はベルギーだったりイギリスだったりモナコだったりしますが,時計回りにフランスを一周し,パリのシャンゼリゼーでゴールインします。

 全部で4,000キロ近くあるコースを約20区間に分け,それぞれの区間の優勝者には黄色いシャツが授与されます。全区間を通算しての優勝者は5,000万円の賞金がもらえますが,それ以上に個人とチームと国の名誉がかかった催しなのです。

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あとがき

著者: 寺崎浩子

ページ範囲:P.1696 - P.1696

 本号は2008年10月東京フォーラムで開催された第62回日本臨床眼科学会講演集の最終回です。おかげさまで,学会原著は150本を超えました。日本臨床眼科学会の参加者は年々増加し,演題数も増えています。一般講演やポスター展示をすべて拝聴または閲覧することはさらに難しくなっています。そうなってみると原著は重要で,発表後の原著は考按もよく練られるはずで,いい論文が期待されるということだと思います。

 本号の今月の話題は,「眼圧測定の問題点」です。角膜分野と緑内障の分野は一見まったく関係ないように思われますが,実は臨床にはきわめて密接に関係する事項であることに気づかれます。眼科分野の専門化が進んでも,こんな小さな器官なのだからトータルケアがやはり基本であることを再認識いたします。多くの正常眼圧緑内障を抱えるなか,眼圧値をどのように考えるのか読んで考えてみてください。

 連載欄「もっと医療コミュニケーション」では,眼科医が診断・治療を正しく行うのは当たり前のことなのですが,患者さんの理解や治療意欲,医師への信頼感が,声によって変わってくるという面白い話です。確かに心当たりがあるような気がします。日々,患者さんのために尽くしているわれわれの努力に対する受け取り方が,声で変わるとあれば,もったいないので少し声の高い先生は低くしてみるといいかもしれません。いずれにしても,医師としての知識,技量,そして患者を思いやる気持ちがあってのうえでのことですが。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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