icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科64巻10号

2010年10月発行

雑誌目次

特集 第63回日本臨床眼科学会講演集(8) 原著

特発性黄斑円孔の術後閉鎖過程の光干渉断層計による観察

著者: 中村裕介 ,   安藤伸朗

ページ範囲:P.1677 - P.1682

要約 目的:光干渉断層計(OCT)による黄斑円孔の術後閉鎖過程の報告。対象と方法:過去33か月の間に硝子体手術を行った黄斑円孔24眼を対象とした。年齢は49~75歳(平均67歳)で,自覚症状出現から手術までの期間は0.5~12か月(平均2.5か月)であった。病期分類は,第2期7眼,第3期9眼,第4期8眼であった。結果:手術から2週間以内のOCT所見で,4眼で中心窩の構造が回復し,13眼で網膜外層に欠損が残り,7眼で円孔縁が陥没し外層が消失していた。視細胞の内外節接合部の欠損はこの順に小さかったが,内外節接合部の改善率と視力回復に有意差はなかった。内外節接合部の改善には外境界膜の修復が先行した。結論:視細胞の内外節接合部の欠損量は,黄斑円孔術後の中心窩の形態を規定する。内外節接合部の改善には外境界膜の修復が先行する。

ラタノプロストからタフルプロストへ切替えの効果

著者: 武田桜子 ,   小山ひとみ ,   松原正男

ページ範囲:P.1685 - P.1689

要約 目的:緑内障に対する0.005%ラタノプロスト点眼を0.0015%タフルプロスト点眼に切替えたときの眼圧下降効果の報告。対象と方法:ラタノプロスト点眼で治療中で,さらに眼圧下降が望ましい緑内障25例25眼を対象とした。男性10例,女性15例で,年齢は47~85歳(平均66歳)である。内訳は正常眼圧緑内障14眼,原発開放隅角緑内障7眼,慢性閉塞隅角緑内障4眼である。結果:平均眼圧は切替え前16.8±3.6mmHg,切替え12週間後14.3±3.2mmHgで有意差があった(p<0.05)。52%の患者で眼圧が2mmHg以上下降し,3例で眼圧上昇のため点眼を変更した。結論:ラタノプロスト点眼で望ましい眼圧下降が得られない緑内障症例では,タフルプロスト点眼への変更が奏効する可能性がある。

シヌソトミー併用線維柱帯切開術の長期術後成績

著者: 三木貴子 ,   松下恭子 ,   内藤知子 ,   山本直子 ,   齋藤美幸 ,   大月洋 ,   高橋真紀子

ページ範囲:P.1691 - P.1695

要約 目的:緑内障に対するシヌソトミーと線維柱帯切開術の同時手術の長期効果の報告。対象と方法:過去5年間にシヌソトミーと線維柱帯切開術の同時手術を行った202例254眼を対象とした。年齢は18~87歳(平均64歳)であった。136眼には白内障手術を併用した。術前後の眼圧,投薬スコア,合併症を検索した。結果:全症例の平均眼圧は,術前24.6±8.4mmHg,最終受診時15.6mmHgで有意に下降した(p<0.0015)。20mmHg以下の眼圧は,1年後に89%,2年後に78%,3年後に73%で得られた。投薬スコアの平均は術前3.28±1.14,術後1.37±1.26であった。重篤な合併症はなかった。結論:シヌソトミーと線維柱帯切開術の同時手術は,良好な眼圧下降と投薬数の減少が得られ,安全で有用な術式である可能性がある。

緑内障手術を施行した甲状腺眼症

著者: 井上立州 ,   井上吐州 ,   西山功一 ,   井上トヨ子 ,   井上洋一

ページ範囲:P.1697 - P.1699

要約 目的:緑内障手術を行った甲状腺眼症の症例の報告。対象と方法:甲状腺機能亢進症があり,緑内障手術を必要とした21例27眼を対象とした。男性11眼,女性16眼で,年齢は21~72歳(平均44歳)である。結果:原発開放隅角緑内障が8眼,正常眼圧緑内障5眼,原発閉塞隅角緑内障が6眼,続発緑内障が8眼にあった。眼球突出度は平均17.6±3.6mmであり,眼症状は眼瞼後退,眼球突出,眼瞼腫脹の順に多かった。手術の術式は,非穿孔性線維柱帯切除術17眼,線維柱帯切除術8眼,線維柱帯切開術2眼であった。結論:緑内障手術を要した甲状腺眼症では,正常眼圧緑内障を含む原発開放隅角緑内障が多かった。

角膜移植の対象疾患と術式の変遷

著者: 原島歩美 ,   佐竹良之 ,   篠崎尚史 ,   島﨑潤

ページ範囲:P.1701 - P.1705

要約 目的:過去17年間の角膜移植の原疾患と術式の推移の報告。対象と方法:1992~2008年に行った角膜移植3,950例を,1992~1996年の5年間,1997~2002年の6年間,2003~2008年の6年間の3期間について解析した。結果:原疾患では水疱性角膜症が21.3%→24.9%→36.5%と増加し,角膜混濁が30.0%→24.6%→22.6%と減少した。術式では深層層状角膜移植と角膜内皮移植が増加し,全層角膜移植と白内障との同時手術が42.7%→25.1%→18.6%と減少した。結論:原疾患の変化と術式の進歩に伴い,角膜移植の適応と術式は,より安全で術後視機能を重視する方向に変化している。

一宮市立市民病院における未熟児網膜症の検討

著者: 丹羽泰洋

ページ範囲:P.1707 - P.1711

要約 目的:過去5年間の未熟児網膜症の自験例の報告。対象と方法:2009年までの5年間に一宮市民病院眼科で扱った出生体重が2,500g未満の低出生体重児264例を診療録に基づいて検索した。男児131例,女児133例で,単胎208例,双胎52例,品胎4例である。結果:未熟児網膜症の発症率は39.8%,光凝固は11.7%に行われた。出生体重が1,000g以下の超低出生体重児57例では,未熟児網膜症が93%,光凝固が37%に行われた。網膜光凝固後に3例に網膜剝離が生じた。これ以外の症例では,瘢痕期の未熟児網膜症はすべて病期1度以下であった。結論:当院での未熟児網膜症は,発症率と光凝固による治療率が従来の他施設とほぼ同様であった。

初診時無眼球症を疑われた小眼球症の1例

著者: 雨宮かおり ,   岡由紀子 ,   岡本好夫 ,   谷口美砂 ,   木村祐介 ,   黒田健一 ,   塚田佳代子 ,   田中康裕

ページ範囲:P.1713 - P.1717

要約 目的:初診時に無眼球症が疑われた小眼球症の症例の報告。症例:生後6日目の男児が,左眼眼窩部の陥凹で紹介され受診した。満期産の正常分娩で,出生時体重は3,274gであった。2歳の姉には先天異常はない。母親は患児の出生前に自然流産があり,その際に胎児に異常があったといわれた。両親間に近縁関係はない。所見:左眼窩部は陥凹し,瞼裂が狭小化,球結膜は平坦化し,無眼球症と思われた。磁気共鳴画像検査(MRI)で,左眼窩部に眼軸長6.55mmの眼球があり,眼球内部に高吸収域があった。右眼は正常であり,全身奇形はなかった。結論:本症例は第1次硝子体遺残を伴う片眼性の小眼球症と診断され,神経堤細胞の遊走不全が関係していると推定される。

非虚血型網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫に対するベバシズマブの硝子体内投与の治療成績

著者: 大城智洋 ,   正田美穂 ,   鈴木茂揮 ,   渡邉亜希 ,   渡邉慶 ,   山田達生 ,   扇谷晋 ,   石橋健 ,   星合繁 ,   栗原秀行

ページ範囲:P.1719 - P.1722

要約 目的:非虚血性網膜中心静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体投与の効果の報告。対象と方法:黄斑浮腫がある非虚血性網膜中心静脈閉塞症7例7眼を対象とした。男性3例,女性4例で,年齢は58~80歳(平均69歳)である。ベバシズマブ1.25mgを硝子体に注入し,12か月間の経過を追った。視力はlogMARで評価した。結果:平均視力には全期間を通じ有意な変化はなかった。光干渉断層計で測定した中心窩網膜厚の平均値は,1週間後と1か月後に有意に減少し,3か月以後は投与前の値と差がなかった。結論:非虚血性網膜中心静脈閉塞症に対するベバシズマブ硝子体投与は,短期的な中心窩網膜厚を減少させたが効果は一過性で,長期的には視力と中心窩網膜厚は改善しなかった。

水痘発症後の小児ぶどう膜炎の1例

著者: 田中寛 ,   丸山和一 ,   安原徹 ,   永田健児 ,   丸山悠子 ,   多田玲 ,   木下茂

ページ範囲:P.1723 - P.1727

要約 目的:水痘の発症後に生じた汎ぶどう膜炎に治療が奏効した小児の報告。症例:9歳男児が視力低下で受診した。3週間前に水痘が発症し,皮疹が5日間続いた。発症と同時に左眼の充血と視力低下があった。所見:視力は右1.5,左0.7で,左眼に前房の炎症,硝子体混濁,網膜静脈の白線化,網膜滲出斑があった。急性網膜壊死に準じてアシクロビル点滴を開始した。2週間後に視力が1.5に改善し,バラシクロビル内服に切替えた。初診から3か月後には炎症性病変は鎮静化した。全経過中,右眼には病変はなかった。結論:水痘に続発した片眼性の汎ぶどう膜炎に対し,急性網膜壊死に準じた薬物療法が奏効した。

水痘・帯状疱疹ウイルスの関与が疑われた網膜色素上皮炎の1例

著者: 横田怜二 ,   堀田一樹

ページ範囲:P.1729 - P.1733

要約 目的:水痘・帯状疱疹ウイルスの関与が疑われた網膜色素上皮炎の症例の報告。症例:60歳男性が1か月前からの左眼の飛蚊症と視力低下で受診した。矯正視力は右1.5,左0.8で,左眼に高度の前房微塵,乳頭浮腫,後極部に1乳頭径大の白色混濁斑,中間周辺部に灰白色斑が多発していた。光干渉断層計で混濁斑に一致して網膜色素上皮層が不整に肥厚し,視細胞の内節外節接合部線が消失していた。フルオレセイン蛍光眼底造影で白色混濁斑に一致して組織染,灰白色斑にwindow defectがあった。視力は1か月後に0.01に低下した。白色混濁斑は癒合拡大の後に斑状萎縮になった。初診から2か月で炎症は収束した。前房水から水痘・帯状疱疹ウイルスが検出された。結論:片眼の網膜色素上皮炎の症例で水痘・帯状疱疹ウイルスが疑われた。

緑内障点眼容器の使用感に関するアンケート調査分析

著者: 三田覚 ,   須藤史子 ,   菅波由花 ,   若松亜耶香 ,   清水悟 ,   堀貞夫

ページ範囲:P.1735 - P.1740

要約 目的:市販の緑内障点眼薬の容器の使用感についての報告。対象と方法:2008年の3か月間に受診した緑内障で加療中の患者152例を対象にアンケート調査をした。5種類の製剤につき,キャップの大きさと開けやすさ,容器の硬さと持ちやすさ,液もれの程度,1回の点眼液量,残液量の確認の7項目および使いやすい順位を調べた。結果:使いやすさの順位は,デタントール®,ミケラン®,チモプトール®,キサラタン®,エイゾプト®の順であり,デタントール®は容器把持の面で評価され,エイゾプト®は容器本体が硬すぎることが不評であった。結論:患者が使用する緑内障点眼薬の容器の使用感については,点眼時の操作性と点眼液の滴下に関する項目が重要であり,これを考慮した容器の採用が望まれる。

スペクトラルドメイン光干渉断層計による黄斑部および視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚と視野障害の相関

著者: 小暮俊介 ,   小暮朗子 ,   堀貞夫

ページ範囲:P.1741 - P.1746

要約 目的:緑内障での視野障害と,スペクトラルドメイン光干渉断層計(OCT)で計測した黄斑部と乳頭周囲での網膜神経線維層厚との相関の報告。対象と方法:広義の原発開放隅角緑内障45眼と正常眼32眼を対象とした。視野はHumphrey視野計で測定し,中心30-2プログラムのMD値で評価した。結果:乳頭周囲と黄斑部の網膜神経線維層厚は緑内障の病期とともに有意に減少した(p<0.01)。各症例での値はそれぞれのMD値と強く相関した(r=0.718,r=0.620)。MD値による緑内障の病期分類と網膜神経線維層厚は,乳頭周囲では中期以降,黄斑部では初期群で相関があった(r=0.659,r=0.326)。結論:黄斑部と乳頭周囲での網膜神経線維層厚は緑内障の進行とともに減少した。初期緑内障の診断では,黄斑部の網膜神経線維層厚が有用な指標となる可能性がある。

9隻の虫体を片眼に認めた東洋眼虫症の1例

著者: 熊瀬有美 ,   加藤睦子 ,   高畠まゆみ ,   中山正 ,   荻原紀子 ,   長谷川英男

ページ範囲:P.1747 - P.1750

要約 目的:東洋眼虫(Thelazia callipaeda)が結膜囊に寄生した症例の報告。症例:89歳男性が数週前からの右眼異物感で受診した。イヌの飼育歴はないが,多数の野良猫が近所に住んでいる。所見:右眼瞼を翻転すると活発に蠕動する白色線条の虫体が下結膜囊内に4隻,上結膜囊内に2隻いた。これらすべてを摘出した。4週間後の再診時にさらに3隻の虫体を発見して摘出し,以後は再発はない。虫体は雄1隻,雌8隻で,平均体長は雄7.5mm,雌11.6mmであった。光学顕微鏡で東洋眼虫と同定した。mtDNAのCox 1遺伝子塩基配列の解析では従来の2報告と部分的に一致した。結論:結膜囊の東洋眼虫症では複数の虫体が寄生していることがあり,経過観察で注意が必要である。

介達性外傷性黄斑症の1例

著者: 北澤憲孝 ,   今井章

ページ範囲:P.1751 - P.1757

要約 目的:介達性外傷性黄斑症の症例の報告。症例:21歳男性が自動車を運転中に立木に激突し,横転した。シートベルトを着用していた。頭部に挫創があり,CT検査で頭部に異常はなかったという。受傷の3日後に両眼の視力低下を自覚して受診した。所見:矯正視力は左右とも0.1で,眼球に異常所見はなかった。両眼に中心暗点があった。その翌日,左右とも視力が0.4になり,多局所網膜電図検査で黄斑応答の密度低下があり,光干渉断層計(OCT)で中心窩外層に形態異常があった。蛍光眼底造影で異常はなかった。受傷31日目に左右とも視力が1.5に回復した。結論:本症例は介達性外傷による,黄斑部外層を主病変とする外傷性黄斑症と診断される。

単独放射線療法が奏効した,ステロイド療法により全身合併症を生じた特発性外眼筋炎の1例

著者: 高野翠 ,   大橋秀記 ,   河合憲司

ページ範囲:P.1759 - P.1763

要約 目的:ステロイドパルス療法で重篤な全身合併症が生じ,放射線療法で軽快した特発性外眼筋炎の症例の報告。症例:61歳女性が複視と左眼の下転障害で受診した。磁気共鳴画像検査で両眼の外眼筋に肥厚があり,特発性外眼筋炎と診断した。総量6gのメチルプレドニゾロンのパルス療法で肝機能障害,耐糖能異常,胃びらんが生じた。眼痛と外眼筋腫脹の悪化に対し,両側の眼窩への放射線療法を総量20Gy,10分割で開始した。眼瞼腫脹と眼球突出は改善し,外眼筋腫脹も軽減した。以後30か月後の現在まで再発はない。結論:ステロイドパルス療法が副作用のために実施できない特発性外眼筋炎には,放射線による単独治療が奏効することがある。

眼瞼下垂と眼瞼皮膚弛緩に対する術前後の視野とNEI VFQ25によるquality of life(QOL)変化との関連

著者: 加茂純子 ,   三戸秀哲

ページ範囲:P.1765 - P.1771

要約 目的:眼瞼下垂または上眼瞼皮膚弛緩に対する手術前後の視野面積と,quality of life(QOL)との関連の報告。対象と方法:過去1年間に手術を受けた眼瞼下垂19例と上眼瞼皮膚弛緩9例の計28例53側を対象とした。Goldmann視野計で視野面積を数量化した。QOLはアンケートで調査しNEIのVFQ25日本版を用いた。結果:視野の平均面積は,術後に有意に改善した(p<0.01)。VFQ総合スコアは,下垂群では術前73.3±12.6,術後85.9±7.9であり,眼瞼弛緩群では術前74.0±1.1,術後76.9±8.4で,いずれも有意に改善した(p<0.01)。両群を通じて改善した項目は,一般的な見え方,近見視力と遠見視力であった。視野測定では水平より上方のⅢ4eイソプターがスコア変化と有意に相関した。結論:眼瞼下垂または上眼瞼皮膚弛緩に対する手術後に視野が拡大し,QOLが向上した。

短眼軸長眼における眼内レンズ度数計算式の精度比較

著者: 三橋純子 ,   須藤史子 ,   島村恵美子 ,   三田覚 ,   堀貞夫

ページ範囲:P.1773 - P.1777

要約 目的:眼軸長が短い眼での白内障手術で,最適な術前検査法と眼内レンズ計算式の組合せの評価。対象と方法:過去5年間に白内障手術を行った84眼を対象とした。眼軸長は20.78~21.99mmであった。術後屈折の誤差をSRK/T式,Holladay式,Haigis式について比較した。結果:IOLマスターでは,SRK/T式またはHaigis式,AモードではHolladay式で眼内レンズの度数を計算することが,術後の屈折誤差が最小であった。どの計算式でも,AモードはIOLマスターよりも約0.7D遠視化した。結論:眼軸長が短い眼での白内障手術では,IOLマスターで計測し,SRK/T式またはHaigis式で眼内レンズの度数を計算することで最も高い精度が得られた。

連載 今月の話題

人工網膜による網膜色素変性の治療

著者: 神田寛行 ,   不二門尚

ページ範囲:P.1645 - P.1649

 網膜色素変性で失われた視覚の再建を行うことを目的とした人工網膜の研究開発が各国で進められている。近年,患者に埋植可能な人工網膜デバイスが複数の研究グループで開発され,それに伴い長期の臨床試験が実施されるようになった。本稿では人工網膜の開発状況および現時点で期待できる効果について述べる。

公開講座・炎症性眼疾患の診療・31

仮面症候群

著者: 岩田大樹 ,   北市伸義 ,   石田晋 ,   大野重昭

ページ範囲:P.1650 - P.1655

はじめに

 仮面症候群(masquerade syndrome)とは,原疾患の症状・所見が他の疾患に類似している場合に用いられる一般的な名称で,原疾患が仮面の下に隠されているという意味である。非炎症性疾患が続発性に炎症症状を引き起こし,あたかも原発性眼炎症性疾患であるかのような所見を示す場合や,非炎症性疾患の臨床像が炎症性疾患に類似している場合に用いられる。本稿では外眼部の仮面症候群には触れず,眼内の仮面症候群について記載する。

 ぶどう膜炎様症状は軽度の虹彩毛様体炎から汎ぶどう膜炎までさまざまである。原疾患の頻度としては悪性腫瘍が多い。悪性腫瘍(癌)は死亡原因として最も多く,診断の遅れは重篤な結果となることがある。

 今日,癌研究は大きな進歩を遂げているが,その最大の契機となったのはわが国の山際勝三郎・東京帝国大学教授と当時研究生であった市川厚一(のち北海道帝国大学教授)による人工タール癌の作製である。両氏は1914(大正3)年にウサギ(家兎)の耳にコールタールを塗布して皮膚癌を発生させることに成功した(図1)。これは世界初の人工癌であり(「山際・市川のタール癌モデル」),煙突の石炭灰掃除夫に皮膚癌や陰囊癌が多発する臨床的事実を裏付けるものでもあった。発癌契機として化学物質説を主張する両氏と,寄生虫説を主張するデンマークのFibiger教授との間の論争は,Fibigerが1926年にノーベル賞を受賞するという決着になった。しかし,現在ではFibigerのモデルは癌ではなかったことが明らかになっており,山際・市川のタール癌モデルが初の人工癌として世界中の教科書に必ず記載されている。

 仮面症候群の原因疾患の頻度は成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い。眼症状が初発症状となることも多いが,悪性腫瘍は診断が遅れることで生命予後に重大な影響を及ぼす。鑑別診断は非常に重要である。

視野のみかた・7

極早期視野障害

著者: 松本長太

ページ範囲:P.1657 - P.1663

はじめに

 緑内障性視神経症は,非常に長期にわたる慢性の進行性経過をとる。臨床的には,視神経障害の構造的変化として,視神経乳頭や網膜神経線維層における神経線維の変化,ならびにこれに対応した機能的変化として特徴的なパターンを呈する視野障害が観察される。さらに,これら構造的変化や機能的変化は,緑内障の病期によりその対応関係が変化する。特に,病早期には,眼底に構造的変化がすでに出現しているにもかかわらず,一般的な視野検査では異常を検出できないことがしばしばある。このように構造的障害が先行する病期を,一般にpreperimetric glaucomaあるいは極早期緑内障と呼んでいる。

眼科医にもわかる生理活性物質と眼疾患の基本・10

BDNF

著者: 中澤徹

ページ範囲:P.1664 - P.1667

 網膜の神経細胞においてニューロトロフィンは分化,成熟,生存のすべての過程において必須の因子である。ニューロトロフィンには神経成長因子(nerve growth factor:NGF),脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF),ニューロトロフィン-3,-4(neurotrophin-3,-4:NT-3,NT-4)が属し,その受容体Trk(トラック)ファミリーを介してさまざまな生理活性を示す。そのなかでもBDNF-TrkBを介した反応が,網膜神経細胞にとって最も強力な作用を引き起こす。本稿では,BDNFの基礎知識から役割,最新の眼疾患の病態へのかかわりまでを広く紹介する。

つけよう! 神経眼科力・7

見落としがちな近見反応とその異常

著者: 石川均

ページ範囲:P.1670 - P.1674

正常近見反応とは?

 近見反応とは見たいものが近づいたとき,または近くのものを見るときに生ずる反応で,まず物体が近づいたときに複視を自覚し(両眼視差),その補正のため,およそ160msecの潜時を経て輻湊が生じ,250~300msecの潜時を経て像のぼやけ(網膜像のぼけ)の補正のため,水晶体が厚みを増し調節が生ずる。最後に球面収差,色収差などを軽減させるため補助的に縮瞳が生ずる。この3者は中枢でお互いに連関しており,年齢により反応は若干異なるものの正確に同期して生ずる。

 この反応のうち輻湊,縮瞳はペンを近づける,遠ざけるなどの簡単な診察で観察可能である。調節に関しては肉眼観察は不可能であるが,上述のように3者は同時に働くので容易に推測できよう。次に異なる測定機器を用いて正常な近見反応を計測した結果を記載する。

臨床報告

角膜新生血管に対しベバシズマブ点眼が有効であった1例

著者: 三根慶子 ,   宮井尊史 ,   堂園貴保子 ,   森洋斉 ,   子島良平 ,   宮田和典 ,   天野史郎

ページ範囲:P.1789 - P.1792

要約 目的:角膜新生血管に対しベバシズマブ点眼が奏効した一例の報告。症例:59歳女性が左眼の眼痛で受診した。2年前からドライアイとして加療中であった。所見:矯正視力は左右とも1.2であり,左眼に角膜変性と血管侵入がある淡黄色の角膜混濁があった。ベタメタゾン点眼で角膜混濁が拡大した。1%ベバシズマブの点眼2か月で新生血管が退縮した。3週間後に新生血管が再発し,点眼を再開した。1週間後に新生血管が小さくなり,2か月後に退縮した。結論:ステロイド点眼に反応しない角膜新生血管に対し,ベバシズマブ点眼が有効であった。

片眼に網膜静脈閉塞症を合併したBehçet病の1例

著者: 山本由美子 ,   山添健二 ,   西野耕司 ,   岸茂 ,   福島敦樹

ページ範囲:P.1795 - P.1798

要約 目的:片眼に網膜静脈分枝の閉塞があったBehçet病の症例の報告。症例:59歳男性が左眼の充血,眼痛,視力低下で受診した。左眼の視力低下は4年前にもあり,口腔アフタと下肢に結節性紅斑が頻発する既往があった。所見:矯正視力は右1.2,左0.03で,左眼は前房に炎症所見,硝子体混濁,上耳側の網膜静脈の白線化,黄斑浮腫があった。HLA-B51陽性であり,不全型Behçet病と診断した。トリアムシノロンアセトニドのテノン囊下注射を行い,前眼部の炎症と黄斑浮腫は軽減した。2か月後に左眼に硝子体出血が生じ,視力が手動弁に低下した。硝子体を切除し眼内レーザー光凝固を行った。黄斑浮腫は消失し,その4か月後に視力は0.3に改善した。結論:本症例の網膜静脈分枝の閉塞は,Behçet病による網膜静脈の血管炎による血栓形成に続発したと考えられる。初期のステロイド局所投与と硝子体出血への治療が奏効したと推定される。

べらどんな

百寿

著者:

ページ範囲:P.1655 - P.1655

 英語には「還暦」とか「古稀」のような含蓄のある表現はない。「白寿」も存在しない。せいぜいninety-ninth birthdayというくらいである。

 ことしはショパン(Frederic François Chopin, 1810-1849)の生誕二百年にあたる。百とか二百のような数については単語がちゃんとあり,ショパンの場合だとbicentennial birthdayという。

動体視力

著者:

ページ範囲:P.1757 - P.1757

 視力には3種類があることを眼科の講義で教わった。小さなものを認識する能力(視認最小閾),並んでいる点が1個でなく2個であることを認知する能力(分離最小閾),小さな文字や絵を鑑別する能力(可読最小閾)がそれである。

 真面目な学生だったからではない。全員が講義に出てノートをとるのは無駄なので,科目ごとに担当を決めた。その担当者が書き屋として詳細なノートを作り,謄写版で本にしてクラス全員に配ることにした。たまたま眼科を受け持っただけの話である。

今月の表紙

シリコーンオイル前房貯留

著者: 山口純 ,   坂本泰二

ページ範囲:P.1669 - P.1669

 症例は41歳男性。2004年11月に左眼の裂孔原性網膜剝離に対して,白内障併用硝子体手術時にシリコーンオイルタンポナーデを施行した。術後1か月目以降は通院を自己中断し,見づらさを主訴に再受診したのは初回手術から4年後の2008年12月であった。再受診時の視力は左0.09(0.2)で,前房中に乳化したシリコーンオイルを認め,眼圧も28mmHgまで上昇していた。網膜は復位していたため前房および硝子体中のシリコーンオイルを抜去した。術後視力は(0.9)まで回復し,眼圧も13mmHgと安定した。

 撮影はTOPCON社製スリットランプSL-D7にNikon社製デジタルカメラD2xを取り付けて行った。耳側30°から0.5mm幅のスリット光をあて,上方の乳化シリコーンオイルのディテールを出すためフラッシュレベルを通常よりも3段階下げて撮影した。中央部から下方にかけて浮遊しているシリコーンオイルも記録するために,スリット幅,光量の調整に注意した。また,病態を際立たせるために背景照明を消して撮影した。

書評

がん診療レジデントマニュアル 第5版

著者: 佐藤温

ページ範囲:P.1676 - P.1676

 『がん診療レジデントマニュアル』も第5版となった。初版から既に13年を数え,とても息の長い本である。いかにがん診療医に必要とされつづけている本であるかがうかがえる。私の仕事部屋の本棚にも初版から全版が揃えられている。各版の表紙の色が異なることもあり(徐々に厚くもなっている),並べると案外きれいなものである。マニア心をくすぐるのでプレミアでも付かないかなぁ,などと不謹慎なことまで考えてしまう。実は大変お世話になっているので捨てられないのである。がん薬物療法を診療の主とする医師にとっては,複雑で解釈しにくいこの領域における実臨床的な内容が,非常にわかりやすく整理されているため,初めに目を通す本としては最適である。

 第3版までは,常に白衣のポケットに入れて,日常診療にあたっていた。治療方針がわからない症例に出会うとすぐ調べた。治療計画を立てて再び内容を確認した。症例を検討するときにも本マニュアルを開きながら議論した。第4版は,地方での学会会期中が発売日であったため,発表に来ていた医局員とわざわざ医学専門書を取扱う書店を探して,発売日当日に購入した。まるで,人気ゲームソフトの販売みたいである。さらに,第4版は2冊所有している。別に他からプレゼントされたわけではない。自分のポケットから支払って購入している。実は,このとき私は,臨床腫瘍学会のがん薬物療法専門医の試験を受けるため,このマニュアルを試験合格に向けて覚えるべき知識を整理するために使用していたのである。まるで学生時代のように赤線をたくさん引いているうちに,真っ赤になってしまい,日頃の臨床時に調べにくくなってしまったので1冊追加購入した次第である。

やさしい目で きびしい目で・130

女性医師の小さな背中

著者: 内藤知子

ページ範囲:P.1781 - P.1781

 「先生~,今月も会えたなぁ~」

 スリットランプの向こうには,とびきり素敵なシワくちゃな笑顔。待合もまばらになった外勤先の昼下がり,私の外来を心待ちにしてくれている女性患者さんです。御年93歳。診察もそこそこに,女同士の世間話に花が咲きます。

ことば・ことば・ことば

ケッペ先生

ページ範囲:P.1785 - P.1785

 英語を知っているとドイツ語はかなり覚えやすい言葉ですが,ウムラウトがちょっと面倒です。ヒトMannが複数だとMänner,兄弟BruderがBrüder,父親VaterがVäterになるのがその例です。

 ウムラウトはドイツ語だけでなく,英語にもあります。Manがmen, brotherがbrethrenになったりしますが,母音の上にチョンチョンを付けたりせず,すべてアルファベットの26文字でスマートに処理しています。

--------------------

あとがき

著者: 坂本泰二

ページ範囲:P.1812 - P.1812

 このあとがきを,8月31日に書いております。今年の夏は記録的な猛暑でしたが,残暑も例年に増して厳しいようです。皆様はご健勝に,夏を乗り切られたでしょうか。

 さて,今月の話題は「人工網膜による網膜色素変性の治療」です。この分野でわが国を代表する研究者である神田先生と不二門先生が,現状についてわかりやすく解説されています。人工網膜の研究は,将来の工学医療の先駆けとなる研究領域で,現在各国が覇を競っている状況です。米国,ドイツ,日本がそれぞれ独自の技術を持って先行し,そこに韓国などが入ってこようとしていますが,これは自動車業界と似ています。自動車業界では,日本は一定のアドバンテージを保っていますが,人工網膜分野ではどうでしょうか。自動車,弱電などの業界では,世界統一規格を獲得したメーカーが世界市場すべてを獲得します。人工網膜分野では,まだ世界統一規格は確立されていないようですから,これからも熾烈な競争が続くでしょう。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?