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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科64巻11号

2010年10月発行

雑誌目次

特集 新しい時代の白内障手術

ページ範囲:P.3 - P.3

序―あとがきのようなまえがき

著者: 鈴木康之

ページ範囲:P.4 - P.5

 インターネットの時代である。インターネット自体はすでに20年ほど前からあったわけであるが,それがほんとうに一般化してきたのは,ここ5年ほどのことであろう。わが家の小学生の娘は,何かわからないことが出てくるとリビングに置いてあるパソコンに向かってWikipediaを見ようとするので,「本で調べなさい」と言うと,「家にある事典や辞書じゃ載ってないことが多い」と言ってくる。最近ではGoogleで検索することも覚えたので,これは本格的にまずいかと思っている昨今である。

 それはともかく,現在では多くの人々が調べものにインターネット検索を使っている。したがって,患者の大半は自分の罹患している疾患や予定術式についてインターネットで調べていると思っていたほうが間違いない。もちろん,白内障手術も例外ではありえない。実際に検索してみると,日本国内だけでも多くの眼科のページをブラウズすることができる。われわれは常に最新の医学知識を持つことを要求されている。

総論

新しい時代の白内障手術

著者: 宮田和典

ページ範囲:P.11 - P.15

はじめに

 白内障手術は,眼科の代表的な手術である。眼科手術のなかに占める症例数も圧倒的に多く,またそれを行う術者もさまざまである。眼科を志した医師のほとんどは,大学病院など研修施設での教育の過程において必ず経験している。また,診療所,個人病院,総合病院,大学病院とあらゆる施設で,白内障手術は幅広く行われている。そのため,術者のレベルもさまざまで,その結果もばらつきが大きい。これまで,このようなまだら状態が許容されてきた背景には,白内障手術のゴールが,患者の光を遮るものがとれて,以前より視力が上がるという非常に曖昧な位置にあったことにある。

 しかし,そのような,術者が優遇された時代は終焉を迎えようとしている。白内障手術は新しい時代を迎えようとしているのだ。それは,手術機器,測定技術,高機能眼内レンズなどの白内障手術の技術革新と,患者側の術後視機能への高い要求に伴っている。

Ⅰ.感染予防

ページ範囲:P.17 - P.17

新しい時代の術後感染症への考え方

著者: 浅利誠志

ページ範囲:P.18 - P.23

はじめに

 術後感染予防は,術前・術後に分けて考えるのではなく,医療関連感染(healthcare-associated infection:HAI)予防として,患者入院時から退院時までの感染リスクをトータルに管理・制御することが世界共通の新たな考え方である。その目的は,患者を各種感染から防止すると同時に,医療関連者も業務感染から守ることにある。

 術後感染の多くは病院入院時以降のスタッフ,医療機器,ベッド,トイレのドアノブなどとの接触による耐性菌汚染,また長期術前抗菌薬投与による外眼部菌交代現象などにより術後感染症起因菌は大きく変遷する。結核や麻疹患者が多い日本では,医療関連者が結核,麻疹,水痘,風疹,ムンプスなどに罹患し,気づかないうちに入院患者および医療関連者へ伝播している。さらに,感染患者は退院後に発症しているため医療側は気づかないことが多いが,これは明らかにHAIである。

術前投薬・処置

著者: 岡本茂樹

ページ範囲:P.24 - P.29

はじめに

 白内障手術における術前投薬と術前処置の目的は,いかに安全に白内障手術を終えるか,という一点にある。安全に手術を終えるためには,

 1)手術中に全身的な問題が起こらないようにすること

 2)白内障手術の妨げになる眼科的疾患を除去し,安全に手術を行える眼の状態にすること

 3)術後眼内炎の発症を予防すること

 の3点が必要で,これを達成するために,安全で効果的な術前準備を行わなければならない。以下にこれらについて検証し,術前投薬と処置について考える。

手術室環境と器具

著者: 山西茂喜

ページ範囲:P.30 - P.34

はじめに

 白内障手術などの内眼手術後に生じる感染性術後眼内炎の発生頻度は,滅菌法などの感染予防が一般化することによって時代とともに減少してきている。白内障術式も水晶体囊外摘出法から超音波乳化吸引術へと切開創が小さくなり,それに伴い眼内炎の発症率は0.1%以下へと低下1~3)したが,発症すれば視力障害を残す例も多くあり,われわれ眼科医は眼内炎を根絶するための努力を惜しんではならない。

 白内障術後眼内炎の起炎菌としては結膜や眼瞼皮膚の常在菌が多いとの報告4)があり,皮膚や結膜の消毒,ドレーピングなどが大事であることはいうまでもない。さらに,病院工事中のアスペルギルスによる白内障術後眼内炎5)などに代表されるように,手術室環境も術後眼内炎防止には非常に重要である。手術室の設計にあたっては,これら空調設備,洗浄水,器具の滅菌設備などの点についての知識が必要であるし,勤務医のように自らが手術室を設計しなくても,これらを知ることで現在の設備を十分に活用することが可能になると思われる。

消毒

著者: 江口秀一郎

ページ範囲:P.36 - P.41

はじめに

 新しい時代の白内障手術とはどのような手術を意味するのか。多くの白内障術者の頭に漠然と浮かぶイメージは,小切開,低侵襲の白内障摘出手術を行い,挿入する眼内レンズは非球面眼内レンズや多焦点眼内レンズをはじめとする高機能眼内レンズを用い,術後乱視や球面度数ずれを最低限に制御し,良好なコントラスト感度をはじめとする視力にとどまらない高い視機能の獲得を目ざすというような手術であろう。そのようなより高い次元を目ざす手術においてもなお,感染予防は,1745年にJacques Davielが初めて行った近代的白内障手術の時代と同様に,すべての白内障術者が十分な注意を払い,有効な対策を立てねばならない課題であり続けている。

 白内障手術の感染予防,とくに消毒という観点から重要なのは,①手術に用いる器械,器具の滅菌,②術野の消毒,③術者の消毒である。このなかで手術に用いる器械,器具の滅菌に関しては,多くの医療施設で高圧蒸気滅菌法,酸化エチレン滅菌法,過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌法の3種の滅菌法を,機材の適性や耐久性,滅菌に要する時間と手術スケジュールに合わせて組合わせて使用している。手術器械,器具においてはすべての微生物を殺滅または除去する滅菌法が有効であり,その詳細は前項に記載されるので本項では触れないが,最近では従来の滅菌基準に加え,Creutzfeldt-Jakob病をはじめとするプリオン病にも有効な滅菌法が求められ1),134℃・18分でのオートクレーブ(プレバキューム式)または過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌を用いての手術器具滅菌が今後普及していくことが予想される。

 生体である術野や術者の感染予防に滅菌法を導入することは不可能であり,感染症を惹起しえない水準にまで病原微生物を殺滅または減少させる消毒法を選択しなければならない。本項において以下に,術野および術者の消毒法とその留意点に関して述べる。

感染予防のための術中操作

著者: 常岡寛

ページ範囲:P.42 - P.45

はじめに

 白内障手術において,最も回避したい合併症が術後眼内炎である。発症原因がはっきりしていれば適切な対策を立てられるが,ほとんどの場合はなぜ発症したのかが不明なことが多い。術者に何か問題となる手技を行った覚えがなく,通常の手術経過であったにもかかわらず眼内炎が発症した場合には,運が悪かったとしか考えられないのが実情である。したがって,現状ではできるだけ眼内炎が発症しやすい環境をつくらないよう心がけることしかできない。

 本項では,感染を予防するために必要と思われる手術操作を説明するが,このとおりの操作を行わなくても通常は眼内炎を発症することはないし,このとおりの操作を行っても眼内炎は発症しうるわけであり,すべての症例に対してこれらの操作をすべきかどうかは不明である。ただ,術後眼内炎を発症しやすいハイリスク症例に関しては,できるだけ術中操作に注意し,リスクを下げるようにすることが重要であろう。

術後管理

著者: 小早川信一郎

ページ範囲:P.46 - P.50

病診連携と周術期管理

 近年,厚生労働省の奨励もあり病診連携がより活発となっている。そのためか,ひと昔前よりも術後早期に紹介元や患者の住居近くの診療所へ逆紹介する機会が増えた。かつては最短でも2週間程度は術後の経過観察をしていたが,最近は術後1週間以内に逆紹介を行うケースが多い。なかには,退院後1回も手術施行病院を受診せず,病棟から担当医の紹介状を持って直接,近医を受診する場合もある。

 しかし,術後1週間以内にこういった診察施設の移動が生じることは決して好ましいとは思えず,実際当院を退院して近医を受診するまでの間に眼内炎を発症し,患者自身の判断で救急外来を受診したという例がある。東邦大学大森病院で1998~2009年に発症した術後眼内炎症例の発症までの期間について調べたところ,術後4~7日の間に発症した症例が14例中4例(28.6%)存在しており(図1),逆紹介により受診した診療所でいきなり術後眼内炎を発症している可能性は十分ある。年間約100万眼施行される白内障手術は,白内障手術を施行しない診療所や病院であっても周術期管理が必要とされる時代となったのである。

術後感染症の実態

著者: 井上幸次

ページ範囲:P.52 - P.59

頻 度

 白内障手術に伴う眼内炎は,白内障手術の最も忌むべき合併症であるが,その頻度は歴史的には術式などの改善とともに減少し,1800年代後半10%であったものが,1900~1925年1.8%,1925~1950年0.58%,1950~1990年0.35%(0.056~0.7%)と確実に減少してきている1)。最新のEuropean Society of Cataract & Refractive Surgeons(ESCRS)の多施設研究では,感染予防の手段によって群間差があるものの0.049~0.345%となっている2)。これは16,000例近い症例数を集めた前向き研究(prospective study)であることから,きわめて信頼性の高い値であるといえる。

 一方,わが国では大規模な調査はあまり行われていなかったが,2004年に日本眼科手術学会が会員を対象に前年の手術についてアンケート調査を行い,白内障手術100,539件中眼内炎発症52件との回答を得た,つまり0.052%の発症率ということになる3)。現在一般にわが国の眼内炎の頻度は0.05%と考えられているのはこの数値によっている。また1990年代以降日本眼内レンズ屈折手術学会会員によるアンケートが毎年行われており,年次推移をみることができる4)。0.045%(1994年),0.059%(1996年),0.044%(1998年),0.044%(1999年),0.046%(2000年),0.048%(2001年),0.036%(2002年),0.026%(2003年),0.036%(2004年),0.028%(2005年),0.025%(2006年),0.032%(2007年),0.032%(2008年)と,大きな流れとしてはやや低下傾向があり,頻度は低いもののコンスタントに一定の発症があるようである。ただし,これらの結果はアンケートに回答した人の集計であるため,何らかのバイアスがかかっている可能性があることに留意が必要である。

感染時の対応

著者: 谷内修太郎 ,   平形明人

ページ範囲:P.60 - P.64

はじめに

 術後眼内炎は白内障手術の合併症として最も重篤な術後合併症であり,それへの対策は起こさないために最大限の努力を惜しまないことにつきる。しかし,周術期の感染予防対策を十分に行っても術後眼内炎を完全に避けることはできず1),わが国では約0.05%の発症率といわれている2)

 いざ眼内炎に遭遇した際は,初期の緊急対処法が視力予後を大きく左右する。緊急対応の基本は,適切な抗菌薬を適切な濃度で眼内投与することであり,薬剤の網膜毒性も考慮しなければならない。そこでいずれ遭遇するであろう術後眼内炎に対してあらかじめ治療のプロトコールを作成し,早急に対応できる準備を整えておくことが重要である3)。とくに硝子体投与,結膜下投与に用いる抗菌薬の調整方法は,いつでも確認が取れるように医局,診察室,手術室などの目につくところに貼っておくのがよい。眼内炎と診断した際の当院の治療のプロトコールと抗菌薬の調整方法を図1,2に示す。

 また,初診時には軽症と思われていた症例でも,その後に症状は急速に進行していくかもしれないと予想し,硝子体手術の時期を逸しないためにも点眼や抗菌薬の硝子体投与で漫然と経過観察をするのではなく,硝子体手術の設備がない施設では早めに緊急対応が可能な病院へ転院させることが必要である。

術後感染に関するインフォームド・コンセント

著者: 田坂嘉孝 ,   大橋裕一

ページ範囲:P.66 - P.71

はじめに

 白内障手術に限らず手術を行う前には必ずインフォームド・コンセント(説明と同意)が必要になる。手術内容について十分に説明し被施術者の同意を得るものであるが,そのなかで合併症の可能性(100%安全な手術などあり得ないのだから……)について言及しておく必要がある。医療法第1条の4第2項では「医師,歯科医師,薬剤師,看護師その他医療の担い手は,医療を提供するに当たり,適切な説明を行い,医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」と医師の説明義務についての規定が法律で定められている。

 白内障手術には術中に生じる後囊破損やZinn小帯断裂,術後に生じる感染性の眼内炎など実にさまざまな合併症がある。なかでも白内障術後眼内炎は「白内障手術後に発症する眼内感染」で,頻度は稀とはいえ,ひとたび発症した場合に失明の危険がある点から,患者および術者の双方にとって最も避けたい合併症の1つである。小切開や極小切開の時代になり,今後,発症率が減少していくことが予想されるとはいえ,観血的手術である以上,感染の可能性はゼロではない。本項では術後眼内炎に関するインフォームド・コンセントについて,術前のルーチンと術後眼内炎を発症した場合とに分けて述べたい。

トピックス

培養結果の信憑性

著者: 宮永将

ページ範囲:P.58 - P.59

はじめに

 術前検査や眼感染症の起因菌の診断の際には,結膜囊や病巣部の擦過検体を細菌培養検査に提出し,結果を参考に治療方針を決定することが多い。したがって,眼感染症の診療では,検査施設からの培養結果が重要な情報源となる。しかし,病態の起因菌となりうる結膜囊常在菌の検出は,検査施設の検査方針や感度の影響を受けることが指摘されている1)。検査施設に目的を伝達して検査方針を確認しておかないと,眼科医が知りたい結果が得られないことがある。その理由として,常在菌と病原菌の認識が眼科医と検査技師との間で異なることや,検査施設の経済的な問題などが挙げられる。

術中前房内投与

著者: 川﨑史朗 ,   大橋裕一

ページ範囲:P.72 - P.73

前房内投与の意義

 術終了時の前房水の培養結果によると,その汚染率は,5.7~21.1%1~4)と意外に高く,術中に細菌が眼内へ持ち込まれる危険性については常に考えておく必要がある。眼内へ侵入した細菌の増殖を抑えて,眼内炎の発症を予防する手段として,最近注目されているのが,抗菌薬の前房内投与である。

Ⅱ.満足度の高い眼内レンズ度数決定

ページ範囲:P.75 - P.75

新しい時代の眼内レンズ度数決定

著者: 二宮欣彦 ,   前田直之

ページ範囲:P.76 - P.80

はじめに

 バイオメトリー(生体計測),光学理論,測定・手術器械や手術手技などの進歩により,白内障手術は以前の開眼手術から,良質なQOV(quality of vision)の追求へと進化した。具体的には,球面度数,乱視,球面収差,そして術後の調節機能を考慮した手術術式や眼内レンズの種類・度数の選択がなされるようになってきた。本項では,そのうち眼内レンズ度数決定の現状の問題点と将来への展望について,球面度数に的を絞り述べる。

眼軸長の測定法

著者: 須藤史子

ページ範囲:P.81 - P.87

はじめに

 白内障手術は,従来の「超音波摘出術+眼内レンズ挿入術」から「水晶体再建術」へと保険収載名においても変化があったように,白内障を単純に治して開眼させるだけでなく,以前の視機能以上のものを獲得するべく,新たに作り換えるような時代になった。とくに非球面,乱視矯正,多焦点と付加価値をもったプレミアム眼内レンズの登場により,その傾向は加速している。付加価値の威力を発揮するには,最適な眼内レンズ度数を選択し術後屈折誤差をできる限り最小にすることが重要であり,患者満足度にも直結するキーポイントとなる。

 眼内レンズ度数計算は,汎用されているSRK/T式の場合,術前生体計測値(眼軸長と角膜屈折力)と眼内レンズごとに決められているA定数を用いるが,とくに術後屈折誤差の大きな要因は眼軸長の測定ミスといわれてきた。眼軸長測定の精度を上げるために,従来の超音波Aモード法から,現在ではレーザー光干渉方式で測定を行う光学式眼軸長測定装置1,2)が主流となり,2010年4月には「光学的眼軸長測定」として保険収載されたことから,広く認知されるようになった。本項では,この眼軸長測定についての現況と展望を述べる。

角膜乱視の測定法

著者: 本田紀彦 ,   天野史郎

ページ範囲:P.89 - P.95

角膜乱視測定の意義

 白内障手術の切開創がまだ6mm以上であった頃は,切開創のある方向での屈折力減少が術後に大きく起きること,すなわち切開創がほとんど上方であったので術後の倒乱視化が問題であった。近年の小切開化に伴い白内障手術による角膜乱視の変化はほとんど問題にならなくなったが,それに伴い術前からある乱視が術後裸眼視力を低下させる要因として臨床上問題とされている。そして術前からある乱視を矯正する方法として,輪部減張切開(limbal relaxing incision)やトーリック眼内レンズなどが臨床で使用されている。こうした方法を有効に実施していくために,白内障術前の角膜乱視を正確に測定することが求められる。

 本項では,各種の角膜乱視測定法について述べ,実際の各種症例における角膜乱視の測定結果について供覧する。

高次波面収差の測定法

著者: 三橋俊文 ,   不二門尚

ページ範囲:P.96 - P.101

はじめに

 最近の眼内レンズには,表面形状としては回転対称非球面やトロイダル面,さらに機能としては多重焦点性(マルチフォーカル)を持たせた多様な光学系が採用されている。回転対称非球面は見えの最適化のため,トロイダル面は乱視の矯正,マルチフォーカルは遠用のみならず近用の見えも改善するための手段となる。マルチフォーカルにするための技術としては,眼内レンズの表面の形状,つまり非球面性による方法と,回折現象を利用して,その効率を回折次数(通常は0次と1次)に振り分けることによる方法が実用化されている。また,研究的ではあるが調節可能眼内レンズの開発も進んでおり,その収差を含む調節の測定が行われている。

 ところで,他覚屈折の測定では近赤外光が使われることが多い1)。臨床で使われているオートレフラクトメータや収差の測定が可能な波面センサーも,現在,日本で販売されているほとんどの装置では近赤外光が使われている。これらの装置の被検者は,測定光を知覚しないか,あるいは弱い赤い光を知覚する程度であるため,まぶしくないうえに,固視表の観察にも邪魔にならないという利点がある。しかし,われわれが物を見るときの波長は可視波長であり,他覚屈折装置で使われている近赤外光とは波長が異なるため,軸上色収差の校正が必要となってくる。

 波面センサーは,円錐角膜や白内障などの病眼や角膜屈折矯正術やオルソケラトロジー後の評価で有効な装置であり2,3),眼内レンズ眼の評価にも有効であることが予想できる。ただし,人眼の評価目的で設計された波面センサーが,眼内レンズ眼の正確な測定に利用可能かどうかの検証は必要である。通常の市販されている波面センサー(通常のオートレフラクトメータでも同様)では,眼で見るときに使われる波長帯,可視光での光学的な量を近赤外光による測定で評価可能になるように校正が行われている。簡単に言うと,可視光と近赤外光間での波長の違いによる測定のずれを装置内に定数として持っておいて,これを使って校正をするわけである。しかし,これはあくまで人眼に対しての定数であり,眼内レンズ眼でこの定数が校正に使えるか確認する必要がある。本項では,この確認の結果を報告することはできないが,そのほかにどのような留意点があり,どのような測定が可能であるかを述べたいと思う。

度数計算の新しい展開

著者: 大谷伸一郎 ,   宮田和典

ページ範囲:P.102 - P.106

はじめに

 現在の眼内レンズ度数計算の精度は,度数計算式の改良や眼軸長・角膜屈折力の測定機器の進歩により,高い水準へと達している。しかし,頻度は少ないものの依然として度数ずれを経験することがある。とくに症例数が増加しているLASIK(laser in situ keratomileusis),PTK(phototherapeutic keratectomy)など,エキシマレーザー角膜手術後の白内障手術時の眼内レンズ度数計算において,大きな度数ずれをきたすことが知られており,問題視されている1~3)

 その原因として,広く用いられているSRK/T式,Holladay Ⅰ式,Hoffer Q式などの第3世代の度数計算式が,角膜形状を球面と想定し,角膜曲率から前房深度を算出する点が挙げられる4,5)。これにより角膜屈折力の測定誤差,前房深度の予測誤差が生じ,結果として度数ずれを引き起こす。このため現在もなお,従来の方法に代わる新しい手段が模索されているが,その1つの答が光線追跡法を応用した新しい眼内レンズ度数計算法である6,7)

固定位置による度数決定の違い

著者: 野田徹 ,   大沼一彦

ページ範囲:P.107 - P.112

はじめに

 小切開超音波手術により角膜の屈折変化は最小となり,眼内レンズ挿入術後の屈折度数は,標準的な症例ではSRK/Tを代表とする第三世代の計算式で概ね設定どおりの値が得られている。その際,現在の眼内レンズ度数計算値は一般に,眼内レンズが囊内固定された場合を前提に眼内レンズ度数が算出されている。

 しかし,囊内固定を予定していたにもかかわらず術中に破囊などが生じた場合や,無水晶体眼への二次挿入などの場合には,眼内レンズは前囊を支持とする毛様体溝固定や毛様体溝への縫着が必要となる。その場合は,一般の計算式が前提としている前房深度よりも眼内レンズが前方に固定される結果,屈折計算値よりも近視化する。その屈折変化量は,眼軸長や眼内レンズ度数など,症例ごとの眼球光学条件の違いによって若干の差が生じることが理論的には考えられる。

 本項では,眼内レンズの固定位置の違いによる術後屈折度数への影響について考察する。

異常眼軸長眼に対する度数決定

著者: 魚里博 ,   川守田拓志

ページ範囲:P.114 - P.117

はじめに

 Haigis1)によると眼軸長22mm以下,25mm以上が各々11%程度であることから,短眼軸眼や長眼軸眼に対する眼内レンズ度数決定は,重要な課題である。

 眼内レンズ計算式の発展の歴史を振り返ると,第1世代回帰式であるSRK式は,PA-0.9K-2.5LP:眼内レンズ度数,A:A定数,K:角膜屈折力,L:眼軸長)で表される。ここでは術後前房深度や眼軸長が考慮されておらず,また線形回帰であったため,短眼軸眼や長眼軸眼で誤差が非常に大きかった。第2世代のSRK Ⅱ式やBinkhorst Ⅱ式,第3世代のSRK/T式,Holladay Ⅰ式,Hoffer Q式では眼軸長と術後前房深度が考慮され,短眼軸眼や長眼軸眼において眼内レンズ度数精度が大きく向上した。さらに最近では,眼軸と角膜屈折力に加えて,年齢や性別,角膜径,術前前房深度を考慮したHolladay Ⅱ式が登場した。

 しかし,Hoffer2)によると各理論式で正常眼の平均絶対誤差が約0.5Dに対し,短眼軸眼の平均絶対誤差は約0.8Dと報告されているため,精度は未だ十分とは言い難い。そこで本項では,短眼軸眼や長眼軸眼に対する眼内レンズ度数決定の問題点と対策を考える。

異常角膜に対する度数決定

著者: 堀裕一

ページ範囲:P.119 - P.123

はじめに

 円錐角膜患者やエキシマレーザーによる手術(PTK,LASIKなど)を受けた患者に対して白内障手術を行う際,通常の方法で眼内レンズ度数計算をしてしまうと,ねらい度数とはかなり違った値を呈したという経験は少なくないと思われる。過去の報告でも,近視矯正手術後の患者に通常の方法で眼内レンズ度数計算をすると,+1D~+3D遠視化するという報告がある1)。本項では,通常とは異なる形状を呈した角膜をもった白内障に対して眼内レンズ度数決定をどのようにすればよいかを考えていきたいと思う。

ピギーバックの度数決定

著者: 神谷和孝

ページ範囲:P.124 - P.128

ピギーバック法とは

 ピギーバック(piggyback)とは,肩や背中に荷物を背負って運ぶ様や肩車を表わす単語である。眼科領域では,「レンズ上にレンズを乗せる」という意味で,眼内レンズを2枚以上入れる手術手技をさす(図1)。

 通常眼内レンズ度数は30D程度が最高度数であることが多く,強度遠視,短眼軸長眼に対しては1枚では不十分であり,2枚以上必要になることがある。このような症例に対して最初から眼内レンズを複数枚挿入するのがプライマリー・ピギーバック(primary piggyback)法であり,一方眼内レンズ挿入術後の残余屈折異常を認める症例に対して追加レンズを挿入するのがセカンダリー・ピギーバック(secondary piggyback)法である。

度数ずれに対するインフォームド・コンセント

著者: 小松真理

ページ範囲:P.130 - P.136

はじめに

 白内障手術が屈折矯正手術の1つであると認識されるようになって久しい。さらに最近では,小切開手術により惹起乱視がほぼ無視できるようになる一方,光学式眼軸長測定装置の登場により,眼内レンズ度数の予測精度が向上し1),より絞りこんだ屈折目標を持つことができるようになった。また,多焦点眼内レンズやトーリック眼内レンズによる老視矯正や乱視矯正が一般化し,白内障手術の屈折矯正手術としての意味合いは,さらに強くなりつつある。

 そうした背景における「眼内レンズの度数ずれ」とは,1つには患者の希望する屈折度数を把握していなかったことによる設定目標のずれ,もう1つには目標とした屈折度数と結果のずれが考えられ,後者の原因には,測定値の間違いによるものと,個々の眼の形態的特殊性によるものがある2)。光学式眼軸長測定装置の導入により,測定値の間違いによる大きなずれは減少したが,それでもなお,個々の要因によると考えられるずれに悩むことがある。

 本項では,どのように患者の望む術後屈折を把握するか,どのように度数のずれを減らすか,またパワーずれに対する心構えをどう患者に説明し,眼内レンズの種類と度数を選択するかについて,筆者らが行っている対策を中心に述べる。

トピックス

小児の度数決定

著者: 黒坂大次郎

ページ範囲:P.137 - P.137

 小児の度数決定について一定の見解があるかと問われると,ないと答えるのが最も適切である。実際にその決定は,ケース・バイ・ケースで行われているのが実情である。眼球は,2歳くらいまで眼軸長や角膜曲率半径が大きく変化する1)。もちろんこれは,2歳未満の症例への眼内レンズ度数決定が難しい大きな理由であるが,実際にはもっと複雑な要素がからんでくる。以下それらを考えたい。

トーリック眼内レンズの度数決定

著者: 神谷和孝

ページ範囲:P.138 - P.140

眼内レンズ度数計算

 トーリック眼内レンズは屈折乱視を軽減して良好な裸眼視力を獲得することにより,患者のQOV(quality of vision)や満足度を向上させることが本来の目的であり,円柱度数だけでなく球面度数ずれも最小限にすることが重要である。そもそも等価球面度数が正確でなければ精度の高い乱視矯正を行う意味が薄れてしまう。とくに“refractive lens exchange”と呼ばれる,屈折矯正を目的とした白内障手術を行ううえで眼内レンズ度数計算はより重要性が高い。

 通常オートレフケラトメータによって角膜曲率半径・角膜屈折力を測定し,超音波Aモードや光学式超音波眼軸長測定装置(IOLマスター,カールツァイスメディテック社)によって眼軸長を測定する。これまでULIB(http://www.augenklinik.uni-wuerzburg.de/eulib/const.htm)上に,IOLマスター用に最適化されたA定数が登録されていなかったが,最近Hillによって最適化されたA定数(SRK-2,SRK/T式A定数119.2)が報告されている。いずれも数回以上の測定を行い,変動が少なく安定した測定値を採用する。レンズ度数計算式としては,それぞれの施設における通常のレンズ度数算出に準ずるが,通常SRK/T式が多く用いられる。将来的には,OKULIXTMのような光線追跡法を用いた眼内レンズ度数計算によって,さらに精度が向上する可能性がある。

Ⅲ.高機能眼内レンズ

ページ範囲:P.141 - P.141

新しい時代の眼内レンズの選択法

著者: 二宮欣彦 ,   前田直之

ページ範囲:P.142 - P.146

はじめに

 1949年Harold Ridleyによる初めての眼内レンズ挿入眼の術後屈折誤差はS-24.0D()cyl+6.0D 30°であった。これは彼が,Gullstrand模型眼の水晶体の曲率を再現したものの材質の屈折率の影響を読み誤ったこと,手術による惹起乱視などのためであると考えられる1)

 その後,白内障手術は超音波乳化吸引装置,眼内レンズ,手術手技の進歩に伴い急速な発展を遂げ,安全性の向上と良質なQOV(quality of vision)の追求が図られた。(極)小切開手術による惹起乱視の減少,光学的眼軸長測定による正確な眼軸長測定,眼内レンズ度数計算の進歩などにより,乱視を含む術後の屈折誤差の予測精度は向上した。そして,積極的に乱視矯正を行うトーリック眼内レンズの登場,また,かつて軽視されがちであったコントラスト感度の低下,色感覚の変化,調節力の低下などに対しても非球面眼内レンズ,着色眼内レンズ,多焦点眼内レンズなどの高機能眼内レンズの登場により,術後のQOVをより付加価値的にデザインできるようになった。

 本項では,こういった新しい高機能眼内レンズの登場後における臨床上の適応判断について自験例のデータも交えて述べる。

非球面眼内レンズ

著者: 川守田拓志 ,   魚里博

ページ範囲:P.148 - P.154

非球面眼内レンズのコンセプトと種類

 非球面眼内レンズは,前後面の両方またはいずれかが非球面化され,眼球の球面収差を消失あるいは軽減させるコンセプトで設計された眼内レンズである。

 球面収差とは基本的な収差の1つで,光軸に対し種々の平行光線が光学系に入射したとき,その対応した像点が一点に結像しない現象で,像にボケを生じさせる1)。レンズ周辺を通過した光線がレンズ中心を通過した光線よりも物側で光軸と交わる場合を正の球面収差,逆にレンズ中心を通過した光線がレンズ周辺を通過した光線よりも物側で光軸と交わる場合を負の球面収差と呼ぶ。若年眼の眼球においては,角膜が正の球面収差,水晶体が負の球面収差を有しており,角膜の球面収差を水晶体が補償している。過去の報告から,Zernike多項式による6mm解析径の角膜前面の球面収差Z(4,0)は0.2~0.3μmとされる2)

トーリック眼内レンズ

著者: 森洋斉 ,   宮田和典

ページ範囲:P.155 - P.161

はじめに

 近年,白内障手術の進歩と普及に伴い,術後のQOV(quality of vision)に対する患者の期待値も高くなっている。しかし,手術後に角膜乱視が原因で裸眼視力が得られず,眼鏡が必要となる症例も少なくない。海外の疫学調査報告では,白内障手術患者の22~29%に1.50D以上の角膜乱視が存在するとしており1~3),白内障手術における乱視治療は,最優先されるべき課題であると考えられる。

 現在わが国で広く行われている乱視矯正方法は,眼鏡やコンタクトレンズ,(角膜)輪部減張切開術(limbal relaxing incision:LRI)やエキシマレーザーによる手術など,白内障術後に矯正する方法が一般的である。一方,円柱度数が加入されたトーリック眼内レンズは,白内障手術と同時に乱視矯正が可能であり,術後早期から良好な裸眼視力が期待できる。

 トーリック眼内レンズは,1990年に世界で初めて清水ら4,5)によって挿入され,報告された。当初は5.7mmの切開創から挿入していたため,切開による惹起乱視を考慮する必要があった。しかし,小切開手術が普及して惹起乱視が少ない手術が可能となり,トーリック眼内レンズは正確かつ安定した乱視矯正効果が確認されている6~8)。2009年,日本でもアクリソフ®IQ TORIC(アルコン社)が承認され,今後普及していくと考えられる。本項では,アクリソフ®IQ TORICについて述べさせていただく。

多焦点眼内レンズ―1)回折型

著者: 大木孝太郎

ページ範囲:P.166 - P.169

レンズ構造の特徴

 回折型多焦点眼内レンズ(以下,回折型)の構造上の特徴は,図1に示すようにレンズ表面に階段状の回折構造と呼ばれる特殊な形状を持つことである。挿入後も外来診察でこの表面構造を観察できる(図2)。この特殊な表面構造が入射光を遠近2つの焦点に振り分けることによって多焦点機能を発揮するレンズである。すなわち多焦点というよりは2焦点と呼ぶほうが理解しやすい。

 このことは患者へのインフォームド・コンセントにおいても大変重要である。一般的には「多焦点」という言葉からは「どこでも見える」という印象を持ちやすいため,患者が過度の期待を抱きやすい。したがって「2焦点」もしくは「遠近両用」という言葉を使って説明することが適切である1)

多焦点眼内レンズ―2)屈折型

著者: 林研

ページ範囲:P.170 - P.175

はじめに

 多焦点眼内レンズのうち屈折型レンズは,遠見・近見・中間距離を見るために,それぞれに合った屈折力のゾーンが同心円状に配置されているもので,原理は単純である。一般に屈折型は,回折型レンズに比べ欠点が少ないものの,近見視力は回折型より劣る。本項では,屈折型多焦点レンズの原理,利点と欠点,適応について紹介する。

多焦点眼内レンズ―3)回折型と屈折型の比較

著者: 中村邦彦

ページ範囲:P.177 - P.181

はじめに

 遠方視,近方視とも眼鏡に依存せずにすむようになる生活の実現を目的として多焦点眼内レンズは開発され,近年登場した新世代の多焦点眼内レンズはいままでの多焦点眼内レンズの問題点が大幅に軽減された。実際にこれまでの実績を大きく上回る結果が報告され1~5),国内でも普及しつつある。

 多焦点眼内レンズには屈折型と回折型があるが,それぞれに利点と欠点がある。屈折型は良好な遠方視力が得やすいが,構造上,近方視が瞳孔径に依存すること,夜間のハローやグレアが出やすいことが指摘され,一方で回折型は瞳孔径に依存せず近方視が得られるが,階段状の段差を有する回折現象により,2か所に焦点が形成され,入射光の41%ずつが遠用,近用に分配され残り18%が回折により失われるため,コントラスト感度の低下が生じやすいとされている6~8)。多焦点眼内レンズの使用にあたっては,屈折型,回折型それぞれの特徴を十分に理解し適応を決めることが望まれる。

屈折誤差への対応―1)球面度数のずれ

著者: 稗田朋子 ,   稗田牧

ページ範囲:P.186 - P.190

はじめに

 白内障術後のQOV(quality of vision)が要求される時代である。眼内レンズの普及に加え,手術技術の進歩による術中・術後合併症の減少に伴い,白内障手術は治療的手術から屈折矯正手術へ重みがシフトしてきている。また,LASIK(laser in situ keratomileusis),有水晶体眼内レンズなどによる屈折矯正手術の普及や,高齢化社会・抗加齢社会の影響が加わり,白内障手術後にも裸眼での生活や質の高い視機能を期待する人が増えてきた。本項では,白内障手術時の球面屈折誤差への対策を術後のアプローチを中心に,術前の注意点も加え紹介する。

屈折誤差への対応―2)乱視のずれ

著者: 宮井尊史

ページ範囲:P.191 - P.195

白内障術後の乱視

 現在,眼内レンズは非球面レンズ,トーリックレンズ,多焦点レンズなど高機能眼内レンズが登場し,患者のQOV(quality of vision)の向上のための選択肢が増えてきている。一方,これらのレンズを使用するときには,術後の屈折力誤差が大きいと,その機能を十分に発揮することができない場合がある。白内障手術を行うにあたって,球面度数については眼内レンズの度数選択によってある程度の調整を行うことができるが,乱視に関しては,現時点ではトーリック眼内レンズのみ約1.0~2.0Dの範囲での円柱度数矯正が可能となっているのみであり,非球面眼内レンズ,多焦点眼内レンズにおいては,乱視の影響をほぼそのまま受けることになる。最近の白内障手術は創口の小切開化により惹起乱視が小さくなっているため,術前の角膜乱視が術後乱視に大きな影響を与えることになる。

 図1は,白内障手術10,000例の術前角膜乱視度数の分布を直乱視,倒乱視に分けて示したものである。多焦点眼内レンズを用いる場合,良好な視機能を得るために推奨されている乱視度数は一般的には±1.0D以内とされているが1,2),この範囲に該当する症例は全体の約61.7%にしかならない。とくに欧米においては,1.0Dを超える乱視に関しては乱視矯正手術の対象とされる傾向にある1)。実際には,日常生活で必要とされる視力が患者によって異なるが,この基準を用いると3例に1例は潜在的に乱視矯正手術の検討対象となってしまうことになる。

屈折誤差への対応―3)球面度数と乱視両方のずれ

著者: 中村邦彦

ページ範囲:P.196 - P.203

はじめに

 高機能眼内レンズのなかでも多焦点眼内レンズは,遠方視,近方視とも眼鏡に依存せずにすむようになることを目的として開発され,実際その有効性は徐々に認められてきている。しかし,術後に屈折誤差が大きい場合には遠方視,近方視とも裸眼視力は低下し,本来の目的を十分に果たせない可能性が大きくなる。術後の屈折誤差を減少させるには,まず正確な眼軸長測定が必要であり,そのためには旧来のAモード超音波による眼軸長測定だけではなくIOLマスターの使用が勧められる。

 残った屈折誤差(主に乱視)に対しては,切開による乱視矯正(角膜輪部減張切開limbal relaxing incision:LRI)あるいはLASIK(laser in situ keratomilleusis)による屈折誤差矯正が適応となる。どちらでも構わないがLASIKによる屈折誤差矯正(touch up)は,施行が可能な環境であれば精度も高くとても有効な方法であり,球面度数と乱視両方の屈折誤差を矯正できる。現在の多焦点眼内レンズは,単焦点眼内レンズに比べてレンズ度数の作製範囲が狭く,高度近視の症例などで,最小の度数を選択しても残余近視が生じる場合があるが,このような場合でもLASIKによる屈折誤差矯正は有効である。

 多焦点眼内レンズには屈折型と回折型があるが,屈折型は裸眼視力が角膜乱視の影響を比較的受けにくい傾向がある。適切なレンズパワーがないときは別として,多くは回折型においてtouch upの適応となる。

高機能レンズ時代のインフォームド・コンセント

著者: 根岸一乃

ページ範囲:P.204 - P.210

はじめに

 白内障手術に関するインフォームド・コンセントは,超音波水晶体乳化吸引術が主流となった1990年代以降,基本的な内容は変わっていない。しかし超音波手術装置の改良により,手術の安全性が高まったことから適応も広がり,比較的視力のよい例でも手術適応になる場合がある。この意味で術後の屈折および屈折誤差,ひいては予想される裸眼視力に関するインフォームド・コンセントの重要性が増しており,白内障手術の屈折矯正手術としての側面が重視されるようになっている。さらに,視機能向上のための高機能眼内レンズが登場したことにより,眼内レンズの選択肢についても従来よりも詳細なインフォームド・コンセントが必要になっている。

 以下,高機能眼内レンズが普及しつつある現状におけるインフォームド・コンセントの必要事項について,以前と変化している点を中心に述べる。

トピックス

眼内レンズ白濁

著者: 松島博之

ページ範囲:P.162 - P.164

 眼内レンズ光学部表面の白濁化現象として,カルシウム沈着とホワイトニングがある。表1に示した両症例の前眼部細隙灯顕微鏡写真をみると,光学部表面に淡い白濁が認められる所見は類似しているが,白濁化の発生原因と視機能に及ぼす影響は大きく異なる。

着色眼内レンズ

著者: 市川一夫

ページ範囲:P.183 - P.185

 着色眼内レンズがわが国で発売されたのはPMMA(polymethylmethacrylate)の時代であり,白内障術者なら誰でもすでに使ったことがある,は言い過ぎにしても,少なくとも見たことはあるといってもよいのではないかと思う。しかし,これだけ有名になっても何が従来のレンズより優れ,何が欠点かを十分に把握している術者はあまり多くないと思う。筆者自身,着色眼内レンズの開発に携わってから20年以上になり,自分では着色眼内レンズについてわかったつもりでいたが,ここ数年の間にメラノプシンを持つ神経細胞が見つかるなどして,着色眼内レンズについて再検討しなければならなくなった。ここでは,再検討の結果を加えて着色眼内レンズについて説明する。

調節眼内レンズ

著者: 根岸一乃

ページ範囲:P.202 - P.203

 調節眼内レンズは白内障術後の調節力欠如の改善を目的とした眼内レンズである。国内ではあまり用いられていないが,アメリカでは“presbyopia-correcting IOL”として食品医薬品局(FDA)によりすでに承認されているものもある。

モノビジョン

著者: 清水公也

ページ範囲:P.211 - P.213

はじめに

 急速な高齢化社会に伴って年間約100万件を超すともいわれる白内障手術は,屈折矯正手術としての役割も担うようになってきた。とくに中高年者には眼鏡などを使用せずに遠近が見える方法が望まれるようになり,白内障手術は多焦点眼内レンズ1),調節性眼内レンズ2),モノビジョン法3~7)などさまざまな老視矯正法をオプションとして持っている。

 モノビジョン法とは一般的に優位眼を遠見用,非優位眼を近見用に矯正して遠方から近方まで良好な両眼開放視力を獲得することを目的とした老視矯正法で,筆者らは1999年から白内障手術に応用している(conventional monovision)。本法は両眼を使って外界を見ることが重要で,両眼から入力される視覚情報は中枢で統合処理(選択・抑制)される。

 この視覚情報の処理をスムーズかつ上手に行うためには,利き眼(眼優位性)の強さが弱いことが前提となる。しかし,この眼優位性の定量評価の煩雑さがモノビジョン法を一般的に普及させるまでに至らなかった原因の1つでもある。これまで筆者らは眼優位性を定量評価する機器を独自に作製して臨床応用を試み8),眼優位性の強さと眼位角度との関連性などを報告した。眼位は輻湊運動や融像力の有無,立体視獲得の目安にもなりうるものであり,モノビジョン法の成功のためには近見外斜位角度10Δ以内であることが望ましいと考えている9)

 筆者らの施行する眼内レンズによるモノビジョン法はコンタクトレンズの場合とは違い,矯正度数を変更する際の侵襲が大きいので,術前に適応と治療方針を慎重に決める必要がある。ここでは当院で施行しているモノビジョン法について,最近のトピックスを含め白内障手術の観点から述べる。

Ⅳ.非定型な眼内レンズの挿入

ページ範囲:P.215 - P.215

術中トラブル時の囊内固定と囊外固定

著者: 永本敏之

ページ範囲:P.216 - P.220

 術中トラブルとして眼内レンズの固定が問題となるのは,後囊破損(核落下を含む),Zinn小帯断裂,前囊の亀裂の3つである。

毛様体溝固定―1)アブ・インテルノ

著者: 杉浦毅

ページ範囲:P.224 - P.229

補助具を用いた毛様体溝縫着術

 眼内から刺入通糸して眼内レンズを縫着する方法として,多くの術式が提唱されているが1~21),眼内レンズ支持部の縫着部位から毛様体溝縫着術,毛様体扁平部縫着術に分けられる。毛様体皺襞部への縫着は,毛様体突起に支持部が引っかかり,眼内レンズの整復不能な著しい偏位を引き起こすので禁忌である。どちらの術式も虹彩下の非直視下で操作しなければならないという欠点がある。

 眼内からの毛様体扁平部縫着術は,その手技は簡便だが,術後の眼内レンズの偏位を生じやすく,縫着糸の劣化による眼内レンズの脱落の危険性を有する欠点がある。また,非直視下の操作のため,刺入位置が一定しない欠点がある17~19)

毛様体溝固定―2)アブ・エクステルノ

著者: 中原正彰

ページ範囲:P.230 - P.234

はじめに

 白内障手術は進化をとげ,囊内固定法に関してはほぼ確立してきた感がある。一方で水晶体や眼内レンズの脱臼・亜脱臼症例,水晶体全摘術既往症例,後囊破損症例など囊内固定が不可能な症例に対する眼内レンズ固定法としては,以前行われていた前房レンズに代わり毛様体溝縫着術が多用されるようになって久しい。しかしながらその基本術式は内から1,2)ab interno法)もしくは外から3,4)ab externo法)それぞれアプローチする方法に加え,使用アイテムのバリエーションも豊富で5,6),新しく手術をやり始める術者にとってはどれを選択・採用すべきか迷うところである。手術に多様性がある理由はすなわち,それぞれの方法に一長一短があるからにほかならず,そこを十分理解したうえで自分に合った術式を選別していく必要がある。

 本項では,手技に煩雑なところが少なく,比較的初心者にも安全に行うことができると思われる眼外から通糸する方法を解説していく。

毛様体溝固定―3)通糸法の工夫―対面通糸変法

著者: 徳田芳浩

ページ範囲:P.235 - P.240

はじめに

 眼内レンズ毛様体溝固定の通糸法は,前項のように眼外から眼内へ(アブ・エクステルノ)と,眼内から眼外へ(アブ・インテルノ)の2つの方法があり,それぞれの詳細は前項のとおりである。筆者の行っている方法は両者の「いいとこ取り」ともいえる方法である(以下,INT対面通糸法と記す)。

毛様体溝固定―4)極小切開(インジェクターによる)

著者: 永原幸

ページ範囲:P.242 - P.246

はじめに

 医療技術の進歩で定型的な白内障症例においては安全かつ侵襲の少ない手術が行えるようになったが,非定型的な白内障症例,白内障術後合併症などにおいては,術者のさまざまな経験や手術戦略が成否を分ける。定型的な内眼手術においては切開が小さいほど侵襲が少ないといえるが,非定型な症例においては手術操作性を優先した場合,切開を広げ従来の方法で行ったほうが侵襲を抑えられることもある。

 現行の縫着対応眼内レンズとして光学径7mmのフォルダブルレンズがあるが,従来の鑷子による折りたたみでは約3.75~4mmの切開が必要になるところ,インジェクターを用いると2.5~2.75mmで挿入することができる。新しい技術の恩恵を受けられるメリットは大きく,さまざまな症例への適応が考えられる。安全性を優先した場合,手術手技は複雑になることが多いが,術者の努力(ラボでの縫着手技の練習)で解決できる。

 なお,本項で解説する手技は硝子体手術の経験を要するため,硝子体手術の経験がない場合は硝子体術者の指導のもと行うことを勧める。

前房型眼内レンズ

著者: 柴琢也

ページ範囲:P.248 - P.251

はじめに

 現在の白内障手術は,小切開創からの水晶体超音波乳化吸引術(PEA)およびフォルダブル眼内レンズ挿入術の進歩により,従来に比べて良好な術後視機能(quality of vision:QOV)を得ることが可能になった。しかし現在でも,Zinn小帯脆弱例などの眼内レンズ囊内固定が不可能な症例を経験する。水晶体囊内摘出術が白内障手術のスタンダードであった頃は,術後は眼鏡やコンタクトレンズを装用することが当たり前であったが,現在においては良好な術後QOVおよびそれによる良好なQOL(quality of life)を患者は期待している。

 このような症例に対して眼内レンズを挿入する方法は,毛様溝縫着術とその他の方法に大別されるが,本項では毛様溝縫着術以外の方法について述べる。

トピックス

眼内レンズの落下例

著者: 恵美和幸 ,   坂東肇

ページ範囲:P.221 - P.223

はじめに

 眼内レンズ移植が囊内あるいは囊外固定として一般的な術式となったのは1980年代であるが,それ以後われわれ眼科医は,白内障症例には可能な限り眼内レンズを挿入し続けてきた。しかし,Zinn小帯脆弱例や破囊例1,2)などで術数年~10年を経て眼内レンズが偏位・脱臼し,さらには硝子体内に落下する症例を経験することも稀ではない。眼内レンズ偏位が軽度であれば経過観察を続けてもよいが,眼内レンズの震盪や偏位が大きく亜脱臼となった例では,将来完全に脱臼することが予想されるため,摘出手術の計画を立てる必要がある。

 すでに眼内レンズが後眼部へ落下している場合,網膜や視神経が損傷される危険性があるため早急に対処せねばならない。整復方法は落下した眼内レンズの種類,囊の状態,既往歴や合併疾患の有無によって異なり,各症例に応じた治療戦略を立てる必要がある。いうまでもないが,本手術は網膜直上での操作を含む硝子体手術が基本となるため,ある程度硝子体手術に習熟した術者により施行されることが望ましい。

 本項では,眼内レンズ落下例への手術方法および手術時の注意点について各ステップに分けて整理していきたいと思う。

毛様体溝固定における硝子体手術の必要性―忌まわしき網膜剝離という合併症を中心に

著者: 中原正彰

ページ範囲:P.240 - P.241

 眼内レンズ縫着手術の位置づけは,眼内レンズを入れる手術だから白内障手術の範疇にあると考えるか,それとも硝子体腔に踏み込み手術をするのだから,硝子体手術の範疇にあると考えるのか。

囊胞様黄斑浮腫への対策

著者: 柳靖雄

ページ範囲:P.252 - P.253

囊胞様黄斑浮腫とは

 白内障手術後の囊胞様黄斑浮腫は1953年にIrvine1)によって初めて報告され,よく知られている白内障術後の合併症である。近年の小切開白内障手術でも,一般的に白内障手術は囊胞様黄斑浮腫を悪化させると考えられており,白内障術前に眼底が正常で術中合併症のない症例でも,手術後に蛍光眼底造影検査では20~50%に囊胞様黄斑浮腫の所見を認め,光干渉断層計(OCT)による定量的な検査ではほとんどの症例で中心窩網膜厚の増加を認めることが報告されている。

 大部分の症例では術後の中心窩網膜厚の増加はわずか数μm程度と非常に軽いため,臨床上問題のある所見ではないと考えられている2)。しかし,1~5%程度の頻度で,視機能に影響を及ぼすほど程度の強い囊胞様黄斑浮腫が起こると報告されており,このような臨床的な囊胞様黄斑浮腫をIrvine-Gass症候群と呼ぶ。発症時期は通常は白内障術後3~12週間であるが,数か月~数年経って発症する症例も存在する。発症して3~12か月で80%の症例が自然軽快するとされている。しかし,一部の症例で治療を必要とする。

Ⅴ.白内障手術のデバイスの進歩

ページ範囲:P.255 - P.255

白内障手術機器の進歩―1)アルコン社

著者: 永本敏之

ページ範囲:P.256 - P.263

 過去には独立した灌流吸引装置などもあったが,白内障手術機器の進歩といえば,超音波水晶体乳化吸引装置の進歩といっても過言ではない。超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsification and aspiration:PEA)を初めて導入したのはKelman1,2)(1967年)であるが,日本の桑原3,4)もわずかに遅れて(1973年)独自に開発・臨床応用を試みている。日本ではCavitron 8000V(クーパービジョン,1977年)の導入以降に少しずつPEAを行う術者が増え,後房型眼内レンズの進化に加え,手術テクニックとしてCCC(continuous curvilinear capsulorrhexis,GimbelとNeuhann5,6)),核分割法(Gimbel7),Shephered8)),ハイドロダイセクション(Faust9),Kochら10))の開発,粘弾性物質の導入などが影響して,現在ではほとんどの白内障手術がPEAで行われるようになった。

白内障手術機器の進歩―2)AMO社(Signature)

著者: 大木孝太郎

ページ範囲:P.264 - P.267

はじめに

 AMO社の新しい超音波白内障手術装置(以下,PEA装置)であるSignature(図1)は,同社の現行機種であるSovereignの後継機種として昨年わが国に登場し,本年3月から新たなバージョンとしてすべての機能が使用可能となってきた。本装置の主な特徴は以下のとおりである。

 1)2種類の吸引ポンプ(dual pump system)

 2)吸引流量の自動変更(pump ramp)

 3)多彩な破砕吸引ソフトウエア

 4)Ellips破砕システム

 5)卓越したオーバーレイシステム

 6)使いやすい筺体設計

 以上の各項目について順次解説する。

白内障手術機器の進歩―3)ニデック社

著者: 早田光孝 ,   谷口重雄

ページ範囲:P.272 - P.279

はじめに

 白内障に対する超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsification and aspiration:PEA)の進化に,PEA装置の発展が大きく貢献していることはいうまでもないであろう。超音波(US)発振は,連続発振からパルス発振,さらには高頻回パルス発振と進化し,低侵襲かつ効率的なPEAが可能となった1~3)。また,コンピュータ制御による吸引量・吸引流量のコントロール,灌流ボトル高の調整なども行われ,前房安定性は著しく向上した4~7)

 現在,国内では数社からPEA装置が販売されているが,ニデック社からは,昨年新機種であるFortas®(CV-30000)が発売された(図1)。前機種のCV-24000で好評であったソフトウェアは引き継ぎつつ,吸引システム,超音波発振などはさらに進化を遂げており,非常に高水準のPEA装置となっている。本項では,最先端のPEA装置であるFortas®の特徴について述べたい。

白内障手術機器の進歩―4)ボシュロム社(Stellaris)

著者: 徳田芳浩

ページ範囲:P.281 - P.284

はじめに

 ボシュロム社の超音波水晶体核乳化吸引装置(以下,超音波マシン)StellarisTMは,2009年に市場に登場した比較的新しいデバイスである(図1)。わが国の国内市場で購入できる超音波マシンはいずれもかなり高性能の領域に達していて,機能的にそれほど大きな,あるいは本質的な差はないと考えて差し支えない。機能だけでなくデザインや操作性も,はっきりと差別化できるほどの特徴はなく,逆に,どの機種も洗練されたデザインとタッチパネルによる軽快な操作性を備えている。

 そのような状況下において,StellarisTMと他の超音波マシンとの違いをあえて指摘するとすれば,超音波の発振周波数が約30kHzと他社に比べて低いこと,および吸引系にロータリーベーンポンプというベンチュリーと同じ効果のあるシステムを採用している点である。いずれも,前身であるStorz社の超音波マシンの特徴を踏襲しているので,その系列であるデイジーやミレニアムを使用してきた術者にとっては,なじみのある機種となる。

粘弾性物質の進歩

著者: 石井清

ページ範囲:P.288 - P.296

はじめに

 粘弾性物質は,保険適用の有無を別として,近年の眼科領域の手術においては欠かせない薬剤アイテムとしての存在となっており,最近ではOVD(ophthalmic viscosurgical device:眼科手術補助粘弾性物質)と呼ばれるようになっている。また21世紀に入り,含有物や濃度の違いよって性質の異なるOVDが登場した。使用のねらいは空間保持,組織の保護,組織の移動,癒着剝離,操作時の潤滑剤などであり,手術方法にも工夫が広がり,さまざまな進歩をもたらし,白内障手術の安全性が向上した1,2)

 本項ではOVDとしての粘弾性物質の特性と白内障手術における有効な使用法について述べる。

術中の瞳孔拡張―1)薬剤

著者: 森洋斉

ページ範囲:P.297 - P.301

薬剤による術中散瞳の意義

 白内障手術において,安全かつ確実に手術を遂行するためには,手術開始時から終了時まで十分な散瞳を維持することが不可欠である。熟練した術者であれば,散瞳状態が悪い症例でも手術は可能かもしれないが,後囊破損や硝子体脱出など術中合併症のリスクが高くなるため1),可能な限り十分な散瞳を確保するべきである。

 一般的には,手術時に良好な散瞳を得るため,塩酸シクロペントラート,塩酸フェニレフリン,トロピカミドなどの散瞳薬や,散瞳維持効果のある非ステロイド系消炎点眼薬など,複数の点眼液を術前から頻回点眼する。しかしながら,偽落屑症候群2,3)や糖尿病症例4)など術前点眼のみでは十分な散瞳が得られない症例や,手術開始時には散瞳良好であったにもかかわらず,術中早期に縮瞳してしまう症例をしばしば経験する。また,小児や循環系疾患のある患者では,散瞳薬が全身へ影響する可能性がある5~7),前房が浅い症例では,術前散瞳による急性緑内障発作を引き起こす可能性があるなどの理由から,散瞳薬の頻回点眼を避けたい症例もある。そのような散瞳不良症例や散瞳薬の頻回点眼を避けたい症例に対しては,術中に散瞳させるというアプローチが必要になってくる。

術中の瞳孔拡張―2)器具

著者: 西村栄一 ,   谷口重雄

ページ範囲:P.302 - P.306

 小瞳孔症例は超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsification and aspiration:PEA)を行ううえで難症例の1つであり,瞳孔を拡張して術野を拡大することが,手術の安全性を高めるうえで大変重要である。本項では器具による術中の瞳孔拡張方法について述べてみる。

トピックス

術中前房安定のための吸引と灌流の関係

著者: 岸本眞人

ページ範囲:P.269 - P.270

サージ現象はなぜ起きるのか

 白内障手術におけるサージ現象とは,吸引流量と灌流流量のバランスが崩れて前房が不安定となる状態のことである。

 超音波白内障手術は超音波により核を破砕し,破砕された核片を前房液と一緒に吸引して前房外へ排出するため,前房が潰れないように排出された体積量を灌流液で補充している。一定の流量で吸引を行っている限りは灌流流量も一定となり前房は維持され問題はないが,核片による閉塞開放後に吸引流量が急激に増えると,灌流は自由落下により行っているため,吸引に追いつけなくなり,ほんの一瞬ではあるが,吸引に対して灌流流量が不足する。これにより虹彩がバタついたり前房が浅くなるため,術者はドキッとする瞬間である。

術中自動点眼装置

著者: 征矢耕一

ページ範囲:P.285 - P.286

はじめに

 白内障手術では,長らく手術助手による手作業の水かけが行われてきた。水かけの目的は,術野視認性の維持と乾燥による眼表面組織の損傷防止にあるが,昨今の術式では,かける量と場所,そしてタイミングには注意を要する。過多な水かけは,角膜上のうねりや瞼裂内に澱みを生じて角膜透見性を損ない,反対に過少ならば,角膜が乾燥してやはり透見性を損なうのに加えて,組織損傷の原因にもなる。眼瞼縁への水かけは,患者にとって不快であるとともに,瞬目反射を誘発する。とくに前囊切開や超音波乳化吸引中では,水かけのタイミングの悪さが重大な術中合併症をきたしかねない。白内障の手術時間が著しく短縮されるのに伴い,手術助手の作業も慌ただしくなっており,適切な水かけは想像以上に難しい作業になっている。

 これらの問題点に対処し,術中つねに的確な点眼を施すべく,手術顕微鏡に設置して角膜に持続的,断続的に自動点眼する装置が用いられている。近年取扱い上の改良がなされた機種が登場したので,その改良点を含め,改めて現代の白内障手術における自動点眼装置の意義を評価してみる。

ドレープ付き開瞼器

著者: 浦野哲

ページ範囲:P.307 - P.309

はじめに

 眼科手術において念頭におかなければならないのは合併症である。なかでも感染性眼内炎は予後が不良であり,そのリスクを最小限にする努力が必要である。ドレーピングは眼内炎の対策上きわめて重要な操作である。的確なドレーピングは術野への睫毛の脱出,眼瞼周囲の皮膚の露出や菌の迷入を防止する働きがある。しかし粘着テープを睫毛,眼瞼を覆うように貼り付け開瞼器をかける従来のドレーピングの方法では,内眼角や外眼角の睫毛や皮膚を完全には覆うことはできず,粘着テープの隙間から術野に眼分泌物がみられることを経験した術者も多いのではないかと思う。

 このように,従来の方法では睫毛や眼瞼を完全にドレーピングすることは困難である。そこで容易で確実なドレーピングシステムが望まれている。筆者らは,容易で確実に睫毛や眼瞼をドレーピングでき十分な術野が確保できる使い捨てのドレープ付き開瞼器を考案し,白内障手術が可能であったことを報告した1)。本項ではドレーピングが困難なアトピー性皮膚炎の症例と,近年重要な眼科治療法となった硝子体内注射について,実際の手術における使用経験を紹介する。

書評

栄養塾 症例で学ぶクリニカルパール

著者: 片多史明

ページ範囲:P.284 - P.284

 どの診療科が専門であっても,臨床医として修得しておかなければならない基本的事項がいくつかある。栄養管理は,感染症の診断・治療や水分電解質管理と並ぶ患者マネジメントの基本であり,臨床医必須の知識・技術である。しかし,栄養管理法・臨床栄養学について,卒前に十分な教育を実施している大学は,まだまだ少ない。卒後教育においても,各種疾患の診断・治療に重きが置かれるなかで,栄養管理が長い間軽視されてきたことは否めない。専門学会を中心とした臨床栄養の卒後教育の取り組みが実を結び,各施設でも栄養管理についての教育に目が向けられるようになったのは,まだつい最近のことである。

 研修医に臨床栄養の講義をしていると,「栄養について勉強するのに,何かよい本はありますか」という質問を受けることが多い。この質問を受けるたびに,いつも私は困っていた。分厚い臨床栄養学の専門書は確かにある。しかし,この分野の専門家を目指すわけではない医師の,限られた研修時間を費やすには効率が悪く,またよほどの心構えがない限り通読は困難である。内科学の教科書にも栄養管理の項目はある。だが全体のページ数のごく一部であり,そのほとんどが総論的事項である。2~3日で通読できて,臨床栄養学の全体を俯瞰することができ,なおかつ実践的な内容の本は―と考えると,答えに窮してしまうことが多かった。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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