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雑誌目次

雑誌文献

臨床眼科64巻13号

2010年12月発行

雑誌目次

特集 基礎研究から難治性眼疾患のブレークスルーをねらえ

臨床から基礎研究へ,そして基礎研究から臨床へ

著者: 中澤満

ページ範囲:P.1955 - P.1959

はじめに

 この30年間に新たに得られた眼科領域の知見,そしてさらに新しく開発された治療法の進歩には目覚ましいものがある。そしてそれらは次の世代にもさらに発展した姿で引き継がれてゆくべきものである。新しい治療法の発展の裏には,その学術面を支えた基礎研究や臨床研究の進歩があったことがわかる。既成概念を打ち破るブレイクスルーがあり,そして人々の認識が一段と深まってさらに新しいアイデアが生まれる,ということの繰り返しの作業が不断に行われてきた。このような医学の流れをみることは,自分達と同じ時代を生きた世代の業績を眺めることでもあり,また将来の新たなブレイクスルーにもつながる。

 臨床での問題が1つ1つ克服されていくためには,いうまでもなくまず臨床での問題が何であるのかを的確に見極める視点が必須であり,これには臨床眼科医の注意深い観察力が必要である。そのためには既存の知識をただ単に理解してそれだけに満足するのではなく,さらに次の課題を模索し続ける姿勢を持つことが重要である。そのような臨床の視点を持った研究者が,モチベーションとビジョンを持って次の段階の科学的な眼科学研究を推進する力となる。

 人間は本来知的好奇心に満ちた動物である。これまで自分が知らなかったことを知ったり,誰も知らなかったことを自ら明らかにしたりすることに,人間は非常な感動と満足感を得るような本性を持ち合わせている。このような個人的な感動と満足感の追求が結果的に人類全体の利益につながることであれば,その研究業績が客観的に評価されることになる。資源の乏しい日本ではこれからも科学技術立国を目ざさなければならないという宿命がある。眼科領域でのブレイクスルーによって眼疾患へのわれわれの理解がさらに深まるような研究業績が,日本の眼科研究者によっても数多くなされることが期待される。

 このような視点から,本特集では現在眼科の代表的サブスペシャリティ分野で,臨床とともに研究にも従事されている新進気鋭の研究者に,それぞれの専門領域から研究の面白さを解説していただくこととした。とりあえず本項では「ゲノムからみた眼疾患」という観点から代表的疾患に的を絞って総括的に述べてみる。筆者の能力と誌面の制約もありすべての疾患を網羅できず,いくつかの重要な分野は省かざるを得なかったことをお断りしつつも,一人でも多くの臨床眼科医の方々に眼研究の重要性を理解していただければと願っている。

加齢黄斑変性

著者: 柳靖雄

ページ範囲:P.1960 - P.1967

はじめに

 加齢黄斑変性の最近の研究はめざましい。臨床的には光線力学療法,そして,現在治療の主体となっている抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)療法などは長年の基礎研究の成果が臨床に応用された例である。加齢黄斑変性は網脈絡膜の加齢性変化を基盤とする疾患であるので,実験動物を用いて網膜色素上皮,Bruch膜,脈絡膜の加齢性の変化に注目し加齢性の変化を制御する因子の解明が試みられている。また,脈絡膜新生血管の研究は,マウスやラット,サルなどを用いたレーザー誘発性の脈絡膜新生血管モデルで,脈絡膜新生血管の活動性を制御する因子の検討が広くなされている。一方,ヒトを対象にした研究では疾患感受性遺伝子が明らかとされ,臨床的に得られた知見を今度は動物モデルに還元して検討が行われようとしている。

 加齢黄斑変性の病態解明,脈絡膜新生血管治療後の瘢痕病巣の制御,効率的なドラッグデリバリーシステムの開発など,私たち眼科医が積極的にかかわり研究成果を臨床に応用すべき事柄は多い。これまで多くの研究者が壁にぶつかり,その壁を乗り越え新たな治療が開発されてきた。本稿では加齢黄斑変性の基礎研究のこれまでの進歩について,ブレークスルーを生み出してきた先駆者たちの功績を整理して述べたい。そして私たち臨床眼科医が,基礎研究を通してどのようなブレークスルーをめざすのかを述べたい。

糖尿病網膜症

著者: 野田航介

ページ範囲:P.1968 - P.1972

はじめに

 近年の眼内血管新生性疾患に対する治療においては,基礎研究の成果が実に大きなブレークスルーをもたらしたと思う。いうまでもなく,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)に対する阻害薬の臨床応用である。本項で論じる増殖糖尿病網膜症(proliferative diabetic retinopathy:PDR)においても,ベバシズマブの導入(off-label use)によってその治療法は一変した。増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術の数日前にベバシズマブを前投与することによって,新生血管の退縮が得られた状態で手術が施行できるようになり,以前に比べて術中出血が圧倒的に少ない状況で増殖膜処理が行えるようになった。このベバシズマブによる補助療法の出現によって,術中・術後の合併症が減少し,患者の負担も大幅に軽減されるようになったことは本当に素晴らしいことだと思う。基礎研究の成果は,時に大きな変革を臨床の現場にもたらすことを示した好例である。

 VEGF阻害薬によって上記のような術前処置が可能となった現在,同薬剤とは異なる経路での血管新生抑制というテーマが本領域における次なる焦点と考える。本稿では,その観点において筆者が行った検討について述べる。また,検討中の糖尿病モデル動物について簡潔に紹介する。

緑内障の神経保護治療

著者: 中澤徹

ページ範囲:P.1974 - P.1984

はじめに

 緑内障は40歳以上の成人において5%が有病するきわめて高い有病率の疾患であり,現在中途失明原因第1位の疾患である。高齢化に伴いその有病率や失明患者もさらに増加すると考えられている。診断は比較的容易で,緑内障性視神経症(乳頭陥凹)と,その乳頭の障害部位に対応した局所の神経線維欠損と視野異常を認めることにより診断される(図1)。眼圧下降が現在唯一エビデンスのある緑内障治療であり,点眼,内服,点滴,観血的手術,レーザー治療など,すべて眼圧下降を目的に加療が行われている。

 治療が長期に必要なこともあり,侵襲の少ない点眼による眼圧下降が治療の中心である。現在点眼の種類は多岐にわたり,また合剤の登場により,点眼加療のみで病状が安定化する割合は大きくなっている。一方,観血的緑内障手術では,十分な眼圧下降を得られる手術成功症例は約6割程度と考えられ,特に続発的な血管新生緑内障や,難治性角結膜疾患に伴う高眼圧症例では,手術の成功例はきわめて低い。また観血的手術の長期的成績を考えると,結膜の菲薄化に伴う房水流出や濾過胞感染もみられ,決して満足のいく結果を得られていないのが現状である。

 一方,日本人の緑内障の大半が正常眼圧緑内障であり,特に無治療時の眼圧が正常眼圧よりもさらに低い低眼圧緑内障の場合,眼圧下降のみでは緑内障による視野進行を阻止できないと考えられる。また,眼圧の高い緑内障でも,眼圧下降が十分に得られない症例や,手術により十分眼圧下降が得られたのにもかかわらず,さらに視野が悪化する症例も認められる。つまり,眼圧下降治療には限界が伴い,現在,眼圧下降治療しか存在しないことは,緑内障が成人中途失明原因の第1位の疾患である理由の1つと考えられる。

 緑内障は乳頭陥凹拡大とそれに続発する網膜神経節細胞の細胞死が主症状であり,眼圧は1つの危険因子である。緑内障性視神経症の病態解明が細胞レベルで進むことにより,網膜培養細胞を用いたスクリーニングシステムが確立されれば,ブレークスルーをもたらすような創薬が可能になる。これまでに,Alzheimer型認知症の治療薬として海外で承認され用いられているグルタミン酸NMDA(N-methyl-D-aspartate)型受容体アンタゴニストである塩酸メマンチンが,緑内障神経保護治療薬として臨床治験が行われた。しかし,その結果は思わしくないようである。塩酸メマンチンはNMDA型受容体抑制しか効果のない薬剤で,①緑内障の病態にどの程度グルタミン酸障害が関与するのか,②逆に関与する症例はどのような病型の緑内障なのか,③自覚的なHumphrey視野検査で経過を追うことにより,薬剤の有効性を検討することができるのかなど,問題点が浮き彫りになった。

 そこで,緑内障の神経保護治療を成功させるためには,①病態解明によるターゲットの同定,②どういった患者をエントリーするのか,③どのように評価するのか,この3点が同時に発展することが必要となる。このうち①は基礎研究,②,③は臨床研究により明らかにしていく必要があると考えられる。本項では,特に①について,最新の神経科学の発展から得られた知見を整理し総括する。

網膜色素変性

著者: 池田康博

ページ範囲:P.1986 - P.1992

はじめに

 網膜色素変性(retinitis pigmentosa:RP)は先天性遺伝性の疾患で,人口5,000人に1人と発症頻度が高く,日本には約3万人の患者がいると推定されている。夜盲から始まり,徐々に視機能が低下して最終的には失明に至るため,患者のQOL(quality of life)は病気の進行とともに著しく低下する。これまでに数多くの治療的な試みがなされているものの,明らかな有効性を示し得たものはほとんど存在しない。眼科領域において未だ有効な治療法が確立されていない難治性疾患の1つであり,わが国の中途失明原因の第3位となっている。したがって,網膜色素変性患者に対する日常診察は,生活指導やリハビリなど患者の現有視力を有効に利用するための情報提供などといったケアが中心となっているのが現状である。

 この状況を改善するために,基礎研究ならびに臨床研究が近年盛んに行われている。筆者が眼科医になった15年前,網膜色素変性は不治の病とされ,患者には絶望感を与え,眼科医からも敬遠されていた。筆者もこの病気を専門にするようになろうとは夢にも思っていなかった。

角膜疾患―難治性眼表面疾患の克服に向けて

著者: 中村隆宏

ページ範囲:P.1994 - P.2002

はじめに

 近年,学生の理系離れがニュースで取沙汰され,また若手眼科医の臨床志向と基礎研究離れが顕著になって久しい。しかしながら,現在の革新的な医療技術の多くは,膨大な基礎研究のデータの積み重ねをもとに行われてきたことを考えると,どの分野・領域においても臨床につながる基礎研究が大切であることは,自ずと気づかされるはずである。既存の治療の反復だけでは医療・医学は発展することはできず,新しい発見や概念を導入しブレークスルーをねらうことは,医学の発展においては必要不可欠である。

 本項では,筆者のこれまでの経験も踏まえて,角膜疾患,特に難治性眼表面疾患において,基礎研究から得られた知見をもとに臨床応用へ至った経緯を述べ,基礎研究の大切さ,大変さ,そして楽しさを紹介したい。

ぶどう膜炎の免疫療法の可能性

著者: 杉田直

ページ範囲:P.2004 - P.2008

はじめに

 眼は炎症や外来性抗原などから自己を守るための特殊な防御機構を持つ場所immune privilege site(免疫特権)の1つとして考えられている1)。多くの眼組織や前房などの微小空間はimmune privilege siteとして免疫学的な抑制機能を持ち,炎症細胞から眼組織を守り,視機能を維持する働きがある。しかし,炎症の程度がひどい場合あるいは宿主の免疫状態に異常がある場合など,眼内の炎症抑制機構を上回る炎症が起こり組織破壊が生じると,その眼は失明あるいはそれに近い状態に陥る。

 現在では,ぶどう膜炎や眼内炎などの難治性眼内炎症性疾患に対して,自己免疫が引き起こす非感染性ぶどう膜炎・眼内炎にはステロイドや生物製剤などの免疫抑制薬,感染性が主な原因となる感染性ぶどう膜炎・眼内炎には,その抗原がターゲットとなる治療薬,例えば抗菌薬や抗ウイルス薬などが中心となり視覚機能を守るための治療が行われる。しかし,実際は,眼内炎症コントロールに苦慮する症例も少なくない。治療に苦慮する主な原因は,これらぶどう膜炎の原因が多種多様であること,原因不明例がいまでも多く存在すること,治療薬の副作用が出てしまうこと(特に全身投与の場合)などが挙げられる。

 眼色素上皮細胞(ocular pigment epithelial cells)は虹彩,毛様体,網膜の一連の層で構成される。米国のStreileinらを中心としたグループは正常マウス眼から眼色素上皮細胞をin vitroで樹立し,それらがT細胞を抑制することを報告した2~4)。その後,筆者らはStreileinらの色素上皮細胞の手法を引き継ぎ,眼の免疫機構における眼組織の役割と分子機構,特に眼色素上皮細胞の抑制能を中心に研究を行ってきた。今回は,眼色素上皮細胞の抑制能とそれらにより誘導される制御性T細胞の誘導機序および機能について,また将来の難治性眼内炎症性疾患に対する治療応用への可能性について解説する。

連載 公開講座・炎症性眼疾患の診療・33

糖尿病虹彩炎

著者: 北市伸義 ,   石田晋 ,   大野重昭

ページ範囲:P.2010 - P.2013

はじめに

 糖尿病に合併するぶどう膜炎は,糖尿病網膜症や白内障に比較して多いものではないがときどき遭遇する。しかしほんとうに糖尿病に「合併」しているのか,たまたま両者が同時にみられるのかは議論のあるところである。かつては代謝疾患である糖尿病に炎症である虹彩炎が合併することは理論的に成り立たない,との考えが強かった。しかし,近年の研究によれば,炎症反応は免疫異常性疾患以外にも広く関与していることが判明し,一概に炎症の存在を否定することはできない。また実際に臨床の場で遭遇する「糖尿病患者の虹彩炎」はある程度特徴がある1)

 糖尿病は現在,日本での患者数は700万人といわれており,増加を続けている。しかし近代に突然出現した疾患ではなく,古くは古代ローマ時代にもそれらしい症状の記載がある。平安時代の藤原摂関家には「飲水病」の者が多く,摂関政治の黄金時代を築いた藤原道長もまた飲水病であった。当時の第一級史料である『小右記』によると,晩年は昼夜を問わず水を飲み,脱力感と胸苦を訴えている。また,有名な「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しと思えば」の短歌を詠んだ頃には視力が非常に低下しており,近くの人の顔も判別できないことが,自身の日記『御堂関白記』に書かれている。これは網膜症,白内障,あるいは緑内障や虹彩後癒着などの眼合併症の可能性が考えられる。そのため,藤原道長はインスリンの結晶とともに1994年に日本で開催された第15回国際糖尿病会議の記念切手のデザインに採用されている(図1)。道長の叔父,兄,甥も飲水病=糖尿病であったことを考えると,肥満や運動不足以外に遺伝素因もあった可能性がある。いずれにしても,平安時代には既に糖尿病患者がいたことになる。

視野のみかた・9

―視野の進行評価(1)―トレンド解析

著者: 松本長太

ページ範囲:P.2014 - P.2019

はじめに

 視野検査の目的は,大きく分けて疾患の診断ならびに経過観察の2つである。自動視野計を用いた視野検査の最大の利点は,視野を数値として定量的に評価できることである。そのため,特に視野検査によって疾患を経過観察する場合,結果を数量評価できるか否かは非常に重要となる。Goldmann視野計による動的視野測定が主流であった時代では,視野進行評価は主に湖崎分類などイソプタの障害パターンから行われていた。これに比べ,自動視野計では視野の進行評価がさまざまな統計解析手法を用いて行えるようになった。さらに,自動視野計は検者の技量の影響を受けにくい点も大きな利点となっている。これにより,いままで困難であった施設間の評価基準の違いを最小限に抑えることが可能となった。

 今回と次回は,自動視野計を用いた視野の進行評価について述べていきたい。

眼科医にもわかる生理活性物質と眼疾患の基本・12

TGF-β

著者: 西塚弘一

ページ範囲:P.2020 - P.2023

 トランスフォーミング増殖因子β(transforming growth factor β:TGF-β)は実に多彩な作用をもたらし,一見捉えどころがないという印象を抱くサイトカインである。本稿では最初に基本的事項を確認し,次に例を挙げながら病態におけるTGF-βの役割を概説する。TGF-β理解の一助となれば幸いである。

つけよう! 神経眼科力・9

見落としやすい瞼の異常

著者: 中馬秀樹

ページ範囲:P.2024 - P.2030

はじめに

 今回は,瞼の異常の話です。

 瞼の異常には,どのようなものがあるのでしょうか?

 1つは眼瞼下垂が思い浮かびます。

 もう1つは,上がりすぎ,つまり瞼裂開大,眼瞼挙上ですね。

 3つめは,眼が開かない,眼瞼けいれんです。眼瞼下垂と似ていますが,まったく違います。眼瞼下垂は,瞼を挙げる筋肉の弱化により,眼を開けることができず,眼瞼けいれんは,眼を閉じる筋肉の力が強すぎて眼を開けることができません。以上が瞼の異常の種類です。

 さて,次はその前にあるフレーズ,“見落としやすい”という意味にはどのようなものが含まれているのでしょうか?

 1つは,程度が軽いものですね。

 2つめは,もっと目立つ病態で隠されているもの,3つめは背景疾患に注意すべき(間違えやすい)ものです。

 要するにこれらの組み合わせの話です。

臨床報告

網膜動脈閉塞症の視力予後

著者: 秋澤尉子 ,   長岡奈都子 ,   佐々木秀次 ,   安澄健次郎 ,   田中明子 ,   岩永洋一

ページ範囲:P.2041 - P.2046

要約 目的:網膜中心動脈閉塞症(CRAO)と網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)の視力転帰の報告。対象と方法:過去13年間の網膜動脈閉塞症25例25眼を診療録に基づいて検索した。男性19例,女性6例で,年齢は48~88歳(平均70歳)であった。視力はlogMARとして評価した。初診から1~6か月(平均2.8か月)の経過を追った。結果:CRAOの1例とBRAOの3例に毛様網膜動脈があった。全25眼の初診時の平均視力は0.86±1.05,2週間後の視力は0.55±0.83で,有意に改善した(p=0.001)。初診から2週間後の視力と最終視力とには有意差がなかった。視力予後は毛様網膜動脈があるほど良好で,これ以外にはBRAOでは初診時の視力が有意に関係し,CRAOでは関係する因子がなかった。結論:CRAOとBRAOでは,初診時よりも2週間後の視力が良好であり,以後は変化しなかった。

日常生活評価による後天性眼球運動障害のquality of life特性

著者: 岡真由美

ページ範囲:P.2047 - P.2052

要約 目的:後天性眼球運動障害例で評価した日常生活の質(QOL)の報告。対象と方法:後天性眼球運動障害38例を対象とした。男性17例,女性21例で,年齢は22~84歳(中央値61歳)であった。外眼筋麻痺または不全麻痺がほとんどで,全例に複視または像のボケがあり,視力障害または全身運動障害はなかった。日常生活は38項目についてアンケートで調査し,各項目を4段階で評価した。結果:QOLを構成する主成分は,日常視の質と心理的側面であった。前者には融像域,後者には発症からの期間が影響していた。視能矯正後にQOLの主成分が低下した2症例は,神経変性疾患と陳旧性の後天性眼球運動障害による融像障害であった。結論:後天性眼球運動障害の視能矯正でQOLの特性を把握することは,患者それぞれの問題点の抽出とその対応に重要である。

近視性脈絡膜新生血管に対するベバシズマブ硝子体内投与1年後の治療成績

著者: 大熊康弘 ,   林孝彰 ,   酒井勉 ,   渡辺朗 ,   常岡寛

ページ範囲:P.2053 - P.2059

要約 目的:近視性脈絡膜新生血管に対するベバシズマブの硝子体内投与から1年後の成績の報告。対象と方法:近視性脈絡膜新生血管に対してベバシズマブを硝子体内に投与した18例18眼を対象とした。男性8例,女性10例で,年齢は35~82歳(平均57歳)である。1年後の視力と中心窩網膜厚を評価した。結果:ベバシズマブの硝子体内注入は平均2.2回行われた。1年後の平均視力と中心窩網膜厚は有意に改善した(p<0.01)。視力の改善は,50歳未満の7例で,それ以上の11例よりも大きかった(p<0.05)。全経過を通じ,眼または全身の合併症はなかった。結論:近視性脈絡膜新生血管に対するベバシズマブの硝子体内投与で,1年後の視力が改善し中心窩網膜厚が減少した。

今月の表紙

全身性エリテマトーデス

著者: 竹内勝子 ,   中澤満

ページ範囲:P.1973 - P.1973

 19歳男性。16歳のときに全身性エリテマトーデスの診断を受けており,以降長期にわたりステロイド内服で治療されていたが,持続する発熱,皮疹の増悪のため入院となった。入院3日後からの右眼の変視の訴えがあり眼科受診となった。

 視力は右(0.5),左(1.2),両眼とも中間透光体に異常はなかった。右眼底は,視神経乳頭の周囲に軟性白斑が多発し,黄斑浮腫もみられた。左眼底は異常がなかった。蛍光眼底造影では,右眼の造影初期から網膜血管への流入遅延があり,静脈相では放射状乳頭周囲毛細血管領域の毛細血管の拡張と,軟性白斑の部位と一致して毛細血管床閉塞が確認された。また,後極部の網膜血管の透過性亢進と黄斑部無血管領域の拡大も観察された。

べらどんな

手術後の寿命

著者:

ページ範囲:P.2023 - P.2023

 世間には「○○をすると××になる」という話がある。「家を新築すると転勤する」というのがその代表だ。

 眼科手術でも種類によっては,術後の寿命と関係があるかと思っていたが,これを検討した論文が出た。「白内障術後の死亡率」(Ophthalmology 117:1894-1899,2010)がその題名である。

症例報告

著者:

ページ範囲:P.2046 - P.2046

 それまでは未知だった病気が論文になり,新疾患として認知されるにはさまざまな段階がある。

 もっとも簡単なのが一例報告として発表される場合である。高安病がその代表である。明治41年(1908)に「奇異ナル網膜中心血管ノ一例」という題で報告された。これが現在,Takayasu arteritisとして全世界で通用するきっかけになった。

やさしい目で きびしい目で・132

I love 斜弱学会

著者: 渡邉志穂

ページ範囲:P.2033 - P.2033

 今年も7月に恒例の日本弱視斜視学会(以下,斜弱学会と略します)に参加しました。ポスター展示で質問しようとしたら演者不在でした。おばさん根性で近くにいた方と疑問点を話し合っていたら,学会の役員クラスの先生方が話しに加わって解説してくださいました。その最中に座長クラスの別の先生も加わってさらに論議が深まり,皆が演者不在なのを残念に思いました。こういった雰囲気で気軽に話し合いができるのが,斜弱学会なのです。若い眼科医の皆さん,斜弱もいいですよ~!

 私は卒後26年目の女医で,3人の子持ちです(子供は14~21歳)。所属はずっと久留米大学眼科で,15年前から分院(大学附属医療センター)の診療責任者です。この頃から斜視弱視を専門とし,2000年よりこの分院で専門外来をやっています。ですが,斜視弱視専門医としてはまだ「ひよこ」です。

ことば・ことば・ことば

酸っぱい

ページ範囲:P.2037 - P.2037

 「病気のremission」というと「再発」と考えがちですが,実際は逆で,寛解,すなわち「病気が良くなること」を意味します。一般用語としての使い道が広く,刑罰を軽減する,罪を許す,恩赦を与える,以前の状態に戻す,病気が軽くなるなど,さまざまな意味があります。

 これに対し,英語のexacerbationは,「病気が悪くなる」という意味でだけ使われる特殊な用語です。その起源をたどっていくとラテン語やギリシャ語と関係があり,これと親戚関係にある単語がいくつもあります。

文庫の窓から

『注解傷寒論』

著者: 中泉行弘 ,   林尋子 ,   安部郁子

ページ範囲:P.2060 - P.2064

 金元代の医書

 これまで私たちは岡西為人氏の著作『中国醫書本草考』の目次に沿って,「主要な中国医籍」と「漢方医学全書」をみてきた。つづく第3章「金元医書の書誌」では金元時代の7人の医家を取り上げて解説がなされており,劉完素(1120-1200?),張元素(12世紀),張従正(子和1156-1228),李杲(東垣1180-1251),王好古(1200頃-1264),羅天益(13世紀),朱震亨(丹渓1281-1358)の書物が紹介されている。

 しかしながら,当館はこれらすべての医家の著作を所蔵しているわけではない。そこで『中国醫書本草考』第3章の終わりに掲げられた年表の中で所蔵する本についてご紹介していくことにする。金元代の医書についてまとめられたこの年表は,南宋の乾道6年(1170)から元の滅亡した洪武元年(1368)までとなっており,45の書名が掲げられていて,医家についての記事もわずかながら記されている。表1に年表の書物に関わる部分の抜粋を掲げる。

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あとがき

著者: 中澤満

ページ範囲:P.2070 - P.2070

 異常に暑かった夏の記憶もまだ鮮明ではありますが,日々の忙しさにかまけているうちにふと気がつけば暦の上では早くも年末と相成りました。『臨床眼科』12月号をお届けいたします。

 今月の特集は「基礎研究から難治性眼疾患のブレークスルーをねらえ」と題して加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,緑内障,網膜色素変性,角膜疾患およびぶどう膜炎の5つの疾患群を取り上げて,それぞれの分野で実際に疾患の病態解明と治療法開発に臨床と基礎研究の両面から取り組んでいる若手研究者諸氏にそれぞれの得意分野を執筆していただきました。私たちが日常の診療でよくみている難治性疾患の背後にあるさまざまな細胞同士の連携や分子レベルでの動きが,各執筆者の視点でエネルギッシュに解説されています。臨床眼科医の読者には一読しただけでは難しすぎると感じる方もおられましょうが,ぜひ2回,3回とお読みになってみてください。脳の活性化にきっと役立つはずです。若手眼科医の読者には,これをきっかけとして眼科基礎研究にも興味を持っていただければ幸いです。とくに特許申請数でごく近い将来日本は中国に追いつかれ,追い越されようとしています。科学技術立国を国是とする日本全体の基礎研究の発展には若手研究者の働きが必須ではないかと思います。

基本情報

臨床眼科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1308

印刷版ISSN 0370-5579

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