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文献詳細

雑誌文献

臨床眼科65巻1号

2011年01月発行

文献概要

文庫の窓から

『素問玄機原病式』

著者: 中泉行弘1 林尋子1 安部郁子1

所属機関: 1研医会

ページ範囲:P.110 - P.113

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 医の門戸は金元に分かる

 『素問玄機原病式』の著者,劉完素は金の天会4~10年(1126~1132年)の頃生まれたとされている。字を守真,号は通玄處士といい,またの号を宗真子という。出身地が河北省の河間県であったことから,河間居士とも号したので,後に彼に連なる学派は河間派と名づけられる。幼い時に父を喪い,母もまた病に倒れ亡くなったという。こうした辛い体験を経て自らも医学を志したのだが,それ以前の医師たちが方剤に関する研究に熱心だったのに対し,劉完素は医学理論の研究に向かった。

 当時,かの地は南北に分かれ,北宋から金・元と連なる流れと南宋から元へといく流れが並存していたが,医学発展の中心となったのは華北であったとみられている。そこには宋代の旧を打破して新しい学問を創り出したり,あるいは分化させていくような力が加わっていたと思われる。たとえば,同じ科挙といっても,金と南宋では異なる価値観で選抜が行われ,南北それぞれの社会が抱く空気というものには違いがあったようだ。『四庫提要』の医家類で「儒家の門戸は宋に分かれ,医の門戸は金元に分かる」と述べるとおり,この時代は多くの名医を輩出したが,金元の四大医家のうち3人は華北の出身であり,新しいものを生み出す力がこの地にあったことを示している。

参考文献

1)岡西為人:中国醫書本草考.井上書店,1974
2)黒田源治:氣の研究.東京美術,1977
3)朱宗元・趙青樹(著),中村璋八・中村敞子(訳):陰陽五行学説入門.たにぐち書店,1990
4)石田秀実:中国医学思想史.東京大学出版会,1992
5)佐竹晴彦・斯波義信・梅原 郁・植松 正・近藤一成(編):宋元時代史の基本問題.汲古書院,1996
6)戴毅(監修):全訳 中医基礎理論.たにぐち書店,2008
7)根本幸夫・西島啓晃:八味地黄丸と防風通聖散.漢方と最新治療 18:179-189,2009

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1308

印刷版ISSN:0370-5579

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