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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学10巻2号

1959年04月発行

雑誌目次

巻頭言

海外留学について

著者: 吉川春寿

ページ範囲:P.53 - P.53

 最近若い人達の外国行きがさかんである。しばらく姿を見せないと思つているとクリスマスカードを送つて来たりするので,ああそうだつたかと思う。アメリカに留学する人がことに多いようだが,アメリカの一寸した都会だと日本人留学生だけあつめて一クラスできる位の人数がいるらしい。日本全体として見たらこういう海外研究者の数は大変なものだろう。
 私がこの人たちの年代であつたころ,すなわち世界情勢がそろそろあやしい頃,外国に留学できる人の数はまことに限られていた。教授,助教授の先生方でも海外留学の道はついになくなつてしまつたし,国際会議などはほとんどなかつたから,短期間の外国旅行も北支,満洲を除いては不可能だつた。こういう時代に幸にも私は戦前最後のロックフェラーフェロウとして当時敵性国であつたアメリカに留学することができた。けれどもそのときは本当の話,米国留学は気が進まなかつた。敵性国だからというばかりでなく,米国の研究室の事情がほとんどわからなかつたからである。ロックフェラーフェロウの先輩の少数の方々の話を聞いただけで行つたので,何をどこで勉強したらいいか勝手がわからず,はじめのうちは大変困つた。その頃の米国の基礎医学の教室はそう驚く程の設備はなかつたが,能率的な運営のし方に感服した。1〜2ヵ月して私はアイソトープの利用が非常な発展性のあることを悟り,どうしてもこれだと,その技術習得に私の留学期間をあてることにした。

綜説

ホルモンの作用機序について

著者: 鈴木光雄

ページ範囲:P.54 - P.61

いとぐち
 ホルモンは,何らかの作用機転を通じて,生体の物質代謝を調節して,統一的に生命現象の維持にはたらいている。このホルモン作用の特徴は,以下のごとき点である。第1にホルモンの作用濃度が著しく低いことである。すなわち,甲状腺ホルモンについていえば,血中のホルモン量は,ヨード量として4〜8μg/dlであり,thyroxine量として10−7M前後となる。また卵巣の卵胞ホルモンはesterone量として10−8M程度である。しかもこれらホルモンの生理的濃度範囲は狭く,血中のホルモンヨード量が2μg以下,または10μg以上となると,すでに病的な代謝異常が起る。また月経週期における卵胞ホルモン量の変化は,1〜2×10−8Mの範囲にある。このように,正常のホルモン濃度は極めて低く,かつ至適の濃度範囲内になければならない。第2の点は,それぞれのホルモンの器管,組織,細胞に対する作用特異性の問題である。脳下垂体前葉ホルモンの多くは,それぞれ特殊の器官に作用する。また甲状腺のホルモンは心筋に対して副腎皮質,髄質のホルモンは,それぞれリンパ組織及び心臓血管系に対して特に強い影響をあたえるごときである。すなわち,それぞれの標的器官(target organ)がある。このようなことからホルモンの作用発現の場の特殊性も,ホルモン作用にとつて本質的に重要なことと考えられる。第3は,ホルモン作用の相互協関性の問題である。

論述

Dendritic potentialについて

著者: 鈴木寿夫

ページ範囲:P.62 - P.72

 大脳皮質の各層には短い軸索を持つた神経細胞(第1図d,e,f)と長い軸索を持つた錐体細胞及び紡錐細胞(第1図c)が無数に存在する。後2者の細胞には軸索の外に皮質内を表層に向かつて上行するapical dendriteと呼ばれる無髄の神経突起が存在する。これらの或るものは皮質第1層迄達しそこで枝分れして終り,又或るものは第1層まで達せずに途中で終つている39)。このapical dendriteの占める容積は皮質内神経要素全体の1/3にも達すると言われている12)。又皮質内には2種類の求心線維がある。第1は特殊求心性線維と呼ばれるもので,これは第4層で細かい無数の枝となり主として第4層に限局した線維叢を作るがその一部は第3層にも行く。第2はそれ以外の非特殊求心性線維であり,これには視床に由来して第1層迄達する線維及び第1から第4層迄広く分布する連合線維と総合線維が含まれる39)。求心線維の終末或は皮質内神経細胞の軸索の終末は他の神経要素とシナプスを作つているが,これにはaxo-dendritic即ちdendriteとシナプスを作るものとaxo-somatic即ち神経細胞体とシナプスを作つているものがあると言われる15)
 以上の様な大脳皮質構造はそれが単に形態学的に調べられたものであるから,これらの構造と機能的なものを結びつけるには他の手段を選ばなければならない。

大脳辺縁系の電気的活動

著者: 川村浩

ページ範囲:P.73 - P.80

 近年,脳幹網様体が新皮質の電気的活動に対して重要な役割を果していることがMoruzzi & Magoun(1949)1)によつて明らかにされ,またdiffuse projection systemの概念がJasper(1949)2)によつて提唱されて以来,新皮質の電気的活動の意義が,脳幹網様体—視床—新皮質のつながりを基礎にして,生理学的に解釈されるようになつた。これは従来の脳の電気的活動の研究が,実験技術上容易であるという点から主として新皮質を対象にして,行われていること,また,この分野に多くの知見を提供している人間の臨床脳波のデータが,やはり多くは頭皮上誘導に基く新皮質の電気的活動であることと考え合わせると,彼等の実験が大きく評価されたのは当然のことと肯ける。
 その結果,Bremer(1938)3)のいうcortical tonusの維持機序が,脳幹網様体という具体的な形態学的根拠を得たことになる。また,この場合に特殊感覚伝導系の活動が必ずしも脳の電気的活動を覚醒パタンのレベルに維持するうえに本質的なものではないことが明らかにされて,Bremerの説いたような求心性インプルスがもつとも重要性をもつという考えは一応否定された形になつた。

報告

末梢循環の動搖性に関する研究—第5報 正常人手指及び前腕のプレチスモグラムの分析

著者: 上田五雨

ページ範囲:P.81 - P.88

緒言
 末梢循環の研究に関しては既に長島等1)が報告し,筆者も第1報〜第4報2)に於て新しい方法による研究を発表し,特に第3報に於ては,極めて実施しやすい波形分析法を説明したので,その方法の記述は省略するが今回はそれ等の方法に基づいて,健康な成年男子について記録したプレチスモグラムの中から若干例をえらび,其等を分析し各種の知見が求められた。この方法によつて末梢循環系の状態の異同を判定する際,同じ性質の波形群とみなさねばならぬ例でも異つたものとして判定される危険も時にはみられ,又異つた性質のものでも同じと判定されることも起り得るから,各々の場合に観察可能な実験条件はなるべくくわしく記録して参照し,綜合的に判断することが必要なことは言う迄もない。波形分析法によつて求められた結論は従来分析法なしで経験的に下していた判定による結論と相俟つて事実の解釈を確かめる根拠となるのであり,決して前者のみで十分であり後者は無視されるとする訳ではない。

湿度計による発汗の連続記録

著者: 中山昭雄 ,   高木健太郎

ページ範囲:P.89 - P.91

 局所の発汗を連続的且つ定量的に測定しようとする試みは古くから行われているが,その大部分が毛髪湿度計を利用したもので,毛髪湿度計は数%或はそれ以上の誤差があり,その上反応の時間的おくれも大きいので,何れも満足な結果を得ることが出来なかつた。久野2)は身体各部の汗量の絶対値には非常に差があるけれども,発汗発現の時期とその後の汗量の増減の方向は全身において同一であることを確め,局所の発汗を測定することによつて全身の発汗の様相を推察した。用いられた方法は一定皮膚面に乾燥空気を送つてその部の汗をすべて気化し,この気流を一定時間だけ塩化カルシウムをつめたU字管を通し,このU字管の重量増加分から吸収された水分量,すなわち一定時間中の皮膚放散水分量を知るという原理に従つている。この方法によれば5分毎(発汗量が多ければもつと短時間でもよい)の汗量は正確に得られるが,短時間内に起つている発汗の微細な変化を知ることが出来ない。乾燥した濾紙に汗を吸着させる方法ははるかに誤差が大きい。澱粉紙をヨードを塗布した皮膚面に密着させ,汗の水分によつておこるヨード澱粉反応から活動汗腺の数を数える方法がある3)。この方法は定量的な測定には不向きであるが,個々の汗腺の活動の時間的な変化を知るには便利であり,これによつて新しい事実も見出されている。

寄書

人間の眼についての光学的考察(第4報)

著者: 伊藤礼子

ページ範囲:P.92 - P.95

 視力について 前回註1)に,水晶体の調節能力は従来考えられて来た程大きくなく,ピントの合つている範囲は狭くても,焦点深度によつて,ある程度よく見える範囲の広いことを述べた。今回はこれらをもとにして,視力の問題を考えてみたい。

伊藤礼子氏の「人間の眼についての光学的考察」を読んで

著者: 大島祐之

ページ範囲:P.96 - P.98

 本誌に表記の論文が4回に亘つて掲載されたが,御依頼により専門的立場から見た批判を記すことにする。
 伊藤氏の論文を読んで第一に感ずるのは,自然科学的な考え方を忘れておられることである。即ち自然科学においては常に客観的な事実や実験結果を基礎として論を組立てて行くのが本道であり,もしも研究者の主観が入る場合には大きな誤ちを招く危険を伴う。感覚という主観的要素を無視していては実験が成立しない部門においては,従つて第一歩から誤まる危険を孕んでいる。故に実験結果の解釈は,多角的な実験や事実,知見に基づいて,殊更に慎重に行わなければならない。そのためには充分な基礎知識が必要であり,さもないと著るしく真実性に乏しい解釈を下す結果となり,論ずる所は妄想の類に堕する恐れがある。

海外通信

ミシガン大学だより

著者: 植木昭和 ,   佐久間昭

ページ範囲:P.99 - P.102

 1958年度米国薬理学会(Fall Meating & the Symposium on the Teaching of Pharmacology)は8月25日から28日までの4日間,Ann ArborのMichigan大学で開催された。もつとも24日には学会幹部連中が集まり,Editorial Boardの会が開かれている。American Society for Pharmacology & Experimental Therapeuticsの今年度会長はOhio State UniversityのDr. C. D. Leakeであり,今学会の会長でもあつた。開催地のMichigan大学薬理のDr. M. H. SeeversはLocal Committeeのchairmanで,今学会開催についての全責任を負つた。従つてVice-chairmanのDr. L. A. Woods以下,全員は半年近く前から,実際の学会準備に追われていた。日本では会長のいる場所で学会が開かれるのが普通であるが,ここでは会長は学会の準備に直接の関係をもたない。毎年春のFederation Meetingは,生理,生化学等と合同の学会で,相当入り乱れているが,Fall Meetingは純粋に薬理学だけのまとまつた学会であり,日本の薬理学会総会に相当するものである。

研究室から

Lowryのミクロ生化学—セントルイス便り

著者: 鈴木旺

ページ範囲:P.103 - P.104

 Oliver H.Lowryの薬理教室はKornbergの微生物,Coriの生化学教室とならんで,ここセントルイス,ワシントン大学の生化学を支える柱のひとつになつております。現教室員約60名という—事をもつてしても,その繁栄ぶりをうかがえますが,彼の仕事は日本ではタンパクやリンの定量法をおもいだす人が大部分で,だから彼は地道な分析屋さんぐらいにしか思われていないかもしれません。1953年Cori教授の薬理教室をうけついだ彼は,定量的組織化学(Quantitative Histochemistry)と銘うつた新しいミクロの体系を創りあげることに全力を傾けてきました。具体的には脳細胞のはたらきを組織化学的に研究しようとするものですが,染色して顕微鏡で覗くという定性的なものでなく,切片一個を更に細かく切りわけてその各細片(0.0001ガンマ〜2ガンマ)中の基質の量や,酵素活性を定量し,再編成することによつてもとの組織中での酵素の存在様式を画いてみせるという大変な仕事なのです。昨年スウエーデンから同じ道の大家Caspersonが訪れ,われわれしたしくその討論をきく機会を得ましたが,他の人には手も足も出ない機器を使つたCaspersonの仕事とは対照的に殆んど手製品と頭脳とで間に合わせているLowryの仕事の方にむしろアメリカらしからぬ清潔な香りを感じたのは私ばかりではないようでした。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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