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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学11巻3号

1960年06月発行

雑誌目次

巻頭言

BiophysicsとPhysiology

著者: 真島英信

ページ範囲:P.109 - P.109

 Biophysicsあるいは生物物理学という字の意味は若林先生のいわれるように,Physicsの一分科で生物界の物理現象を対象とするものであろう。またPhysiologyあるいは生理学は,狭義に解釈してphysical Biologyとしても,あくまで生命現象を対象としており,なるほど物理的装置を使つているけれども,物質現象を対象としている物理学とはかなり本質的な差異があると考えられる。少くとも私自身は生理学者でありたいと思つており,生物物理学者とは呼ばれたくない。生命現象といつても物質現象の集合に過ぎないというようなことは,口で言うことは易しいが,現実の我々の知識を反省してみるととてもそんなに簡単に片附けられるものではないということを生理学者ならば皆よく知つている。
 形質膜の興奮という最もphysicalな現象について考えても,かつて神秘的に見えた時代は去つて今では電気現象として解析されており,更に最近はNa,Kの出入であるというように物質現象に帰着していくかに見える。しかしその根本に横たわつているイオンの透過性というものはいまだ不可知であり,その意味で神秘的である。我々生理学者はこのような不可知の現象のメカニズムに対して分析を進めていくのであるが,親現象の分析によつて幾つかの子現象が得られても,またその子現象を分析していかなければならない。前の例でいえば興奮,活動電位,透過性というような順序である。

綜説

細胞膜透過と物質の移動に関する基礎的諸問題

著者: 妹尾左知丸

ページ範囲:P.110 - P.116

 生命の躍動する世界と静かな死の世界,これを境するものは究極に於て一つの薄い膜である。そしてこの膜を通じて物質の吸収,代謝,分泌が営まれている。この故にこそ細胞膜透過の問題は古くから多くの生理学者の注目を惹いて来た。又現代の細胞学は膜構造そのものがエネルギーの産生,物質の合成その他の機構と密接に関連している事を示している。例えばミトコンドリア,小胞体,視細胞のロッド,植物葉緑体のグラナ,ある種の魚類の発電器管,神経のミエリン鞘等いずれも細胞の重要器官と思われるものは重層した膜から出来ている。従つてこれらの膜の微細構造とその性格を知る事は生命現象の究明に重要な手がかりを与えてくれるにちがいない。膜の透過性の観察は之等の膜の性格を知るために重要な示唆を与えてくれる筈であり,生物学の分野で最も興味ある問題の一つである。
 然し残念ながら膜透過に対して吾々は現在尚普遍性妥当性のある理論と云うものをもつに至つていない。この方面の仕事は読めば読む程頭は混乱状態に陥るばかりである。その根本的な原因は仕事の大部分が細胞の微細構造を全く無視して行われていると云うことであつて,従つて吾々はこれまでの多くの仕事に対して細胞形態学の立場から理解するベースをもつていないと云う事である。

神経分泌物

著者: 佐野豊

ページ範囲:P.117 - P.123

 神経分泌を営む細胞は動物界に広く分布しており,それらの細胞によつて作られる分泌物の性質も夫々相違しているので,この論文においてはもつとも詳細且つ系統的に観察が進められている神経分泌系の一つである脊椎動物の視床下部神経分泌系について記載する。
 神経細胞が腺細胞の如く光学顕微鏡的に認められるような分泌活動を行うとき,この細胞を神経分泌細胞と呼び,かつその細胞で作られた分泌物を神経分泌物と名付けるのであるから,一般の腺細胞に含まれている分泌物と神経分泌物との間に形態学的には本質的な差違はない。

論述

ジギタリスの利尿作用

著者: 田辺恒義

ページ範囲:P.124 - P.129

 Digitalisは医薬として記載された当初(Withering 1785)は利尿薬と考えられていた。その後心臓に対する作用が詳細に研究されるに及んで心臓作用が強調される様になつた。そしてCushny1)の記載以来,Digitalisはその強心作用によつて循環障害を取除く結果として利尿を起すという解釈が支配的になり,この考が薬理学上の定説となつた。Digitalisの主成分又は混在成分の腎臓に対する直接作用についても多くの研究がなされ,一部の薬理学者はこの二次的利尿説に疑義を抱いたが,併し多くの実験結果はこの説に合う様に解釈され時にはかなり無理なコジ付けがなされた。併し,腎臓の生理薬理や水分電解質代謝に関する知識が進むにつれて,強心配糖体の利尿作用が昔考えられた程単純なものでない事がわかつて来た。以下主に近年の成績を基礎にしてこの問題を眺めて見よう。

覚せいアミン中毒

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.130 - P.137

 Ⅰ.まえがき
 戦後15年,最早戦後ではないという言葉がきかれるようになつてから数年が過ぎた。確かに,現在,戦後のあの無秩序と不安に喘いだ異常な世相は人々の眼前から消え失せてしまつた。しかし,あの混乱が生んだ世相の犠牲者が精神病院の部屋の片隅に,慢性覚せい剤中毒者という姿で残されているのを,わたしたちは毎日この眼に見せつけられて,いまだに苦い思いを味わされている。
 覚せい剤,すなわち覚せいアミンが精神障害をひき起すという最初の記載は1938年にYoung-Scovilleよつてなされている。しかし,その後の諸外国での報告例はいずれも症例数が少なく,症状も一過性のもので,わが国で見られるような長期にわたつて症状の残るものの記載は見られない。この点,わたしたちは貴重な経験をしているわけで,この疾患と真剣に取組まなければならないことを痛切に感ぜさせられているところでもある。

2,3の運動性興奮性組織の代謝

著者: 山添三郎

ページ範囲:P.137 - P.144

 Ⅰ.緒言
 ここに運動性興奮性組織というのは,神経や筋肉のような興奮性組織のうち,刺激に応じて収縮のような運動現象を示す組織を意味したものである。ここでは筋肉のほか精子およびナマズの皮膚の色素胞(クロマトフォア)についてものべるが,これらは厳密にいえば"運動性興奮性組織"とよぶには不適当であろう。しかし我々のこの方面の研究の概略をのべるにあたつて,便宜上このような表題を与えただけのことであるから御諒承いただきたい。心臓は当然これに属すべきであるが,その方面の研究は行つておらないのでここではふれない。
 さて我々の研究についてのべる前に,筋肉の収縮弛緩の機序についての近頃の見解,とくに筋肉収縮の直接のエネルギー源がATPであるかどうかという点についての議論の若干を紹介しておきたい。

報告

腱叩打後の持続性筋紡錘発射と間代性筋発射の関連について

著者: 本間三郎 ,   加濃正明 ,   立岩正孝 ,   高野光司 ,   荒川浩二

ページ範囲:P.145 - P.151

 Ⅰ.前置き
 Granit等(1959)1)は遊離した筋の腱叩打により,あるときはその筋よりの筋紡錘発射に増強がみられ,あるときは一定の筋紡錘活性化のもと持続性筋紡錘発射をみているものが,同様の腱叩打により停止されることもあると報告している。これらの筋紡錘発射の変化はγ-efferentの興奮しない末梢神経刺激によつて筋攣縮を起すという如き単に筋の機械的な変動の場合においても見られる。この陰陽2様の紡錘発射の変化は,前根を切断し,あるいは運動終板のみを選択的に麻酔したときにも起ることから,全く末梢性の筋紡錘自体における現象と看做している。筋紡錘の感覚部は運動終板の微細な自発性変動さえも感受するかも知れぬ程,感受性の高い器官であるが,腱叩打後の持続性紡錘発射変化の機序については,その決定的論及をさけている。
 本研究は主として腱叩打により,筋紡錘自体に起つた変化,即ちその他に何らの要因が関与しないままでこの筋紡錘発射の増減されることを利用し,筋紡錘発射が運動ネウロン活動に如何に作用するかを研究した。勿論筋紡錘発射を増減せしめるということは,その筋を伸張し,或はこれを弛緩せしめるという操作によつても起し得るものであり,それらの運動ネウロンに対しての働きは所謂伸張反射として筋発射を記録すれば本研究の目的は達せられることになる。

Rudolf Thauer教授の来日にさいして

著者: 田坂定孝 ,   本田西男

ページ範囲:P.152 - P.153

 現在ドイツにおいてH.Hensel教授とともに体温生理学の第一人者と目されているRudolf Thauer教授が元名古屋大学教授久野寧博士のお骨折により去る2月6日来日され,以来21日まで主として関西地方,ついで2月21日より24日まで東京を中心とした関東地方で講演,大学及び研究所視察,さらに観光旅行と忙しい日程をすごされ,24日空路帰国の途につかれたことは既に御存じの読者も多いことと思う。
 私どもはその間Thauer教授に親しくお会いできる機会にめぐまれた関係から「生体の科学」に執筆を依頼されたので,ここにThauer教授のプロフイルを紹介したい。

海外だより

Canberraにて

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.154 - P.155

 日本を出てからもう1年になりました。日本の20倍の国土を持ちながら人口は十分の一しかないこのオーストラリヤは,まことにのんびりした平和な国ですが,特に私のいるキヤンベラは30年も前から,オーストラリアの首都であるというのに未だ人口は4万あまり,山の中の盆地にひらけた静かな都市です。昔は羊飼の村だつたという事で,街をはずれると,あとはどこまで行つてもガムの木のまばらに生えたなだらかな山が続き,道端に,昔,流刑囚の住んでいた家のかまどの跡がぽつん,ぽつんと残つていたりします。
 私の居るAustralian National Universityは大学院だけの大学で,いわゆる大学生はおりません。メルボルン,シドニー,アデレード,パース,ブリスベーン,タスマニア等にあるオーストラリアの諸大学,或は,ニユージーランド,その他の国の大学を出た人達が大学院コースをうけにやつて来ます。その設立の趣旨として"オーストラリアの人材が,年々海外に流出するのを憂え,人材に研究の場を提供する"という事がうたわれているそうですが,その通り,大学というよりは研究所の感があり,資金にも恵まれ,設備も整つた立派な内容を持つています。

米国生理学会飛び歩る記

著者: 内薗耕二

ページ範囲:P.156 - P.159

 シカゴの学会(Federation of American Societies for experimental Biology)に初めて出席傍聴を決意して準備したのは開会前々日の9日。米国の事情にうとい我々が他国の学会をのぞいても大して得る所はあるまいと予想されたので,大して期待することなく楽な気持で出て来たのですが,結果的に見てやはり出て来て見てよかつたと思つています。相当以前から親しい友人達に出席をすすめられていたのですが,私はかねて学会そのものにあまり多くを期待しないたちなので,にえ切らない返事でごまかしていたのです。所が,開会近くになつて宿はどうした,切符はどうしたとつめよられ,それではプログラムを見てその上できめると返事して2,3日プログラムと首つ引きの勉強をしました。ことに"君のような外人には是非1回の出席は無条件にすすめる"という友人からの強い慫慂があつたので急に出席する気になりました。
 学会に私どものユタ大学から出席すると交通費,宿舎費など一切が大学から支給されるのだから遠慮はいらないというDepartment headのすすめもあつて,仕事を途中で打切つて出席しました。飛行様はfirst classにしてほしいというheadのすすめでもつたいないような気もしましたがそのようにしました。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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