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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学11巻5号

1960年10月発行

雑誌目次

巻頭言

医学のコトバとモジ

著者: 問田直幹

ページ範囲:P.213 - P.213

 数年前にセイロン,インド,パキスタンなどの大学を視察した時どこででも受けた質問は「日本の大学では何語で教育しているか」ということであつた。少しばかり誇りをもつて「もちろん日本語で」と答えると,質問者の顔にはいつも驚きと羨しさのまじつた表情が見られた。
 だがほんとうのところ決して自慢できる状態ではないと思われる。なるほどほとんどすべての学問コトバが一応日本語で表現できるのだが,改良の余地が大いにあると思う。だからこそ各学会は用語の改訂と真剣にとり組んでいるのである。だが私には現在進行中の改訂はまだまだ手ぬるいような気がするので少し自分の考えを述べさせてもらう。

綜説

腺分泌の超微形態学—特に皮膚腺について

著者: 黒住一昌

ページ範囲:P.214 - P.227

 Ⅰ.緒言
 腺の分泌機構に関しては,光学顕微鏡による数多くの業蹟が従来発表されてはいるが,光学顕微鏡の宿命ともいうべき分解能の制限によつて,超顕微鏡的なオーダーに於ける腺細胞の形態変化とその機能的意義付けは,全く推察の域を脱し得ない状態であつた。電子顕微鏡の出現と超薄切片法の確立は,このような光学顕微鏡的細胞学の行きづまりを打開し,細胞の形態と機能の関連を全く新しい見地から再検討する可能性を提示した。
 電子顕微鏡による細胞学はまだ発達の途上にあり,種々の不完全さや誤つた解釈が残つているとはいえ,細胞構造をより細かに観察するという純形態学的な立場から一歩を進めて,細胞機能のメカニズムを超微形態学的基礎に基づいて論ずるという動的なものに変つて来ている。ただし,電子顕微鏡像は機能的変動に伴つてたえ間なく変化する細胞超微細構造の1瞬の断面を把えたものに過ぎず,生体を対象にして時間と共に追究することは不可能である。そこに電子顕微鏡の避けられない弱点が存するのであるが,実験的に機能を抑制又は促進させ,それに伴う変化を時を追うて把えることは可能であり,電子顕微鏡観察と並行した光学顕微鏡による組織化学的検索,分画遠心法や放射性同位元素を利用した生化学的研究は電顕像の解釈の正確を期する上に極めて有用であり,現にこのような並行研究が腺分泌の機構解明に少なからず役立つている。

分泌の形態学

著者: 市川厚

ページ範囲:P.228 - P.236

 超薄切片法による電子顕微鏡的研究の進展にともなつて,細胞の形態学はめざましい発展をとげつつあるが,なかでも細胞内に広く認められる膜系の存在は,細胞の営むいろいろな代謝の過程を知るうえにきわめて重要な意味をもつている。たとえば,腺細胞における分泌の機構について,これらの膜系が果す役割を観察すると,あるいは細胞内における蛋白合成の場として,あるいは代謝産物を細胞体外に運び出す能動輸送の手段として,つねに積極的な役割を演じていることが明らかになつてきた。
 しかしながら,細胞の営む分泌機能とは,細胞が比較的低分子の素材を血中から摂取し,これを一定の高分子物質にまで合成し,分離し,さらに濃縮あるいは貯蔵したのち,細胞体の外に放出するという一連の過程を含んでいる。したがつて,ある種の細胞で分泌機能が営まれているということを形態学的に証明するには,いわゆる分泌サイクルに従つて増減する分泌産物を明瞭な形のうえで把え,さらにこのものが形成される過程と放出される機序について明らかな知見がえられなければならない。こうした意味で,従来もつともしばしば研究の対象にされてきた膵外分泌細胞について考えてみても,分泌顆粒の形成と放出の機序についてはなお多少の疑問が残されており,必らずしも充分に解明されたとは云い難いようである。そこで,これまでの知見をもとに,膜系からみた分泌の機構について2,3の問題を考察してみたい。

網膜の生理学

著者: 中島章

ページ範囲:P.237 - P.242

 1.序
 私は10年程前に同じ題目で医学のあゆみに綜説を書いたことがある。今度この綜説を書く為に文献を集めて見て感じたことは,この10年間に此の方面の研究が拡がり,進歩したけれども,他のいくつかの領域に見られたような画期的な飛躍的な進歩は残念ながら見当らないのではないかということである。このことは又,画期的な進歩が,新しい方法の導入をきつかけとして起ることが多いのを考えると,このような方法の画期的な進歩が,ある意味では少なかつたことを意味するのかもしれない。勿論,最近の電子工学の飛躍的な進歩は,生理学研究にも広く取り入れられ,普及してきたことは周知の通りであるが,質的な変化を起す程のものではなかつた,という感じがする。このような感じを持つ1つの原因として,次のようなことがあるのではなかろうか。これ迄の研究は分析的な方向へと進められ,1つの細胞,あるいはその細胞の部分における電気的なあるいはその他の変化の追求に主力が注がれて来て,現在ではこの方法で行き着く所迄来てしまつた,あるいはそれに近い状態にある。しかし,実際生体で起つている現象は,上のような方法で調べられた現象の単なる重ね合せではなくて,各要素間の特異な(というのは言葉が悪いかもしれないが)相互作用に基づいている場合がほとんどであつて,この相互作用をも何等かの方法で把えて行かねばならない。

報告

脳細胞のKイオン代謝に及ぼすγ-Aminobutyric acidの影響

著者: 高田充

ページ範囲:P.243 - P.246

 中枢神経系の興奮抑制機構として現在,Pre-synaptic fiberの興奮によりSynaptic knobより抑制物質が拡散され,Subsynaptic membraneのイオンに対する透過性が変化することが考えられている1)。電気的には,Inhibitory nerveが働いた場合膜は過分極し,所謂IPSP(Inhibitory post synaptic potential)と云われる過分極方向の電位が得られることが知られている。
 ここで問題は,神経興奮を抑制する物質は何かということであり,又興奮抑制の電気生理学的現象と抑制物質との相関関係を明らかにすることである。抑制物質に関する研究は,Florey2)によつて先鞭をつけられBazemore, Elliott及びFlorey3)によりGABA(γ-aminobutyric acid)と同定された。しかしGABAがInhibitory transmitterそのものであると断ずるには,まだ多くの研究が望まれる。

神経と筋肉の接合部(筋終板)の電気的性質

著者: 大村裕 ,   富田忠雄

ページ範囲:P.247 - P.255

 1.筋膜および筋終板におけるイオン透過性
 我々が運動をするときは骨格筋の収縮が起つているが,この時は中枢から末梢へ運動神経線維を伝導して来た興奮が神経と筋の接合部を越えて筋線維に伝達されているわけである。運動神経線維の終末が接合している筋の細胞膜の部分は終板(end-plate)と呼ばれる特殊の構造になつており,他の部分と異つた性質をもつている。この性質を理解するために先ず終板部以外の筋の細胞膜について考えてみよう。イオン説(Hodgkin 1951)によれば,筋線維などの細胞膜は活動していないときは,KおよびClイオンのみを透過しその他のイオンはほとんど透過しない。従つてKおよびClイオンはDonnanの膜平衡の条件に従つて膜の両側に分布している。すなわち,〔K〕i〔Cl〕i=〔K〕o〔Cl〕o(1)の関係が成立する。この式で〔K〕i〔Cl〕iは細胞内の〔K〕o〔Cl〕oは外液中のK,Clイオンの活動度である。筋線維などの細胞内は細胞外よりもKイオンの濃度が高く,Clイオンの濃度が低い。例えばカエルの縫工筋の膜内外におけるイオンの濃度は第1表で示した値であり,これから分るようにほぼDonnanの条件が満されている。
 このように細胞内部は外部よりKイオンの濃度が高く,Clイオンの濃度が低いために,膜の両側に次の式で示される濃淡電位差が形成される。

第7回国際解剖学会の印象

著者: 安澄権八郎

ページ範囲:P.256 - P.258

 第7回国際解剖学会がニューヨーク市のスタットラー・ヒルトンホテルで昭和35年4月11日〜16日に開催された。一般講演以外に特に「細胞の微細構造」に関するシンポジウムがアメリカ解剖学会会頭H.Stanley Bennett教授の肝入りで開かれ,著者はこのシンポジウムで講演する光栄に浴した。学会中細胞の微細構造について興味あると思われる講演を出来るだけ聴くように心がけた。この記録はその印象を簡単にまとめたものである。
 細胞,組織の構造を電子顕微鏡的観察なしには,語ることができない時代となつたことを国際解剖学会において一層印象付けられた。生命の単位を細胞と考えた時代は17世紀のことであつて,現代は数乃至数10オングストロームの核タンパク分子をもつて生命の単位と見做す時代であるから当然と言えば当然であるが,飜つて日本において,各生物学者,医学者が旧態依然として,分解能不充分な光学顕微鏡に頼つて細胞学を論じている状態は,どう考えても時代おくれの感がある。

海外だより

アメリカ各地より

著者: 水上茂樹

ページ範囲:P.259 - P.260

 2月10日教室宛-Berkleyに3日いて,今Los Angels向けの飛行機の上です。
 Portlandではcytochrome CのD-H交換の話をしました。CambridgeのRobert Hillは老人で,Nicholasは30以下の若いがきれる人でした。Oregon State CollegeのTsoo C. King教授という,上品な中国人もきました。夜中の11.30までConfarenceをやつたのは眠くて困りました。アメリカ人は夜ふかしが好きなようです。

研究室から

東京大学医学部薬理学教室

著者: 大塚正徳

ページ範囲:P.261 - P.262

 昨年ゲッチンゲン大学の薬理学教授レンドレ博士が来日されたとき,薬理学とは何かということが話題になつたことがある。レンドレ教授がどの様に定義されたかは,はつきりと記憶しないが,兎に角薬理学を定義することは非常にむずかしいという結論であつた。実際,新しい研究方法の長足の進歩に伴い,薬理学とその隣接科学である生理学或いは生化学との間に明確な境界をおくことは益々困難となると共に,薬理学自身の内容も新しい薬物の発見や新分野の導入によつて多岐多彩となつた。
 臨床薬理学(或いは治療学)はさておき,実験薬理学に次の2つの方向を区別することが出来よう。その一つは新しいより優れた薬物を発見しようと直接的に努力する方向であり,他の一つは薬物の作用様式を研究し,更には薬物を用いて生体機構を探究しようとする方向である。現在,私達の教室の主な方向はむしろ後者であるが,前者の方向も教室の永い伝統であり,又後者の方向が前者に到達するより近道であるかもしれない。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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