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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学12巻6号

1961年12月発行

雑誌目次

巻頭言

羅生門

著者: 小川鼎三

ページ範囲:P.255 - P.255

 去る5月の末にロスアンゼルスをおとずれて,マグーン教授に23年ぶりで再会できたのは大きな喜びであつた。23年まえといえば私ども2人はまだ少壮でシカゴのランソン先生の研究所で一室を占めて机をならべていたのであつた。マグーン教授はこんどできた彼らの神経学研究所がこの10月半ばに開かれるのだと言つて,案内してくれた。それは彼の大きい名声を反映するかのように豪壮なものであつて,私じしんが永いあいだ関係をもつてきた東大脳研究所と頭のなかでくらべて内心じくちたるものがあつた。
 ロスアンゼルスの研究所はいろんな部門が設けられるはずだが,やはり神経生理学がその最も主な部分をなしていることはすぐに感得された。それはマグーンやその他のメンバーの名前をみるとき全く当然なことである。そのあとで欧州でもいくつかの神経学研究所をたずねたが,とくにドイツではフランクフルトに目下建造中の大きな脳研究所をクリュッケ教授の案内で見せられたときはかなり深い印象をうけた。開所までにはまだ1年以上かかるとおもわれる状態であるが,スケールが大きくて,戦前にベルリン郊外のブッフにあつた脳研究所をほうふつさせるものである。その内容をきくと,解剖学・病理学・生化学を主にするとのことで,生理学の名前をあげなかつたのはクリュッケ教授の言い落しや私の聞き洩しではないとおもう。その点でロスアンゼルスのものとはその覗いどころが若干ちがうのだなとおもつた。

綜説

ミオシンATPase活性中心

著者: 堀田健

ページ範囲:P.256 - P.263

 序論
 筋肉蛋白質の組織的な研究がSzent-gyorgyi,Engelhardt***よつてはじめられて以来,筋肉に収縮の分子レベルでの本質は,ミオシンBとATPの相互作用並びにATPの加水分解が関連しているということは多くの人々によつて認められている。事実,ATPは殆んどミオシンA—筋肉蛋白の1単位成分—によつて加水分解されるので,游離ミオシンによる基質の加水分解現象は筋肉蛋白の諸性質の一環として鋭意研究がつづけられている。もつとも筋肉内でのミオシンの役割は游離されたものよりはるかに複雑ではあろうが。
 ミオシン内でのATPase活性中心は多分ミオシンのなかで数コのアミノ酸残基が特殊な配列をもつた分子全体からみればほんの少部分にすぎないであろうと想像される。然し活性中心を単なる数コのアミノ酸残基の配列としてでなく,分子全体との関連に就て本質を考えることが重要であることをここで強調したい。

論述

各種神経細胞の樹状突起の活動特性について

著者: 岩瀬善彦

ページ範囲:P.264 - P.278

 dendrite(樹状突起)は中枢神経系特に脳でよく発達しているが,その活動特性についてはまだ明らかでない。これに反しザリガニ張受容器ネウロンのdendriteはKuffler等1)によつてくわしく検討されている。即ちdendrite末端の変形によつてgenerator potentialが発生し,これが細胞体に電気緊張的に拡がつて細胞体の静止電位を減少(8-12mV)させ,細胞体の放電を起させるのである。それではdendriteにはspikeが発生しないかといえば,細胞体に近い部分においては細胞体と同じspikeが発生することが認められている。所が中枢神経系ネウロンに於けるdendrite活動については意見が区々である。Adrian2)は大脳表面を直接電気的に刺激することによつて経過のおそい(持続10-20msec)表面陰性電位を初めて記録した。その後この反応はdirect cortical response(DCR)と呼ばれる様になつたが,Chang3)は距離-振幅の関係,逆向刺激等の実験の結果から,この反応は皮質第一層に密に存在するapical dendriteの末梢の活動に基づくと推定し,dendritic potentialと名づけた。尚DCRに関しては鈴木4)の詳しい綜説が既にあるので参照されたい。

報告

Phototransistorによる瞳孔径の連続描記法

著者: 植木昭和 ,   大野新治

ページ範囲:P.279 - P.285

 瞳孔の大きさを測定するには,普通瞳孔計を用いて直接測定されている。また瞳孔をカメラで撮映し,これを引伸ばし,或いは拡大投映して測定をしている人もある。しかし瞳孔計を用いて測定する時は誤差が大きく,カメラ撮影による測定には煩雑な手間がかかる。またこれらの方法では,時々刻々に変つてゆく瞳孔径の変化を観察することは不可能である。
 瞳孔を連続的に観察するには,これをムービーカメラで連続撮映する1)2)のが最も自然ないい方法であるが,フィルムに金がかかつて貧乏な研究室では手が出ない。しかし薬物の瞳孔作用を調べる場合,瞳孔径の連続的測定ができれば,極めて便利である。そこで著者らは,なるべく金のかからない方法で,できるだけ手軽に,瞳孔径の大きさを連続的に描記する方法を見出さんと企てた。

負性容量増幅器の発振を利用した簡便な高周波補償調整法—特に温血動物中枢神経系の細胞内誘導のために

著者: 中村久吾 ,   丸山直滋

ページ範囲:P.287 - P.292

 はじめに
 一般に細胞内電位の誘導を目的とする場合,直流増幅器が用いられる。ガラス微小電極は,通常数+MΩの高抵抗であるために,増幅器の入力容量,グリッドリード線の接地点に対する浮遊容量及び後述の電極容量の存在によつて,入力波の高周波成分は著しい減衰を受ける。実際スパイク電位は,かなりの歪を受けている。現在この様な場合の高周波成分の補償には,負性容量増幅器が極めて有用であると実証されている1)3)4)6)8)12)。しかしこの増幅器の高周波補償をとるための負性容量調整法は,適当な矩形波入力に対する増幅系のレスポンスを観察し,時定数が最小になるように負性容量を調整するというもので,かなり手数のかかるものであつた。更にこの調整は,電極が細胞膜を貫く直前に行なうことが必要である。しかし私達の研究室で行なつているような温血動物の中枢神経系の細胞内誘導では,電極が細胞膜を貫く時期を全く予測できないので,電極の進行に伴いできるだけ頻回に調整することが必要となり,上記の如き調整法は,繁雑過ぎて実用にならない。現在以下に明らかにする負性容量増幅器の発振を利用した簡便な負性容量調整法を考案し,良好な成積を収めている。

寄書

生物物理学の動向と問題

著者: 若林勲

ページ範囲:P.293 - P.296

 生物物理学会の誕生
 生物物理学とは何かというような話は後まわしにしてわが国で生物物理学のいろいろな会合が近年になつてさかんに開かれるようになつた。昭和28年岡・杉田氏等の生物物理懇談会,久保氏等の理論生物学会,翌29年には物理学会のなかに生体物理の分科会が設けられ,昭29年日本物理学会・理論生物学会主催の生物物理討論会,昭30年京大基研で生体物理セミナー,同年名取氏等の生物物理化学シンポジウムの発足があり,昭和35年に至つて物性研で生物物理研究会,7月には箱根で生物物理座談会,8月には志賀高原で若手グループの集まりにて生物物理学会設立に関する討論会が開かれ,遂に機が熟して生物物理学会が発足することとなり,12月東京大学で発会式が行われた。その会の綱領とするところは"生命現象の基本的理解"であるとされている。
 これらの動きの原動力となつた人々は主として日本の物理学会・生化学会に属する学者で昨年の生体の科学に寄稿された小谷正雄氏の一文によつてその趣旨が明らかにされている。生物物理学の定義などいうことは兎も角として氏のいわれるところを読むならば"物理学が古典物理学から量子物理学に脱皮し少なくとも化学の基礎は完全に物理と融合して地続きになつてしまい,他方で基礎医学・生物学・生物化学などの目覚しい進歩によつて多くの生体現象の機構が解明されつつあり,そのあるものは分子的なレベルでの問題にまで堀下げられております。

学会記

国際生化学会印象記

著者: 石川晉次

ページ範囲:P.297 - P.298

 モスコー大学正面のレーニン丘の上から,一つ一つが高さ150m以上もある尖塔をちりばめたモスコーの町がマッチ箱をかさねた様な西側の建築を見なれた私の目には,ロシア人たちが,西の連中とは別種のものを表現しようとつとめている一つのあらわれのように思われた。私はその尖塔の一つのウクライナホテルから,もう一つの尖塔である,第5回国際生化学会会場のモスコー大学へ一万人をこえる参会者の一人として一週間かよつた。もともと帰国の中途でよつてやれと思いつき直前になつて手続をしたことではあり,演題をだしている訳でもなく,ひどく無責任な立場にあつたし,その上こう会議そのものがフクレあがつてしまつては,全体の印象なんて人によつてひどくちがうであろう。日本からも何と50人をこえる参会者がいたが,オパーリンも開会式の挨拶でいつていたことだが,こんどの会議は私自身もふくめて若い生化学者たち特にアメリカの若い連中が多数参加していたことは一つの特徴だつたと思う。アメリカからの参加者の大きな部分は,半分ぐらいは生化学そのものより,ソ連みたさに出かけて来たといつて言いすぎでなさそうだつた。オパーリンは会議がそれらの若い連中に将来のためのよい刺戟となることを衷心,希望して開会のことばをむすんだがこの会議が学問的にそれら"生化学者大衆"にどんな効果をもつたかは私の推測のラチ外である。

海外だより

東独の5日間

著者: 吉川春寿

ページ範囲:P.299 - P.300

 一昨年11月,Humboldt大学創立150年記念,Charité設立250年記念に際し,その行事の1つとして催された第3回"赤血球の構造と機能"シンポジウムにまねかれて東独の一部をのぞき見るという幸運にめぐりあわせた。周知のように,東独は共産圏に入るうえに日本と国交がないということのために,正式に東独に入るということは非常にむづかしい。今度の場合も,私はHumboldt大学のお客さんというので東独からのビザはえられたが(一般にはこれがなかなかとれない)日本側が正式に東独に入ることを許可できない立場にあるので,東独国内に滞在するのは黙認,その間は出張ではないのだから休暇をとれ,という条件付でやつと日本出国間際に西独行のパスポートが下付された次第だつた。
 その前から,ベルリン問題のため東西ドイツ間の雲行があやしくなつて,はたして無事にこのシンポジウムに出席できるかどうか危ぶんだが,幸にして現地では何の緊迫感もなく過すことができた。

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生体の科学 第12巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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