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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学13巻5号

1962年10月発行

雑誌目次

特集 生物々理—生理学生物々理若手グループ第1回ミーティングから

巻頭言

著者: 萩原正長

ページ範囲:P.219 - P.219

 自然科学が進歩してくると,その各々の分野だけの従来の知識からは解決できない問題が多く出てくるのが一般である。私どものやつているBiophysicsの領域ではもともと境界領分の分野であるだけにこの事は一層著しい。例えば細胞膜に於ける電位の発生の問題等では従来無生物を対象とした物理化学の研究から行われた知識からは説明できない事が多く出てくる。之はこの問題に関係した物理化学の理論が多くは熱力学的な平衡に於ける問題として研究されており生物に於けるような不可逆変化の問題には不充分であることによつている様に思われる。現在米国に居られるT博士はこういつた問題に関連して多くの物理化学者と協力して不可逆変化としての細胞膜の電気現象を研究していられるが,その様子は生物膜の研究の一歩前進が物理化学の一歩前進によると同時に逆に物理化学の進歩が又生物膜の研究の進歩によつている事を如実にものがたつているように思われる。最近になつて我が国にも新に生理物理の学会が生れ,この生物物理はBiophysicsとは必ずしも同一ではないように思われるが,こういつた方面の知識交換が非常に進むようになつた事は誠に喜ばしい事と思われる。しか一般には違つた分野の研究者が協同して研究する事は必ずしも容易には行われない。之には研究施設に於ける制度の問題が大いに関係しているのかもしれない。

生体膜の生理の問題

著者: 若林勲

ページ範囲:P.220 - P.230

 Ⅰ.諸種の生体膜
 生体は個体内部,組織といわず細胞といわず物質の不均一な分布をすることが一つの特徴となつている。従つて至るところに界面があつて物質の均一化が防がれて居り,そのために各種の膜が見出される。しかし諸種の物質が変化しまた移動することが生命を維持する条件であるから,膜を通つて移動する物質があるばかりでなく,膜の透過性もまた時に応じ生体の機能と共に変化するのが屡々認められる。

ヘモグロビンの機能と構造

著者: 中馬一郎

ページ範囲:P.231 - P.242

 生体の示す微妙な機能は,構造との連関の上においてのみ完全に理解されるものであるが,このことはとくに機能蛋白質において明確に示されている。ヘモグロビン(Hb)は酸素運搬という著明な生理機能を持つゆえに従来から多くの生理学者の関心を惹いてきたが,最近の蛋白質構造研究の著しい進歩により,その諸性質を構造と関連して具体的に把握することがかなりの程度まで可能となりつつある。以下,まずHbの構造について最近の知見を概説し,ついで酸素結合機能を中心にそれと構造との関係を解説する。

神経回路

著者: 塚原仲晃

ページ範囲:P.243 - P.249

 Ⅰ.情報処理の場所
 脳での情報処理は,シナプスにおけるものと,ネウロン網におけるものに大別できる。シナプスでの情報処理は,主として細胞内導出によるシナプス電位の分析の結果,興奮性,抑制性後シナプス電位の多数決原理に従つていることが明らかにされている。1)また,近年,シナプス前部でTransmitter Substanceの放出量を調節することにより,後シナプス電位の大きさを支配する新しい制御方式が明らかにされた。シナプス前抑制(Presynaptic Inhibition)と呼ばれているこの現象は脊髄の前柱運動ネウロンのシナプスではじめて見出されたが2)3),脳の多くのシナプスで同様の現象がみられる可能性があり,1つの重要な制御方式として注目されている。
 ところで,基本的には上のような原理に従うネウロンまたはシナプスが組合わさつた神経網では,単一のネウロンやシナプスの性質に還元できない幾つかの性質があることが予想され,このいわば回路の特性ともいうべきものが,そこでの機能を決定していると考えられる。このような回路は,色々な組合わさり方で,複雑に錯綜しているが,この構成の多様性が,とりもなおさず,そこでの情報処理の複雑さ,精巧さのもととなつている。

脳組織に於けるアミノ酸代謝の研究

著者: 植村慶一

ページ範囲:P.250 - P.256

 高度に分化した神経系の機能の本質をさぐるには,形態学的方法,電気生理学的方法と並んで生化学的方法が有力な手段になると思われる。形態学の分野では組織化学と電子顕微鏡のめざましい発展により細胞内微細構造が次第に明らかになつて来ており,神経系では例えばNissl小体と云われた塩基性細胞内顆粒構造がいわゆるリボ核蛋白顆粒を含むEndoplasmic Reticulumに相当し蛋白合成の場となつていることが判つて来た1)。又電気生理学の方法は非常に短かい時間的変化を連続して捉えうる利点をもつており微小電極法の進歩によつて着々と成果が挙げられ,次第に電気現象の背景となるであろう物質の動きが,注目されて来ている。神経化学に於ても最近の進歩はめざましいものがある。この中で私達の脳組織でのアミノ酸代謝を中心に2,3の生化学的方法とその問題点及びそれが形態学や電気生理学とどのように関係して発展しうるかといつた点について検討してみたいと思う。
 神経化学に於ける実験は動物組織の取扱い方によつていくつかに分けられる。即ち第1はIn situの実験であり,脳灌流によつて動静脈の灌流液組成の差をしらべることにより脳内での物質代謝の様相を探ろうとする方法,酸素電極,Na.K電極を用いて生きたままの脳表面や血液の組成を連続的に調べる方法等がある。

蛙皮電位と蛙皮電流

著者: 伊藤嘉房

ページ範囲:P.257 - P.266

 1)蛙皮の電気的性質の研究史を簡単に概括しUssingのモデルのevidenceとなる事実として,蛙皮を貫らぬいての電位勾配・蛙皮電位・浸透圧変化による蛙皮の膨潤・蛙皮の電気抵抗に関する研究の結果を述べた。
 2)蛙皮に於ける濃度電位差曲線の特徴ある形は,細胞内のイオン組成の変化を考慮する事によつて説明される。
 3)両側の溶液のイオン組成が対称でない時の短絡流は,2枚の膜の存在を考慮する事により,蛙皮を貫らぬいてのイオンの電気化学ポテンシャルの勾配によつて説明される。
 4)蛙皮を浸す溶液の組成を変えた場合の遷移現象は,細胞内のイオン組成が約20分の半減期をもつて新らしい平衡に達するためと思われる。
 5)細胞内の負電位は負イオンの蛙皮透過を抑制すると考えられる。
 6)G-Strophanthinによる能動輸送の停止は蛙皮の電気抵抗の上昇をもたらすが,これは細胞内のKイオンがNaイオンに置換されるためと思われる。

寄書

酸化還元酵素と不確定性原理

著者: 品川嘉也 ,   高石泰子

ページ範囲:P.267 - P.268

 酸化還元酵素のうちで直接,電子転移を行う酵素,例えばフラビン酵素やピリジン酵素で目につくことはこれらが何れも補酵素の活性基として芳香環即ちπ電子系をもつていることである。これらの酵素は最終的には水素原子の移動を行うのであるが,実際の反応としては先ず電子のみが受容され,プロトンは水素イオンとして反応液中を移動するものであることに注意しよう。
 これらの酵素が電子転移を行うためには,電子を補酵素部分で"捉え"なければならないとされている。電子を空間内のある限局された領域に閉じ込めようとすると,量子力学の不確定性原理によつて,電子の運動量に一定のあいまいさが生じる。酵素が酸化還元反応速度を適当な値に保つ為にはこの運動量の不確定さを一定の範囲におさえなければならない。今,酸化還元酵素が電子を⊿Xの範囲で捉えねばならないとするとこの電子についての不確定性関係は,

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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