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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学18巻1号

1967年02月発行

雑誌目次

巻頭言

基礎医学の振興

著者: 古河太郎

ページ範囲:P.1 - P.1

 大学では学生の教育のほかに学術の研究を行なうことが建前であり,教えるだけで研究をしないならばそれは大学とはいえない。しかし,ひるがえつて研究にそもそも如何なる意義があるのかを考えると,それは必ずしも自明なものではないしまたこのことが真剣な議論の対象とされることも比較的まれであるのに気づくのである。今日研究はしばしば惰性的に行なわれ,大学の先生が研究ということをするのはあたかも神主が神道の行事をとり行なうのと同じといういささか皮肉な見解にもあながち反対できない点がある。このようなことになる理由の一つは研究といつてもいろいろのものが含まれているからである。成果が実用と密接につながるような研究ではその点あまり問題はないが,多くのいわゆる基礎的研究は実利あるいは実用ということをあまり念頭におかずに行なわれるものであつて,いわば研究のための研究であるが,大学ではこのような研究も甚だ重要であると考えられる。すなわちこのような眼前の利益にとらわれない研究によつて大きな学問の進歩がもたらされ,そこに自づと実際的応用も開かれると考えられるが,そのことよりもつと大切なことは大学でそのような研究活動が盛に行なわれることがそこに学者の社会が形成されるための契機として不可欠であるという点である。

主題 視覚

視覚についての諸問題

著者: 冨田恒男

ページ範囲:P.2 - P.6

 本号を初回として今後4回にわたり視覚を主題とした特集が行なわれ,それぞれの専門分野の方々のお話が伺えることになつた。いずれも視覚における問題点を内容とするものであることは間違いのない所で,したがつてここに私などの出る幕ではないが,うつかり引き受けてしまつた関係上いまさら引くこともならず,最小限の記述で責を塞がせて頂くことにする。また問題提起もあくまで一電気生理学徒としてのものであることを御諒承願いたい。
 昨年(1966)8月独逸のTübingenで開かれた視覚のシンポジウム(Max-Plank-InstitutのReichardt教授主催)でカブトガニや昆虫の視器の電子顕微鏡による微細構造の報告がMiller,Lazansky,Braitenberg,Trujillo-Cenezと相次いで行なわれた後の休憩時間に,その方面の電気生理をやつているNIHのFuortesからRockefeller研究所のHartlineへの話しかけは振るつている。「どうやらわれわれ毎年一歩ずつ後退といつた感じだね」というのである。類題が続いた後の開放感といつたニュアンスと共に,電気生理学者が実験データを解釈しようとして頭に描く「できるだけ単純化されたモデル」といつたものとはまるで正反対に一途に複雑化する構造をこれでもかこれでもかとみせつけられることのとまどいに似た心境がこの一言によく出ている。Hartlineも全く同感といつた表情であつた。

網膜の電気現象

著者: 村上元彦

ページ範囲:P.7 - P.16

 網膜の電気現象の話はHolmgrenのERGの発見から始まるが,これは1865年のことであり,すでに1世紀が経つてしまつた。しかし多くの研究者の多年の努力にもかかわらず,ERGの発生機構すらまだ殆んどわかつてはいない。とにかく網膜の構造と機能は非常に複雑であつて,網膜は発生学的に脳の1部分であることを如実に知らされる。ERGはもちろんmass responseであるから,発見以来その要素電位の分析およびそれらの発生層の探究など多くの研究がなされた一方では,ERGを示標とすることによつてそれまではもつばら心理学的方法に頼らなければならなかつた視覚機序の研究に新らしく視覚生理学的方法が加わつた。それらの研究はGranit22)の著書"The sensory mechanisms of theretina"(1947)に集成されているが,当時のことであるから網膜内微小電極法はまだ開発されておらず,ERGは網膜を挾んで両側から誘導したものであつたからデータの解析はどうしても間接的であり,"black box"を手で撫で廻している感はまぬがれなかつた。しかしこの本の中で示されたGranitのすばらしい洞察力は,実験技術が進み,より直接的なデータが得られるようになつた現在から振り返つてみても決してその輝きを失つてはいない。

座談会

医学部の教育課程について

著者: 松田勝一 ,   山本郁夫 ,   宮本忍 ,   竹内正 ,   高橋晄正 ,   内薗耕二

ページ範囲:P.18 - P.33

 明治以来の日本における医学教育・医学研究態勢の生みだした弊害は,近年にわかに表面化し,その改革が叫ばれて久しい。本誌は数回にわたり諸先生の御意見を掲載したが,総括として各領域の方にお集り頂き忌憚ない発言をして頂いた。読者諸賢の参考に供すると共に,改革第一歩への問題提起として味読して頂きたい。

実験講座

リン脂質の分離精製法(Ⅲ)

著者: 下条貞

ページ範囲:P.34 - P.43

 リン脂質の分析法
1.総リン脂質の定量
 組織脂質抽出液中の総リン脂質量,あるいは分離精製の各過程におけるリン脂質量を求めるには,その溶液の一部をとり有機リンを定量する。リン量を25倍するとリン脂質量の概算が得られる。
 有機リンの定量(Bertlett法63)
 ⅰ)湿式灰化:試料溶液(約0.5〜5μgP含有)を試験管にとり,湯浴上で加熱し溶媒を除去する。次に0.5mlの10N H2SO4を加え150〜160℃で3時間加熱する(200℃で30分加熱でもよい)。冷後30%H2O2を2滴加え同じ温度でさらに1.5時間加熱する(200℃,30分でもよい)。

アンケート・13

放射線障害の作用機構について

著者: 江上信雄 ,   本城市次郎 ,   栗冠正利 ,   吉永春馬 ,   田島弥太郎 ,   竹下健児 ,   森田敏照

ページ範囲:P.44 - P.47

 放射線照射に対し生物(以下ヒトを含めてこうよぶ)は,物理・化学的反応より,一般に低い線量で反応を示し,それは多くの場合障害的形態をとります。以下このような高感性で障害的生物反応に限定して問題を提起します。
 1.放射線障害の初期的原因の生じる主要な部位(標的:target)は染色体(またはDNA)であるという最近の一般的考え方を否定する決定的証拠があるでしようか?
 2.放射線による障害生成の過程には放射線以外の作用源(化学物質など)で類似できないような独特な段階があるでしようか?
 3.放射線障害の生成過程または障害そのものの特性は何でしようか?
 4.最近,微生物には放射線障害を回復する酵素的機構が存在することが実証され注目されていますが,その一般性の見透しと,このような分子生物学的研究の価値はどんなものでしようか?
 5.放射線障害の作用機構は複雑でよくわかつていませんが,放射線物理的化学的,生化学的および生物的段階のうちどの点がわかつていないことが,一番の研究のさまたげになつているでしようか?
 6.放射線障害の作用機構の一般的生物医学上の位置はどんなものでしようか?

文献案内・11

甲状腺生理の研究をするにあたつてどんな本を読んだらよいか

著者: 山本清

ページ範囲:P.48 - P.51

 本を読むということについて
 研究をはじめるに当つて,"適当に"本を読むことが必要なことはいうまでもない。しかし,従来から生理学者のうちに,"頭でよむ前に手ではたらけ"という意見をもつた人が意外に多い。この意見は,本を多く読んでいろいろなことを知つている人が,存外研究の方ではのびない"もの識り"に終つている例が少なくないことから考えて,一面の真実を示しているといえる。筆者の友人の一人に,もつぱら物を読んで,理論を組み立てることに興味をもつていた研究者があつたが,後に実験室での仕事にとりつくようになつてから言つた言葉は,"先ず実験し,しかる後考えて読むのが順序で,手を使つて実験をして見なければ生物学はわからない"というのであつた。実際に研究者はある実験を組み立て,その実験から一定の結果を予想しているのであるが,出てきた結果は必ずしも予想とは一致しない。むしろ意外の結果を得ることが少なくなく,そして意外な結果にみちびかれて新しい発見に至ることがしばしばあるのである。こうして,頭で考えたことがいかに空疎なものであるかということを実験から教えられることが多い。本をよむならば,実験に利用する目的をしつかりつかんで冷静によむべきで,本を読むことそのものが目的になり,読むことに興味をもちすぎてそれに没入することがないようにしなければならない。
 一般に,本を読んでは研究し,研究の過程で必要な本を読むというのが研究者の当然のゆき方であろう。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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