icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学19巻6号

1968年12月発行

雑誌目次

巻頭言

科学者と芸術家的精神

著者: 吉野亀三郎

ページ範囲:P.249 - P.249

 科学者が書く論文というものは芸術家の創作する作品に匹敵するものでなくてはならない。自分の過去の論文のすべてを最高の満足をもつて読みかえすことのできる人は最大に幸福な人と言えよう。しかし多くの人はそうではないだろう。優れた科学者は他人が自分を批判する以上に深く自己批判をするものであるから,万人が気づかないような瑕瑾をも自らの論文に見出して苦しむことが多いだろう。チャイコフスキーが自分の名作「くるみ割り人形組曲」を嫌つたという逸話があるが,そのような極度の潔癖は,他人から見たら異常に見えるかもしれないが,自分の創作を愛しそれに生命を打ち込む人にとつては真剣である。昔の刀鍛治にもそのような職人魂があつたと見えて,作つても気に入らなければ打ち毀すか,もしくは無銘のままにした。その無銘の作が世に名刀としてもてはやされた例も少なくない。陶工柿右衛門の茶碗作りの話もこの同類である。
 科学論文の場合,やはり一流大家の論文には寸分ゆるぎない論旨,完全な実験デザイン,必要最小限を提示する簡潔さといつた点で,一種の「美」を感ぜしめるものがある。このような見事なものはその裏に膨大な基礎実験や繰り返し実験などが山のように有るだろうということを直感させて快い。またそのような美しさを感ぜしめるようなデータの提示がないと,如何に重大な結論を含んでいる論文でもその結論に対する不安は除き得ない。

主題 嗅覚・2

「トリ」の嗅覚

著者: 渋谷達明

ページ範囲:P.250 - P.257

 トリの匂いに対する感覚については,一世紀以前,すなわち1800年代から注目されていた。そのごく初期には,ハゲタカなどが特に腐つた肉や動物の死屍を好むことから,遠くからその匂いをかぎつけて集まつてくるのだろうということが素朴に信じられ,したがつてトリの嗅覚の鋭敏さについては疑いが持たれていなかつたのである。
 しかしAudubon(1834)はあらためてこれに疑問を持ち,自分で二種類のハゲタカ(Black vulture,Turkey vulture)を使い野外観察を試みた。まず充分に乾ききつた1枚のシカの皮を野外に置いた。これにはほとんど匂いがなかつたが,やがてハゲタカはそれを見つけて舞いおり,その皮を引裂いたのである。一方,悪臭のたちはじめたブタの死体を運び,上空から見えないような所に置いたが,沢山飛んでいたハゲタカはそれに気付かなかつた。このような結果から彼はハゲタカは嗅覚を持つていないだろうと結論したのである。

嗅神経系の電気生理学—嗅粘膜の遅電位のイオン機序

著者: 高木貞敬

ページ範囲:P.258 - P.280

 綜説その1(高木,1961)において嗅粘膜の構造とそれに匂を吹きかけた時発生する遅電位の諸性質について述べた。その後の研究により,クロロフォルム,エチレンヂクロライドその他の匂によつて著明な陽性遅電位が見出されたので,今日までに判明した嗅粘膜電図(Electro-olfactogram,略してEOG)を分類するとつぎの五型となる。
 a)陰性On型嗅粘膜電位(Negative On-EOG)
 Hosoya & Yoshidaにより1937年に発見され,1954年以来Ottoson(1954,1956,1958,1963 a)その他下記の人々により詳細に調べられたもの。Ottoson(1956)はこれを‘Electro-olfactogram’と名付けた。最近カタツムリの嗅粘膜でも,この電位が記録された(Suzuki,1967)。

嗅覚の心理学的研究

著者: 吉田正昭

ページ範囲:P.281 - P.290

 本年の9月6日から13日まで,スウェーデンの国立食糧保存研究所の主催で,食品の官能検査に関するシンポジウムが同国第二の港町ゲーテボルク市において開催された。日本からは東京教育大学の小原教授と筆者の2名が出席したが,その席上,従来とも文通接触のあつた多数の嗅覚研究者と面識を得ることができた。その中の1人Schutz博士と話しながらつくづく感じたことは,「15年前ならば,どこの国にも嗅覚の研究者は家々たるものであつたろう。シンポジウムなど思いもよらぬことであつた。ところが最近は,ほとんど毎年のようにどこかで関連学会が開かれている。ロンドン(1959),ストックホルム(1962),ニューヨーク(1963),東京(1965),コーネル大学(1966),クリスタルレーク(1966),イスタンブール(1966),etc.etc.数年前私自身が始めてこの領域に手をつけたときは,他の研究者はいない。おくれた領城だと思つていたのだが,勉強するにつれ,知らないのは自分だけで,学問の常識ははるかに進歩しているのだ,ということを発見した。現段階に追いつくためにも猛烈な勉強をせねばならない。」ということであつた。また,昨年,英国食糧研究所のHarper博士と始めて会つたときにも「境界領域の問題という性質上,文献が散在しているだろう。君自身はどうしているか?」と尋ねられた。

実験講座 細胞内成分の分画・10

小胞体(ミクロゾーム)の調製法と細分画法(1)

著者: 伊藤明夫

ページ範囲:P.291 - P.297

 ミクロゾームは細胞のホモジネートから核やミトコンドリアなどの大きな顆粒成分を遠心除去した上清をさらに大きな遠心力にさらしたときに沈降してくる微小顆粒集団につけられた総称である。その大部分を占める膜成分(小胞体)は生きた細胞内でendoplasmic reticulumと呼ばれている,三次元的に発達した膜状構造がホモジナイズにより細断され,小胞に変えられたものであり,その表面にリボゾームが付着しているか否かにより,それぞれ粗面小胞体および滑面小胞体と呼ばれている。ミクロゾーム画分にはこのほか,膜に結合していなかつた遊離リボソーム,細胞膜やゴルジ膜などの破片,さらに肝臓においてはフェリチン粒子やグリコーゲン顆粒なども含まれてくる1)2)(第1表参照)。
 ミクロゾーム画分はもともとこのように不均一なものであるし,また核やミトコンドリアとは異なり組織や細胞の種類によつてその内容を異にしているので分離の際の溶媒,遠心条件などは材料の種類や実験目的に応じて適当に選択すべきであろう。

--------------------

生体の科学 第19巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?