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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学21巻3号

1970年06月発行

雑誌目次

巻頭言

日本人の精神的人倫的地位

著者: 中村正二郎

ページ範囲:P.97 - P.97

 戦前,日本人は生命に執着せず大義のためには生命を鴻毛の軽きに比するとされた。生命への強い執着を当然とする西欧の合理主義には日本人の切腹は不可解なものとして一種の畏怖の念をもつてさえ見られた。朝日に咲き匂い,時至ればいさぎよく散り果てる桜花は日本人の魂を象徴するものとされた。しかし戦後,戦前の価値は転倒された。人の生命は何より大切であるとされる。二世のボクサーが片言で口にするほか,大和魂などという言葉を口にすることさえ恥じる。生命を国に捧げることはおろか,寸土の私有権を国家と争そうことこそ国家と称する権力悪に対する英雄的闘争であるかのように喧伝する声にみちている。—各人は自分自身のために生き,最大限に自分の思うままに振舞い最大限に自分の慾望をみたすことが自由であり,美徳であるとして恥じない。今やわが国では人と人との間には慾望の激突と,断絶があるだけではないだろうか。
 広島大学の若い医学者がガン組織をすりつぶして人体で免疫実験を試みた。これが医学者であろうか。日本の医学はこのような人物を医学者として許すのであろうか。学問はただ知識慾と名誉慾のために追求されるか政治的闘争の手段として利用される。大学の紛争が若い世代と古い世代の断絶によつておこり,管理社会において若年層の慾求不満をくみとることを知らない老年層の無理解によつておこるとの言説をなす者がある。果してそうであろうか。

主題 聴覚・2

聴覚のフィードベック系について

著者: 橋本享

ページ範囲:P.98 - P.105

 I.はじめに
 聴覚系においては,感覚情報を末梢より中枢へ伝送する求心性の経路の他に,遠心性の経路が存在することが知られている。これが今,主題とするフィードバック系である。普通工学・技術の分野でいうフィードバックは,制御対象が所期の動作をするように,動作状態を観測し,その値と目標値とを比較して誤差を修正するところに,主な役割がある。生物は動作状態観測のための検出器すなわち感覚受容器と,制御対象として筋肉系や各種の効果器をもつ。そしてこれらを構成要素とした制御・調節のシステムを考察するときに,フィードバックの考え方を適用している。聴覚系では,聴覚系の末梢から入つた情報が中枢に上つていき,そこから遠心路を通つて元の末梢まで戻つてくるという意味で,フィードバックとは言うものの,感覚受容器そのものが制御対象となつていて,効果器がこの経路に含まれていない特異的なシステムである。感覚受容器そのものへのフィードバック機構が,どのような機能をもつているかはまだ十分明らかにはなつていない。

コオモリの聴ニューロンによる音の情報要素の分析

著者: 菅乃武男

ページ範囲:P.106 - P.119

 I.はじめに
 動物が音波を発し,物体からはね返つてくるこだまを聞きながら,その物体の位置と性質を確認することはecholocation(こだま定位***)と呼ばれる。動物,特にコオモリのこだま定位が1940年代の初めにD. R. Griffin1)とその友人達によつて明らかにされて以来,動物学者はもちろんのこと生理,心理および電子工学関係の研究者の興味を強くひきつけてきている。1967年にはAnimal Sonar Systemsという談話会が一週間にわたつて開催されたほどである2)
 コオモリ以外では歯クジラ,オイルバード,イワッバメなどがこだま定位する1)。ミズスマシは水面を伝わる波紋を分析しながら泳ぎまわつている3)。われわれも直径15cm位の円板なら2m離れた所からこだま定位できる4)。聴覚の発達した動物なら原理的にはこだま定位できるはずであるが,特別な場合以外は生活環境に則して有利な視覚によつて物体を確認している。

レセプターポテンシャル

著者: 古河太郎

ページ範囲:P.120 - P.131

 I.はじめに
 Hollowell Davisによればreceptor potentialとは受容器において刺激に応じて発生する電位と規定され,一方generator potential(発動器電位,ただし適当な訳語とは考えられない)は神経にインパルスをひきおこす電位と定義されている2)。すなわち神経などの興奮性形態において活動電位がいきなり始まることはなく,それに先行して別の形の脱分極がまずおこりそれが閾値をこえる場合に全または無の法則に従う活動電位が発生する。たとえばシナプスでは興奮性シナプス後部電位(EPSP)がそれに当り,自動性を有する心筋では歩調とり電位がその役割を果している。さて受容器はしばしば第1種と第2種とに分類されるが,パチニ小体のような第1種の受容器では知覚神経線維の終末が分化して受容器の働きを演じておりこのものではreceptor potentialがgenerator potentialとしての機能をも果している。ところが第2種の受容器では上皮細胞などから由来する受容細胞が別に存し,それに知覚線維が接続する形となる。したがつてこのものではreceptor potentialとgenerator potentialとは別別に存する。聴覚受容器はこの型に属し,有毛細胞が受容細胞であつて,それに聴神経が接続している。

モルモットの聴覚について—蝸牛における受容機構

著者: 田中康夫

ページ範囲:P.132 - P.144

 Ⅰ.モルモットの蝸牛とその電気現象
 蝸牛電気現象に関する研究はcochlear microphonicsに該当する電位の発見から現在まですでに40年を経過してきている。WeverおよびBrayによるこの電位の発見はネコの蝸牛からであつたが,その後の主な研究成果はモルモットの蝸牛を用いて得られたものが多い。哺乳類聴器の生理学や生化学に多くモルモットが用いられるのはその解剖学的な特性と動物の供給が容易なためである。
 モルモットの中耳骨胞は前後径が11mmであり契歯目の中でも大きい方である45)。蝸牛は骨胞内に突出し4回転している。ネコでは前庭窓端のごく一部が突出しているだけであるが,モルモットでは基礎回転の半分すなわち蝸牛全容積の1/5が側頭骨に埋もれているのみで大部分が露出しており,蝸牛管縦軸に沿つた部位別の電位測定に適している。蝸牛管の全長は回転を引き伸ばすと19mmであり21),比較的広い音域に応ずる基底膜構造を備えている。蝸牛骨壁は薄く脆弱であり,尖端の鋭利なナイフで容易に削り開窓することができる。黒目のモルモットでは骨壁を透して色素帯が認められ,これを目標に各回転の中央階を刺入できる。また,正円窓膜もネコに較べて薄く基底膜を透視することができ,経正円窓によるコルチ器(らせん器)および中央階刺入も可能である。

研究の想い出

幸せを感謝しつつ

著者: 瀬戸八郎

ページ範囲:P.145 - P.150

 はじめに
 年末から年始にかけて子供たちの居る湘南の地を訪ねようと思い立ち,仙台から車を駆つて出かけたのですが,藤沢の長後にある次女の家に着くや,まず家内が風邪にとりつかれ,続いてそれが私にもうつり,往生いたしました。幸い平塚で内科を開業している次男の治療により,4,5日で両人とも治癒しましたので,1月5日に帰仙することに決め,朝7時に長後を立ち,東京をぬけて国道6号線に入りました。水戸では途中でパンクしたタイヤの修理をして貰つたり,朝食をとつたりして小憩の後,また一筋に走り続け,4時過ぎやつとわが家に辿り着きました。しかし旅の疲れも加わつてか翌日から両人ともまたぶり返し,暫くは寝たり起きたりてした。こんなわけで,研究の想い出の原稿にも仲々手がつかなかつたのですが,やつと1月半ば頃から健康をとり戻しましたので,曲りなりにもその責めを果たそうと筆をとつたわけです。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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