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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学23巻5号

1972年10月発行

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巻頭言

常識

著者: 東昇

ページ範囲:P.213 - P.213

 1971年11月11日,科学技術庁主管の国立防災科学技術センターの"がけ崩れ"の実験中に,15名の科学者が殉職するという惨事がおこつた。天災防止研究が人災の悲劇をもたらした。この種の偶発事故の際,"予想以上に"あるいは"予想を上まわつて"などと,よく報道される。この惨事の場合,予想をこえて,地すべりの速度が早かつた,予想以上に地すべりの地域が大きかつたと報道された。
 予想とは,いつたい何か。それは"科学の常識"と関連しているといつてよいであろう。科学とは何か。これまで数多くの答えがあつた。「科学は常識のエッセンスである」という故中谷宇吉郎博士(物理学者)の説明はもつとも分り易いものである。およそ常識は,時代とともに常に変動するという特徴をもつ。昨日の常識は破られ,あるいは拡張されて今日の常識となり,今日の常識は明日の常識によりおきかえられる運命にある。科学的真理には,もうこれでおしまい,ということはない。極限とも思つた知識の,さらにかなたにより深い知識を求め究めてゆくのが科学である。

総説

ショウジョウバエ神経系のモザイク解析

著者: 堀田凱樹

ページ範囲:P.214 - P.235

 Ⅰ.はじめに
 中枢神経系をごく単純化して考えると,感覚受容器が検出した時間的・空間的情報を,複雑なニューロン連鎖に沿つて伝える間に適当な処理をして,必要な情報を選択抽出して筋肉運動系に伝達するものである。したがつて生体が正常の行動を示すためには,感覚系・中枢・運動系のすべての素子が正確に連結されており正しく作動せねばならない。このニューロンの分化と回路網の形成は,本質的には個体発生の経過中に多数の遺伝子の指令に従つて行なわれるものであるから,その遺伝子に突然変異を誘発することにより中枢神経系変異種をつくることが可能な筈である。現在われわれの研究室ではショウジョウバエを材料として,アルキル化剤(エチルメタンスルホン酸)処理によつて高率に点突然変異を誘発し,行動異常を指標として感覚器・中枢神経および運動系の突然変異種の分離と解析をすすめている。遺伝子を利用して複雑なシステムに微小な誤り(perturbation)を導入しその結果を解析するというこの方法論は,分子生物学の領域では常套手段であるが中枢神経系への応用はまだ端緒が開かれたばかりである1)。ショウジョウバエに関して現在までに得られている行動異常変異種の具体例については別の機会2)に述べたので,ここでは個々の変異種を解析するにあたり第一に重要である異常の所在位置の解明法について述べる。

交感神経節における化学伝達

著者: 登坂恒夫

ページ範囲:P.236 - P.251

 Ⅰ.はじめに
 交感神経節に関する研究は,Langley1)2)(1891,1893)が交感神経節に対してnicotineが刺激的効果と興奮伝達阻害効果のあることを報告したことにはじめられたといつてよい。その後Dale3)(1914)が,AChにはnicotinicとmuscarinicの作用があるという新しい概念をうちだし今日の自律神経系の化学伝達機序解明の基礎を築いた。
 本総説の主題であるslow postsynaptic potentialsの発見は,Langley,Daleの報告より約30〜40年の日時が経過した後である。Eccles4)(1943)は,ネコのcurare処理した星状神経節で節前線維の刺激によつてsurface positive potential(P potential)が発生することをはじめて発見し,ついでLaporte & Lorrente De Nó5)(1950)は,Ppotentialにつづいて小さいが非常に時間経過の長いsurface negative potentialが発生することを見出した。

研究の想い出

教えを受けた方々のおもかげ

著者: 勝木保次

ページ範囲:P.252 - P.262

 研究の想い出を書けとの依頼であつたが既に何回か書いた事があるので,今更その蒸し返しをする気にもならなくて,少し趣向を変えてみようと考えた。というのも最近勝れた科学者の伝記を読むとしばしば勝れた科学者になるにはよき師につく事が一番よい方法であると述べられてある。直接弟子入りでなくとも若い間は単なる手伝い仕事でも後には大変役に立つ事があるものだとさえいう人がある。私も確かにその意見には賛成であり,研究室に入るにはまずそのスタッフをよく知る必要がある。今の時点でこの方面の研究が将来性があると考えたら,次にその研究室のスタッフについて知る事が大切である。
 この様に考えた時,私は大変師に恵まれたと思わずにはいられない。師匠といえば現代的には古いといわれるかもしれない。私の若い時代であつたからかもしれないが,今だに橋田邦彦先生は私の研究生活の柱だつたと思えてならない。先生の御最期は悲壮であつた。私自身は召集されて熱帯のジャングルの中に終戦を迎え,1年近い捕虜生活を送つて帰国して初めて先生の最後を知つたので,詳細は先輩の書かれたものを読んで知つたわけだつたが,死をもつて責任をとられた事は日頃教えをうけた私たちには,そうするより他なかつた事がよくうなづける(第1図)。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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