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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学25巻3号

1974年06月発行

雑誌目次

特集 脳の高次機能へのアプローチ 綜説

大脳における視覚情報処理

著者: 外山敬介

ページ範囲:P.185 - P.195

 はじめに
 大脳の最も重要な機能のうちの一つが,外界を認識することであるということは議論を待たないことかと思われる。外界の認識の代表的な例として図形の認識があげられるが,この図形の認識のモデルとして単純パーセプトロンがある。図1に示すようにこのモデルは,入力細胞,中枢細胞,出力細胞の三層より構成される。入力細胞から中枢細胞への接続はランダムに行なわれ,結合係数は+1(興奮)か-1(抑制)の値をとり,その値は固定されている。中枢細胞から出力細胞への結合係数は正〜負の実数でしかも可変である。すべての細胞は閾値をもち,入力が閾値より大ならば1(発火),入力が閾値より小ならば0(発火せず)の値をとる。このモデルは中枢細胞から出力細胞への接続の結合係数を適当に調節すると,出力細胞が特定の図形に対して1の値をとり,その他の図形に対して0の値をとるようにできる。すなわち,出力細胞は特定の図形を認識することができる。この単純パーセプトロンが,すべての図形を正しく認識するための必要十分条件は,入力細胞N個に対して中枢細胞の数が2N個であることである。いま,大脳を単純パーセプトロンであると仮定すると,大脳に入力する視神経の線維数は100万本で,大脳が万能である(すなわち,すべての図形を認識できる)ためには,21000000すなわち10300000。という途方もない数の中枢細胞が必要となる。

前頭葉機能の研究の神経生理学的アプローチ

著者: 久保田競

ページ範囲:P.196 - P.208

 筆者が前頭葉の神経機構の研究をはじめるにあたつて,なぜ遅延反応と前頭前野背外側部のニューロンとの関係をしらべることをはじめたかを概観する。ついで,そのために開発したPDP-12によるデータ処理について述べる。最近の研究成果は最終の論文の形で発表する予定であるのでここでは割愛する。

数理工学からみた脳の高次機能—連想記憶のモデル

著者: 南雲仁一

ページ範囲:P.209 - P.221

 Ⅰ.構成的方法
 与えられた標題「数理工学からみた脳の高次機能」において,「機能」とはいうまでもなく情報処理の機能の意味であろうが,「高次」の意味するところは必ずしも明確でない。しかし,ここでは,何らかの意味で,脳を構成する神経回路網の組織化(organization),あるいは可塑性(plasticity)に関係した機能を考えることにする。たとえば適応,学習,連想的な記憶などがその例である。
 つぎに「数理工学からみた」という言葉の意味をはつきりさせておかねばならない。ここでは,「構成的(synthetic),あるいは工学的でかつ定量的なアプローチによる」とでも解釈しておいていただきたい。ここで構成的(工学的)アプローチとはつぎのようなものである。

解説

パーセプトロンの理論

著者: 上坂吉則

ページ範囲:P.222 - P.229

 人工ニューロン,脳のモデル,生体工学,人工知能,パターン認識といつたことばが流行しはじめ,工学畑の研究者が生体との境界領域を手がけるようになつてから10年以上の年月が経過している。しかし,この方面の研究は目的が素人うけしやすいのとは対照的に,問題の本質的な難しさ,奥深さのために著しい成果がなかなか得られないのが実情である。それというのもこうしたサイバネティックスの問題にどのようにアプローチしたらよいか,という方法論的な検討が何よりも不足しているからであろう。この意味では,当を得ているかどうかが必ずしも定かでない生体モデルを舞台に実験的研究に辛苦するよりも,少しひき下がつてさまざまな方法論を打診していくこと—その結果は多くの場合失敗に帰するのだが—が意義のあることかも知れない。ここに紹介するパーセプトロンの理論もそういう意味での偉大なる失敗作の一つである。それゆえにこそ方法論模索の典型として高く評価できると同時に,この理論の創作者であるMITのMinskyとPapert両氏のすぐれた頭脳のひらめきをあますところなく鑑賞できる労作でもある。

タバコモザイクウイルスの形態形成

著者: 岡田吉美

ページ範囲:P.230 - P.238

 はじめに
 タバコモザイクウイルス(TMV)は,近代生物学の分野でつねにパイオニア的役割を果たしてきた系である。
 1935年,Stanleyは初めてTMVを純粋な形で取り出すことに成功した。ウイルスが,初めて化学物質として単離された歴史的実験である。続いて1937年,BawdenとPirieが,TMVにはタンパク質のほかにRNAも含まれることを見出した。こうしてウイルスの化学的本体が明らかになり,生物としての性質のいくつかをもつウイルスが,化学者や物理化学者の研究対象になりうることが示された。

展望と夢

神経科学の展望と夢

著者: 勝木保次

ページ範囲:P.239 - P.243

 はじめに
 神経科学について将来への展望を書くように請われてからずいぶん時がたつてしまつた。これは多忙のゆえもあつたが,一つは神経科学といつてはあまりに範囲が広すぎて,とうてい筆者にはこれを展望する資格がないと考えられるからで,筆を執る勇気が出なかつたのであつた。こうして日を過ごしていてはいつまでたつても責任を果たせず,いつも重荷を負わされていることになるので,思い切つてなるべく直接筆者に関係のある事柄に限ることにして責をふさがせていただくことにする。
 たまたま2月中旬,文部省科研費の特定研究「神経科学」シンポジウムが開かれた。特定研究である関係上,その大部分は計画研究であり,その研究結果はそれぞれの班の会議で討論されているが,これらの班に参加しきれなかつたすぐれた研究の発表を願つたのが2月15,16両日の午前中の発表であつた。午後は現在の神経科学のトピックスの一つと考えられている課題をとりあげ,若手のホープに,その専門領域における成果と展望を語つていただいたが,初日は「伝達物質から受容物質」であり,第2日は「脳の高次機能へのアプローチ」であつた。

実験講座

プロシオンイエローを用いた細胞内染色法

著者: 金子章道

ページ範囲:P.244 - P.250

 はじめに
 1968年StrettonとKravitz1)によつて,procion yellowを用いた細胞内染色法が発表されると,多数の研究者は直ちにこれをそれぞれの分野に応用し,この方法は短日時のうちに非常にポピュ「ラーなものとなつた。1972年10月にはIowa大学においてこれまでの成果をもちよつたシンポジウムが開かれ,ここでの発表論文をまとめた著書"Intracellular Staining in Neurobiology"2)が昨年暮れ出版されている。国内においてもすでに多数の方々がprocion yellowを応用され,成果を上げておられると思うが,今後試みられようとする方のために論文には記載されていない細かな手技をご紹介し,ご参考に供しようというのが本小篇の目的である。

サルの行動に関する心理学的実験法

著者: 室伏靖子

ページ範囲:P.251 - P.255

 はじめに
 従来,心理学では,知覚,学習,記憶,思考,欲求,感情,社会などの分野に分かれ,それぞれの分野に特色ある研究方法が案出されている。しかしいずれにしても,われわれが観察しているものが生活体の行動である以上,それらの分野に関係するすべての心的機能はつねに働いているわけである。知覚の実験で,実験者は生活体に与える入力(input)として,知覚過程に効果をもつと考えられる環境条件を実験変数として操作し,他の条件はできるだけ一定に保つことを試みるけれど,出力(output)としての行動は,必ずしも知覚過程のみの変化を示しているとは限らない。たとえば人間の場合に,"ここを凝視して,光がついたらすぐにスイッチを押しなさい"と教示するように,知覚のテストにも言語や運動学習がつねに含まれている。動物の場合は,実験者である人間と直接コミュニケートする言葉がないので,主として条件づけの手続きで,長期の学習過程をへて,はじめて知覚実験が可能になる。すなわち,知覚過程は実験者によつて実験結果から抽出され構成されるものである。
 そこで,動物の行動の実験的研究に欠くことのできない学習の問題について考えるならば,それは従来,古典的条件づけ,道具的条件づけ,弁別,運動学習,迷路などに分類されている。しかしここで注意すべき点は,これらは用いられる手法の種類であつて,学習行動に対する考え方ではないということである。

話題

第16回日本神経化学会

著者: 高垣玄吉郎

ページ範囲:P.256 - P.258

 昭和48年11月30日(金)・12月1日(土)の2日間にわたつて,第16回日本神経化学会が開かれたが,この学会としては時期外れであつた。この年の8月に,第4回国際神経化学会議が東京で開催されたので,国内学会の時期を例年よりもおくらせたためである。神経化学というそう広くもない領域で,1年に2度も学会が開かれると,聞き手の側はともかく,発表をしようという国内の研究者にとつてはかなりの負担である。したがつて,この年の日本神経化学会は,開かなくてもよいではないかという声も聞かれたのであつた。国際会議に出題した研究発表と同じ内容のものでも,国内の学会のほうで受け付けるという申し合せであつたため,蓋をあけてみれば,応募演題数は例年とほとんど変わることなく,学会も例年のように賑々しく滞りなく終つたのである。
 日本神経化学会は,①あらかじめかなりの長さの予稿(抄録)を提出すること,
 ②十分な発表時間をとつて,討論をつくすこと,
 ③会場をわけずに一会場とし,全員が発表を聞き討論に参加しうるようにすること,
 ④したがつて,演題数には自ずから限りがあるから,応募演題を審査して採否を決定すること,審査にあたつては,研究内容の優劣もさることながら,討論の対象とするのにふさわしいものを選考すること。

デトロイトの研究生活

著者: 岩田宜芳

ページ範囲:P.259 - P.260

 私がデトロイトで生活していたのは1971年8月から73年10月末までの2年少しの間である。最初の1年はWayne State大学医学部解剖の中にあるMorin Memorial Laboratoryでanatomical physiologyの仕事をし,2年目からMichigan大学医学部薬理のE. F. Domino教授が兼任している,同じデトロイトのLafayette Clinicの薬理研究室で,neuropharmacologyの仕事を1年少しの間した。
 二つの研究室ともデトロイトのdown townにきわめて近いところにあつたために,研究室の近くに住むことがとてもできず,down townからほぼ15マイル離れたところに家を借りて生活した。というのも米国の大都市が共通に抱えている問題の一つに治安の悪さがあり,昼間ならともかく,夜の1人歩きはとてもできないと聞いていたからである。それなら昼間なら安全かといえば必ずしもそうではなく,幸いなことに私はほとんど被害を受けなかつたが,1日のうちで同じ階の研究室の職員3人が研究室の建物のすぐ前にあるかなり広い道路を歩いていて,金をまき上げられる事件すらおきた。

François Chapeville教授のプロフィル

著者: 真野嘉長

ページ範囲:P.261 - P.262

 旧臘,昭和48年12月9日より23日までの2週間にわたり,日仏文化交流計画により来日されたFrançois Chapeville教授は現在ヨーロッパにおける分子生物学の領域で指導的な役割を果たしている少壮な研究者の一人である。
 彼は1924年のポーランド生まれで,本年49歳の働き盛りである。その基礎教育をポーランドで卒え,第二次大戦後フランスに渡り,帰化した。最初彼は獣医学を志し,Alfort大学獣医学部を1950年に卒業し,Paris大学獣医学部にHirudineに関する論文を提出して獣医学博士を授与された。これはHirudineの抗血液凝固作用に関する研究で,それがヘパリンの500倍も強い抗トロンビン作用を示したものである。そこで獣医学一般を習得する傍ら,基礎科学に興味をもつようになつた。それでSorbone大学に移り,そこの獣医学部の生理学教室において助手となり,生化学の研究を開始した。この時代には諸種の家畜の腸平滑筋の収縮に関する研究を行ない,1954年に生化学修士の称号を得た。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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