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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学25巻4号

1974年08月発行

雑誌目次

特集 伝達物質と受容物質 総説

シナプスとcyclic AMP

著者: 宮本英七

ページ範囲:P.265 - P.276

 はじめに
 1958年Sutherland一派は肝抽出物を用いて,エピネフリン,グルカゴンなどのホルモン作用を再現してみせ,その作用を仲介しているcyclic AMPを同定した1)。無細胞系で高次の生命現象であるホルモン作用がcyclic AMPという一つの物質の仲介によることが明らかになつた。その後このようなホルモン作用の伝達因子としてのcyclic AMPの働きは多くの系で見出され,さらに敷衍されて,細胞外の情報を細胞内に伝達するsecond messengerとしての地歩を確立するに至つたのである。
 脳神経組織の化学伝達系においては細胞間の情報が化学伝達という形で神経ホルモン(化学伝達物質)によつて伝えられる。他臓器にみられるホルモンとその標的組織あるいは標的細胞との作用伝達機構に関与する様式の類似性から,cyclic AMPが化学伝達機構に関与している可能性は高い。しかしながら,cyclic AMPがシナプス活動に何らかの役割を果たしていることを示す研究はまだ端を発したばかりであり,十分な証拠を得たとはいいにくい。発展の途上にあるといえよう。

伝達物質の神経細胞膜に対する作用

著者: 纐纈教三

ページ範囲:P.277 - P.285

 はじめに
 アメリカの研究室を引き払つて久留米大学医学部の第二生理学教室に帰つてきてすでに5年経過した。この間,実験室を少しずつ整備し,電気生理の実験に必要な最少限の設備を整えてきたが,この1, 2年,研究もやつと軌道に乗つてきたという感じがする。研究が軌道に乗つてきて,研究上でのいろいろな考えを実際に実験で検討していくことができるようになるのはその真実性の問題は別にして楽しいものである。ここでは,伝達物質の作用機序についてのこのような二,三の私達の考えについて述べ,読者の御批判を得たいと思う。
 私達はウシガエル(Rana catesbeiana)の腰部交感神経節を小さな脳(little brain)とよんで愛用している。この標本内での非常に複雑なシナプス伝達の機構は,中枢神経系内での情報伝達機構の一つのモデルとして考えることができるようである。

シナプス小胞と神経終末細胞質—膜再循環仮説とpresynaptic meshworkについての新しい知見

著者: 門田健 ,   門田朋子

ページ範囲:P.286 - P.305

 はじめに
 電子顕微鏡(電顕)による中枢神経系研究の初期にPalay133〜135),は神経細胞の主要構造の一つとしてシナプスをあげ,シナプス小胞(synaptic vesicles:SV)とシナプス膜肥厚(synaptic paramembranous densities)をその特徴的構造とした(図1)。このPalayの指摘はその後大きく展開した。まずGray63)によつて,type Ⅰ,Ⅱという中枢神経シナプスの分類がなされ,この2分類法は内薗172)のflat vesiclesの報告と相まつて現在はtype Ⅰ-球形シナプス小胞-興奮性,type Ⅱ-扁平シナプス小胞-抑制性という区分に到つているのは周知のとおりである68)。この神経終末に対する生化学的アプローチはWhittakerら64,180)およびDeRobertisら38,39)の脳シナプトゾーム(図3),SV(図4a,b)の分離によつて始められた。これらの電顕的構造が刺激伝達物質,その合成・分解の酵素系の局在と結びつけられて以来,これらの細胞下分画をめぐる伝達物質の種類・出納,またこれら分画の構成タンパク質・脂質・種々の酵素活性の割出しについての報告は多くなる一方である184)
 この綜説ではここ数年間の研究の展開からシナプス小胞と終末細胞質を主とした概説を試みる。

アセチルコリン受容体に関する最近の研究

著者: 大塚正徳 ,   小西史朗

ページ範囲:P.306 - P.313

 アセチルコリン(ACh)受容体を単離しようとする試みは1960年頃Chagas1),Ehrenpreis2,3)らによつて始められたが,成功には至らなかつた。ChagasはACh受容体を豊富に含む材料として電気魚の電気器官を選び,放射性gallamineによつてACh受容体を標識し,放射活性を目標に受容体を抽出,分離しようとした。しかしgallamineとACh受容体の結合が抽出,分画の途中ではなれ,目標が失われてしまうことが失敗の原因であつた。
 1960年頃から台湾のChang,Leeら4,5)はヘビ毒素の薬理作用を研究しているうちに,台湾産のヘビBungarus multicinctusが産生する毒素の一成分α-bungarotoxin(α-BuTX)がACh受容体と非可逆的結合を作ることを見出した。1970年代になつて131I,125I,3Hなどでラベルしたα-BuTXをACh受容体に結合させ,Chagasと同じような考えでACh受容体を分離しようとする試みが盛んに行なわれたのを初めとして,ヘビ毒素の応用がACh受容体を単離する大きな推進力となり,最近2〜3年の間にこの分野の急速な進歩をもたらした。

解説

ミトコンドリアのリボソームとタンパク合成系

著者: 栗山義明

ページ範囲:P.314 - P.326

 はじめに
 正常なミトコンドリアの形成には細胞内の二つの遺伝情報系──核DNAと細胞質タンパク合成系およびミトコンドリアDNAとそのタンパク合成系──の働きが必要であることが確かになつてきた1〜5)。とくにここ数年,生化学と遺伝学の二つの方向から,ミトコンドリアの機能に必須な要素であるチトクローム酸化酵素9〜13),オリゴマイシン感受性ATPase13)やミトコンドリアリボソーム6〜8)などの生合成におけるミトコンドリアの遺伝情報系の果たす役割が明らかになつてきた。ここではミトコンドリアの生合成の生化学的な研究に話題をしぼり,ミトコンドリアのリボソームを中心とするタンパク合成系とそこで合成されるタンパク質の性質について最近の研究の発展をまとめ,さらにチトクローム酸化酵素やオリゴマイシン感受性ATPaseの生合成における,ミトコンドリアで合成されるタンパク質の役割についても述べてみたい。

磁性体メモリ

著者: 対馬国郎

ページ範囲:P.327 - P.333

 われわれ人間をはじめとする生物の有する多くの能力の中でも脳で営まれる活動は,もつとも巧みなものであることはいうまでもない。このような脳の活動の中でも物を考え出したり記憶したりする能力はどのようにして作り出されているのであろうか。
 ところで,近年,半導体とか磁性体とかいわれる固体素子を無数に組み込んで作られているコンピュータの技術上の発展は目ざましい。コンピュータを好むと好まざるとにかかわらず,その影響を受けないで生活していくことはほとんど不可能といえるであろう。

実験講座

新しい落射螢光顕微鏡

著者: 植竹敏文 ,   米窪健

ページ範囲:P.334 - P.345

 今日使われている螢光顕微鏡はほとんど標本を透過する光で励起する,いわゆる透過型螢光顕微鏡である。厚い不透明な螢光標本に対して落射する光で励起する落射型螢光顕微鏡の考えは以前よりあつたが性能が十分でなく広く使われなかつた17,29)。7年前,ライデン大学病理学研究部のJ.S.Plocmがダイクロイック・ミラー(後述)を用いた新しい落射螢光照明系を提案し,ライツ34)とツァイス36)から,あいついでこの方式の顕微鏡が供給されたが,いままでにない性能と特長のため注目を集めつつある1,2,15,16)。(これはPloem式落射螢光顕微鏡とよばれている)。P1oem式螢光顕微鏡の性能は,従来の透過螢光顕微鏡のそれと長短あい補う関係にある。本題に入る前に螢光観察法そのものについて少しまとめておく。

ディジタル顕微鏡

著者: 平田幸男

ページ範囲:P.346 - P.355

 1.0 標題の名のついた製品も市販されていますが,本稿では,"ディジタル顕微鏡"ということばをやや広い意味で,顕微鏡を用いて標本の観察分析をする際に,標本からの情報を,量子化(ディジタル化)して読み取り,処理していく過程なり方法を指すことにします。私たちがこのような量子化の試みを行なう目的としてはいくつかのレベルのものがあります。すなわち,
 1.1 顕微鏡像からの情報の処理のうち,比較的単純な物理量の測定などを正確,迅速に行ない,さらに自動化をはかる(プログラム測定,測定結果のプリントアウトなど)。

研究の思い出

一生理学者の思い出

著者: 問田直幹

ページ範囲:P.356 - P.362

 中学生のころ
 そもそも私が生理学に志した根源のようなものが,すでに中学時代にあつたと思う。その頃[子供の科学」という雑誌が出た。創刊号の表紙には,まんまるい大きな十五夜の月を背にして笛を吹いている少年が描かれていた。原田三夫氏の月や星の話,また当時盛んになりつつあつたラジオ関係の記事が毎号連載されていた。
 私が県立福岡中学校に入学したのは大正12年だが,14年には日本ではじめてのラジオ放送局が東京の愛宕山にでき,JOAKとよばれた(熊本のJOGKは2年後,福岡のJOLKはさらに3年たつてからできた)。それに刺激され私はラジオの受信器を組み立てるのに熱中した。しかしJOAKを聴くには高周波増幅スーパーヘテロダイン方式の受信器が必要だつた。当時200円もかかるそんな受信機には手が出ないので,鉱石式や真空管1個の受信機に片耳のレシーバーで我慢せざるを得なかつた。もちろんJOAKはだめなので,玄海灘を通る船からの無線電信を傍受するというようなことでわずかに渇をいやしたものだつた。
 ところが,あんまりラジオの組立に熱中したせいか,学校の成績ががたつと落ちた。受持の先生には「どうしたんだ」と聞かれ,父にも「ほどほどにせよ」と釘をさされるしまつ。私自身も,間もなく四年生になるのだし,高等学校にはぜひはいりたい,というわけで当分ラジオのほうはやめることにした。そしてどうにか福岡高等学校(旧制)に入学することができた。

話題

ロックフェラー大学における研究態勢

著者: 浅沼広

ページ範囲:P.363 - P.365

 ロックフェラー大学はハーバード大学,エール大学など,アメリカとしては歴史の古い大学とは異なり,ニューヨークのマンハッタン区にある比較的新しい,小さな大学ですので,日本ではあまり知られていないと思います。簡単に歴史を書きますと,創設は1901年でJohn D.Rockefeller氏の寄付により,ロックフェラー医学研究所として出発したものです。
 当時のアメリカは欧州に比べればかなり後進国であり,満足な研究所も少ないという事情であつたようです。初代所長にはペンシルバニア大学の病理学教授であつたSimon Flexner博士がなられ,いろいろと創設の苦労をされたようです。1906年に現在のイースト河のほとりに新しい建物が完成し,当時の所員(約10人)が仮研究所から引越して落成式を行なつた記録がありますが,その中に日本人には懐かしい野口英世博士の名前も残つています。創立の目的は,当時は文化的に後進国であつた米国に,欧州の一流研究所に匹敵する研究所をつくることにあつたようで,そのためにFlexner博士が米国に適した新しい制度をいろいろと研究されたようです。興味のあることは,当時の日本にはすでに伝染病研究所があり,ロックフェラー研究所の設立の目標の一つになつていたことです。ちなみに,落成式の記録はつぎの文で始まつております。

CIBAシンポジウム「スターリングの心臓法則の生理学的基礎」に出席して

著者: 松原一郎

ページ範囲:P.366 - P.367

 骨格筋収縮のメカニズムが分子レベルで明らかになつてくるにつれて,その知見を踏まえて心臓の諸性質を見直す努力がなされている。その一環として,1973年9月12日にイギリスで「スタリーリングの心臓法則の生理学的基礎」と題するCIBAシンポジウムが開かれた。骨格筋と心筋の専門家が20名集まり,11の講演と活発な討論が行なわれた。
 スターリングの心臓法則は,いろいろな形でいい表わされる。たとえば,「心室が収縮する際になす仕事は,収縮開始直前の心室容積に比例する」というのが,一つの表現である。この心臓法則は,スターリング自身が強調したように,「伸展されるほど,大きな収縮張力を発生し得る」という心室筋線維の性質に基づいている。この性質の原因は,すでにおおまかに見当づけられている。つまり,in vivoの心筋が「長さ—張力曲線」の上行脚で働いているため,伸展によつて発生張力が増す。今回のCIBAシンポジウムでは,この考えが正しいかどうか詳しく検討された。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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