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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学25巻5号

1974年12月発行

雑誌目次

特集 生体膜—その基本的課題 総説

膜モデル

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.369 - P.377

 モデルはたいていの場合研究の発展にとつて助けとなるより妨げになることの方が多い。モデルはいわば彫刻であつて,生きものではない1)。Modelとmisleadingは小型の辞書では見開いた2頁にみつかるし,大きな辞書でも数ページとは離れていない。
 しかし,モデルとしばしば区別せずに使われるアナローグは実体とどこかが似ていればそれでよいのに対し,モデルは実体に基づいていなければならないし,それもできるだけ実体に近い方がよい2)。そういう意味ではワトソン-クリックの遺伝物質モデルなどが真のモデルというべきだろう。

生体膜の多様性と共通性—生体膜の形態学的分化

著者: 山田英智

ページ範囲:P.378 - P.389

 Ⅰ.生体膜とは
 生物が生命現象を営為するうえに,生体膜が基本的な重要性をもつことについては,誰もが認めていることであろう。しかし,生体膜という言葉で意味していることは,使う人と場合によつて必ずしも同一でないことが多い。たとえば,形態学的に像としてとらえられる"膜"が,生理学的に,あるいは生化学的に論義される場合の"膜"と同一のものをさしているかどうかは,実は確かめるのがそう容易ではないのである。しかし最近,これら三方面からの研究は相互に近づきつつあることもまた事実であつて,その間のgapは次第に埋められつつあるといえよう。
 さて,形態学的に"膜"というときは,共通の特徴をもつ一定の構造を示すものをさしているが,このような概念が確立したのは,電子顕微鏡細胞学の発達に依存している。

生体膜の流動性の生理的意義とそのコントロール—膜融合と関連して

著者: 浅野朗

ページ範囲:P.390 - P.401

 生体膜の構造が固定したものではなく流動しうるということはFryeとEdidin1)による実験で見事に示された。彼らはマウス由来の細胞と人間由来の細胞をセンダイウイルス(HVJ)を用いて融合させた場合に,それぞれの表面抗原が拡散によつて混じりあうことを報告したが,その結果はすぐに膜モデルに組み込まれてSingerとNicolson2)による生体膜の流動的モザイクモデルが発表された(1972年)。この膜モデルはそれまでの単位膜モデルやサブユニットモデルの長所を失なうことなく取り入れ,欠点を除いている点ですぐれているために,広く一般に受け入れられている。ところで,このような生体膜の流動性が,どのような生理的な意味をもつのかについてはまだ不明な点が多い。たとえば流動性,いいかえれば膜上での分子分布が変わり得るということが,何らかの積極的な意味をもつのか,またそうだとすればそのコントロールメカニズムがあるのかなど,いくつかの基本的な問題がある。そこでここではいままでにわかつているところを整理し,問題点をはつきりさせてみたい。

生体膜の動態—タンパク質の代謝回転

著者: 大村恒雄

ページ範囲:P.402 - P.408

 生物体を構成する種々のタンパク質が絶えず代謝回転していることは,同位元素によつて標識されたアミノ酸の使用によつて確立された事実であるが,生体膜のタンパク質もその例外ではない。細胞内に存在する小胞体,ミトコンドリアなどの小器官の膜のように活発な物質代謝活性に関与し,形態的にも絶えず変化を示す膜についてはもちろん,神経繊維のミエリン膜のように,代謝的に全く不活発でかなり硬い構造をもつていると思われる膜についてさえ,膜のタンパク質の代謝回転が認められている。膜タンパク質の代謝回転についての研究は比較的最近になつて始められたもので,タンパク質の細胞内における分解過程やその機構などもまだほとんど明らかになつていないが,細胞内における生体膜の動態を理解するためには欠くことのできない研究分野である。

解説

膜脂質の存在状態—脂質流動性,天然膜と人工膜の異同

著者: 井上圭三

ページ範囲:P.409 - P.426

 はじめに
 生体膜の主要構成分がタンパク質と脂質であることは衆知の事実である。最近SingerとNicolson1)は"fluid-mosaic model"を新しい膜のモデルとして提出し,一般に受け入れられるに至つている。膜脂質の主要成分はバクテリア,植物,動物にわたつてリン脂質であり,動物の表面膜やリソゾーム膜ではコレテスロールがリン脂質と約等モル存在する。X線回折,NMR,ESRなどの機器分析やその他以下述べるような天然膜と脂質人工膜の類似点から,膜脂質の約80%以上はいわゆる二分子層を形成していることは疑いないとされている。残りの"minority"としての脂質がどのような存在様式をとつているかについての知見は乏しい。今回ここで述べるのも"majority"としての脂質の存在状態についてである。二重膜を構成している脂質は流動性に富んでいて通例生理的条件の下ではいわゆるスメクト型液晶構造(smetic mesophase,liquid crystal)をとつている。スクメト型液晶とは液体と結晶の中間の性状を示す構造体のうち等方性を二方向に対して示すものをいう。

生体膜の自己構築性

著者: 香川靖雄

ページ範囲:P.427 - P.435

 はじめに
 生体膜の構造をいろいろな程度に破壊しても,条件によつてはその構造や機能を再現できる。このことをミトコンドリア膜の呼吸系についてはじめて実証したのは,柿内1,2)らであつた。すなわち心筋などの呼吸活性は,アセトンなどの有機溶媒抽出でリン脂質を除くと失われ,リン脂質を再添加すると回復される。これに伴うミトコンドリアの形態変化も観察されている。その後タンパク質や核酸などの生体高分子の研究がすすみ,タンパク質の場合,ペプチド結合(一次構造)さえ残つていれば,条件によつてふたたびもとの高次構造(二,三,四次構造)が復元されること,DNAやRNAの場合も,G-C,A-U(またはT)の水素結合を切断して高次構造を破壊しても,条件によつてはかなり複雑な高次構造が再現されることが確立されたかにみえた。これらの現象は自己構築性(self association)とよばれ,高次構造形成の機序と考えられているが,その内容は複雑であり,また自己構築性をほとんど欠いている例も少なくない。そこでまず高次構造の形成には原則としてどういう要素が必要かを調べてみよう。

超薄切片法における脱水剤および包埋剤としての合成樹脂について

著者: 串田弘

ページ範囲:P.436 - P.446

 はじめに
 電子顕微鏡が1939年末期より1940年初期にかけて市販されて以来,生物組織の内部構造を観察することが行なわれた。しかし,その方法には光学顕微鏡的切片法が用いられたので,約10年間にわたつて生物組織の内部構造は電子顕微鏡で観察されるにいたらなかつた。それは包埋された組織片が電子顕微鏡で観察される切片の厚さに薄切できなかつたためである。すなわち,50〜80kVの加速電圧の電子顕微鏡では切片の厚さが0.1μ以下であるため,光学顕微鏡的切片法におけるパラフィン,セロイジン,カーボワックスなどの包埋剤ではその厚さの切片を得ることが不可能であつた。
 電子顕微鏡的切片法,すなわち超薄切片法における最初の考案は包埋剤について行なわれた。その包埋剤には,メタクリル樹脂がNewmanら(1949)1)により用いられた。さらに,それに基づく固定法,超ミクロトームおよびガラスナイフなどの考案が行なわれて,表1に示されるような第1期の超薄切片法ができた。さらに包埋剤の改良が行なわれた。メタクリル樹脂よりすぐれた包埋剤のエポキシ樹脂およびポリエステル樹脂が用いられた。そこで第2期の超薄切片法ができた(表1)。この方法が現在広く用いられている。また,組織化学の進歩に伴い,水溶性合成樹脂が用いられるようになつた。この樹脂は脱水剤だけでなく,包埋剤として用いられているものが大部分である。

実験講座

生体膜の動態—脂質の代謝回転

著者: 和久敬蔵

ページ範囲:P.447 - P.454

 はじめに
 生体膜脂質の代謝回転速度を測定する研究については,肝ミクロゾーム,筋小胞体などを用いて数多くの研究が行なわれているが,本章ではまず最初にリン脂質全体の代謝回転を知るために筆者らによるウサギ筋小胞体でのin vivoにおける種々のリン脂質への生合成前駆体の取込み実験を通して,その研究の意義およびその限界またA. Martonosiによるラット筋小胞体リン脂質,およびタンパクのhalf-lifeの測定について述べ,さらに一般的にリン脂質構成成分であるグリセロール,脂肪酸,リン,塩基の個々の部分の代謝について考案し,一つの分子であるリン脂質のそれぞれの構成成分が,どのように合成または変換が行なわれているかを考察したい。

カニの平衡胞感覚線維のコバルト染色と平衡胞の灌流刺激

著者: 岡島昭

ページ範囲:P.455 - P.463

 感覚器や感覚細胞の生理学的な研究にとつても,実験の目的にかなつた「うまい材料」をみつけることの重要であることは多言を要しない。筆者らはカニを用いて,平衡胞の感覚入力による眼柄筋運動制御の中枢機構を調べてきたが11〜13),この材料は実験の取扱いの容易さ,システムの複雑さの程度などの点で中枢機構の研究に適しているほか,感覚生理学的な研究にも好都合な面が多いように思われた。筆者らの平衡胞の感覚生理に関する研究はごく大づかみのものであるが,この実験を通じて気づかれたいくつかの点を述べてみよう。
 カニの平衡胞に関する研究は予想外に少ない。機能の概観を得るため,本論に入る前に簡単に紹介すると,その形態学的な研究は古くHensen6)(1863)にはじまつている。彼は詳細な形態学的知見に基づいて,カニの平衡胞が脊椎動物の内耳に相当する平衡感覚と聴覚の機能をもつと結論した。感覚毛の形態をはじめとする彼の記載そのものは,一,二の細かい点を除いて現在の知見に照らしても正確である。その後,Prentiss10)(1901)は同じく形態学的な根拠から,エビやカニの仲間(十脚類,decapod Crustacea)の平衡胞の聴覚機能を否定し,さらに,カニの平衡胞は見掛け上脊椎動物の半規管と似た形態をもつが,実は平衡胞の内液が外液と通じていて,閉鎖管系をなしていないという理由から,半規管と同様に運動感覚に関与するという考えをも否定した。

講義

運動神経細胞の性質は支配筋肉と無関係か?

著者: 久野宗

ページ範囲:P.464 - P.473

 日本を離れてかなり長くなりますので,このような機会に昔の友達にお会いしたり,こうして皆さんと仕事の話をできるのを,非常に嬉しく思います。この機会を設けていただいた伊藤さんを初め,今日お集まりいただいた方々に厚くお礼申し上げます。
 今日の話は,哺乳動物の運動神経細胞と,それが支配している骨格筋の性質の間における,相互作用についてで,近頃のはやりの言葉でいいますと,この両者間のtrophic actionあるいはinductive functionについてお話したいと思います。

話題

Chapel Hillにて

著者: 宮田雄平

ページ範囲:P.474 - P.476

 Chapel Hillはアメリカ合衆国ノース・カロライナ州のほぼ中央に位置している。緑に囲まれた静かな大学町である。ノース・カロライナ大学医学部生理学教室の久野宗教授のもとで神経生理学を研究するために,この地に来たのは1973年5月のことであつた。このChapel Hillの町には大都会のもつ一切の雑多性・騒々しさはなく,軽い眩暈を感じさせるほどの静かな,落ち着いた雰囲気をもつている。短い期間での,個人的な見方になりますが,Chapel Hillおよび久野研究室における研究生活をご紹介したい。また,ノース・カロライナ大学は日本の方にあまり知られていないので,歴史を中心にご紹介したい。

医者としてのNicolaus Copernicus

著者: ,   酒井シヅ

ページ範囲:P.477 - P.485

 コペルニクスNicolaus Copernicus(1473〜1543)の生涯は宇宙の理法と天体の運動の調和を探求し,真理を発見して中世の科学の根本的な変革をもたらした男の物語である。コペルニクスといえば有名な地動説のために傑出した天文学者として知られている。最近まで,彼が医者としても有能で,患者に親切で,職務に忠実であつたことを彼の伝記や業績を調べている者以外は知らなかつた。
 医学界でのコペルニクスは"アスクレピアデスのような人だと尊敬されていた。というのは彼自身で薬物を調合し,みずから試し,彼を神のように慕う貧しい人々に薬を与え,非常に豊富な薬物の知識を身につけていた"。と歴史家シィモン・スタロフスキSzymon Starowskiがポーランドの著名人の伝記"Scriptorum Polonorum Hecatontas"のなかで述べ,さらに新しい宇宙論を立てたひととして—いまこの人物の生誕500年を祝う—医者としても優れていたが,政治家でもあり,芸術家でもあり,経済学者でもあつたと述べている2,13,15,18,23)

心筋のvoltage clamp法に関するシンポジウム

著者: 大地陸男

ページ範囲:P.486 - P.488

 ヨーロッパではフランス,ドイツ,スイスなどで心筋のvoltageclampという狭い領域でかなり多数の研究者により密度の高い研究が行なわれている。それらの人達が中心となつて心筋の生理学に関する小規模ではあるが国際的な会合が毎年のようにもたれているようである。
 1970年,パリ大学(Orsay)でCoraboeufによつて組織された"心筋の電気的活動"についてのセミナーは活気にあふれていた。それはRougier,Vassort,Garnier,Gargouil,& Coraboeufがカエルで,Reuter & BeelerやMasher & Peperが哺乳類で,活動電位のプラトー形成に与るslow inward current(Ca電流)の存在を発表した翌年にあたつていた。Reuterの有名なCa電流の論文(J. Physiol)の校正刷がcoffee breakに披露されて人々はそれに群がつた。筆者もslow inward currentの実験でINaを除去するのにholding potentialを脱分極側にずらして不活性化したのはReuterと一致して賢明であつたと満足したりした。1970年の会合では,slow inward currentの存在を疑うものはいなかつた。

第8回 国際電子顕微鏡会議

著者: 永野俊雄

ページ範囲:P.489 - P.491

 第8回国際電子顕微鏡会議がオーストラリアのキャンベラで8月25日より8月31日まで開催された。この会議は国際電子顕微鏡連合によつて,第1回は1949年光顕微鏡の発明者リュウエンフックで名高いオランダのデルフトでたつた200名の参加者で開催され,以来ロンドン,ベルリン,フィラデルフィア,京都,グルーノーブルについで行なわれたものである。会場はキャンベラの国立オーストラリア大学の広大なキャンパスで行なわれた。キャンベラの8月はちようど東京の梅と桜のまざつたような季節で空気はすみきり,日本の雑踏の中の生活とは全くちがつた環境であつた。
 会議には地元のオーストラリアの人を含めて約1000人出席し,開会式と第1日目の午前の特別講演を除いて10会場に分れて月曜より土曜まで1日の遠足を除いて行なわれた。だから全部学会を聴いたとしても10%しか発表をきくことはできないことになる。国際電子顕微鏡学会にかぎらず,この種の国際会議はその範囲が拡大し研究者が増加することで研究発表が厖大になる。それ自体は喜ばしいことであるが,そのあり方については最近の会議ごとに批判があがつている。これはなかなか難しい問題であり,研究発表数を制限するか,会期を長くするかなどの方法しか考えられない。

NIHでの研究生活と印象

著者: 福田潤

ページ範囲:P.492 - P.496

 「あんたの細胞はどんな具合なの?」。毎朝,黒人のテクニシャン,マリーがこう尋ねるのが朝のあいさつになつています。「素晴らしいもんだよ,マリー」と答えられる日は,私の実験もきつとうまくゆくでしよう。そのような日はそうたびたびあるものではなく,たいていは「まあまあだな,マリー」。ときには,「ひどいもんだよ,まつたく。皿の中がサハラの砂漠みたいで,何も生きちやいないよ」。こんな日にはどういうわけか他の人の組織培養をした細胞の具合も悪くなつており,皆がマリーにいろいろ細々した注文をつけます。たとえば「ここでタバコを吸つたり,コーヒーを飲んだりするのやめようよ。マリー」。マリーも,他人の細胞の具合はともかく,大好きなコーヒーやタバコをよせとまでいわれるのがとてもつらいらしく,そこで毎朝顔をあわせると「あんたの細胞の具合どうなの?」。

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生体の科学 第25巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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