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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学26巻3号

1975年06月発行

雑誌目次

特集 細胞表面と免疫

特集「細胞表面と免疫」によせて

著者: 山本正

ページ範囲:P.197 - P.197

 "生体の科学"の編集陣はなかなか味のあることを企画する。本来なら本文はその編集陣がこの特集を組んだ意図を明らかにしてみせるところであるのに,筆者に何か書けと命ずるのである。免疫学も変わつたが編集陣も変わつたというべきである。
 免疫学が変わつたのは,まずはその免疫細胞学的研究の飛躍的進展によるものということができようか。免疫化学が主力をそそいだ抗体グロブリンを含めて体液中の生体分子は所詮いずれかの生体細胞の産生したものである。その意味からは抗体産生細胞としてのプラズマ細胞などに集中し,その抗体産生機構をめぐる問題を取り扱うのも一つの方向であつたろう。しかしそれはバクテリアなどを中心に進展した分子生物学の延長線にあるものと評されたかも知れない。

総説

細胞性免疫におけるchemical medlator(s)

著者: 橋本達一郎 ,   美誉志康

ページ範囲:P.198 - P.209

 細胞性免疫という概念は研究者によつてざまざまに定義されたが,現在具体的には,免疫現象として遅延型アレルギー,同種移植片拒否反応および細胞内寄生性病原微生物に対する感染防御反応などを指し,抗体による液性免疫と区別さるべき特徴としてつぎのような共通点があげられている。
 ①1942年LandsteinerとChase1)が初めて報告したように,受身感作が血清抗体では成功せず,感作リンパ球によつて実現される。

オリゴ糖鎖と免疫現象

著者: 入村達郎 ,   大沢利昭

ページ範囲:P.210 - P.219

 はじめに
 動物細胞の表面には複合糖質が多様な形で存在していることは,今日広く知られている。糖残基は細胞膜では外側の表面のみに存在しており,細胞内で合成されたタンパクが細胞外へ分泌されたり1),細胞膜の外側表面に露出したりする過程2)に糖残某の付加が関与しているとする考えもある。結果として,細胞と外界,すなわち他の細胞や各種のリガンドとの相互作用に,糖分子がきわめて重要な役割を果たしていると考えられる。このような複合糖質のうらで,細胞膜の基本的な構成成分の一部となつているのはオリゴ糖鎖をもつ糖タンパク質と糖脂質である。構成成分となつているということは,これらの分子が直接にあるいは膜のダイナミックな変化を介して,細胞外の情報を細胞内に伝達し細胞内代謝に変化を引きおこしうる可能性をもつていることを示している。とくに糖タンパク質には膜を貫いて存在することが知られているものがいくつかあり,このような意味で重要であると考えられる。さらに,これらの分子のオリゴ糖残某の構造は多様であり,血液型で代表されるような細胞表面特異性を決定する重要な因子となる。したがつて,細胞は複合糖質を通して(もちろん糖残基そのものは直接関与しない場合もあろうが)情報を与えあるいは受けとつてこれを細胞内へと伝えていると考えられる。

IgM分子と細胞表面

著者: 清水章

ページ範囲:P.220 - P.231

 IgM類似の抗体分子がリンパ球表面に存在し,これに抗原が特異的に結合することが,リンパ球から抗体産生細胞へ分化増殖するために必須のステップの一つである。こうして分化したリンパ球は体液性抗体を作る一方,細胞性免疫をになうリンパ球もほぼ同様の機構で増殖するものと思われる。細胞性免疫にかかわるリンパ球もその表面に抗体様分子をもつており,この分子が抗原と結合すると考えられる。リンパ球表面の抗体分子と,抗原と,細胞膜との相互作用はmodern immunologyの主要課題の一つである。抗原がレセプターである膜上の抗体分子の可変領域に結合することによつてレセプター分子におこる変化が,リンパ球表面の他の分子を変化させ,細胞内のなんらかのmessengerが活性化し,遺伝子の発現が変化するという免疫分化の引金の機構が想定される。これらを正しく理解するために,私はやはりレセプター分子の化学的性質を把握することが基本的に重要であると考えている。レセプター分子と細胞表面他成分とのassociationの仕方を明らかにすることは,細胞表面レセプターとそのligandが結合して細胞の機能上の活性を変化させるという一般的な機構を理解するためにも必要であろう。抗原刺激を受ける前のリンパ球のレセプター分子はIgMのモノマーが主であるとされている。

解説

IgMの構造

著者: 篠田友孝

ページ範囲:P.232 - P.238

 IgMクラスの免疫グロブリンの存在は早くから知られていたが1)本格的な構造研究の対象となつたのは比較的最近のことである。このクラスの抗体は抗原刺激後早期に産出され,IgGクラスよりはやくピークに達するが,比較的短時日で代謝されてしまう。また,IgMクラスは粒子状抗原により敏感に誘発されること,細胞表層部に存在するレセプタータンパク,とりわけB細胞に属する抗体産生細胞の前駆細胞に存在する免疫グロブリン様タンパク質として興味を集めるようになつた。これらレセプタータンパクの大半は抗原的にはμ鎖系であるから,IgMあるいはIgMsそのものか,または近縁な分子種と考えられる。
 IgMはまた細菌凝集性活性,溶血活性あるいは赤血球凝集活性などがIgGクラスの抗体よりは一般に高いことが認められているが,これはIgMが5量体を形成し,多価抗体として存在していることに起因する。多価結合をすることによつて抗原との親和力が増加する結果,ごく低濃度でも他クラスの抗体と比較してより有効な生理活性を示すと考えられる。ワルデンストレムIgMの結合価は10価を示すが,免疫で得られたIgM抗体では時として5価しか示さない場合や,10価のうち強弱2群と考えられるような挙動を示す場合がある。したがつて,IgM抗体の分子内では結合親和性において不均一ではないかとの疑問も生じる。

生細胞の凍結—低温生物学の一課題

著者: 根井外喜男

ページ範囲:P.239 - P.246

 Ⅰ.低温生物学とは
 Cryobiologyという新しい学問分野がある。われわれは,これを日本語で低温生物学と訳した。cryoの語原は,元来ギリシャ語のkryosに発し,coldとかfrostという意味であるといわれる。古くはlow temperature biologyといういい方で使われていたが(とくに英国系において),この頃といつても,ここ10年ほど前から,cryobiologyという言葉がすつかり定着してしまつた。これに対応する低温生物学という日本語も,いまではだいぶ普及してきたとは思うが,その詳しい内容について,まだ一般の人が十分な理解をもつまでには至らない。筆者自身,機会あるごとに,低温生物学に関する研究の歴史や現状について,できるだけ多くの人に紹介してきたつもりではあるが,なんといつても若い学問分野であるから,関心を示す人はまだそう多くはない。
 低温生物学でいう生物学とは,狭い意味の動物学や植物学だけにとどまらない。広く生きとし生けるものすべて,さらに,それらから取り出されたもの,生命をもたない物質レベルのものまで,研究の対象としてとりあげられるものと理解していただきたい。したがつて,低温生物学は,医学,薬学をはじめ,農,林,水,畜産領域から工学の一部をも含むもので,いわゆる学際的というか,広い範囲にわたる境界領域を占めるところの,しかも比較的近年発達した新しい学問分野なのである。

実験講座

レーザー光による組織の微小破壊

著者: 伊藤文雄 ,   黒田英世

ページ範囲:P.247 - P.251

 Ⅰ.生物学および医学の研究におけるレーザーの利用
 最近,生物学や医学の分野でのレーザーの応用は,特に眼科などで一層進歩した。さらに新しいシステムや新技術が進歩すれば応用の範囲は拡がるだろう。ただ安全性に問題があるとか,いろいろの分野の間の相互関係がしばしば欠除していることなどは重視すべき点である。
 現在では紫外部から赤外部までのいろいろな波長を出す多種類のレーザーがあり,continuous wave laser systemのほかに,msecからnsec,さらにはpsecまでの幅のpulse laser systemが開発されている。従来のレーザーは表1に示したものが生物学にはよく用いられる。この内でも紫外線レーザーは生物学の分野で利用度が多い(用途によつては,遠紫外の光を出す超高圧水銀燈を光源とするUVマイクロビームの方がよい場合もあろうし8),経費も少なくてすむ)。これは普通neodymium YAG laser systemからのように,ultraviolet doublerで得られる。最近では全スペクトル域にわたつて選択照射しうる,いわゆるtunable dye laserが生物学の研究に用いられるようになつた。将来はminiature semiconductor laser systemが組織や体腔の深部の照射のために用いられる可能性もある。

凍結超薄切片法

著者: 徳安清輝

ページ範囲:P.252 - P.256

 はじめに
 約20年前,超薄切片法が実用化されて以来,細胞および組織の超構造に関し,膨大な情報が得られてきたが,OsO4による固定,化学溶媒による脱水,プラスチックによる包埋が,タンパク質,リピドその他の高分子に悪影響を与え1),高分子レベルでの構造解析,または,組織化学的研究への一般的応用には不適であることも,明らかになつた。したがつて,酵素の位置の同定には,包埋前に特異的重金属沈殿をおこさせ,これを切片中にみることによつて,酵素の位置を認定するという方法がとられた。
 他面,そのような沈殿作用を期待できないようなタンパクその他の物質の場合,抗体2,3)またはレクチンを4)フェリチン2,4)またはパーオキシダーゼ3)でマークしたもので,標識するという方法がとられたが,これらはいずれも無処置の生体膜を透過せず,応用上の大きな制約となつた。この制約を克服するために,①凍結融解法,②水和性メタクリレートでの包埋5),③formaldehyde固定後,パーオキシダーゼと抗体の複合体を細胞へ滲透させる方法3),④ウシ血清アルブミン(BSA)に組織を包埋後切片とする方法6,7)などの数々の努力がなされたが,①,③では抗体が抗原に一様に到達する保証がないこと,②,④では抗原が包埋過程で変性されず,しかも高濃度で存在する場合に限られることなどの問題が残つている。

講義

骨格筋細胞における横細管系の構造と機能

著者: ,   石川春律

ページ範囲:P.259 - P.267

 この講義の主題に入るまえおきとして,脊椎動物の運動単位の構造と機能について簡単にまとめてみましよう。運動単位は,形態学的にはひと続きの構造としてみることができ,機能的にはこれらの構造に関連しておこる一連の出来事としてみることができます(図1)。運動神経のインパルスは中枢神経系でおこり,運動神経線維(軸索)に沿つて,伝播性の活動電位として伝わります。このような活動電位のメカニズムはナトリウムイオンの流入と,神経線維からのゆつくりしたカリウムイオンの流出に基づいています。このことについては,HodgkinとHuxleyの有名な実験的および理論的分析があります。神経細胞の活動電位が運動神経終末ないしは神経筋接合部に達すると,化学伝達物質を介して,数msecで筋線維の全表面にひろがる伝播性活動電位がひきおこされます。この筋線維表面の活動電位のメカニズムも,神経細胞の活動電位のメカニズムに非常によく似ています。これについては,最近,Adrian,Chandler,Hodgkin1)による研究があります。つぎの段階は,筋線維内で電気信号が横細管系(T-system)の膜に沿つて内部へ伝わることです。私の講義のはじめの部分で,この段階の構造上の基盤に焦点を合わせてお話いたしましよう。そのつぎの部分で,横細管における電気的出来事について触れるつもりです。

話題

毒作用研究会

著者: 酒井文徳

ページ範囲:P.268 - P.270

 今回,表題にあるような研究集会の発足を提唱し,2月10日に第一回の会合をもつた会の参画者の一人として,このような会についての考え方を書けとの編集部よりの依頼に接し,日頃この領域について考えていたことの一端と,あわせてこの学問領域が将来志向する方向についての私なりの希望を書いてみたい。

日米セミナー「摂食の神経性調節と肥満」に出席して

著者: 新島旭 ,   大村裕

ページ範囲:P.271 - P.274

 欧米諸国においては女性5人に1人,男性では7人に1人が肥満体であるといわれているが,最近日本でも肥満者の増加が指摘されている。肥満のおもな原因は過食であるといわれているが,他方,食欲不振に悩む人々の数も少なくない。
 最近10年間における摂食機構の研究の進歩は目ざましく,摂食をおこすしくみ,あるいは満腹時に摂食を止めるしくみなども明らかになりつつある。研究の進歩には"食欲に関する中枢"への微小電極による,とくに多連電極による研究が大いに役立つている。多くの研究者が摂食機構に関心をもちはじめつつある。このような時期に,摂食と肥満に関する日米セミナーが,日本側,大村教授(九州大・医・生理),米国側,Wayner教授(Syracuse大・心理)により企画され,日本側へは学術振興会の多大の援助のもとに,日本と米本土との中間地点のハワイで行なわれたことはまことに喜ばしく意義のあることであつた。

日本を訪れて

著者:

ページ範囲:P.275 - P.275

 昭和49年10月より10年2月にかけて100日あまり,日本学術振興会の招へい研究員として日本に滞在する機会を得ました。以下に記すのはその間に得た私の日本に対する印象です。
 日本の科学,とくに私の専門とする神経科学についていえば,日本の現状は私がこれまでアメリカおよびフランス両国で体験したところと大変に似かよつています。100日間の体験では深く分析することはできませんが,もちろん小さな差異は見出せます。とくに印象に止めたことの一つは神経科学がいまや経済大国となつた日本のもつ資力の分配を受けていないということです。現在のように世界中いたる所で経済的困難に見舞われているときにはあらゆる科学の分野が財源に苦しんでいますが,資力の減少の厳しさはその減少がどの水準から始まるかによつて大いに異なります。したがつて日本の数多くの創造的,革新的な神経科学者はその独創的な研究や着想が他の国にあつて設備も人力も,もつとよく整つた研究室に働く仲間によつてあつという間に押L進められていつてしまうのを見守るという危険に曝されているのです。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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