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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学26巻5号

1975年10月発行

雑誌目次

特集 脳のプログラミング 総説

順序制御と神経回路

著者: 高橋秀俊

ページ範囲:P.389 - P.395

 Ⅰ.順序制御とは何か
 今回の特集の主題であるところのプログラムという言葉は,ギリシャ語で,前に(pro-)書く(gram)という意味である。ラテン系の言葉にすればprescribeで,何何をするかをあらかじめ決めておくというわけである。何々という内容は,同時にいろいろのことをするのでもまた,何のつぎには何と,順序を逐つてするのでもよいわけであるが,音楽会のプログラムというような例をひくまでもなく,どちらかというと逐次的にする場合の方が普通のようである。そして,工学の術語としてのプログラム制御というのもまたそのようなものを指し,いくつかの動作を決まつた順序でつぎつぎと行なわせるような自動機械の制御方式を意味する。昔からある時計仕掛の自動人形,自動ピアノなど,また最近いろいろとできてきたいわゆる自動式の家庭電器たとえば,まず石鹸水で洗浄し,つぎに清水ですすぎ,そして最後に遠心脱水機で水をしぼりとる自動式洗濯機など,まさにその例である。
 生体においても,そのようなプログラム制御が行なわれていることは疑いのないことである。たとえば,歩くという動作は,多数の筋肉に一定の時間的な順序で正確な指令を発することによつて行なわれるわけである。われわれはそのためにいちいち,脚を上げようとか,前へ出そうとかいうことを考えてするわけではない。

プログラムされた神経活動とコマンド・インターニューロン

著者: 池田和夫

ページ範囲:P.396 - P.407

 はじめに
 生体がたえず変化する環境に対応しつつ,1個体としての生存を維持し,さらに,生殖,発生,成長を繰り返して,系統としての生命を維持する姿をみるとき,生体と環境との関連の見事さに目をうばわれる。このような生体の姿から,生体のあり方の理解は環境との関連においてのみ行なわれるものであつて,環境と切り離した生体の理解は不可能であることが示唆される。このことはギリシャ以来,識者の注目をひき,形而上学的には生命哲学を生み,形而下学的には個生態学,群生態学,さらに,近年のethology発展の骨幹となつて,幾多の業績を生んできた。このような生体のあり方は,もちろん,生体の生理的機能に支えられてのみ可能であるから,生体のあり方が環境と見事な関連を示すためには,その生理機構がそのように作られていなければ不可能である。
 1個の生体において,協関作用の中心的役割を演ずるのは,その神経系と内分泌系である。これらの系が,生体の置かれた環境条件を的確に把握して,その条件に合致する生体のあり方を決定し,生体内のその他の系に,それぞれのあり方を伝えることによつて,生体と環境との協関が成立することになる。このことは,神経生理学においては,知覚系,統合系,運動系のはたらきとして理解される。つまり,神経生理学的にみた生体とは,環境条件に合致した行動のあり方を決定することのできる情報処理機をもつた存在であり,その情報処理機は神経系である。

小脳室頂核刺激でトリガーされる起立性循環反応と攻撃行動

著者: 道場信孝

ページ範囲:P.408 - P.419

 はじめに
 循環系の調節における中枢神経系の重要な機能の一つは,広く分布する心脈管系に,行動に応じて特定の反応パターンを作り出すことである。いかなる行動においても,その行動に付随した特徴的な心脈管反応のパターンがあり,これは外界からの刺激に対する統合された反射反応として現われる。このパターン化した心脈管反応は,固定した中枢プログラミングによつて遂行されるものであり,ある範囲内では常に予測される反応である。他の運動系の場合と同様に,パターン化した心脈管反応は中枢神経系内で階層的に制御されていて,その支配形式には多くの重複がみられ,精密な調節が行なわれている47)。行動に付随するパターン化した心脈管反応のもう一つの特徴は,それが行動に伴う運動の遂行と密接に結合していることである。特定の行動を開始する際に,体性機能と自律神経機能を同時に制御するcommand neuron的な機構が哺乳動物の中枢神経系内に存在するか否かは興味ある問題である。
 小脳による心脈管系の制御は古くから論じられているが,近年に至るまでその制御機構の詳細は述べられていない。運動機能に対する小脳の制御機構は,近年の著しい研究の進歩によつて次第に明らかにされている。小脳前葉は姿勢の保持のための反射弓と並列に結合されており45),これと同様の機序が心脈管系の制御でも考えられることを示唆する知見が近年になつて示された。

歩行のプログラム

著者: 有働正夫

ページ範囲:P.420 - P.432

 はじめに
 歩行運動は古くからの研究テーマであり,歩容の観察を基礎として多くの優れた考察が生まれた。1世紀近くも以前,キモグラフィオン(煤紙)程度の記録装置しかなかつた時代の文献から深い感銘を与えられることが少なくない。今日では筋電図,中枢神経活動の記録・電算機解析など,中枢神経機構を解析する技術は画期的に進歩しており,歩行運動に関係するであろう神経回路の基本構成はすでに明らかにされており,また,本文中にのべるように歩行運動を発現している標本の中枢神経系からニューロン活動を記録する方法も開発されている。いわば歩行運動の中枢神経機構を解析する道具立てはほとんど出揃つていると思われるほどであるが,逆にこのような状況下では,過去に蓄積されたデータと,近代的手法によつて得られたデータとの関連性に十分な注意を払い,また,将来続行されるであろう研究においてよい対照となりうるような結果を残すよう研究計画を立てることが重要になつてくると考えられる。その意味で先達の足跡をたどり,われわれが立脚しうる部分と,近代的道具立てをもつて補うべき部分を考えてみたい。
 歩行をプログラムとして考えることは,歩行のメカニズムがある程度明らかになつてから可能になることであり,その意味でまず歩行の神経機構についての研究の発展過程をたどり,最後に「プログラム」の内容を考えてみたいと思う。

大脳運動野ニューロンにみる運動の準備状態の設定とそのパターン形成

著者: 丹治順

ページ範囲:P.433 - P.441

 はじめに
 大脳運動野ニューロンが随意運動の際に,骨格筋の活動に先行してその発射活動の変化を開始することはよく知られた事実であるが(Evarts,1966)5),一方これらの運動野ニューロンは感覚系からの入力に応答して発射活動の変化を示すこともよく知られている(AdrianとMoruzzi,19391),BrooksとStoney,19714))。とくに体性感覚の入力に対しては著明な応答を示し,しかもその入力は運動野ニューロンの遠心性効果に対応した体部位特異性をもつことも知られている(AsanumaとRosén,1972)3)。それではこれらの感覚系からの入力は随意運動の機能にどのように関わつているのであろうか? ヒトまたはサルなどに光・音あるいは体性感覚刺激を与え,それに速やかに応答して電鍵押しやレバー引きなどの一定の運動を行なわせると,その応答は0.2秒以内に可能である。

解説

視覚中枢入力の多元性—ネコ網膜神経節細胞の三型分類

著者: 福田淳

ページ範囲:P.442 - P.452

 はじめに
 視覚機能には,形状認識,二点識別,などの複雑なものから,明暗識別,対光反射,あるいは対象への眼位および体位の移動など,より原始的なものまで,多くのものが含まれる。これら様々の機能が,諸視覚中枢のうちのどの部分によつて分担されているかという問題は,古くから興味がもたれてきた47)。より複雑な機能は外側膝状体—大脳皮質視覚領野で営まれ,より原始的な諸機能は,被蓋前域,上丘などの脳幹の視覚中枢で営まれる,とするのが一般の考えである56,57,68,73)。最近の研究から,これら諸視覚中枢への入力を与える数多くの網膜神経節細胞の間で,視覚中枢間にみられる機能の分化に呼応する分応が行なわれうることが明らかになりつつある。
 Cajal以来14),網膜神経節細胞には,細胞体の大きさおよび樹状突起の型,存在する部位などの異なる多種のものが,主として解剖学的研究により区別されてきた8,9,11,12,31,40,49,53,63,71)。他方,電気生理学的研究の場合,記録条件による制約から,あらゆる種類の細胞を調べあげることが困難であつた44,67)

実験講座

鋳型走査電顕法—腎副血管の一考察

著者: 村上宅郎

ページ範囲:P.453 - P.456

 はじめに
 メチルメタクリレートを半重合の状態で動脈より注入すると,毛細血管はもちろんのこと静脈系を含めた全血管床を鋳型にとることができ,この鋳型について微解剖と走査電子顕微鎖観察を繰り返すと,微細血管の分布,連絡についての理解を進め得る1)。この鋳型走査電顕法については,すでに腎糸球体などで実際の応用を示してきた2〜10)。本稿では,手法を簡単にまとめ,挿図にはサルの副腎を用いる。

電子顕微鏡写真技術—電子顕微鏡写真のレベルアップのために

著者: 深見章

ページ範囲:P.457 - P.463

 Ⅰ.電子顕微鏡と写真
 国の内外を問わず,著名な生物の研究者たちの手になる電子顕微鏡写真の中には,門外漢の筆者がみても素晴らしいと思うものがある。その秘密は何であろうか?それを解き明かせというのが,編集担当者の魂胆のようであるが,ここでは逆説的な表現で,どうしたら生物の電子顕微鏡写真のレベルアップができるか,について要点を述べてみたい。
 大局的にみて筆者がお答えできることは二つしかない。誰が撮影しても見事な写真になり得るような電子顕微鏡の試料を作ることがその第一であり,第二にはそれを適切な電子顕微鏡の条件(加速電圧,対物レンズ絞り,その他)のもとで撮影することである。写真の立場としては,普通の電子顕微鏡用感光材料(以下略して電顕感材と呼ぶ)を用い,適正な露出を与え,標準の現像を施すだけでよろしい。何と馬鹿馬鹿しいと思われるかも知れないが,どうにか試料さえできれば,あとは写真の技術で何とでもなるという迷信? を断ち切つた人達だけが事実立派な写真を作つている。要は写真うつりがよくなるように,試料・電顕撮影条件を徹底的に考えることこそ,よい電子顕微鏡写真を作るための"know how"であると声を大にしていいたい。

講義

Phylogenetic and ontogenetic aspects of Ca spike

著者: 萩原生長

ページ範囲:P.465 - P.477

 私が最近何年間かにわたつてやつておりました,Caスパイクのことを,少しまとめて話してみたいと思います。この話のタイトルは,東大の高橋国太郎君につけていただいたものでして,私もなるべくその線に沿つて話すつもりでおります。この仕事は決して私が一人でやつたものではなく,多くの若い方々,それも主として日本から,優秀な方々がアメリカの私のところにきて下さつて,協同研究というか,むしろそういう方々が主になつてでき上つてきたものと申し上げた方が正しいようです。
 Caスパイクを最初にみつけた──というと大げさですが──のは中研一君との協同研究のときで,彼はいまロスアンゼルスのCalifornia Institute of Technologyにおられます。そのあと,大阪に移られた秩父君とやりまして,それから中島君──中島君は,いまアメリカのPurdue大学のBiologyにおられます。それからここの高橋国太郎君がきて,かなり長い間一緒にやりました。そのあと,都神経研究所の酒田君,日本医大の林君,東大の外山君,都神経研究所の小池君,最近になりましては城所君──城所君は,私のところからアメリカに沈殿いたしまして,現在ラホーヤのSalk Instituteにおられ,今日もこの会場にきておられます。それから東大の福田君,そして自治医大の小沢君が来ておりますが,これから申し上げますのはそういう方々とやつた実験結果であります。

話題

HARRY GRUNDFEST

著者: 草野皓

ページ範囲:P.478 - P.481

 Harry Grundfestは1904年1月10日ロシアのミンスクで生れ1913年にアメリカに移住し,1920年にアメリカ市民権をとつております。1921年Columbia Collegeに入学,A. B.を得,Physiology Dept. からPh. D. の学位を得たのが1930年です。その頃の彼の初期の研究論文には魚のscotopicおよびchromatic visionに関する仕事があります。その後5年ほどPostdoc. やInstructorを二,三の大学でやり,1935〜'45年の間はNew YorkのRockefeller Instituteに席をおきnerve injuryおよびregenerationに関した仕事をしております。Gasserと一緒に仕事をしたのもこの時期です。WorldWar Ⅱ中は彼自身の興味による研究は一次中断され,彼はSenior PhysiologistとしてArmy Signal CorpsのClimatic research unitやWound ballistics projectに関係したそうです。戦争が終り,1945年に彼はコロンビア大のNeurology Dept. にResearch Associateとして帰り,以来ずつとそこに席をおいたわけです。

ハーバード大学医学部解剖学教室の思い出

著者: 河野邦雄

ページ範囲:P.482 - P.486

 昭和48年の秋から1年間,文部省在外研究員としてHarvard大学医学部解剖学教室のProf. Palayの下で勉強する機会を得たので,そこでみた教室の有様,人物,解剖の授業などについて書いてみたい。
 Bostonは古い落着いたそして美しい町である。Charles riverは町を二分して西から東に流れる大きな河でいつも溢々と水をたたえ,夏は遠く近くに点々と浮ぶヨットの白帆が青い水に映えて思わず息をのむ美しさであり,冬はまた水面が全面凍結し夕目に輝く雪の銀世界はオトギの国を思わせる。河の北岸はCambridge,南岸はdowntown Bostonである。Harvard大学の本部と他の学部はすべてこのCambridgeに集まつているが,医学部と歯学部はdowntownにある。downtownといつてもこの一角は大学と病院が集中し,また近くには沼地 Back Bayを中心に作られた公園 Fenway Parkがあり静かな落着いた雰囲気をもつ。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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