icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学27巻3号

1976年06月発行

雑誌目次

特集 生体と化学的環境

特集「生体と化学的環境」によせて

著者: 須田正己

ページ範囲:P.181 - P.181

 生体と化学的環境というあまりにも幅広い領野は,共通した話題が乏しい。特別にある生物を実験室で,ある目的の単なる材料として利用する場合(たとえば代謝酵素の研究など)は別として,生体と化学的環境になると話は別になるからである。というのは,各生物がそれぞれの環境のなかでsurvive(生存と増殖)する仕方は独特であり,むしろ共通項はいつてみれば物質代謝の方式(従属栄養か自立栄養がの区別があるが)ぐらいであろう。この点をよくまとめた雄大なmapを名著Animal Behaviorからお借りして説明したら判りやすいと思う。図のように,各生物はそれぞれの環境に対して優位な仕方でsurviveとするのであつて,それゆえ生体と化学的環境という内容は,この行動の優位性が下敷きとなつているのである。環境の因子としては,栄養(水,塩類やO2,CO2も含まれる),温度落差,潮の干満,明暗,重力,湿度などの他,生物間の共存もあり,生物側には,交配した卵から→幼時→成熟→老化→死という生涯があつて,この間,環境の諸因子に誘導された日周,月周,年周そして上記のような生涯のリズムがある。動植物を通じてこの生涯の長さについては,生物学的法則があつて,sizeの小さいものは代謝速度が大きく,寿命が短いのに対しsizeの大きなものは代謝速度が小さく,寿命は長い。しかし人間だけはスケールアウトしていて,百歳以上生きられるが,その原因は不明である。

総説

細菌における環境と炭素代謝

著者: 石本真

ページ範囲:P.182 - P.191

 生物の生活,生命の維持は本質的に環境から切り離すことができない。それは生命が基本的に物質代謝,外界との物質交換に依存して成立しているからである。代謝過程は外見上栄養と排泄の形で表われるが,その背後に生体内の物質変化の総体,すなわち生命過程が存在している。
 生体内の諸過程,とくに生体構成物質の合成は,栄養物の供給が一定に維持されれば,体外の状況に多かれ少なかれ無関係に進行する。とくに多細胞生物,高等動物の場合は,内部環境は一定に保たれ,その中で各組織の細胞は一定の生活と機能を行なう。とくに人間の場合は栄養と他の環境要素とが明確に切り離され,異なつた要素として生活に対する影響が問われる。しかし,微生物の場合,単細胞生物として各細胞は直接外界に接し,ある程度細胞内の恒常性を維持し,環境のある幅の中で生きる手段をもたなければならない。栄養を他の環境因子から切り離すことも困難である。

原生動物のアミノ酸代謝と環境

著者: 北岡正三郎

ページ範囲:P.192 - P.201

 はじめに
 Protozoaの名は1809年Goldfussによつて与えられた。first animalsの意である。はじめは他の微生物も含めていたが,現在の意味ではvon Siebold(1845)が最初に用いた。動物学の分類では原生動物は一つの門(phylum)を構成し,この門に属する種の数は6,000とも,20,000とも,また50,000以上ともいう。海水中,淡水中および土壌中など湿気のあるところに広く分布するほか,動植物の体内に寄生するものもかなりある。
 原生動物は1964年Honigbergの提案によつてSarcomastigophora,Sporozoa,Cnidospora,Ciliophoraの4亜門に分類されることとなつたが,運動方法でつぎのように分類する古いやり方も有用である。
 ① Sarcodina(偽足で動く;例ameba)
 ② Ciliata(せん毛で動く;ciliate)
 ③ Flagellata(べん毛で動く;flagellate) ④ Sporozoa(運動のorganellaなし)
 これら原生動物に共通しているのは単細胞であるということだけで,形態,食性,生理,生活史,その他あらゆる面で極端な差異のある生物を包含している。「誤つて簡単と思われている生物の大きなphylum」と呼ばれる1)所以である。

寄生適応よりみた回虫のエネルギー代謝

著者: 大家裕 ,   林久子

ページ範囲:P.202 - P.214

 はじめに
 自然界でそれぞれ独立した生命をもち,独自の生活を営んでいる生物は,また一方ではその生態学的な環境に応じて,他の生物と深いかかわりあいをもちつつ生活している。寄生現象(parasitism)というのもこのようなかかわりあいの一つに他ならない。寄生生活を営む生物は,小はウイルス,リケッチャ,細菌そして原生動物から,大は多細胞動植物にいたるまで,きわめて広い分類範囲にわたつているが,外部寄生虫—Ectoparasite,内部寄生虫—Endoparasiteと二大別されるこれら寄生生物のうちで,とくに後者は,自由生活生物との対比において,二種の異なつた生物が一方の生体という枠の中で互いに環境となりあうところに成立する「二重の生物学」的対象として1)興味をそそられる。
 われわれが通常寄生虫(parasite)という呼び名の中に含める寄生生物のグループは,単細胞動物である原虫類と多細胞動物である蠕虫類†を主体としている。

魚類の淡水・海水環境に対する適応

著者: 内田清一郎

ページ範囲:P.215 - P.224

 硬骨魚類の血液浸透圧は,談水魚が約300mOsm,海水魚が約400mOsmで,それぞれの環境である淡水(0.1〜1.0mOsm),海水(約1,000mOsm)と著しく異なつている。このような環境にあつて,魚の体表は大部分がうろこや粘液でおおわれ,とくに硬骨魚類では水やイオンの透過はほとんど零に近い。しかし,魚はえら呼吸をするので,えらにおける水とイオンの浸透的移動が大きく,淡水魚は水過剰とイオン不足の,海水魚は逆に水不足とイオン過剰の危機にたえずさらされている。これに対して,淡水魚は浸入した水を,多量のうすい尿として排出することで体内の水平衡を維持し,喪失した体液イオンは,えさをとらなくても,えらが淡水から積極的にNaおよびClを摂取して,体内のイオン平衡を保つことができる。海水魚は尿量を極度に減らして水の喪失を防いでいるが,さらに海水をのみ,腸から吸収して水を補給している。この際,不必要な1価イオンも吸収されるので,体内のイオン過剰は著しく,海水魚はえらから多量のNa,Clを能動的に排出している。飲んだ海水中の2価イオンは大部分肛門から排出され,一部吸収したものは尿中に出される。このように魚類は,腎臓のほかにえらおよび腸が浸透圧調節器官として重要な役割を果たしており,その構造と機能は,淡水魚と海水魚で著しく異なつている。

解説

中枢神経系におけるGADの酵素ラベル抗体法による局在

著者: 松田友宏

ページ範囲:P.225 - P.232

 はじめに
 ニューロンの神経終末部から神経刺激に対応して細胞外(シナプス間隙)に遊離された伝達物質は,シナプス伝達直後にすみやかに不活性化される。この不活性化機構は伝達物質の種類により異なるが,遊離された伝達物質の拡散,周囲組織への取込み,代謝などからなつている。いずれにせよ,遊離された伝達物質の再利用は完全ではない。したがつて,シナプス伝達が効果的に行なわれるためには,遊離される伝達物質がニューロン,とくにその神経終末部において活発に合成されなければならないことになる。これが,ある物質が神経刺激伝達物質であるための重要な条件の一つとして"ニューロンがその合成酵素を有すること"があげられる理由である。事実,種々の神経系において伝達物質の合成酵素がニューロンの作働性のマーカーとなることが実証されつつある1)
 さて,GAD(グルタミン酸脱炭酸酵素;glutamic acid decarboxylase;EC 4.1.1.15)は高等動物の中枢神経系において抑制性伝達物質の一つであると考えられているガンマアミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid;GABA)を合成する酵素であり,高等動物では中枢神経に特異的に存在し,かつシナプス伝達の場である神経終末部に濃縮されていることが細胞内分画法により明らかにされてきた2,3)

網膜のspreading depression

著者: 森滋夫 ,   冨田恒男

ページ範囲:P.233 - P.240

 Ⅰ.歴史的背景
 網膜を剥離しそのERGを調べようとするとき,剥離後15〜30分は何ら反応の出ないことがある。古河と塙(1955)5)はこれをretinal shockと呼んだ。また,網膜の視神経節細胞からスパイク放電を記録しているとき,原因不明に放電の頻度が増し,クライマックスに達したのち,しばらく全くスパイクの出現しないことがある1)。今日これらの現象は,これから述べるところの網膜に起きた伝播性抑制(spreading depression)として理解できるかもしれない。
 Spreading depression(以後SDと略す)の名はLeão(1944)19)によりはじめて記載された。実験てんかんを誘発するため,ウサギの脳表面に電気ショックあるいは機械的圧迫を加えると,その局所の脳波が抑制され,その抑制がゆつくり波紋状に半球全体に伝播することを観察し,これとてんかんとの関連性を指摘した。その後多くの研究者により種々の動物で追試され,Marshall(1959)23),Ochs(1962)32)がこれをまとめるに至つて,一応現象としては確立された。最近,Burešら(1974)4)がその後の報告を加え一冊の本として著わしている。しかし,今日なお,その発生のメカニズムについては明らかでない。

研究のあゆみ

クラミジアに関する研究

著者: 東昇

ページ範囲:P.241 - P.253

 私は1957年クラミジアの研究を始めた。それ以前は,リケッチア,ポックスウイルスに関する研究に従事していた。前者においては形態,増殖の電顕的研究および発疹チフス・ワクチンづくりに従事し,後者においてはエクトロメリアウイルス,ワクシニアウイルス,バリオラウイルスなどを材料として,ビリオンの分子的構築,ウイルス増殖の電顕的研究を行なつた。
 私どもの研究は"Progress in Medical Vlrology"(ed.J.L.Melnick)vol.2(1959)に"Electron Microscopy of Viruses in Thin Sections of CeHs Grown in Cul—ture"として発表された。培養細胞系を使つてウイルスの一段増殖実験と平行して,ウイルス増殖を定量的に電顕的に研究した最初のものであり,その後この方法は世界各国においてこの種のウイルス研究に踏襲されることとなつた。1960年2月,ウイルス学の泰斗オーストラリア国立大学のFrank Fennerより私に寄せられた手紙はこの間の事情を明らかにしているので下に掲げる。

実験講座

高分子阻害剤の合成と応用

著者: 太田英彦

ページ範囲:P.254 - P.257

 はじめに
 生体膜の機能を研究する過程は,その機能を発現する構成分子の単離と,単離した構成分子からの生理機能の復元が正統的な進め方と考えられている。一方,各構成分子が生理的な膜構造中でどのような状態にあるのか,という問いかけも,生体膜機能を解明する過程の重要な一側面と思われる。赤血球膜のタンパク,脂質,糖質がどのような極性と相互関係をもつて分布しているのかが注目されるのもそのためである。
 ここに記す高分子阻害剤は,細胞膜の一側のみから,そこに阻害剤の作用を受ける部位を露出している。膜の一部を形成する酵素(たとえば,Na,K—ATPase)に作用して,膜構造の極性を検出することを目的としている。一部はすでに記したので1),ここでは主にデキストラン—強心配糖体複合物を中心に記すが,当初の目的には必ずしも合わなかつたことをまずお断りしなくてはならない。

話題

第5回国際神経化学会によせて

著者: 塚田裕三

ページ範囲:P.258 - P.260

 第5回国際神経化学会議(5th International Meeting of ISN)は1975年9月2日〜6日までスペインのバルセロナ市で開催された。
 本会議は1967年第1回がフランスのストラスブールで開かれてから,隔年にヨーロッパ各地で開催されることになつた。第2回はイタリアのミラノ,第3回はハンガリーのブタペスト,そして第4回は1973年東京で開かれた。第5回にバルセロナ市が選ばれたのは,Dr.Folchが今回の会長であり,当地が彼の出身地であつたためと聞いている。

パリの研究生活—神経生物学を中心として

著者: 島原武

ページ範囲:P.261 - P.263

 1969年から1972年までの3年間をパリの神経生物学研究所,通称マレー研究所で,1973年以降現在に至るまでをパリ南の郊外30km,Gif-Sur-Yvetteにある神経生物学研究所に籍をおく機会を得た。そこで私が体験し,理解した範囲でパリにおける研究生活,といつてもとくに神経生物学界の働きを中心としてここに報告したい。
 具体的な研究所の紹介に入る前にフランスにおける神経生物学を含む基礎科学の分野を支える研究機構について簡単に触れることとする。フランスにおける基礎科学の研究は大きく分けて二つの系列をまつたく異にする機関によつて支えられているといえる。すなわち,その一つは日本や,多くの国に一般的にみられるように大学機関によるものであり,他の一つは,これから話しを進めようとするフランス政府直属の諸研究機関である。その代表的なものとしてCNRS(Centre National de la Recherche Sdentifique,基礎科学研究機関),INSERM(Institute National de la Santc et de Recherche Medical,医学研究機関),CEA(Commissariat a l'energie atomique,原子力研究機関),INRA(Institute National de la Recherche Agronomique,農業研究機関)などをあげることができる。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?