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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学27巻4号

1976年08月発行

雑誌目次

特集 形質発現における制御 総説

細胞の機能分化とタンパク質合成系

著者: 緒方規矩雄

ページ範囲:P.267 - P.275

 タンパク質合成系そのものについては大腸菌から哺乳動物の細胞にいたるまでのリボゾームと精製した酵素系による研究の結果,その開始機作における後述のものを含めた若干の差異を除いては,大筋ではほぼ同じ機作で行なわれていることが明確になつたと考えてよい現状といえよう1,2)
 そこで細胞の機能分化とタンパク質合成系を考えると,つぎの点がまず注目されよう。すなわち細菌の場合mRNAが合成されると同時に,リボゾームが結合してタンパク質の合成を始めるという転写と翻訳が同時に行なわれることが示され,また一連の代謝に関係するmRNAが"ポリシストロニック"のmRNAとして存在する場合があり,またmRNAの寿命が大腸菌で平均2分という短時間である。一方,動物細胞では核でmRNAが大きな分子量をもつHnRNAとして合成され,そのうち大部分は核内で分解されるが,一部が後述の修飾を受けてmRNAとして細胞質に送られるという特色をもち,その寿命は細菌に比して著明に長い3)。また後述のようにHnRNAやmRNAは核内でも細胞質でもタンパク質と結合しmRNPとして存在する。

細胞間相互作用—形態形成期における細胞の接着と選別について

著者: 増子貞彦 ,   嶋田裕

ページ範囲:P.276 - P.285

 はじめに
 多細胞生物は,いうまでもなく多くの細胞の集まりからできている。しかし,この細胞の集団は細胞がただ単に集まつているというだけのものではない。同じタイプの細胞およびタイプの異なる細胞が系統的に集合および配列をして,組織ならびに器官をかたちづくり,1個の有機的で統合のとれた生物体を形成している。このように細胞が集団となるときに,細胞同志が触れあい,そこに細胞間相互作用の生ずる場が形成される。ここでみられる細胞間相互作用は多種多様である。たとえば,同タイプの細胞同志の接着とそこに生ずる生理的な連絡,同タイプおよび異タイプの細胞を識別して系統だつた細胞配列を示す場合にみられる細胞の選別,さらには発生期においてみられる誘導など,数多くの例をあげることができる。しかし,今回は形態形成に重要な役割を果たす細胞間相互作用について,すなわち細胞の接着と選別について,これに関係する各種の要素を中心に述べたいと思う。

組織発生における形質発現の制御—とくにニューロン回路の成立に関して

著者: 藤田哲也

ページ範囲:P.286 - P.298

 問題のいとぐち
 多細胞動物というものは私たち自身をも含めて,多くの細胞とその間をうめる細胞間物質からなつている。しかし,これらの細胞はランダムに積み上つた集塊をつくつているのでなく整然たる体制(organization)のもとに組織をつくり組織は統合されて器官を構成し,これによつて1個の生体が機能するのである。この体制をつくり上げるための制御を実現している物質的基礎は一体どのようなものであろうか,というのが以下に取り上げようとする主題である。
 少なくともこの問題が個々の細胞と無関係でないことは確かである。指先の皮膚をつくる細胞は,自分自身とおなじ外胚葉から分れてきたものであつても手掌や口唇の皮膚とは違つていることを知つている,あるいは知らされている,のでなくてはならない。いわんや自分が神経系のニューロンやグリアでないことは明確に知つている。そしてそのように振舞う。

解説

形態形成の理論—とくに細胞分化のモデル

著者: 鈴木良次 ,   真島澄子

ページ範囲:P.299 - P.305

 はじめに
 生物学において形態形成という言葉の定義は必ずしも明確でない。一般的には「のう胚形成以後の造形運動に基づく,組織や器官の,かたちづくりを意味する」1)とされている。現在,発生現象の分子的基礎はかなりわかつているとはいえ,解明されていない部分も多い。したがつて,なお,発生学独自の言葉によつて,形態形成の分析を行なうことの意味がある。たとえば,形態形成の場とか,誘因物質の濃度勾配などの概念が,その理論化の試みの中で有効に用いられている。
 ところで,生物の発生過程で,構造タンパク質や酵素タンパク質の合成が,遺伝情報に基づいて行なわれていることはわかつている。また,遺伝情報はどの細胞にも同じように含まれている。しかも,細胞によつて異なつたものに分化していく。この理由は一体何か。それを説明するものとして,細胞内の特殊物質の分布が考えられている。つまり,特殊物質を含んだ細胞質という環境が遺伝子と相互作用して,いく通りかの可能性のなかから,特定の遺伝情報の発現を許すという考えである。この考えに従えば,同じような細胞の集りに対し,その中に特殊物質の空間的分布を与えてやると,それぞれが異なつた分化をとげ,全体として一つの空間的構造をつくり上げることになる。

最近の制御理論と情報理論の進歩

著者: 有本卓

ページ範囲:P.306 - P.313

 はじめに
 制御理論は1960年を境にして変わつたといわれる。単入出力のフィードバック制御理論から多入出力を有するシステム理論へ,そして,同じ線形系の解析やシンセシスを扱う方法にしても,周波数応答法から状態変数法へと興味の中心が移つたといわれる。前者の理論体系は総称して古典制御理論(classical control theory)と呼ばれ,後者は近代制御理論(modern control theory)と呼ばれるようになつた。その変化の主要因を二つあげると,一つは,1958〜1961年頃発表され,Pontrjagin25)を指導者とするソ連学派の提唱した最大原理であり,他の一つは,同時代にアメリカのKalman16〜19)によつて発表された可制御性と可観測性の概念であろう。
 1960年代の制御理論の論文は,良かれ悪しかれ,PontrjaginかKalmanのどちらかを参照するか,あるいは,何らかの意味で意識するかして書かれたといつても過言ではない。しかも,1950年代後半に始つた米ソの人工衛星打上げ競争とアポロ計画の推進のために,多数の制御技術者と研究者が動員され,彼らはこれら新しい理論の発展と応用を競つたのである。

講義

中枢プログラミングと末梢フィードバック—サルの眼球—頭部運動協調について

著者: 宮下保司 ,  

ページ範囲:P.315 - P.319

 協調的な運動をするためには,中枢神経系は神経インパルスの時間—空間的なパターンを生成しなければならない。つまり,どんな運動をする場合でも,中枢神経系は,どの筋肉群がどのような時間的順序で収縮すべきか,を指定しなければならない。この問題は,長年にわたり神経生理学者によつて研究されてきた。ある研究者は,求心性入力の重要さを強調した。別の研究者は中枢神経系内に含まれているプログラムが,使われるべき筋肉群を指定するだけでなく,その時間的順序をも決めているのだと考えた。この講演において私が強調したいのは,運動生成の問題は,中枢からのパターンと末梢からのフィードバックの統合として理解されねばならないということである。
 ヒトやサルでは,視覚野の中に標的があらわれると,規則正しい順序で眼球と頭部の運動がおこる。第一に,saccade(衝撃性眼球運動)と呼ばれる急速な眼球運動がおこり,網膜内で最も敏感な部分である中心窩に,標的の像がおちるように,眼球を移動させる。第二に,20〜40msecの遅れの後に,頭部が同じ方向に回転する。眼球が,最初にしかも頭部より速く動くのであるから,頭部がまだ運動している間にすでに視線は標的に到達してその標的を注視しているのである。さらに,頭部の運動している間,眼球は回転し標的を注視し続ける。

実験講座

ガラス微小電極の斜角研磨

著者: 田崎京二 ,   鈴木均 ,   渡辺譲二

ページ範囲:P.320 - P.325

 細胞が小さくなると微小電極の細胞内刺入が著しく困難になることは常に経験させられることである。そのため従来からいろいろの工夫がなされてきた。たとえば,魚の視細胞に刺すために電極の先端を極端に細くするとか1),電極に大きな加速度を加える2),電極から通電する3),といつたものである。通電法は今日でも広く試みられているが,脱分極電流がよいとか,その逆が効果的だとか,さらには高周波電流がよいなどさまざまなことがいわれている。通電時間も数msecから数100msecといい,電極先端をわずかに折ると大電流が流せるので効果がとくによいとも聞いている。これらは各研究者の秘法としてことさら詳述を避けているわけではあるまいが,方法に関する具体的記述は見当らない。
 いずれにしても,LingとGerard4)によつて開発されてから20数年後の現在,もはや細胞内電極法の適用対象は著しく狭くなつたことは事実である。このような時期に現われた電極先端の斜角研磨法こそは,まさに細胞内電極法に新しい息吹きを与えるものである。

細胞のサポニン処理

著者: 大槻磐男

ページ範囲:P.326 - P.330

 はじめに
 細胞内部の分子の局在を明らかにするためには通常フェリチン抗体などの高分子トレーサーで分子を標識して可視化する方法が採られる。しかしながら,この際障壁となる形質膜にトレーサー透過性を賦与するため従来用いられてきた方法はいずれも非特異的であつて透過が一様にゆかぬ欠点があつた1)
 筆者らはこの問題を検討した結果,短時間のサポニン処理によつて細胞形質膜に比較的均一に高分子トレーサー透過性を与えることができることを見出した2,3)。数種の遊離細胞で得た所見では,抗原性などの生物活性もほとんど影響をうけずに保持されている。また組織化学的に固定した細胞にも作用することがわかつた。

話題

C.Ladd Prosser—その人柄,退官記念シンポジウムのことなど

著者: 永井敏夫

ページ範囲:P.331 - P.334

 イリノイ大学はシカゴから200キロほど南へさがつたChampaign-Urbanaという人口10万あまりの大学町にあります。この辺りはリンカーンゆかりの地で,イリノイ州の自動車の番号プレイトにはLand of Lincolnと書かれています。
 C. Ladd Prosserはイリノイ大学で36年間教鞭をとり続けました。その同じ大学で,1975年の5月中旬の2日間,彼の退職を記念してシンポジウムが開かれました。これより先に,American Society of ZoologistsのPhysiology and Biochemistryの部門の学会でも,とくに"Prosserの退職を記念して"というsubtitleが付けられてシンポジウムが開かれています(1974年,12月,アリゾナ州Tacson)。イリノイ大学であつたのは,ASymposium in Honor of C. Ladd Prosser. Commemorating the Reunion of His Colleagues and Associates. という名目の示すように,いわば,もつと内輪の会で,かつて彼に教えを受けた人たちや共同研究者,友人たちが150人ばかり集まりました。それだけにProsser自身の研究の興味に,より近い内容のシンポジウムでした。

ゲッチンゲンとマックスプランク生物物理化学研究所

著者: 大沢一爽

ページ範囲:P.335 - P.339

 月沈原の街
 ベェッセルとライネ川支流のゆるやかな地形に位置し,ゲーテのファストに登場するHarz山の丘陵に街があつて四面が大きな林に囲まれている。西ドイツの林には林道があり,四季を通じて(雪のちらつく厳冬期ですら)ドイツ紳士が森の中を歩く姿は印象的である。針葉樹の景観を縫う散策コースには,日本の盆栽的感覚は全くみられないが,auto ahnの動に対して静の対称物ともなつている。何十年もかかつて公共の場を森林に獲得できたのはドイツの国民性が示した森林技術と自然保護のよみによる文化の所産である。西ドイツの科学のとらえ方を示唆している一つであろう。西ドイツ全土がゆるやかな斜面と連続した曲面をもつ典型的な地形に,このような牧草と森林があつた。ゲッチンゲンもその例にもれず,約70年前に渡欧した永井潜氏(東大・医・生理・名誉教授)はここにゲッチンゲンのドイツ語を『月沈原』と訳された(図1)。誠に妙を得ている意味と響きがある。月沈原は東にベルリン,西にボン,北にスカンジナビア,南はフランクフルトと続き,古代はGodingまたは,Gutingi Villageと称したのが,月沈原になつたようである。
 1212年,すでに自治制となり中世にはHanseatic同盟を作つたが,それも長続きせず30年戦争でその隆盛は衰え,プロテスタントにとつてかわつた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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