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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学27巻5号

1976年10月発行

雑誌目次

特集 遺伝マウス・ラット 総説

ジストロフィーマウス

著者: 宮田雄平

ページ範囲:P.341 - P.348

 はじめに
 1955年Michaelsonらによりはじめて骨格筋に病変をもつマウスが報告され,その病像がヒトの筋ジストロフィー症に類似していることからジストロフィーマウスと呼ばれた48,69)。当初の検索では骨格筋にのみ病変が認められ,primary myopathyと考えられたが,最近になつてジストロフィーマウスに神経系の異常がみつかり,神経に病因があることを示唆する研究が多く報告されている。
 骨格筋の性質が保たれるためには,神経支配が,また運動ニューロンの性質が維持されるためには筋肉が,それぞれ必要であり17,19),神経と筋肉は相互依存的な関係にあると考えられる49)。両者の間にはアセチルコリンを伝達物質とする以外の情報伝達手段(たとえば,trophic factor)が考えられている17,19)

高血圧自然発症ラットについて

著者: 岡本耕造

ページ範囲:P.349 - P.358

 高血圧が長期間持続すると,やがて脳卒中や心筋梗塞,腎硬化症などを発症して,そのために死亡するにいたる。この高血圧合併症によつて死亡する入の数はわが国でも,欧米でも全死者の約40〜50%に達するといわれる。とくに高血圧合併症の一つ,脳卒中(脳血管循環障害:脳出血と脳梗塞(軟化))は長い間わが国死因の第1位を持続し,その約26%を占めると発表されている1,2)。しかもこれら高血圧合併症は,そのために急死する場合もあるが,慢性に経過し長年月にわたり臥床するかまたは社会活動が不能の状態を続けることが少なくない。したがつて高血圧合併症とくに脳卒中の発症を防止することはわが国医学に課せられたきわめて重要な命題とみなされる。
 しかしこの目的達成の研究,とくにその基礎研究を人体で行なうことはほとんど不可能で,ここに高血圧または脳卒中などの高血圧合併症の適当なモデル動物が必要となつてくる。それを用いて自由に研究ができ,しかも短期間に精確に成果が判定できるからである。

Elマウス

著者: 鈴木二郎

ページ範囲:P.359 - P.365

 はじめに
 1954年,国立予研の今泉らは,脳水腫マウスの交配実験中,偶然けいれん発作を起こした個体を認めた。以来,注意深い観察と選抜交配の結果,抛り上げ操作によつて非常に発作を起こしやすい系統をつくり出し,epマウスとして1959年に報告した8)。1964年には国際的にEl系F25代優性として登録された9)。未だにepと呼ぼれることがあるが,epは他の変異を意味するので注意を喚起しておきたい。現在,近交系として59代に達しており,てんかん形質については優性できわめて純粋であると考えることができる。しかし遺伝子の詳細については不明である。
 しかし適切な飼育,刺激条件によれば100%発作を発現させることができる。しかも発作の初発週齢が世代を経るに従つて早くなつていることは今泉8),中野20)らや私達19)の資料からみてとれる。すなわち,F4で9週,F56で平均7.7週,F59で6.8週である。ただ繁殖にいくつかの困難が生じているのは他の変異動物と同様である。一つは雄が成熟後,早期に尿閉を主症状とする疾患で死亡することが多い。また雌が育仔が拙劣で,食殺も多い31)。また脳重,体重ともにdd系に比して小さい。これらが,今後,研究上大きい障害となる可能性がある。

ヌードマウス

著者: 大沢仲昭

ページ範囲:P.366 - P.371

 はじめに
 図1は,ビーグル犬の皮膚を移植されたヌードマウスを示している。図にみられるように移植された皮膚からビーグル犬の毛が発育しているのがみられる。この図からも明らかなように,ヌードマウスには拒絶反応が認められず,異種動物の組織の移植が可能である。このような現象が起こる理由は,ヌードマウスに胸腺が先天性に欠損しているからであり,したがつてヌードマウスは胸腺の研究にきわめて重要な意義を有することが理解されるであろう。
 ここでは,ヌードマウスの免疫学的意義を中心に述べるとともに,その遺伝的背景についてもふれたいと思う。ヌードマウスの一般的総説としては,他の総説,文献1〜6)も参照していただきたい。

Rolling mouse Nagoyaおよび小脳異常を伴うミュータントマウス

著者: 大野忠雄

ページ範囲:P.372 - P.378

 はじめに
 遺伝性神経筋疾患を有するミュータントマウスは多数報告され,小脳症状(運動失調,平衡障害,振戦,筋緊張低下など)と小脳に病理組織学的所見(小脳皮質ニューロンの形態異常ニューロン数の減少ないし欠損,皮質層状構造の混乱,シナプス結合の異常など)の見出されたものが十数種類ある33,58,60)。これまでの小脳異常を伴うマウスを用いた研究は遺伝学的形態学的なものが大部分で,小脳の病理組織学的な記載およびその組織発生学的な基礎は整理されてきた。しかし,病理組織学的所見と症状の間を結ぶ,生理学的生化学的検索は非常に少ない。正常な動物における小脳の各ニューロンの性質とニューロン間のシナプス結合の様式は解明されている11)ので,この方面の研究が推進されれば,これらのマウスはヒトの小脳変性症のモデルとして症状発現機構の解明や治療法の開発に役立つのみでなく,小脳の機能自体を解明する有力な手掛りとなるであろう。
 本稿では主として,日本で発見された小脳症状を伴うミュータントマウスであるRolling mouse Nagoyaについて報告されている知見をまとめ,今後の問題点を検討する。さらに小脳に病理学的所見のある他のミュータントマウスの数例について簡単に解説する。

H-2 congenicマウスと細胞性免疫の遺伝制御

著者: 中尾実信

ページ範囲:P.379 - P.388

 はじめに
 生体の免疫機構は種の進化と自然淘汰の歴史を背景にした系統発生と,受精に始まる個体発生との遺伝的な基盤の上に,さまざまな環境因子とのかかわりを経て作働している。したがつて,免疫学の研究に際してもphylogenicな展開と,ontogenicなアプローチが同時に行なわれることが望ましい。生命現象を研究対象とする生物学の中でも医学は究極的にヒトを対象とし,特別な位置づけを与えられているが,人道的に生体実験は行なうべきではない。それゆえ,系統発生の過程でヒトに応用可能な自然の法則性や疾病のモデルを解析していくことはきわめて重要である。
 20世紀の後半,免疫学は急速な進展を遂げてきた。その蔭には1930年代におけるGorerらによる近交系マウスの開発と組織適合抗原の研究に関する歴史的な道程があつた。今日,遺伝学的に純化された近交系マウスによる正常個体の免疫機構の解析,NZBマウスを代表とする自己免疫病の疾病モデル,ヌードマウスにおける胸腺欠損個体の免疫機構の研究およびその特殊性の多彩な応用などは免疫学の背骨にさえなつている。このうち,NZBマウス,ヌードマウスに関してはすぐれた総説が多数あるので,本稿では主としてマウスの主要組織適合抗原(以下MHC抗原と略す)であるH-2系のcongenicマウスを中心とした最近の知見につき述べてみたい。

黄疸ラット

著者: 沢崎嘉男

ページ範囲:P.389 - P.395

 はじめに
 新生児の重症黄疸の際,神経系がとくに障害を受け,重篤な神経症状や知能障害を引き起こすことは,核黄疸(bilirubin encephalopathy)として知られ,Rh不適合などの場合に問題となる。このようなbilirubinの選択的な神経細胞毒性に関しては古くから研究されているが6,16,20),その機序については未だ明らかではない。しかし,方法論的にみれば,本来この領域は大きな利点に恵まれていたはずであつた。というのも,他の疾患とは異なり,当初から高bilirubin血症のモデル動物が存在していたからである。ところが,この黄疸ラット—Gunnラット—は知名度が低く,最近まで利用されることが少なかつた。
 Gunnラットは,1934年Gunnによつて発見された常染色体劣性遺倭性の高bilirubin血症を呈するWistarラットのmutantである11)。その病因は長く不明であつたが,1950年代後半のbiiirubin代謝の解明に伴い,肝臓のbilirubin排泄酵素,UDP-glucuronyltransferaseの遺伝的欠陥にあることが報告された18,25)。すなわち,ヒトのCrigler-Najjar症候群にあたる変異である。

研究のあゆみ 江橋節郎教授文化勲章受賞記念講演

筋収縮制御の分子的機構

著者: 江橋節郎

ページ範囲:P.397 - P.407

 ただいまご紹介いただきました江橋でございます。今日この晴れがましい席で講演できますことを,非常に光栄に思います。本日は小林先生,沖中先生,熊谷先生,吉川先生,を初めとし,恩師,諸先輩が多数お見えいただきました中でお話いたすことになりまして,私としては,昔に戻りまして,試験を受けているような気持でおります。今日何をお話ししたらいいかとだいぶ迷いましたが,結局いままでの経過というものをお話して,反省の機会といたしたいと思います。失敗,成功,運のいいとき,悪いとき,そういうものをできるだけ客観的に振り返つて,その中から,今後の私どもの研究の指針を得たいと思います。
 実は仕事の上でお世話になつた方の名前をあげようと思つて,人数を数えてみますと,60〜70名になりましてとてもスライドに書けないのであきらめました。ここでは,ただ私の思いつきましたままに,2,3の方をあげさせていただきます。その第1は藤田完吉博士,これは一緒に仕事を始めた方で,現在,黒磯で開業しておられます。それから現在,医科歯科大におられる大塚教授,東北大に行かれた遠藤教授,現在の教室の中では野々村助教授以下,非常に多くの方たちです。これに加えて,私が非常にお世話になりましたのは,筋肉のグループの方々。これは1954年に熊谷先生が班長となつて筋化学班というのが結成されまして,これ以来,日本の筋肉のグループは,非常に緊密な連絡を保つてやつてきております。

実験講座

神経細胞の分離培養と長期維持

著者: 別府宏圀

ページ範囲:P.408 - P.412

 複雑な生体の仕組の中から対象となる組織や細胞を取り出し,できるだけ単純化した条件下でその形態や機能を研究しようというのが組織培養の目的であり,分離培養はその中でも最も極限に位置する。神経組織の分離培養は1950年代半ばに始まり1,2),はじめはたかだか1週間程度の短期的な観察が限度であつたが,培養条件の改良とともに,神経以外の細胞の生育を極力おさえるという努力も加えられて次第に長期維持も可能となり3),現在では生理学的研究4),神経筋接合の形成5,6),中毒実験への応用など7,8),さまざまな試みが分離培養によつてなされつつある。

話題

ブダペスト1年—伝導路・神経網

著者: 金光晟

ページ範囲:P.413 - P.416

 昭和49年度に発足した日本・ハンガリー科学者交流事業に基づいて,筆者は昭和50年3月から昭和51年2月までハンガリーの首都ブダペストに滞在した。旅費は日本学術振興会,滞在費はハンガリー文化交流協会が負担し,期間1年という制度である。留学先はSemmelweis医科大学第一解剖学教室,主任教授はSzentagothai先生である。当医科大学名に冠せられているI.P.Semmelweis(1818〜1865)はハンガリーの産科医で,ウィーン大学付属病院に勤務中に産褥熱は医師や助産婦の手指の汚染からの感染による敗血症であると推測し,塩化カルシウムで手指を洗うことによつて死亡率を激減させたが,その学説は当時の学界の受け容れるところとはならなかつたという。この名称は戦後の学制改革によるもので,以前はブダペスト大学医学部である。
 1938年に日本・ハンガリー文化協定が結ばれ,第2次大戦では枢軸側として参戦したのであるが,ハンガリーは私たちにとつてまだなじみのうすい国のようである。彼地滞在をふりかえつても別段まとまつた話が書けるわけでもなく,とりとめのないことを思い出す順に並べるだけになるのだが,日本に好意をもつこの国の一端をお知らせできれば幸せにおもう。

R.L.Post研究室とNa,K-ATPaseの研究

著者: 谷口和弥

ページ範囲:P.417 - P.420

 PostとSkouの出会い
 1974年に出版された,ニューヨーク科学アカデミー紀要242巻に,Na,K-ATPaseの性質と機能という題で同アカデミーの主催で行なわれた国際シンポジウムの内容がほとんど収録されている。そのまえがきにPost博士(以下敬称略)が,Na,K-ATPaseの回想,Na,K-ATPaseの発見なる副題で,1953年ころのSkouとの出会いなどについて記しているので少し引用してみよう。
 場所はWoods Hole,1953年の夏のことである。Postは当時電気生理学に興味を引かれて,Grundfest研究室に滞在していた。一方,Skouは当時アセチルコリンエステラーゼに興味をもち,同じくNachmansohnの研究室に来ていた。ところが彼はここにあまり興味を引くことがなかつたと解り,もつぱらWoods Holeの浜と図書館で大部分の時間を過していた。当時彼は細胞膜のモデルになる酵素としてアセチルコリンエステラーゼを用いてきていたが,リポプロテインを用いた方がよいと考え始めていた。そこでリポプロテインであるATP分解酵素についての論文を読み始めていた。Post夫人がSkouを海岸でみつけ,SkouがPostとGrundfest研究室で会い,その夏の終りにモントリオールで開かれた国際生理学会に彼らは出席しお互いによく知り合うようになつた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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