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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学28巻3号

1977年06月発行

雑誌目次

特集 神経回路網と脳機能

特集「神経回路網と脳機能」によせて

著者: 久保田競

ページ範囲:P.142 - P.142

 神経系の機能素子としてのニューロンとその突起が,ハードウェア(神経回路)を構成し,その働きによってソフトウェア(脳の統御〔integrative control〕のプログラム)が成立すると考えられる。
 このハードウェアの性質をソフトウェアの働きとの関連で解析していけば,脳機能のメカニズムが解明されるであろうという楽観的な見方(一つの立場)が最近になってふえつつあるようだ。これは従来,神経解剖学や神経生理学の分野でその分野の枠内の仕事を行ってきた人達の間だけでなく,もっぱらソフトウェアのみの研究を行ってきた人達(多くの心理学者や動物行動学者〔エソロジスト〕)の間にも受け入れられつつあるようだ1)

総説

神経回路網の構成

著者: 水野昇

ページ範囲:P.143 - P.158

 はじめに
 ニューロン・ネットワーク(neuron-network)は中枢神経系の情報処理機能を直接的に担う構造である。しかし,この構造についての知見はいまもってはなはだ不十分である。巨大な数にのぼるニューロンの連絡関係において,どこまでの規則性・固定性が存在するのか。また,ランダムな過程がどの程度までどのようにニューロン・ネットワークの成立に係わるのか。これらの問いには,再構成(reorganization)・再生(regeneration)・可塑性(plasticity)・学習・記憶などといった中枢神経系の"謎"に向って形態学的な側面から肉迫しようとする意志が内含されているはずである。
 中枢神経系すなわちニューロンの集合をどのように取り扱うかに関して,「神経回路」という語にはすでに一つの立場が主張されている。それは,脳をオートマトンのように見なして全体的に取り扱うのではなく,ニューロン・ネットワークのなかから機能的な意味をもつニューロン連鎖を抽出し,このようなニューロン連鎖,すなわち神経回路の組合せとして中枢神経系を理解しようとする立場である。このような回路は形態学的なアプローチに際してはまず何らかの意味で"目立つ"神経線維の集合,すなわち「神経路」として現われ,一方,それらの神経路が構成する"線"によって結ばれる"点"が神経細胞体の集合部位すなわち「核」として捉えられる。

神経回路網と中枢制御—とくに脳幹内歩行神経機構を中心として

著者: 森茂美

ページ範囲:P.159 - P.169

 はじめに
 神経回路網解析の目的は,その回路を構成する微細構造とその回路の機能を対応づけることにある。いいかえると,ある神経回路網が同定されたとき,それが目的とする動作の制御にどのような役割を果しているかを解明することである。
 神経回路網は,いわゆる微視的回路(micro-circuit)と巨視的回路(macro-circuit)に大別される。前者の例としては2個の神経細胞で構成される回路が,その最も基本的な型であり,伸張反射・屈曲反射など髄節性の要素的反射回路をその中に入れてもよい。後者の例としては,すでにその微細構造の解明された五つの異る神経細胞からなる小脳の神経回路があげられる。

運動の統御機構—相反性神経支配をめぐる一断章

著者: 田中勵作

ページ範囲:P.170 - P.176

 はじめに
 運動の統御機構を論じようとする場合,対象はきわめて多面的かつ有機的でありながら,これまでの私達の得た成果は局地的かつ不連続的であるにとどまり,その総括は至難の業である。
 図1は,運動の実行と調節に関係していると考えられている構造とその機能的連絡を大まかに図式化したものである。運動司令は大脳より発し,最終出力機関のある脊髄へ直接にまた大脳基底核・脳幹諸核を経由して間接的に下行する。一方,運動の進行に応じて時々刻々変化してゆく末梢からの感覚情報は,脊髄・脳幹さらに上位レベルへと重層的にフィード・バックされる。小脳がこれら下行系・上行系の上位レベルで平行的に挿入され,運動調節に重要であることを強調している。

感覚情報の処理機構—嗅球の神経回路網におけるニオイ情報処理機構

著者: 森憲作

ページ範囲:P.177 - P.184

 はじめに
 脳の特定の感覚中枢の情報処理機能を,その部位の神経回路網のシナプス機構の詳細な研究を基礎として理解しようという試みが,多くの部位でなされてきている。本稿では,嗅覚系の第一次中継部位である嗅球におけるそのような試みの一部を紹介したいと思う。
 嗅球は古くから,それを構成している神経細胞群が比較的単純で明確な層状構造をしていることから,解剖学者たちに注目されていたが2,4),最近になって,電子顕微鏡による一連の詳細な研究がなされ(たとえばPrice and Powell13〜15)),解剖学的には,そのシナプス構造の概略が明らかになった。しかし,神経生理学的な研究は未だ端緒についたばかりであり,まだ未知の問題が山積していて,嗅球の神経回路網の機能を推測するには,今後かなりの段階を経なければならないと思われる(詳細は文献21)を参照されたい)。

学習行動の脳内メカニズム—下側頭回への神経生理学的アプローチ

著者: 三上章允

ページ範囲:P.185 - P.192

 はじめに
 心理学では,「生活体に練習または経験が与えられたとき,それによって生活体の行動に比較的永続的な変化が起る」ことを『学習』と呼ぶ31)。神経生理学の側から『学習』の問題に取り組もうとするときの一つの立場は,この行動の変化をもたらす脳内の変化をとらえようとする立場である。この場合,概念・推理・判断といった複雑な過程を含む高次の学習をいきなり取り上げるよりも,神経回路網のすでに明らかにされている単純な学習系を対象とする方がより有利であると考えるのが一般的である。それは,高次の学習に関与する神経回路網の研究が遅れていることともに,個々の神経細胞レベルでの変化を問題とする限りは,高次の学習に伴って引き起される変化と同様の変化を,単純な学習系においても見出すことができるであろうという考え方があるからである。したがって,このような問題意識をもつ研究者達は,反射や古典的条件づけなどにおける神経回路網の可塑性の問題を研究対象として選んでいる。
 ところで,複雑な学習系における神経細胞レベルでの変化が,より単純な学習系ですでに見られるようなタイプの変化によって構成されているとすると,高次の学習の特徴は何であろうかということになる。それは,個々の神経細胞のレベルで起る変化自体よりも,むしろ,その結果脳内にどのような神経回路網がつくられるかが重要であるということであろうと考えられる。

解説

内部灌流法による植物細胞膜特性の研究

著者: 田沢仁 ,   新免輝男

ページ範囲:P.193 - P.203

 はじめに
 神経細胞の膜生理学が1961年Tasakiら1),およびHodgkinsら2)の二つのグループがそれぞれ独立にイカの巨大神経の原形質を取り除いて内部を人工液で灌流することに成功してから急速な進歩をとげたことは周知の事実である3,4)。細胞膜の外側だけでなく内側の環境をも自由に制御できることは膜現象の物理化学的理解に不可欠であることはいうまでもない。植物細胞での内部灌流の試みは動物細胞よりもむしろ古い。すでに1935年Blinks5)は海産の緑藻Halicystisの巨大細胞に2本の微小ガラス管を挿入し,細胞内を海水で灌流した。
 植物細胞には動物細胞とは異り,原形質膜と液胞膜の2枚の膜がある。成熟した植物細胞の基本的な構造を図1aに示した車軸藻類の節間細胞の縦断面図を参考にしながら説明する。すなわち外部から内部に向けてセルロースを主成分とする細胞壁(Cw),原形質膜(Pl),ゲル状原形質外質,外質に埋まっている葉緑体(Chl),活発に流動している原形質内質(En),液胞膜(Tp),液胞(Vac)などがある。Blinksの行った内部灌流は実は液胞灌流で,イカの巨大神経で行ったように原形質に相当する部分を灌流したのではない。本論で主として取り扱う車軸藻類の節間細胞は液胞灌流だけでなく,イカで行われたような「原形質灌流」をも容易に行うことができる。本文に入る前に材料の特徴を簡単にのべる。

エンケファリンおよび関連ペプチド(エンドルフィン類)の中枢作用

著者: 高木博司 ,   佐藤公道

ページ範囲:P.204 - P.214

 はじめに
 エンケファリン(enkephalin)は脳組織から抽出精製されたmorphine様活性をもつペプチドのうち,Hughesら1)によって最初に化学構造が決定されたペンタペプチドの呼び名で,ギリシャ語で「頭の中に」という意味で命名されたものである。この化学構造決定の報告がNature誌に掲載されたのは1975年12月であるが,それ以来enkephalin関連ペプチドがいくつか報告され,それらを一括してエンドルフィン類(endorphins)と総称されるに至った2)。endorphinsに関する報告は最近続々と出ており,研究が急速に展開しつつあるが,その生理学的・薬理学的性質の検索はまだ十分ではなく,生体内での役割も明確ではないが,重要な働きをもつ物質と思われる知見が集まりつつある。本稿では中枢作用を中心にenkephalinsを中心とするendorphinsについて現在までの知見をまとめてみたい。

実験講座

生体アミンの系統的分析法

著者: 和田博 ,   大和谷厚 ,   小笠原三郎 ,   渡辺建彦

ページ範囲:P.215 - P.222

 はじめに
 アミノ酸分析装置すなわち全アミノ酸の系統的分析法の,生命現象解明に果たした役割を考えるとき,つぎのステップとして生体アミン類の系統的分析法の開発は重要な意味をもってくる。生体の複雑な機能は,当然のことながら,特定のアミンだけでなく,活性アミン類相互のバランスの上に,微妙に調節されていると考えられる以上,少なくともカテコラミン類,セロトニン,ヒスタミンなどは,同一試料から同時に測定することが,ぜひとも必要であろう。
 こういう観点から,筆者らはここ数年来アミン類の系統的分析法を検討し,螢光標式物質であるダンシルクロライド(ジメチルアミノナフタレンスルフォニルクロライド)を用いた方法については,その基本的操作法,限界,問題点などを総説として発表した1)。アミン類は,生体中には非常に微量しか存在していないこと,化学的に不安定なものが多いこと,各種アミン類の生体中存在比に大きく差があることなどの理由から,現在のところ,自動アミノ酸分析機のような形で,容易にかつ簡便に全アミンを測定できるというところまでには至っていない。ここでは,現在われわれの教室で行っている,数種のカラムクロマトグラフィーと,従来からの螢光分析法とを組み合わせた,同一試料中からのカテコラミン類(アドレナリン,ノルアドレナリン,ドーパミン),セロトニン,ヒスタミン,メチルヒスタミンの同時分析法について具体的に記載してみたい。

抗血清の調製とその特異性解析

著者: 平林民雄

ページ範囲:P.223 - P.229

 生体の組成およびその機能を研究している人達が免疫学的手法を用いて,とりわけ,研究中の成分に対する抗血清を調製してさらに研究を進めたいと考える場合が多い。しかしこれまで血清学と全く縁のなかった人にとっては,このような考えは頭に浮んでも手を出しにくいのが実情である。そこで,もともと素人の筆者がこれまで我流で進めてきた方法を紹介し,同様の手法を用いたい人の参考にしていただくと同時に,専門の人の批判を仰ぎたいと思う。したがって内容は筆者の狭い経験の範囲内に限られ,滅菌操作を全く必要としない筋肉タンパク質に関しての結果が主となるが,できるだけ具体的に紹介したい。
 よい抗血清が得られた場合にはどんな応用性があるだろうか。

話題

University College London生理学教室における筋タンパク質の熱量測定

著者: 児玉孝雄

ページ範囲:P.230 - P.234

 はじめに
 昨年(1976年)の7月Cambridge大学生理学教室で開催された英国生理学会例会では,学会創立100年を祝って数々の記念行事が行われました。第1日目の午後には,神経興奮のNa説を打ち立てたProf. A. L. Hodgkinの記念講演があり,講義室は200人以上の人々でいっぱいとなりました。講演の始まる直前にひとりの老紳士が杖をついて現われ,最前列の席についたとき,会場のあちらこちらからどよめきがおこりました。それが90歳の誕生日を目前にしたProf. A. V. Hillでした。よく知られているように,Prof. Hillは,1911年熱電堆と検流計の改良によって筋肉の熱産生の測定に初めて成功し(最初の試みは,エネルギー保存則で有名なHelmholtzによって,19世紀のなかばになされている),以後約50年にわたって熱産生を中心とした筋収縮の詳細な現象論的解析を積み重ね,収縮機構を考える基盤をつくり上げました。
 筆者は,Prof. Hillが研究生活の大部分を過したロンドンのUniversity College London生理学教室で,筋収縮のエネルギー論的研究を進めているProf. D. R. WilkieとDr. R. C. Woledgeの許に1974年春からちょうど3年間滞在し,ミオシンATPaseの微少熱量測定(microcalorimetry)による研究を行う機会を得ました。

Dahlem Konferenzに出席して

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.235 - P.237

 本年3月7日から11日までの5日間西ベルリンにおいて開かれたDahlem財団のワークショップに参加してきたのでその内容を紹介したいと思います。Dahlemというのは西ベルリンの一地区の名で,とくにそれ以上の意味はありません。この財団は西独の多くの企業からの寄付金により成り立っており,5年間にわたって国際的な規模で何回ものワークショップを開き,その報告を出版することを目的に作られたものです。ワークショップの計画と実施を実際に行っている中心人物はBernhard博士と呼ばれる中年の女性で,5〜6人の助手を使って会場や参加者の世話まで一切をとりし切っています。参加者の中にいたドイツ人の話では,このような財団ができたのは西独の企業がその利潤を社会へ還元するためで,またこれによって西独の経済活動に対する世界中からの圧力を少しでも柔らげるのが裏の狙いであるともいっていました。

コミニケーション

生化学からみた小胞体膜のタンパク質

著者:

ページ範囲:P.238 - P.238

 細胞分画法でミクロソームとよばれたものの主体が小胞体であるが,後者の特徴的な酵素には,電子伝達体としてチトクロームP-450といわれるもの,またそれを還元する酵素がある。もう一つの小胞体チトクロームにb5があり,それを還元する酵素もある。加水分解酵素には,グルコース6-リン酸ホスファターゼ,アデノシントリホスファターゼ,ヌクレオシドジホスファターゼ,エステラーゼ,アリルスルファターゼがあり,転移酵素にはグルクロノシルトランスフェラーゼが知られている。
 このように,小胞体膜の多彩な酵素活性は比較的よく調べられており,それらの酵素の一部については代謝回転の速さも調べられている。しかし,小胞体膜自体の分子解剖はほとんど進んでいない。という意味は,赤血球膜のタンパク質についてはみかけの分子量がどれくらいのものがどれくらいの割合で存在するかについて多くの研究があるのに,小胞体膜についてはそれがほとんどない。いままで代謝回転が調べられた小胞体膜タンパク質でも,多くの場合,b5のような酵素,しかもその活性フラグメントであった。小胞体膜の主なタンパク質にどのようなものがあるかは興味のある問題である。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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