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アクセルロッド博士の研究室—交感神経系の薬理学的生化学的研究の歴史と展望
著者: 平田扶桑生12
所属機関: 1京都大学医学部医化学教室 2現在:Visiting Scientist, Laboratory of Clinical Science, National Institute of Mental Health
ページ範囲:P.414 - P.417
文献概要
解明したいと思うけれどもどう手をつけたらよいか分らないような問題と面したとき,人々はどのようにその問題に対するだろうか。そのときの選択は非常に簡単である。自分では駄目だとさっさと諦めて忘れてしまうか,それとも,どうしたら解明できるかということに専念するかのいずれかである。
Julius Axelrod博士がこの選択を迫られたのは,34歳の在野の産業衛生研究所で食品の分析をしていた頃のことである。すなわちこの研究所が製薬会社との契約によりフェナセチンなどアニリン系鎮痛解熱剤の大量投与によるメトヘモグロビン血症の原因解明を行うことになったときのことである。研究所長のWallace博士がAxelrodにニューヨーク大学のBrodieの所へ相談に行くよう指示したことがAxelrodの運命を大きく転換する契機となった。BrodieはAxelrodに数週間自分の研究室で実験をやってみないかともち掛けた。この数週間がやがて数ヵ月となり,数年となったのは,その研究が軌道に乗るのに時間がかかったせいではなく,当時この研究室はJ. Shannon博士を指導音としてその下に,B. B. Brodie,S. Udenfriend,R. Berliner,R. Bowman,T. Kennedy,J. Taggartなど非常に優秀な若い科学者が多く集い,研究というものに対し実際に初めて接して感激したからに他ならない。
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