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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学30巻2号

1979年04月発行

雑誌目次

特集 神経伝達物質の同定

特集「神経伝達物質の同定」によせて

著者: 片岡喜由

ページ範囲:P.66 - P.66

 神経の化学伝達説(Elliott, 1904)の黎明から今年はちょうど四分の三世紀になる。多くの先人の業績と,それに基づいて作られてきた概念をたどるとき,伝達物質の研究が予測以上にむつかしく,また神経機能の理解にいかに基本的に,かつ広くかかわっているかが浮き彫りにされてくる。
 現在までにも少なからざる物質が伝達物質候補として登場し,それらがどこでどのような動態と作用を示すかを具体的な実験的規準に則して明らかにする形で作業がなされてきた。いわば伝達物質同定のプロトコールである。近年の科学技術の飛躍的な発展に伴って,それぞれの規準──存在・作用・放出・不活性化・受容器──の内容が厳密になり,実験的概念の細分化や変遷がもたらされている。その結果として一見すべての規準を満足しているように思われた物質でも,特定の部位について吟味してみると,伝達物質と断定しきれない未解答の部分が残されている例が多いことに気づく。よく研究されている大脳皮質のアセチルコリンについても,それを含むニューロンの同定すらなされていないし,シナプス前部と受容器側の指標の量的矛盾は著しい。構築の複雑な中枢では今後の技術的なbreakthroughに期待するとしても,道の険しさは想像に余るものであろう。一方ニューロンが発生・分化の過程で伝達物質の選択性をどのようにして獲得していくかの基本的命題はようやく解明の緒についたばかりである。

総説

神経伝達物質の発生と分化

著者: 小幡邦彦

ページ範囲:P.67 - P.72

 はじめに
 神経伝達物質はニューロンごとに1種類が定められていて,それが変更されることはないと一般に考えられる。シナプス伝達,ひいては神経系機能の変化は伝達物質の合成,放出,取込みの量的変化やレセプター遮断などの結果として理解しようと試みられる。しかし最近,このようなシナプスを固定的なものとする従来の考えは一部,再検討が迫られている。つまり,ある条件下では神経伝達物質の転換が起ることが見出され,また技術的進歩により1ニューロンに2種以上の伝達物質候補が存在する例が集められている。さらにdevelopmental neurobiologyの発展とともに,ニューロンの分化,伝達物質の決定は重要なテーマとなってきた。得られた知見の多くは末梢神経系で発生過程や培養下においてのものではあるが,今後,中枢神経系の形成や機能を解明していく場合の重要な手がかりとなろう。

ペプチドの作用—神経伝達物質としての可能性

著者: 小西史朗

ページ範囲:P.73 - P.81

 はじめに
 脳の神経細胞がペプチドを"化学的メッセンジャー"として分泌しているという考えが初めて提出されたのは1950年代のはじめであるが1),この考えが飛躍的に進展しはじめたのは1970年以降である。視床下部の神経分泌細胞(neurosecretory cell)がいくつかのペプチドを放出し脳下垂体からのホルモン分泌を調節していることはすでに確立した概念である2,3)。これらのホルモン分泌調節ペプチド(releasing hormone)を含めて,10種類以上の生理的に活性なペプチドが脳内に存在することが明らかにされている(総説4)を参照)。
 これらのペプチドはいずれも脳内に選択的に分布していることから,特定の機能に関与していることが予想されている。その機能として現在のところ,ホルモン,神経伝達物質および調節因子(modulator)の三つが考えられている。しかし,ホルモンとして確定しているものを除いて脳内における実際の役割を同定するための証拠は十分とはいえない。一方,ホルモンと伝達物質の区別は放出部位から標的部位までの距離の差という点で明らかに区別されると考えられていたが,最近以下に示すような事実が明らかにされてきたので,ホルモンと伝達物質を明確に区別することはそれほど容易ではなくなっているように思われる。

グルタミン酸と興奮性伝達物質

著者: 篠崎温彦

ページ範囲:P.82 - P.91

 神経伝達物質あるいはその候補物質は,アミノ酸だけに限っても数多くあり,γ-アミノ酪酸(GABA),グリシン,グルタミン酸,アスパラギン酸,プロリン,タウリンなどをあげることができる。これらのアミノ酸を神経伝達物質として認めるか否かは,研究者により考え方に違いがあるように思える。GABAは甲殻類の神経筋接合部で抑制性伝達物質であることが確定し1),その後哺乳類中枢神経系の抑制性シナプスにおいても伝達物質として認められるようになった2,3)。脊髄においてグリシンのシナプス後膜に対する作用は伝達物質としての条件をかなりよく満足するものであるので,しばしば確立された伝達物質のように取り扱われることがあるが4,5),必ずしも伝達物質同定基準を十分に満足するものではないことも示されている6)
 上記候補物質のうちglutamate以下の物質については,"伝達物質に似た効果を示すからといってただちにその物質を伝達物質と決めることはできない"7)というのが現状であろう。

伝達物質の放出,結合と不活性化—アミノ酸を中心に

著者: 金澤一郎

ページ範囲:P.92 - P.100

 はじめに
 神経伝達物質の同定基準の一つに"放出"がある。したがって伝達物質の可能性が示唆される物質の神経終末からの放出の証明は,それ自体がその物質の伝達物質としての地位を確実に高めるものであるけれども,証明に用いた方法によってはさまざまな問題があると思われる。また,同じくシナプス部で起る現象の一つに,伝達物質とシナプス後膜受容体との"結合"がある。これは比較的最近研究対象となってきた現象であるが,生理的条件下での結合を正確に反映しているのであろうか。また,方法には問題がないのだろうか。さらに,シナプス部で作用をあらわした伝達物質が"不活性化"されてゆく過程があるはずであり,広義の伝達物質の同定基準の一つと考えられる。この不活性化過程の様式の一つとして伝達物質候補の神経終末部への取込み現象があるとされ,取込み現象の証明がすなわち不活性化過程の証明であると比較的簡単に受け入れられていると思われるが,はたして本当にそうなのだろうか。
 以上のようにシナプス部で神経伝達にかかわりあいをもつ伝達物質の"放出","結合","不活性化"という三つの現象にまつわる問題点について,現時点でどこまでが確かなことであり,どこから曖昧であるのかを多少なりとも明確にすることが,本小文の目的である。そのために伝達物質候補としてのアミノ酸を例とし,かなり意図的に批判の眼で,問題点を取り上げることにした。

解説 大脳皮質視覚領におけるシナプス可塑性

第1部 その出発と最近の話題

著者: 笠松卓爾

ページ範囲:P.102 - P.110

 はじめに
 神経生物学の各分野で,個体発育の初期にシナプスがある種の可塑性を示すことはよく知られている。カエル・イモリあるいはネズミの神経筋接合部17,60,82)が好んで研究材料とされている。動物の行動上にみられる可塑性の例としては,孵化10数時間以内のアヒルやヒヨコにみられるLorenzの「刷込み(imprinting)7,40)」や,歌をうたう小鳥における「種固有の歌の学習59)」をあげることができる。このほか,コオロギ腰部神経節にある巨大介在細胞の反応に対する音刺激閾値が,孵化後に与えられる自然刺激(音体験)の有無によって決定されることも知られている68,72)
 他方,決して「より単純な系」とはいえないにもかかわらず,幼若哺乳動物ことにネコやサルの大脳視皮質もまた一つの特異な研究対象(animal model)として,過去20年に亘って取り上げられてきた。それは,ネコやサルに基づく成績が,直ちに人間の問題に結びつけられるからである。たとえば,Julesz55)によれば,人口の約4%(米国)は立体視が完全でない,といわれている。斜視の乳幼児を対象とした心理物理学的研究によれば,人間における両眼視の臨界期(critical period)は,ネコ・サルのそれよりも長く,3歳頃まで続くと計算されている4,44)

第2部 脳内カテコールアミン系の果たす役割

著者: 笠松卓爾

ページ範囲:P.111 - P.131

 Ⅰ.背景
 私は,中枢視覚系の細胞活動が,非視覚性の入力によっても大きく左右されている現象に,年来興味をもっている54,56)。ことに注意をひくものは,覚醒・睡眠を問わず,速眼球運動(saccades)に同期して,動眼系および中枢視覚系に現われる時間経過の速いインパルスである。これは,橋動眼中枢に生じ,上行して視覚系に至るもので,速眼球運動の結果として二次的に起るものではないと考えられている。この中枢性インパルスの存在は,外側膝状体や視皮質におかれた粗大電極で簡単に記録されるPGO波(ponto-geniculo-occipital wave)6,13〜15,52,83,86)あるいは動眼波(eye movement potential)13,14,48,102)として,捕えられる。このインパルスはまた,Helmholtzの提唱した遠心性信号(Efferenzkopien)または添加放電(corollary discharge)107,124)の一例と考えられる。
 さて,レセルピンは神経終末内でモノアミンがシナプス小胞に取り込まれる過程を抑制すると考えられている。

実験講座

マルチ微小電極装置—磁気結合補強型独立駆動方式

著者: 河野眞久

ページ範囲:P.132 - P.140

 はじめに
 形態学的構造や生理学的機能上,多くの特異的な部分要素からなり,より合目的に高度に組織された脳は一つの大規模システムといえよう。脳システムの最小機能要素はニューロンであり,共通の目的達成のために機能分化した多彩なニューロン群が神経情報処理原理の秩序に基づいて互いに影響を及ぼし合っている複合体である。
 このような複雑な脳システムをよりよく理解する一つのアプローチとして,ある程度その処理目的機能が把握された基本的な単位システムを構築するニューロン群を,空間的時間的観点からその相互依存関係を観測分析しそのモデル化を行ない,その局所的神経回路網を構築するニューロン間の接続様式と処理機能との関連性を定量的に究明して,神経情報処理機構の基本的論理を推察してゆく手法が考えられる。たとえばその代表的な基本単位システムとしては,Mountcastle,Hubel & Wiesel,Szentagothai,外山らによって今までに詳細に研究されてきた大脳皮質領域での機能的共通因子を有するニューロン群の小柱構造と層別分布によるシステム構成がある1〜3)

話題

英語科学論文の書き方

著者: 久保田競

ページ範囲:P.141 - P.153

 はじめに
 特定研究「脳の統御機能」班は班員の研究支援活動の一つとして,発足第2年度(昭和53年度)に「英語科学論文の書き方」のワークショップを行うこととし,John M.Brookhart教授(アメリカ・オレゴン州立大学医学部・生理学教室)を講師として招くことにしてワークショップ実行委員会〔久保田競委員長(京大・霊長類研),森茂美(旭川医大),大村裕(九大・医)の3委員で構成〕を第1年度に発足した。会の立案その他は実行委員会があたり,参加者は「脳統御」の総括班会議で選ばれた。このワークショップでは会の前に参加者が自分の英語論文(投稿中のもの,投稿直前のもの)をBrookhartに提出し,Brookhartはその中より適当な教材を選び,参加者とBrookhartがそれを討論して問題点を訂正,書き改めるという形式をとった。
 このワークショップはきわめて有意義であり成功したので,この内容をできるだけ細部にわたって紹介し,(一般に)英語で科学論文を書く日本人の参考にしていただけたらと願っている。

Semenza研—チューリッヒより

著者: 武居能樹

ページ範囲:P.154 - P.157

 Semenza,Giorgio:1928年6月23日生。イタリア・ミラノ出身。ETH生化学教授。経歴:ミラノ大学卒,1951-55年ミラノ大学付属病院助手,1955-56年ウプサラに留学,1956-61年チューリッヒ大学生化学教室助手,1961年Privatdozent**,1964年助教授,1967年シカゴ大学客員教授,1967-69年ミラノ大学一般生理学教授,1969年ETH教授,1971-74年スイス生化学会長,小腸粘膜の生化学および膜透過について論文多数。
 これは,チューリッヒの広告専門紙が発行した"Wer ist Wer in Zürich?"に紹介されたSemenza教授の略歴です。若干補足しますと,1975年International award for modern nutrition受賞,1976年の国際がんシンポジウムに続いて,1977年にも第1回FAOB congressに招待されて来日。今年50歳の誕生日を迎えたばかりの若さですが(いや,そのためか),スイス生化学会ばかりかヨーロッパ生化学界の実力者として多忙な毎日を送ってみえます。

制限酵素の予言,発見,応用—1978年度ノーベル医学・生理学賞

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.158 - P.160

 1978年度のノーベル医学・生理学賞は"部位特異制限酵素"(site-specific restriction enzyme)の予言,発見,応用のArber,Smith,Nathansの3人に贈られた。ここでは3人の仕事の内容を紹介し,また実験室における彼らの研究のあり方を眺めてみたいと思う。彼らの仕事は分子生物学であるが,NahtansもSmithもインターンやレジデントまでやった医師研究者である。
 部位特異制限酵素(以下とくに断わらない限り単に制限酵素と呼ぶ)は簡単にいえば外来性の二重鎖DNA(デュープレクスDNA)を特異な部位で切断する酵素である。もしこの酵素がないと生体はたちまち異種生物の遺伝物質によって攪乱されてしまう。ではなぜ宿主のDNAは分解されないのか。それは宿主のDNAが別の酵素である"修飾酵素"(modification enzyme)によって修飾されているからである(多くの場合特定のアデニン塩基がメチル化されている)。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

明日の脳を考える(1)

著者: 久保田競 ,   大塚正徳

ページ範囲:P.161 - P.164

 序
 コンファレンス・ディナー研究集会は,ディナーをともにした後,研究成果を直視するのではなく,少し距離をおいてながめて,神経科学のあり方などを楽しく気楽に話し合うために生まれました。
 話を始める前にこの場をかりて,私が最近考えていることをいわせていただきたいと思います。日本の脳研究は,国際的なレベルに達している,世界のトップ・レベルにあるというようなことをいわれる方がおられ,また,それが不自然でない響きをもっています。果たしてそうかどうか,確かにそういう研究はいくつかあるんですが,全体として見ると私は,そうでないんじゃないかと思っております。この状態で真剣に将来の日本の脳研究のシステムとか組織とか,そういうようなことを,深く考えないでせいぜい1〜3年程度の研究を続けていったら日本の脳研究者集団はどうなるだろうか。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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