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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学30巻3号

1979年06月発行

雑誌目次

特集 網膜の構造と機能

網膜研究の今昔—特集「網膜の構造と機能」によせて

著者: 冨田恒男

ページ範囲:P.166 - P.167

 昨年(1978)の11月27日から5日間,視覚の国際シンポジウムが谷口財団後援の下に琵琶湖畔で開かれ,国外から7名,国内から12名が一堂に会して最新の知識を交換,得るところ多大であった。シンポジウムは非公開の形をとったが,終った翌日(12月2日「)に慶応大学でCervetto, Stell, Werblinの3博士の公開講演がもたれた。本特集はその時の講演内容の全訳(責任者,金子章道・生理研教授)である。当日Werblin教授は前々からの風邪がこじれて講演不能となり,急遽帰国されたためにその謦咳に接し得なかったことは残念であったが,講演内容を原稿として残していただけたので本特集には支障なきを得た。
 ところでこの特集に寄せて私に何か一言をとの依頼を受けた。思うに参加の3氏はいずれも私よりは一世代も若く,正しく網膜研究の第一線で研究の"今"を担っておられる方々ばかり,そこへ私が加わるとなればやはり"昔"を語る以外になかろう。以下思いつくままを記してみる。

総説

杆体光応答のイオン機構

著者: ,   田内雅規

ページ範囲:P.168 - P.172

 視覚情報の受容過程はまず網膜の視細胞(杆体と錐体)の外節における光受容のために特殊化した構造中の視物質による光量子の吸収によって始まる。電気生理学的研究によれば,脊椎動物網膜の視細胞は,暗時,一般の神経細胞と比べてその膜電位はより小さく,光刺激を与えた場合には過分極方向に向い,一般神経細胞の静止膜電位のレベルに近づく傾向のあることが知られている8)。また,通電実験による膜の電流—電圧特性からみると,杆体と錐体は共に光照射時に膜抵抗の増大があることから,暗時,視細胞はイオン透過性が高くて脱分極しており,光照射によってその透過性が減少する結果過分極が起ると考えられる1,5,9)。細胞内誘導電位を指標とした外液のイオン置換実験の結果,Naの除去により光応答が可逆的に消失することが報告された3,4)。これは,暗時に視細胞外節はNaに対し高い透過性を有するが光照射によってそれが減少するという仮説を支持するものである7)
 視細胞膜のコンダクタンス変化が光応答の発現にいかに関っているかを明らかにしてゆくために,Baylor & Fuortes1)はつぎのような仮定を行った。それは,暗時に杆体および錐体の外節膜はイオンを透過し得る状態にあり,コンダクタンスは高いが,視物質の光量子吸収は膜に作用してイオンチャネルをブロックするような物質の産生を促し,コンダクタンスを減少させるというものである。

脊椎動物網膜の機能構築

著者: ,   立花政夫

ページ範囲:P.178 - P.183

 序
 脊椎動物の網膜は神経生理学的に情報処理過程を研究するうえで大変有利な特徴をもっている。網膜は神経系の末梢部に出現した1個の完成した神経機構であって,そこでは視覚情報に対して非常に複雑で特徴のある処理を施している。私達研究者は,さまざまな視覚のはたらきの基礎となる神経生理学的な機構を明らかにしていくことを望んでいる。近年,細胞内記録という素晴らしい方法のおかげで,かなり神経生理学的な知見が得られるようになった。ここでは,網膜の基本的なはたらきについていくつか述べて,これらの機能が網膜のどの部位で生じているかを明らかにし,次いで,これらの機能の発現に寄与していると思われる神経機構の概略を描くことにしよう。

コンピューターによるキンギョの杆体シナプスの再構築とその解析

著者: ,   ,   霜田幸雄

ページ範囲:P.173 - P.177

 脊椎動物の網膜は中枢神経系におけるシナプス構築の研究に適したモデルと考えられてきた1)。しかし,これは網膜が単純であるということではない。網膜における空間的な光の情報処理機構や色覚の情報処理機構は生理学や解剖学の研究で明らかにされてきているが,動いている物体の認識の機構や発生過程における細胞分化などの問題はまだ明らかにされていない。情報処理という点で網膜のシナプスの生理的機能を説明する必要があるのだが,形態学的研究が詳細になるにつれて,想像以上に複雑であることがわかってきた2,3)。さらに,発生過程において特定の細胞がシナプスを形成することや,成長過程のシナプス結合の可塑性やその保持について,いろいろな考え方が出されている。
 網膜のシナプス結合は光情報処理という生理的機能に関連して形態的にも複雑かつ精密である。このような微小なものを形態学的に詳細に研究するには,三次元的解析方法が必要となってきた。従来より行われている連続超薄切片から塑像などのモデルで細胞の形態を再構築する方法は,退屈で時間のかかる割には,それほど多くのデータが得られずシナプスの配列や定量的な解析には有効なものではなかった。神経系の発生の機構やその保持,あるいはその最終的な機能を理解するためには,形態学で得られたデータを今までとは異る画期的な方法を用いて処理する必要が生じてきた5,6)

解説

ミトコンドリアにおける酸化的りん酸化—膜生理の立場から

著者: 北里宏

ページ範囲:P.184 - P.191

 はじめに
 昨年Peter Mitchellがノーベル化学賞を受賞したことはミトコンドリアにおける酸化的りん酸化についての化学浸透説が広く認められるようになったことを示している。この陰には,化学浸透説を支える多くの実験,とくにRacker1)および香川2)らの共役因子についての素晴らしい実験があった。Hの電気化学ポテンシャル勾配が基質の酸化とりん酸化反応を共役させるものであることが明らか3,4)となったいまでは,研究の中心は受動的なHの流れとATP合成反応との共役に移っている。生化学の方から膜に近づいてきたこの時期に,膜生理の方からもこの興味深い問題に近づけるように,膜電位と関係の深い概念を用いてこれまでの考え方を整理解説してみることにする。

睡眠機構学説の再検討

著者: 鳥居鎮夫

ページ範囲:P.192 - P.199

 はじめに
 睡眠機構に関する学説は,1950年代に入って,AserinskyとKleitman3)が,睡眠にはNREM睡眠とREM睡眠の二つの状態があることを発見してから大きく変貌した。われわれの意識は三つの主要な状態,すなわち,覚醒,NREM睡眠,およびREM睡眠からなっていること,これらが一定の順序をもって出現することなどを説明する必要が起きてきた。正常では睡眠はNREM睡眠から始まって,NREM-REMの交代があるということを説明しようとして,Jouvetのモノアミン仮説18)は,NREM睡眠がREM睡眠の引き金になっていると仮定した。Hobsonら14)はNREM睡眠とREM睡眠は2種のニューロン集団の間の相反性作用によって起ると提唱した。しかし,覚醒—NREM睡眠—REM睡眠という一定の順序をもって現われることを説明しようとする生理学的モデルは,ナルコレプシーのような病的状態12)や,時差ぼけ9)のときなどにみられる順序の狂いをも説明できないと不十分であろう。
 この論文では,この10年間睡眠研究の主役を演じてきたJouvetのモノアミン仮説が現在どのように評価されているかを中心に文献的な考察を試みたい。そしてこの論文の後半ではこれからの睡眠研究の主役になると思われる睡眠物質について最近の進歩を紹介したい。

講義

脳と意識経験

著者:

ページ範囲:P.201 - P.211

 物理学者として研究を始めた者が一流の生理学教室に招かれて話をするということは名誉でもあり,きびしい試練でもあります。また,哲学的かつ科学的な意味のある話題を選ぶことは,私にとっては無謀な誤りであったかもしれません。しかし,私を招いて下さった伊藤教授が親切に勇気づけて下さったので,いまや多くの神経生理学者が関心を示しているこの事柄を皆さんと共に取り上げることにしました。この事柄とはわれわれが見たり,聞いたり,感じたり,考えたりする意識経験からわれわれ自身について得る情報と,脳と神経系の生理学的研究から得る情報を正しく関係づけようとする試みのことです。
 われわれ一人一人が自分自身についてもつ情報を二つの並列の長い行に書き出すことができます。まず,われわれの意識経験から得る情報として,たとえば,私には人々で満員の部屋が見える,私は何々を聞く,私はこれこれを考える,そしてこれこれを信ずる,といったようなことがあります。これはわれわれ各人が自分について述べることができることで,正しいかさもなくば嘘をついていることになります。つまりこれらはわれわれ自身には判っていることで,これを否定することは嘘をつくことになるのです。こういう表現をまとめて「己れの物語(I-story)」と呼びます。私は見る,私は聞く,の中の私を表わす己れのことを考えて下さればよいのです。

実験講座

プレッシャーによるHRPの単一細胞内注入法:無麻酔動物の皮質ニューロンへの応用とバイオプシー

著者: 酒井正樹 ,   酒井廣子

ページ範囲:P.212 - P.217

 はじめに
 綿胞内への物質注入による単一神経細胞のマーキングは1968年頃よりKravitz17)らによりProcion dyeを用いて盛んに行われだした。horseradish peroxidase(HRP)による細胞内マーキングは1975年にMullerら10)がヒルのganglion cellで初めて試み,同時に,同定した細胞の電子顕微鏡による観察をも行っている。これはLa VailらがHRPをその軸索内逆行輸送に目をつけ中枢神経系に適用して3年後のことである。翌年,Snowら16),Jankowskaら3),Cullheimら2),Lightら7)がネコの脊髄運動ニューロンを,Kitaiらのグループが尾状核ニューロン5)と小脳のPurkinje cell8)に,適用して成果を収めた。以後HRPによる細胞内マーキングはしだいにポピュラーになりつつある。
 ところで,微少電極からの細胞内への物質注入はこれまでのほとんどが,電気泳動に頼ってきた。しかしこの方法では大量の通電が細胞活動の連続的モニターを妨げる他,細胞の保持を困難にする。しかも十分量の注入には時には数十分を要するので現在のところ無麻酔動物には応用されていない。筆者らはこの欠点を克服すべくプレッシャーによるHRPの細胞内注入を試み,慢性無麻酔ネコの大脳皮質ニューロンを短時間でマーキングすることに成功した。

話題

中国の生理学の印象

著者: 勝木保次

ページ範囲:P.218 - P.222

 昨年秋あたりから沢山の方が中国を訪れられ,それに鄧小平(Teng Hsiao-P'ing)副首相が来日されてから,その傾向が一層強くなり,帰国後種々の話が伝っているので,読者の皆様も種々中国の知識をおもちのことと思われる。それで一般的のことはさておき,できるだけ専門に関する私の得た知識を紹介したいと思う。それは私達が受けた彼地での好遇に対する謝礼にもなると考えるからである。
 私達は日中協会学術訪中団として,中日友好協会の骨折りで訪中した第2回目のものである。茅誠司氏を団長とする一行17名が,11月1日から10日間北京・上海を訪問した。

訪中見聞記—針麻酔を中心として

著者: 市岡正道

ページ範囲:P.223 - P.228

 はじめに
 昨1978年10月20日より23日間,われわれは中国政府衛生部(日本の厚生省に相当)所属の中医研究院季鈡朴先生のご招待をうけ,下記のような訪中団を結成し,針麻酔の機序を中心とした学術交流のため中国を訪問する機会をもった。針麻酔に関する訪中団は今回で2回目であるが(第1回目は1974年1月),針麻酔の原理(原理とは日本語でいえば機序のこと)を標傍する点では初回であった。主旨がこのようであったため団員はつぎのように生理学研究者が過半数を占めた。
 日本針麻酔原理研究者代表団(図1)

ロンドン大学生物物理学教室

著者: 高橋智幸

ページ範囲:P.229 - P.231

 Euston squareで地下鉄を降りて,Gower streetを南に向って歩くと,すぐ右手に古めかしい赤レンガ作りのUniversity College Hospitalが目に入る。ここは1846年にListonによって,ヨーロッパで初めて,エーテル麻酔による手術が行われた病院で,当時のUniversity College医学生として,ここに居合せたListerは,後に石炭酸による消毒を導入して,多くの命を敗血症から救うことになる。University College Hospitalの入口を背にして立つと,Gower Streetをへだてた向う側に,University College Londonの正面玄関が見わたせる。昨年150年祭を迎えたこの大学は,もっぱら上流階級の子弟を集めていたOxford,Cambridgeに対して,広く多階層から人を集めて発展してきた。イギリスで,最初に女性に学位を与え,戦時中にはナチに追われたユダヤ系の学者達を迎え入れた。現在もキャンパスには,さまざまな人種の学生やスタッフが見られ,この大学の多様性は,その後もひきつがれているように思われる。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

明日の脳を考える(2)

著者: 塚原仲晃 ,   石井威望

ページ範囲:P.232 - P.238

 ソフトマシンとしての脳
 大阪大学の塚原でございます。
 先程ごちそうを食べていて非常にいい気分でおりましたところが,司会者の久保田教授が非常に厳しいことをいわれまして,ちょうどジュースと電気ショックを同時にくらったサルみたいなものでありまして,非常な混乱状態にあります。そういうつもりでお聞きいただければ幸いです。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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