icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学30巻5号

1979年10月発行

雑誌目次

特集 In vitro運動系 総説

細胞構造の解体と運動現象—特集「In vitro運動系」によせて

著者: 神谷宣郎

ページ範囲:P.314 - P.316

 多くの生理機能は細胞の解体と共に失われるが,運動機能の場合には事情がやや異る。なぜなら,運動は細胞をいろいろな方法で解体した系や,細胞の構成要素を再集合させた系においても,なんらかの形で再現できる場合が少くないからである。運動機能の研究に,生きた完全な運動系を用いることはもちろんそれなりの意義をもっているが,一方では,in vitro運動系の作成が運動の分子構築を理解する効果的な手段として近年著しく注目されるようになった。
 本来in vitroという言葉は生体の一部が生体外に摘出遊離されている状態を指しているが,動物個体から体外に摘出した筋の収縮や,体外で培養した動物組織細胞の運動などは,本特集が意図するin vitroの運動には含まれないものと考える。ここでは生体という字句を細胞と読み替え,in vitroの運動を,完全な細胞より低次の系,または細胞の構成要素を再集合した系に起る運動という意味に解してよいであろう。

アクトミオシン系の収縮

著者: 丸山工作

ページ範囲:P.317 - P.325

 1942年,ハンガリーの小都市セゲドの大学の医化学研究室で,Szent-Györgyiは,長いこと抽出してねばねばとしたミオシンBからつくった糸にATPをかけてみた***。それは,みるみるうちに収縮した。サスペンジョンでも"超沈殿"が起った。Szent-Györgyiは,直観的に,筋収縮を試験管内で再現したと思った。
 しかし,Szent-Györgyiの直観がそのとおりであることが実証されるには,長い年月を要した。物理化学者はATPの電荷によるコロイドの離液にすぎないと指摘した。事実,1968年にもハンガリーの生理学者Ernstはオボアルブミンの糸がATPで短縮するのを示したくらいである。

原形質流動系の再構成

著者: 三津家正之 ,   清水博

ページ範囲:P.326 - P.333

 はじめに
 ウサギ骨格筋タンパクのように,その生化学的性質がよく研究されているタンパク質を使って人工流動系をつくることは,直接的には原形質流動の機構の研究にとって意義があるが,それ以外にもきわめて大きな意義をもつものと考えられる。それはメカノケミカル変換の過程を詳細に調べることが可能になるという点であろう。

原形質流動のモデル化

著者: 黒田清子

ページ範囲:P.334 - P.340

 生きている正常の細胞を解体して,運動に関する機能を残したまま,運動と直接関係のない不要の部分を順次除外して,より簡単なモデル細胞系を用いることは,純粋の既知の物質を組み合わせて運動を誘起するモデル系とは別の方向からのアプローチとして,細胞運動の解明に有効な手段と考えられる。
 Szent-Györgyi1)によって開発されて以来,グリセリンモデルは筋の生化学,生理学の分野のみでなく,非筋細胞2)の運動機構の研究に広く用いられるようになった。また非イオン界面活性剤で細胞の膜を除去した系も,筋収縮3)のみでなく,べん毛4),線毛5)の"Tritonモデル"など,輝かしい成果を挙げるのに寄与している。さらに,筋細胞の膜を機械的に剥がした"Skinned fiber"6)は細胞質をできるだけ傷つけずに膜を取り去るという意味で,より生理的なモデル系である。この"名取の線維"を用いて筋収縮に関する多くの重要な生理機能が明らかにされた。ここ数年来,非筋細胞でも膜を機械的に脱がした系が次第に用いられるようになった。これら脱膜系(demembranated system)が細胞運動の機構の解明に果たす役割は大きいと思われる。

アクチン線維束の遊泳

著者: 藤目杉江

ページ範囲:P.341 - P.345

 序
 筋収縮を伴うタンパクはアクチンとミオシンである。近年,非筋肉組織,細胞からつぎつぎにアクチン,ミオシンが単離されるに及んで,アメーバ運動,原形質流動,細胞分裂,食作用等々,ただ筋収縮のみでなく,広く生体運動はアクチン・ミオシンの二種タンパクで担われていることが示された。
 横紋筋において,アクチン・ミオシン両線維間の相互作用による滑りが収縮であるという「滑り説」は広く受け入れられている。両線維間にかかったアクチン・ミオシン架橋が,分子のレベルでどのように動き,如何にして力を発生するか,横紋筋のX線回折などの手段で研究が進められている。細胞運動,たとえば原形質流動の機構が,筋収縮と同じ「滑り説」またはその修正した考えで理解できるだろうか。研究を進める一つの手段として試験管内で原形質流動を再現することを試みた。既知の環境条件,あるいは限定された条件下で,アクチン・ミオシン系がどのような運動を示すか,運動を調節する条件は何かを知れば,原形質流動の機構,ひいては,分子のレベルでの作用機作を理解するための一助となるであろう。

鞭毛モデルの運動

著者: 高橋景一

ページ範囲:P.346 - P.354

 鞭毛や繊毛の運動機構に関する研究は,この10数年間に飛躍的な進歩をとげた。とくに,鞭毛や繊毛の運動が,その内部にある微小管どうしのすべりによって起るという考え(微小管すべり説)が,多くの証拠を得て確立したことは,さまざまな方向からの研究に統一的な視点を与えたもので,画期的な出来事であったといってよい。
 運動機構の解明を目指す研究の流れの中で,鞭毛(または繊毛)モデル,すなわち鞭毛や繊毛の表面膜がもつ選択透過性を,グリセリンや表面活性剤によって取り除いた標本(モデル)を用いる実験は常に重要な役割を果たしてきた。また,今後の研究においても,鞭毛(繊毛)モデルは強力な武器としてますます利用されるものと期待される。

染色体移動

著者: 酒井彦一

ページ範囲:P.355 - P.359

 はじめに
 有糸分裂でみられる娘染色体の両極への移動は,細胞周期の間に起る変化の中で肉眼でみることのできる大変動的な現象である。その運動を支える紡錘体は,卵細胞では周期的に形成され,また消失する。細胞は染色体輸送のために一時的に紡錘体を作り,用が済めば消してしまうという意味で,染色体運動には通常の,みかけ上安定な構造をもった運動系にはみられない特徴がある。そこで,その運動系の一時的構築がどうして起るのか,どのような運動系が関与するのか,その分子的機構は何か,という問題が興味の対象となっている。しかし,過去二十数年間に,紡錘体または分裂装置を単離する多くの試みがなされてきたにも拘らず,その構造的な不安定さのために分離には一種の固定操作が必要とされ,染色体運動をIn vitroで起し得る紡錘体の単離はできなかった1)
 1959年に,井上2)の偏光顕微鏡による解析から,紡錘体の微細線維の配向が温度に依存した動的平衡にあることが分っていた。その後,紡錘体の機能や娘染色体の後期運動(anaphase movement)と,動原体や染色体糸などとの関連を明らかにしようとして,紡錘体上の局所的な紫外線照射実験が行われた3)。また,1958年以降,電顕観察によって染色体糸が動原体から極に向ってのびている20〜30本の微小管束であることがわかり,染色体運動の原動力はこの微小管束を通して動原体に及んでいると考えられるようになった。

解説

ペプタイドホルモン生合成の分子生物学

著者: 矢内原昇

ページ範囲:P.360 - P.369

 はじめに
 タンパク質を構成するポリペプタイド鎖は,細胞核DNAの遺伝情報に基づくmRNAのトリヌクレオチドコードンの翻訳機構によりアミノ末端からカルボキシ末端へと1個ずつアミノ酸が結合し,直鎖のポリペプタイド鎖が延長されて形成されることが知られている。
 1965年以来,インスリンの生合成に関する知見として,膵B細胞のミクロゾーム分画にはインスリン抗血清で沈殿するタンパク質が生合成される1)こと,また,そのインスリン生合成はリボゾームでのタンパク生合成を阻害するピューロマイシン2)またはcycloheximide3)で阻害されることが明らかにされ,インスリンはタンパク生合成機構により生合成されることが示唆されるにいたった。さらに構造決定された種々の脊椎動物のインスリンの一次構造にみられる二,三のアミノ酸残基の置換は遺伝子のトリヌクレオチドコードンからもその妥当性が推定された4)

臭素と脳のはたらき—REM睡眠との関連

著者: 柳沢勇

ページ範囲:P.370 - P.375

 Ⅰ.一般生物界と臭素
 自然界における臭素の分布は広汎で地球上のあらゆる地域に存在し,ほとんどすべての動植体の成分中に見出される。生物界における臭素の化学的存在形は大部分は無機塩類の形で存在するらしいけれど,事実は詳しく調べられたことがないのである。高等動物にあってはハロゲン元素の中で,ヨウ素は甲状腺ホルモンとして,フッ素は歯の関係として,塩素はNaClとしてそれぞれ生体にとっての須要さが知られているが,臭素だけは生体とのかかわりについて全く不明のままである。ヨウ素のように地域的欠乏状態も起らないし,実験的に臭素欠乏状態を現出するには分布が広汎すぎて不可能に近い。だからといって生体内で須要でないとはいえないところである。
 生物界における臭素が有機物として存在することが明らかになっているのは,わずかに海産の下等動物からdibromotyrosineが分離されたことがあるだけだが,最近になって海藻から分離されたlaurencin1),微生物のある種のものが生産するXanthomonas pigments2)がそれぞれ臭素を含む有機物であることが知られるに至ったが,以上が生物界における有機臭素化合物のすべてであった。

実験講座

ラット副腎遊離細胞の調整法

著者: 金敬洙 ,   森本真平

ページ範囲:P.376 - P.381

 はじめに
 1968年,Kloppenborgら1)はコラゲナーゼを用いてラットの副腎組織片から細胞浮遊液を調整する方法を開発した。以来,副腎遊離細胞の調整に種々の改良がなされ,副腎におけるステロイド生合成代謝に関する研究に遊離細胞が幾多の利点をもつことが報告されている。すなわち,副腎遊離細胞を使用した場合,つぎの四つが指摘されている。
 ① 副腎組織内の同一種の細胞を用いてステロイド代謝を解析することができる2)
 ②細胞浮遊液の調整により動物間の個体差を除くことができ,多数の均一な検体を得ることが可能である3)
 ③遊離細胞の全表面が露出しているので,ACTHなどのステロイド合成刺激物質が細胞表面に広く接触し容易に細胞内に入り込むことができる1,2)
 ④遊離細胞は分化した状態を保っているので,生理的濃度のACTHに対しても容易にステロイド合成反応が起る4)
 著者らは,当教室で行っているラット副腎遊離細胞の調整法を紹介するとともに,副腎の球状層細胞及び束・網状層細胞を用いて,Angiotensin Ⅱ,ACTH, Kなどの刺激に対するステロイド反応を検討したので,その成績について述べたい。

話題

「補体の遺伝」国際会議の印象記

著者: 高橋守信

ページ範囲:P.382 - P.385

 第3回「補体の遺伝に関する国際会議」(The third international workshop on complement genetics)が去る5月25日から28日まで西ドイツのケルン市で開催され,日本からは筆者と教室の坂井俊之助助教授が出席した。第2回会議が1976年に英国ケンブリッジで開かれてから3年ぶりであり,この分野における研究の急速な進展を反映して活発かつ有意義なものであった。この小論では会議の報告を行う前に簡単に補体および補体の遺伝についての解説を行い,それから本題に入ることにしたい。

第4回国際プロスタグランジン学会

著者: 山本尚三

ページ範囲:P.386 - P.388

 本年5月27〜31日の5日間,米国のワシントンD.C.のShoreham America Hotelで,国際プロスタグランジン学会が開催された。3年前のイタリアのフローレンスでの学会に引続き,今回は第4回の大会であった。プロスタグランジン研究のここ数年間の驚異的な速さの進展を,消化し吸収するための学会として,3年に一度の国際学会と,毎冬米国の保養地で開催される冬期プロスタグランジン学会とが定期的な集まりとして存在し,決して学会が多過ぎるという印象はなく,それぞれ新しい研究成果が発表され,参加者を満足させている。

IBROシンポジウム—神経ペプチドと神経伝達

著者: 大塚正徳

ページ範囲:P.389 - P.390

 1979年6月2日から4日にかけて,PolandのWarsaw市郊外Jablonna村にあるPolish Academy of Sciencesにおいて,IBRO(国際脳研究機構)主催の下に「神経ペプチドと神経伝達」に関するシンポジウムが行われ,出席してきた。印象記を書くことになるとは思っていなかったので,カメラももっていかなかったし,記憶もうすれているが,日本からの出席者はParis在住のエーザイの松岡芳隆博士夫妻と筆者だけであったので,会の大体の様子をできるだけお伝えすることにする。

中国再訪記—中国全国針灸針麻学術討論会に出席して

著者: 市岡正道

ページ範囲:P.391 - P.398

 私は昨秋,約3週間に亘って針麻原理に関する学術交流を目的として中国を初めて訪問したが(本誌30(3):223-228,1979),はからずも帰国後半年経つか経たない,本年5月30日より6月13日まで2週間,再度訪中の機会に恵まれた。ここで「はからずも」といったのは,中国再訪の予感がなきにしもあらずであったが,ただこのように早くそれが実現するとは思わなかったからである。というのは昨秋訪中の際,延べ10日間滞在した北京を去るにあたり,11月2日夜,中国衛生部黄樹則副部長を初め,われわれの訪中に尽力された主な方々を招いて北京烤鴨店で答礼宴を開いた。このとき私が団長として黄副部長につぎのような希望を述べた。「針灸と針麻とは中国が生みの国であり,かつ,その技術を4000年も保持し発展させて来たところのものであり,中国が世界に誇る医療技術である。しかし,世界各国の研究者の努力にもかかわらず,その科学的原理は現在のところ十分明らかになっていない。私は貴国が音頭をとって針灸針麻原理開明のために国際的学術大会を開かれるよう切望したい。」これに対し意外にも黄副部長は「実はそのような計画はすでにもっている。」との即答であった。そのあと某団員が「開くとすれば何時頃を予定しているのか。」と訊ねたら「早ければ来年(つまり今年1979年のこと)にでも……」との返事であった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?