icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

生体の科学31巻2号

1980年04月発行

雑誌目次

特集 免疫系の情報識別

特集「免疫系の情報識別」によせて—外なる自己について

著者: 多田富雄

ページ範囲:P.106 - P.107

 免疫系の最も基本的な機能は,いうまでもなく「自他の識別」である。この識別に続いて起る一連の生体反応が免疫応答である。では生体にとって「自」とは何か,「他」とは何か,そして「識別」とは何かと逆向きに問い直してみると,私たちは白紙に向って何ひとつ正確に答えることができないことにがく然とするものである。
 個体が個性を持った個体であり得るためには,まず「他」から「自」を区別する必要がある。そのためには,「他」の特徴を正確に知ると同時に,「自己」の最も特徴あるものと対応させ,比べあわせる,照合の作業がなければならない。とすれば,「他」を知るためには,「自己」に関するすべての情報がファイルされ,つねにreferされる条件が必要であろう。もし「他」が,きわめて「自己」に似かよっている場合の方が,照合はよりたんねんに行なわれなければならないだろうし,「はるかに」異なったものとの照合に比べて,より詳細な「自己」についての情報が必要になるであろう。

総説

個体識別の自然史

著者: 村松繁

ページ範囲:P.108 - P.114

 はじめに,次の二点についておことわりしておきたい。
 ① ここでいう"個体識別"とは,生物の個体間における生態学的—行動学的な相互認知を意味しているのではない。たとえば,動物が群集をつくったり,配偶者を見つけたり,いっぽう寄生者が巧妙に宿主を選んだりするような活動は,個体識別の自然史という表題にぴったりとあてはまる興味深い現象であろう。しかし,この号は"免疫系の情報識別"の特集であるので,免疫現象に直接あるいはその延長線上で関係がありそうな細胞による自己と非自己の識別ということに話題をしぼりたい。

マクロファージの抗原識別とリンパ球の活性化

著者: 横室公三

ページ範囲:P.115 - P.124

 はじめに
 ミジンコの体内に侵入した異物をミジンコの細胞が貪食するのを顕微鏡下に見たMetchnikoffは,異物の細胞による貪食こそ生体の防御機構をになうものであろうと考え,このような貪食能をもつ細胞をphagocyteと名づけた。そして異物はphagocyteによって認識され貪食されることにより生体は防御されるとする細胞による免疫論が誕生した1)。同じ頃Ehrlichは細菌毒素の作用機作の研究から,毒素は細胞上にあらかじめ存在する側鎖と結合することにより細胞に障害を与えるが,結合した側鎖が細胞から離脱すると,もはや毒素は細胞を障害しえず側鎖の離脱した細胞には側鎖の再生がおこり,過剰に再生された側鎖は血中に放出され血中て毒素と結合中和することにより生体を毒素から守るとする側鎖説を展開した2)。現代免疫学の言葉を借りるならばEhrlichの側鎖はリンパ球の抗原と結合するreceptorや抗体にほかならない。その後の免疫学の歴史の振子はこの2人の巨人の理論の間をゆれながら進歩発展してきたといっても過言でない。
 異物がMacrophageによって認識されるというMetchnlkoffの鋭い観察も抗原が細胞のreceptorや抗体によって認識されることを予見したEhrlichの透徹した理論もその根本理念において,現在なんの修正も必要としていない。

リンパ球の増殖と分化の制御

著者: 難波雄二郎

ページ範囲:P.125 - P.130

 はじめに
 ClamanやMillerらによってリンパ球が抗体産生細胞系(B細胞系)とその増殖分化を助ける細胞系(T細胞系)とにわかれている事が明らかにされて以来,我々の免疫系に対する理解は飛躍的な発展を遂げた1,2)。B細胞系に対するT細胞系の機能は,当初B細胞系の増殖分化を促進すること(ヘルパー機能)のみだと考えられていたが,多田やWaksmanらの研究によってある条件下では抗体産生を抑制する機能が存在することが明らかにされ,T細胞系のB細胞系への働きかけ(T-Binteraction)のしくみが多元的であり,T細胞系が生体の免疫応答(immune response)を調節する主役であることが明らかになった。
 さらにCanterやAsofskyらによって,異なる機能を荷ったT細胞間での相互作用(T-T interaction)が存在することが明らかにされ3,4),生体の免疫系はこれら異なる機能を持ったリンパ球のネットワークによって成り立っている事が次第に明らかになってきた。リンパ球は抗原を認識した後,これらの細胞間相互作用によって,コントロールされながら抗体産生細胞あるいは細胞性免疫をになう細胞に増殖分化するわけで,本稿ではこれらの制御機構について記述したい。

免疫ネットワークと抗原認識

著者: 坂戸信夫

ページ範囲:P.131 - P.138

 はじめに
 1980年代の免疫学の一つの方向は,1970年代に発覚した最も基本的な免疫学上の現象に関わる重要な問いの数数に対してさらに深くメスが入れられ,分子レベルでのアプローチが成されるであろう。このアプローチは,各種生物学で適用され成果があがっていることはいうまでもないが,いわゆる部分を全体にまで止揚された"organized immunology"がもちろん望まれる。1970年代の免疫学は,また,古い概念をいさぎよく捨てなければならないということも教えてくれた。つまり,免疫学における"common sense"が刻々と変りつつある。これに関して,例えば,免疫オーケストラで,1968年にはG. O. D.(gcnerator of diversity)が,1974年には,ある種のT細胞が,1977年にはLyt 1,Lyt 2,3, Lyt 1,2,3T細胞の三人が指揮者となった1)。また同時にオーケストラの団員も増加している。
 免疫系は極めて複雑である。抗原とそれに対応した1クローンとの反応で特異的抗体分子が産生されるというクローン選択説は基本的には万人の認めるところである。

解説

小脳の帯状構造とオリーブ小脳投射

著者: 川村光毅

ページ範囲:P.139 - P.148

 まえがき
 萎脳峡(isthmus rhombencephali)を境にして脳全体は大脳を含む前方部と菱脳を含む後方部の二つの基本部分にわけられる。小脳は胎生期菱脳の翼板(alar plate)の背外部が内方へ曲って形成された菱脳唇から背方向に発達したもので,オリーブ核や橋核は翼板にある他の細胞群が腹方に移動して形成されたものである。哺乳動物の脳でとくに明らかなように,小脳は正中部の虫部と左右の半球部からなるが,系統発生的にみれば,前庭神経の原始的な延髄核から,または,第一次の前庭域から発達したものである。下オリーブ核群には脳内の種々の領域からの神経線維が核内の特定の部位に主な終止域をもって入ってくる(後述,図9参照)。一方,オリーブ核から起こるオリーブ小脳線維は恐らくすべて登上線維として小脳皮質分子層のプルキンエ細胞樹状突起に(分枝は小脳核などにも)終わる(註:カエルの第一次前庭神経線維には苔状線維と登上線維の2系が存在するとされているが28,29),少くとも高等脊椎動物では,オリーブ核以外の部位から登上線維が起こるという確実な証拠は現在得られていない)。
 さらに,大脳皮質の発達にともなって小脳皮質との間の中継核として橋核が発達してくる。橋核細胞からは苔状線維が起こり,顆粒細胞に終わる。

実験講座

SDS-ポリアクリルアミド電気泳動における活性染色

著者: 上里忠良

ページ範囲:P.149 - P.153

 はじめに
 SDS-ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)はタンパク質の分子量測定の簡便法として生化学に広く応用されているが,いろいろな人の方法がこれまで報告されている。その分子量測定の原理については他の総説1,2)を参照されたい。酵素およびタンパクの機能の活性染色にも,種々の方法があると思うが,通常組織学的染色方法がそのまま,または多少改良されて用いられている。SDS-PAGEで,酵素,タンパク等の機能および活性が損われないことが必要条件である。一手法として泳動後ゲルを1〜2mm間隔にスライスし,1枚ずつ試験管内で活性を測定するという方法もあるが,ゲル上で直接活性バンドが得られるのはきわめて便宜なことが多い。組織化学的に用いられている活性染色法には数多くあり他の参考書3,4)に詳しく記載されている。SDS-PAGEに応用される活性染色法には,表1に示したように例えば,シュクラーゼ等のようなGODと色素をカップルさせた方法5)や,ATPase等のようなリン酸Ca++の沈殿法3,4)や,ALPase等の人工基質を用いて螢光で見る方法,ジアゾ色素をカップルさせて発色させる方法3,4)などがある。その他に,広い意味で,糖タンパク等を調べるPAS染色や,レクチン-ペルオキシダーゼ法6)や目的とする酵素の抗体を用いた酵素抗体法4)などがSDS-PAGEにも応用されてきている。

話題

谷口シンポジウム「感覚の脳機構」

著者: 勝木保次 ,   佐藤昌康 ,   酒田英夫 ,   高木貞敬 ,   大村裕 ,   田崎京二

ページ範囲:P.154 - P.161

 谷口財団国際シンポジウムの脳科学分科会第3回は「感覚の脳機構」と題して,昨年10月21日〜24日の間琵琶湖畔にある東洋紡績会社求是荘において行われた。
 谷口シンポジウムは,財団の長である谷口豊三郎氏の発想になる特異の人選が要求されたもので,財団の援助による他の10のシンポジウムも人数は異っても同じ主旨によって組織されている。

「無臭」飼育の試み

著者: 秋山勲 ,   柳田昭二

ページ範囲:P.162 - P.165

 研究用小動物のケージの清掃は,直接には動物のhandling効果に関係し,一方では生活環境の衛生状態を保持する,筈である。しかし現実には,飼育室の清潔保持どころか,清掃の意欲すら阻害する悪臭との戦いとなる場合が多い。多数のラットを飼育して慢性実験をしている私達は,無臭でしかも清掃に人手のかからない方法はないものだろうかと考えた末に,特別なケージと飼育室を作った。試用して3年になるが所期の目的を達成し,無事故で,完全に省力化の実を上げている。

アメリカにおける研究生活の印象

著者: 外山芳郎

ページ範囲:P.166 - P.169

 「アメリカにおける研究云々」という生意気な表題を掲げましたが,これから書く事は一般的なアメリカでの研究生活ではなく,ましてや華麗にも見える第一線的な研究生活でもなく,日本で教育を受けたごく平均的な日本人である私がポストドクターとして2年半程アメリカの研究生活を垣間見た,それに対する感想等です。お読みになってゆくうちに,「私はアメリカで十年研究をしていたけれど,このような事は一度もなかった」等の齟齬が出てくると思いますが,これから書く事は私のペンシルバニア大学医学部解剖学教室という狭い生活経験から得た印象ですので,あしからず。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

脳を創る(2)—創造過程—心理学の視点から

著者: 波多野誼余夫

ページ範囲:P.170 - P.173

 私は心理学をやっておりまして,実際にものを創るということは,ほとんどないわけでございます。いま中野先生**が最後におっしゃいましたように,情報処理のレベルでプログラムができるということと,それから実際にそういう機構が物としてできるということは,分けて考えた方がいいかと思うんですが,私の方は,情報処理のレベルでいっても,少なくとも,今の最も進んだコンピューターのプログラムでも,どうも人間のようにはいかんというお話をしまして,こちらは悲観論でいこうかと思っております。もちろん,プログラムは,人間の知的行動の所産と,一見したところ「紙一重」の差しかないものを生み出すのですが,この紙一重の差が実際には越えがたいものだというのが話の主旨であります。

コミニケーション

D. M. MacKay教授の「脳と意識経験」に対するコメント,他

著者: 南雲仁一

ページ範囲:P.174 - P.178

 まずはじめに,講演のあらましを紹介する。I see. とかI believe. などの意識経験(conscious experience)があると,それに対応して脳の状態になんらかの変化を生じると考えるのは,無理のないところであろう。以下の話は,「おのれの物語(I-story)には必ず脳の物語(brain story)が対応する」という前提のもとに展開される。
 講演は三つの部分から成る。その第1部は,意識経験によって脳のメカニズムを知ろうと試みる場合に,通常の経験を研究してもあまり役に立たないという主張である。われわれが理解しようとするシステムについて,興味深い異常な状況を引き起こす特殊な入力を見出すことが重要で,たとえば錯視的な意識経験がそれである。講演者自身が発見したいくつかの錯視の例を示して,このような異常な意識経験を契機として対応する脳内のメカニズムを研究することにより,脳の働ぎが少しずつわかるようになるという。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?