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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学31巻3号

1980年06月発行

雑誌目次

特集 赤血球膜の分子構築 総説

赤血球膜の形態変化と化学修飾

著者: 佐藤真悟 ,   中尾真

ページ範囲:P.182 - P.187

 生体膜は脂質2重層の蛋白分子の埋め込まれたものと考えられている。この蛋白分子は脂質2重層の中でどのように存在しているのであろうか。近年,赤血球膜に存在する主要蛋白はかなり単離され研究されている1)
 しかし,膜蛋白を単離するには,一部はカオトロピックアニオンなどを用いて水に溶かすことはできるが,残りは界面活性剤を用いる必要がある。その間に膜蛋白は変化するかもしれないし,たとえ変化しなくてもintactな膜でどのように存在していたかは明らかでない。そのような問題に答えるべく種々の二価試薬が新しく合成され,用いられた。われわれは二価試薬を用いた研究の発展と,その結果として浮かびあがってきた赤血球膜内の水平方向への成分の分布を述べたい。膜成分の垂直方向への不均等分布については,太田の総説に詳しく書かれているので参照されたい2)

赤血球膜の超微形態

著者: 月田早智子 ,   石川春律

ページ範囲:P.188 - P.197

 生体膜の実体が電子顕微鏡によってはじめて可視構造として把えられて以来,その微細構造は分子構築との関連で論議されてきた。いろいろな膜モデルが提唱されてきたが,一般的には,生体膜は脂質2重層を基本として,それに蛋白質が組み込まれているものである。脂質中の蛋白質の存在様式については,SingerとNicolsonによる「流動モザイクモデル」1)が広く受け入れられている。生体膜のもついろいろな機能を考えるとき,その分子構築が一様であるはずはなく,実際,電子顕微鏡で見る生体膜も極めて多彩な微細構造を示す2)。生体膜の分子構築を解明する努力は,限られた種類の膜についてではあるが,確実に進められている。その代表的な例が赤血球膜である。
 赤血球は,ヘモグロビンによる酸素運搬という重要な役割を担っている。とくに,哺乳類の赤血球は,核や糸粒体などの細胞内オルガネラを欠き,大量のヘモグロビンを入れた袋という単純な形態をとる。この細胞は,酸素運搬という機能を最大限に発揮できるよう特殊に分化した細胞であり,その表面膜,すなわち形質膜も特殊化した膜であるはずである。生体膜研究にこの膜が有利であるのは,ヘモグロビンを溶血によって除くだけで,純粋な形質膜が容易かつ大量に,しかも断片化せず,ゴースト(ghost)の形で調整できることによる(図1)。

赤血球膜蛋白の分子特性

著者: 富田基郎 ,   本間喜久子

ページ範囲:P.198 - P.204

 はじめに
 赤血球膜蛋白は生体膜の中ではきわだって解析が進み,分子レベルでかなりのことが論じられるようになった。本総説では膜蛋白の構造に焦点を絞り,その知見からどの程度まで赤血球膜全体の構造が理解されうるかを紹介したい。紙面の制約があるので,他総説によっても解説される部分の紹介は参考文献を載せる程度で割愛した。

赤血球膜脂質の存在状態

著者: 大西俊一 ,   黒田和道

ページ範囲:P.205 - P.210

 Ⅰ.赤血球膜脂質の種類
 ヒトの赤血球膜に存在する脂質は,リン脂質,コレステロール,糖脂質であり,その存在量は重量比にして,約73%,22%,5%である。もっとも豊富に存在するリン脂質は,膜の骨格である二分子層構造を形成している。コレステロールは,この二分子層膜の流動性などを調節する役割をになっていると思われる。糖脂質は,その存在量は少ないが,細胞表面に存在し,細胞の認識という機能にとって欠かせない成分である(本特集の飯田論文を参照のこと)。
 赤血球膜のリン脂質は,ホスファチジルコリン(PC),ホスファチジルエタノールアミン(PE),ボスファチジルセリン(PS),スフィンゴミエリン(Sph)などで,その存在量は図1に示すようである。頭部極性基にコリン基をもつPCとSphを加えると,全体の約半分(54%)になる。図1には,他の哺乳動物の赤血球膜についての分析値も示されているが,どの場合でもPCとSphを加え合わすと全体の約半分になっている。牛,羊,山羊のように,PCがほとんど零のものについても成立っているのは興味深い1)

赤血球膜糖タンパクの構造と機能

著者: 中島元夫 ,   辻勉 ,   大沢利昭

ページ範囲:P.211 - P.221

 はじめに
 多細胞における種々の細胞間相互作用の機構とその意義を解明しようとする細胞社会学的研究は,細胞表面の分子性状の解明を必要不可欠とする。そこで,細胞膜構築とその構成成分の化学組成の研究が盛んに行われている。特に細胞膜系の糖タンパクは,いずれも細胞表面に露出して存在しており,細胞表面特異性や,細胞と細胞,細胞と外環境因子の相互作用における役割が注目され,その生化学的研究の進展にはめざましいものがある。しかし,細胞周期をもち,様々な細胞活動を行っている細胞の膜糖タンパクは一定の標品の調製が困難で,構造解析に供し難い。そのため多年にわたり,タンパクの代謝生合成を行わず,多量に均一の膜標品が得られる赤血球の膜が細胞膜モデルとして取り扱われ,その糖タンパクが詳細に解析されるに至った。
 赤血球膜は,還元剤のβ-メルカプトエタノール存在下でSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動1)にかけると,10数本の主要なタンパクのバンドが観察される2)。これらのうち,クマシーブルーで染色されるband 3と呼ばれるものと,過ヨウ素酸酸化シッフ試薬(PAS)染色陽性のPAS-1,2,3,4などが糖タンパクである。これらは膜内在性で,膜を貫通して存在する2〜6)ことから赤血球膜における機能が注目され,また臨床的にも興味ある抗原性を有することから,その精製と構造解析が最も精力的に進められている。

赤血球の糖脂質

著者: 飯田静夫

ページ範囲:P.222 - P.229

 赤血球は単一の細胞として集めやすい,また核など他のオルガネラがないために低張で溶血してヘモグロビンを除くと細胞膜成分だけが簡単に得られるので,生体膜を研究するのによい材料として古くからよく研究されている。しかし生体膜の代表としての赤血球膜の研究があまりにも有名であるだけに赤血球膜を生体膜とくに細胞膜のモデルとして考える場合には,概念的な生体膜を具象化した膜は実在せず必ずなんらかの意味で特殊に分化し特異性をもったものであり,数多くの具体的な事例から抽象し,体系づけられた生体膜の概念と必ずしも全面的に一致するものではないことを念頭におくべきであろう。赤血球膜で得られた結果がそのまま生体膜一般に通用するものでないことは分かり切ったことであるが,ややもするとこうした考えに落ち込みやすい。
 赤血球膜は脳と同じ様に脂質の含量の多いことで知られている。ヒトの場合脂質,タンパク質,糖質の割合はほぼ4:5:1で糖質はタンパク質または脂質に結合して糖タンパクや糖脂質として存在している。

解説

赤血球の加齢と膜の変化

著者: 沢崎嘉男 ,   岩岡英男

ページ範囲:P.230 - P.238

 はじめに
 赤血球は種により,定められた一定の寿命の後に血中から消失するが,その寿命を決定する因子も,老化赤血球の処理の場についても,不明のまま残されている。一般的には,処理の場は脾臓をはじめとする網内系とされているが,なるほど病的ないし障害赤血球は脾臓に分布するものの,生理的な老化赤血球も同様に処理されるという確証はなかった1)。われわれは,ヘモグロビン代謝の生理的な場を知るために老化赤血球の運命について検討を始めたのであるが,これは,その昔,象牙商人が暗黒大陸で象の墓場を捜し求めてさまよったことに似ている。実際には象の墓場はなかったのだが,赤血球ではどうであろうか。
 また,赤血球寿命の決定因子ないしは老化赤血球を処理する側の認識機構に関しても,さまざまな推測がなされているが,そのいずれも,生体内での証明に欠ける。もし,老化赤血球に対する何らかの認識機構が存在するならば,それは赤血球膜の老化に伴う変化をとらえていることが予想される。そのような推測の一つとして,最近,赤血球膜のシアル酸の減少が老化の信号となり,それを食細胞が認識して処理を行うとする考えが提出された2,3)。これは,血清脱シアロ糖タンパクが,肝実質細胞に選択的にとりこまれる所見3)から派生したもので,赤血球の膜タンパクのレベルで,老化とそれに対する認識機構をともに説明しうる,魅力的な仮説である。

講義

軟体動物ニューロンにおけるCaで活性化されたKコンダクタンス

著者: ,   山岸俊一

ページ範囲:P.241 - P.249

 最初に,私がこれまで過去10年間にわたって一緒に仕事を進めてきた共同研究老を紹介すると,カリフォルニア大(米)のF. Strumwasser教授,ケンブリッジ大(英)のN. B. Standen博士,ブリストル大(英)のR. C. Thomas博士,そして,リヨン大(仏)のG. Nicaise博士らである。これらの人々が私がこれから述べる仕事に登場してくる。
 まず内容を要約しておくと,この実験はアメフラシ(Aplysia)とカタツムリ(Helix asparsa)の中枢ニューロンで行われた。これらの細胞内へのCa注入はKに対する細胞膜透過性を増大させる。同時にCa注入は細胞質のpHを低下させ,それ自体が膜コンダクタンスに影響を与える。このことは細胞質中のミトコンドリアが注入されたCaをプロトンと交換するものと推定される。Ca感受性のKコンダクタンスについては,一部の組織ではその重要性がまだ明らかではないにしても,広く動物界に行きわたっていると考えられる。

実験講座

卵細胞における内部灌流実験法

著者: 吉井光信

ページ範囲:P.250 - P.255

 はじめに
 1961年にTasakiとHodgkinの両グループによってそれぞれ独自に開発されたイカ巨大神経軸索における内部灌流法(internal perfusion technique)1,2)は,膜冠位固定法との組み合わせにより,神経細胞膜の電気的興奮現象に対して多くの優れた洞察を与えてきた3〜5)。内部灌流の目的は,細胞内のイオン環境をコントロールすることにより,細胞膜をより単純なシステムとして物理化学的解析に都合よくすることにある。しかし,細胞内容物をとりのぞかなければならないために,イカやその他の一部の巨大神経軸索6)にしかこの手法は適用されていなかった。
 ところが5年ほど前より,小さい神経細胞体の内部灌流をめざす努力がなされている。これらの細胞では,巨大軸索のように細胞内容物を簡単にとりのぞくことはできないので,細胞膜の一部を破り,そこより内部灌流液を浸透させるという方法をとっている。よって,正しくは"細胞内透析法(intracellular dialysis technique)"と呼ばれるべきであるが,目標はあくまでも細胞内を灌流することにあるので,単に"細胞内灌流法"と呼ばれている。最初の細胞内透析は,Kostyukらによりカタツムリの神経節細胞で試みられた7,8)

血管灌流による臓器・組織固定法

著者: 鈴木昭男

ページ範囲:P.256 - P.263

 はじめに
 血管灌流によって臓器や組織を固定する方法は,種々な固定法の中でも数々の優れた点をもっており,細胞や組織の超微構造や構築をできるだけ生理的状態に近く保って固定することが要求される透過ならびに走査電子顕微鏡試料の作製においては最もよい方法とされている1〜5)。しかし実際には手技の成否により結果にばらつきの起こり易いこともあって,現状では必ずしも十分に活用されているとはいい難い。本稿ではこうした点を反省しながら,血管灌流固定法の特徴,適応,基本的方法,代表的な装置と灌流液の処方,2,3の問題点などについて述べてみたい。

話題

シンポジウム「細胞内情報系としてのカルシウムイオン」見聞記

著者: 浅野朗

ページ範囲:P.264 - P.266

 蛋白研シンポジウムの一環として,上記のシンポジウムが1月28日,29日の両日,蛋白研講堂で開催された。この分野に対する最近の注目されかたを反映してか,参加者は120名前後の多きにわたり,地元の大阪,京都,神戸だけでなく遠く新潟,東京,筑波,名古屋から,また九州,岡山などからもかなりの出席者があり,非常に活発な発表や討論が行われた。
 シンポジウムの内容は第1部「Ca2+による細胞機能の調節」,第2部「細胞内Ca2+受容体」の2つに分かれ,Ca2+の情報伝達に関与すると思われるタンパク質を中心としたプログラムが組まれた。これはCa2+依存性モジュレーター蛋白の発見者である阪大医の垣内史朗教授が主体となり,筆者が加わって作られたもので,非常に多くの研究が行われている細胞まるごとを用いた解析や,人工膜などを用いた研究は,この程度の大きさのシンポジウムでは残念ながら入れることが出来なかった。シンポジウムとしてはテーマをしぼった方が良いだろうということになったためである。

チェコ生理学研究所のブレシュ研に学んで

著者: 大川隆徳 ,   柴田政章

ページ範囲:P.267 - P.269

 チェコスロバキアでは1952年科学アカデミーが創設され,歴史上はじめての科学研究に対する中央総合化が行われた。この科学アカデミーは広い分野にわたっての研究所を含めて多数の部局をもち,その施設,研究器材,図書の充実などに多くの国家予算が使われている。さらに,このアカデミーは研究・教育のための最高機関であって,一般の大学を出た有能な人材を一流の研究者に養成している。この権威ある科学アカデミーに所属するブレシュ(Bureš)研は,ヤン・ブレシュ博士を中心に,精神科医でもあり心理学者のブレッシュ夫人のオルガ・ブレシュオバ博士,化学の専門家であるクリバネック博士,ブレシュの後継老ともいえるプロゼック博士および6〜7名の専属技能員(うち,女子4名)が主体となって,1954年以来,レオの伝播性抑制(Leão's spreading depression)を主テーマにして研究を続けており,その業績は1974年にアカデミア・プラハから出版された"The-Mechanism and Applications of Leão's Spreading Depression of Electroencephalographic Activity"(Bureš,Burešová and Křivánek共著)に収録されている。

コミニケーション

薬学百年祭におけるエーデルマン教授の特別講演をきいて

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.270 - P.270

 昭和55年4月3日,日本薬学会の100年祭式典が虎の門の教育会館ホールにおいて行われた。この式典に際して,ロックフェラー大学のエーデルマン教授(Gerard M.Edelman)は「神経発生中における細胞膜事象に対する免疫学的アプローチ」と題する特別講演を行ったが,その要旨は次の如くであった。
 鶏胚の網膜をとり出し,細胞をばらばらにしたあと培養液中に生かしておくと,細胞同志がくっつき合い,突起が成長し,網膜に似た層構造が形成されることが知られている。この時培養液中に含まれる物質を抗元として抗血清をつくり,培養液に加えると層形成は著しく阻害される。このような働きをもつ抗元物質を分離精製した所,分子量14万の緒蛋白であることがわかり,これをcell adhesion molecule,略してCAMと命名した。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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