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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学31巻5号

1980年10月発行

雑誌目次

特集 カルシウムイオン受容タンパク

特集「カルシウムイオン受容タンパク」によせて

著者: 垣内史朗

ページ範囲:P.366 - P.366

 現在カルシウムイオン(Ca2+)は,あらゆる種類の細胞において,種々の基本的な生命現象の調節に与っているものと信じられている。表1にその一端を示すが,この中で最も研究の歴史が古く,Ca2+による細胞機能調節の先鞭をつけることになったのは,骨格筋の場合である。いま,その先駆者である江橋の辿った道を読みなおして1),十年余の昔に繰りひろげられた1つのドラマ,中でもCa2+説の呈出とそれに対する猛烈な批判,そしてそれをこえて遂にトロポニンの発見2)に至る物語りに,感動を禁じ得ない。その中で,当時の代表的生化学者の意見として,(Ca2+説は)だいたい正しいのかもしれない。だけど,私はCa2+は好きではない」というのを,江橋は淡々と述べている。しかしこの状況は,そのCa2+受容蛋白であるトロポニンの発見と共に一変した。トロポニンの発見以後,この分野がいかに多くの優秀な研究者を魅了し,引き付けることになったかは,今日皆のよく知るところである。そしてその結果,現在,筋収縮の調節機構が,分子のレベルで語られるに至ったのである。
 今日,研究者の関心は,ようやく骨格筋,心筋を越えて,表1に示すような非筋肉組織一般におけるCa2+の問題に移りつつある。そしてそこに至る1つの関門として,平滑筋もまた最近クローズアップされている。

総説

カルモデュリンの生化学

著者: 垣内史朗 ,   祖父江憲治

ページ範囲:P.367 - P.379

 カルモデュリン(calmodulin)は,分子進化の上からみて,トロポニンC姉妹蛋白の1つとしての位置を占める。しかし,筋収縮の調節蛋白としてのトロポニンが,専ら骨格筋と心筋にのみ見出されるのに対して,カルモデュリンの分布は,表1のごとくに,調べられた限りのすべての哺乳類組織に及び,この他,多くの非脊椎動物,テトラヒメナ等の原生動物,更に広く植物界にも見出されている。すなわちカルモデュリンの生物学的意義は,これらの組織における細胞内Ca2+受容蛋白としてのものに他ならない。
 カルモデュリンの歴史は,Ca2+-activatable phosphodiesteraseの歴史にはじまる。すなわち,1970年に私たちは,ラット脳ホモジェネートの遠心沈殿上清中に上記の酵素を発見して報告した1,2)。すぐに引続いて,同じく脳の抽出液中に,Ca2+によるこの酵素の活性化に必要な因子を発見した2,3)。一方同じ年に,USAのCheung4)は,脳ホスポジエステラーゼの活性化因子について報告した。奇妙なことに,彼は最初カルモデュリンをCa2+とは関係なく考えており†,Ca2+はむしろホスポジエスラーゼの阻害因子だと発表した5)。そのようなわけで,両グループの蛋白が同一のものであることを確認するまでに,更に数年を必要としたのである。すなわち,1973年に,カナダのWangら6)によってそれがなされた。

筋のCa2+受容蛋白

著者: 三川隆

ページ範囲:P.380 - P.388

 1970年にKakiuchiら1)とChangら2)によって発見されたCa2+受容蛋白──calmodulin──が,広く酵素のCa2+依存性活性化因子として働いていることが明らかになりつつある(前章参照)。
 図1にニワトリの非筋細胞(脳),平滑筋(筋胃),心筋,骨格筋の全蛋白を等電点電気泳動/SDS電気泳動を組合せ,2次元に展開したスラブゲルの,Ca2+結合蛋白の必要条件を満たす酸性部位,かつ低分子部位を示した。非筋細胞の場合には目につく蛋白は唯一calmodulinといってよい。ところが,平滑筋→心筋→骨格筋の順に,収縮という機能が特殊化したと考えられる組織になるにつれてcalmodulinの相対量は低下し,そのかわりにtroponin-C,leiotonin-C,およびmyosin-L鎖等いくつかの酸性蛋白の出現が特徴的である。筋細胞の有する収縮という特殊な機能と,これらの新しく出現する蛋白がどの様に関連しているのだろうか?

フラグミン—Ca2+感受性をもつアクチン線維形成の調節因子

著者: 長谷川孝幸 ,   秦野節司

ページ範囲:P.389 - P.394

 非筋細胞にもアクチンが含まれており,共存するミオシンと共にアメーバ運動,原形質流動などの細胞運動を担っていると考えられるが,その存在様式は骨格筋の場合と著しく異なっている。非筋細胞ではアクチン線維は多くの場合束状の構造(粘菌の複屈折性線維や培養細胞のストレスファイバー等)を形成しているが,これらの構造が長期間安定な状態で存在することは稀で,むしろ形成と消滅がくり返されている場合の方が多い。また非筋細胞には立派なアクチン線維以外に,低重合状態のアクチンが多量に存在していることが知られている1〜3)。低重合状態のアクチンはほとんどの場合精製すると立派に重合するようになる4,5)。このことは非筋細胞中にアクチン線維形成の調節因子が存在することを示唆している。ここに紹介するフラグミンはアクチン線維形成を調節する働きをもち,かつその働きがCa2+によって調節されるたん白質である6)

アクチノゲリンとゲルゾリン—哺乳類の非筋肉細胞に存在するマイクロフィラメントの構造形成のCa2+制御因子

著者: 三村直稔 ,   浅野朗

ページ範囲:P.395 - P.400

 アクチンは,非筋肉細胞では多様な存在状態をとっていることが知られている。例えば,アクチンが重合してできたマイクロフィラメント(以後mf)は,1本ずつ別々に存在することもあれば,何十本も集まってstressfiberを作ったり,細胞のある領域に集中したりする。またフィラメント自体が,オリゴマーやモノマーにまで,可逆的に分解することもいろいろな状況証拠から言われている。つまり,非筋肉細胞には,筋肉細胞にみられるような特定の収縮構造が,定常的に存在するのではなく,mfが細胞の状態や周囲の環境を反映して,常にその形を変える動的構造体として存在しているのである。mfが細胞運動以外にも,分泌,cap形成,形態保持など変化に富んだ機能を発現できるのも,アクチンが様々な状態で存在し得るからに他ならない。
 このようなmfの構造形成のダイナミズムが,何によって制御されているかを明らかにすることは,細胞運動やmfの関与した細胞機能を理解する上で欠かせない問題であろう。

解説

心筋のslow inward current

著者: 平岡昌和 ,   池田和郎

ページ範囲:P.401 - P.409

 この20年間,"電圧固定法"(voltage clamp technique)が心筋に応用され,心筋細胞膜に流れるイオン電流には2つの内向き電流と4〜5つの外向き電流が存在することが示され,活動電位の発生機序に関し多くの知見が得られた。なかでも,内向き電流の1つであるslow inward current(SICと略す)は,主にCa++で運ばれ,心筋活動電位に特有なプラトー相を形成する重要な電流であり,さらに収縮張力や不整脈発生にも関連していることなどから関心がひかれるようになった。
 しかし,"電圧固定法"は技術的にも困難な方法であり,心筋の構造上の特徴から実験標本によっては膜電位の空間制御(space clamp)をしにくいこと,他のイオン電流との重複などの影響もあり,SICの分析については,定性的な性質はともかく,定量的な解析は必ずしも一致した見解の得られていない点もみられる。そこで,我々は心筋のSICに関するいくつかの問題点について記述してみた。

外分泌腺房細胞の電気生理—ラット,マウスの膵臓,唾液腺,涙腺を中心として

著者: 岩月矩之 ,   西山明徳

ページ範囲:P.410 - P.421

 微小ガラス電極を使用して,細胞内電位を報告したLundberg1)の仕事が,分泌細胞における電気生理学的研究の始まりである。彼はネコの顎下腺支配神経を電気的に刺激して一過性の膜過分極反応をみた2)。膵腺房細胞および涙腺の細胞内電位測定は比較的歴史が浅く,1968年,DeanとMatthewsは,コリン作動性神経末端から遊離されるアセチールコリン(ACh)が,膵腺房細胞を脱分極することを報告した3)。同年,HisadaとBotelhoは,ネコの涙腺で,支配神経を電気的に刺激して,二相性の膜電位変化を記録し,同時に測定した涙液分泌量の関連を報告した4)。近年,分泌機序に関する研究の発展はめざましいが,分泌刺激が最終的に酵素分泌やイオン液分泌に至る一連の過程,つまり刺激分泌連関(stimulus-secretion coupling)の解析に,細胞内電極をもちいた電気生理学的研究が果たした役割は極めて大きい5,6)。本稿では,唾液腺,膵外分泌腺および涙腺の腺房細胞の電気生理に焦点をしぼり,最近の研究の動向を解説したい。
 本題を論ずる前に電気生理学的方法の利点とその限界について論じてみたい。細胞内電極をもちいた電気生理学的方法の最大の利点は,述べるまでもなく,時間的経過の速いイオンフラックスの動態を忠実に捉えることができる点である。第2に,数本の微小電極を細胞に刺入して,隣接細胞間の機能的結合状況を知ることができる点である。

論壇

脊椎動物網膜論:第1部

著者: 中研一

ページ範囲:P.422 - P.435

 まえがき
 脊椎動物網膜は独立した,そして複雑な神経回路網で種々の形態機能の異なった細胞が組み合わされて,構成されている。網膜からの最初の電気反応(ERG,網膜電図)は,Frithiof Holmgrenにより,1865年に記録されている。それ以来100年以上にわたってその重要性から多くの傑出した研究者──Adrian卿,Granit, Hartline,Wald,冨田,Rushton,そして最近は,Hodgkinらが網膜を研究してきた。網膜はその入力(光刺激)と出力(視神経繊維によって中枢に運ばれるスパイクの時系列)が,はっきり規定された独立した神経回路網であり,その機能を遊離して研究することが出来る。網膜の研究は,光量子をとらえる機序から,網膜内細胞のイオン機構,伝達物質の同定など多岐にわたるが,網膜内部での感覚情報処理機構を解析することが,この十数年間の著者の興味の中心であった。
 網膜のような複雑な神経系の研究の第1歩は,その系に含まれる素子(神経細胞)を形態上から分類することである。最も古典的で,今日まで用いられている網膜神経細胞の分類方式は,Ramón y Cajalにより,前世紀末に確立された。彼は多くの動物の網膜細胞をGolgiの鍍銀法により"染色"し,光学顕微鏡を用いて,比較解剖学的に研究し,網膜内の細胞を受容器,双極細胞,水平細胞,アマクリン細胞,および神経節細胞の5種に大別した7)

実験講座

二次元ゲル電気泳動の細胞膜糖タンパク質分析への応用

著者: 佐々木輝捷

ページ範囲:P.436 - P.442

 細胞表面膜に存在する多数の(糖)タンパク質を二次元ゲル電気泳動で分離する試みは幾つかなされて来たが1〜3),transmembrane proteinを多く含む表面膜(糖)タンパク質の全成分を分離条件を異にする2種類の泳動条件下において終始可溶性に保ち良い分離パターンを得ている泳動系はまれである。ここでは,まず,表面膜糖タンパク質の全成分に関し比較的良い分離パターンが得られるImada,Hsieh and Sueokaの記載した方法4)を筆者が用いている方法に基づいて紹介し,つぎに,O'Farrell法5)の表面膜(糖)タンパク質分析への応用例について簡単に記したい。

二次元電気泳動像の電子計算機による解析

著者: 伊藤迪夫

ページ範囲:P.443 - P.447

 一次元目をポリアクリルアミドゲル(PAG)を用いる等電点電気泳動,二次元目をPAGを用いる分子量分別電気泳動とする高分解能二次元電気泳動法1,2)は複雑な組成の蛋白質混合物の多成分同時分析に適している。特に,血液など体液中の蛋白質の多成分同時分析は臨床応用上重要なので筆者は興味を持っている。
 二次元泳動法によって分離された蛋白質のスポットをコーマッシーブルーなどの染料で染色して得られる泳動像は一種の画像であり,これを計量的,定量的に扱うには電子計算機利用による画像処理工学的手法の導入が望まれる。さらに,本二次元泳動法は分離能が高いので分離スポット中の蛋白質は純粋であり,分離スポット毎に蛋白質を電算機により定量するのは有意義であろう。事実,1978年頃から二次元泳動像の電算機による計測法に関する論文が現れ始めた。これらの論文は主として変性剤を用いる泳動法(O'Farrell法1))によって分離した微生物3〜5),神経系細胞6〜8)中のペプチドのオートラジオグラムフィルムの分析法,分析結果を記しており,血液蛋白を変性剤を用いないで泳動分離2)して得られる染色二次元PAGそのもの(ペプチドマップではなく蛋白分子マップ)を直接電算機により分析するアブローチは筆者ら9)によって始められたものである。

話題

国際シンポジウム「GABA and glutamate as transmitters」の報告

著者: 吉田充男

ページ範囲:P.448 - P.451

 "GABA and glutamate as transmitters"と題した国際シンポジウムが,イタリアのサルジニア島にあるCosta Smeraldaという世界の富豪の集まる贅沢な避暑地で5月18日から23日の約1週間にわたって開かれた。会長はCagliari大学薬理のG. L. Gessa教授であったが,そこのG. Di Chiara教授がSecretaryとして実質的なorganizerであった。Di Chiara教授がまだ若く極めてactiveであるのに驚かさた。
 Scientific committeeは表1の通りで,各国の代表によっていた。また招待によるspeakerも世界各地より56人集められ,わが国からはKainin酸の発見者である篠崎氏が含まれていた。

ボルドーでの研究の日々

著者: 佐脇敬子

ページ範囲:P.452 - P.454

 1979年10月より1980年9月までの1年間INSERM(Institut National de la Santé et de la Recherche Médical,国立保健・医学研究所)のgrantを得て,フランスボルドー市にあるINSERM Unité 176-Unité deRecherches de Neurobiologie des Comportementsで研究生活を送る機会を得た。フランスにおける医学および生物科学研究機関として大学の教育・研究機関の他に前述のINSERMとCNRS(Centre National de la Recherche Scientifique,国立科学研究センター)があり,いずれも本部をパリに置き全国各地に研究施設を持つ。以下フランスの研究体制および日頃の雑感等をINSER-Mを中心に述べてみたい。
 INSERMの研究施設の規模は,研究単位あるいは研究グループ(通常上に示したように1からの通し番号のUnité No. で表される)として175を,共同研究組織として67を全国に配置している(1979年末)。これらのうち研究単位・グループはUnité 53やUnité 176のようにINSERMとして独立した建物の内に置かれる他に,大学,病院または他の研究所(たとえばパスツール研究所など)内にも置かれている。

コミニケーション

Daleの原理は破れたか?

著者: 桜井正樹

ページ範囲:P.455 - P.455

 長い間信じられてきたDaleの原理(1つのニューロンは,1つの伝達物質のみを合成・貯蔵・放出する)に対する異議申し立てが,最近相次いでいるが,確実にこの原理を破るものは見出されているとはいえないようで,この原理の妥当性をめぐる論議は,現在の神経科学の大きなトピックの1つとなっているといえよう。このような中で,興味深い論文が,主としてKarolinska研究所のメンバーにより発表された(Proc. Natl. Acad. Sci. USA,77(3):1651-1655)ので,ここに簡単に紹介したい。
 顎下腺などの外分泌腺を支配している副交感神経節後線維は,その刺激により,分泌と同時に血管拡張をひき起こすが,前者がアトロピンでブロックされるのに対し,後者はブロックされないことは,以前から知られていた。彼らは,このニューロンが,アセチルコリン(ACh)のみならず,vasoactive intestinal polypeptide(VIP)をも伝達物質としてもち,主としてAChが分泌作用を,VIPが血管拡張作用を担っていることを以下の事実から示唆している(材料はネコ)。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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