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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学31巻6号

1980年12月発行

雑誌目次

特集 大脳の機能局在

特集「大脳の機能局在」によせて

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.458 - P.458

 脳幹の精巧な組織構造に比較して大脳や小脳の皮質は殆ど同じような構造がだだっ広く広がっており,一見とらえ難い漠然とした印象を与える。かつてフルーランの提唱した大脳皮質同価値説は多分にそのような印象に影響されたものであろう。脳全体が1つとして働くという考え方には何か神秘的な魅力も感じられて,かつては好んで議論されたものであった。その一方では,ブローカ,ジャクソン,フリッチとヒッチッヒらの古典的研究により提出された機能局在の考えが次第に発展し,今日大脳皮質の機能地図ともいうべきものがますます詳細な姿をとりつつある。ブロードマンが顕微鏡組織像の違いに基づいて分割した50余の大脳皮質領域のすべてについて詳細な機能的なラベルが貼られる日もそう遠くはないとの期待が抱かれる。
 このような機能地図を作ろうとする努力はかつて大脳の機能研究の大部分を占めていた。換言すれば,それ以上のことはしたくても出来なかったといえる。このことは「それがどのようにして起こるかを考えるより,それが何処で起こるかを調べる方が楽である」というペンフィールドの言葉に明快に表現されている。どうやって起こるかを調べるには程遠い研究段階で,先ず何処で起こるかを明らかにすることが重要な課題であった時代,単調で労の多いマッピングの実験に精根を打込んだウールセイやスナイダーらの努力に敬意を表したい。

総説

大脳皮質における視覚機能の地図描写

著者:

ページ範囲:P.459 - P.465

 アカゲザルの視覚皮質は,後頭極から下部側頭回まで広がり,大脳皮質全体の少なくとも1/4を占めている。この中で視覚前野は,有線野(第1次視覚皮質,V1野)の前に位置し,Brodmannが細胞構築学的に区分した18野と19野に対応するものと考えられてきた(図1)。また視覚前野は,行動学的研究により視覚性であると考えられる下側頭回の領域にも接する。有線野との境界は細胞構築学的にはっきりしているが,下側頭回の領域との境界ははっきりしない。
 最近10年間にこれら有線野,視覚前野,下側頭回の多くの領域が,生理学的なマッピング実験で調べられた。マッピング実験では,細胞群からの記録を皮質にそって約1mm間隔で行い,これらの細胞の機能的特徴は無視して,受容野の位置だけを印していく。このように視野と皮質部位との位置関係を明らかにすることも重要であるが,その結果の意味を理解する為には,大脳皮質の視覚領野には何が表現されているかを問う必要がある。

聴覚野の機能的構成

著者: 菅乃武男

ページ範囲:P.466 - P.473

 音の性質は,周波数,振幅(または強さ),時間を表す3つの座標軸上に現れるパターンによって表示される。ソナグラムでは周波数を縦軸に,時間を横軸に,振幅(音圧)を線の濃淡で表す。ヒトや動物の交信音のソナグラムには3つの基本的なパターンがあり,これらが複雑に組合わさっている。交信音に含まれる情報を認識するためには,まず,その中に含まれる情報要索を抽出し,その組合わせを調べねばならない。
 聴覚系の末梢では音の周波数は興奮したニューロンのある位置によって表される。一方,音の振幅はニューロンの興奮の大きさ(インパルス放電の頻度)によって,音の長さは興奮の持続時間で表される。したがって,末梢には音の性質を表すための解剖学的基礎は周波数に対してのみある。ところが,大脳皮質聴覚野では周波数はもちろん,振幅,時間,その他の聴覚情報がそれぞれ興奮したニューロンのある位置で表示されるようになっている。このようなことは,パナマ産のヒゲコウモリPteronotus parnellii rubiginosusでしか分かっていない。他の哺乳動物では,周波数の部位的表示が1975年以来再確認され,現在,方向感覚に関係あると思われる機能的構成が少し分かりかけてきた状態である。聴覚野での機能局在については厳密な削除実験なしには決まらない。

マウスのヒゲと脳の樽形成—皮膚から脳を見る

著者: 山門誠

ページ範囲:P.474 - P.481

 哺乳類の脳の特徴を最も良く表しているのは大脳皮質である。皮質のうち動物の持つ種々の感覚器官からの情報を一手に受容する知覚領野は特異な部位といえる。
 解剖学者は皮質の特徴である層構築に着目し,層を構成する神経細胞の種類,分布密度と神経突起による線維型がそれぞれ変化する箇所で層に垂直の境界線を引き連続する皮質を区画した。皮質表面に投影された各区画には符号が付けられ,出来上がった区画図を我々は脳地図と呼んでいる。この地図は皮質の異なる構築単位の大きさと単位相互の位置関係を平面上に表しており,Brodmann1)の地図とV. Economo2)の地図が,詳細な区画と機能的意味について批判されながらも,参考にされる3)

大脳皮質運動野の最近の知見

著者: 篠田義一

ページ範囲:P.482 - P.495

 19世紀後半,大脳が精神活動の座であって,大脳皮質はどこも等価であり全体として機能するとするholist,universalizerの主張が一般に信じられていたが,焦点性テンカンと脳障害患者の臨床観察をもとに,H. Jackson(1931-32)は大脳に運動に関与する部分が局在することを推論した。時を同じくしてFritsch and Hitzig(1870)は,イヌの大脳皮質の前部を局所的に電気刺激すると対側の限られた身体部位の筋肉群の収縮が起こること,およびその皮質領域の破壊によって対応する部位の運動が障害されることを示し,大脳皮質に機能局在があることを実験的に証明した。このように大脳皮質運動野の研究の歴史は古く,その後も随意運動の発現機構とその中で運動野がどのような役割を果たすかという問題は,中枢神経生理学の中で最も興味あるテーマの1つとしてとりあげられ,これまでなされた研究は膨大な数に及ぶ。

連合野の機能区分

著者: 鈴木寿夫

ページ範囲:P.496 - P.503

 Ⅰ.連合野の解剖学的定義
 連合野(association area)という概念も,大脳皮質の他の場所と同様,まず構造をもとにして生じた1)
 すなわち,表1のごとく大脳皮質のうち,系統発生学的に比較的新しい新皮質(neocortex)は,発生の途中,かならず1度,6層全層存在する時期があり,構造的に同種皮質(isocortex)と呼ばれる。

解説

精神分裂病因に関与する脳内dopamine作動機構

著者: 融道男 ,   西川徹

ページ範囲:P.504 - P.511

 精神分裂病schizophreniaは一般成員中の発現頻度が極めて高く(0.6〜0.7%),精神病院の入院患者の過半数はこの病気で占められている。分裂病はほとんどが10代から20代の青年期に発病し,再発をくり返すことが多い。1950年代から薬による治療が可能になり,外来治療だけで軽快する患者が増加し,たとえ入院しても短期間ですむようになり,維持療法により少量の薬をのみ続けることにより再発を防ぐことも可能になってきている。分裂病に効く薬があるということから,これまで生物学的に病因を解明することができなかったこの疾患について精神薬理学的にアプローチする道が開かれた。分裂病治療薬の共通因子が脳内のdopamineに拮抗する作用であることから,分裂病のdopamine過剰仮説が唱えられている。小論はこの仮説の成り立ちを概説し,筆者らの研究について若干の紹介を試みたものである。

講義

哺乳動物外分泌細胞における神経伝達物質ならびにペプチドホルモン作用の細胞内メッセンジャーとしてのカルシウム

著者: ,   星猛

ページ範囲:P.513 - P.520

 本日この会で講演する機会を与えて下さいました星猛教授に厚く御礼申し上げます。また東京大学を訪れる機会を得ましたことは私の非常な喜びです。本日は,膵臓の腺胞細胞が種々の重要な消化酵素を分泌している機序に関して,私がどの様に考えているかを概略説明したいと思います。
 膵臓の腺胞細胞の主な部分は外分泌機能を営んでおります。その腺胞細胞の特徴は,細胞の腺腔に面した側に多数のチモーゲン顆粒をもっていることです。膵外分泌部の80〜90%はその腺胞細胞で出来ていますが,腺胞には他に導管系の要素も含んでおります。私どもはその細胞をcentro-acinarまたはcentro-ductal cellsと呼んでいます。この細胞は導管系が腺胞の中に押し込められた導管部分であります。その部分から細い導管が続き,次第に太い導管に続いております。形態学的にはこれら導管の細胞は似ており,恐らく基本的にはHCO3-に富んだ液を分泌するという共通の機能をもっているものと思われます。従って単純化のために,私どもは機能的には2種類の細胞,すなわち腺胞細胞と導管細胞に分けて話したいと思います。

実験講座

HRPによりマークされた単一細胞の電顕試料作成法

著者: 酒井廣子

ページ範囲:P.521 - P.526

 Procion dyeやHRPなどのすぐれたマーキング物質の導入により細胞内マーキング法は電気生理学の分野で急速にポピュラーな手法となってきた。筆者はプレッシャーによるHRPの細胞内注入法を昨年本誌で紹介した19〜22)。ところで,神経細胞の電気生理的応答と光顕でみる形態の対応づけが行われる一方で,同じ神経細胞の入出力関係を知るため,電子顕微鏡によってシナプス構造を明らかにする努力がなされてきている1〜8,10,11,13〜18)。そこではマーキングされた細胞のシナプスが光顕で観察された細胞の全体像のどこに位置するかを正確に決定することが主たる関心事であり,単一神経細胞への入力信号の統合様式を解明しようとしている。
 現在,我々のグループはHRP電顕法を用い脊椎動物網膜神経細胞の機能構築を明らかにしつつあるが,本法は網膜以外にも広く中枢神経系に応用できるものと思われるのでここに紹介する。以下に述べる力法は主にK. -I. NakaとB. N. Christensenによりテキサス大学において開発されたものである。

論壇

脊椎動物網膜論:第2部

著者: 中研一

ページ範囲:P.527 - P.539

 図1はアメリカなまず網膜の全体の印象を示したもので,ゴルヂ鍍銀法およびプロシオン染色法によって得られた細胞の形態に基づいて復元したものである。なまず細胞外層では受容器および水平細胞はすべて光刺激により過分極し,その大きさ(直流成分)はMichaelis-Mentenの式に従う。受容器は局所での光刺激に反応する。受容器より局所信号を受ける水平細胞はS-平面により平均照度に反応し積分信号を作る。双極細胞はこの2つの信号の差を作り,局所信号から積分信号または平均照度の信号を除去する。この結果(古典的な実験条件下では),双極細胞に同心円型受容域が作られる27)
 この双極細胞の信号は軸索により網膜内層に送られ,複雑な処理を受け視神経節細胞の軸索によりスパイクとして中枢神経に送られる―これがCajal1)とPolyak28)により樹立された古典的回路である。

話題

「第28回国際生理学会」報告

著者: 川口三郎 ,   本間生夫 ,   宮崎俊一 ,   加藤順三

ページ範囲:P.540 - P.547

 Ⅰ.神経生理
 国際生理科学会議は1980年7月13日から19日までハンガリーのブダペストで開催されました。その前後にヨーロッパ各地で数多くのサテライトシンポジウムが開かれたので,本会議出席者の中には既にそれに参加した人あるいは本会議を皮切りにその後そうしたシンポジウムに出席しようという人達が多数おりましたし,またサテライトシンポジウムにのみ参加した人もかなりの数にのぼったということです。
 予め参加登録をした人達の国別人数を参考までに記しますと,アメリカが1,161名,主催国ハンガリーの539名は別として,次に多いのは日本で367名,そして西ドイツ362名,イギリス337名,ソ連300名,フランス208名,イタリア100名とつづきます。ただしソ連は登録数こそ多いものの,実際に参加したのは1/3にも満たないとか聞きました。事実口演でもポスターセッションでも櫛の歯が抜けたように多数の演題とり消しがありましたが,その殆どがソ連の人達でした。

「医学生物学における国際SEMシンポジウム」に参加して

著者: 飯野晃啓

ページ範囲:P.548 - P.553

 走査電顕(以下SEM)が医学生物学の分野に応用されてから,約10年の年月が経過した。初めは分解能の悪さ,試料作りの単純さから"形態学者のおもちゃ"などと揶揄されがちだったSEMも,次々と発表される立体的な美しい写真により,形態学研究の最も魅力的な機器の1つとなって来た。アメリカにおいては1968年Johariにより,SEMのみの学会が組織され,以後毎年SEMに関する,理論と応用の論文が発表され,1979年には分厚い3冊の書籍となって世界中で発売される様になっている。一方,我国では1972年に田中(鳥取大)により,"医学生物学のためのSEMシンポジウム"が国立公園大山の一山荘でこじんまりと始まり,1980年鹿児島で第9回の会を重ねるに至っている。この間,田中(鳥大),徳永(鹿大),藤田(新大)などの情熱と努力により,次次と新しい技術が開発され,それが医学生物学研究に応用され,SEMに関しては世界のどの国にも引けをとらないという自負を日本の研究者が持てるまでに成長して来た。このあたりで,諸外国の一流学者を日本に招待して,医学生物学SEMの国際的シンポジウムを開きたいものだという声が次第に高まり,ついに今回の企画が実現の運びとなったのである。

日米セミナー「ミオシンの構造と機能」に出席して

著者: 丸山工作

ページ範囲:P.554 - P.558

 筋肉の収縮蛋白質のミオシンは,きわめてユニークな蛋白質である。ATPを分解する酵素作用をもっているが,それはみかけ上であって,ATPの高エネルギーリン酸結合を切断するさいに放出されるエネルギーを運動のエネルギーに変換する。また多数の分子が自動集合してフィラメントをつくりあげる構造蛋白質でもある。
 ミオシンは,厳密な意味では,単一の蛋白質ではない。分子量約20万のH鎖2本から成る主成分と,4分子の小蛋白質L鎖(g鎖ともよばれる)とからできあがった複合蛋白質である。脊椎動物の骨格筋のミオシンのL鎖には3種類あり,L2鎖2本はすべてのミオシン分子に共通しており,L1 2本,L3 2本,L1,L3各1本の3種類の分子種がある。ミオシンは分子の長さが150nmという細長い分子で,2つの頭があり,ATPアーゼ作用はこの頭部にある。アクチンと反応するのも頭部である。尾部は,フィラメント形成に関与する。

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生体の科学 第31巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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