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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学32巻2号

1981年04月発行

雑誌目次

特集 チャネルの概念と実体 総説

ミトコンドリア膜のチャンネルの化学構造と機能

著者: 香川靖雄

ページ範囲:P.94 - P.100

 生化学者にとって生体膜はリン脂質二重層内に浮遊する各種の機能性タンパク質の集合体である1)。広義の生体膜,たとえば細胞壁などまで含めればこの定義は拡大しなければならないが,とにかく形態学者が細胞の表面と内部に見出した厚さ70〜100Åの膜状構造において,この特集号に書かれているような諸機能が生理学者によって記述されて来たのであった。生理学者の扱ったチャンネルはその殆どがイオンチャンネルであるのは,主として電気生理学的な方法を介して,生体膜のイオン透過性を測定して,チャンネルの概念そのものを生み出して来たからであった。これに対して生化学の主流は1960年代までは,有機分子の代謝経路とそれを構成している諸酵素の解明にあったので,イオンの移動そのものは関心をもたれず,もっとも代謝活動の盛んなミトコンドリアの酸化的リン酸化反応の化学的実体の解明の過程ではじめてイオン輸送が生化学的にとりあげられたのである。化学浸透圧説2)というパラダイム3)が生化学会に定着するのには約20年を要したが,その一因は生化学者が生理学的対象に不慣れであったためである。化学浸透圧説自身は「酸化的リン酸化反応とはHの電気化学的ポテンシャル差を介して電子伝達のエネルギーをH輸送性ATPaseに伝える生体膜上の反応である」という生理学的解答にすぎない。

卵細胞膜のイオンチャネル

著者: 宮崎俊一

ページ範囲:P.101 - P.109

 極性の強いイオンが脂質二重層から成る細胞膜を輸送される場合には,キャリアーやチャネルといった特異的な膜蛋白を必要とすると考えられる。興奮性膜における膜電位依存性のイオン透過性の増加は,Na+,Ca++,K+をそれぞれ選択的に透過させるフィルターを備えた小孔を持つチャネルが担っているとする考えが支配的である。これらのイオンチャネルは,膜電位を感受して小孔を開閉するゲートを有しており,openかclosedかの2状態をとると想定される。そしてイオン透過性の増加は,openチャネルの数の増加と対応すると考えるわけである。このチャネル仮説は,未だ完全に実証されたわけではないが,少なくともこれまでに得られた実験結果の多くを説明しうる。逆に,研究者がこのようなチャネルを想定した上で実験を進めるために,この仮説を支持する実験結果が蓄積されてきているとも言えよう。特に最近では,細胞膜の極く小さなpatchにおいて,all-or-noneにon-offするunitaryなイオン電流(いわゆるsingle channel current)が記録されるに至っている1〜3)

カルシウムチャネル

著者: 赤池紀扶

ページ範囲:P.110 - P.120

 神経線維や骨格筋線維の興奮膜を横切る内向きイオン電流としてナトリウム電流(INa)がよく知られている1,2)。ゾウリムシ3),尾索類卵細胞4),ヤリイカ巨大神経節前神経終末5),カタツムリ神経細胞6〜8),甲殻類筋細胞9,10),脊椎動物脊髄神経細胞11),心筋12,13)や平滑筋14)ではINaにカルシウム電流(ICa)が加わっており,INaとICaの電流比は細胞の種類,細胞間,さらに単一細胞でも記録する細胞膜の位置で異なるし,種属差もみられる。一般にINaで発生する活動電位(Na-spike)の機能的役割は神経線維や筋線維膜を介したメッセージの伝達である。それに対してこのNa-spikeよりも発火閾値が高く伝導速度も遅いICaによる活動電位(Ca-spike)の機能的役割は脱分極による心筋,平滑筋や骨格筋の興奮収縮連関,外分泌腺や節前神経終末の興奮分泌連関,神経細胞の自発性放電や軸索輸送,それにIK-Ca(ICaによって賦活されるカリウム電流)のコントロール,繊毛運動,発光等の細胞内プロセスに関与している15,16)
 1961年,Oikawaら17)とBakerら18)の両グループは独自にヤリイカ巨大神経軸索の人工液による細胞内灌流法を開発し,膜電位固定下に細胞内イオンをコントロールすることにより単純化されたイオン環境での神経細胞膜の物理化学的解析を可能にし,INaとIKに関する優れた情報を提供してきた。

サソリ毒とNaチャンネル

著者: 岡本治正

ページ範囲:P.121 - P.127

 チャンネル説1,2),即ち興奮膜には各種イオンを特異的に透過させる透過路(イオンチャンネル)が存在し,活動電位の発生に与る,という考えは現在広く受け入れられている。このチャンネル概念の形成にあたり1つの有力な証拠を提供したのが,特異的作用物質の存在である。神経毒として知られる薬物の中でいくつかは,膜電位固定下に重複して観察されるイオン電流のうちある成分のみを特異的に抑制する。例えばテトロドトキシン,サキシトキシンはNa電流を抑制してK,その他のイオン電流には何の作用も及ぼさない。一方,テトラエチルアンモニウム,或いはその誘導体は,K電流のみを抑制する。しかもdose-responseの関係を定量的に調べてみるとこれら薬物に対し,それぞれ限られた数の受容体が膜内に存在する事が強く示唆される。こうしてそれぞれの薬物が,個別、特異的に結合する膜内分子としてイオンチャンネルの存在が浮かび上がってきたわけである。本稿の主題であるサソリ毒も又このようなイオンチャンネルに対し特異的な作用を及ぼす物質である事が近年明らかとなってきた。
 ところで,これら特異的作用物質は単にイオンチャンネル概念の成立に寄与したばかりでなく,その実体を探るプローブとしても活用されはじめている。

神経興奮におけるチャネル

著者: 松本元

ページ範囲:P.128 - P.138

 神経興奮に関するHodgkinとHuxleyによる現象論的記述1)の見事さはいまさら改めて述べるまでもない。この記述の重要性はHodgkin-Huxleyの式が神経興奮現象を良く説明するという点にとどまらず,①軸索膜の受容部は電圧感作で,膜には電圧リセプター(これはシナプス後膜のアセチルコリンリセプターに相当する)が存在し,②電圧リセプターからの情報がイオン選択性を有するチャネルの開閉を制御する,という膜興奮のイメージを打ち出した点であろう。
 従って現代の神経興奮の課題はHodgkinとHuxleyが提起した問題に答えることである。すなわち,①イオンの選択透過を行う蛋白質(チャネル蛋白質と呼ぶ)を膜から抽出・精製し,また膜での存在様式を明らかにする,②電圧リセプターの膜での存在部位を明らかにし,この物質を膜から抽出・精製すること,③電圧リセプターとチャネル蛋白の相互作用がどのようにして担われているか明らかにすること,などであろう。そして最後にこれら精製した材料をもとに電気興奮膜を再構成し,その機能が軸索の機能と基本的に一致すれば神経興奮の機能と構造が良く理解されたことになろう。

神経膜の内外面からみた興奮チャネル

著者: 山岸俊一

ページ範囲:P.139 - P.145

 イカ巨大神経線維を用いて膜興奮に関わる薬物やイオンの作用を膜内外面から全く同等の条件で眺めてみると,膜外表面と内表面の驚くべき異質な性格が浮かび上ってくる。この著しい非対称性こそが生物細胞膜の特徴であり,個々の細胞が細胞外環境から独立した内環境をつくり上げてきた長い歴史をその"機能する構造"の中に凝縮させているのであろう。
 膜面を膜の興奮という観点からみると興奮機能を担う興奮チャネルとその支持構造というイメージで把えることは妥当なことであろう。イオン選択性の強い個々のチャネルをモデルにした解析についてはそれぞれの筆者の方が述べられる筈なので,私はこれまで主に手がけてきた灌流イカ巨大神経線維と一部ザリガニ神経線維のデータをもとに内外表面に顔を出しているチャネルの性質づけを試みたい。

解説

海馬と学習運動

著者: 平野俊二

ページ範囲:P.146 - P.154

 およそ400年前に,解剖学者Arantiusは大脳皮質の内側に位置し,脳の前部にまたがる彎曲した形状の海馬構造がタツノオトシゴに似ているので,海馬(hippocampus)と名づけたといわれる。近年,海馬切除の臨床例が記憶障害をもたらすというScovilleとMilner61)の研究が端緒となり,動物による海馬機能の実験的検討を促してきた12,25,26,30,33)。海馬の解剖学的入出力系や細胞構造についてはかなり明らかにされてきたにかかわらず28,56,57),構造全体としての機能についてはまだ十分に理解されていない19,27)
 ここでは行動学的検討にもとづく海馬と学習運動の関係についてのべる。本稿でとりあげられなかった多くの問題については,他の文献11,19,27〜29)を参照されたい。

免疫レプリカ電気泳動法とその周辺

著者: 太田英彦

ページ範囲:P.155 - P.161

 等電点ゲル電気泳動法(IF)を含むゲル電気泳動法は,タンパク質や糖タンパク質の分析に広く用いられている。分解能が優れていること,試料が微量でよいこと,装置が比較的安く,手軽に行なえること等,数多くの利点のためであるが,その反面,ゲルの染色後,検出された多数のタンパク質が一体どういうタンパク質なのか,目指すタンパク質がそれらの内のどれであるのか,迷うことも多い。その上,非イオン性界面活性剤で可溶化した膜タンパク質のIFでは,人工的に複数のバンドが生じている例もある(Guengerich,1979)。また,ドデシル硫酸ソーダ(SDS)を用いたポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS-PAGE)では,試料に熱処理を加えない場合ですら,泳動後に何らかの酵素活性を検出して,タンパク質バンドとの対応をつけることは,極く一部の例外的な酵素を除いてまず不可能である(上里,1980)。
 ここに紹介する免疫レプリカ法(immune replicate electrophoresis)は,ゲル電気泳動後,特定のタンパク質の存在位置を,免疫学的に検出する方法の1つである。この方法は,試料タンパク質を抗原性やレクチン結合活性に基づいて検出するため,変性したタンパク質でも特異性の高い検出が可能であり,又放射性同位元素(RI)ラベルを用いて感度を上げることもできる。

実験講座

カイニン酸を用いる脳組織の破壊法について

著者: 永雄総一

ページ範囲:P.162 - P.170

 グルタミン酸の強力な協働物質であるカイニン酸を神経組織に注入すると,神経細胞体と樹状突起に存在する興奮性アミノ酸のレセブターに作用し,その細胞膜を持続的に強く興奮させ,細胞体・樹状突起を破壊するが,注入部位を通過する線維やシナプス前軸索には殆ど影響を与えない。さらに破壊される細胞にもある程度までは選択性が見られるという。このようなカイニン酸の特徴的な毒物作用を応用すれば,従来の吸引のような機械的方法や,電気凝固のような破壊実験よりも,さらに選択性の高い破壊実験が可能になる。ここでは現在まで報告されているカイニン酸の薬物作用,毒物学的作用機序,破壊実験の実例について検討し,併わせて我々の教室における実験を紹介する。

論壇

人類の染色体研究—主として古典について(上)

著者: 牧野佐二郎

ページ範囲:P.171 - P.176

 動物における染色体の研究は19世紀の末葉から遺伝学と提携して発達した。遺伝子のにない手である染色体の研究は,遺伝現象,もっと広くいえば生命現象の基本的知識の探求につながる,生物学,医学の基礎である。動植物の染色体研究は品種の改良など応用場面に関係がある一方,根本的には遺伝の原理を究明,遣伝現象の解明に貢献し,更にそれは人類福祉の増進につながる。歴史的には80年になんなんとする歳月を経た現在,なおたくさんの学者によって研究が行われているのは人類の知識と福祉の増進へのひたむきな情熱にほかならない。現在,人類の染色体の知識は医学と生物学の結び手の役を果たす基礎学として重要性をもつに至り,その意義は大きい。
 人類染色体の研究発達史をたどると,先ずつきあたるのは1880年前後から始まった主として性腺組織を研究材料とした固定切片法による古典的研究である。植物とは異なる生育条件,生態環境にある動物の組織を材料とする所に,そこに自らハンディキャップがある。古典法による染色体の研究は形態学の一分野に足踏みをつづける状態にあり,染色体の知識を遺伝現象に直接、間接に結びつける域にはほど遠い状態にとどまっていた。特に哺乳動物の染色体研究は遅々として進まず,数や形態をしらべるに汲々として,しかもそれさえ満足な成果を挙げるに至らなかった。

講義

Ca++電流による調節作用—シナプスの可塑性の一般的機序の探究(下)

著者:

ページ範囲:P.177 - P.188

 Ⅲ.同一シナプス性抑制
 同一シナプス性抑制(homosynaptic depression)──感覚細胞から中枢標的細胞へのシナプスにおける興奮性伝達の自己誘発性の抑制──はアメフラシの水口(siphon)刺激によるえら引き込み反射(gill-withdrawalreflex)の短期の"慣れ"(habituation)のメカニズムである(図13;Castellucci,Pinsker,Kupfermann and Kandel,1970)。この感覚ニューロンのシナプスにおける速やかで強い抑制は,活動電位により放出される伝達物質の量が刺激を続けると次第に減少するためである(Castellucci and Kandel,1974)。

話題

生理研研究会「複合脂質と細胞機能」

著者: 吉岡亨

ページ範囲:P.189 - P.193

 昭和55年11月14日と15日の両日に亘り,上記のようなテーマで,岡崎市明大寺町にある生物科学研究機構,生理学研究所(以後略して生理研と呼ぶ)において研究会が持たれた。本研究会の目的は,細胞の情報受容機構に関与している機能性分子としてイノシトールリン脂質とガングリオシドを選び,それらの機能を①物質透過担体またはチャンネル,②細胞内情報伝達,③細胞認識という3つの観点から掘り下げようということであった。本研究会の世話役は所内を亘弘教授,所外を著者が担当した。研究発表のテーマ及び氏名は表1に示してある。特筆しておきたいことは,主催者である勝木機構長の御挨拶の内容は,昨年(1980年)8月チェコのプラハで行われた国際生理学会のサテライトシンポジウムにおける招待講演のダイジェスト版とも言べきもので,音受容とイノシトールリン脂質の係わりについて言及されたことであった。

パスツール研究所,そしてDr.Changeux

著者: 斎藤綱男

ページ範囲:P.194 - P.197

 今を去ること十余年,京大理学部の一部の学生,特に分子生物学を志す学生にはDr.Changeuxの名はことさらになじみの深いものであった。当時Dr.Changeuxは1961年及び1963年のCold Spring Harbor Symposiumに招待され,スレオニン脱アミン酵素の活性制御に関する講演をしており,又1965年にJournal of MolecularBiologyに彼の師であるDr.Monodそして蛋白化学者として著名なDr.Wymannと共著で,酵素の活性制御を美事に説明し得るアロステリック説を発表していた。私は不勉強な一学生に過ぎなかったが,当時の生物物理学教室に集まる一群の探究心旺盛な人々,特に1年年長の近藤寿人博士(現在,京大理学部生物物理学教室助手)に啓蒙されるにつれ,Dr.Changeuxの美事な論理に徐々に魅惑されるようになった。

コミニケーション

チャンネル前駆体/第5回「脳の統御機能」シンポジウムより—新しい受容伝達系に関する西塚泰美教授の講演

著者:

ページ範囲:P.198 - P.199

 両生類膀胱上皮顆粒細胞のluminal membraneの水透過性がADH刺激によって上昇することが知られていた(Civan, DiBona:J. Memb. Biol. 19:195, 1974)。またADH刺激によってluminal membraneに顆粒群(clustered particles)が現われ,水透過性と関係があると考えられた(Chevalier et al.:Cell Tiss. Res. 152:129, 1974)。これらの顆粒は数列の線状に配列し,1群の平均面積は約10-2μm2である(Kochadorian et al.:J. Memb. Biol. 30:381, 1977)。これらと形態学的に酷似した顆粒が細胞膜(のP面)だけでなく細胞内の管状の膜構造にもみられ,細胞膜への補給源ではないかと考えられた(Humbert et al.:Experientia 33:1364, 1977)。事実これらの膜構造体がADH刺激によって細胞膜と融合する像がとらえられた(Muller et al.:J. Cell Biol. 85:83, 1980)。細胞膜上の顆粒の増加はADH刺激後3分で始まり30分で最高に達し,ADH除去後5分で激減する(Kochadorian et al.:Am. J. Physiol. 234:F461, 1978)。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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