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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学32巻4号

1981年08月発行

雑誌目次

特集 膜の転送 総説

細胞膜構成タンパク質の生合成と細胞内輸送

著者: 中田博 ,   田代裕

ページ範囲:P.290 - P.299

 図1は細胞膜の構造モデルとして広く一般に知られている流動モザイクモデル1)(Singer & Nicolson)を示したものである。この図からも明らかなように,細胞膜構成タンパク質はその存在様式により表1のように分類されている。
 構成膜タンパク質(①b,②,③b)は,何れも細胞膜と強固に結合したタンパク質で,組織適合性抗原2,3),Na,K-ATPase4)などは②に属することが明らかにされている。ペブチドホルモンの受容体なども同様の存在様式であることが予想され,細胞膜表面で受けた情報を細胞内に伝達(transduction)しているものと考えられる。なかには①+②という組合せで機能を果たしているものもあろう。

細胞膜流動性と細胞機能

著者: 大沢利昭

ページ範囲:P.300 - P.306

 生命の最小単位である細胞におこる種々の現象は,細胞と外界とを仕切る細胞形質膜の動的構造の変化によりコントロールされている。細胞は,細胞外の環境の情報を細胞膜の特異的構造でとらえ,細胞膜の動的構造の変化を介してこの情報を伝送し,細胞質における中間代謝,あるいは核における変化を誘起し,外界情報に対応した変化を遂げる。細胞膜はSingerとNicolsonのfluid mosaic modelで見られるように極めて流動的なリピド2重層中に蛋白質が氷山のように浮いた構造をもつものと考えると,細胞膜における現象の多くが説明されるが,細胞膜の動的構造変化は,この細胞膜流動性に依存し,その変化によりコントロールされるものと考えられる。
 本稿では,細胞膜流動性変化の機構と,その細胞活性化機構へのつながりについて,最近得られた知見の一部を紹介することにする。

膜融合と細胞機能

著者: 浅野朗

ページ範囲:P.307 - P.312

 細胞膜や細胞内の膜系が,速やかに融合する場合があること,またそれが,分泌だとか受精だとか筋肉の形成などの様に,生物にとって重要な役割をはたしていることは良く知られているが,どの様な場合に膜同士が融合し,どの様な場合にしないのかは,まだ良くわかっているとは云えない。しかし,上述の様な疑問に対して,5年前にくらべればずっと詳しく答えることが出来る様になった。ここでは比較的良く研究され,ある程度分子レベルで物が云えるウイルスによる細胞融合の場合と,人工膜の融合の場合を簡単に説明し,そのあと,この特集の本題である膜の転送に関係した膜融合について,現在どこまで研究が進んでいるかということを,実例を挙げながら述べることにする。

分泌における膜の転送

著者: 菅野富夫

ページ範囲:P.313 - P.316

 分泌(secretion)という言葉には広義と狭義とがあり,しばしば混乱を招いている。広義では分泌物素材とエネルギー源の摂取,分泌物の生合成,分泌物の細胞内輸送とその貯蔵,さらに分泌物の放出までの一連の細胞機能の総称である。狭義では,放出のみを指す言葉である。開口放出exocytosis,eccytosis,emiocytosis,reverse pinocytosisは一般には放出の一形式を表わす言葉であり,細胞内の分泌果粒の果粒膜が分泌細胞膜放出部位の内膜面と接着し,融合し,その融合部位が開口し,開口部から果粒内容のみが細胞外に放出されるという動的な過程を表現している1)
 刺激一放出連関(stimulus-secretion coupling)という言葉も,厳密には,放出刺激が分泌細胞膜受容体に作用し〔Ca2+i上昇をへて,開口放出を始動するまでの放出過程を表現している。しかし,De Duve2)がexo-cytosisという言葉を提案したときには,広義に用いており,endocytosisと一対にして両者を含めcytosisと表現したのである。endocytosisのうちの一形式pinocytosis(細胞の飲作用)の逆の過程と考えてreverse pinocytosisという表現が使われているが,De Duveの提案にしたがえばこの表現も広義の意味をもってくる。

食機能における膜タンパクの変動—マクロファージ細胞膜を中心として

著者: 富田光子 ,   中尾真

ページ範囲:P.317 - P.324

 ファゴシトーシス(貪食能)やピノシトーシス(飲食能)等の食機能は19世紀未に細胞学者によって原生動物と白血球から発見された。今日では細胞膜のエンドシトーシス(膜の内包化現象)として,下等動物から高等動物の体細胞に至るまであらゆる細胞に広く見い出され,細胞の生命を維持するために外界からの栄養素の補給,および微生物,変性細胞等の異物のとりこみと処理を行うなど,生体や細胞にとって重要な生理機能の1つである1〜3)。さらに細胞性免疫成立の(おそらく引き金となる)機構の研究や感染予防などに役立てるためにも,この膜の転送現象をぬきにして解明することはできないであろう4)
 マクロファージ(Mφ)は無脊椎動物,脊椎動物を問わずあらゆる動物に存在し,多核白血球と並びともに"professional phagocyte"ともよばれるように,旺盛な貪食能をもつことが知られている。多核白血球は遊走性もより高く,専ら食べることに専念して早く死んでゆき,どちらかといえば原始的な性質が強い。それに対してMφは単に食機能が盛んであるだけでなく,免疫にも関係し,タンパクやおそらく糖鎖の合成を行って長期間生きており,ある種の条件下で分裂する。したがって細胞の代謝回転をはじめ,より高度に分化した機能を長期間にわたってしらべようとするときは,Mφの方がよい材料であろう。

膜の再循環—シナプス機能を中心として

著者: 門田健 ,   門田朋子

ページ範囲:P.325 - P.335

 周知のように,多くの化学シナプスでは,その刺激伝達物質の放出は量子的様式で行われている。すなわち放出される刺激伝達物質の量は不連続量であって,ある一定基本量(1量子)の整数倍の量であるような様式である7,26,31)。本稿では刺激伝達物質としてアセチルコリン(ACh)をとりあげる。AChの量子的放出の機構については2つの考え方がある。1つは「小胞仮説(vesicle hypothesis)」であり8,20,26,43,53),もう1つは「水門説(gate hypothesis)」である2,8,11,26,39,46)。これらについて簡単に説明を加える。
 小胞仮説は,シナプス小胞こそAChの量子的放出の形態的基礎であると考えている。図1aに見るように,シナプス前終末には特徴的に,多数のほぼ均一な径(50nm)をもったシナプス小胞が存在している。このシナプス小胞1個が1量子分のACh分子(数千〜数万個)を含むと考えるわけである。こう考えれば,予め合成・貯蔵されているAChの量子化が説明し易い。また刺激に応じて各量子が相互独立的に放出されること,そしてまたある瞬間のACh放出量が量子的整数倍になることも説明し易くなる8,20,43)。見方によれば,小胞仮説とはシナプス前からの電気的にコントロールされ,量子的に規格化されたAChの外分泌を考えるものともいえる。小胞仮説が成立するためには次の条件が充たされる必要がある。

神経軸索における膜の輸送

著者: 月田承一郎 ,   石川春律

ページ範囲:P.336 - P.343

 典型的な外分泌蛋白質である膵臓の消化酵素が,粗面小胞体で合成され,Golgi装置で修飾・濃縮された後,分泌顆粒を経て細胞外へ放出されるというモデルを提出したのは,Palade らである。このモデルによると,消化酵素を包む膜自体も,粗面小胞体で形成され,酵素とともに形質膜まで運ばれることになる。ノーベル賞受賞講演をまとめた1975年のPaladeの総説1)には,その時点における膜輸送に関する問題点が明確に示されている。約10年を経た現在,このモデルの普遍性は確固たるものとなってきたが.反面,数々の新しい問題点が提起されつつある,さらに,細胞内膜系の輸送の原動力や,その調節機構も興味ある問題であるが未だみるべき進展はない。
 筋細胞の収縮機構の研究が,非筋細胞の運動機構の理解に不可欠であるのと同じように.細胞内の膜輸送が特殊な形で発達している細胞の研究が,一般の細胞の膜輸送の理解に役立つことは言うまでもない。近年,このような観点から,神経軸索内の膜輸送が注目されている。ここでは,神経軸索内の膜輸送の研究の現状について述べ,神経軸索が,いかに膜輸送の研究に適した系であるかを示したい。なお,一般の細胞の膜輸送については,他に多くの総説があるので参照されたい2〜5)。また,神経細胞と呼ばれる細胞にも,多くの種類があり,混乱を招く可能性があるので,本稿では,特別に断らない限り,哺乳動物末梢神経の有髄軸索について述べることにする。

解説

細胞質Achとシナプス前膜のオペレイター仮説

著者: 大澤一爽

ページ範囲:P.344 - P.353

 神経化学伝達物質の放出機構については,まだ殆んど解明されていない。Katzによって報告された,いわゆる小胞仮説25)を支持するWhittakerやZimmermannと,アセチルコリン(Ach)は細胞質含有であるとするDunantら1,5〜8,16)の提唱する仮説が論争になって,Trends in Neurosciences誌上で初回(1978年)から今曰まで議論が平行線をたどったまま続いている。
 国際神経化学会のsatellite symposiumで筆者がシナプス小胞に高濃度のAchが存在することを報告した(Exp. Brain Res. 24:19,1976)時,Marchbanks7)は格言をもち出して「雑音の中から信号を取り出すのが,これからの科学である」と云って質問をしてきた。現在では当り前のような言葉になっているが,DunantらはこのMarchbanksの考えを生かして,細胞質含有Achから,シナプス前神経膜にAchを通過させるオペレイターが存在するという仮説1)にまで発展させていったものと思われる。このオペレイター仮説を綜説するには,電気生理と生化学と形態の実験結果に対応がつくように説明をもっていかねばならないが,何れの実験手法もいわば境界領域にまたがった技術問題を含んでいるので,複雑である。電極を用いる電気生理学的手法はイオンの動きをキャッチ出来るが,イオンの種類までは識別できない。

論壇

人類の染色体研究—主として古典について(下)

著者: 牧野佐二郎

ページ範囲:P.354 - P.359

 Ⅱ.新技術の開発と研究の展開
 古典研究法から得られた研究結果からは遺伝現象と染色体の知識を結びつける手掛かりはとうてい求め得なかった。遺伝に関する基礎知識はどうしても顕微鏡下における染色体の研究と結びつけて求めなければならない。植物やショウジョウバエにおける細胞遺伝学の発達と知識の増進をながめながら,人類の染色体の知識の貧困にただ手をこまねいていたのではなかった。性腺一辺倒の材料から脱せんとする材料の選択と,それを使っての研究技術の改良に絶えず努力が続けられていたのである。固定切片法の下で限界に達していた哺乳動物の染色体研究法を打開しようとする.いくつかの試みが行われた。それは主に戦後1950年頃からアメリカの各地に集まった若い研究者の間に,またイギリスやフランスの各地の研究所にあった遺伝学者の間に,その方面の開拓が進められた。まず男性生殖細胞のみにたよる不利から脱するために最も心を労したのは材料の選択である。それと固定切片法に代わる技術の開発である。
 まず技術の改良として‘押しつぶし法’(Squash method)の導入がある。これは植物の染色体研究にベリング(Belling, J. 1926)が醋酸・カーミンで材料をスライドの上で押しつぶす方法に始まり,1930年頃からショウジョウバエの唾腺染色体の研究に専ら活躍した(Painter 1933)。

講義

分化細胞のラウス肉腫ヴィールスによるガン化

著者: 梶昭

ページ範囲:P.361 - P.371

 はじめに
 まず,なぜ分化細胞とガン化ということを組み合わせて研究するかという事ですが,分化ということが分子のレベルでまだ充分理解されていないし,更にガン化ということも本来の意味で我々に分かっていないのにも拘らず,何故この2つの未知数を組み合わせて研究を進めていくかという事を疑問に思われる方々もおられるかと思います。しかし1つの考え方として,昔からガン化という事が分化と深い関係があり,多くの例外がありますが一般にガン細胞は未分化の細胞に非常に似ている点があると云われています(Abelevら1963;Alexander 1972;Bullら1974;CoggikとAnderson 1974;GoldとFreedman 1965;Pofler,1978;Rothら1977;Rothと梶1978)。従ってこの2つの現象は組み合わせて考えた方が意外と理解しやすいかもしれないという可能性があります。更に,ガン化,ことにヴィールスによるガン化の過去の研究はあまりにもヴィールス学的に片寄ってしまっていて,主として線芽細胞のみを用いて行われて来ました。線芽細胞は一見非常に均一な細胞群の様に見えますが,よく考えて見れば色々な組織から来た細胞の混合で,しかも夫々の特長を細胞培養という云ってみれば細胞にとって異常な環境におかれたため失ってしまった細胞群であるわけです。

実験講座

急速凍結・置換固定法

著者: 市川厚 ,   市川操

ページ範囲:P.372 - P.377

 最近,細胞や組織の微細構造を分析するための試料作製法として,急速凍結法とこれに関連する一連の試料処理法が注目を集めている。これは,生の試料をそのまま瞬時に凍結して,細胞や組織の構造と,そこに含まれる種々の物質を氷の中に封じ込んでしまい,なるべくこの状態を損わないような形で形態分析が可能なサンプルを作ろうとするもので,「細胞が生きている時の状態をそのまま保存し,分析する」という形態学の理想に近づくことができる極めて有力な手段であると考えられるからである。しかし,凍結技法の名で一括して呼ばれているこれらの技術の多くは,決して新しいものではない。前世紀末,すでにAltmann(1890)1)が化学固定法に代わって,凍結した試料を乾燥し,光学顕微鏡標本を作ることを試みているし,同様の試みはMann('02)10),Gersh('32)6),Sjöstrand('44)16)らの手によって今日一般に広く利用されている凍結乾燥法へと発展した。また,Simpson('41)14)は-40〜-80℃に保ったアセトンやアルコールなどの有機溶媒中で氷が溶けることに着目して,凍結試料の脱水処理を行うこと(凍結置換法)に成功し,この方法はさらにFederとSidman('58)4)によって凍結置換固定法へと発展した。

話題

シーラカンスの体液

著者: 平野哲也

ページ範囲:P.378 - P.381

 Ⅰ.生きた化石
 シーラカンス(Latimeria charumunae)は,1938年に発見された,非常に原始的な魚である。体長は1.5m,体重50kgにもなる大型の魚で,そのひれは他の魚と異なり体に直接ついているのではなく.うろこのある筋肉質の柄の先についている。そのため,特に胸びれなどは,魚のひれと,原始的な陸生脊椎動物の前足の中間型のようにみえ,いかにも陸生動物は,この魚から進化したのではないかと思わせる姿をしている。分類学上は,硬骨魚網,総鰭目の管椎亜目に属する。総鰭目は肺魚類とともに肉鰭類(内鼻孔魚類)とよばれる亜綱を形成し,鼻孔と口腔をつなぐ内鼻孔をもち,うきぶくろの代わりに肺が発達している。現に最初の両生類は,デボン紀末にこの総鰭類に属する淡水魚から生じたと云われている1)(図1)。
 シーラカンス(Coelacanth)という名は,文字通り中空の棘"を意味し,この類のひれの棘条が中空であることからきている。シーラカンスの仲間である管椎亜目の魚は,従来化石としてしか知られておらず,7,000万年前に絶滅したと考えられていた。それが見たところ化石とほとんど変わらない姿で生きていたのが発見された訳で,動物学関係者のみならず,世界の注目を集めたのも当然で.まさに"生きた化石"と呼ぶにふさわしい魚である。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

進化する脳(2)—昆虫の心

著者: 桑原万寿太郎

ページ範囲:P.382 - P.387

国立基礎生物学研究所長の桑原でございます。(拍手)
 このような席でこのような形でお話しするなどとは全く思いがけなかったことでございまして,いささか戸惑っている訳ですが,久保田先生伊藤先生の御丁重なお招きによるものでありまして,御好意に感謝申し上げます。

コミニケーション

R. K. Crane教授との対話/Fawcett:The Cell(第2版)を読んで思うこと

著者: 星猛

ページ範囲:P.388 - P.389

 6月初旬に突然R. K. Crane教授が東大生理学教室に来訪され,種々歓談する機会を得た。同教授は小腸での糖の能動輸送の機序に,Naと糖分子が共通担体に同時に結合して三者複合体を形成し,そのような複合体の形で膜輸送される過程が本質的に重要であるとの考えを最初に提出し,今日のいわゆる二次性能動輸送の概念の基礎を築いた人である。同氏の今回の来日は,1983年シドニーで開かれる国際生理科学会議の組織委員会にアメリカの代表の1人(他はK. Schmidt-NielsenとJ. Pappenheimer)として参加した帰途,気軽な旅行を楽しむのが主な目的であった様である。同会議に日本代表として出席した東大の伊藤正男教授のおすすめもあって数日東京に滞在され,東大にも来訪された次第である。
 同教授はもともと生化学者で,Chicago大学の医学部の生化学教授を永年やられ,数年前に現在のRutgers大医学部の生理学・生物物理学教室のChairmanになられ,現在2期目(1期は3年の由)を勤めているとのことであった。米国で生化学の領域で活躍した人が,のちに生理学の教授になったという例は,彼の知る限りでは過去に3名いた由であるが,彼の外の2名は既に亡くなられ,現在は彼が唯一の由で,その点でもユニークな経歴の持ち主である。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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