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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学32巻6号

1981年12月発行

雑誌目次

特集 筋小胞体研究の進歩

特集「筋小胞体研究の進歩」によせて

著者: 遠藤実

ページ範囲:P.478 - P.478

 学問研究の進歩は我々にとって屡々全く予測不能である。大発見が何の前触れもなしにやって来て,思いがけない飛躍が突然なされることもあれば,一時期,このレールの上を進んで行けば確実にゴールに到達するであろうと誰もが予想したのに,暫くして見るとゴールは再び霧の彼方に隠れて全く見えない,といったことも多い。筋小胞体生理学の現況は正にこの後者の場合に相当するようである。
 1960年代の初頭までに,江橋らの努力によって,いわゆる筋弛緩因子は筋小胞体に他ならないこと,筋小胞体はATP存在下にCaをとりこむこと,低濃度のCaが収縮蛋白系を活性化すること,従って筋小胞体のCaとりこみが弛緩因子による筋弛緩の機序であることなどが相次いで明らかにされ,骨格筋の生理的収縮弛緩制御機構における筋小胞体の意義がほぼ確立した。それ以後の筋小胞体生理学における最大の課題は,言うまでもなく,細胞膜(T管膜)の興奮がどのようにして小胞体からのCa遊離を起こすか,の機序の解明であった。1974年の筋のGordon Conferenceにおいては,T管から小胞体への情報伝達の第1段階と考えられるcharge movementの発見,小胞体膜の膜電位変化と思われる光学的信号の検出,skinned fiberによる小胞体からのCa遊離の研究,などの新知見が発表され,この課題の解決も間近いのではないかと思わせた(遠藤:生体の科学,26:97-100,1975)。

総説

筋小胞体のイオン輸送

著者: 山本信行 ,   葛西道生

ページ範囲:P.479 - P.486

 筋小胞体は骨格筋の筋原線維を網目状に取り巻いている細胞内器官である。その主要な機能は,神経系からの電気的信号を,筋線維の収縮弛緩を直接制御するCa2+の信号に変える情報変換機能である1).そのために,筋小胞体は,Ca2+の能動的取り込み機構2),貯蔵機構3),遊離機構4)を備えており,神経系からの刺激に応答して筋細胞内のCa2+濃度を調節している5,6)。Ca2+の能動輸送と貯蔵機構については,分子レベルでの解明が非常によく進んでいる。
 最近,このようなCa2の輸送に関与する機構の他に,筋小胞体にはアニオン輸送体やカチオンチャネルなどの受動的イオン輸送システムが存在することが明らかになってきた。これらのイオンの受動的輸送システムの生理学的意義は不明であるが,Tシステムと筋小胞体の間の情報伝達機構とCa2+遊離機構についてまだよくわかっていないことなどを考えると,イオンの受動的輸送システムが電気的現象を介してこれらの機構と密接に関係している可能性は大きい。その意味で,これらのシステムの研究は生理学的にも生化学的にも重要である。本稿では,これらのイオンの受動的輸送システムに関する最近の知見を紹介する。

筋小胞体のATPase反応とCa2+輸送の共役機構

著者: 山本泰望

ページ範囲:P.487 - P.494

 筋肉から単離された筋小胞体(SR)がMg2+とATP の存在下で外液のCa2+を強く吸収することがHasselbachと牧之瀬1),および江橋とLipmann2)によって発見されてから今日に至る約20年間にSRのCa2+能動輸送の研究は長足の進歩を遂げ,Na+,K+輸送系とならんでその分子機構が最も明らかになった膜系として注目されている。SRが他の膜系と比べカチオン能動輸送を研究する上で多くの優れた利点を有することが発展の大きな理由となっている。すなわち①SRは筋肉から比較的簡単に調製出来る上,能動輸送の中心的役割を果すCa2+,Mg2+依存性ATPaseが膜蛋白の大部分を占め,他の酵素活性は無視出来る。②Ca2+輸送とATP分解反応の共役が堅く,広い条件で両者の化学量論比は2に保たれている。そのためCa2+輸送系は完全に可逆的で,Ca2+ポンプの逆流に伴ってADPとPiからATP が形成される。③基質,反応産物,およびカチオンが膜に作用する方向(側性)が明確に区別される。逆にこの区別は界面活性剤やイオノフォアを用いて酵素活性を失うことなく容易に取除くことが出来る。その他④外液のCa2+やMg2+濃度はEGTAやEDTAで正確に調節出来,また膜内部のCa2+濃度は蓚酸やPiで調節が可能である等,能動輸送の研究に欠くことの出来ない数多くの利点を兼ね備えている。

筋小胞体Caとりこみ過程のカロリメトリー

著者: 小川靖男

ページ範囲:P.495 - P.502

 筋小胞体は筋原線維をとりかこむ膜性細胞内小器官であり,筋の興奮収縮連関の中心に位置するものである1,2)。即ち筋鞘に活動電位が生じると筋小胞体からCaが遊離されて筋収縮が起こり,再分極すると筋小胞体にCaがとりこまれ,筋が弛緩する。換言すれば筋小胞体の機能はCaとりこみ及びCa遊離の2つにつきる。一方この筋小胞体はマイクロソーム分画として生化学的手法により骨格筋から比較的容易に大量に得られ3),しかもその構成蛋白質の2/3がCaとりこみの際の主体となるCa-ATPase蛋白で占められていることなどから,エネルギー転換系のモデルの1つとして,また生体膜機能研究のモデルとして多方面から研究され,いくつかの優れた総説が発表されている4〜8)。またCa遊離の機序についても近年多くの研究者の関心を惹くようになった9)。本稿では最近当研究室で行われたCaとりこみ過程の熱量計による熱測定について述べ,エネルギー転換機構の大枠について考察を加えたい。本題に入る準備として,筋小胞体膜の構成成分,その機能について述べる。なお骨格筋(白筋)の筋小胞体に内容を限ることをおことわりする。

解説

光受容器での化学信号から電気信号への変換

著者: 河村悟 ,   吉澤透

ページ範囲:P.503 - P.514

 視覚は,我々の感覚のうち最も重要なものであり,外界からうけとる情報量のうち,90%以上は視覚によると言われている。網膜は,形態的に独立した単位で存在し,剔出して実験することが可能であること,および,与える刺激としての光は制御しやすく,また波長と光量子数の測定が容易で,刺激が厳密に規定されること,などの理由から,刺激受容のメカニズムの研究のなかでは,視覚の分野は最も研究が進んでいる。以下,このメカニズムの最近の研究について,主として生理化学的側面から概説する。従って,本稿で詳しくは扱わない点については,他の成書,総説を参照されたい1〜16)

ヒスタミンH2受容体とその周辺

著者: 角田康弘

ページ範囲:P.515 - P.524

 今世紀初頭,Langley1)により提案されていたアドレナリン性受容体の概念をイソプロテレノールに対する感受性の有無でαとβという2つの受容体に大別したのはAhlquist2)であるが,その後の研究の進歩により1つの神経伝達物質(neurotransmitter),ホルモン(オータコイドも含めて)の受容体には相異なる種々の実体が存在することが明らかになりつつある。αとβに関してはシナプス前と後でα2,α13),心筋・脂肪細胞と気管支平滑筋・肺・肝臓等でβ1,β24,5)のサブクラスに分類され,ドーパミンはアデニール・サイクラーゼ(以下AC)要求型あるいはシナプス後膜に存在するものがD1,D3,AC非要求型でシナプス前膜に存在するものがD2,D46),アセチルコリンは作用速度の相違あるいはサイクリックグアノシンモノリン酸(以下c-GMP)要求の有無でムスカリンとニコチン性受容体7),オピエート受容体にはMet-エンケェファリンがμ,Leu-エンケェファリンがδの他κ,σという4つの受容体が69),またアデノシンはシナプス伝達抑制型のアデノシン I(以下ADOⅠ)受容体とシナプトゾームのサイクリックアデノシンモノリン酸(以下c-AMP)を上昇させるADOⅡ型受容体8)が,といった種々の受容体の存在が確認されている。

実験講座

ポジトロンエミッショントモグラフィー

著者: 松澤大樹

ページ範囲:P.525 - P.533

 1972年,X線コンピュータートモグラフィー(X-ray computer-tomography:X-CT)は,イギリスのHounsfield1)によって完成されたが,それは,世界的な医学へのエンジニアリング導入による診断機の開発の歴史の流れの中での一里塚であったといえる。特に日本における梅垣らの研究2)は特筆すべきものがある。筆者も共同研究者の1人としてこの研究に参加することができたことを今でも幸せであったと思っている。梅垣は,当時コバルトの深部治療機に癌治療の主役を明け渡し,部屋の隅に転がっていた深部X線治療機を用いて次のような実験を行なった。管球を鉛で覆い,小さな穴をあけ,細いX線のビームをもって躰をリニヤに走査して,対向するところに検出器をおき,X線吸収率の差を定量的に測定する装置を考案し,多くの新しい情報を得た。多方向から走査して吸収率の差をコンピューターに記意させ,これを面に展開すれば,Hounsfieldの開発したX-CTが完成されるのである。Hounsfieldの完成に先立つ十数年前であった。
 エミッショントモグラフィーの歴史は,このX-CTの開発の歴史より古い3)。しかし,ポジトロンエミッションコンピュータートモグラフィー(PE-CT)の歴史は浅く,1975年,ワシントン大学のTer-Pogossian4)により初めて完成され,その後今日に至るまでの日進月歩の歴史がある。

講義

人赤血球における膜と細胞骨格の相互作用

著者: ,   石川春律

ページ範囲:P.535 - P.539

 赤血球膜をTriton X-100のような非イオン系の界面活性剤で拙出しますと,あとに網工ないし殻が残ります(Yu, Fischman and Steck,1973)。この網工こそ膜骨格または赤血球細胞骨格といわれるものです。赤血球膜やその関連蛋白質に関する興味が高まってきましたのは,膜骨格が他の細胞型にも存在することがわかり(Ben-Ze'evら,1979;Mescherら,1981;Lunaら,1981),さらにすべての真核細胞で,細胞内を横切って走る細胞骨格構造が赤血球細胞骨格に存在する成分と同じようなもの,すなわちアクチン,アクチン結合蛋白質細胞骨格接着物質を含んでいることがわかってきたことによります。生化学および電子顕微鏡による研究の結果,今や赤血球細胞骨格の分子構成のあらましが明らかになりました(図1)。この分子構成がそれ自体,他の多くの膜骨格ないし細胞骨格のモデルになり得るかは疑問ですが,赤血球細胞骨格の研究からでてきた方法や教訓は他のもっと複雑な細胞骨格の分析に指針を与えてくれるでしょう。
 私の研究室では,赤血球細胞骨格を分析するための「戦略」は,膜の各成分を選択的に抽出・純化し,抽出成分と膜小胞との結合を分析し,そして溶液系における結合を分析し,さらに電子顕微鏡によって部位特異的結合を直接観察をすることでした。

研究のあゆみ

細胞分裂と私

著者: 団勝磨

ページ範囲:P.540 - P.550

 「細胞分裂と私」の話をさせて頂きます。
 私は非常に手の遅い,能率の悪い研究者だということを自覚しております。それで,かれこれ50年前に三崎の東大の臨海実験所へきて仕事を始めたときに,なるべく人のしていないことをしようと思った訳です。当時は,細胞分裂というのは,19世紀の終わりから散発的に幾つかの説が少しは出ておりましたが,余り徹底的にはやられていなかったし,日本では誰もしていなかった。しかもそれを,人里離れた海の岸で1人でぼつぼつとやろうと思って始めました。

コミニケーション

生理研研究会「チャンネルの概念と実体」(7月30・31日)

著者: 寺川進 ,   久木田文夫

ページ範囲:P.551 - P.552

 生理学研究所では,予算の一部をさいて,「生理研研研会」を開催している。所外の研究者が企画して応募してきた計画の中から,年間10余が選ばれるのだが,いわゆる班会議とちがうところは,研究費のために集まるのではなく,純粋に情報交換のために集まる点にあろうか。今回は,電総研の松本元氏がオーガナイザーとなり,興奮性チャンネルをテーマに,比較的若い研究者の会が開かれた。集会はわずか1日半であったが,夜も遅くまで熱心な話し合いがもたれ,国内研究者の交流の場としての生理研のひとつの機能は十分に発揮されていたように思われた。
 テーマは,最近の興奮性研究のトピックを反映して大体次の4つに分けられた。①チャンネルに対する生化学的なアプローチ,②ゲート電流や単一チャンネル電流のような最新の電気生理学的手法を用いたもの,③オーソドックスな方法ではあるが,Na, K, Ca各チャンネルの特性をより詳しく調べたもの,④細胞生物学的手法をとり入れ,細胞質と興奮膜の関係を明らかにしようとしたもの,などである。

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生体の科学 第32巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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