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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学33巻2号

1982年04月発行

雑誌目次

特集 細胞の寿命と老化 総説

培養細胞における老化

著者: 山田正篤 ,   大野忠夫

ページ範囲:P.84 - P.95

 哺乳動物個体に老化現象があることは,誰の目でみても明らかである。しかし,これが個体を構成する基本単位である細胞でも認められると主張しても,万人を納得させるのは結構難しい。個体を構成する細胞は様々に分化しており,細胞の分裂能力という観点だけからみても,一生を通じて分裂を続けるもの,分裂せずに生き続けるだけのもの,若齢期から早々と退化していくもの等が混然として一体をなしているからである。
 細胞を生体から切離し,in vitroで培養することができれば,細胞の動態ははるかに単純な環境下で観察可能となる。1950年代からこのような試みが盛んに行なわれるようになり,ヒトの各組織も培養に供された。しかし経験的に言って.それまで数年以上にわたって培養可能であった細胞は,すべて癌細胞の形質を示し,染色体数も同一細胞集団でありながら,かなりのバラツキを含んでいた。これに対し,ヒト皮膚由来あるいは胎児組織由来の線維芽細胞は,初代培養時より2倍体性を維持し,長く継代してもこの性質は変わらず,正常細胞と目されていた。だが不思議なことに,この細胞は誰が試みても半年を経ずして継代培養不能に陥り,死滅する性質があった。この現象を1961年L.Hayflickは,正常細胞には一定の寿命があるために永遠に分裂できず,分裂能を失って細胞が死んでゆく過程は細胞の老化現象を示していると提唱した1)

正常発生過程にみられる生理的細胞死

著者: 金田一孝二

ページ範囲:P.96 - P.102

 系統発生上,一時的に現われる器官,例えば,前腎,中腎,Müller管,尾などでは,発生が進むにつれ,それらの器官は痕跡的となったり,あるいは消失してしまう。このような器官では,発生過程のある時期に,細胞が死ぬことによって器官が消滅するのであろうということはよく理解できる。それに対し,通常の器官の発生途上で細胞が生理的に死に至るということは考えにくい。なぜならば時間とエネルギーの浪費であり,非常に不経済な事象であるからである。しかしながら正常な発生過程,それも初期の段階で,実際に細胞死が集団として,あるいは健全な細胞に混在して起こるのである。
 Glücksman(1951)1)は,正常な個体発生過程に見られる細胞死に注目して,胎生期の器官に細胞死の出現する部位として74ヵ所を挙げ,さらに系統発生過程,形態発生過程,組織発生過程で見られる細胞死の器官を分類している。

表皮細胞の老化

著者: 清寺真 ,   佐藤昭彦

ページ範囲:P.103 - P.108

 人体臓器の老化ということは,いろいろな現象として古くから知られている。特に皮膚の老人性変化は夙に知られていることである。
 表皮細胞は,皮膚の表皮を構成する細胞であり,皮膚表面にあって生体の保護作用を司っている角質を生成する機能を持っている。

心筋細胞の老化

著者: 今村喜久子 ,   山元章示 ,   中山康 ,   河村慧四郎

ページ範囲:P.109 - P.118

 最近,老齢心の形態,代謝,機能はいずれも,若年心や壮年心の場合とかなり異なることが明らかにされて来た。その背景には心筋細胞の老化の関与が考えられる。Meerson1,2)によれば,老齢心の特徴はcomplex of myocardial wearであり,心筋には加齢とともに,心筋細胞の肥大,膠原線維の増殖,蛋白合成能の低下,DNA,RNAの減少およびDNA/RNA比の上昇,ミトコンドリアの酸化的リン酸化の低下など,形態や代謝面での多彩な変化が認められる。老齢心の機能に関して,最近の超音波や核放射性物質による非観血的検査成績では,安静時における左室収縮機能,心拍出量,拡張期容量はいずれも正常範囲にあるが3,4),運動負荷時では,仕事量や酸素消費量は加齢とともに直線的に減少し,心臓の予備力の低下を示唆する5)。さらに循環調節機構については,加齢とともに安静時の交感ならびに副交感神経緊張は低下するが,運動負荷時には交感神経緊張は亢進し,副交感神経緊張は減弱することが認められ,種々の刺激に対する調節感度の異常が示唆される6,7)
 一般に老齢にみられる「異常所見」を評価するのに,その所見が自然の老化過程のある局面を意味するのか,老化前でもおこり得る病的現象の偶発を意味するのか,あるいはその両者が互いに修飾しあった像を意味するのか,判断が困難な場合が多い。

神経細胞の老化

著者: 飯塚礼二

ページ範囲:P.119 - P.125

 神経細胞のひとつの特性として,周知の様に生後分裂を行なわないことが古くから知られている。そして複雑な細胞間の刺激伝達はsynapsという特殊な構造を介して行なわれる。しかも,細胞体にくらべて極めて大きな容積と延長を持つ各種の突起を持ち,その末端での物質代謝が円滑に行なわれるために必要なエネルギー生成や,活性物質の合成,輸送などの代謝機構の働きが活発であり,その源泉が専ら血液とグリアを介して間断なくとり入れられ続けられなければ機能を保てない。神経細胞が老化に陥る場合には,従って神経機能の出発点である細胞体と,現実に機能の統合が行なわれるために重要な,突起ないしsynapsの両者に一応区別して考えると整理し易い。この場合形態学的には後者をneuropilという表現で一括して細胞体から区別することが多い。
 古くから脳の老化過程との関連で注目されて来た臨床症状ないし疾患の代表的なものは老年痴呆(senile dementia)である。最近人口の高年齢化が問題となると共に,漸くわが国でも老年痴呆の疫学的研究が行なわれる様になった1〜3)。他方,老年痴呆とならんで古くから脳老化過程が早期かつ高度に出現する疾患とされていたAlzheimer病は,最近では神経病理学的所見については少なくとも質的な区別はし難いことから,臨床症状を示す年齢によってそれぞれ発病誘因因子が異なっている可能性があるにすぎないと考えられている。

解説

単一心筋研究の現況

著者: 津田泰夫 ,   赤池紀扶

ページ範囲:P.126 - P.134

 静止および興奮時に細胞膜を横切るNa,Ca2+,K,Cl等各種イオンの機序やそれらへの薬物作用を電気生理学的手段で解明するには,細胞内外のイオン環境を人工的に制御し,膜電位固定下にイオン電流を単離して実験を行なうことが必要である。この条件を満たす標本として過去,現在にわたりヤリイカ巨大神経軸索があり,膜興奮機序の解析に使われている。ところでキエフのKostyukeら1),ガルベストンの私達2〜4)と高橋ら5)による細胞内灌流法の碓立は,各種神経細胞,神経節細胞,内分泌細胞,各種培養細胞及び卵細胞において電圧固定法下に単一Na,KやCa2+電流(INa,IK,ICa)の電気生理学的および薬理学的研究を可能にした。そしてこの細胞内灌流法は酵素処理によって単離された単一心筋標本にも適用される。そこで従来から用いられている摘出心筋切片標本と較べて,酵素処理により得られる単一心筋標本の実験上の利点について考えてみよう。

急展開するマウスでの遺伝子操作

著者: 相沢慎一

ページ範囲:P.135 - P.143

 レコンビナントDNAの技術の発展とともに培養細胞へのDNAトランスファーの技術の開発により,現在高等動物での遺伝子発現及びその調節に関わるDNA配列について活発な検討が行なわれている。しかし培養し得る細胞には限りがあり,発生分化に伴う継時的で組織特異的な遺伝子発現の制御にあずかるDNA配列についての検討を,培養細胞を用いるこの系に期待することは出来ない。いうまでもなくこの検討のための最良の方法は,遺伝子操作を受精卵もしくは初期胚で行ない,操作された遺伝子特性を生殖細胞に安定に有する変異動物を作ることである。かつては夢とも思えたこの課題が,DNAの受精卵前核への注入,及びテラトカルチノーマを用いる系により現在可能となり,ヒト遺伝疾患の動物モデルの作成,個体発生から老化の過程を通じての遺伝子発現に関わるさまざまな課題の検討へと,多くの研究者のカスケード的流入を迎えようとしている。現在日本でもこの分野は多くの注目をあびていることと考えられるが,残念ながらこれ迄この分野への日本の研究者による貢献は乏しい。1981年は私自身この分野にいてエポックメーキングな1年であった感深く,その成果を中心に問題点と今後の展開について,G.M.Martinとともに私が携わってきた課題と現在の興味より,やや独断的に述べてみたい。

講義

頭頂連合野光感受性ニューロンの機能的性質

著者: ,   酒田英夫

ページ範囲:P.145 - P.156

 この10年間に神経科学に対する人々の関心が非常に高まり研究活動が爆発的に進んでいる。特に日本ではその傾向が著しいように思われる。中でも最も重要な進歩の1つは,動物の行動をコントロールしながら脳の中から単一神経細胞の活動を記録するというテクニックが広く応用されるようになったことである。初めにこの方法を開発したのはカナダのJasper(1958)である。私は1960年のモスクワのコロキウムで彼が発表したのをよく覚えているが,当時体性感覚系の研究をやっていた私にとってこれはいかにもやりにくそうなテクニックという感じがした。そのために私はこの重要な脳研究における進歩の道標(sign post)を見のがしてしまった。この方法を更に発展させたのはNIHのEvarts博士で,運動系,特に大脳皮質の運動野にこの方法を応用して非常に成功をおさめた。
 私にとってこの方法の利点は,何世紀にもわたって科学者が夢見てきた高次の脳機能のメカニズムを解明することがこれによって可能になったということである。すなわち,この方法によって非常に複雑な注意の問題や学習,記憶,果ては忘却などのメカニズムを理解するための第1歩を踏み出すことができるようになった。しかし実際に行動している動物から神経活動を記録することに伴っていろいろ複雑な問題が起こってきた。

実験講座

Patch clamp法によるsingle-channel currentsの研究

著者: 吉田繁

ページ範囲:P.157 - P.167

 細胞が興奮すると,チャンネルの開閉現象が起こり,イオンが通過すると考えられていた。1970年代半ばより,膜の微小領域(patch)を電位固定(clamp)し,patch内に存在する個々のチャンネルの活動によって起こる微小な(pA=10-12Aのオーダー)イオン電流,即ちsingle-channel currentの測定が可能となった。このpatch clampの技法により,概念にしか過ぎなかった「チャンネルの開閉現象」が具体的にとらえられるようになったことは,電気生理学領域での画期的な出来事であり,驚く程急速な進歩を遂げているsingle-channel currentsの研究を見渡してみる事は,有意義なことと思われる。

話題

王子セミナー「微小管の生物機能」

著者: 酒井彦一

ページ範囲:P.168 - P.171

 微小管は動植物界に普遍的にみられる管状の蛋白繊維で,チューブリンと呼ばれる分子量11万の蛋白質がその主要な構成成分である。通常,これにMAPsと呼ばれる蛋白質が結合して細胞内に存在する。
 過去20年間に,微小管およびその関連蛋白種が,繊毛鞭毛運動,有糸分裂,物質輸送,細胞骨格,神経膜興奮等の細胞機能に密接に関与することが示されており,そのような細胞機能をめぐる研究の展開が,最近の微小管研究の国際的な趨勢となっている。

コミニケーション

細胞の形態と極性

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.172 - P.173

 細胞の極性は古く(例Cowdry, 1922年)から問題にされているが,最近新たにとりあげられるようになっているのは周知の事実である。ここでは,細胞の極性あるいは細胞のかたちと細胞分化や細胞骨格あるいは細胞内高分子代謝との関係にしぼって最近目についた文献を調べ,つなぎ合わせてみた一種のプレリミナリーな総説を試みたい。
 細胞の極性の典型的な例は小腸や腎尿細管の吸収上皮細胞にみられるものである。これらでは形態学的,生理学的,生化学的に細胞の極性が歴然としていて,細胞表面膜の局所的分化として表現されている。細胞の極性(あるいは局性)は上皮細胞だけでなくfibroblastのような細胞にもみられる。細胞の極性は細胞の形態だけでなく,細胞小器官の配置にもみられる。創傷治癒部に侵入するfibroblastは結合線維束に長軸が平行し,進行方向前方に核がその後方にゴルジ装置が位置する1)

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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