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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学33巻3号

1982年06月発行

雑誌目次

特集 神経発生の基礎 総説

特集「神経発生の基礎」によせて

著者: 塚原仲晃

ページ範囲:P.176 - P.176

 脳の神経回路網は,永年の歳月をかけて自然が創り出した傑作といえるが,それだけに,これを解明することは近年の神経科学の進歩をもってしても容易ではない。脳が如何なるものかを知る1つの方法は,それが如何に創られるかについての原理を問うことである。一旦その原理が明らかになれば,その原理に照らして現存する脳の複雑な回路網を考える大きな指針が与えられるであろう。このとき,問題となるのは回路網を構成している神経細胞がどのようにしてその標的細胞を認識し,それと結合していくかということである。
 神経結合の形成はいくつかの過程から成立っている。先ず神経線維が何らかの信号によって伸長せねばならない。次に結合すべき標的を認識してこれに接近する過程があり,標的となる細胞のシナプス結合を行なうべき部位を識別する過程,そこに結合が形成され,これが維持される(あるいは消失する)過程があって,神経回路網は完成する。

神経成長の開始

著者: 小幡邦彦 ,   井上洋

ページ範囲:P.177 - P.185

 培養下で神経が成長する経過については,Harrison1)(1904)以来,たくさんの研究が行なわれている。例えば先端にある成長円錐(growth cone)とマイクロスパイク(または糸状足filopodium)の活動はNakaiら2,3)により,神経が枝分れするパターンはBray4)により分析されている。また成長中の神経や成長円錐の電顕像はYamadaら5)やBunge, M.6)によって示されている。細胞体から最初に突起が伸び出す過程も生体内での神経発生・再生のモデルとして,また神経成長のメカニズムを研究する上で,興味深い現象である。この神経成長の開始については,1978年,Wessellsの研究室から2つの論文が出ている。すなわちCollins7)とWessellsら8)はニワトリ胚毛様体神経節細胞をポリオルニチンを塗布したガラス上に播き,予め心臓細胞の培養に用いた培養液(条件培養液conditioned medium)で培養し,神経成長の位相差像を16ミリ映画で追跡した。まず細胞周囲にマイクロスパイクが出現し,それが集まるようにして成長円錐が作られる。やがてマイクロスパイクは成長円錐に集中して,細胞周囲からは消失する。この研究では電顕は用いられなかったため,ここまでの所見しか得られなかった。そこでわれわれはこの問題を再びとり上げ,他の方法を組合せていくつかの知見を加えることができた9,10)

シナプスの初期発生

著者: 中島泰子

ページ範囲:P.186 - P.193

 シナプスの発生を正確に知るためには,シナプスの形態発生をシナプスの機能発生と密接に関係づけて研究することが必要である。この目的には,エンブリオの神経筋組織自体は,その可視性が悪いこと及び構造が複雑なため良い研究材料でないが,エンブリオの組織を培養して形成したシナプスは光学顕微鏡による観察が容易で,発育していくシナプスの機能と微細構造を,光学顕微鏡を用いて観察した同一のシナプスについて研究することが出来るという利点がある。特に培養による神経筋シナプスの作成は,中井1),加濃と嶋田2),Robbinsと米沢3),Cohen4),Fischbach5),城所とHeinemann6)らにより可能となり,最近では多くの研究者によりシナプスの初期発生を研究する目的に使用されている7〜12)。私達の研究室では培養によって形成された神経筋シナプス及び培養した筋細胞を用いて,神経筋シナプス及びacetylcholinereceptorの発生を研究している。私達が特に興味を持っている問題は,発生途上始めて機能的神経筋シナプスが形成された時,また発生途上始めてacetylcholine receptorが筋細胞膜に出現した時,それらがどのような微細構造と生理学的機能を持っているかという事である。

細胞認識の分子的基礎—細胞間接着分子の役割

著者: 竹市雅俊

ページ範囲:P.194 - P.202

 神経系をはじめさまざまな組織・器官が形成されるための前提として,細胞の運動・移動の過程がある。たとえば,網膜や脳の内部層状構造ができるためには,幹細胞としてのマトリックス細胞がいわゆるエレベーター運動を繰り返し,分化した細胞を細胞層の一方へ送りだす。神経回路の形成のためには,神経末端が標的部位へと伸長し結合する。また,神経冠細胞は胚の内部を大きく移動して各所に散らばり,神経節などの細胞に分化する。いずれの移動の過程にもゴールがあり,細胞は"目的"の位置に達するとそこに定着する。この時,細胞はどのような情報を得ることによって,ゴールを認識するのであろうか。これが細胞認識研究の重要なテーマの1つである。
 細胞認識機構に分子レベルでアプローチするためには,生体内現象をそのまま取り扱うことは不都合なことが多い。そこで,細胞培養系で生体内現象をできるだけ忠実に再現し,これを生化学・分子生物学などの分析的手法で解析できれば理想的である。しかし,培養系で再現できる生体内現象は限られており,神経末端の標的認識などという微妙な過程はかならずしもうまく再現できない。そこで,より単純な細胞認識現象,あるいはその基礎となる現象が当面の現実的な研究課題となっている。

網膜・視蓋投射路の発生と再生

著者: 藤沢肇

ページ範囲:P.203 - P.210

 成体の神経系には膨大な数のニューロンがみられ,これらのニューロンは相互に組み合わさってきわゆて複雑な神経回路網を構成している。成体で認められる神経回路網が,個体発生の過程で,あるいは傷害をうけたのちの再生・修復の過程でどのように形成されてくるのかは,神経発生生物学(developmental neurobiology)の最も重要なテーマの1つである。
 神経回路網の成立機序を解析するに際し,2つのアプローチの仕かたがある。1つは,実験系を極力単純化・均一化し,限定された問題に対して明確な答を引き出す方法である。培養された神経細胞を用いての解析がこの代表であり,これにより,神経細胞の様々な性状や,神経突起の成長のメカニズム,あるいはニューロン間の接着やシナプス形成に関する基本的な問題が解明されてきている。もう一方は,in vivo,ないしはin vivoでの3次元的な構造を極力損なわないような実験系を用いて解析を行なう方法である。生体内では,個々のニューロンはきわめて規則正しく配列しており,これらニューロン相互の組み合わせ(神経回路網)はそれぞれの神経系に特有なパターンを示している。ニューロン相互の組み合わせパターンは個体発生の過程できわめて再現性が高く,これが動物の行動発現の基盤となっている。

解説

GABAレセプター研究に関する最近の話題—神経化学的観点を中心として

著者: 栗山欣弥 ,   西村千尋

ページ範囲:P.211 - P.219

 γ-アミノ酪酸(GABA)は現在,無脊椎動物の神経系のみならず哺乳動物中枢神経系においても,重要な抑制性神経伝達物質の1つと考えられている1)。すなわち,甲殻類の神経系や神経—筋接合部においてGABAとその合成律速酵素,L-glutamate decarboxylase(GAD)活性は抑制性の軸索や細胞体にのみ局在することが知られており,この抑制性神経の刺激によりCa2+依存性にGABAが放出されること,また電気泳動的に適用したGABAは,抑制性神経刺激と同様にシナプス後膜を過分極させるが,これにはClの膜透過性増加が関与しており,この作用がGABA拮抗薬ビククリン(bicuculline)やピクロトキシン(picrotoxin)によって阻害されること,そして放出されたGABAの不活性化機構として高親和性のNa依存性GABA取り込み機構が存在することなど,神経伝達物質が具有すべき諸条件を充たす実験成績が,GABAの場合にもすでに集積されているのである。
 GABAに関する生理学的な研究は,従来無脊椎動物を中心として進められてきたが,哺乳動物中枢神経系におけるGABAの役割も,電気生理学的知見のみならず,免疫組織化学やオートラジオグラフィ等の新しい形態学的手法の導入と,脳シナプス膜におけるGABAの特異的結合部位(GABAレセプター;GABA-R)に関する生化学的研究などの発展に伴い,近年次第に明らかにされつつある。

講義

対象表象の神経機構

著者: ,   河西春郎

ページ範囲:P.221 - P.229

 如何なる対象表象(object representation)の議論の際も,知覚された空間の性質と起源について何らかの考察が成されている必要がある。伝統的には物体の形状はユークリッド計量空間で公式化されているが,この計量による表現は位置変化に対して形が不変である(すなわち,堅い)という仮定を基礎としている。故にある対象の堅い形を記述する知覚情報もまたその物理的計測と同型であると一般的には考えられている。しかしながら,幻視についての議論はこの一連の仮定に疑問を投じ,絶対的であり堅い対象を置くことのできるNewtonの古典力学の空間に代わって,Riemannの相対空間の概念を用いるという他の視点を暗示する(ShawとPittenger,1977)。この概念によれば,空間の構造はそれ自身の含む物体によって導かれることになる。故に,知覚されたある対象の形はその対象の属する空間の局所的構造に反映される。かくして我々は知覚における対象表象に関して,2つの中心的な問題があると信じるようになった。第1に知覚空間の構造は知覚された対象によって変化するということ,第2には,暗に,知覚空間の構造はまた知覚対象を記録する知覚系に依存することである。

実験講座

ヒト組織の培養法とその意義

著者: 岡部哲郎

ページ範囲:P.230 - P.235

 ヒトの組織を培養する目的は2つに分類される。1つはcell biologyの研究手段としてヒトの培養細胞を用いる場合,もう1つはmedical scienceの研究手段として用いる場合である。cell biologyの研究手段としてヒトの細胞培養を用いることが,いかなる点に於いて動物細胞を用いる場合に比べてadvantageがあるかということを念頭においておく必要がある。ヒト由来の培養細胞と動物由来の細胞の違いの1つはC-type virusの存在である。ほとんどすべての動物細胞はendogenous typeC virusをもっていると考えられる。一方ヒトの正常組織由来の細胞は,in vitroの分裂回数は定まっていて一定の寿命があるとされている。しかるに,動物由来の細胞はin vitroで変化しやすく,短期間に染色体の異数性を伴った細胞に変化し,このようになった細胞は永久に増殖能力を持つ。このように,いくつかのbiological characterがヒトと動物の培養細胞では異なる。従ってcell biologyの分野に於ても,実験目的によってはヒトの細胞を用いる必要がある場合がある。例えば,in vitroに於ける細胞の分化や老化の問題を扱う場合,培養途中で染色体が変化しては困る。又endogenous type C virusが誘導されても困るのである。従って,そのような恐れのないヒト由来細胞を用いる方がよいであろう。

炭酸脱水酵素の細胞・組織化学的観察法

著者: 菅井尚則 ,   大崎丈夫

ページ範囲:P.236 - P.239

 炭酸脱水酵素carbonic anhydrase(CAH)は,MeldrumとRoughton1)により,1933年に生理学および生化学的に赤血球における存在が証明されてから,炭酸ガスの水和,または炭酸脱水反応を触媒する酵素として,一般的に知られるに至った。その後,生体内におけるCAHの分布域が意外に広いことが明らかになるにつれて,その機能的意義への関心があらためて高まってきた(例えば,呼吸生理,胃の塩酸分泌,および腎尿細管の吸収・分泌におけるCAHの意義)。
 一方において,CAHの組織化学的方法は1953年Kurata2)によって初めて提示され,それにつづいてHäussler3),Hansson4)などの方法が報告された。組織化学的分野においてつきまとう宿命的なものではあるが,この場合も,表現された反応生成物が真にCAHの局在を意味しているのか,その特異性をめぐって20年以上にもおよぶ論議がなされてきた。もっとも批判的立場をとったのはMuther5,6)であり,組織化学的方法の有用性を評価したのはRosen7)およびLönnerholm8)たちであった。その詳細はここでは省くが,そのような経過をたどって,現在Hansson法が信頼度の高い方法として一般的に使用されるに至っている。

話題

日米セミナー「神経回路網における"競合と協調"」

著者: 甘利俊一

ページ範囲:P.240 - P.242

 人間の脳は1010個以上もの神経細胞から出来上っている巨大で複雑なシステムである。この脳の中で,人間の柔軟にして精妙な情報処理が行なわれている。現代のコンピュータの進歩は驚くべきものではあるが,人間のように考え,人間のように臨機応変に状況に対処できるコンピュータの出現は,まだ遠くにかすむ雲の中,全く見通しがつかない。脳はいったい"どのように"考えているのであろうか。脳の情報処理の基本様式はどのようなものであるのか。これは現代科学最大の難問の1つであり,多くの科学者技術者の挑戦を受けている。
 脳の問題は,多くの分野の研究者が関心を抱いている。神経生理学・解剖学は,脳の神経細胞の動作と構造とを直接に研究する。心理学は刺激と反応の関係を通じて脳の仕組みに迫っていく。情報科学・計算機工学の立場からは,脳の情報処理の基本様式を知り,これをコンピュータ技術に利用することが重要である。数学者は複雑な脳が提起する数学的構造とその表現に興味を抱く。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

脳と人間(1)—脳と人間を同じことばで語ることができるか

著者: 塚原仲晃 ,   久保田競 ,   台弘

ページ範囲:P.243 - P.249

 塚原 デザートも出はじめましたので,この辺で始めさしていただきたいと思います。どうぞお食事を食べながら,最初は司会者が少しウォーミングアップということで何かしゃべっておりますので,そのままお食事をつづけていただきたいと思います。
 今日の題は「脳と人間」ということで,脳のほうはそのものズバリでありますが,人間というのはこれは非常に難しいんでありまして,定義が問題で,それをあまり高等な所に置きますと,この中でも落ちこぼれる人がだいぶ出てくるんじゃないかと思います。ですから定義が非常に難しゅうございまして,例えば南洋の土人にも,あるいはエスキモーにも共通した何か,人間というので何かないかというふうに考えます。いちばん手近な所でいきますと,どこでも共通しているのは,食事をするとき,一口食べますとその後ぐるっと周りを見渡すんだそうです。それはだれか自分の食事を取りにくるんじゃないかというような感情が,非常に共通したもののようでございます。そこで私,食事中の皆さんを見てたんですけれど,なかなか皆さんそういうことをお遣りにならないんで,そういう定義もどうも余りうまくない。それからもう1つは,笑う前にまゆ毛をキュッと上げるのが人間のようでございまして,これは非常に生物的な現象でございますから,これはおそらく皆さん共通したものでないかと思います。

コミニケーション

基礎生物学研究所研究会「視覚の科学—視細胞電位発現機構」,他

著者: 河村悟

ページ範囲:P.250 - P.255

 上記のようなテーマで,昭和57年2月15,16日基礎生物学研究所(以下基生研と略)研究会が開催された。この分野の発展はめざましく,このようなテーマで研究会が開かれることなど10年前には予想すらされなかった事である。
 従来日本では視物質の退色過程の研究や,電気生理学的手法による視細胞電位の研究では,世界をリードする諸成果を挙げてきたが,視物質の退色以後どのような機構で視細胞電位が発現するかについては,全く手つかずの状態であった。近年日本の若手研究者が米国・ヨーロッパの各研究室で研究する機会を得,この分野を華々しく開拓しつつある。本研究会ではこのような人々をも交え活発な討論をもとに,互いの意見を交換し将来の研究について展望することが目的とされた。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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