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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学33巻4号

1982年08月発行

雑誌目次

特集 リン酸化 総説

受容機構におけるリン脂質代謝と蛋白質リン酸化反応

著者: 塩田誠 ,   梶川憲雄 ,   西山馨 ,   西塚泰美

ページ範囲:P.258 - P.263

 本稿の読者の多くは電気生理学的手法を用いて種々生体の現象を観察しておられる方々であると聞いている。しかし筆者らはこれまで物質の構造変化や働きに現象の理解の基盤を求めてきたために,時間の概念には甚だ乏しい。特にイオンの動きや電位の変化といった物質として把えどころのない現象をどのような化学的基盤で理解するかを問われた時には戸惑いを禁じ得ない。また与えられた課題である蛋白質のリン酸化反応の生理学上の意義は,むしろ未解決の問題の方がはるかに多い現在,それと神経系におけるslow postsynaptic potentialをはじめ,種々の現象との相関は一部を除いてほとんど不明であると云ってもよい。刺激をうけた細胞において何が最初の化学反応であるのかは今のところ想像するしかないが,それは恐らくきわめて迅速な反応の過程であり,リン脂質代謝も蛋白質リン酸化反応も,共に外界の刺激に対する細胞応答の一連のカスケード反応の中の出来事として把握すべき現象である。

筋収縮とリン酸化

著者: 渡辺静雄

ページ範囲:P.264 - P.275

 過去50年間の生化学歴史は"リン酸化"の理解のための歩みであるかにみえる。また,筋収縮の研究ほど,そのリン酸化と終始密接にかかわり合ってきた研究領域はないであろう。このところ,リン酸化の理解がATP時代の"エネルギー化"という認識から,ホルモン時代の"調節"という認識に移行しているように思われる。そう思われる1つの原因は,筋収縮のCa2+による調節の研究とホルモン作用の研究とが,タンパク質のリン酸化を介して関連してきたからであろう。このような事情の一端を荷うものとして,「砂のう平滑筋ミオシンが酵素的にリン酸化・脱リン酸化するに伴って,ミオシン分子の集合と解集合がおこり,アクトミオシンの収縮現象と弛緩現象がおこる」という我々の発見を紹介したいと思う。

がん化とチロシン選択性蛋白質キナーゼ

著者: 小林信之

ページ範囲:P.276 - P.284

 細胞癌化の要因としてはさまざまなものが存在するが,その1つに腫瘍ウイルスによる発癌がある。腫瘍ウイルスはDNAを遺伝子としてもつSV40, Polyoma等で代表されるDNA腫瘍ウイルスと,RNAを遺伝子としてもつ,Rous sarcoma virus(RSV)で代表されるRNA腫瘍ウイルス(近年はレトロウイルス:reverse transcriptase containing virusと呼ばれるようになって来ている)とに分ける事ができる。これら2つのグループのウイルスは一見非常に異なるが,両者は宿主細胞を癌化する過程において非常に近似した機構をもっている。両ウイルスがその遺伝子上に細胞癌化を直接に引き起こすいわゆる発癌遺伝子(onco gene)を持っているのもその1つである。しかしながら.一口に腫瘍ウイルスの発癌遺伝子と言っても,さまざまな形で存在し,はたしてこれらの発癌遺伝子がそれぞれ異なる独自の機構で細胞を癌化するのか,あるいはある程度ないしはヒト癌をも含めたすべての癌細胞に共通な機構によって細胞癌化を引き起こすのかと言う事に関しては現在まで明確な答えは得られていない。しかし,ここ5年程の間に,今まで同定された腫瘍ウイルスの発癌遺伝子産物の中に蛋白質のリン酸化酵素,すなわち,フロティンキナーゼ活性を有するものが存在する事が明らかになって来た。

蛋白質のリン酸化とその意義

著者: 野々村禎昭

ページ範囲:P.285 - P.297

 蛋白質にリン酸が安定に結合して存在していることは近代的な生化学の研究がはじまった時から気付かれていた。しかしこのような安定なリン酸の蛋白質への結合——蛋白質のリン酸化の意義が認められるようになるのは1955年にグリコーゲンの代謝過程でphosphorylase系のリン酸化—脱リン酸化による調節機構が発見されてからである1,2)。さらに1968年KrebsらのグループによるサイクリックAMP依存性蛋白質キナーゼ(以下,cAMP-kinaseと書く)の発見3)は蛋白質リン酸化への研究に拍車をかけ,それから以降この十数年でおびただしい数の蛋白質のリン酸化に関する報告がなされている。
 本号の特集は蛋白質のリン酸化についてもっともhotな話題が総説に3つ,解説に1つ書かれている。本稿はひとつのテーマを追わず,膨大にふくれあがり,複雑化し,理解しにくくなってしまった蛋白質のリン酸化について概観することを試みた。蛋白質のリン酸化の研究は多岐にわたっており,蛋白質が関係する生物学のほとんどの問題にかかわりあっている。リン酸化の全体を概観することをあえて試みたのは,現在自分達が扱っている平滑筋のmyosin light chainのリン酸化—脱リン酸化の問題が蛋白質のリン酸化全体からはどのように位置付けられるのか,どのようにかかわり合っているかを見直してみたいと思ったからである。

解説

温度感受性ヒストン・リン酸化欠損変異細胞

著者: 山田正篤

ページ範囲:P.298 - P.307

 大腸菌やファージのような原核細胞を使った分子生物学の進歩には遺伝学の関与が重要であったことは言うまでもないであろう。そして,そのことが同時に遺伝学そのものを大きく塗りかえることにもなり,現在の遺伝工学へと発展していったのである。
 私たちは,これまで培養動物細胞を使って真核細胞の細胞周期の研究を進めてきた。御存知と思うが,試験管内に長い間継代培養されたHeLaのような樹立細胞系は単細胞生物と同様な扱いが可能であり,薬剤耐性などの突然変異株が分離されてきた。このような状況下で,培養細胞を材料として突然変異株を分離し,それを細胞周期制御の研究に利用することは当然行なわなければならない仕事の方向であった。その結果として,われわれは培養マウス乳がんFM3A細胞から,高温でH1ヒストンのリン酸化が特異的に阻害される温度感受性突然変異株(ts85株)を分離し,これを用いてH1ヒストンのリン酸化が細胞周期の進行に果す役割を追求してきた1〜6

超高分解能電顕による原子像の観察と生物学への応用の可能性

著者: 植田夏 ,   藤吉好則

ページ範囲:P.308 - P.318

 電子顕微鏡が作られたら,原子を見るのもあながち夢ではないという考えは,加速電子線の波動性が実証された半世紀も前に,既にL.Szilardが指摘していた。たまたまベルリンのカフェで彼と談笑していた後のノーベル物理学者D.Gabor1)は大変に懐疑的で,電子線によって生物など立ち所に炭になるだろうと批判していた。両人とも物理屋なのに生物試料を話題にしているのは面白い。光であれ電子であれ,とにかく"顕微鏡"を必要としたのは歴史的にも医学生物学の人達であることを物語っている。事実電顕の発明に功績のあったRuskaも,医学生の弟に乞われて研究に踏み切っている。彼の最初の装置での実験は不幸にもGaborの予言を裏付けた。しかしブラッセルのMartonが苦労の末自作した電顕で,モウセンゴケの切片の撮影に成功し,これがSiemens社による電顕開発のきっかけとなった。その後の加速的な発達の結果,電顕の最初の出現から40年を経た今日,終にSzilardの予言が適中し,原子像の観察とそれに基づく物質のより微細な構造研究が現実のものとなったのである。しかしこれも波動であると同時に粒子であるという,ジキルとハイドのような電子線の2重性格の故に,可能と不可能のつばぜり合いの中での成果であり,本来生物学者の熱望によって世に出た電顕のこの得がたい特性を,ケーザルの物としてケーザルに返すことが私の願いである。

海産毒Palytoxinの生理活性

著者: 伊藤勝昭 ,   浦川紀元

ページ範囲:P.319 - P.325

 フグ毒の成分tetrodotoxinの分子構造が決定され,その作用機序が興奮膜のNaチャンネルの特異的阻害であることが解明された1964年が1つのエポックとなって以来,天然毒は様々な角度から多くの研究者の関心を集めるようになってきた。天然毒が研究対象となるのは,中毒の被害をいかに防ぐかという防御的な動機およびその生理活性を生かして新しい医薬を開発していくという応用的な動機のみならず,特異的な作用機序をもつ物質については複雑な生体機構解明に用いるという基礎生物学への貢献の側面がある。とくに後者のような毒物の利用価値に関する認識が広まるにつれて,積極的に新しい毒物を探索する試みがなされてきている。なかでも海洋には数千種にのぼる有毒生物がいると推定されるが,そのうち多少とも研究の対象となったものは数%にすぎず,化学構造と薬理作用が解明されたものは50に満たないといわれ1),海産毒の研究は始まったばかりであるといえよう。
 このような状況において1971年から73年にかけて日本と米国で腔腸動物の一種イワスナギンチャクPalythoaからpalytoxinが分離精製された。しかし,その化学構造の決定には約10年の歳月を要し,1981年に漸く成功した。

実験講座

筋肉における高エネルギーりん化合物利用の31Pn.m.r.による高時間分解能測定

著者: 山田和廣 ,   田之倉優 ,   米谷快男児

ページ範囲:P.326 - P.329

 31P核磁気共鳴(31Pn.m.r.)により天然に存在する31Pのスペクトルを調べ,生きている筋肉やその他の組織を破壊することなくそのまま用いて,細胞内のりん化合物の量およびその変化を知る方法が報告されて数年がたった1,2)。この方法は,筋肉においてはさらに生理学的な手法の導入が行なわれ,収縮機構を調べるための生理学的方法の1つとして発展した3)。また,この方法は骨格筋の他に多くの組織に用いられつつある4)
 一方,筋肉の収縮に利用される高エネルギーりん化合物の変化は,筋の急速凍結,抽出および化学分析を行なって,かなりよい時間的分解能をもって測定することができる。ところが,このような研究の結果を,筋収縮の熱産生と仕事量の和として測定されるエネルギー遊離量と比べると,エネルギー量を説明するだけ十分な量のりん化合物が分解されていない5)。このことは,筋の示す熱的変化には,たとえばCaイオンのいろいろなサイトへの結合反応熱のような,エネルギー利用とは直接に関係のない部分が含まれていることを示しているのだと思われる。しかし,上にのべたように,収縮によるエネルギー産生と高エネルギーりん化合物の分解量との間にギャップが存在するかどうかを確かめるためには,このような化学的方法とは別に独立した方法で,しかも非破壊的に,りん化合物の量の変化を調べることができるのは,たいへん重要な方法上の進歩であると思われる。

フルオログラフィーとフラッシング

著者: 森啓

ページ範囲:P.330 - P.334

 ニューロンは特異な形態をしており,数μmの細胞体と,時には数mにおよぶ軸索突起によって特徴づけられる。細胞体の大きさを直径1mのボールに譬えるならば,軸索の長さは東京一大阪間にも匹敵する長さであり,ニューロンという細胞を考えるうえで軸索成分が大きな重みをもつことがわかる。ニューロンの軸索および樹状突起空間は勿論物質系によって満たされているのであり,しかもこれらの物質は静的なものではなく,一定方向に流れていること(軸索流あるいは軸索内輸送)が34年も前に見い出されている10)。初期における軸索流の研究は結紮を唯一の実験手段としていたので,神経の成長と再生に関する考慮が不可分であった。その後,放射性同位元素の利用が盛んになるにつれ,軸索流の研究が飛躍的に進歩した.これらの結果,軸索流内容物は神経伝達物質およびその生産酵素系物質をはじめ,各種蛋白質,核酸,糖質,脂質から成り,流れの方向も細胞体から軸索末端に向かう下行性と逆向きの上行性の両方があることが確立してきた。また軸索流の輸送機作についてもコルヒチンをはじめとした薬理学的なアプローチから,いくつかの仮説も提出されている。軸索流の輸送速度は複数であり,速度に応じて異なる物質が流れていることを示す証拠がすでに二,三報告されていたが,全体を総括的に且つ分子レベルで捉えることが困難とされていた。これは検出されるべき放射能活性が微量であるという技術的なことに帰因している。

談話 コンファレンス・ディナー研究集会

脳と人間(2)—大脳生理学の原理をどう応用したか

著者: 武田豊

ページ範囲:P.335 - P.338

 司会 それでは次の話題に移りまして,武田さんの紹介をさせていただきます。
 武田さんは非常にたくさんの顔をお持ちでして,いちばんの表の顔はご承知の新日本製鐵の社長,世界でいちばん大きな製鉄会社の社長さんということで,非常に責任の重い立場におられるわけです。しかし,そのほかにも実はたくさんの顔を持っておられ,例えば弓道,弓を引かれる。週末にはいつも弓を引かれて,9段である。それから柔道もなさいまして,柔道2段,そのほかに将棋とか碁なんかを合わせますと20数段という大変な実力の持ち主でございまして,最近はまた社会人野球協会の会長ということで,野球の普及にこれまた重要な立場におられるというわけです。

コミニケーション

科研費とゲラント/カルモデュリンの調製法

著者: 長友孝文

ページ範囲:P.339 - P.342

 文部省科学研究費(科研費)と米国のグラントは研究費を研究者に与える点に於いて類似しており,筆者はすでに数回にわたり米国のグラントの種類,決定方法などについて報告した1〜5)。米国の大学で研究に従事し,グラントシステムの厳しさを肌で感じているうちに,グラントシステムでは大学研究者のみが努力しているのではなく,グラントを決定しfundする当事者(日本では文部省の官僚)も公正にしかも科学の進歩に寄与でき得る研究を模索している姿に触れた。米国のグラントの応募—審査過程については既に述べた1〜3)ので,今回は科研費とグラントのいくつかの相違点につき報告したい。
 日本学術振興会(学振)各種事業の審査方法も科研費と共通点を持ち合わせているので,学振の審査方法についてもこれから述べる改革点が重要視されなければならないと考える。すでに1979年,薬学の研究者によってこれら科研費の審査方法については問題点が提起されている6)。そこで,既に述べられた内容と多少重複するが,私なりに問題を提起してみたい。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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