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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学33巻5号

1982年10月発行

雑誌目次

特集 成長因子

特集「成長因子」によせて

著者: 山根績

ページ範囲:P.346 - P.347

 Growth factorなる言葉は元来微生物に対する増殖因子として用いられたものである。すなわち無機塩やアミノ酸ではなく,たとえばパラアミノ安息香酸のように,極く微量で特定の細菌の増殖を支配するような物質をgrowth factorまたは細菌ビタミンと称したことが,この用語の使用のおこりである。
 しかしこの言葉を培養細胞に対して用いるようになったのは,主としてGordon H.Satoらがgrowth factorを含む無血清培地を数多く開発して以来のことであると言っても差し支えあるまい。ところが培養細胞に対するgrowth factorを増殖因子と訳すべきか,成長因子と訳してよいか,しばしば困惑することがある。

総説

神経成長因子

著者: 福田潤

ページ範囲:P.348 - P.360

 胎生時の脊髄神経節細胞や交感神経節細胞が生存し,成長分化をなしとげていくために,神経成長因子(NGF)と名つげられる物質が欠かせない。こういう仮説がLevi-Montalciniによって唱えられてからおおよそ30年という月日が経ち,今ではもう常識となっている。このNGFの歴史をふり返ってみると,NGFの発見は,発生生物学,神経生物学のみならず,細胞生理学,生物化学,分子生物学,医学などの広範囲の分野にはかりしれない貢献をしてきたことが改めて解る。またNGFの発見,抽出,結晶化がひきがねとなって,他の成長因子の発見に大きな刺激を与えてきたことも解る。また一方では,NGFの研究は他の広い分野の知識や実験方法,技術によって支えられ,推進されてきたことはいうまでもない。このように数多くの研究の結果,現在我々はNGFについて非常に多くのデーターを持つようになった。特にこの10年間に集められた知見は,研究方法の進歩とあいまって膨大なものであり,我々の知識は質の上でも飛躍的な増加をみた。この1〜2年の間でも,毎年100編余りの英文の論文が発表されている(Biological Abstractsより)。しかしながら現在我々の持っている知識を冷静にみつめてみると,我々はNGFの秘密について未だごく一部を解き明かしているにすぎないことが解る。我々が未だ未だ知らないことの方が多いのである。本稿ではそれらの諸点を要約して紹介するつもりである。

トランスフェリン—筋成長促進効果を中心に

著者: 小沢鍈二郎 ,   伊井一夫

ページ範囲:P.361 - P.367

 鉄結合非ヘム蛋白質であるトランスフェリン(transferrin,Tf)は,脊椎動物の血漿,哺乳動物の乳などの分泌物,または卵白中に高濃度に存在し,それぞれセロトランスフェリン(serotransferrin,sTf),ラクトトランスフェリン(lactotransferrin),オボトランスフェリン(ovotransferrin,oTf)と呼ばれる1)。いずれも,分子量約8万の糖蛋白質であり,1分子当り2原子の鉄を可逆的に結合する。sTfは主に肝臓で合成され,鉄を吸収場所(小腸)から貯蔵場所(肝臓,脾臓,骨髄),そして利用場所(各種細胞)へと血流に乗って運搬する。
 Tfの可逆的な鉄の結合の仕方,アミノ酸配列2,3),糖鎖の構造,立体構造などについての研究も近年進んでいるが,それらについてはBezkorovainyのモノグラフ4)を参照されたい。

造血因子

著者: 元吉和夫

ページ範囲:P.368 - P.373

 動物の末梢血液中に形態学的に同定されうる血液細胞は赤血球,白血球及び血小板であり,これら3系統の細胞は造血組織である骨髄において,多能性幹細胞(pluripotent stem cells)から造り出される。多能性幹細胞は3系統の細胞いずれにも分化しえる能力をもっているが,この細胞が赤血球系へとある程度分化した細胞がBFU-E(Erythroid Burst Forming Unit)であり,さらに分化が進むとCFU-E(Erythroid Colony Forming Unit)となる。さらに何回かの分裂をへて,形態学的に同定可能な赤芽球となる。また白血球系へと分化が進んだ細胞がCFU-C(Colony Forming Unit in Culture)であり,これもさらに何回か分裂をくり返し形態学的に同定可能な骨髄芽球となる。さらに血小板系へと分化が進んだ細胞がCFU-M(Megakaryocyte Colony Forming Unit)である。これらBFU-E,CFU-E,CFU-CおよびCFU-Mはそれぞれ一系統の細胞へのみ分化できるという意味から,committed stem cellと呼ばれており,それぞれの細胞の増殖,分化を刺激する液性因子が存在する。

血小板由来成長因子(PDGF)

著者: 大野忠夫

ページ範囲:P.374 - P.380

 細胞成長因子をめぐる研究動向をみると,60年代に種をまかれ,70年代に芽を出したものが,70年代後半より伸び盛りの時期に入ったという感がする。血小板由来成長因子(PDGF)についても,最も著名なNGF,EGFに比べれば,やや発芽時期に遅れがあるとはいえ,研究の伸長速度はこれらに優るとも劣らない。
 PDGFは,細胞周期上のG0期に特異的に作用するという点が明らかにされた最初の成長因子であり,人類の逃れられざる病である動脈硬化に深く関わっていると考えられている因子である。PDGF発見の経緯から,細胞周期に対する作用等については,いくつかのすぐれた総説が出されている1〜6)。概要はそれらを参照願うとして,本稿では最近生じてきた2,3の話題を提示し,読者諸賢の参考に供したい。

上皮細胞の増殖と成長因子

著者: 山田雅保 ,   沖垣達

ページ範囲:P.381 - P.388

 細胞培養技術は近年非常な進歩を遂げているが,上皮細胞の培養に関しては間葉細胞のそれに比べてまだまだ困難を極めている。その原因として,①上皮細胞の増殖に必要とされる物質(因子)が,血清および生物学的に不活性基質(プラスティックやガラス)を必要とする従来の培養系では完全には作用しえないこと,②初代培養の場合において,最初から混在している間葉細胞が優位に増殖するため,結果として上皮細胞の増殖が抑えられてしまうこと,などが考えられる。
 これらの技術上の問題点を克服するために,無血清培養法の開発,つまり血清にかわる増殖促進因子の発見と精製に関する研究や,また各種増殖因子とホルモンの組み合わせを試みる研究が進められている。また,上皮細胞はin vivoで間葉細胞あるいは基底膜との相互作用で増殖の調節を行なうことから,その相互作用の機序をin vitroで利用あるいは再現する研究も進められている。これらの研究の進歩によって,最近の上皮細胞の培養技術は飛躍的に進歩してきている。

ソマトメジンの作用と作用機作

著者: 加藤幸夫 ,   鈴木不二男

ページ範囲:P.389 - P.395

 成長ホルモンの骨,軟骨への作用は,直接の作用ではなくソマトメジン(SM)と呼ばれる一群のポリペプチドを介していると考えられている。現在までに数種のソマトメジンが精製され,軟骨成長促進作用以外に種々の動物培養細胞の増殖を促進しかつインスリン様作用を発現することが知られている。ところが最近,SMと成長ホルモンの関係は従来考えられていたほど密接ではないことが判明してきた。例えば妊娠中では成長ホルモン欠損症の患者でも血中SM値が上昇すると報告されている1)。さらに種々の腫瘍細胞や胎児期の組織が自律的にSM様ペプチドを産生することが明らかになった2〜6)。SMは以前,軟骨への35SO42-のとり込みを促進するという意味から"sulfation factor"と呼ばれていたが,1972年にDaughadayらは成長ホルモン(ソマトトロピン)の作用を仲介(mediate)するという意味でソマトメジンと改名した。しかし,SMと成長ホルモンの関係には未だ不明な点が多い。いずれにせよ,本稿では,筆者らの軟骨培養細胞を用いた研究も含めて,種々の組織でのSMの作用および作用機作について最近の知見を述べたい。

がん細胞の細胞内増殖因子

著者: 吉竹佳乃 ,   足達綱三郎 ,   西川克三

ページ範囲:P.396 - P.401

 この10年ほどの間に,多くの増殖因子(growth factors)が発見され,そのうちいくつかは精製されている。これらは培養細胞の増殖(ほとんどはDNA合成)を促進する活性を持つことを指標に見出され,培養細胞を用いた定量的検定法を用いて精製されたペプチドまたは蛋白質である。すなわち,生命科学研究の近年の1つの有力手段である培養細胞系が増殖因子研究の母体である。一方,増殖因子よりは研究の歴史の古いペプチドホルモン類は生体における生理作用を基盤にして研究が進められてきた。従って,Gordon Satoが指摘しているように1),増殖因子はホルモンであると一般的に言えるようになるには,一部の増殖因子を除いて,それらの生理作用を明確にする今後の研究を待たねばならない。
 がん細胞の自発的な増殖機構と関連したそれ自身が産生する増殖因子の研究の歴史も古く,その経過についてはすでに概説した2)。がん細胞由来の増殖因子の場合も,前述の一般の増殖因子の場合と同様に,そのほとんどが培養細胞を標的として研究が進められた2)。従って,この場合も生体におけるがん組織での生理作用は明らかではない。なお,血管内皮細胞に作用するtumor angiogenesis factor3)や担がん肝細胞に作用するトキソホルモン様増殖因子4)の場合は,生体での作用から見出された増殖因子である。

解説

生物毒の神経作用—クモの神経毒

著者: 川合述史

ページ範囲:P.402 - P.409

 動物のもつ毒のうちには,既知物質には見られない特異な生理作用をもつ成分が知られていて,中でも神経組織に働くニューロトキシンに関する研究は,精製や作用解析に関する技術の急速な進歩に支えられ著しい発展をとげて来ている。古くはフグ毒のテトロドトキシンの発見,利用に代表されるように,ニューロトキシンの神経生物学への貢献は多大であるが,近年,神経毒に対して世界中の注目がよせられるようになったのは,ヘビ毒ののα-ブンガロトキシンに代表されるα-トキシン類の発見が基であろう。このトキシンの利用によって,それまで実体の不明であったアセチルコリンレセプターが初めて分離・同定され,分布が明らかになり,更には難病の1つである重症筋無力症の病態解明につながった研究の経緯は改めてここで説くまでもなかろう。この他にもサソリ毒,ハチ毒,カエル皮膚毒,イソギンチャク毒などから向神経作用をもつ成分が次々に分離され,その作用機序の解明と神経機能研究への応用は着実に進展して来ている1〜5)
 本稿では,筋足動物の毒のうちクモ毒をとりあげ,その極めて特徴のある神経毒作用について最近の研究状況を紹介する。

話題

International School of Biophysics "Gating of single ionic channels"

著者: 黒田英世

ページ範囲:P.410 - P.415

 生まれついての弥次馬で,何か面白そうなことがあると何かとして自分の目で見たくなる。今自分がやっている仕事にすぐ結びつくわけではないが,patch clampによるsingle channelを流れるcurrentの測定にも非常に興味を持っていた折も折,表記courseの開催(本年5月20〜29日)を知り無理算段の末参加して来ました。EMBO主催のこのcourseは1970年より始まったschoolの12回目で,今回はpatch clamp法の開発者E.Neherとnoise analysisのF.Contiがdirectorとなって,イタリア,シシリー島西部のティレニア海を眼下に望む町エリッチェでひらかれた。この町は,三千年の昔ヴィーナスの子エリッチェによりつくられたと言い伝えられている古い町で,ホーマー(BC 1000年)がその美しさを詩に詠んだという素晴しい場所にあります。この町はまたinternational schoolの開催地としても有名で,今年の夏だけでも31のschoolが計画されていました。
 今回の参加者はドイツから15人(内講師7人),イタリア14人(1人),合衆国10人(5人),フランス9人(2人),イギリス9人(2人),スイス6人,オーストリア,チリ,日本,オーストラリア,ベネズエラ,トルコ各1人,計69人でした。

日米セミナー「骨格筋の収縮動力学と収縮の分子的機構」

著者: 杉晴夫

ページ範囲:P.416 - P.419

 筋肉の収縮が2種類の筋フィラメント間の滑りによっておこることがH.E.Huxleyらによって示されてからほぼ30年が経過した。この間,筋収縮の分子的機構は生理学者のみでなく多くの生化学者,生物物理学者,電子顕微鏡学者,X線結晶学者等の興味をひきつけ,他の生物科学の分野に例をみないほど多方面からのアプローチがなされてきた。筋収縮の原動力は,一般に太い筋フィラメントから突き出たミオシン頭部(クロスブリッジ)が首ふり運動をおこない,細いフィラメントを太いフィラメントの中央にたぐり込んでゆくためと考えられている。A.F.Huxleyの筋フィラメント滑り模型はこの滑り機構を理論的に体系づけたものであり,筋収縮研究に中心的な役割をはたしてきた。しかし,多くの研究者の努力にもかかわらずクロスブリッジの首ふり運動の証拠は得られず,筋フィラメント間の滑りをおこす原動力は依然として不明である。世界的な傾向として,研究者はHuxleyの滑り模型にもとづいて仮説あるいは実験計画をたて,得られた結果を滑り模型にそって解釈する傾向がある。このため,滑り模型に反する結果や考え方はしばしば雑誌に発表をうけつけられないことがある。また他分野の研究者の多くは,筋収縮の問題はすでに滑り模型で解決済みと考えており,筋肉研究者の研究費申請を困難にしている。

コミニケーション

金属と生体とのかかわり

著者: 山口正義

ページ範囲:P.420 - P.421

 生体生理ならびに細胞機能における金属の役割の重要性は,その欠乏症等にみられるように,古くから臨床面で示唆されてきたにもかかわらず余り顧みられなかったように思われる。
 ここ数年間において,金属と生体とのかかわりに関する国内外における研究は,金属の毒性発現を明らかにすることを目的にした研究に端を発して急速な展開をみた。その中でも金属結合蛋白質(metallothionein)の発見とその生物学的意義の解明は生体における金属の役割を理解する上で多くの示唆を与え,この分野の発展に寄与するところは大きかった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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