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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学33巻6号

1982年12月発行

雑誌目次

特集 低栄養と生体機能 総説

飢餓時のホルモンの動き

著者: 田名部雄一

ページ範囲:P.424 - P.431

 動物を飢餓状態におくと,生体内において少しでも生命を長く保つような種々の機構が働いてくる。この場合,これらの機構の発現にホルモンが重要な役割を果している。絶食,絶水した時にニワトリ,モルモット,マウスがどのくらい生き延びることができるかについては,Biererら1)が報告している(表1)。この成績によると,一般に体重の小さい動物は,絶食,絶水によって早く死亡し,体重の大きいものは,比較的長い間生き延びられることがわかる。またこの場合,絶食のみの場合より,絶水のみまたは絶食と絶水をした場合の方が,より早い死をまねくことがわかる。
 動物とくに恒温動物を絶食させると,エネルギーの損失を避けるため代謝を下げ,呼吸量や,心臓における血液の拍出量,心拍数の減少がみられる。この現象はイヌ2),ヒト3),ニワトリ4)で認められている。またこれらの機能低下は,体重の小さいニワトリでとくに著しく,また急速に起こる4)。さらに,飢餓時においては,このように代謝速度を下げるだけでは対応できなくなる。そこでつぎの手段として,動物は自己の生命の維持と直接関係のない生殖機能を低下させて対応する。このことは,長期間の栄養の欠乏や絶食が,雌ウシ5),雌ラット6)で発情周期が消失し,卵巣萎縮を起こすことからも知られる。

低栄養動物における生体防御

著者: 坂本元子

ページ範囲:P.432 - P.437

 生体防御機構の基本的役割は外部からの侵入物,自己由来の異物成分を排除して個体を保全することにある。その機能は外部に対する抵抗性を十分発揮しうる生体側の条件に大きくかかわってくる。
 開発途上国における乳児死亡率が,低栄養に伴う抵抗性の低下と外部感染との結果で約45%も占めていることでも,個体の栄養条件と抵抗性の相互作用の重要性が理解できる。低栄養状態と抵抗性の低下に関する問題は,単に食糧不足を背景としておこる開発途上国の乳幼児のみならず,疾病のmalignancy,老齡者の感染の問題として臨床面でも重要な課題となっている。

栄養失調と染色体異常は相関するか

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.438 - P.443

 Ⅰ.栄養失調(malnutrition)
 栄養失調には大きく分けてmarasmusとkwashiorkorがある。前者はtotal food intakeが非常に限られている状態で,protein-calorie malnutrition(略してPCM)とも呼ばれ,今から三十数年前の国内にふつうにみられた「栄養失調」である。marasmusという言葉はギリシャ語のmarainein(消粍する)からきているが,O. E. D. によると英語圏での一番古い用例は1656年のTrappの"Now, alas, I lie under a miserable marasmus"であり,1837年のSydney Smithからの引用では,"誰にもお気に入りの最後があるものさ:中風で死ぬやつもあればmarasmusで死ぬやつもある"とあって,marasmusはかつて結核を意味したのかもしれない。
 Kwashiorkorは英語圏では1935年に初めて用いられた。本来ガーナ原住民の言葉であるのをWilliams1)が英誌Lancetでそのまま用いたのである。同記事によるとクワシオルコルは原住民の赤ん坊が次の子供が生まれたときにかかる病気であり,トウモロコシ食に原因があるとされた。(栄養学的にみるとトウモロコシ食にはアミノ酸トリプトファンの欠乏がつきまとう。)

飢餓ならびに再給食における組織・細胞の超微細構造の変化

著者: 渡仲三

ページ範囲:P.444 - P.455

 本項では飢餓による細胞の変化というテーマで論文を執筆することになったが,まず飢餓(特に食物飢餓)についての光顕的研究は文献的に多少散見されるが,電顕的研究は世界的に意外と少ないようである1,27〜30)。というのも第2次世界大戦の後,世界平和が続き,多くの人人が飢餓という極限にさらされることが少なくなったためであり,誠に喜ばしい現象といえよう。しかし,学問的には飢餓といえども興味深いわけで,今回取り挙げられたのであろうと思う。筆者は十数年来,超微形態的に各種実験条件下の細胞変化について研究を続けて来たので,飢餓についても関心が深く,またその回復過程も興味深いところであり,本文の執筆をお引受けすることとした。こう言った意味から,今回自分自身でも動物を用いて飢餓実験を試みたので,それを軸として紹介し,文献的考察も試みたいと考えている。

飢餓と動物行動

著者: 佐藤俊昭

ページ範囲:P.456 - P.461

 Ⅰ.問題小史
 動物行動研究の歴史において,飢餓は専ら動物を所期の目的通りに動かすための手段として利用されてきた。そのせいもあって,行動理論のなかでは飢餓は既に存在する行動の機構を作動させる動因(drive)として位置づけられ(Hull, 1943),飢餓それ自体が行動の機構を変容させる可能性については殆んど検討されることがなかった。僅かに,貯め込み行動(hoarding)の研究者がこの点を検討し,幼若期の飢餓体験は成長後のラットの貯め込み行動を増加させることを見出していた程度である(Hunt, 1941, 1947;Marx, 1952)。
 60年代に,幼少期の慢性的飢餓が人間の知的発達を遅滞させる可能性を示唆する事実が次々と蓄積されてくると,この問題を動物実験によって解明しようとする動きが高まった。また,行動理論にとってこの問題は,発達初期の飢餓体験が成長後の行動に及ぼす効果を問う点で,初期経験研究の格好のテーマでもあった。この二重の関心から,発達初期の飢餓が動物の学習能力を永続的に低下させるかという問題にいくつかの研究が集中し,肯定的な結果をえた(Zimmermann, 1974,参照)。

解説

心筋膜のイオンチャンネル

著者: 大地陸男

ページ範囲:P.462 - P.470

 心筋の膜の興奮現象,活動電位は,他の興奮性細胞におけると同様に,膜電位に応じて開閉するイオンチャンネルを通過する膜電流によって形成される。心筋は多数の筋線維がgap-junctionで結合された多細胞標本である。従って従来の膜電位固定には定量的な限界があるが1,2),その限界の中でもHodgkinとHuxleyのモデルに従う多数の電流が記述されてきた3〜6)。最近では心筋細胞を酵素的に遊離し,単一細胞で膜電位固定することが可能になり7,8),またパッチクランプ法9,10)を適用し,単一チャンネルの電流を記録することも試みられている11)。これらの新しい方法は,おおむね多細胞標本での知見を支持するが,より微小なレベルでの解析を可能にしている。
 心筋に流れる膜電流の種類は,心臓の部位によって多少異なるが,まとめると,①活動電位の立ち上りに流れる内向きのNa電流,②活動電位のブラトー相や洞房結節と房室結節の活動電位の立ち上りに流れる緩徐内向き電流(Isi)またはCa電流(ICa),③再分極に関係する遅延整流作用を示す外向き電流(IKまたはIX),④同じく時間非依存性の内向き整流作用を示すK電流(IK1)が主なものである。その他にもプルキンエ線維では⑤一過性の外向き電流が流れて活動電位の初期に急速な再分極をもたらし,また洞房結節などの特殊心筋では⑥過分極で内向き電流(IhまたはIf)が誘発されるがこれは自動性の発現に関係しうる。

カルチトニンによる生体内カルシウム調節の機構

著者: 山口正義

ページ範囲:P.471 - P.481

 カルチトニン(calcitonin;以下CTと略す)は,アミノ酸32個を有するポリペプタイドホルモンである。これは,Coppら1)により副甲状腺より分泌されて血清カルシウム(Ca)を急速に下降させる物質として発見された。その後,Hirschら2)は,CTが副甲状腺ではなくて甲状腺から分泌されることを見いだした。このようなCTの発見は血清Caの調節に関する実験生理学的研究の過程において生まれたもので,1962年にはじめて報告されてから今日まで20年を経過している。その間,CTの化学的性状が明らかにされるとともに,その分泌調節ならびに多くの生物学的作用が見いだされ,CTに関する知見の多大な集積をみ,本邦においてもいくつかの総説として紹介されている3〜6)。とくに,CTの骨吸収抑制作用は,代謝性骨疾患などに対する臨床的応用の試みがなされ,最近においては医薬品として開発されるにいたった。
 ところで,このホルモンが発見されてからその生理的意義については十分に解明されたとはいいがたいが,CTが哺乳類では甲状腺から,鳥類,両棲類および魚類では鰓後腺から分泌され,その存在が自然界に広く見いだされており,CTの強力な血清Ca低下作用が共通の生物学的現象であるなどの理由により,このホルモンがCa代謝の調節にきわめて重要な生理的役割を演じているものと理解されていた。

実験講座

ペルオキシダーゼ法による初期発生の解析(HRPの微量注射法)

著者: 広瀬宜郎

ページ範囲:P.482 - P.486

 過去半世紀の発生学は,細胞分化に対するdeterminant(分化決定因子)を決める事に大きな精力を費やしてきたと言って間違いはなかろう。DNA発見以後はこのdeterminantがDNA上にどのように規定され,またDNAとどのように相互作用するかについて解明しようという分子遺伝学的立場からのdeterminant研究が進んでいる。一方で細胞生物学的には,特定の組織に対するdeterminantがどのようにして受精卵より特定の細胞群へ与えられるのかという問題が,組織の分化を決定論的に考える時,特に重要となってくる。この点を明らかにするには組織の分化とcell lineage(細胞系統)の関係を調べる事が必要である。cell lineageの解析とは,特定の細胞に起原を持つ子孫細胞群の「家系図」を空間的時間的範囲で調べる事である。cell lineageを調べるためには調べるべき細胞をマークする必要があるが,ペルオキシダーゼはこの点でマーカーとして優れた特徴を持っている。

話題

Mount Desert Island Biological Laboratoryについて

著者: 星猛

ページ範囲:P.487 - P.491

 今年の夏,米国のMaine州にあるMount Desert Island Biological Laboratoryを訪問し,2週間程滞在してつぶさに所内を視察し,多くの研究者ともゆっくり討議する機会を得たので,同研究所の概要を紹介したいと思う。今回の訪問は現在所長(President)をしておられるDr. Bodil Schmidt-Nielsenの招待によるものである。
 米国には夏季(6〜9月)に,各地の大学や研究施設から生物学,医学の分野の研究者が大勢集まり,有料の実験室を借りて,各自の研究あるいは他の研究者との共同実験を行ない,かつセミナーなどを通じて活発な情報,意見の交換を行ないつつ過ごす為の研究所が2つある。1つは規模も大きく,日本では神経生理学,発生生物学,生態学関係の人々の間でも良く知られているWoods Hall Marine Biological Laboratoryで,もう1つが今回紹介したいと思うMount Desert Island Biological Laboratoryである。後者は規模も小さく(Woods Hallの約10分の1),研究分野も比較生理学,比較生化学,特に体液調節に関連した腎,腸,鰓その他の上皮系のイオンや非電解質輸送の問題が伝統的に主として扱われて来ているので,わが国ではその分野の研究者が少ないこともあり,Woods Hall程は良く知られていないように思われる。

「繊毛・鞭毛に関する国際コンファレンス」の印象記

著者: 高橋景一

ページ範囲:P.493 - P.496

 1982年7月10日から14日にかけて,"International Conference on Development and Function in Cilia and Flagella"と題する国際集会がイタリアのSiena市で開かれた。参加者は百数十名(イタリア的というのであろうか,主催者側も正確な参加暗数は把握しておらず,万事大まかな運営であった),発表演題数は約80という比較的小規模の会議である。オーガナイザーは,B. Baccetti(イタリア),M. E. J. Holwill(イギリス),C. J. Brokaw,I. R. Gibbons,P. Satir(以上アメリカ),高橋 景一(日本)であり,日本からは毛利秀雄,村上彰,森沢正昭(以上東大),森沢幸子(聖マリアンナ大),小川和男(基生研),杉野一幸(筑波大)の6氏および筆者の計7名が参加した。印象記を書くことは予期していなかったので,手許にあるメモなども十分ではないが,会議の大体の様子を紹介したい。

国際シンポジウム「中枢神経系レセプター:分子薬理学から行動まで」

著者: 栗山欣弥

ページ範囲:P.497 - P.500

 神経伝達物質に対応する受容体(レセプター)の研究は,最近特に活発となった研究分野の1つである。電気生理学的観点からのシナプス・レセプターの研究の歴史は比較的古いが,これを物質としてとらえ,更にこれが神経細胞の反応,すなわち,シナプス伝達機構にどの様につながって行くのかを分子レベルで解析しようというのが,最近のレセプターの神経化学分野における研究の趨勢となって来た様に思われる。
 これらの研究の基盤として,その研究の進展に大きく貢献したのは,特定のレセプターを標識し得る諸種のリガンドの開発と,そのシナプス・レセプターへのいわゆる特異的結合の測定法の進歩である。このようなレセプター結合法を利用して,シナプス・レセプターの数や親和性の測定,特異的拮抗薬の検討,更にオートラジオグラフィ法の適用によるシナプス・レセプターの脳内分布の解析などが行なわれて来た。現在では更に,これらのリガンドによる標識を指標としながらレセプターをシナプス膜より可溶し,純化精製すること,これらの過程を通してレセプター結合の調節機構又は調節因子を明らかにすること,レセプター結合からシナプス伝達に至る共役因子とその共役機構を明らかにすること,これらの各知見を基盤として,人工膜上でレセプター機構の再構成を計ること,などの研究が展開される様になって来た。

谷口シンポジウム「神経細胞の成長と可塑性」

著者: 小幡邦彦

ページ範囲:P.501 - P.504

 谷口財団脳科学部門の国際シンポジウムは今年で第6回を迎え,去る10月18日〜21日,琵琶湖畔の求是荘で開催された。今回は久野宗教授(京大)がプログラム委員長で,テーマは「神経細胞の成長と可塑性(Neuronal Growth and Plasticity)」であった。プログラム委員として高橋国太郎(東大),塚原仲晃(阪大),山本長三郎(金大)教授とともに私も参加したので,概要を報告する。
 Developmental neurobiologyは中枢神経系の発生とそれに続く発達,可塑性,再生などの変化のメカニズムを明らかにしようとするもので,最近,急速に発展している。これには初期胚の微小手術,培養,免疫組織化学などの技術的進歩もあずかっている。今秋の北米神経科学会大会のプログラムを見ると,全体で290のセッション中,48が第1部門のDevelopment and Plasticityに分類されている。わが国でもさまざまな分野からの研究者がこの問題にとり組むようになっており,今回のシンポジウムで上記のテーマがとり上げられたのはタイムリーであった。若手研究者の交流という財団の方針もあるが,この分野で実際に第一線に立っているのも若手で,米国からの参加者10人もキャプテン格のD.Purves以外は,31歳のL.W.Lichtmanまですべて30歳台であった。

コミニケーション

ATP依存性蛋白分解酵素

著者: 中村清二

ページ範囲:P.491 - P.492

 蛋白合成機構についての主としてセントラルドグマに添った,分子レベルにおける研究は過去30年間に精力的になされてきた。それに比し,細胞内における蛋白分解機構についてはあまり関心が払われて来なかった為か,その解析は相対的に遅れている。従って細胞内において蛋白分解酵素が関与する生理的機能や,その調節機構についての理解も深くはなされていないのが現状である。
 近年ライソゾーム以外の細胞内分画に局在する蛋白分解酵素の発見等に刺激されて,蛋白分解機構に関する研究がようやく勢いを得てきつつある様に思われる。

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生体の科学 第33巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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