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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学34巻1号

1983年02月発行

雑誌目次

特集 腸管の吸収機構

特集「腸管の吸収機構」によせて

著者: 星猛

ページ範囲:P.2 - P.3

 腸管吸収に関する名著として有名なT.H.Wilson著のIntestinal Absorptionが1962年にSaundersから出版された当時,腸管吸収に関するそれまでの主な研究法であった腸管部分の管内灌流法の外に,当時としては新しい反転嚢法,リング標本による組織内蓄積観察法による研究成果が多く紹介された。その本では糖,アミノ酸その他若干の物質について明確に能動輸送による吸収機構が存在することが示され,当時としては画期的な内容であった。しかし当時はまだ腸管吸収の研究も組織レベルのものがせいぜいであり,物質輸送の詳かな機序については殆ど未知であった。それから約20年経った今日,腸管吸収の機序に関する知識は飛躍的に増大し,多くの物質について膜レベルあるいは更に分子レベルでの説明が可能な段階にまで進んで来ている。
 近年の腸管吸収に関する知識の飛躍的発展に大きく寄与した研究を幾つか挙げる事が出来るが,中でも重要な研究はCraneらの有機溶質(主として糖)の能動輸送のNa依存性に関する研究,それを基にしたNaとの共輸送,二次性能動輸送の概念の確立,更にはCraneらの研究室で主としてEichholzらによってなされた上皮細胞の膜成分の分離と各種膜酵素の同定,局在の決定などである。

腸管吸収の形態学的基盤—吸収細胞の膜内粒子

著者: 山元寅男

ページ範囲:P.4 - P.10

 腸管における吸収機構は,生理学的,生化学的立場より多くの研究が行われ,それぞれに多くの知見が得られてきた。しかし,形態学的立場よりの吸収に関する知見は非常に乏しく,顕微鏡下で把握することの可能な脂肪の吸収に関してある程度の解明が進んでいる状況である。腸管吸収の対象となる物質(主に栄養素)は,消化管内腔での消化により低分子化され,そのために,顕微鏡下に認識できないことが,形態学的研究の進展を妨げているのである。
 腸管における吸収機構には,腸管内腔表面に配列する粘膜上皮,特に,吸収上皮細胞が関与する。吸収される物質は,この細胞の管腔側表面膜を通り細胞質内に入り,ついで,細胞の側面および底面の細胞膜を通った後,粘膜固有層の結合組織内を移送され,毛細血管またはリンパ管に入っていく。中性脂肪の場合には,細胞質内で修飾されるが,糖や蛋白質の場合には修飾されることは少ない。この,いわゆる"膜を通る輸送"transmembrane transportによる吸収機構が,通常,腸管吸収のほとんどを占める。しかし,生直後の一定期間,および,吸収不全など消化管の病的状態では,蛋白質などがそのままの形で吸収されることがあるが,この場合には,膜の陥入,すなわち,エンドサイトーシスendocytosisにより吸収される。また,無胃魚類の腸管吸収にもこの様式が盛んに見られるのである。

小腸上皮細胞の絨毛内分化と吸収機能

著者: 岡田泰伸 ,   矢田俊彦 ,   土屋和興

ページ範囲:P.11 - P.21

 小腸上皮は,管腔内容物より糖・アミノ酸・脂質・ビタミンなどの栄養素や,Na,Caをはじめとする種々の電解質及び水の吸収を行う事により,生命活動に本質的役割を果している。この吸収機能に加えて分泌機能の重要性も看過されてはならない。電解質・水の分泌により平常時には管腔内容をほぼ血漿成分に等しくする事によって吸収機能を根底から支え,異常時にはその著しい亢進により下痢発症の原因となる。また多くの消化管ホルモンや消化酵素を産成し,消化・吸収・分泌機能を調節している。このように多岐にわたる機能を担っているのが1兆個にものぼる小腸上皮細胞である。この細胞は腺窩部において分裂・増殖する1種類の幹細胞に由来し,その寿命はたかだか数日である。腺窩部で新しく生まれた細胞の殆んどは,絨毛頂部へと次第に上方移動しながら数種類の細胞へと分化し,使命を終え管腔内へ脱落する。このように小腸上皮は,成体においても高い増殖性と速やかな細胞分化を,「腺窩—絨毛」軸に沿って不断に実現させている非常にユニークな組織である。ここに「腺窩—絨毛」内細胞分化に関するこれまでの知見を吸収・分泌機能との関連の中で概説した後に,分化メカニズムを探る目的でこれを生理学的研究の爼上にのせる二,三の試みを紹介し,今後の研究の展開を期したい。

小腸刷子縁膜の糖/Na共輸送系の再構成と担体の分子的性質

著者: 亀山亜砂子 ,   星猛

ページ範囲:P.22 - P.27

 小腸における糖吸収系には,単糖を強い濃度勾配に逆らって管腔側(粘膜側)の液から能動輸送するD-glucose-D-galactose系(別名aldohexose系)と,促通拡散の様式によって輸送するfructose系(別名ketohexose系)とがある。前者(aldohexose系)による糖の能動的な吸収は,小腸上皮細胞の管腔に面した側の刷子縁膜(brush border membrane,BBM)に存在する糖/Na共輸送担体(cotransport carrier)によって上り坂に管腔側から細胞内に糖をとり込み,次いで細胞内に蓄積された糖が細胞の側底膜(basolateral membrane,BLM)にある単輸送担体(uniport carrier)を通して下り坂に出て行く機構によっている。
 糖/Na共輸送担体による糖の上り坂輸送の特性については,すでに多くの観察があり,糖は常にNaと1:1の連結比で輸送されること,Naに依存した二次性能動輸送(secondary active transport)の機構によっていることが確立されている1)。すなわち同担体による糖の上り坂輸送は粘膜側液中にNaが存在し,側底膜のNa/Kポンプ活性が正常であることが必須条件である。

小腸微絨毛膜Na・糖共輸送系の生化学的同定

著者: 武居能樹

ページ範囲:P.28 - P.32

 膜輸送担体の単離・同定のためには,分子遺伝学的解析は別にして,2つのアプローチがある。第1はいわゆる再構成法である。第2は膜に種々の処理を施して,輸送機能と膜成分の変化を対応させていくやり方である。後者の中で有力なのが,輸送担体に特異的に結合すると考えられる試薬を用いて,それの結合を指標にして精製を行う方法である。この例として,拮抗的阻害剤サイトカラシンBの結合活性を利用したヒト赤血球膜D-グルコース輸送担体の単離1)がある。しかし,第2のアプローチの場合でも,最終的には再構成法による膜輸送機能の検定が必要になる2)。再構成法については本特集で亀山・星3)が解説しているので,ここでは第2の方法による小腸微絨毛膜のNa・糖(D-グルコース)共輸送系の研究について述べる。それぞれの実験条件の下での実験結果は確かであるとしても,それの解釈や結論のうち,留保なしに受け入れることのできるものは少ないというのが現状であろう。そこで,先ずそれぞれの研究者の主張に沿った論述を行い,その後で問題点を指摘するという形で稿を進めたい。

小腸吸収細胞小胞体膜—Ussing 第3モデルの生化学的検証

著者: 藤田道也

ページ範囲:P.33 - P.38

 1974年 University of Kentuckyで開かれた"Intestinal absorption and malabsorption"と題するするシンポジウムに招かれたH. H. Ussingが,その席で上皮細胞輸送について歴史と展望を述べている1)。その中で彼は彼自身らのCopenhagen groupが手がけてきた上皮輸送の"モデルづくり"について手短かにまとめている。それによると,その複雑さの程度に応じてモデルの発展は3段階に分けられる。第1は"black box"モデルであり2),これは上皮細胞の内部にはふれずに上皮を全体として通過する流れを問題とし,short-circuiting techniqueが用いられる3)。第2のモデルは有名な"two membrane"モデルであり4),体内側と体外側の細胞膜がイオンの選択性と能動輸送機構を異にしており,事実を説明するのに大成功を収め,生理学的・細胞化学的・生化学的にも実証されたモデルである。第3の,そして最も複雑度の高いモデルは,two-membraneモデルを細胞(内)外のshunt pathwayで補強し5),隣接細胞間の共役を考慮したモデルである5,6)。それだけではなく,Ussingはさらにこのモデルを複雑にする。中でも彼が重視するのはカエルの皮膚のみならず一般の上皮細胞の浸透調節と輸送における小胞体系の役割である7)

小腸微絨毛膜共輸送と微絨毛中軸線維系

著者: 西義美

ページ範囲:P.39 - P.43

 小腸吸収上皮細胞微絨毛の内部には多数のミクロフィラメント(MF)が微絨毛先頂部から終末網に至るまで束になって縦走して恒常的な細胞骨格,いわゆる中軸MF系を形成している。この中軸MF系の機能については,微絨毛の構造を維持すると共に,微絨毛を運動させて腸管内腔の微小環境をかくはんして消化・吸収を促進させるという考えが支配的であった1,2)。ところが,近年,例えば,MFと細胞膜受容体とが共役的な働きをするという実験的事実などに基づいて,細胞膜と細胞骨格系を一体として捉える考えが打ち出されてきた3,4)。この考えを小腸微絨毛に適用するならば,中軸MF系は微絨毛の構造維持や運動だけでなく,膜内機能要素との共役的な働きによって膜輸送などの微絨毛膜機能を調節している可能性が考えられる。事実,後述のように,それを示唆する研究もいくつか報告されている5)。このように,非筋細胞におけるMF系が膜機能を調節していることを示唆する事実が集積し,上述のような考えが定着しつつある現在,細胞膜とMF系との結合の分子構築を究明することは,膜機能を解明するためにも有意なことであると考えられる。
 ここでは,小腸微絨毛に関する多くの報告とわれわれ自身の研究をもとに,微絨毛中軸MF系の構造・組成及びこれらと膜輸送機能との関係について述べてみたい。

解説

生理学への中性子回折の応用

著者: 松原一郎

ページ範囲:P.44 - P.53

 生理機能のメカニズムを追求して,細胞レベルから分子レベルへ降りてゆくと,分子形態と機能の相関という問題にたどりつく。チャンネル蛋白とイオン透過,アセチルコリンレセプターと終板電位,ロドプシンと光受容,筋収縮蛋白と張力発生などの研究は,いずれもこの段階に達している。この種の領域では,分子形態を直接に観察するために,電子顕微鏡とX線回折が用いられてきた。最近は,これに加えて,中性子回折も用いられるようになった。3つの方法のうち,X線回折と中性子回折は,生きた標本をそのまま使って内部の分子変化を調べうるという特色を持つ。そのため,いろいろな生理機能の分子メカニズムの研究に応用することができる。

下垂体mammotrophの形態学的変化とホルモン分泌との関連

著者: 椎野昌隆

ページ範囲:P.54 - P.63

 実験動物として最も多く使用されているのがラットであるが,この動物の下垂体前葉細胞を電子顕微鏡で観察すると,それぞれ分泌顆粒の形や大きさが異なる細胞群に分けられる。現在この違いを利用して前葉の細胞分類を行っているが,殊に典型的な乳腺刺激ホルモン分泌細胞(mammotroph,prolaction producing cell,lactotroph又はleuteotrophなどと呼ばれる)は不規則な大型の分泌顆粒を有する点で他の細胞型とは容易に区別される。しかもこの細胞は動物の生理的条件,下垂体の置かれている環境,プロラクチン分泌を促進する又は阻止する物質の投与によってその微細構造も種々の反応を示す。そのためmammotrophはホルモン分泌の形態学的分析に好んで使用されている。その1つの大きな特徴として,下垂体を原位置(in situ)から腎皮膜下など視床下部から離れた場所に移植すると,他の細胞と違いその形態をよく維持することである。従ってmammotrophはin vitroの実験材料として最も好ましい細胞である。最近ではプロラクチンを分泌しつづけているclonal strain(tumor cells)が作られ,細胞培養によるmammotrophの研究が盛んに行われている。

実験講座

簡単にできるスライス標本作製装置

著者: 稲永清敏 ,   山下博

ページ範囲:P.64 - P.69

 近年,脳内の神経細胞の電気生理学的機能を解明するひとつの手段として,未固定・未凍結のスライス標本が用いられ数々の成果をあげている1〜11)。このスライス標本から神経細胞の電気活動を能率よく記録するには,標本の中に多くの"生きている"細胞が存在し,記録および刺激電極の刺入部位が実体顕微鏡下で明確に判別できることが望ましい。そのためには,組織にダメージを与えることなく,均一で平滑な切断面をもつスライス標本を作製する必要がある。スライス標本作製方法は,大別して①スライドガラスをガイドとして手動により剃刄で切断する方式12),②チョッパー方式13,14),③ビブラトーム(オックスフォード社)15)等の使用,等々がある。①の方法は,主に嗅球や海馬等比較的均一な堅い組織のスライス標本作製に用いられており,簡便な方法であるがかなりの熟練を必要とする。この方法を軟組織である視床下部等のスライス標本作製に適用した場合,出来あがった標本は滑らかな切断面は持たず,その厚みは不均一である。また②のチョッパー方式では,比較的均一な厚みをもった標本を得ることが出来るが,組織を押し潰すという難点がある。③のビブラトームで作製した場合,平滑な面を持ったスライス標本が均一な厚みで連続して出来るという点ですぐれている。しかし,この機種は輸入品であり,極めて高価であるという大きな欠点がある。

話題

イオンチャネル研究に於ける最近の動向—第12回全米神経科学会よりの報告

著者: 吉岡亨

ページ範囲:P.71 - P.75

 1982年10月30日より11月5日までミネソタ州はミネアポリスで第12回全米神経科学会が開かれた。それに引き続いて11月6日〜8日までの3日間ロサンゼルスの北にあるサンタモニカでUCLAのS.Hagiwara教授の還暦記念シンポジウムが行われ,その両方に出席した。
 帰国後,本誌編集室からの依頼に接したので,表題のようなごく限られた範囲内でのレポートという条件つきで御報告することにした。

痛みの国際シンポジウム

著者: 横田敏勝

ページ範囲:P.76 - P.78

 昔懐しいいろはカルタに「わが身をつねって,ひとのいたさをしれ」というのがあった。我が身を抓って生きているのを確かめたというのも,よく聞く話である。痛みは生きていることの証しであろう。生れつき痛みを感じない先天性無痛症の患者は,体のいたるところに傷痕や痣をもち,火傷を負っても,肉の焦げる匂いがするまで気付かない。度重なる骨折で関節も変形している。小さな傷口に感染があっても,本人は気付かず,敗血症による全身症状がでて,周囲の人々が慌てるという始末である。痛みは,体に危害が加わったことを知らせる警告信号で,健康な生活を送るのに不可欠であることがわかる。しかし,分娩時の痛みに一体何の意味があるのであろうか,また余命いくばくもない人の痛みにどんな利益があるのであろうか。必要な痛みと,不必要な痛みとがあるのではあるまいかという素朴な疑問が生じるのは当然である。
 産みの苦しみは子宮の収縮によるもので,最も激しい痛みの1つに数えられるが,産み終えると止んでしまう。多くの母親はやがてその苦しみを忘れて,次の子を産む。尿管結石の痛みも激痛に相違ないが,石が尿管を通過すると消え失せる。このような一過性の痛みは急性痛と呼ばれる。ところが,これとは別に,何週間,何ヵ月,ときには何年も続く痛みがある。われわれはこれを慢性痛と呼んでいる。関節リウマチや癌による痛みなどがこれである。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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